突撃のライトニングエース

「はあ! この! このおおっっ!!」
 地下駐車場の片隅で、キラキラしたエメラルドグリーンのスーツに身を包んだ女性と、異形の兵士たちの戦いが続いていた。女性の名前は速見瀬奈、陸上界のプリンセスの名で知られ、地球を淀みまみれにしようとたくらむヨドン軍と戦う突撃ライトニング! キラメイグリーンだった。
「もうしつっこさだけなら、一流なんだからっぁ!!」
 キラメイソードで敵――ペチャットたちを一蹴した瀬奈は、空中へ飛び出すと、空間の反対側へ着地する。その日の敵襲は戦闘員であるペチャットばかり無駄に多く、流石のキラメイジャーたちも戦う間に分断を強いられ、瀬奈もいつの間にか、この駐車場へ転がり込むはめに陥っていたのだ。
「まったく一体何が――はあっ!!」
 踊りかかってくるペチャットを回避して、キラメイグリーンは足を進める。左右から踊りかかってくるペチャットは必死に挑みかかってくる。瀬奈はこいつらが好きじゃなかった。というより、大嫌いだった。
「もう、いい加減に倒されろっおお!! やあっ!! えい!」
 突撃ライトニングの名を体現したようにペチャットの間に飛び込んだキラメイグリーンは、キラメイソードで次々にペチャットを倒していき、敵は彼女に近づくチャンスすら与えられなかった。
「はあ……はあっ。さすがにこれで、行けた?」
 キラメイグリーンの怒りの突撃は、やや遅れた爆発とともに、その成果を華々しく打ち上げた。乱れかけた呼吸を整えながら、瀬奈はあたりを見回した。身体が暑く、汗がこみあげてくる。スーツはスポーツ用のスパッツみたいな着心地で、首から胸にかけてかかる空気がひんやり気持ちいい。
「さあ、みんなのところに戻らないと!」
 あたりを見回して場所を確かめた彼女は、来た道を戻ろうとした。その刹那、背後に気配を感じて、彼女は立ち上がる。
「ペチャぁっ!!」
「まだいたの!?」
 最後に一体残っていたらしい。蛍光灯のような光る武器をもったペチャットを受け流し、身体を翻す。ソードを持ち替えて、相手に突き立てる。ペチャットは手にしたキラメイソードを受け止め、突き返してくる。
「ちょっとはできるんじゃん!」
 瀬奈は口元をほころばせた。ペチャットは大嫌いだったけれど、ちょっとは戦える相手が現れたことに愉快さを感じた。キラメイグリーンは、一歩背後に戻ると、そのペチャットを見やった。頭に赤い煙突のようなものをつけて、黒煙を巻きあげている。
「今すぐ倒してあげるんだから!」
 鮮やかな青い光のベールをまとわせたキラメイソードを振り上げて。キラメイグリーンはペチャットに挑みかかかった。ペチャットはその刀を真正面から受け止めた。このまま、まっすぐ押し切ってあげる ――瀬奈は呼吸をつないだ。
「ペチャっ!!」
「えっ! ちょっ……!」
 その時、キラメイグリーンの前進する力は、ペチャットによって押し返された。予想外の動きに、瀬奈の反応はわずかに遅れ、ペチャットはその刹那に彼女の腹部に飛び込んだ。拳が迫る。彼女の目にはそれだけが見えた。
「きゃっああぁっ!」
 ペチャットの拳がキラメイグリーンのマスクの下から、力任せのアッパーを入れる。人間離れした体躯が一気にそのスレンダーな鮮やかなグリーンの身体を空中に運ぶ。
「なんなのっ!?」
 まともな体勢を取れずに、瀬奈は尻もちをついてしまう。空中から落下、尾てい骨に衝撃が走る。ペチャットは自らの剣先をキラメイグリーンの顔面に突き立てる。
「あんまり調子に乗ってるじゃ」
 瀬奈は神経が訴えかける悲鳴を無視して飛び上がった。キラメイグリーンは手足を大きく広げて、ペチャットの上空をとびぬけると、その背後に抜けた。
「なああああああいい!」
 キラメイソードをそのまま相手の首筋に――ペチャットはまるで回転するように身体をグリーンに向けた。二本のソードの動きは円の反対側へシンクロしたように動く。二人の首元から火花が飛び、数メートル距離が離れる。
「ぺちゃっ!」
「なんなのよっ!! こいつ!! 変に早くて、気持ち悪い!!」
 そのぐるぐるの描かれた顔に表情はない。だけど、動きだけがさっきの間の抜けた動きから隙のない動きに変わっている。首筋に手をあてながら、瀬奈は目を細めた。
「それでも! 倒すだけ!!」
 瀬奈は何度目かの突撃を開始する。彼女の軽い体躯と有り余るスタミナは、彼女の正義の心を次の攻撃へと駆り立てる。精悍なマスクの内側へ瀬奈は規則正しい呼吸を繰り返す。スーツは彼女の動きに追随し、一直線に敵に切り込んでくる ――大きく振り上げたキラメイソードを迎撃するペチャットの姿が見えた。
「そうはいくかああっ!!」
 発声とともに、キラメイグリーンはさらにもう一段ジャンプをする。そのフェイント技を決め、ペチャットの繰り出したソードの上に足を載せ、跳躍して、その頂点で身体を翻し、キラメイソードを敵のその頭にのっている煙突へと向ける。
「ぺ、ぺちゃっ!!」
 空中から一文字に斬りこんだキラメイグリーンの突撃をまともに受けたペチャット――煙突に真っ赤なキズが走る。瀬奈は着地をすると、地面を転がり、起き上がった。
「正義の味方だからって、いつも真正面から切り込むなんて決めつけないでよね!」
「ぺ、ぺちゃっ!!」
 割れた煙突は発光し、それからペチャットはあっという間に爆発してしまった。
「はあ、なんとかかんとか……」
 いつも正々堂々戦うキラメイグリーンにとって、まっすぐ突っ込んだように見せかけて、別方向に回らざるを得なかったのは、ややプライドに反するような方法だった。
 それはそのまま、瀬奈の余裕が、さっきよりもだいぶなくなっていたことを示していたし、だけど、彼女は一瞬眉間に皺を寄せたっきり、息をついて、考えを切り替えた。


「ペチャットをそのぐらい強化しても、キラメイジャーにはかなわなかったシュポー」
 声は少し離れた柱から聞こえた。全身タイツにマント、汽車のようなマスクをつけた邪面師の姿だった。
「邪面師!? 何をたくらんでいるの?」
「シュポー、この機関車邪面様はなにもたくらんでいないシュポー!」
「ああもう! いい加減にしてよね! そういう企みを話したくてたまらないのにはぐらかす悪の組織仕草ホントにだるいんだからっ!!」
 何をたくらんでいようが倒せばそれでいい。瀬奈はペチャットのしつこさに辟易していて、キラメイソードを振り上げると、機関車邪面に向けてダッシュで迫っていく。
「シュポー!!」
「はああっぁ! ああ、あ、あれ?」
 機関車邪面は手を前に突きだすと、目の前の道を走り始めた。キラメイグリーンが攻撃を仕掛けた時には、邪面師は既に距離をとっていて、瀬奈が走り出すと機関車邪面は再び声をあげて、走り始めていた。
「なんなのこいつまですばしっこいなんて!! わたしにすばしっこさで勝負しようなんて、百年早いんだから!」
「百年早いかどうかは実力だけが判断するシュポー!」
 自他ともに認める実力、スピード自慢の邪面師ですらなんなく捕らえた実績、速見瀬奈はあざ笑うような機関車邪面のその動きに、瞬間湯沸かし器のように怒りを沸騰させた。
「もう、あったまきたんだから!」
 走り出したキラメイグリーンの前で、機関車邪面はシュポーと声をあげ、そして、その頭にある煙突から大量の黒煙を噴し出させた。
「えっ、あっあれ、ごほごほっ!?」
 煙の噴出の慌てて足を止める瀬奈だったが、その数メートルの突進の間に、彼女は煙の中に飛び込んでしまっていた。
「こんどは煙に巻こうって魂胆!?」
 ソードを構えたまま、瀬奈は用心深くあたりを見回す。油っぽい煙は瀬奈の汗を吸ったスーツに張り付き、真っ黒な層を作っていく。
「シュポって、これをつけるシュポ!」
「えっ!?」
 空中から現れた手がキラメイグリーンの頭上に降りてきたとき、とっさのことに瀬奈は一瞬動きを止めてしまった。音ともにマスクの上に何かが載せられる。
「ええっ!?」
「もういいシュポー!」
「ああっ!?」
 今度は背後から足が飛び出てきて、背中を思い切り足蹴にされ、その拍子にキラメイソードを取り落としてしまう。黒煙の中から飛び出たキラメイグリーンは地面を転がり、スライディングのように動きを止めると、身体を起こした。
「え、ちょっとなにこれっ!?」
 目の前にある鏡面状のステンレス壁面に、キラメイグリーンの姿が映っている。鮮やかなグリーンのキラメイスーツに身を包んだ瀬奈だったが、その頭には鮮やかな赤色の煙突が取り付けられていたのだ。
「そいつは、この機関車邪面と同じ煙突だシュポー」
 邪面師は黒煙が頭の上を示す。そこにある煙突はキラメイグリーンの頭にのっているのと同じだった。
「なにがシュポーよ! こんなダサいの!!」
 瀬奈が頭に手をやって煙突を外そうとするが、それはマスクにしっかり張り付いて、容易に外れない。
「は、はずれない!?」
「それを外してほしければ、この機関車邪面を倒してみることだシュポー!」
 機関車邪面は、手を再び胸に突き出し、子供の汽車を真似るごっこ遊びのようにそれを左右に突きだして、ゆっくりと動き始める。
「シュポっぽっポポー!」
 まるでその動きは、遊びに興じる子供みたいで、瀬奈は自分がばかにされているような感覚を覚えて、両手の拳を握り、腕を振り下ろして見せた。
「いいわ、今すぐ倒してあげる!」
 怒り心頭、突撃ライトニングのキラメイグリーンに追い越せないものなんかない――瀬奈が再びそのグリーンの拳を握り、走り出そうとしたとき、その頭上の煙突が鋭い白煙を立ち昇らせた。
「えっ!? しゅ、しゅぽー!! え、え、とまらないっっ!!」
 間の抜けた声とともに、瀬奈もまた両腕を前に突き出し、汽車ごっこの要領で白煙とともに走り始め――十メートルあまり先のコンクリート壁にぶつかってしまい、その反動で地面を跳ね飛ばされてしまう。
「な、なんな、シュポー!! いや、シュポーじゃないいいっ!!」
 立ち上がりかけたキラメイグリーンの煙突は再び白煙があがり、間の抜けた瀬奈の声とともに、瀬奈は走り出し、機関車邪面とは反対方向に走り出してしまう。
「やだ、身体が止まらないぃぃ」
 煙はどんどんあがっていく。身体は競歩ぐらいのスピードからランニングぐらいになっていく。それが邪面師のこの煙突のせいだってわかった。瀬奈はなんとか身体をコントロールしようとした。両手を突きだして、前へ後ろへ漕いでいる。まっすぐ走ろうとするのを身体を傾けて、カーブさせる。地下駐車場で、瀬奈は、その通路を利用した。
「なんとか、しなきゃ、シュポぽポポァ!!?」
 白煙が急に黒煙が交じり始める。こんな無様な恰好を演じらせられている自分に怒りが――黒煙が増える。この煙突はもしかしてわたしの怒りを ――瀬奈は頭上を見て、コーナーをなんとかまわった。ちょうど一周機関車邪面のいるあたりに戻ってきた。
「しゅぽぽぽっ!? これをなんとかしてぇっ!!」
 機関車邪面の姿が見えた。彼のところには信号機が置かれていた。赤をともしている。機関車邪面が手を降る。瀬奈は自分の意思とは半ば無関係に減速させられ、邪面師の前に手を突きだす恰好で、立ち止まるはめとなった。
「ちょっと、これは一体!?」
「機関車邪面の煙突をつけると、その煙突は人間の怒りを糧にして、どこまでも走り続けるシュポー。キラメイグリーン、ただ走るしか能のないお前にはぴった」
「だれが、走るしか能がないって!?」
「まだ、そんな口が聞けるシュポー? じゃあ、証明させてやるシュポー」
 機関車邪面は、手をあげた。赤信号が点滅して、それから青信号に変わる。
「いや、もう離して……えっ、うわっ、あああ! シューシュポ!! 出発進行シュポぽー!!」
 瀬奈は、青信号を見るととたんに、頭から白煙を噴出してしまい、声をあげながら、地下駐車場の奥へ向かって、一心不乱に走り始めた。


「はあはあっ……」
「おや、もう終わりシュポー?」
 何週走ったかもうわからない。キラメイグリーンは、赤信号の下で、この無様な様に狼狽を覚えつつあった。機関車邪面はただ、キラメイグリーンを走らせて、同じところに戻らせて、その様子を観察した。車のレースさながらに、瀬奈は走らされ、筋肉は酷使され、いかにスタミナとスピード自慢の彼女でも、その姿に披露の色は濃く、それを反映するように、そのスーツは汗にまみれ、彼女の周囲には汗の臭いがつんと漂うようになっていた。
「そ、そんなっ……ことは、わたしに限って」
 その言葉に反発するように、身体が光を帯びる。えっ、うそ、と彼女が声をあげると同時に、キラメイスーツはその身体の表面から消え失せ、いつもの変身前の衣服が、それもたっぷり汗を吸って、その場に現れてしまう。
「えっ、ちょっとっ?!」
 向こうのステンレスパネルに目をやる。瀬奈の汗まみれのポニーテールの上に、なくなっていてほしいと期待していた煙突は、そこにまだあった。
「うそっ」
「さっすがのキラメイグリーンも、もう、いい加減バテバテになったシュポーっ。キラメイグリーン、敗北を認めれば、その煙突とってやらないことはないシュポー」
「誰がよ!?」
 威勢というよりもはや虚勢に近かった。陸上選手であろうが誰であろうが、肉体を強制的に使って大丈夫なわけがない。瀬奈はプロアスリートであるが故に、限界をよく心得ていた。でも、この目の前の間抜けな敵に挑発されたら、本心ではないことをいうしかないのだ。
「だったら、もう少し、走ってみるシュポーっ!?」
 声とともに煙突が白煙が噴出してしまう。
「え、いや、あ、ちが、しゅぽぽぽぽっ!?」
 信号は赤から青に変わる。無理な動きをこれまでキラメイスーツがカバーしてくれていた。変身が解かれたいま、なんとか自分で自分の身体を守らなきゃいけない。瀬奈は怒りが恐怖に変わるのを感じ、全身を鳥肌で覆いながらも、一歩一歩と加速していく中で、身体をコントロールしようとした。
「い、いやあぁあぁああぁあぁっ!!」


 それからしばらくして、強化されたペチャットを一蹴したキラメイピンクは、そのフロアにたどり着いた。
 その奇妙な状況を怪訝に思いながら、車の間を抜けて機関車邪面を背後から倒し、瀬奈を救い出した。仲間の、親友といってもいい仲間の腕に助け出され、瀬奈は泣きじゃくり、ピンク――大治小夜は彼女のことをゆっくりと抱きしめた。
 他の三人が到着したころには、瀬奈は疲労を顔に出しながらも、健気な表情を取り戻しつつあったが、邪面師に、自らの一番得意な技で強引にねじ伏せられた事実は、しばらく拭うことのない事実となって、その胸の奥に根を広げることになったのであった。