テイクオフ・ゴセイガールズ

「もう、たまには楽しい買い物ぐらいできないの!」
 街中で爆発が起こったとの連絡を受けたエリとモネは、現場へと走って向かう。ちょうど、夕食の買い物がしていたエリはそんなふうに声をあげて、手をぶんぶん振り回してみせる。
「そんなこといったって仕方ないじゃない!」
 モネは子供っぽい態度をとる彼女を諌めた。エリはぷーっと頬を膨らませて、それからぱたんとしぼませる。
「モネはすぐそうやって、真面目ちゃん気取るんだから!」
「真面目ちゃんなんかじゃないし」
 そうやって、言い争いのようなそうでないような会話を続けながらも、二人の脚は現場へ向かっていった。

「あんたたちね! この騒ぎの犯人は!?」
 現場にたどり着いた二人は、爆心地にビービたち戦闘員の姿を認めて声をあげる。
「ビービ! ビービ!」
 緑色の体に昆虫のような不気味な一対の目を持つ戦闘員たちは、エリとモネの姿を認めると、やはり昆虫のように声をあげて、威嚇をはじめた。数は十体ぐらいでいつもより少し多いぐらいだ。
「こいつらだけだったらちょろいでしょ!」
「エリ! どこにボスがいるかわかんないよ! みんなと合流してから……」
 今にも飛びかかりそうなエリにモネは声をかける。呼ばれた本人は、シルバーコーティングされたカードを天に掲げ――その表面にゴセイパワーが宿り、ゴセイピンクのイラストが浮かび上がる。
「ボスがいるなら、まず倒しておいたほうがいいじゃない!」
 楽観そのものといった返事に、モネは顔をしかめるが、エリのあとを追うようにカードを天に掲げた――体に電気にも似た感覚が走るとともに、カードにゴセイイエローが浮かび上がる。
「チェンジカードセット! 天装!」
 ゴセイパワーが宿ったカードをパワーの解放器であるテンソウダーにセットすると、激しい光が二人の身体を包み込む。エリ、モネの全身が普段の衣服が一瞬で消失し、それと入れ替わるようにゴセイクロスが展開する。
 要所にパーソナルカラーをあしらった白銀のスーツ、それにかぶさるようにイエローとピンク、それぞれの上衣が装着され、ベルトとマスクがふわっとした光のベールとともに実体化して、身体を包んでいく。
 変身の完了とともに、二人はそれぞれの名乗りに合わせて、その身体を伸びやかに躍動させた。
「息吹のスカイックパワー! ゴセイピンク!」
「芽萌のランディックパワー! ゴセイイエロー!」
「さあ、こんなやつら本当にさっさとやっちゃおう!」
「うん!」
 モネは戸惑う気持ちなかったわけではないけれど、それを振り切るようにしてイエローの威勢のいい言葉に応えた。
「ゴセイブラスター!」
 ホルスターを抜くと、二人は一気にビービたちの中心に飛び込んでいく。ビービたちは蜘蛛の子を散らすように飛び退き、ビームの乱射で数体が消し飛んだ。
「えい! やあ!」
 モネは最初こそはピンクをカバーしようとする。だけど、彼女は敵の一群に遮二無二飛び込んでいき、ゴセイイエローはむしろ取り残されるような格好になり――スカイック族のはちゃめちゃぶりには閉口してしまうことが多くて、でも、ビービだけだし――
「ビービ! ビービ!」
 彼女は剣を振りかぶる目の前のビービを見やると、ブラスターをホルスターに戻し、代わりに手のなかにランディッククロー――彼女専用に鉤爪を展開させると、思い切り振りかぶった。
「ランディッククロー! えい!」
 一、二、三――左側から敵を一体ずつ倒していくと、地の足のついた的確な動きで駆け抜けエリのほうへ身体を翻した。
「エリ! あんまり離れないで!」
「なんとかなるなーる!」
 文字通り羽の生えた天使の身のこなしで、再び空中へ舞い上がるゴセイピンク――手にしたスカイックショットで地上のビービたちにビームを打ち込んでいく。
「あれ、こいつら、さっきよりなんだか増えてる??」
 ピンクの着地した場所に先回りして、ぴたっと並んだモネはさっと敵の数を勘定した。十体ほどのビービたち。さっきも十体で、最低でも五体ずつは倒したのに――
「あれ、そだね……?」
 エリも気づいたらしく肩を寄せてくる。
「数が減ってない!」
「どっかから現れた?」
「知らない……」
 十体倒せば終わり、そう思っていたから目の前の敵だけに集中していた。十引く十が十で――
「どっちにせよ、全部片付ければいいだけの話でしょ!」
 モネはエリに幸先を制されるよりも前に声をあげた。今日はずっとエリに前を走らられてばっかりだったから――少し気分がよくなった。
「うん!」
 二人は個人武器を構えると、その先をビービたちに向ける。
「イエローショック!」
「ピンクトリック!」
 ビームは矢継ぎ早に発射され、ビービたちに矢継ぎ早に命中していく。白煙が立ち上り、武器を手にしたまま、モネはエリとともにその中に飛び込んでいく。
「これで、全部倒した?」
「ビービ!」
「えっ!」
「ビービ! ビービ!」
 白煙の間を割るようにして、緑色の腕を認め――拳がゴセイイエローのマスクに命中したとき、モネの頭は前から後ろへ運ばれ、その一瞬の間に別の拳が腹部にめり込み、頭部よりも腹部が更に後方へ運ばれる。フラッシュのような瞬きが数度、痛みはなくて、だけど、気づいたときには地面に倒れていた。<
「モネ……」
「エリ! なにが……」
 瞬きを繰り返すと、腹部と後頭部に熱く鈍い感覚が吹き出すように感じられて、口の中は更に暑かった。敵の――目にも止まらぬ攻撃を認識するまで数秒がかかり、瞬きをさらに繰り返すと、目の前に仰向けに倒れて身体を起こそうとするゴセイピンクの姿を認めた。
「ビービ!」
「あいつらが――そんなことあるわけないじゃない」
 モネも首を回して、それから姿勢低めに起き上がる。
「今の一体なに?」
「アタシたち、あいつらに殴られたんだよ」
「でも、動きがぜんぜん見えなかった」
「煙で近くにいたのに見落としただけ」
 モネはやや曖昧に言った。エリに手を貸す。白銀のスーツに土埃がついており、自分もそのようにスーツが汚れているのだろと思った。
「ビービ!」
 白煙の次には土埃が起こっており、それがビービたちを隠している。地上の上にビービたちを覆い隠すように煙がまとい、彼らの実態を隠しているのだ。
「もうあったまきた! あんな卑怯な戦い方するなんて」
「そう! モネ、一気にあいつらを叩いちゃおう」
 スカイックショットとランディッククローを再び手にして――二人は、その土埃に向けて照準を定めた。
「ピンク――きゃっっ!」
「イエロー――ああっ!!」
 武器を構えた二人に背後から気配がしたかと思うと、ビービたちが二体ずつゴセイイエローとゴセイピンクに纏い付くと、その腕に抱きつくように取り付き――一瞬のうちに、二人をバンザイの格好に持っていってしまう。
「ちょ、ちょっと!」
「ビービ! ビービ!」
 背後からクネクネとした戦闘員の身体がぎゅっと押しつけられる。スライムのような感触なのに手とか足とかには人間の骨格のような感触がある。とらえどころがなくモネはマスクの裏側で顔をしかめた。
「離して!」
 ゴセイイエローもゴセイピンクも逃げようとしてもがいているのに、ビービは背後に押しつけられるこんにゃくのようにしっかり二人のことを捉えて離さない。
 目の前のぼやけた視界を割るようにして、ビービたちが姿を現れる。
「あ、あれ」
「なんでさっきよりも増えてるのよ!」
 ビービたちは目の前にいるのが二十近く、二人を捕まえているのが四体いる。ビービはまるで煙の中から次々に生まれでているように見えた。敵はどんどんその数を増しているのに、こちらはバンザイしたまま拘束されている。武器はその先を上へと向けられており、腕を引っ張られるから、引き金を動かすことができない――
「どうしよう、モネ!」
「そんなこと言われたって! あ、こら!」<
 ビービがモネの手の中にあるランディッククローに手を伸ばす。ぎゅっと手前に引き寄せようとしたり、その逆をしようとしたりするが、彼女の愛用する武器はその黄色いグローブから滑り落ちるように、敵の手に移ってしまう。
「あ、あっ……! 返して! あたしのスカイックショット!」
「そうよ、それはワタシので、あんたらのなんかじゃ…うっ」
「ちょっと」
 奪った武器を二人に見せつけるように、ビービは持ち主の方へ向け、モネは唇を噛んだ。引き金を引いて、ゴセイジャーを攻撃するように見えたのに、そうするわけではないのがわかった。
 ――コイツら、ワタシたちをこわがらせようとしてる……
「ビービ!」
「ビービ!!」
 人の言葉を離さない戦闘員に二人は初めて不気味な感じを抱いた――彼らは武器を向けていつでも攻撃できるぞという態度を露わにしたままにしたままだった。別のビービが前へ出ると顔の前に手を突き出し、ゆっくりとした手付きでゴセイクロスに包まれたエリとモネの二の腕に触れた。
「ど、どこ触ってるのよ!」
「気持ち悪いッ!」
 いやにねっとりとした手が白銀のクロスに触れて、緑色の凹凸を作る。指先は小刻みに震えながら、エリとモネの身体の感触を愉しむような手付きをした。
「ビービ! ビービッ!」
 その二体のビービたちはそのまま、イエローとピンクの腋に顔を埋める。
「やだ!」
「もう、離れてよ、離れてったら!」
「はぁ、はあ……もういい加減にして!」
「もう何こいつら、ワタシたちにこんなことしてただで済むと思ってるの!!」
 これがウォースターなりなんなりの怪人んならまだ話のしようもある。だけど、目の前にいるのはただの戦闘員だ。
 セクハラ行為以外には不気味な声をあげるばかりでしかない。顔が離されて、でも間近に何体ものビービがいて、モネはこみ上げてくる嫌悪感に眉間にシワを寄せた。話が通じないことへの怒りが気持ち悪さと、幾分かの恐怖に変わり、胸にざわつくような感覚を広げていく。
「モネ、あたしたちもしかして、こいつらに捕まえられた……」
「そんなわけ……」モネはエリの声にあたりを見回す。視界には見渡す限りビービがいて、空の色は少しずつ変な色に変色していくようだ。「そんなわけないじゃん……」
「でも……」
「お兄ちゃんたちが来てくれるよ」
 言いながら、でもモネは言葉に確証が持てなかった。
 お兄ちゃん――叫びだしそうになる気持ちをぐっとこらえて、でもそうしていると、こみ上げていくる感覚はより強くなるみたいで――
「エリ……!! エリに触らないで!!」
 モネはゴセイピンクの前に立つビービが彼女のピンク色の上衣に手を伸ばすのをみて、鋭く言った。
「いや……!!」
 二人とも普段はビービに至近距離から好き勝手させることなんてなかった。エリは体をひねってその手から逃れようとしているみたいだった。けれど、ベルトのバックルの上、上衣の縁にその手は届き、指先で揉むようにゴセイクロスの感触を愉しむと、くいっとその内側に腕を差し込んだ。
「きゃああっ!」
「やめなさい! そんなところに手を入れてどうするつもりなの! あっ、くうっ!!」
 ふいにモネの視界左側にビービが現れると、その腕が伸びてくる。エリがされているのと同じようにゴセイイエローの上衣に手が差し込まれる――
「ちょっとそんなところ……」
 エリにまとわりついているビービに向けていったのと、同じことを口走ってもなんの効果もなかった。
 彼らはそれぞれゴセイイエローとゴセイピンクのクロスの内側に腕を差し込み、その女性らしいボディラインに盛り上がるような太い腕を浮かび上がらせた。ビービの体の表面はちょうどタコのように張り付き、スーツの正面、ランディック族とスカイック族の金色に形作られた紋章を好き勝手に歪ませていった。
「えいえい!」
 足でビービを引き剥がそうとすると、後ろにいるビービが二人のくるぶしに裏側にくるぶしを差し込んで、つま先を浮かしてしまう。
「あ〜ああぁっ! ヤメなさい!!」
 左足、それから右が浮かされて、また別のビービが足を掴んで、神輿を担ぐみたいに持ち上げられて――腰を揺らしてその状態からの脱出を試みるが、その拘束はどこもかしこも蜘蛛の巣のようにとらえどころがなく、あやふやで込めた力はすべて無意味へ抜けて――状況は変わらなかった。
 ビービの手は首元までやってきて、鎖骨をコリコリと手の甲で弄られて、ビービの指の関節と鎖骨が歯車のように噛んで、コリコリまるで音がしているような錯覚にとらわれてしまう。
「こいつら、きもちわるい――」<
「本当にまずくなってきた……あっ!」
「!!」
 ビービの手が胸元で左右に分かれた上衣の内側に留められたジッパーの持ち手を見つけたらしい。
「それは……」
 ジッパーの降ろされる音はまるで飛行機が上昇するときの音みたいに鋭くマスクの中に響いた。重ね着して普段は外気をほとんど通さない上衣が左右に開かれ、外気がつんと内側に白銀のインナーに触れる。内側に汗を讃えたゴセイクロスはまるで氷を直接押し当てられたような感触にも思えた。
「ワ、ワタシたちの変身を……」
「無理やり脱がそうとしてる……だめそんなことしちゃああ」
 エリもモネも無理とわかっていながら、体をくねらすことをやめられない。
 ビービたちはそれを軽く受け流し、空中で二人の体をゆるいくの字にすると手を後ろに反らせると、上衣を無理に引っ張りはじめる。二人の懸念と焦りを肯定するように、じわじわと二人の着衣を脱がそうと動いた。
「あっ……あっあっあ〜あぁあっ!」
「だめ! だめ! これは! ワタシたちの紋章が入ったものなんだからっ!!」
 子供の着替えのように、二人はジタバタともがく。でもそのうちに、左右に分かれて後ろ手に回されたその衣服は袖から無理に引っ張られ、ズルズルと抜けていく。
「だめ!!」
 モネはそれが最後にひん剥かれる刹那に指先でその端を掴むが、ビービが手を当ててマッサージでもするようにコリコリともみほぐしはじめる。
「アッああっ!!」
 その光沢に包まれた黄色の装束はするするとグローブの指の間をすりぬけてしまう。

「えっ、あっ……」
 ぐるぐると振り回されたゴセイイエローは、まもなく地面に降ろされた。ぺたんとあひる座りにされて、すぐ横にエリも――ゴセイピンクも同じようにして座らされた。
 インナーはスカートまで続くワンピースと、腿を包むパンツ状のスーツのパーツで作られている。要所を占めるキラキラとした装飾が脱がされた上位の真っ白な色と対照的で、違和感のある姿だった。
「いやっ」
 別に肌が見えているわけでもないけど、エリは胸元に手を寄せてみせる。
「ビービ! ビービ!」
 敵は、二人に見せつけるように剥いだ上衣を見せつけている。
「よくも」
 モネは唇をかみ、拳を握るとゆっくりと立ち上がる。その姿を見上げるゴセイピンクにモネは手を伸ばす。
「みんなさっさと倒さないと、こんなんじゃお兄ちゃんたちにバカにされちゃう」
「うん!」
 エリはモネの手を取り、立ち上がって三百六十度全周に渡って広がるビービたち――三十体ほどまで増えていた――を睨みつけた。
「あんたたち、ワタシたちをおもちゃにした罪を償ってもらうわよ」
 形成は不利で、ビービたちはわざと二人を離したらしいことがわかった。そうやって、おちょくって弄んで喜んでいるんだ。その事実にモネは無性にどうしようもないぐらい腹がたって、黄色いグローブに包まれた手のなかで、拳が壊れそうなぐらいきつく握りしめた。
「アラタたちが来る前に片付けちゃおう!」
 そういうふうに言葉にすれば現実になるとでも思っているかのように、エリもキリッとした声をあげた。
「やあっ!」
「――エイッ!」
 二人はそれまで何度もしたのと同じように、まっすぐビービが一番多い場所めがけて飛び込んでいく。ゴセイブラスターもどさくさに紛れて盗られており、個人武器も敵の手のなかにある。頼れるのは自分の手足だけだった。
 二人はパンチを見舞い、蹴りを繰り出した。イエローの攻撃もピンクのそれも、鋭いキレとともに優雅な舞いのような雰囲気があった。それらはビービたちに矢継ぎ早に命中し、彼らを飛びのかせた――だけど……
「効いてないっ……」
 いつもだったら、一撃でビービたちを貫通しそうなほどの威力――ゴセイパワーの身体を軽くするような感じが鈍くなっていた。攻撃をうけたビービは一旦のけぞると、そこから逆再生するように身体をもとに戻してきた。1
「悔しいけど、逃げるしかない……」
 二人は背中合わせになって、思案を交わす。ビービたちは三メートルほどの距離をとって、こちらの出方を伺っている。飛び込んでくれば対応する。跳ね返すのも簡単だ、そういっているように思えた。
「こいつら、簡単に逃がしてくれそうもないよ……」
 エリも考えてよ――口の中が苦くなっていく。モネは頷いて、背後に目をやる。白く華奢なエリの肩が小刻みに震えているようだ。
「なんでも武器があれば……」
 武器があれば目くらましでもなんでもできるのに――「何回か攻撃を繰り返して、相手が油断したところで、ジャンプして一気にここから飛び出すしかない」
「そうね……」
 エリも少し自信のない感じで返す。いずれにせよ選択肢は限られているのは確かだった。「なんとかなる……かな……」
「どっちにせよ、そうするしかない。いくよ!」
 ゴセイイエローとゴセイピンクは、敵陣に飛び込む。モネは蹴りを連続的に繰り出し、ピンクはパンチを繰り返す。威力はさっきよりも不安定になっているように感じられ、太刀筋はしっかりと相手に命中しているのに、十分な威力が相手に伝わっていない。パンチングマシンを打っているようで、それらを数度繰り返したあとで、モネはエリの肩に手をやり、それから手を握り――二人は軽いステップとともに空中に躍り出た。
「えいっ!」
 動きはスローモーションのようにすぎていく。ビービたちがいっせいに驚いて顔をあげ、二人はその数メートル上を通り過ぎていく。数秒がもっと長い時間になり、スカイックショットとランディッククローの銃口がこちらに向けられているを見た。今度は――
「あぶない!」
 放出されたエネルギーの奔流はきらきらとした星のような輝きを放つと、その内部で収束して、一気に空中をいく二人へ向かった。その動きだけが異様なほど迅速で二人の背中を下から捉えたエネルギーの塊がゴセイクロスのキラキラ輝く表面に衝突すると、小刻みな爆発が起きはじめ――大きな爆発がそれらをかき消すように空中にスパークと黒煙の塊を円形に形作った。
「あああっ!」
「ううっあぁっ!」
 空中のその一点から勢いが一気に奪われ、煙のなかから垂直に落ちる二人の護星天使見習い――ゴセイピンクは胸を下に、ゴセイイエローは左腕を下にして地面と接触し、骨の折れる嫌な音がはっきりと耳に届いた。
「離して!」
 二人のもがく動きもさっきよりもずっと弱々しく、ビービたちが腕を掴んで立たせようとしたときも、まともな反抗すらできなかった。
「いやっ痛いっ!!」
 モネは左腕に感覚がなかった。もしかしたら折ったかもしれない。ビービたちに左右を捕まれて起こされ、今度はさっきよりもっとハッキリと恐怖を感じた――無機質な頭、ウネウネとした動き――喉がカラカラに乾き、胸の奥にきゅっと重い感じがした。
「ちょっと! やめて! ああ゛っ!!」
「あぐっううぐっ!!」
 マスクに腕が伸びて、それを無理に剥がそうとするかのように左右に振られる。抗議の声は――スーツを失ったワンピース状のスーツの腹部に、拳で直接振り下ろされた。
 逃げようと足を動かすと、今度はビービに足を踏みつけにされて、逃れられないようにされる。マスクが今度は上に引っ張られ、足を抑えられていたから二人はビービたちとの体格差により、つま先だちのような姿勢にもっていかれる。
 キラッキラッと星屑が首元から飛び散って、二人は必死に顎を引く。顎がマスクの縁とあたって抜け落ちるのを防ごうとしたが、汗ばんだ肌はその部分と引っかかることなく、すぽっと抜けて、薄暗い目の前の空間がぱっと明るくなったとき、瞳孔がきゅっと動いて周りが真っ白になった。あたりの敵の放散する熱が頬にあって――なんだかひどく臭かった。
「はあ……はぁっ……」
 ビービたちは次々とマスクを脱がされた護星天使見習いの顔を見ようと、顔を近づけてくる。中にはマスクや上衣を戦利品のように見せつけてくる輩もした。
「もう、やめて……」
 脱がされたばかりのマスクが目前に運ばれてきて、突きつけられる。その無機質なマスクを二人はもちろんほとんど見たことがなかった。普段は自分が身につけるもので――目の前に突きつけられることはない。<�$0
「やめてったら! あんたたちの勝ち! こんなことして満足なの!」
「ビービ!」
 ああ満足だ――その声はまるでそう言っているように聞こえた。彼らはこれまでの恨みを返すかのように、マスクを二人の顔に押し付けられる。額の紋章が頬に押し当てられ、二人は顔を歪ませ、腹部へは更に拳が送り込まれた。
「ああぁっ! あぐっあぁっ!!」
「あくっ! あああぁっー!」
 一通りの猛攻が途切れる――と、そのマスクも振りかぶられて、建物を破壊する鉄球のようにその円形がきれいな放物線を描いているのがみえた。それは奥から手前へと近づき、重なって目の前は真っ黒になった。<�$<�$0
 もはや、力づくで押さえつける必要もない。
 そう宣言するかのように、二人はそれぞれ一体のビービに後ろから羽交い締めにされていた。
 口の中に熱いものがこみ上げ、自らの頭部を保護するマスクで思い切り殴られたせいで、頭がひどくぼーっとした。
「うぐっ……う゛ぁぁっ……」
 声に目を向けると、霞んだ視界の向こうにエリの痣だらけの顔が見えた。その口がごぼごぼと泡立っており、黄色い胃液が糸を引きながら、そのスーツの表面をつたい落ちていくのが見えた。
「だめ、助けて……」
 ビービはエリを下に向かせる、愛らしさあふれる彼女の表情とは全く不釣り合いなごぼごぼという音とともに、黄色や白や灰色の塊が、地面やスーツへ滴り落ちていく。
「お兄ちゃん! 早く助けに来て!」

「一体どこへいったんだ……」
 アラタたち三人はあたりを見回しながら、少しずつ最初に爆発があったほうに足を進めていった。
「急ごう、嫌な予感がする」
 爆破現場に到着する前にブレドランとビービが現れ、エリとモネと分断する格好になってしまった。ビービたちはブレドランによって強化されており、いつもよりだいぶ骨が折れたが、なんとか倒すことが出来たのだった。
「ぼくもいやな予感がする」
 三人とも天装していたものの、そのスーツは今日の戦いの激しさを示すようにあちこちに汚れが付着していた。しつこい敵は少し殴って蹴ったぐらいでは簡単に倒すことが出来なかった。
「あいつらがいくら強化されていても、俺らでなんとかなったんだから、エリとモネだってなんとかなっただろう」
 ゴセイレッドのグループは三人いたから、コンビネーションでなんとか押し返すことが出来た。二人であの敵に挑んだら、アグリもハイドのいう嫌な予感を感じていたけれど、でも、だからといって、先を急ぐぐらいしか出来なかった。
「あそこだっ!」
 アラタは白煙に包まれたビービたちの群れを認めた。
「あの中心にエリとモネがいるぞ」
「あいつら……!」
「いくぞ、二人を助け出すんだ!」
 彼らは怒りを示すように肩を震わせ、拳を握ると、それぞれの武器を手に敵陣へと身を踊らせていく。ビービたちもそれを認め、剣を振るった。

「幼稚な奴らだ……」
 ブレドランは彼ら三人の背後、少し距離をとった物陰からその様子をみやっていった。ゴセイレッドたち三人がビービたちに身を投げるようにして飛び込んでいく。
「なぜ、自分たちが分断されたのかを分析もせず、それぞれに撃破されているにもかかわらず、更に泥沼へとハマろうとする……人間とは本当に不合理な奴らだ」
 護星天使さえいなければ、地球は好きにできる。数々の悪しき奴らも結局は相手の実力を侮ったバカでしかない……ブレドランはそう結論をつけると、自らの持ち駒であるビービたちの実力強化に着手した。
 彼らの能力を強化し、ゴセイジャーどもと対等に戦えるようにしたのだ。彼らは見事にその期待を果たした。まだ一対一で戦うには心もとないが、ゴセイジャーがやるように数のちからで圧せば勝機はつかめる。
 ブレドランの作戦は単純だった。奴らを分断し、各個撃破を狙う。片方が堕ちれば、あとはビービを合流させて、ゴセイジャーも合流させる。まだ余裕のある仲間は負けた仲間を守りながら戦わざるを得ない。
 そうすることで、余裕のあるほうから更に余裕を削り取ることができ、護星天使の制圧を実現する。
「そうだ簡単なことだったな……何をこんなに苦戦していたのか」
 ビービたちはゴセイイエローとゴセイピンクの武器で、レッドたちの一撃目を牽制すると、原始人がマンモスに殺到するように彼らを埋めていった。
 それは実に統制の取れた動きで、ブレドランの目は感心の色を抱いた。
「さて、ゴセイレッドへのトドメは、このブレドランがやろうではないか」
 ブレドランは不敵に笑うと、その物陰から身体を躍らせた。