蜂と鈴音

「ほよよよ」
 間の抜けた声を出しながら、くりっとした眼を向けられている。どこかアジアンテイストな衣服に身を包んだ相手がいて、顔は幼くみえた。
「フラビージョ…・・」
 野乃七海は立ったままの自分の周囲を回る相手に向かって、か細い声をあげた。野乃七海の身体を包むシノビスーツ――伝説の後継者たるハリケンブルーの鮮やかなコスチュームを、その宇宙忍者はしげしげと眺めている。声に意に介さずにぐるっとまわっていく。
「七五点と――」
 手にした紙にペンで書き付けていくフラビージョは、時折ぼそっと呟き、のそりのそりという足取りを崩さない。「何か言ったら……!?」
 困惑気味の七海の目線と、出会った彼女は一瞬だけにこっと微笑んでからそれからまた――「六五点」ペンで書き付けた。
「よぉし、お待たせ!」
 背中の羽をぶるっと広げて、七海の前に立つフラビージョがいる。
「はやく――」
 ハリケンブルーはそこに立っている。フェイスゴーグルをオープンにした野乃七海の素顔が露わになっていた。彼女を支えるものはなにもない。だけど、ハリケンブルーはそこに立ったまま、微動だにしない。その首には金属で出来た輪がはまりこんでいる。
「はやく、離しなさい!」
「ふぅん」
 鷹揚とした調子で、ペン先を舐めて、ボードに書き付けていく。
「ハリケンブルーは、あたしのもの。あたしがいいっていうまで、何もできないただのお人形さん」
 少女、ともいえるフラビージョの眼に一瞬だけ宿る邪悪な表情を七海は認めるが、それはすぐにかき消され、いつもの眼に戻っていく。
「私はジャカンジャなんかに」
「そぉーんなこと」さっと近寄り、指呼の距離で上目遣いに七海をみるフラビージョが、その手をつかんだ。「いってもいいのかなぁ――」
「何よ、いったい……」
「ぷに」
 フラビージョはいいながら、そのペン先を、七海の胸にぎゅっとあてた。凹んでいくスーツの生地、インクが染みてとろりと流れる。
「くっ……」
 動きを封じられ、それでもプライドだけは崩さぬように強気な言葉を続けてきた七海も、手を捕まれ、そのわずかにぬくもりを感じられる手に、戸惑いを隠せずに眉を潜めて、口元をすぼめた。
「なぁんでもなぁい」
 どこかキラキラしたたたずまい。毛髪を思わせる二つのボンボンを震わせて、上目遣いからちらちらと七海を見返すフラビージョがいる。
「何を企んでいるの?」
「え――」キラキラした空気を残しつつ、そこにある眼は、ジャカンジャの悪巧みをする色が宿っている。「それはネ」
 フラビージョが指をのばしてきた。つま先までよく手入れされた光る指だった。その指が――七海の首元に届き、首全体を覆うほどの幅のある輪に取り付けられた、銀色の鈴を鳴らす。
「ちゃりん」
「ウッ……あ…」
 フラビージョの声とともに鈴は音をたてた。それに重なる低い呻きに歯を食いしばる七海――全身にぞわっとしたなんともいえない気持ち悪さが走り、鳥肌がたちこめていく。
「あぁ…頭が……」
 クグツによって処されたその鈴は、小さくて鈍い銀色だった。フラビージョが顔を近づけて、指ではじくたびに、ちゃりんちゃりんと音を鳴らして、それでも動けない彼女は痙攣するように身体を震わせ、七海は沸き立つ違和感に顔を歪め、汗を欠いた。
「フラビージョ……それはな――」
「人間の内なる力を消耗させる鈴だよ」
 七海の目の前にあるフラビージョの声は、はっきりしながらも、どこかうつろで汗が眼に染みて、目をつぶる七海の首で鈴を鳴らす。
「なん、ですって……ぁ…」
「お人形さんが、あたしのことを、今までさんざん困らせてきたから、その罰」
 ハリケンブルーは何もない場所にただ立ち尽くしている。首輪によってその場所につなぎ止められ、身体を小刻みに震わせても、逃れられる様子もなく、身体の節々が動けないことでかかる負荷に焼いた針を当てられる感覚に――くのいちである七海は耐えようとしていたけれど……
「あぁあっ……」
 その声に、眼が向けられている。七海は声を漏らさないようにする。そうすればするだけ、その不気味な攻撃が効いていることを、フラビージョに知らせるだけ――なのに――
「ああっ……っかぅ…」
 鈴の音が響くたびに、背筋を電流の淡い感覚が上から下へと流れていく。血管の一本ずつを流れていくのは、針に似た感覚だ。
「きいてるー?」
 声がした。ちゃりんちゃりん、時折リズムをかえながら投げかけられる鈴の音、眼を閉じて、浮かべる汗に近づくフラビージョの体臭がした。虫の土臭さが鼻をついた。
 ちゃりんちゃりんちゃりん――!!
「ああぁっ!!」
 強くうち鳴らされる鈴にハリケンブルーは喘いでしまう。
「あ、きいてた――」
 ごくふつうの鈴の音だった。それが身体の中に入り込むと途方もない不協和に陥っていく「うっうっ……」
 口の中の苦い感覚、食いしばったことで口の中が切れたらしくて、広がっていくソースと鉄の感覚があった。
「こんなことじゃ、わたしは倒せないわ」
「倒せないよ――倒れられないでしょ」
 邪気のない口調で、言うフラビージョがいて、眼をみた。顔は息がふきかかる距離だった。
「すっごい汗っ」
 ぽたぽたと次々にわきでてくる汗、全身が濡れて不快な感覚だった。熱にうなされたような感覚に白黒させながら、相手をにらんだけれど、その優位にはぜんぜん効果がない。
「はやく、はやく、離しなさい――」
 彼女の身体に回されるフラビージョの腕がある。ハリケンブルーは抱かれ、彼女の腕に、ようやく固定された彼女の身体が少し場所を変えて、絡みついてくる相手がいる――ー
「いったいなに……」
「さっきから、おなじことばっかり――」
 くすくすと声をあげているフラビージョの笑みがある。
「たまには、別のこと言ったらぁ――?」
「……別のこと?」
「うぅんなんだろう。おのれジャカンジャとか、堪忍してとか」
「――はっ?」
 くすくす一人笑うフラビージョの姿は、不気味だった。身体を拘束され抱かれている――七海は、あのときのフラビージョを思い出した。『ビジョッ娘7』としてアイドルデビューしようとして、ポスターまで作って、一緒に仲良く愉しかった友達になれたときのこと。
「時代劇なら、くのいちはきっと、そういうふうに命乞いすると思うし」
「わたしは」
「命乞いはしない。そうだよね、七海」
 名を呼ぶ彼女の姿は、ジャカンジャだったけれど、七海にはあのころのフラビージョがだぶってみえた。もしかして、とすら思った。一瞬だけ戻ってきたその想い出が、めくるめく中で流れていく。
「わたしは」
 開きかけた口に、そっと人差し指が添えられ閉じられた。
「倒せないけど、七海を思い通りにすることはできるよ」どこか流れるように入り込んでくる声だった。「この鈴さえあれば、七海はあたしのお人形さんなのだぁ……」
 舌足らずな口調で、にこりと笑みがある。
「だけど、七海があたしに堪忍、するなら、あたしは考えてあげてもいいかなぁ」
「な、にを……」
「七海をお人形にすることをやめるって」
「離してくれる――ってこと?」
「ジャカンジャで、あたしのパシリになるの」
 しれっと口からパシリという単語が出た。汗に熱を感じて、七海は間近に土の匂いとどこか透明感のあるフラビージョの表情をみている。
 その透明感の中に、黒く濁ったものがある。
「そんなわけ」
 ちゃりん――
 さっき口を閉じさせた指によって弾かれる鈴に、ぴくっとなる青い鮮やかな肉体――
「あたしは、なんだっていいんだけどねぇ」
 いいながら、矢継ぎ早に続いた鈴の音に、体中にびっちりと広がる電流がびしびしと入り込んできて、汗で濡れた身体を汗とは逆流して――
「ああぁっ……」
 奔流となって入り込み、内蔵を鷲掴みにされ、それでもうち響き続けられる鈴の音が続いて続いて、それからも――
「ああぁあぁぁっ!」
 心臓が次々に早くなっていき、血を次々に血管の中に流し込み、身体はさっきよりもいっそうに熱を帯びる。真っ赤に染まる顔からは、また、汗がでて――
「はあぁぁぁぁああ……」
 ほてった七海は、耳鳴りの中に耳鳴りを感じて、首を振ろうとしたが、その中に一本の棒が通されているようで、皮膚をぷるぷる震わせるのみだった。
「あぁ……」
 口の中の鉄の味はますますひどくなっていく。身体が溶けていくみたいだった。内蔵や皮膚や血が一つのホットケーキの生地のようになっていく様だった。
 ――ちゃりんちゃりん!
「やめて……やめて!!」
 声が一回出てしまえば、次は絶叫しながら懇願した。
「あぁあぁ」鈴は終わらない。終わらない。首もとでフラビージョに弾かれ続けていく。
「あぁ……ああ…あ……ああ?」
 どくどくと鳴り続けている心臓。押し倒されて、地面に仰向けに倒れているハリケンブルーだった。照明を背景に陰になっているフラビージョの大きな二つの頭飾りが見えた。
「どう? わかった? あたしの実力? あたしのかわいいお人形ちゃん」
 その言い方はどこか冷たいものを含んでいる。
「わからないわ――きゃっ!!」
 ほとんど本能になって出てくる反抗の言葉に、鳴らされるちゃりん――
「そう?」
 失望した声だった。また鳴らされる鈴の音が一回響いた。
「ううっぁあ…」
「あたしは、この首輪一つで、七海のことを思いのままにできるのに、そんなこともわからないんだぁ――」
「解らない。解りたくもない――」
 また、鳴らされる。身体を強ばらせた七海に延びてくる指――が彼女の口元にふれている。
「えっ……」
 迫るフラビージョの唇と重ねられる唇がある。。反抗しようとする七海を押し退けるように押し当てられる唇――淡い感覚に、痛みがうずまく身体が癒されるような感覚――
「七海なら、あたしのこと、解ってるはずだよね」
 その声は心の中に入り込んで、さしのべられる手だった――『ビジョッ娘7』を結成した晩、一緒のベッドで眠った二人、フラビージョからしたのは土の匂いじゃなくて、人の匂いで、七海はパジャマ姿の彼女がそっとさしのべてきた唇と、自分の唇をさっと重ねて、そうして二人は抱き合った。
 その想い出は直ぐに辛くも拭い捨てられた。フラビジェンヌを倒すために利用された自分、そして仲間――あの夜の出来事さえも、嘘だったなんて――怒りで、七海はフラビジェンヌを倒した。
 もう絶対許さない。そう誓ったハズなのに、ぽっと瞬く安らいだ感覚に、七海はフラビージョを見やった。
「あたしのこと、解ってるはずだよね」
 繰り返される言葉に、こくりとうなづく七海がいる。あおむけになったハリケンブルーにまたがるフラビージョがいる。
 その宇宙コギャルの股間から伸びた生殖器は蜂の仲間である彼女が、卵を植え付ける為のもの。それが衣服の間からまろびでていた。

「解ってた……」
 にこりと微笑むハリケンブルーの眼には、霞みがかかっている。解ってればよろしい、フラビージョは彼女の太股の付け根に手を伸ばし、そのシノビスーツと同じ色の下着を脱がすと、網タイツも脱がせてあげた。
 つんとした匂い――
「ぁ……」
 脱がされて声をあげる七海がいる。汗の匂いがたちこめていた。あたしの毒は、じっと身体の奥底に隠れてしまう。
「七海――」
 それが――あのときの裏切られたという憎しみという鍵によって、ハリケンブルーの奥底にしまい込まれていて――フラビージョは、もう、彼女をこれ以上のさばらせておくつもりなんて無かった。
「だいすきだよ……だから、あたしが愛してあげる」
 フラビージョは、下着も網タイツも太股の途中までおろすと、スカートをめくりあげた。白い肌はあせで光り、濡れた身体――奥底から濡れてすえた匂いを発している。
「ぁ…・・ぅん」
 うなづくハリケンブルーに抱きついて、フラビージョは七海を抱いた。彼女はフラビージョより大きかったけど、一度抱いたことのある身体。どこに腕をまわせばいいかぐらい解る。
「ぁ…んっぁぁ……っああ」
 切なげな声、ここですよ、とでもいいそうな感じで、フラビージョの突いた感触に正直に反応している七海の口――下のお口も濡れていて、生殖器は一度目にそうしたときよりも、ずっとずっと簡単に入っていく。
「ああぁっ…フラビージョ」
「うぅん……?」
「もっと、好きになって」
 酔った声が、毒に染まったことを告げている。フラビージョは笑った。この上なく残酷に、その獲物を捕らえた虫の鋭さで見て抱いた。
「ぁぁ…い…ぁ……」
 ずぶ――ずぶっと挿っていく生殖器にかきまわされると揺れる身体があり、腰を浮かし、沈めて、また動かす彼女がいる。
「あぁ…んぁ……」
「七海?」
 声は糸をひき、それに絡め取られていくハリケンブルーがいる。切なげに眉間にしわをよせ、目元をピンク色に染めている。
「だいすき…………」
 溌剌そうないつもの表情から何もかもを受け入れてしまう表情に変わっている七海だった。
「もっと言って」
「じゃあ、あたしのパシリになーる?」
 くすりと笑みを投げかけ、挿入した管を揺らしてほどよい振動を与えながら、フラビージョは七海に視線を投げかける。
「ぁぁ…うぁ…ぇぁ……ぁぁぁっ」
「あたしのパシリになれば、こうやってたくさん大好きになってあげる」
 言いながら、フラビージョはハリケンブルーのへそのあたりをさする。
「ぇ」
 ゆっくりゆっくりさすりながら、手を胴と二の腕の間に滑り込ませ、撫でるように、アウターウェアと網タイツの間へ指を走らせていく。
「ぁ」
「ふぅ…はぁぁ…ぁぁ」
 さっきよりより憂いに満ちた声を漏らす七海がいる。
「あぁぁ」
 声が途切れ途切れに届いた。
「ななみぃ?」
 ずんずんと突き上げながら、フラビージョはきいた。意識を混濁させる七海がいる。それでも、容赦なんてしない。墜ちていくハリケンブルーを見て、フラビージョは微笑んだ。見ていると幸せな感じがした。
「ぅん…なる…」七海は呟いた。「なるから……もっとぉ…」
 ずぅんと下から突き、顔を近づけると舌をのばして唇を重ねた。歯をなめ、その中にのばすと、その中に唾液まじりのソースの味がした。血が出てる。フラビージョは吸い、舌で七海の舌を抱いた。
「ごめんね…イジワルして……痛かったでしょ?」
 眼を眼へ近づけて、のぞき込んだ。鼻の頭同士がふれ合った。つんつん。
「うん」
 切なさに染まった声――眼の中で黒目が収斂して、潤んで涙があふれた。
「ぁぁ……あああぁっ」
「うん」
 フラビージョはうなづいて、息を吹きかけた。
「あっ」七海はまた、玉の涙を流した。「いっちゃう……」
「ぁぁぁぁ゛っ…あぁああぁあぁぁぁっっ!!」
 ん――震える身体にしっかり押し込みながら、フラビージョは微笑んだ。ずんずんと突き上げ、彼女もまた、淡い恍惚を覚えながら、息を吹きかけ、濡れた唇に向けた。
「ななみ」