ネメシスの魔女
「プレシャスじゃないよ、これ」
「なんだって?」
伊能真墨は、相棒――間宮菜月の肩越しに、アクセルラーの画面をのぞき込んだ。『ハザードレベル7』、そう表示が出ている。
「なんだよ、折角ここまで来ながら――明石のヤツ」
二人は、その先に目をやった。古びた壷がそこにある。その壷は確かにものすごく古い。そして、変なところが沢山ある。
だけど、プレシャスじゃない。
「あれ、ボイスじゃなかったっけ? このプレシャス確保、って言ったの?」
菜月がきいた。そこ――洞窟の中は暗かった。小高い山の斜面に入り口があり、そこからしばらく行ったところに、その壷は埋もれていた。
「そうだったか」
苛立ちを見せる姿が可笑しくて、菜月は笑った。
「でもさ、不思議だね。ここらへんは恐竜時代の土の中なんでしょ?」
「正確には白亜紀中期だ」真墨は、指で土の中に走る一本の線を示した。「これが――」
「恐竜時代に人なんていたっけ?」
「いるわけないだろ。だが、超古代文明の痕跡が――」
「これがその鍵になるかもしれない?」
菜月は真墨の顔を見て、くすりと笑う。「恐竜時代に、人がいたなんて、なんか嘘みたい」
「とにかく、確保して、さっさと山を降りるぞ」
「うん!」
菜月はプレシャスボックスを取り出し、プレシャスじゃない壷――『ネメシスの魔女』を格納した。箱はずっしりと重く、二人は元来た道を戻り始めた。登り坂の向こうに、洞窟の出口が見え、菜月は白い光に目を細めた。
「……あっ!」
「どうした」
真墨は振り返った。ライトを向けた。菜月が地面に倒れている。「なんだよ、転んだだけかよ」
菜月は脚を挫いた。
日が暮れだしている頃で、まもなく夜になった。二人は近くに廃墟の山小屋を見つけ、そこで夜を越すことになった。日が暮れると風が出てきてみぞれになった。降りるあてを失い、無線に応答が無かった。ため息をついた二人が山道をたどると、目の前に粗末な山小屋が現れた。
「ここしかないな」
壁を風がたたいている。どこからか吹き込む風に小屋はいまにも倒れそうだ。
「さくらさんたち、心配してるかな」
横目に『ネメシスの魔女』が納められたボックスを見た。重くて運ぶのが面倒で、その上、怪我まで負わされた。ちょっと憎たらしい。
「多分な。でも、この天気では探しにはこない」
真墨は鉄の棒で囲炉裏をいじっている。
「なんで、菜月なら……」
「いいか、こんな夜に外にでるのは自殺行為だ。それに奴らなら」真墨は口をつぐんだ。不意に、腹がなった。空腹の音はやけに大きくきこえた。
二人は笑った。
「ったく」彼は照れ隠しに呟いた。「腹が減ると、イライラするな……」
「ね、何かおもしろい話しして?」
「な、なんだよ、急に」
「だって何か、そんな感じするじゃん」
真墨は辺りを見回している。笛のように音をたてた風が小屋全体をうち揺らしている。木造の建物が震えていた。
「そうだな、一つあったな」
ミシ、話し始めようとすると、風ではない何かが壁に打ちつけられる音がして、建物が震えた。二人はそちらをみた。
揺れる水滴が窓にうつっている。不意に彼は腰を浮かせた。ゆっくりとした動きで囲炉裏端にやってくると、その中に手を差し伸べた。
「まだ、いけるな」
「火?」
「つらいだろう?」
真墨は残った薪を組み直すと置いたままにしていたライターを手に取った。囲炉裏に火が投じられ、ゆっくりと炎がわきたつ。
「わ、すごいっ」
「トレジャーハンターがこれぐらい出来るに決まってるだろ?」
「真墨なら、マッチ売りの少女にはならないね」
「ああ」頷いた彼の横顔に炎が反射して写っている。「明石を越えるまでは、俺は何が何でも生き延びてやる」
深刻な口調に思わず笑みがこぼれた。寒かった。腕で胸を抱いて、二の腕をさすっても、ぜんぜんダメ。菜月はそれでも、命の危険なんて感じていない。
「ねぇ、なんで、真墨は、そんなにチーフと張り合うの?」
「あ?」真墨は振り返った。意表をつかれたという顔をしている。「それは、あいつが俺にとっての……」
「憧れ? それとも――」
「そ、そんなんじゃねぇよ!」
ぷいと向き直り、炎を眺めている真墨、ずるずると床を滑って菜月はその横にちょこんと腰掛けた。風が建物を揺さぶっている。その中で炎があり、二人がいる。二人の――その目の前で、炎はやがて燃やすものを失い、徐々に小さくなっていく。
「なんだよ」
「寒い」
火は消えようとしていた。その頼もしい色に勇気付けられた二人も、燃やすものがなくては萎んでしまう。菜月は息を吐いた。白かった。手をこすり合わせて、息を吹きかけた。夜は長く、日の出はまだまだ先だった。
「寒いよ、真墨」
「もう薪はない」
「外で落ちている木を拾えばいいんじゃない?」
「バカ言うな。薪はな、落ちている木を乾燥させたものだ。第一この雨で……」
菜月は真墨にもたれた。体温にすがって、身体を近づけ首元に顔を寄せた。その胸板の上、彼の表情を見上げた。この人がいれば大丈夫、菜月は思っている。
「よし、菜月、変身しろ」
「変身?」え? 頭の中にはてなマークが浮かんだ。
「アクセルスーツなら、防寒になる。そうだろ?」
「あ、そっか。真墨、さっすが」
菜月は頷いた。それは名案に思えた。冷気で指を動かすにも、力が必要だったけれど、肩のポケットにアクセルラーはあり、二つ折りの本体をあけると、いつもの応答があった。
「ボ、ボウケンジャー、・スタートアップ!」
床でゴーゴージャイロを巻き上げると、まぶしい光がひと時暖かくて、一瞬のあとにアクセルラーをまとった菜月――ボウケンイエローが姿を現した。
「これでなんとかなる」
「うん」菜月は頷いた。
横には、真墨――ボウケンブラックがいた。無骨なそのマスクが、彼の容貌とは不釣合いで、なんだか変な感じがする。様子も、変? そのワケが、彼女には解らなかった。菜月は身体をいっそう摺り寄せた。スーツの表面は滑らかで、こすれあう音がした。合成金属の繊維で出来たアクセルスーツは、肌を寄せてもちっとも熱を伝えなかった。それでも、さっきよりはマシと頷いた。
「眠い」
「寝るな」
ボウケンブラックは言って、肩をゆすってきた。菜月は欠伸をした。寒気はなくなった。だけど、暖かくもない。一日色々あって、身体のあちこちが疲れたって言っている。欠伸をもう一度して、視界がぼやけて――
「おい、菜月!」
「もう、ミッション中は…コードネーム、でしょ?」
不意の眠気はかなり強かった。こくりこくりして、菜月は下を向いた。彼女は、そうしていなければ見られたプレシャスボックスの発光現象を見逃した。
その光は、ボックスの内部から放たれ、箱全体が光っていた。光は徐々に強くなり、一瞬の頂点に達すると、さっと止んだ。その一部始終を、真墨は目撃し、その光を菜月は身体で受けた。放射能をも遮蔽するアクセルスーツの中に、光は浸透し、身体を沸きあがらせ、菜月はびくっとなった。
「なんか寒い――真墨?」
答えがない。
「ますみー?」
「ん、ああ、すまない。俺もぼーっとしてた」
「もう、」
「なあ」
「うん?」
彼が彼女に身を寄せた。二人とも無骨なマスクで顔を包んでいた。
菜月の目の前でぱっと光が走り、真墨の素顔が現れた。マスクだけ解除された彼の顔がそこにある。青白く、万全とは言えそうもない顔だった。だけど、その鋭い表情がある。
「お前もマスクをはずせ」
彼はさっきと逆のことを言った。菜月は頷いて同じようにした。身体はスーツで顔はむき出し。光が晴れていく中で、目の前には真墨の顔があった。
「何、真墨?」
気づくと、畳の上で菜月は仰向けで真墨はその上にあった。血走った彼の目があった。
「寒く、ないか?」
「寒い」菜月は言った。「うん、寒い」ドキドキする――なんでか解らないケド――
「だろう? こうしていると、寒くなくなるんだよ」
ぎゅっと抱き寄せられ、視界が狭まり、ドキドキに胸が熱くなっていく――
「でも、これって――」
「これぐらい知ってるだろ?」無理矢理同意させる口調。
「よく解らないよ」解ってるけど、解らない口調。「なんで――」
「お前が可愛かったからだ」
優しさと、獣の鋭さを含んだ言葉を浴びせられ、きゅんと胸が沸き立つ。びりっと身体を走る言葉があって、菜月は潤んだ目つきで返すと、唇がトレジャーハンターに奪われた。
「ん――」
唇は斜めの角度で重なり、胸があたりドキドキが伝わる。唇を少し開いてしまい、あわてて閉じる。なんだかヘン――頷いた中で、菜月は瞼を閉じた。顔を少しずつ動かしながら、きれいに重なり、二度目の唇に当たる。
「よく、解らないよ――」
真墨の顔をみた。顔がある。どこか冷たさを感じさせた。菜月は目を見開いた。遠くを見て、視線が重なる。炎が熱を運び、彼女に跨り、ボウケンブラックがいる。
「解らなくてもいいことがあるんだよ」
その目が赤く光ったように見えた。怖かった。目はいつもの真墨ではない。でも、真墨以外の誰が、こんなことを――してくれるんだろう。
「ヤだ」
「いやじゃない」
振り払おうとする腕を掴まれた。ゴツゴツとしていた。崖から落ちそうなときも、敵に捕まりそうなときも、菜月を引き戻してきた手――
身体が重なっている。菜月は真墨に抱かれていて、その腕の中にいる。キスの唇に顔を背けて、彼女は俯いた。だけど、頭をめぐらせた。目が潤んだ。
「やさしくして――」
半開きの唇に重ねられた唇から舌が伸びてきた。菜月も同じようにした。奥にいれて引っかかってしまう。
「ん」
掴まれた手の力が抜けて腕が床に戻った。顎を引いて真墨に前歯を舐められている。腕を揉まれている。菜月は身体を寄せた。
「も、いっかいいって?」
顎を引いた。白銀と漆黒を合わせ持つ彼の肉体は、スレンダーさとは不釣り合いにゴツゴツしていた。
「なんだよ……」
けだるさをたたえた男の言葉があった。
「もう一回」さっきよりも舌のもつれない口調で言った。「言って」
「解らなくてもいいこともあるんだよ、か?」
面倒くささがある。
「お前が可愛かったからだ、って」
恥ずかしそうにしている真墨がいる。
「ふざけんなよ」
なんで、言おうとして口を噤んだ。代わりに口だけ膨らませ、顔を見合わせると、その目が言ってもらえなかった言葉を、伝えてくれた。
身体はスーツ越しに触れあっていた。まるで裸みたいで、裸よりもスベスベしていて、二人の身体は真珠のように光沢を帯びている。
「ふざけてなんかないもん」
真墨に触れられると力が抜けて心地よくなっていく。古い木材の匂いも、灰の臭いも気にならなくなって、身体だけがふわっと浮いている。
「もっとして」
なんでだろう、と思っても、解りそうもなかった。それで、こういうことがどういうふうにするのか、菜月はちゃんとした知識がなかったけど、なんでか解って、アクセルスーツごしに、彼のそれの感覚が伝わってきて、果てしなく固かったけど、なんで固くなるのか解ったし――
「なんだよ」
真墨の声がした。恥ずかしそうだった。菜月がそれに手をあてると、彼はびくっととび退いて、それから彼女の顔をみた。静かになって、どちらともなくくすりと笑いあう。
「なんでだろう?」
菜月はほとんど考えなしに口にした。彼に伸ばした腕と交差して、彼女の身体に伸びる腕がある。スカートの裏側は白いスーツが広がっていて、二枚の布地が重なりあっているその重なりの裏側には、ジッパーがあり、ベルトの付け根あたりまで、伸びた指がゆっくりおろされていく。
「やだ」
漂った匂いに首を引っ込め、その顎に指をあてられた。指が這わされ、顎から下唇、産毛の生えた耳のすぐ下をくすぐられた。
「いやじゃないだろ?」
素直に頷いた。二人は息づかいのかかる場所にいる。指はスーツの表面、黄色と白の色の境目をゆっくりと下った。
「うん」
すこしの不安を感じる口調。指がスカートまできて、ジッパーの開いたところまでくる。
「は……」
唇があって濡れていて、濡れたところを滑るように指が――
「いやじゃないだろ?」
「うん」
言葉をそれだけしか言えない感じで、指が張った水の中に差し入れられると、ぎゅっと身体はこわばってそうすると、染み入ってきた。
「んぁっ……」
ダメ、そう言おうとして、言ったかもしれないけど、言わなかったかもしれなかった。
「ふぁ……」
身体が強ばった。腕を伸ばしてやめさせようとして、その腕を彼の腕にさすられると、身体の力はだらりと抜けていく。
「あ……」
少し顎を前へ出しながら、菜月は目をしっかり閉じた。瞼の裏で何かがパチパチと瞬いて、身体の中からおつゆの迸る。身体は熱く、むんとしていて、汗を欠いて、それでも不快感は無かった。
真墨の指を出し入れされて、そのたびに戸惑う。胸の高鳴りで心地よい中にいて、つんとした唾液が絡んで、口の中が乾く。いつの間にかキスが与えられていた。
菜月も――肩を震わせて、目の前を見た。手を伸ばして、されたのと同じようにジッパーをおろした。そこには――彼の身体が上から降りてきて、手が離れてしまう。
「あっ……」
「あ、じゃねぇよ」
雄の臭い。少しだけ触れただけでも、手の中はそれでいっぱいでヒリヒリするくらいだった。
「だって……ね、痛いの?」
「お、俺は男だから、よく解んないな」たぶん、答えを知っていると、わかった。
「だよね……」
「ああ」
ワンテンポ遅れた返答。
「あんまり痛くないようにして」
せがんだ。髪が揺れた。匂いが満ちていて頭がくらくらした。ドキドキして、手を掴まれて、菜月の手も――真墨の手も汗ばんで冷たかった。
「菜月たち、何してるんだろ」
彼は問いには答えなかった。するりと身体が入り込んできて布地が擦れあう音がした。菜月は相手の胸に手を這わせ、真墨に押し倒された。
唇を与えられて、鼻先が触れあうばかりの距離で向かい合っている。男の縁、血走った目――彼の指がゆっくりと前後に蠢いて、眉間に皺寄せた菜月は腰を振る。
「痛いよ、真墨」
「我慢しろ」
首を傾けた彼女は頷いた。指は一本入れられていて、二本入れられると、それだけの余裕はなくて――
「うぅん……」
背中をぎゅっと床に押し当てた。指は二本入ってしまい、ぐちゅぐじゅと音をたてた。
「くすっがたい――はっ……」
息づかいが首筋にかかった。霞で菜月は瞬きをして、唇を貪っている。二本の指はそれぞれが菜月の身体をゆっくり解き解すように、でもジンとした痛みが徐々に大きくなってくるようで――
「んぁ……」
背中を反らせて、彼女は宙を見ている。星が瞬き、すっとラインを描いた肩は真墨のアクセルスーツで、横目に少し弱きな相手と視線があって、頷いた。
「んんっ……」
やっぱり痛かった。でも、痛いといってしまうと、真墨を傷つけてしまいそうで、それなら菜月が、と思って、少し尻を動かして、指が抜かれて代わりに入ってくる真墨の男の子を受け入れた。
「んん……でもなんだかヘンだよ」
汗を欠いていた。身体は密閉していて、汗が溜まって、菜月は苦しかった。息が締め付けられるようで、男の子と身体の中がぶつかって――
「そんなことないだろ……んぉッ」
「あぁっ…はぁぃっ……」
腰を動かすと痛みが減るような気がしたけど、そんなことはなくて、ぎゅっと腰に力を入れると、固くなった真墨は抜けてくれなくて――結局よく解らずに頷いて、瞼に涙を溜めた。
「こうすると、暖かいだろ……」
すこし優位を感じさせた口調で、頷いた。
「ぁぁっ……でも……ぉぁ……」
言葉は途切れて、顔を見合わせて――こんなに痛いの――胸は熱くて、汗はどうしようもないぐらい出た。身体の中で、男の子と擦れ合って音がして、かさぶたを爪ではがすような感覚に、菜月はおまたに手を伸ばした。
「あぁっ……とって……もぅ…」
にゅるにゅると男の子はどんどん収まっていく。ぎゅっと締め付けてきたそれが――腰を振って涙を流した。指先に触れた暖かいもの――爪先の赤いものがくっついていた。血だった。
「え……いや」
唇を震わせて指先の鮮やかな彩りに、つかの間意識が遠のく。その向こうに、真墨の顔――黒い欲望にギラついた彼の顔が――
「菜月――」
彼は名を呼び、頭を撫でてくれた。ピンと糸を張った痛みの中で息を吐き、菜月は鼻から息を漏らした。
「もっと撫でて……」
おねだりに彼が応えた。
「ありがと」菜月は頷いた。「ありがと」
ぎゅっと締め付けられて、痛みがどうしようもなかった。彼女は涙を流した。感じるって、こんなに痛いのか、菜月はよく解らなかった。これが、セックス、というものだということは、何となく解った。
「どういたしまして」
間合いの悪い返答。
真墨も困ってる様子だった。菜月は彼の身体の動きにゆっくりついていった。そうすれば少しはマシで、彼の厚い胸板に身を委ね、ゆっくり揺れると、心地よさを覚えた。
「はんぁっ……」
身体の中が熱くなった。液で満ちた身体の中に、暖かいものが流れ込んできて、真墨の身体が小刻みに震えた。
「あぁ…」
身体に震えが来た。熱い真墨の男の子から液が出て、身体の中に混ざり合っている。菜月は上を向いていて、身体の中へどんどん入り込んでくる。身体が焼けて、眉を潜めた。
涙を流した。痛みはやんでくれない。
「でた……」
彼は言った。なにが出たの? と言おうとしてやめた。ぐいぐいと身体を押しつけられ、菜月は揺れた。それだけだった。
「ふぅ」
男の子が菜月の身体を抜けていくとき、ヘンな感じがした。だけど、それだけだった。糸が二人の間に伸びている。
「はくっぁ……」
それだけだったけど、それ以上だった。なんだか解らないけど、幸せな感じで、痛みさえ恋しかった。気づくと目の前で荒い息の真墨がいて、彼女は微笑んだ。
「すごい、すごいよ、真墨」
菜月の言葉に、彼は頷いた。風はまた少し強くなったみたいで、建物の梁が音をたてて、外壁に滴のぶつかる音が止めどなく響いている。和太鼓みたいだった。
「格好いい」
彼の姿を見て言った。真墨――アクセルスーツは光りを放っていて、彼の顔は遠くを見ていた。
「おまえもな」
「菜月も?」
ああ、真墨は頷いた。菜月は自分の身体を見た。間宮菜月――ボウケンイエローがそこにいる。向こうで彼は自分のジッパーをあげている。
「そんなことないよ」
すごくヘンな感じがした。
「そうかもな」
二人ともアクセルスーツを着ている。身体はスタートアップしていて、熱かった。なんだか解らないけど――
「ねぇ、話、きいてるの?」
「考えごとしてた」
「なにを?」
菜月は横目でボックスを見た。『ネメシスの魔女』を入れた箱はそこにある。
「忘れた」
少し寒かった。囲炉裏の火は大きかったけれど、汗が身体を冷やした。
「ね、真墨、抱きしめて」
言う菜月に、真墨は腕を回す。強くて大きい男の腕だった。汗は、獣の匂いで、プラスティックか何かの臭いも混じっていて、それすらも心地いい。顔を埋めて、身体を震わせた。
「寝てもいいぞ」真墨の声がする。「俺が守ってやるから」
「悪いよ、真墨――」
菜月は首を振り眠気が――
「月の出ている晩には、気をつけるべし。って、見事にあたり?」
誰に話すわけもなく、風のシズカは言った。伸びをすると石段を見上げ、上り始めた――木々がふれ合い、音をたてている。
「月のものが降りてくるのは、怖いものね」
上りきったところに小屋があり、シズカは中をのぞき込んで呟いた。ボウケンブラックとイエローが抱きあったまま、眠り込んでいる。
「バカなボウケンジャー」
『ネメシスの魔女』の本当の威力を、二人とも知らなかったに間違いない。確保しようとして、プレシャスに確保された。ある意味ではかわいそう。でも、シズカには商売がある。ゲッコウ様に指示された仕事がある。
「まぁ、ドジっこお二人さんにはお似合い?」
シズカは小屋の中に入った。空は薄らいで、もうすぐ日の出だった。月は二時間は前に地平線の向こうに沈み、光があたりを闇から昼へと変えようとしている。
それは床の上に置かれていた。これでお金儲けができる。そうすれば、ゲッコウ様に楽をさせてあげられるし――
「シズカちゃん、あと一歩だったね」
声に、シズカは振り返った。
「ボウケンジャー?」
入り口には、ボウケンブルーが立っていた。
「いい加減、僕の名前、覚えてくれてもいいんじゃない?」
「最上蒼太、何の用?」
「シズカちゃんが、僕らの確保したプレシャスを盗もうとしているって、きいたからね?」
「これはプレシャスなんかじゃない」
シズカは笑みを浮かべた。
「確かに、いまはそうだ。だけど、月明かりの中では違う。そうだよね?」
ボウケンブルーは言った。シズカは動揺した。いつもならうまく言い逃れるけど、夜明け時で、こんな山の奥までくるのに疲れていた。
「どうしてそれを知ってんの?」
「僕の能力を、舐めてもらっちゃ困るよ。『ネメシスの魔女』は、月明かりの中で覚醒して、周りのものを誘惑する。怪我をさせてこんなところに閉じ込めて、天気を悪化させて」彼は横目で眠る二人をみた。「真墨と菜月ちゃんに、こんなイタズラをした」
「だからって、どうなのよ!」
「兎に角、そんな危険なプレシャスは返してもらうよ」
「もしもいやだっていったら?」
「そのときは、仕方ない――僕が、シズカちゃんの狼男になって、力づくでも返してもらうよ」
「きもちわるい……ホント、マジやめて?」シズカはソフトボール大の玉を取り出した。「返すつもりなんてないし――ぼむ!」
玉を地面に向かって投げつけられた。煙幕が広がり、瞬く間にシズカの身体を包んでいく。
「……逃げちゃったか」
煙が晴れ、小屋の中でボウケンブルーはシズカのいたあたりに立ち、辺りを見回した。
「さてと」
足下では、二人の仲間がすやすやと眠っている。二人が起きた時、なんて話していいものか、蒼太は思案した。
チーフやさくら姐さんは、あの通りの堅物だから、二人を傷つけてしまうに違いない。ボイスなんて論外だ。だから、プレシャスの秘密を、まだ他の人には話してない。
ま、二人ともお互いを好き合っていたんだから、これでいいとは思うんだけど――蒼太は笑った。