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   ケースファイル6 事件の黒幕

 自分の作った料理の味と似ていた。
 あの、シオン以外みんなが酷評した野菜とそっくりだ。あの野菜は何だった……思い出せなかった。緑色で――キャベツだ、ロールキャベツ。煮込む時間が少なかったから、固かった。中身が生焼けで、確かに最悪だった。
「うぐうっ…」
「しっかりお飲み」
 リラに言われるまでも無くそうした。滝沢直人のザーメンをユウリは飲み干した。ワックスみたいに粘着で、水道水の味がした。
 船倉の柱にくくり付けられたタイムファイヤーのペニスを、タイムピンクが四つんばいになって咥えた。
「…………」
 何も言わない。
 女であるユウリが犯されるより、ショックであろう。力だけを頼りに生きてきた、それが直人であり、敵の目の前でとち狂ったライバルの女にフェラチオされるなど、考えうる範囲をはるかに越えているだろう。
 だが、ユウリに選択肢は無かった。
「さ、そろそろいいわ」
 リラに命令されてから三十分間、ユウリは直人にフェラチオをした。頭では拒絶していても、身体はもうロンダースに奪われてしまった。いかにしようと無理だった。
 筋肉に覆われたペニスは口に収まりきらないぐらいに勃起し、ユウリは頬やクロノスーツの胸元をザーメンだらけにしながら、直人への奉仕を続けたのだ。陵辱に耐えていた直人も、五分も経たずに射精し――リラが事細かに指示をした――それから、何回飲んだかはもう覚えていなかった。
「滝沢直人、いいわね。この豚にこんなにしてもらって」
「……許さん」
 直人の声は震えていた。低く、音量も小さかったが、存在をしっかりと示していた。ユウリを気遣う気など全く無いだろう。自尊心を傷つけられたことに、何よりも怒りを覚えているのだ。
「あっそー、許してもらわなくていいわ。それに、あんたはもう、死ぬんだからね。バイバーイ・タイムファイヤー、バイバーイ・シティーガーディアンズ。……連れておいで」
 リラの高い声がする。死ねたらいい、ユウリはそうとさえ思った。家族を無慈悲に殺害したロンダースに、ユウリはプライドを切り刻まれ、ズタズタにされながら生きていかなくてはならないのだ。この二十世紀で色々な出来事が起きた。大切な仲間……得られないと思っていたものまで手に入れたのに。
「ユウリさん!」
 シオンの声に我に返った。竜也たち四人だ。彼らは縛られ……巨大な立方体にくくり付けられている。ゼニットが立方体をユウリの前に置くと、直人もそれに縛り付けた。
 立方体の上のほうにLEDの表示がある。時間のカウントダウンだ。あれがもし秒なら、残りはあと十分ほどしかない時限爆弾だ。
「さっ、行くよ」
「ユウリツッ!」
 リラに促されるままにユウリは立ち、出口へ向けて歩き出した。背後で声がする竜也だ。ユウリは竜也を愛していた。振り返り、駆け出し、救い出して、キスをしたい。なのに、リラは知らんぷりをしている。今のユウリはリラの命令無しでは、振り返ることさえ出来ないのだ。
「行くな、助けてくれ、ユウリ!!」
 ほとんど絶叫に近い竜也の声を聞いて、涙腺が沸騰するほどに熱を持ったが、リラが知らんぷりをするから、涙を流すことは出来なかった。
「…………」
 リラに続いて、船倉を出た。後ろのゼニットが船倉のハッチを閉めると、その引き戸をへし折り、つっかい棒を差し込んだ。
「遅かったな」
 階段を上って甲板へ出ると、救難用のモーターボートが既に発動機を動かしていた。ドルネロ、ギエン、リラ、ユウリ、それに数体のゼニットが乗り込むと、クレーンがゆっくりと海面へボートを下ろし始めた。
「海風はいいな」
「臭いだけだわ。帰ったらシャワー浴びなきゃ」
 ボートとは反対の舷からヘリコプターのローター音と、ラウドスピーカーが何か言う声が聞こえてきていた。ゼニットが舵を取り、着水と同時にボートを船から離脱させた。
「タイムピンク、ちょっと火をくれないか」
 ドルネロは葉巻を手に持ち、ライターを渡した。金色のライターはずしりと重い。
「はい、ドルネロ様」
 ユウリは葉巻の先端にライターを差し出し、火をつけた。船が波に揺れる。
 ヘリがこのボートに気づいて飛んでくる。
 葉巻が煙を立てた。
 ゼニットがレーザーを放つと、ヘリは回転しながら海面に落下した。
 オレンジ色の光が葉巻につき、ドルネロは息を吐いた。
 紫色の煙はユウリの顔を覆った。ユウリは顔を歪ませ、ドン・ドルネロに微笑んだ。
 十五分ほど走ってボートが埠頭にたどり着くと、一台のバスが
エンジンをかけて待っていた。ユウリたちが乗り込むと、車内は座席が取り払われ、成金趣味のダサいサロンに改造されていた。中央にファーストクラスのような座席が置かれ、ユウリはそこに寝かされた。
「面白い番組を見せよう」
 ドルネロが言うと、ユウリの目の前にスクリーンが下りてきて照明が落とされた。下からの揺れでバスが走り出すのがわかった。投射されたスクリーンにはジョージ・アナスタシア三世号の姿があり、黄色い声が被さっていた。
「凶悪犯罪マフィア・ロンダースは、今日午後突然、パナマ船籍の貨物船ジョージ・アナスタシア三世号をシージャック。
 乗っていた乗員を皆殺しにすると、通報を受けて出動したシティー・ガーディアンズの特殊部隊に多大な被害を負わせ、強行出港しました。
 目下のところ、目的は不明ですが、船には大量のドラックが積まれているとの情報もあり――あー、今、警察から緊急通達が来ました。アナスタシア三世号にはセムテック炸薬をベースにした大型爆弾が設置されている可能性が高いとのことで、報道への退避命令です。
 あー、スタジオ、聞こえますか。大変です。
 たった今、船の中央から炎があがりました。緑色の炎で何とも幻想的です。衝撃にヘリが揺れています。解りますか、みなさん。
 ヘリは一旦退去します。船から大量の煙があがっています。スタジオ――」
 船体はどんどん小さくなっていくが、炎は大きく広がり、空を汚していく。五分後煩い声と共に船体が傾ぐと、大きな泡を立てながら、ヘドロの中へ落ちていった。湾内の水深が浅いせいで、煙突だけが顔を出していた。
 竜也たちはみんな死んだ。あっけない事実にユウリは漠然としていて、何も言葉が浮かばなかった。何も感じなかった。
 家族が殺されたときには激しい怒りが込み上げてきたのに、家族と同じくらい大切な仲間が殺されても、何も考えられなかった。
 ユウリは頬のザーメンがパリパリになって、首のスーツと身体の間に落ちていくのを気持ち悪いと思った。直人のザーメンは、直人よりも長くユウリの元にいた。
「どうだ、面白いだろう」
 ドルネロはウィスキーのボトルを持っていた。自分の分をグラスに注ぐと、残りを野球の優勝パーティーよろしく、タイムピンクの頭からかけた。
 琥珀色の液体がザーメンの生臭さを消してくれて、ユウリはほっとした。もう失うものは何も無かった。

 バスは結構な距離を走った。その間、ドルネロたち三人は酒を飲み、食事をつまんだ。一時間ほどしてから、ギエンがユウリの前に立った。ユウリは一口も酒も食事も与えられなかった。
「あの人に渡す前に、きれいにしておかなきゃね」
「あの人……」
 ギエンに言葉を返すと、彼は手を鋏に変えた。
「そう、大切なあの人だよ。タイムピンクの飼い主だよ」
「私の飼い主……」
 露出した性器を見て、ギエンがスカートをめくりあげる。腿を覆うクロノスーツを引き剥がした。皮膚が剥がされるみたいだった。べったりとした汗が腿に光沢を与えた。汚損した左右の脚からスーツを剥ぐ。
「ちゃんときれいな状態にしないとね。あの人は潔癖だから」
 ブーツのジッパーを下ろし、脱がせると、中にスプレーを吹いた。ピンク色のTバックを腿から上へ身に付けると、ブーツとスカートを元に戻した。
「誰なの」
 直人のパリパリのザーメンで覆われた胸元に雑巾をあて、がさつに拭いた。そのたびに胸丘にギエンの手が当たった。
「それはお楽しみ」
 全身をまるで美術品のように拭きあげたギエンは、満足そうに微笑むと、最後にブランドものの香水をユウリの耳元とグローブとスカートの中にかけた。
 これから起こることに、ユウリは疑問を抱いていた。ドルネロもリラも酒を酌み交わすばかりで、彼女に興味を払わなかった。

 そこは東京郊外の民間飛行場だった。
 その格納庫はこの空港がセスナ機ばかりになる前、中型旅客機を収納するために作られたものだった。バスは格納庫に収められると、扉を固く閉ざした。
「立ちな、タイムピンク」
 言われたとおりにユウリはシートから立ち上がった。
「歩け」
 言われたとおりにバスから降りた。格納庫には大型機が収められていた。その輪郭はよくわからなかった。
「おい、誰かライトをつけるんだ」
 ギエンが言い、格納庫の照明に火が入った。竜也は知り合った直後、有名なレコードのジャケットの画に似てると言った。彼女も見せてもらったが、確かによく似ていた。黄色くて、空を飛んだりするよりも、水中を潜っているほうが似合いそうだ。彼はイエローサブマリンと、その時空航行艇のことを呼んでいた。
「早く歩け」
 ユウリは時間保護局のパトロール艇に向かって歩き出した。ラッタルを上りきって、機内に入った。機内の構造はよく知っている。二フロアのぼり、メインデッキに達する。白いエナメルの時間保護局の制服を来て、窓の外を見ている。逆光で目を細めた。
「ご希望の品を持ってきた。クライアントさんよ」
「ご苦労だった、ドルネロ」
「しかしよ、こんな回りくどいことをしなくても、手に入れられるだろうに」
 男は振り返ったが、逆光で顔がわからない。だけど、どこかで聞いたことのある声だ。
「物事にはなんでも順序があるのだ。ドルネロ」
「んなこと、おまえに言われなくても、解ってるわ。さっさとこの豚を持って行け」
「必要な処置を施してるだろうな?」
 男の視線がユウリにはわかる。芯のある鋭い声だ。
「あたりめえよ。こんな旨い仕事無いからな。たっぷりと。それよか、次の投入は無いんだろうな?」
「無い。記録は書き換えられる。ロンダー刑務所は時間乱流の中で消滅した。中にいた囚人やお前たちを巻き込んでな」
「ならいいんだがよ」
 男が窓際から歩いてきた。ユウリは背筋が凍るのが解った。輪郭が露になり、その目鼻立ちが明らかになった。あの人、飼い主……ユウリは指示されていない言葉を漏らした。
「竜也……?」
「違う」
 リュウヤ隊長はユウリの肩を抱き、唇を寄せた。ギエンの塗ったルージュが湿り気をその乾いた唇に与えた。リュウヤは舌をのばし、ユウリも舌をのばした。新しい主が彼であるのはあまりに明白だった。口内は驚くほど冷たかった。
「ユウリ」
 そっくりの声でも、竜也とリュウヤは声を震わせる場所が全く違う。直感的に理解した。
 初めて二十世紀に来たときいたリュウヤはリラが変装していた。その潜入を助けたのは他ならぬ彼であり、はじめからロンダースを操っていたのはリュウヤ。というより、ロンダースはリュウヤそのものだったのだ。
「隊長…」
「ユウリ、君は今日付けで任務を解かれる。二階級特進だ。君はジョージ・アナスタシア三世号の船内で他のレンジャーたちと共に記録から抹消された。君は今日から妻としての地位を得る」
 妻としての地位とリュウヤは言った。彼にとって、妻を得るとは、犯罪マフィアにレイプさせ、精神を破壊した上で手の中に得ることなの……
 ユウリは三〇世紀でリュウヤに惹かれることは無かった。その彫りの裏に隠されたものは一度会えば忘れられないものだった。
「狂ってるわ…」
「世界は多かれ少なかれ狂っている。タイムマシンが発明されてからは、それに拍車が掛かった。誰も知らないが、この世界はまもなく大消滅を迎える」
 リュウヤは耳元で囁いた。
「大消滅はもう千年後にも起こる。防ぎようの無いことだ。たとえ、時間保護局の隊長が精神に異常を来たそうとも、それは既に破滅に向かう社会の中では、小さな問題に過ぎない」
「ドルネロ、もう帰って構わない。この世界を楽しんでくれ。金は下にある」
「ああ、隊長さんもな」
「あいつらも大消滅のことは知らない」リュウヤは確かに笑った――顔を歪ませた。「この世界で助かるのは……僕と君だけだ」
 アベルという元捜査官がいた。ユウリはアベルにストーカーされた。最後にはタイムピンクの手で圧縮冷凍にかけた。アベルの恐怖など、目の前にいる隊長に比べたら、虫けらみたいなものだ。
「君はもう逃げられない。アルファ3000が体内に入れば解るだろう? 君は誰かの言いなりになるしかないし、首も吊れなければ、下も噛み千切れない。
 この船がある限り、大消滅の起こる前の世界にワープを続ける限り、僕と君は生きられる。君に選択肢は一つしかない。君は僕の妻になる」
 抵抗など無い。ユウリは頷いた。狂ってると思ったが、そんなことはアルファ3000の前では関係ない。
「はい、ご主人様」
 唇で手の甲に触れた。