クロス・チェック

「な、ユウリ、頼むよ。こんなこと頼めるのはユウリより他にいないんだし」
 竜也はいつもの屈託のない口調で、ユウリに向かって軽く手をあわせた。
「あのねえ」
 ユウリは天をあおぎ、露骨にため息をついた。
 彼は、最近、そのお願いばかりを口にするようになった――いまは捜査の最中だというのに――
 ドルネロファミリーが町に放った新たなロンダース囚人デ・モアが、このバーに姿を現すとの情報をきき、客を装って張り込み中。なのに、竜也は緊張感ゼロで、彼女を『口説こう』としている。
「ちょっと飲み過ぎなんじゃないの?」
 ユウリはわざと刺々しく言った。
 竜也はそんな『ツン』とした態度を受け流している。彼とて、まわりに気を配っていないわけではない――だけど、今日ばかりは、ユウリも少し苛立ちを隠せなかった。
「そりゃあこんなところに来て、ソフトドリンクってわけにはいかないし、ちょっとはね?」
 バーのテーブル席、カウンターのよくみえるところ。座って話しに講じる二人――店はほどよく混んでいて騒がしかった。酒場では様々なことが行われる――それは、未来も今も同じことで、違いといえば、アルコールの種類ぐらいだった。
 こうして、ユウリは竜也に口説かれていた。

 いや、もう、落ちてしまってはいた。
 未来から来たユウリたちが、現代の若者である竜也と出会ってもう結構な時間が経っている。ドルネロの悪事を阻止し、ロンダース囚人を一体ずつ圧縮冷凍して回収する――終わりは見えず、未来が、自分たちをどう処遇しようとしているのかも見えない。メカは送られてくるものの、増援を送ってドルネロ一味を一網打尽にするわけでもない。
 逐次投入、日和見主義――その対処の方法は、ユウリの知る様々な対処方法とも異なっていた。毎日疑問を抱きながら戦場に立ち、個性はあるものの腕の立つ男たちを率いながら犯罪組織と戦うのは、キャリアの長い彼女であっても、ストレスを感じずにはいられなかった。
 ユウリもまた女性で、だから、竜也のあの屈託のない顔で迫られて、そのときの安いアルコールのうっとおしい酔いもあって、身体を重ねることに同意してしまった。
 一瞬のストレス解消には、セックスは最上のもの、ではあった。
 ユウリは肩の荷がほっと降りた思いで、ベッドの上で竜也に感謝の気持ちを伝えたこともある。
 でも、本当のストレスは、そのすぐあとに来た。
 竜也は皆の前では、前と変わらぬ態度でいた。他の三人も気づいているのかいないのかはともかくとして、変わった態度を見せなかった。ドモンは何度か彼女に指摘をして見せたけど、彼は彼で微妙な恋愛関係にあったから――論点の中心に来ることはなかった。
 特定の誰かと深い関係になる。それは、男女の根源的な欲求のなかで、一番面倒なことで、このまま一夜限りの関係に終わってしまえば――だけど、彼女のそういう希望は、竜也の態度によってあっけなく裏切られることとなった。

 彼は皆で一緒にいるときにウインクをしてみせたりとか、ちょっと格好いいことを言ってみたりする。細かいそれらが、狭い共同生活のなかで、ユウリのなかで、少しずつ息苦しさのようなものへと変わっていく。
 みんなの態度は変わらない。
 ストレスで、また口説かれてしてしま。そのたびに彼との結びつきは強くなっていった――気づいたときには、竜也の独占欲が、薄い膜のように、ユウリのまわりに立ち込めていた。

 それで、いま。
 竜也は張り込みをそっちのけで、クロノスーツにチェンジした状態で、セックスをしてみたいとせっついてきていた。いつもは口にしないようなことでも、酒が入れば出てきてしまう。
 そんな彼にユウリは少し幻滅していた。
「いいじゃん――」
「竜也待って」
 ユウリは彼を手で制した。視界の向こう、カウンターに一人の男が座ったのだ。大柄の体躯で、スツールがへし折れてしまいそうなぐらいだった。隣の男の頭が、彼のちょうど胸あたりにあった。
 頼んだのは、ウィスキーのロックだろう。バーテンダーの差し出す飲み物をちらっとみて、ユウリはそう判断した。
「来たわ」
「あいつ?」
「そう」
 さすがの彼も口調を変えてみせた。竜也は本当に憎いところがある。こういうところは、しっかりきっちりおふざけを、仕事モードに切り替えてみせるのだ。
 男は、それからグラスをちびちびとやってお代わりを頼んだ。ピクルスかオリーブを頼んで、それらを摘む。その仕草がその大きな体に似合っていなかった
 数分して、男はバーテンダーに何か声をかけた。彼はスツールを降り、それから全く無造作な動きでトイレの表示へと足を向ける。そこにはバーテンダーが待っていて、ダイアルロック式の従業員用控え室の扉が開けられ、中へ入っていた。
「いくわよ」
 彼女の声と同時に竜也も立ち上がっていた。
 二人は努めて何事もない雰囲気のまま、トイレへと向かった。
「扉の番号は4ー5ー5ー2」
 竜也が肩越しにそうつぶやく。
「えっ?」
「さっきみてたんだ」
 ユウリはちらっと彼のほうをみた。竜也はマジメな顔の端っこにいたずらっぽい表情をみせている。扉の前にたどり着くと、二人は指示するでもなく、互いで互いをカバーした。
 ユウリはそのダイヤルロックに、竜也の言った番号を入力する。鍵はカチリという音とともにはずれて、扉が開いた。
「うそっ」
 竜也のそういうところは、見習いたいとは思う。彼は三十世紀に生きていても、結構いいいところまで出世できると思う――その、プライベートの面倒くさささえなければ。

 扉の向こう側は暗く、湿り気をまといつかせていた。通路が続いていて、わずかばかりの照明が床の在処を教えていた。左右には酒瓶の入った木のケースやらなにやらが無造作に積みあがりずっと奥まで続いていた。
 デ・モアらしき男の姿は既に見えない。
 ユウリは竜也に声をかけた。二人は入り、扉をしめた。
「なんだか、敵のアジトって感じ」
「そうね」
 すぐおちゃらける。でも、今はそんなこと言わないことにした。通路を進むと、すぐに行き止まりになった。そこには汚れた階段がある。上の階につながっていて、誰かの話している気配がした。
「ユウリ」
「どうしたの?」
「なんだか、ここ寒くないか」
「風邪でも引いたの?」
 開けっ放しのドアから光が漏れて、怪人の影が反対側の壁に写っている。
「そこ」
 デ・モアが何かをたくらんでいるアジトがそこにある。竜也が肩をたたいてきて、ユウリは頷いた。二人はそこで並ぶと、クロノチェンジャーを発動させた。
 光は二人の身体を一瞬で包み込み、まばゆいばかりに輝いた。桃色と赤いクロノスーツに身を包んだ二人は、手を広げて装着状況を確認すると、壁に背中をあて、ゆっくりと階段をのぼりはじめた。
 声はしっかりとした言葉となって、マスクの集音増幅器を通じて、耳のなかへ届き始めた。

「オレ様の腕にかかれば、こんな原始時代で儲けをあげるなんてことは簡単に決まってんだろう」
『おい、デ・モア、てめえ、また酒を飲んでるのか』
 会話の相手は、ドン・ドルネロだ。その音声の雰囲気から、テレビ電話か何かで話しているようだった。
「ほんの二、三杯だ。ドルネロ。オレはあんたに借りを感じている。こんなボロっちい時代だろうが、オレを自由の身にしてくれたことに対してな。だから、しっかり仕事はすると約束するとも」
『当たり前だろうが。それで、作戦のほうはうまくいっているのか』
「もちろんだ。タイムレンジャーをとらえ、そいつらを再起不能にする作戦をなあ」

「あいつら勝手なことを――」
「待って」
 ユウリはレッドの袖を掴んだ。照明の下で、スーツの密着した二人の身体が電球色の照明を反射して光沢を帯びていた。デ・モアは、彼らタイムレンジャーを抹殺する計画をたてている。内容がわかれば対処は可能――ここで、飛び出していったら、それらがわからず、罠に飛び込む結果になるかもしれない。
「なんでだよ」
「ここでまず相手の出方を確認するのよ」
 ユウリはそう囁いた。
 流石に仕事モードで、冷静なはずの竜也も酒のせいか少し喧嘩っぱやくなっている――ユウリはそう思うことにした。

『で、どうするつもりだ』
「簡単なことよ。奴らの食べるものに毒を混ぜるんだ」
『いまどき、餓鬼だってそんな作戦思いつく。どうやって奴らが毒を飲むんだ。普通気づかれるじゃねえか』
「簡単なこったよ。このあたりの酒場にロンダース囚人が現れて、よからぬことをしているという噂を流すんだ」
『へえ』
 ユウリはぎゅっと胸を締め付けられるような感覚を味わった。デ・モアの口調に皮肉っぽいものが混ざっていたからだ。
「すると奴らがやってくる。酒場で酒を飲まないやつは怪しまれる。だから奴らは酒を頼む。酒ってのは少しぐらい苦くても、安い酒なんだなって納得して飲む」
 
 からん。
「んあぁっ……はぁはぁ」
 音がしたのはそのときだった。ユウリが目をやると、竜也が胸のあたりを押さえて荒い呼吸を繰り返していた。そして、その手から落ちた武器が足下に転がっていて、明確な金属の音をたてたのだった。
「竜也」
「ユウリ、なんか……変だ」
「しっかりして」
 タイムピンクは彼の肩を掴むと、そのまま階段から転げ落ちないようにゆっくりと床におろした。
「へへっへ、タイムレンジャー、早速網にかかったみたいだぜ」
 その声を浴びせられて、ユウリは顔をあげた。バイザーの狭い視界の向こう、階段の上に立つのは大柄な男で――その隣にホログラムで出来た影――ドン・ドルネロが立っていた。
「デ・モア!」
 竜也は発作のように見まわれて、胸を押さえたまま荒い呼吸を繰り返している。ユウリは立ち上がると、敵と相対したまま背中をぴんと張った。
 マスクの内側で、ユウリは唇を噛んだ。竜也をカバーしながら戦わねばならない。それなのに、敵との距離が近すぎる――
「しかし、タイムレンジャーってのいうのは、チョロイもんだな。オレ様の支配下にあるところで、あんなに酒を飲むなんて、バカの所行としかいえないぜ」
「確かにそうね。でも、その毒は私にはきかなかったようね!」ユウリは絞り出すようにいって、タイム・エンブレムを掲げた。「デ・モア、時間保護法違反の容疑で逮捕する!」
「出来るものならやってみるんだな」
「デ・モア、成果を期待しているぞ」
 ドルネロはいって、そのホログラムごとかき消された。
「タイムピンク、粉々にしてやる」
 そういいながら、彼は剣を構えた。人型のその姿がタイムピンクの目の前で溶けて輪郭を崩す――それからまもなく、溶けたプラスティックがどろどろに混ざりあったような姿へと変貌していく。
「ダブルベクター! はぁッ!」
 タイムピンクは腕を広げてストレージフィールドから、スパークベクターとアローベクターを取り出すと、敵に向けて跳躍した。
 ユウリはまず階段を一気に飛び越し、デ・モアの前にでると、相手の攻撃を受けた。優にふた周りは大きい相手の剣をアローベクターで受け止め、力の加減を変えながら相手に向かって鍔を返した。
「お、なかなかやるじゃないか」
 足の置き場所を複雑に置き換え、アローとスパークの二つの武器を使った。竜也と敵の距離を離す必要があった――体格で優れている相手に正面から向かえば一気に押し戻されるのは目に見えている。
 ユウリは、身体の前面は開けながら、左右の武器をうまく使って相手から戦いの主導権を握ろうとした。
 剣のぶつかりあい、激しい音が響いた。彼女の気迫に敵は早くも押されつつあった――それでも、そんなものは目くらましぐらいの効果しかない。
「なかなかやるじゃねぇか!」
 相手の一瞬の隙につけ込んで、ダメージを与えたら、一気に後退して体勢を立て直す――竜也のこともあるし――仲間を助けなきゃいけない。
「やあぁっ!」
 飛び込んでくる剣をスパークベクターをあてて、脇に押し流す。勢いに後ろにとばされそうになって――寸前で、後ろに跳躍して回避する。足を開いた格好で着地、デ・モアとの間に開いた寸暇の距離を利用して、武器の持ち手を中央で連結――本来の形に戻すと、パワーボリュームの増幅ボタンを指で押し込んだ。
「ツインベクター! ベクターハーレー!」
「なにを――がああっ!」
 レーザーが収束すると一瞬でデ・モアの腹部に命中して爆発が起きた。
「ハアっ!」
 第二打は激しい白煙を吹き出させて、敵の姿を一瞬でかき消した。
「潮時ね」
 ユウリは立ち上がると、地面にうずくまる相手を見て判断した。敵の腹部からぽたぽたと体液――血液のようなものが滴り落ちていた。
 身体のなかにアドレナリンを感じて――それはお酒のせいか、幾分か増幅されているようにも思えた。今なら勝てるかもしれない――そういう考えを理性が驕りだと訴えている。
 事実そうだろう。
 みんなと合流するのが正しい方法だと思った。彼女は敵に背を向ける。タイムレッドのほうに目を向けた――階段の中段にある踊り場――そこでうずくまっている竜也の赤い姿が――いない。
「竜也!」
 即座にユウリは声をあげていた――どこへいったのよ、もう!
「まだ、戦いは終わったわけじゃねぇぜ、姐ちゃん!」
、まるで冷や水を浴びせかけるような声がピンクの背中に浴びせられた。
 ユウリはゆっくりと身を翻す。
 数秒前まで白煙のたちこめていたところに、剣を構えたデ・モアが立っていた。そして、その隣に、タイムレッドが立っていた。まるで、その姿は糸で空中にぶら下げられているように、正気がなかった。
「竜也」
「タイムレッドはなあ、オレが預かった」
「何を言っているの!?」
 ユウリの激し口調に返されたのは、嘲笑の言葉だった。
「へっへ、こいつはオレ様の毒でオレ様の言うことはなんでもきくようになっている。まあ、おまえも、今は効いていないようだが――ジントニックと、モスコミュールを一杯ずつ飲んでいることだ、いずれ――」
「そんなこと無いわッ!」
 ユウリはツインベクターを握ると、デ・モアに向かって一直線に飛び込んでいった。作戦、として考えたものが相手に封じ込められ、敵に竜也を取られたことに彼女も余裕を失いつつあった。
「はあっ!!」
 敵に向かって手にした長刀をふりおろす――それを受け止めたのは、真っ赤な身体をした竜也だった。
「竜也っ!?」
 タイムピンクと同じ形態になっているツインベクターを、タイムレッドは機械的な動きで押し戻した。一瞬の動作に、ユウリは腕をあげたままの格好になってしまう。レッドはその寸暇に手元の武器を素早く分離させると、スパークベクターで彼女の胸の逆ハート型の模様を切りつけ、アローベクターの先端――クリスタライズドメタル製の刃先をその胸元に――杭のように打ち付けてきた。
「あああぁああぁっ!!」
 一打目でスパークが飛び散り、二打目は花火のように火花が吹きあがった。突き刺さったアローの刃先は、クロノスーツに予想外のダメージを生じさせていた。その結晶化金属はスーツすぐ直下に敷設された情報伝達系に干渉を引き起こし、全身に誤った信号が送信し――スーツのパワーアシスト系統に過負荷状態を作り出した。
 三回目に巻き起こったのは、大爆発とよっていい反応だった。ユウリの身体はその衝撃に瞬間的に数メートル移動させられ、更に何回かの爆発が――桃色の身体を艶やかに彩りあげた。
 幾次もの爆発が一瞬に集中し、激しいエネルギーの放出は数秒で終了した。タイムピンクはそのすべてを受けながら、更に数秒、夢遊病のようにその場で立ち尽くし、ゆっくりと崩れ落ちていった。

「ああぁっ……」
 クロノスーツの表面には、黒々とした焦げ目がいくつも刻まれていた。っから打に手をあてながらユウリは声をあげた。顔をしかめていたが、全身から汗が吹き出すのを止められない――痛みと苦しみがいっぺんに来て、思考が真っ白に染められてしまう。
「スーツの機能が……」
 レッドを敵の手から取り戻さないといけない。大幅に機能が落ちたことを示すバイザー表示に目をやりながら、ユウリも暗い思いに囚われるしかなかった――
「でもどうやって……」
 三十世紀ではそんな犯罪がないわけではない。神経構造におけるあらゆる作用がすべて解明されている三十世紀において、純粋に科学の観点からすれば人間を何らかの薬物によって支配下におくのは大して難しいことではない。
 彼女は立ち上がろうとした。身体は痛みと痺れがいっぺんにきて、動くにはひどいぐらいに精神力が必要だった。四つん這いになって、足がくだけて、地面に引きずり戻される。
「おや、歩けなくなったか?」
 デ・モアの声が耳に障る。目の前にレッドの足があって近づいてくる。ユウリは――一瞬身体が動かなくなってしまった。
「ほーら、いつになったら立ってくれるんだよ!」
 デ・モアの足がタイムピンクの背中、腰のすぐ上あたりを踏みつけにする。
「ああぁっ!!」
「ほら、声が足りねぇんだよ!!」
 ガツンガツン! 足で踏みつけにされる。タイムピンクはまるで標本のような格好で、ぴくぴく震えながら声をあげた。
「ほら、タイムレッドおまえもやってやれ!」
「た、竜也――」
 返答はなかった。だが、その足が持ち上げられるのを、ユウリは目で追っていた。
「ああぁあっ! ああああああ!!」
 竜也の足は、ユウリのピンク色のグローブに包まれた右手を踏みつけにした。間接の一番中央を杭で打たれたかのようにブーツは彼女の身体に激しく打ち付けられる。
「ああぁあぁあっ――やめなさいッ!! 竜也!」
「ほら、タイムレッド、この小娘の言葉遣いはなっちゃねえな、おまえのことを呼び捨てにしたぜ?!」
 その言葉に呼応するように、レッドは手をどけた。
 正気に戻ってくれた――? 頭ではそんなことありえないとわかるのに、痛みが彼女を期待にすがりつかせる。
「たたつ――ああぁあぁあああぁあぁぁっ!!」
 ユウリは竜也が正気に戻るよう説得しようなんて考えていなかった。だとしても――ブーツのつま先が見えたとき、ユウリはマスクごとタイムレッドに足蹴にされて、脳を激しく揺さぶられた――

「気絶したか……?」
 ぐったりとなったタイムピンクから足をどけて、デ・モアが嘲り声をあげる。マスクをうなだれさせ、手足を投げ出した彼女は胸がかすかに動いているものの、反応をみせなかった。
「あっけないもんだったな」
 彼はマスクを掴んで、持ち上げた。耳をマスクに近づけてみたが、ぐったりとなったままのタイムピンクに反応はなかった。デ・モアは顔をあげて、そこにいる真っ赤な男に声をあげた。
「タイムレッド、こいつを拘束するんだ」

「ここは……」
 ユウリは、身体の節々に感じた痛みによって、意識を取り戻した――二、三度瞬きを繰り返し、ユウリはクロノスーツを着たまま気絶してしまったことに思い至った。
 タイムピンクは立ったまま、手首と足首をチェーンで拘束されていた。ユウリは口のなかに、血の味を感じながら、記憶がリフレインすされるに従って涙がこみ上げてくるのを抑えた。
「お目覚めかな、三十世紀のお嬢さん」
 下劣な声があびせられ、ユウリは顔を向けた。
「デ・モア」
 相手はその醜い身体を揺らしながら、彼に近づいてきた。その背後にやはり、竜也が――タイムレッドが立っていた。
「よくも……」
「オレをあんだけ圧して圧しまくれたのも、あんたぐらいってもんだなぁ」
「それは、ありがと」
「ほめてねぇよ」
 デ・モアは不愉快そうに鼻をならした。「にしてもよお、オレはこのレッドの坊主からいろいろきいたぜ。おまえ、この男と出来てんだなあ??」
「だから? だからなんだっていうのよ?」
「いやあよう、正義のヒロインも、やっぱり夜じゃあ獣になるんだなってことよ――」
 言うだけいって、デ・モアは身を翻した。
「それがなんだっていうのよ!」
 デ・モアのたどり着いたところには、金属製のテーブルがおかれていた。その上には黒い塊があり――カメラだということは一瞬で明らかだった。
「人間として当然の行為だ。だから、当然の行為をおめえらがまぐわってる姿を動画に納めて、全世界の人間にみせてやろうってんだよ!」
「それは――」
「なんだ、そうじゃねえっていうのか?」
 デ・モアは言葉を続けながら、そのカメラを肩に担いだ。
「そんなこと、いいわけがないじゃない!?」
「そうかあ」
 剣呑な口調でデ・モアはレンズをこちらに向けている。ユウリは顔を背けた。その先にタイムレッドが立っている。
「さあ、タイムレッド、やれ」
 その不敵な表情のマスクが迫ってくる。マスクは相手を威嚇するようなデザインになっていた。腕が伸びてきて、耳元にあてられる。ユウリは首を振る。
「やめ、やめっ……ああァッ!!」
 抵抗する彼女の腹部に強烈な打撃が見回れる。激しく背中を壁に打ち付けながら、ユウリは声をあげる。がっくりと首を下向けるユウリ――マスクの両脇に腕があてられ――彼女は抗おうとしたが、痛みに思うように身体が動かなかった。
「よう、顔がでてきたなあ」
 鋭い目線を、ユウリはデ・モアに送った。髪は乱れて頬やうなじに貼り付き、普段している薄めの化粧はところどころ汗で流れてしまっていた。首には汗がたまり、スーツの色はわずかに変色しているのが見て取れた。
「敗北してなお、まだそんな目が出来るんだなあ」
 デ・モアは言って、レンズをその顔に向けた。
 マスクはその目前の台の上におかれた。タイムレッドは迫ってきて、ユウリの胸に手をあてた。
「竜也、やめなさい」
 そんなこといったって、無理なのはわかっている。だけど、いわずにはいられなかった。カメラに写されていて――それがどこかで放送されてしまう、誰もがこの画像を見ている――気高く振る舞おうとする思いがあって、胸をゆっくり揉まれて、顔をあげてレッドのマスクをにらみ付けると、それはゆっくりとユウリの顔に近づいてきた。
「やめ……やめなさい!!」
 顔に手が添えられる。グローブに包まれていても、それは紛れもない竜也の手だった。
「んんっ……ぁぁ……」
 タイムレッドの口元に浮き出た唇の模様とユウリの唇が重なる。胸に当てられた腕が今度は腰にまわされ、ゆっくりなでつけるような感じに変わっていく。
「ぁっ……た、たつや……やめなさい……」
 いつもの口調になろうとするのに、そう前にはじめて抱かれたときのようにその手は柔らかかった。記憶が急激によみがえってきて、身体のなかに回っていく感じがする。
 痛みにさいなまれ苦痛を感じていた身体に、それはまさしく『毒』のように広がっていく。
「あぁっ……ぁうぁぁ……」
 ゆっくりと溶かされていく思い――それは身体のなかで暖かく心地よい感覚を作りつつあった。レッドとピンクのすべすべしたクロノスーツがあって、その上から触れあっていく。
「ダメ……ダメ、だから……」
 彼女は囁くように声をかけた。あんなに彼は変身したままやりたいといっていた。それがはからずともこんな形で実現しつつある。操られている竜也にとって、本望なんだろうか――でも、本能は敵の支配下で、欲望を、花開かせようとしている。
「へへへっ、顔がとろけてきやがったな」
 デ・モアに言葉を返そうとすると、タイムレッドによって強引に唇を奪われてしまう。目を細めて、なんとかあらがおうとするユウリ――でも、身体が熱くなるのを自覚しないわけにはいかず、脈うつ感覚を意識してしまう
「あぁあっ……そんなこと……・あっあっ」
 レッドの股間が腿にすり付けられる。すりすりと音をたてながらスーツがこすれていく。レッドの指がスカートごと股間の付け根にあてられ、陰核に人差し指の先があてられ、もみ解し、押しつぶし、なで付けるような動きがはじまった。
「ああぁっ……ぁくっぁあ……」
 唇を噛んで言葉を抑えようとするのに、言葉は堰を切ったように流れ出てしまう。きっと、彼とはじめてならそんなふうに感じることなんてなかっただろう。
 人差し指は、彼女の一番敏感なところ集中的に揉み解した。スーツのつるつるとした表面で指は何度も滑り、内側の滑り止め加工した部分が圧し当てられるように、彼女の官能の蕾を圧して、そのたびに身体の奥底がぞわっと熱くなる感じがして、ふつふつと身体は煮えたぎり――優しかった動きが急に速度を増したりして、身体の膜は――さっきまで覆っていたものとは、ぜんぜん違う膜が急激に競り出して、彼女を包み込み、快楽の坩堝にゆっくりと押し出されていくような感じだった。
「はぁあっんん……あああぁっ! あっ! あああっ!」
 悦楽は制御を失おうとしていた。指はユウリのことを『知って』いて、弱くなったり強くなったり、つまみ上げたり、優しくなでたりを繰り返す。
「あぁうぁぁぁぁぁ……」
 正気が消えて、とろけてしまいそう。
 そうなることをとめられない。ユウリは背中をふるわせた。でもどうしても、ユウリには竜也にすがりつくことしかできなかった。
 真っ白な感覚はどんどん厚みを増していく。
 ユウリは正気にならなきゃいけないと思った。意識を流されてしまうわけにはいかない。快楽に――でも、彼のことを、ユウリは好きで、だから、その、むき出しの感覚の中枢を撫で付けられていくに従い、彼女はスーツの内側で肌を真っ赤に染めていた。
「あぁっ……ああぁ……んぁっぁ!!」
 あらゆる輪郭は一瞬鮮明になって、それから取り返しがつかなくなるぐらいにぼやけた。絶頂が花開き、身体のなかではぜる瞬間、彼女は瞳を見開き、無意識に拳を強く握りしめていた。
 そのとき、彼女の手と足を拘束する金具がはずされた。絶頂の海に投げ出された格好の彼女は、現実の空気のなかでしっかり立つことが出来ず、そのままレッドの胸のなかに飛び込む格好になった。
「ああぁあっ……」
 彼女はその瞬間、マスクをはがされたが、タイムピンクの格好のままだった。そうして、竜也――タイムレッドに抱き止められていた。
「竜也、もうやめて……」
 絶頂に達したままの身体は言うことをきかない。ユウリは、目の前の相手にすがりつくよりほかに出来ることはなかった。背後で、敵の笑い声がする。そうして、その笑い声が何かを告げたとき、タイムレッドは彼女をそのまま床に仰向けに転がした。
 レッドのマスクは威嚇するようなデザインをしている。真っ赤なバイザーは、相手に顔はおろか、目の輪郭すらみせていない。ユウリは、顔を紅に染めて、竜也に視線を送っていた。
「竜也、だめ、敵の、ロンダースの策略に――目覚めて……」
 彼女は懇願した。そして、その言葉に淡い反応が現れるのではないか、そう期待を抱いた――
 だが、竜也はその言葉に反応を示すことをしなかった。彼女にまたがると、強引な手つきで、ピンクの足を開かせ、M字にさせた。ユウリは、子供のような表情をみせて、迫りくる相手に対して、無防備に身体をさらけ出すことしかできなかった。
「あっ――ああっ……ああぁぁぁっ!」
 彼の指はスーツごと陰唇の縁を滑って胎内に入り込んでいった。ぐちょり、音と感触が、愛撫によってすっかりできあがっていることを教えていく。
 レッドは、びんびんに勃起させた自らの男根を掴んで、準備運動とばかりに二、三度しごいた。真っ赤なスーツの頂点にわずかに濡れてるのがわかり、血管が脈動している様子がみてとれた――
「へっへへ、もうこれで終わりだなあ」
 ユウリは目尻に涙を溜めていた。粘りつくような本能が、それを欲しいと訴え、タイムレンジャーとしてのリーダーとしての、まだわずかばかり残っている理性が――
「そんなことないわっ!!」
「そうかよ」
 デ・モアは吐き捨てた。ユウリから見えないところに立っていても、その男がカメラをかついだまま、レッドに合図を送ったのがわかった。
「えっ――あぁっ、だめ、だめ、竜也。ああぁだめだめぇっ!」
 陰唇がずるずると桃色のスーツを巻き込みながら、彼の逸物をくわえていく。膣は大きく拡張され、痛みが彼女の意識を支配していく。
「ああぁっ――! あああぁっ!!」
 スーツの裏地が神経だらけの胎内を逆撫でしてひっかき回していくようだった。体温が一気に何度かあがり、それなのに猛烈な寒気で、鳥肌がまとわりつくようだった。
「ユウリ……ユウリ……」
「竜也……たつやなの……あぁっ…ああぁっ」
 その声が相手の達したものなのかなんなのか、彼女はよくわからなかった。口から漏れそうになる喘ぎ声をとめようと、口に手をあてようとするのに、手はまるで重しをつけられたように簡単に動いてくれない。
「ああぁっ……あぁああぁ!! あんっあんあぁあっ!!」
 身体はねばつく一つの塊になってしまったかのようだった。彼の動きにあわせて、ユウリの身体が揺れる。腰を振る――それは快楽と呼ぶには強烈過ぎる感覚が彼女を包み込もうとしている。
 今までの彼との関係で、ユウリは満足していた。
 そのいずれとも、このセックスは違っていた。焼け付くような感覚があった。膣は乱暴に抽送を受け、そのたびに体中に淡い電流が走っていく。痛みはいつしかきれいになくなり、代わりにこもった感じの熱が全身を支配するようになっていく。
 胸を揉まれ、腰に手が伸ばされる。
「ああぁあっ! アアッ……! ああっはぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!」
 逃げなきゃ、この場所から――もがけばもがくほど、彼女は逃げる場所に誘い込まれていく感じだった。熱い、熱くて、どうしようもなくて、溶けてしまいそうだった。小さく息をした一瞬、身体がどうしようもなく冷たくなり、そして、身体は反射でびくんと震えた。
「あはぁぁあぁ……はぁぁっ……あぁあぁ」
 唾液を口元からこぼしながら、びくんびくんと身体を小刻みに震わせながら、ユウリはその場に腰をおろされた。
「ああぁっ……だめ、任務を……ロンダースを……」
 彼女は譫言のように繰り返す。
 涙をこぼす目のとらえた向こうに、醜い格好の怪人が立っている。それはこちらを見て、あざ笑うように立ち尽くしていた。彼は、こんなことをして――
「そうだよなあ、タイムピンク、おまえは任務を失敗した。その償いは、しっかり受けてもらうからなあ」
 いつしか彼の背後にはゼニット数体立っていた。
「わたしを…どうするつもりなの……」
 彼女は絞り出すようにしてそうきいた。
「へっへへ、まだおまえは正気だ。だから、おまえの正気をたっぷり利用してやるんだよ」