夜を越そうよ
「おはよ」
「おはよう、魁」
「おはよう。なにしてんだ、もう朝食できあがって――」
小津家の朝食――蒔人は瑞々しいグリーンサラダののった木製のボウルをダイニングにおく。兄弟はみんな揃って食事のはじまりに顔を並べている。
魁――末っ子の彼が現れるのを見ると、彼らは笑顔を見せるが、当の少年は表情を強ばらせていた。
「芳香姉ちゃん」
「おはよ、魁ちゃん、どうしたの、挨拶もそこそこに」
小津芳香は頬を膨らませて降りてきた弟――魁の顔を見上げて、にこりと口元を綻ばせた。
「おはよ――ちょっと来てくれ」
「なあに、芳香ちゃんにできること?」
「いいから」
茶化してみせたが、魁の声には苛立ちが籠もっている。芳香は笑みを崩さずに、はいはいと立ち上がって首をまわす。少し寝違えたかも知れない。昼になって直らなきゃ魔法で肩をほぐしてしまえばいい――
弟について行って、彼の部屋に入る。部屋は年頃の男の子にしては散らかってもおらず、アイドルのポスターが飾ってあるわけでもない。プロサッカーチームの卓上カレンダーと、並んだ教科書と参考書、ある意味おもしろくもなく、融通がきかないわけでもなく、真面目でもない、そんな感じの部屋だった。
「姉ちゃんさ、しただろ」
彼は振り返り、さっきまでの表情が笑顔であったと思えるぐらい表情をこわばらせている――こうしてみると、幼さをのこしたその顔立ちも、半ば以上大人に変わっていることがわかった。
「なにを?」
あ、だいたい話が読めた――そう思ったけど、芳香はあえて首を傾げた。
「俺の身体で、オナニーを、だよ!」
「あーん、魁ちゃん、お姉さん、そんな言葉よくわからな――」
「わかってるだろ」
ふん、鼻を鳴らしてベッドに腰を落とす。どんと跳ね返りそうな勢いに、芳香は思わずにっこり笑う。ついこないだ、インフェルシアの毒液を浴びて、魁と芳香は魂が入れ替わってしまう事件があった。程なく事件を解決させて、二人は元に戻ることができた。
まだ記憶に新しいその日々のことを、魁は言っているらしかった。
「だってー、男の人のアレってどういうふうになってるのか、芳香ちゃんわからなかったんだもん。なんでもモノは試しにっていうでしょ」
「モノは試しって、一回どころじゃないだろ」
魁は頭を抱えて髪をくしゃくしゃやった。
「だって、一回ぐらいじゃよくわからないし――でも、なんでわかったの」
「そこのゴミ箱、ありえねーぐらい臭いんだよ。自分の奴なのに、臭すぎて頭痛くなるし、蒔人兄ちゃんか、ちい姉が俺のいない時にごみ捨てにでも入ったらどうするんだよ」
「あー、これは芳香ちゃん、証拠隠滅に失敗」
彼の指したゴミ箱に顔を近づける。すぐにわかる『あの臭い』がして、いくら芳香とはいえ失敗したと言わざる得なかった。
「仕方ないなあ。コンビニのゴミ箱にでも捨ててこようか?」
「そんなことしたら迷惑だろ――まったく、一体何回やったんだよ」
「それが姉に対する態度?」
芳香はおもしろくなって、にやにや笑みを浮かべながら、魁のすぐ横に腰を落とした。彼は口をすぼめている。そういえば、ちょっと顔が赤い。姉相手でもシモの話に顔を赤くする弟は、だいぶ可愛かった。
「なんでそんなに回数が気になるの」
「最近、練習に身が入らねえんだよ」
練習とはサッカーの部活のことらしい。「チームのメンバーとして、役割を果たせなかったら」
「山崎さんにも嫌われる――!」
「そんなこといってないだろ!」
声は抑えられていたが、ドスのきいた感じだった。もちろん、姉として弟のドスなんて怖くもなんともない。
「あはは、ごめんごめん。でも、おっさんじゃないんだから、一晩寝れば大丈夫でしょ」
「いつもはな。でも、今回はなんだか違うんだよ。それで、何回なんだよ?」
「六回」
「ろ、ろく?」
「うん、シックスタイムズ」
「な、なに考えてんだよ!」
「うーん、えっちなこと? あのね、魂が入れ替わると感じかたまで男の人みたいになってね――楽しくなっちゃって、あはは」
「あはは、じゃねぇよ」
魁は頭を抱える。六回ぐらいなんだっていうのよ、芳香は思って肩を叩くが、彼はそのまま髪をかきむしり続ける。彼女は首を傾げた。おやおや、これは様子が変なようで――。
「魁ちゃん、なに考えてるの」
「なにじゃねぇよ、姉に自分の身体で一晩に六回もオナニーさせられたら気が変になるだろ、ふつう」
ふつうはならないとおもうし――でも、ふつうなら、姉が弟の体でオナニーはしないだろう。それにしても様子が変。芳香は、その様子をしばらくみて、ぽんと手のひらをたたいた。
「ははーん、そっかー」
「そっかってなんだよ――う、うわぁっ!!」
芳香はそんなウブなことに悩んでいる弟のことが思わず愛おしくなった。姉弟だから感じないとかふつういうけど、こういうちょっと一風変わった状況なら、それもまた――抱きついて、胸を寄せると、衣服の擦れる音がして、肌触りが伝わる。飛び退こうとする魁の腕を握り、しっかり抑えてそのまま押し倒す。
「でもさ、魁ちゃんもさ、わたしにひどいことしてくれたよね」
「な、なにがだよ」
「わたしの恋人、みーんなフっちゃったでしょ」
ふっと息がかかる距離で言葉をかけると、魁が露骨に狼狽えていて、それがますます、どうしようもなく、かわいいと思った。
「あれのどこが恋なんだよ」
「ぜんぶ純粋な恋心に決まってんじゃん。だって、芳香ちゃん、それぐらいないと処理できないんだもん」
「なにが」
彼は言ってから、しまったと思っているらしい。
「せいよく、に、きまってるでしょー」
魁は逃れようと再びもがきはじめるが、芳香はしっかり彼を抑えて組み伏せると、唇を彼の頬につけた。
「なにすんだよっ!」
首を横に向けさせて、唇とその間から伸ばした舌を皮膚に這わせて唾液を塗りつけるように、首からうなじ、耳元へと動かしていく。
「魁ちゃん」ささやくようなすり切れるような声。「芳香ちゃんとヤリたいんでしょ。わたしもさ、ちょうどお相手切らしてるからちょうどいいかなあって」
股を彼の股間に差し入れ、さするようにして上下すると、反応はすぐに現れた。
「やめろよっ」
「大声だすと、みんなにきこえちゃうぞー」
芳香はわざとらしく、いつもより小悪魔度五百パーセントぐらいな感じで、魁に向けて話しかける。「オナニーしすぎたから、サッカーに集中できないんじゃなくて、ホントは――」
「ホントは、じゃねえよ」
「強がっちゃって」
芳香は顔を起こして、彼の顔を見る。じっと見つめる。目線があって重なって、それから彼のほうがすっと反らせた。
「そうだよ……」
消え入りそうな震えを帯びた声。
「そうって」
「――芳香姉ちゃんと一回やりたいんだよ」
よくいえました。彼女は笑って内心うなずき、手を伸ばかけた。
「おーい、芳香、魁?」
どんどんどん、乱雑にドアがノックされ、蒔人の声が響く。
「いつまで話してるんだ、目玉焼きが冷めちゃうぞ」
「はいはーい!」
今はムリか。芳香は唇を丸めて、もう一度魁の頬にキスをすると、彼の手をとって抱き起こした。
「なんかあったのか?」
無神経その二は翼だった。
「魁。悩みならお兄ちゃんに話してごらん」再び蒔人。
「ああ、大丈夫だよ。いまいくよ」
本当に無神経だよな、あのアニキ――そんな態度を隠そうともせず彼は髪を欠いた。芳香は彼に笑いかけ頷いた。
「じゃあ、またお預け、だね」
言ってから、芳香はつくえの上のボックスティッシュを魁に渡した。
「ごめん、下降りる前に顔拭いてね、唾、つけちゃった」
仕切り直しとなったけど、すぐにというわけには行かなかった。魁は部活で余裕がなかったし、芳香は突発の仕事のオファーで二、三日拘束されるという始末。インフェルシアの攻撃がなかっただけ良かったかなといった感じで、結局土曜日の夜に、芳香は仕事のオファーが続いているという口実を、魁は部活の先輩に呼び出されて晩飯をごちそうになるという口実を使った。
二人して、家をでるとすぐにジャケットを脱いで、まるで変装した芸能人のような格好で隣の街へ出てラブホテルに入った――魁ちゃんがどうしてそんなところに入れたのかといえば、芳香のツテとコネと――単にホテルの支配人――これが割合の渋めのイケメン――と知り合いというだけだったのだけれど。
芳香は部屋へ入ると、魁にマージフォンを取り出させ、魔法変身の呪文を唱えるよう話した。
「変身するのかよ」
「当たり前でしょ。ちなみに、わたしが六回したうちの二回は、変身してたよ」
あっけなくいうと、魁は目玉が飛び出そうな表情で、手にした魔法携帯と姉を交互に見つめ直した。
「オレ、もう変身したくねえ」
「逆でしょ」
「芳香姉ちゃんのことめっちゃ怖くなった」
「男の子はね、みんなそういうけど、なんでそういわれるのか、芳香ちゃん正直よくわからないー」
笑ってほらと促すと、彼はそれでもまだ逡巡していて――芳香は彼の手をとってポーズまでとらせてあげた。
「マージ・マジ・マジーロ――」
やや抑揚を欠いた青年の声が室内に赤い色の発光とともに響いたと同時に魔法変身は完了する。「魁ちゃん、カワイイ」
彼は、こちらを見返してくる。細かい模様の施されたマスクのその裏に、息を呑む気配がする。
「なあ、姉ちゃん、一つ言っていい?」
マスクの内側から声が漏れる。
「なあに?」
「いま、めっちゃ、姉ちゃんのこと、ナイとメアにみえた」
「えーっ、それってワリとひどくない」
「わりとふつうだと思うけど」
「あんなゴスロリ、キャピキャピの悪のおこちゃまと、この容姿端麗で、クールな正義のヒロインのわたしがいっしょ!?」
「じぶんのこと、そこまでいえるのすごくない?」
魁は少し引き気味で、その格好がマジレッドだから、なんだか二重におかしくて――そしてカワイイと、芳香は思った。
「だって、事実でしょ」
芳香は一思いに彼を壁に追いやると、壁をどんと叩いた。もういやになっちゃう。インフェルシアとの戦いに狩り出されてばっかりだから、腕っ節ばっかり強くなっちゃう。芳香は思った。
「で、芳香姉ちゃんは――変身しないのかよ」
「変身しようと思ったけど、まずはこの状態でしてみるのもイイと思わない?」
「オレ、姉ちゃんと同じ家族なのかな」
「どうしてよ」
「こんなに血気盛んな姉と一緒の――」
「魁ちゃんだって、十分血気盛んじゃん」
壁にあてたままの手をそのままにギュッとマジレッドに近寄る。
「ふつう、魁ちゃんぐらいの年齢だって、一晩に六回も抜けないでしょ」
「――したのは、姉ちゃんだろ」
「魁ちゃんの身体だもん」
語尾を殊更丸めて、マスクの鳥を模した黒のバイザーから内側をのぞき込むように目線を向ける。芳香はさっき上に着てたものを脱いじゃったから下着とダサいTシャツに、流行遅れのローライズ・ジーンズといった出で立ちをしていた。彼は――真っ赤な変身した姿だった。いつもなら敵の十人や二十人あっという間に倒してしまう勇敢で優しい――弟がもう一度、ごくりと唾を飲んだのがわかって、芳香は股間を撫でた。
「姉ちゃんはしたことあんの」
「なにを」
「経験」
「ほかのひとのこと?」
芳香はきょとんと首を傾げる。当たり前、だけど、それを訊くのは無粋だし、弟じゃなきゃ怒ってるぞ、そういう態度を込めて身体を密着させる。
「ほかのことなんて――どうでもいいでしょ」
「そりゃ、くぅっ――あぁぁ――」
「魁ちゃん、女の子みたいな声あげる。ホントカワイイ」
「カワイイカワイイ、いうのやめろよ」
「だって、カワイイ弟なんだもん。カワイイいうのはおかしいこと?」
「オレはいつまでもカワイイだけの」
「はいはい、そういうのは山崎さんにだけとっておきなよ――」
くすり笑いかけ、首筋に息を吹きかけると、彼は――サッカー部のマネージャーのその女の子のことを思い出して、わずかに我に返ったようだった。
「大丈夫いわないから――」
わたしって、魁ちゃんの言う通りインフェルシアみたいなことしてる。誘惑して、悪の道に――たぶん、二人の関係でそれをするのは、ほめられたことではないはずで、それはつまるところ、悪の道だと思った。
二度、三度と息を吹きかけていくうちに、彼は力を抜いていった。へなへなと倒れ込みそうになるマジレッドをベッドに――こないだと同じように押し倒して、股間を下側からマッサージするようにゆっくり勃起させていく。
「うわぁっ……」
「芳香姉ちゃんにこうされてきもちいい? かーいちゃん?」
「すげえぇっ……」
それはいったんスーツの内側でテントを張ってから、皮膚の伸縮に追いかけるようにビニールコーティング――というよりコンドームをかぶせたように綺麗に現れて見えた。
「これって」
「あれ、変身してから勃起したのはじめて」
「勃起とかいうなよ、恥ずかしい」
「勃起、勃起!」
調子にのっていうと、それに呼応するように男根は彼のあどけなさとは反比例したある意味男らしさを明瞭にしてまっすぐエビぞりにそそり立った。
「うっせ――」
「うっせーとはなに? ほら、こうしちゃうぞ」
男根の竿の部分をぎゅっと握りしめる。それからカリの下側の部分を人差し指の背でぐりぐりと押し当ててゆっくりと上下させる。
「うぉおっ! ああぁっ!!」
芳香はそれをニ、三度繰り返すと、彼の股間に顔を向けて、真っ赤な男根に唇をつけて――フェラチオをはじめた。上唇と下唇で包み込むようにしてわずかに滑る程度歯をたてて、コンドームとほとんど同じ口あたりのそれをぎゅっと引き絞り、解放してを繰り返す。
「ああぁっ――やべ、やべ、姉ちゃん顔どけてくれ」
びくびくっと脈動をはじめたペニスの感覚に、芳香はいいのと彼の目の前で指で丸を作って見せた。
「あ、うわぁっ!」
彼の年齢そのままに活力のあるその男根は、いとも簡単に絶頂を迎えてしまう。
「んんっ……んずずうううっ!!」
――芳香はその最中もフェラチオをやめず――逆に強くグラインドを繰り返しながら吸いつき――離しを繰り返す。
「ああぁっ――うわぁっ――とまらない――」
困惑気味に声をあげる。男性のペニスはふつう一度精子を放ってしまえばしばらくしぼんで小さくなってしまう。だけど、彼の真っ赤なペニスはかえって絶頂に達したことで――更に大きくそそり立ったかのように見えた。
「あ、魁ちゃん。今日の朝ご飯に、芳香ちゃんが調合した媚薬を混ぜといたから」
「はあ!? それが姉貴のすること――うわぁっ」
芳香はTシャツを脱いでブラもはずすと、胸を左右に寄せて彼の男根を挟み込んで――パイズリをはじめた。
「魁ちゃんだって、お姉ちゃんをほしがるなんて、それが弟の」
「なあ、姉ちゃん、そういう仕事したことないよな」
「ないない――って言ったって、魁ちゃんは信じないんでしょ、たぶん」
芳香は首を傾げた。胸の上下の動きにあわせて彼のペニスはびくんびくんと上下動を繰り返す。
「どっちなんだよ」
「あるわけないでしょ。これぐらいのこと、女の子なら誰でもやるのよ」
彼と視線があう。芳香は年上の余裕でにっこり笑ってあげて、それから四つん這いになると、そのまま身体におしかかる。マジレッドのマスクがじゃま――そう思って、マスクのサイドに手をあてて、上へ持ち上げてマスクを――はずす。
「魁ちゃんの顔が見えた」
「姉ちゃん」
彼はあどけない顔に野暮ったい男の優越感みたいなものをどこか漂わせながら、いつもの積極的な感じをどこか姉に毒気抜かれてしまっていた。芳香は笑って顔を近づける。
丸みを帯びて、日本酒とかよりはビールを好みそうな顔だと思った。お酒のめたら楽しいだろうな、そういう感慨が頭をよぎって、でもこういうことをするなら、別に飲ませてもいっかなーとか、思って――腕を回して引き寄せた。
「いま、山崎さんのこと考えちゃったでしょ」
唇が触れそうなぐらい近づいて今にもぶつかりそうな距離で、芳香は魁に笑う。
「そ、そんなことねえよ」
彼の口から唾が飛んで、芳香の口元についた。
「いいよ。山崎さんもするから」
「いい加減に」
「だいじょーぶ、人間みんなするんだから」
唇が重なる。とんがりかけた唇がキスの間からあふれ出る安堵感というか優しさに絆されてとろけていくのがわかった。熱い感慨、溢れる熱情が、その真っ赤な身体さえも凌駕するほどの勢いで近づき重なり、熱を持って行くようだった。
「ねーちゃん」
「はーい」
わたしは――芳香は意外なように思った。わたしは、麗ちゃんみたいにお母さんめいたことは苦手だしできないと思っていた。あんなふうに兄弟に対しても優しく振る舞うなんて難しくて――だから、芳香は昔から兄や弟のおもちゃを奪っては泣かせたし、でも、こうやって――なんだか、密接に向き合ってみると、どうしようもない感情がこみ上げてくる。
「すげえエロい」
そうして、芳香は足をひろげて下着をおろしながら、腿で男根をニ度、三度揺さぶった。
「でしょ――でしょ」
魁のグローブが芳香の付け根にあてがわれたとき、彼女は思わずよくできましたといってしまいそうになった。だけど、たぶんそんなことをいうのはいくらか不適当で、彼女は笑うとその手に自分の手を重ねて――陰核へと誘い――悦楽を帯びたそのとけだしそうな神経の集まっている部分を彼の薬指と人差し指で摘ませ、ぎゅっと押さえつけさせ引き絞り、上下動かさせた。
「あぁっ」
一瞬羽根でも生えて飛び上がりそうな感覚がする。腰を浮かせて、蜂のようにゆっくり回す。
「痛かった?」
一瞬で、濃縮していた感覚が外側にはじけ出す、そんな感覚が痛い訳なんかない。彼の手にさせると、寸刻追って身体の感覚がどんどんふわふわしてくる感じだ。
「そんなダサいこと、いわないで」
これってまるであの変身しているときの感じを、どこまでも引き延ばしているみたい。マジレッドの身体に触れると、そのスーツはきゅっきゅっと音をたてる。彼は、半ばあっけにとられて、でも、そのうちに彼はベッドからわずかに背中を起こして、芳香の背中に腕がまわされる。
子供っぽいのに、いざというときはすごく男らしくなる。弟ながら、そういうけなげさというか、そういうところに、芳香はきゅっんとなるのを感じる。そういうのは、ほかの兄や弟たちには無いもので――
「んぁ……はぁっ」
うつむいてこみ上げる感覚を受け止めて、引き寄せてくる彼の胸のなかで上半身を彼のほうに向ける。
「んんっ」
すごい感じている。絶頂かどうか定かではないときめきが胸のなかを二度、三度と脈うった。身体全体が熱くて、墜ちようとするのをとめられない。
「魁ちゃん」
キスは少し乱暴だった。唇がふさがれ、彼のすぼまった唇がタコの吸盤のように芳香の口に吸いつく。呼吸が難しい、そういう感覚ですら、まるで、熱くなるのを抑えてはくれず、熱いときめきが重なり、舌が絡まり、安っぽいドラマみたいにずずっと音をたてて――安堵した感覚とともに芳香はこみ上げる絶頂の中に落ちくぼむ、自らを見いだし――とろんとした。
「んぁっ――魁ちゃん、じょうず」
「えっ」
「なんでもないの」
頬が熱い。きっと、お酒で酔ったときのような顔をしているだろう。口が自然と綻ぶのがわかって、でも、まじめな弟は――少し困っているかのようだ。
「魁ちゃん、はじめてじゃないでしょ」
彼は目をそらす。そりゃあ、童顔だけどこんなにイケメンなんだもの、ほかの子が放っておくわけがない。
「ほかのことをきくのは、ねーちゃんが」
「その姉ちゃんがきいてるの」
質問を選ぶ権利はこっちにある、芳香は笑ってみせると、顔を近づける。
「ちゅーにのとき」
マセてるけど、だいたいそんなもんだよね、これで八歳とかいわれたらどうしようかと思った。そんなことを思っていると、彼は続けた。
「クラスの女子と」
「どこで」
「駅前のカラオケボックス」
「おーおー、正義のヒーローにあるまじき、不純行為」
「いうなよ」
「いいんだよ。だいたいこれも、すごい不純行為だし」
『告白』とともに、彼の身体がまた固くなってきたのがわかった。魔法変身していると感覚が研ぎ澄まされ、それと同時にこんなに薄手の生地で全身が包まれてしまえば、少しの変化が如実に身体に現れてくるようになる。クスリの効果もあるだろうし。
芳香はおもむろに、マージフォンを取り出す。彼はそれを見張っている。もう、いまさら反抗したりしない。
「マージ・マジ・マジーロ!」
彼にまたがったまま、芳香は身体を起こすと変身の呪文を唱えた。
芳香姉ちゃんはすごくエロかった。
視界のいろいろなものが際だって見えて――紫外線ライトで彩られた室内はあちこち虹色の光彩を描いて、輝いている。ちょうど、部活の先輩OBに連れられていったクラブの奥の部屋みたいな感じだ。
その中心で――魁の目の前で、芳香姉ちゃんはマジピンクに変身し現れた。
マントを拭い、精悍のマスク――でも、そこには姉ちゃんの真っ赤に染まった顔がみえるように思えた。
魁は再び、芳香の腰に腕を回すと、マジピンクを抱き寄せた。
「魁ちゃん」
「そのちゃんづけやめろよ、なんだか恥ずかしい」
「そんなふうにいったって、わたしにとって、魁ちゃんは魁ちゃんなんだし」
マスクのまま、芳香は抱きついてきて、彼はちょうどマスクに頬擦りをするような格好になった。
こんなめちゃくちゃな姉ちゃんとやりたいなんて思ったのは、どうしてだろう。スーツ同士がこすれあい、そのたびに風船同士をこすりあわせたような音がして、そのたびに体中が感電を帯びたように舞い上がりそうになる。
山崎さんとは絶対別の種族で、心が入れ替わった途端に、オレの身体でオナニーをしてしまう。そのせいでオレの集中力をみだされ――先輩からかつて精力に流されると上達ができなくなるそういわれて、『それ』をすることを控えていた彼であったが、そんなことがあって以来、心はかき乱されてしまった。
何かのたががはずれて、姉としたいだなんて思うようになってしまった。しかも、自由奔放な彼女は、それを止めるどころが積極的に覆い被さって、身体を寄りかからせている。マスクを外してほしいらしい。横たわり寝息のような呼吸を繰り返して、身体を投げ出している彼女は――そうしてほしいのときこうと思って、そういうふうにきいたら、姉ちゃんは面倒くさがるだろうと思った。
おずおずと彼は腕を左右に投げて、マスクに手をかけた。彼はリスのように従順で――いつもこうならいいのにと思いながら――もしかして、なにもきかなければ、なんでもしてくれるんじゃないかと思って、マスクがはずれてその中から少し乱れた髪の芳香が現れたとき、魁は抱き寄せうなじのあたりの手をやって、唇を近づけた。
「魁ちゃん」
芳香の目は、少女漫画みたいにキラキラしている。普段から自由奔放で、思考回路のわからない姉はでも、そのとき、彼のしてほしいままに振る舞っているように見えた。だから、彼は少しの罪悪感も抱くことがなかったし、キスをしたとき、舌が自然と絡まりあって、それはちょうど蛇のようにお互いの口の中を歯から歯肉からきれいなものも、汚いものも、全部一緒くたにして混ざり合わせようとするかのようで、彼は何度目かの電気を全身に浴びて、思わず熱くなるのを感じた。
「どしたの」
それが、本当の感情なのか、芳香姉ちゃんの飲ませたクスリのせいなのかは定かじゃない。でも、本当でもウソでもびっくりするほど、その感覚は明敏で確かでかつ熱いものだった。
マジピンクは丸みを帯びた身体つきをしていて、でもところどころちゃんとスレンダーでメリハリのある身体をつきをしている。マジレンジャーのスーツを上から下へおりている二つの黒いラインは、まるで、それが雷かなにかのようにみえる。そうして、スカートから下側、足はまるで染め抜かれたような白で、魁の目には鮮やかできらびやかで明るい白に見えた。
「魁ちゃん」
芳香をそのまま魁は押し倒した。いつまでもされているままじゃダメだ。そんな意志が熱い、鋭い感覚とともに、身体の中を伝っていく。魁は芳香にその真っ白な足を開かせた。わりと厚手のスーツのスカート――ワンピース形状になったピンクのスーツのその部分をめくりあげると、その付け根は内側からふきこぼれる見るからにねっとりとした液体に一面覆われ、変色していた。その一番下側、ボディーラインに沿って少しつきだしたところに、一つの線が走っていた。
「ああぁっんああぁっ……もっともっと」
それはこんもりとした山の頂上に走る一条の谷間のように見えた。彼はそこを撫でて、さらにその上側さっき半ばムリやりいじらされたあたりを芳香の反応をみつつ探り、こねくり回した。そのうちに、芳香は声をあげはじめた。
「くすぐったい」
芳香は目を細め、それから開いて魁をみることを繰り返す。いじくりまわすたびに、彼女の体からは甘ったるくてかつどこか動物的な刺激臭が立ち上る。彼はそれをしばらく続けてから手を離すと、もっともっとと涙を浮かべた目で見つめられていることを意識しつつも、マジピンクの体に近接して近づき、肩を抱いた。
「魁ちゃんのそういうとこ、好きだよ、必死にリードして自分が騎士になろうとするところ」
「姉ちゃん、ちょっと黙ってよ」
そういう言葉ですら、彼女は笑って受け流している。
「いいよ」
彼女のスーツのその部分も彼のスーツと同じように体表面にしっかり密着しているかのようだった。熱い。どうしようもなく熱くて、彼は――スーツの表面に少し不格好に勃起している自らのペニスをマジピンクのまくりあげたスカートの内側へもっていった。
「あぁあっ……」
その声を、魁は少し演技がかった感じだと思った。演技でもなんでもいい。そう思って、口のなかに苦いものがこみ上げてくる感じがした。体は軽くなり、燃えて、我を失わせるかのように鼓動が二度、三度と脈をうつのがわかった。
ペニスの先端がその体に触れたとき、妙に冷たい感じがした。芳香は手を広げて無防備な状態で足を広げている。魁は更に近づいて、蛇のように体を上下させて更に重なって、腰を前に押し出した。つるんとスーツの表面で体と体が反発しあうように滑る。両方とも濡れていて、彩られた感覚と頭が真っ白になる感じ、彼女の肉が左右に割れて、その間を彼の硬直した存在が刺さるように入り込んで、更に肉を押し広げようとする。
「ああ……」
あえぎというのとはちょっと違う声、ぴりぴりと震える感じ――電流が体と体を介して伝わったとき、芳香の足は少し内側に曲がり、魁のペニスは両側から抱え込まれるような圧迫感とともにその中へと収まった。
「んぁ」
「入った」
それは征服感とも、なんともいえない感じがしていた。経験は積んでる。そう思っていたのに、よく考えると大人の女性は初めてで、芳香が大人かどうかは疑問があったけれど、少なくともその身体は大人であるはずで、妙に濡れて、スーツがあるせいで妙に滑って、だから――AVのディープキスのときのように、身体を動かすたびに水音が淫らなリズムとともに、響き、音をあげた。
「入っちゃったね」
芳香は口元を綻ばせる。そうして身体をあげた。魁は腰を動かすのをとめて、彼女を抱き抱えるような格好になった。芳香はリードをとりたがる。魁はなんとかしてそれを押しとどめようとする。
「んぁああぁ」
何度めかの唇を使ったキスは唾液の糸を引いて終わる。芳香は上唇だけ、下唇だけを使ったりして軽いキスを繰り返す。それから、魁の唇を甘噛みしたり、頬からうなじに唾液を塗りつけたりして――そうする間にも腰を揺らすことをやめない。
「くぅあぁ……」
魁もまた、芳香にされたように彼女の頬に唇を持って行く。そこが弱いのか耳たぶに口を持って行くと、首を巡らせて、身体をS字にくねらせる。ちょうどそれが膣のなかに収まった彼のペニスにの先端に振動となって伝わり、ああ、と、魁は声をあげた。
「耳たぶまでにして、それより先はダメ」
ぞっとするほど丁寧なお願い口調の芳香――さっきまでのあっけらかんとしたしゃべり方――下ネタだろうが、なんだろうが、全く躊躇ないしゃべり方とはぜんぜんちがっていて――彼ははっとして、全身が強ばるのを感じた。
姉を抱いている、そんなことすら記憶のなかから消えてしまいそうで、ゾクッとした感覚が胸を連打して、その感覚は少しも弱まることなくかえってつよまって、更に熱くなっていく。
心臓が音をたてている。身体を近づけると彼女の鼓動も聞こえそうだ、それは快いリズムで、彼が刹那動きを止めているうちに、顔は離され、芳香のひどく顔が見えてひどく淫猥にみえて、その間にかすかに笑って、またキスをした。
甘い痺れはますます大きくなり、芳香に抱きしめられ、唾液を塗りつけられたところに息を浴び、全身に電気が鳥肌のように走り、熱くなり、魁はまた芳香を下に組み敷き、彼女の身体に挿ったままの彼の肉体に抽送を繰り返していく。
「あぁっ」
「ああぁあっ! あぁあっ……魁、魁ちゃん……あっ、イキそう……あ゛あぁっ」
「姉ちゃんちょっと待って、あうわ」
「は、はやくあぁっ、イクなら一緒が……」
芳香は彼にすがりついてきた。彼は右手でその手をとって、ぎゅっと握りしめた。恋人つなぎとかそういうやり方はとっさにどうでもよかったけれど、指同士を絡ませて、ぎゅっと握った。そうすると鼓動が伝わってくる。
「わかってるからあぁっううっ」
「ああ゛ああぁっ! ああぁあっ!」
彼女の胸はスーツの上から浮き上がって上下に揺れているのが見えた。熱い。熱がほとんど最高潮に達して、ぎりぎりで引こうとする。膣が収縮したりぼやけるように広がったり、何度も緩慢なリズムを繰り返して、それが次第に間隔を細かく区切り初めて、熱情が――ましろな精が内から外へ迸ったとき、女性器は痙攣するように熱く揺れているのがわかって――同時に魁は数十秒にわたって、すべての感覚が真っ白く染まり、力が緩み、弛緩して熱くなった刹那に熱とか痛みとか、全くなくなって、ただただ幸福感だけがこみあげてくる感じに――イッたんだってわかって、大きく息を吐き出した。
意識を失うように眠って、目覚めたとき、一番最初に目に入ってきたのは遮光カーテンの間から差し込む日の光だった。動くにはしんどくて、でも一度目をあけてしまうと、瞼の裏側にその日の光が入り込んでしまう。
マットレスの上で身体をもぞもぞするのを数度繰り返して、魁は身体を起こした。目は覚めている。だけど、眠気はあって、頭蓋骨の裏側に痺れた感じが張り付いているようだ。
それなのに眠れはしない。
「朝かよ」
帰ったら、兄姉の問いつめが待っている気がした。朝帰りは今までだってお泊まりだっていってやったことはあるが、連絡なしに帰らなかったのははじめてだ。
芳香姉ちゃんに説得してもらうしか――でも、それだと真面目一辺倒の兄ちゃんたちが逆に変なことに感づくような気がする。
携帯の着信はみる気がしない。
本当は、連絡しようと思ったんだ。先輩の家に泊まることになったからって。でも、芳香があれは何回めかのセックスのあとで、そうすることをとめさせたんだった。
「姉ちゃんって、ホントズルいよなあ」
魁は、シーツにくるまってウサギのように眠りこくっている姉の顔をみて、心底そう思った。小津家はみんな基本真面目で不器用で、まあ、芳香姉ちゃんだってその線の上にはいることは確かなのだが――変なところで、ネジが切れてしまっている。
ベッドから降りようとしたら、足下がふわふわして、かつ脱力感がいっぱいで――それまであれしようこれしようと思ったこともできずに、息をついて、汗が乾いて張り付いた身体を引きずってバスルームへ向かった。
ここのバスルームは、そういうホテルだからか、まあ変な雰囲気になっていた。浴槽は円形で、その向こうに造花の花束五つ並んでいる。反対側は妙に――ベッドも引き込めるほどの広さのシャワースペースになっていて、おしゃれな浴槽とは反対に殺風景なタイル敷き――まるで市内プールのようだった。
変なところもあるもんだな。そう思って、シャワーのコックをひねって、お湯の具合をみる。シャワーを浴びると声をあげそうになった。サッカーより姉ちゃんの相手をするほうが百倍ぐらい疲れる。
人間の精気を吸い取る冥獣人だって、姉ちゃんならたぶん余裕こいて倒すことができるだろう――なにばかなこと考えてるんだろうかと、魁は笑って手近な棚に乗ったタオルをとって、シャンプーとボディーソープでさっさと身体を洗っていく。
バスタオルで身体を拭き上げて、そういえばそもそも着替えなんてもってきてないぞと気づいた。脱ぎ散らかした衣服をもう一度着るしかないらしい――変身して何回かして、自然と変身が解除になってそれでも芳香はとめずに、裸になって行為に耽り――寝たのは何時かなんて考えたくもなかった。
とりあえず眠い。だけど、眠れない。
そんなんで、疲れていたけど、乱れまくった姉ちゃんを思い出すと、下半身が緊張してしまいそうになる。
「あは……あはは」
後悔はないけれど、猛烈に頭は抱えたい。
バスルームをでると、シーツがはぎ取られ、生まれたままの姿で、芳香は熟睡していた――すごい、赤ちゃんみたいな寝相の悪さだ。思わず笑いそうになりながら、着替えを拾い集める。
仕方ないから姉ちゃんのも集めてひとまとめにする――流石に畳む気は起きないので、ソファの上に積み重ねるだけだったけれど。
「あー頭痛い」
姉ちゃんを起こすのは気が知れない。
のどが乾いて、昨日入る前に買って少し口をつけただけのペットボトルが目の前のあるのを見つけて、キャップを開けた。姉ちゃんがそのクスリを入れているかもしれないと思ったけれど、まさかそこまで鬼畜じゃ――いや、でも、鬼畜なわけがない。
魁は、部屋を眺め回した。
こういうところに来たのははじめてだ。そういうことをすると言えば。カラオケボックスか家――うちはダメだけど――ーと相場が決まっている。
視線に止まったのは机の下におかれた自動販売機で――照明のついた箱の中には、オナホールだとかピンクローターだとか、コンドームだとかが入っていて、千円とか二千円だとかの値札がついていた。
こういうので、あんなにオレのことをめちゃくちゃにする芳香姉ちゃんに復讐をするのもいいかも――とか思って、でも今月の小遣い厳しいからなあーとか思って笑うと、芳香が寝返りを打った。
そのとき、その販売機の前におかれたイスの上に、芳香のハンドバッグが無造作におかれているのが目に入った。バッグは小降りで何かの拍子にかひっくり返っていて、財布が――レシートやらカードやらがはみ出しかけた財布があるのが目に入った。
財布の先には自動販売機で、AVとかに出てくるようなこけし型のバイブに三千円の値札が下がっている。あの財布のなかには三千円ぐらい入っているだろう。
魁はその案について熟慮を重ねた。
早くしないと、芳香は起きてきそうだ。起きたらオシマイで、だけど、まあつまり、三千円借りても、芳香姉ちゃんは怒らないだろうという考えが頭をもたげてくる。
そのことを、しばらく考え――魁はふっと笑い、立ち上がったのだった。