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   ケースファイル5 クルーズ・コントロール

 港の入り口には臨港管理局のボードがバリケードを引いていたが、貨物船〈ジョージ・アナスタシア三世〉はその巨体を震わせて、難なく突破した。無骨な外観の船は白いウェーキを描きながら、湾の外へ進路を向けている。保安庁の巡視艇が近づくと、ぱっと花火があがった。一分の間に竜骨が現れて、艇は海底に没した。
 何をする気だ。シティーガーディンズ隊長にしてタイムファイヤー、滝沢直人はマスクの下から固い表情を送った。速力三十五ノットという沿岸では危険な速度で疾走する船に向かって、彼を乗せたディフェンダー500ヘリはぐんぐん接近していった。
「おい」
「なんでしょうか? 隊長」インカムの声にパイロットが反応した。
「ETAは?」
 川崎の第三研究所を出て、第三埠頭に着いたのがつい五分前だった。出航したことを知ると、即座に現場のヘリの脚に乗っていた。若干の焦りがある。中に入った浅見たちの行方――は、どうでもよかったが――敵の出方が不可解だった。一体、何をしようというのか。
「ETAは、あと1分です」
「解った」

 目の前にピンク色のヴァイブレーターが置かれているのには、ずっと前から気づいていた。既に拘束も解かれており、つまりそれは使えということだった。
「はぐうぅ……だめ」
 戦争関連条約などでアルファ3000はその使用が厳重に禁止されていたが、いくつもの国が公然と尋問の手段として用いていた。その効果は、どんな自白剤などよりも強力で恐怖に溢れていた。
 目からとめどない涙をソファーに流していた。ユウリはタイムピンクの派手なクロノスーツを身にまとって、その内側に液を湛えていた。あたりには自分ですらはっきり解るほどの臭いがして、まるでアクアミュージアムだった。
 敵に――家族を虐殺した敵に陵辱された不甲斐なさと、アルファ3000が体内にあることの恐怖で、涙はもうずっと止まらなかった。しかしそれよりも、ユウリは目を閉じて、そのまま強張った。だからといって、抵抗は無駄だった。
「……うはぁ……はう!」
 弛緩した腰が愛蜜が飛び散った。鮮やかなスーツは体液がこびり付くことにより、ディープピンクに変色していた。それに対し、ユウリの顔は土色になっていた。
「ぅ…」
 腰が痙攣していた。一度に何度も使われる筋肉ではないから、限界を迎えて、筋が張って今にも切れそうなのだ。熱した線香花火を素手で触るような痛みがした。驚くほど意識はハッキリしていた。癪だった。
「はあはあ……」
 15分おきに襲う底なしの陵辱の中で、ユウリはこの事件の真犯人について考えをめぐらしていた。はじめからロンダースがアルファ3000を持っていたとは考えにくかった。製造は二十世紀の理化学施設では無理だ。
 誰かが後ろで糸を引いているはず。その誰かとは紛れも無く未来人、彼女を狙う謎の未来人――だが、今のユウリにとっては、それもこれも陵辱だった。
「リラッ! 来なさいッ!」
 敵はこの醜態を隠しカメラを通じて、目にして、嘲笑してるはずだ。でなければ、絶対ここに起きざるわけが無い。理性的に頭は働いたが、心理防衛訓練の成果は全くといっていいほど無かった。
「リラっぁ!」
 ユウリは焦った。タイムイズマニー――壁掛け時計が冷酷さを払って十五分経とうとしている。あと何度耐えられるかわからない。その頭を高速回転させるオルガズムに負けてはいけない、それは快感などではなく、恥辱なのに……なのになのに――
「だめ、お願い……お願い……リラ! まだ来ないの!!」擦り切れるような小さな声が叫びに変わる。叫びは恐怖だ。
「う…ぁ! ん…………」
 体内を逆巻く龍はのたうち、狭い膣を外を目指した。音が聞こえたような気がした。頭から針で真っ二つにされるようだった。ユウリの愛蜜はその対象を求め、虚空を掴む。ぐっしょりとなったクロノスーツ、タイムピンクは手と足をだらしなくソファーに放っていた。口が動く。
〈おねがい…ねえ、もう、狂っちゃう……おねがい〉
 だが、意識はクリアーだ。
「竜也……竜也……」
 謝罪に瞼が熱い。手が無意識にテーブルへ伸びたが感触は無い。でも確かに掴んでいた。痺れた手を覆うグローブ、そこにあるヴァイブレーター……オナニーしたことはあった。昔から孤独だった――今は誰かが見ている。憎き誰かは、ユウリが本能に負ける瞬間を覗いている。
 何度も反芻していた。目が悲しげにたれている。アルファ3000のせいだった。だけど、生殖器官は痛いほど欲望に舌を濡らしている。今負ければ、際限の無い場所へいってしまう。それだけはなんとしても避けなければならなかった。
「――――だけど――」
 理性より本能が心に羽を広げている。助けているのは紛れも無いアルファ3000で、紛れも無くユウリの身体は狂喜していた。ユウリの右手が揺れながら、お腹の上を這い、ベルトを越え、原色の太腿を伝って、ユウリの左手がスーツを捲し上げていた。全ては紛れも無くユウリの動作だった。
 タイムピンクはスーツの気密を犯した。蜜の臭いが放散する。つーっ……伸びた糸がレザー地のソファーに落ちて虹色に光を放っていた。ユウリの意思で自分の生殖器官を見させられていた。
 食虫植物の花のようだったが肉色で、やたら艶があった。びっしりと濃い色の茂みが広がっていた。意識が恍惚となった。
「……あっ、だめ…」
 意識だけが勝手に先走った。我が物とは思えない口が荒い呼吸をしたかと思うと、ぱっと蜜が飛んだ。全身に悪寒がして、口元が融けて微笑んだ。
「……は」
 右手に握り締めたヴァイブレーターを恐る恐るそこへ近づけた。左手で縁に手を当てた。無意識だった。全身の力が抜けて、ヴァイブが床に転がった。
 充てたままの左の人差し指と薬指のゆっくり開いて、そこにあるものを挟んだ。ショックがストップモーションになって広がった。クリトリスが揺れている。
「うううんぁ……ぁっ…ぁ……ぁぁぁ………あ…ッ」
 挟み込んだクリトリスを右に転がし左に転がし、そのうち付け根に爪を入れた。皮の内側と外側を驚くほど器用に掴んだ。皮と肉の密着が暴かれると、粘液にまみれた肉の真珠が外気に曝されて、信じがたい苦痛が快感として全身をほんの刹那、失神させた。
「ぃぁ………ぅ……うぁ―」
 肉の真珠はそこに確かにあった。ユウリの指が触れると、先ほどとは比べ物にならなかった。電流が腿を伝ってつま先まで伸びた。腰が崩れてそのまま身体がソファーに投げ出されてしまった。
 まだ果たして、インターシティー捜査官としての理性が残っているだろうか。焦点の定まらない目でユウリは考えていた。
 でも、アルファ3000だった。仕方なかった。タイムピンクも、アルファ3000には勝てなかった。悔しかった。それだけだった。
「そうだよね……」
 爪が肉の崖をなぞった。一周すると、下に落ちたヴァイブレーターは意識をかける間もなく拾い上げていた。同じようにその先端で崖をなぞらせた。ピリピリッとした電気が腋を通って指先に走った。
 スイッチをスライドさせてオンにするだけで意識は飛びそうだった。オンにすると一層淡い気持ちになった。シースルーのボディーはよく向こうが見えた。肉塊のところへ滑らせると、それは途方も無く冷たかった。
「……………はぁ……」
 全身の汗腺からどっと汗が出た。しっとりとなった黒髪が耳元から口元へ緩いカーブを描いて、頬に貼り付いていた。額が露になっており、後ろ髪はソファーとの摩擦でほつれたり、首やスーツについていた。
 首元が動作によって、スーツと身体の間に口を開くと、激しい調子の体臭と女性特有の色香と自分でもはっきり意識できるものが鼻に飛び込んできた。ほのかな意識の中でそれは意識できた。
 誰もとめられなかった。
「はぅ」
 崖を三周ぐらいなぞらせた後で、ユウリはその肉壁の間を少し開き、恐る恐るシースルーの巨体を内側へ挿し込んだ。直径に肉が軋轢を生み、血管が沸騰して脳天を突いた。だが、亀頭部分が収まってしまえば、あとは十分過ぎるほど濡れた股間へスムーズに収まっていった。
「ひあ!」
 意識の淡さが一瞬で晴れて、はじめに苦痛が来た。いつものオナニーではこんなにならなかった。一言で言うなら、すごい感度だった。戸惑いに頬が染まったが、考え続ける余裕なんて無かった。
「……だめ」
 軽く逝った倦怠感がどっと溢れてきた。その感覚の遮断に負けじと、無意識のユウリはバイブレーターを自らの手でも壷から出して、すぐに戻した。それを繰り返して、頭が真っ白になる。汗と蜜が混ざり合っている。
「はあああああぁぁぁ……」
 リラに命令されたものよりも、身体が自分の意思でオルガズムを迎えるほうがはるかに多かった。動物臭はますます濃くなり、ユウリの意識が塗り替えられていく。手の感覚は当になくなっていたが、本能はその手でヴァイブレーターを操っていた。
「しっかり…しないと……」
 だが、しっかりオナニーを繰り返すだけだった。
「ぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっっっ…ぁ………………」
 ユウリはしっかりと腰を浮かせ、暴露させた生殖器官を誇示しながら、埋もれたヴァイブレーターを欲望のまま動かしていた。
 体勢を本能のままに目まぐるしく変えるから、間欠泉のように止め処なく溢れる蜜に顔をうずめようと、腕をつけようと全く構う様子はなかった。

「世話になったな」
「隊長、ホイストは?」
「そんなものは要らん。たあぁ!」
 タイムファイヤーの身体がディフェンダー500から飛び立つと、綺麗な弧を描いて、〈ジョージアナスタシア三世〉の甲板に着地する。直人のハンドサインに機長が返答し、機首を巡らせていた。
 船体に身を寄せ、少しずつ前方に迫った。操舵室を奪えば、船を埠頭に戻すことが出来る。
「DVバルカン!!」
 甲板に現われたゼニットと一瞬視線が合う。だが、武器の操作は直人の方がかなり早かった。パルスピームレーザーにゼニットが倒れた。シティーガーディアンズは並の警察や軍隊より優れた能力を持っているのだ。ただの警備会社ではない。
「クソッ」
 くず鉄ゼニットを乗り越え、先へ進む。急がなくてはならない。奴を倒したことにより、見つかる確率が高くなった。ただでさえヘリで派手に近づいたのだ。
「やっぱりな。くらえ!」
 残骸の背後から現われたゼニットを振り向きざまに屠る。直人は場所を確認した。手近のハッチに駆け寄ると開けた。相手の銃弾が開けたハッチに跳ね返る。中に入ると、軽い動作で水密処理をした。
 覗き窓からゼニットのマスクが見え、ハッチをどんどん叩いている。
「ふん、馬鹿めが」
 落ち着いた足取りで廊下へと出た。緑色の絨毯が前方へ伸びている。オーク材で作られた個室のドアが貨物船とは思えない上品さだ。気配だ。
「もう来たか」
 そのブリキの音が近づいてくる。直人は手近なドアを開けて飛び込んだ。
「ん……なんだ? そういうことか」
 妙に納得した。白いプロテクターにピンク色の髪のロンダースのリラとかいう女が、その手でタイムピンク――ユウリのストレートヘアを鷲づかみにして、こちらへ微笑みかけている。股間を露出させてピンクのヴァギナにヴァイブレーターが挿し込まれていた。
「ううぅ……」
「ようこそ、タイムファイヤー。まずは武器を下ろしなさい」
「誰がだ? おれはそいつらの友だちでもなければ、仲間でもない」
 歪んだユウリの顔はその言葉を聞いてもそれ以上歪まなかった。
「本当? あんたみたいな男好きよ」
「おまえみたいなブサイク女に好かれても嬉くないな」
「で、私はタイムピンクをどうしてもいいんだね?」
「そんなことを一言もいった覚えは無い」マスクの直人は口元を綻ばせた。馬鹿が。その様子を察した金の亡者は人質まで抱えているから分が無い。
「DVマグナム!」
 ディフェンダーガンを高エネルギービームモードに切り替える。リラに狙いを定めて、引き金を引いたが、寸前で銃口が上を向き、天井に穴を開けた。
「何?」
 腕を背後から何者かに掴まれたのだ。マスクが素早く背後を振り返った。金色のボディーが輝いている。バイザーに迫るアーム。目玉の中で火花が飛び散り、闇になったときには全ては終わっていた。
「クククク……」
「ありがとう、ギエン」
「お安い御用さ」
 ギエンのアームが無残に潰れたタイムファイヤーのマスクを掴んだ。割れ目から引き剥がされて、気絶した直人の顔が露になった。額から流れる血がカーペットに垂れる。
 ギエンはマスクを掴むと、器用に外側の装飾を破った。中で輝く発光ダイオートのようなものを引き千切り、基板にアームを突っ込み、プリントディスプレイを引き裂いた。子供が昆虫で遊ぶように、時には笑いもして、タイムファイヤーのマスクを破壊した。
「いいね……」
 粉々になった破片がカーペットに広がっている。オリジナルが無いために醜い代換パーツになっている左脚―元は工業用ロボットのものだった―で、タイムファイヤーを踏みつけにした。
「いいねいいねいいね」
「待ちなさい、ギエン」
 火花が飛び散るのを待って、ギエンが顔をあげた。
「なんだい、リラ」
「この娘にやらせるわ」
「いいのかい? そろそろあの人が来る」
「まだいけるわ。この娘にはもっともっとさせなきゃならないわ」
「でも、あの人は怒るだろうね」
「構うもんですか。ところであいつらは?」
「もう準備が整ってる。この星のどんなのよりも盛大なショーさ。カカカカカカッ。イッツショータイム!」
「いいわ、じゃ、タイムピンク、タイムファイヤーを犯りなさい」
「ィぃゃ………………――はい、解りました――――」
 ユウリはリラの手を離れると、震える手でファイヤーのしっかりとした骨格を抱き、その胸元に滑り込んだ。
「ン……ン?」
 眉間の皺が消えると、直人は瞼を開けた。



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