全滅!恐怖の石化地獄

 広大な砂利場の広がる――採石場、太陽が高く昇り真っ白な日差しをまっすぐに落とし、あちこちが火を噴きそうなほど熱を秘めていた。
 市街地で暴れるネジレ獣とクネクネを追い込んだメガレンジャー五人は、おのおのが乱戦に陥りながら、首尾よく敵を倒していった。
「ネジレ獣、これでおまえも終わりだ」
 二十体ほどのクネクネを退治した五人はレッドを中心に、ネジレ獣イカネジレの前で並ぶ。ブラックの声にひたすら退却を強いられていたネジレ獣の顔にも、焦りの色が浮かんでいた。
「ゲソソソッ、そんなはずはシボレナ様の作戦が――」
「これで終わりだ!」
「そうはさせないわっ!!」
 武器を掲げて攻撃に移ろうとした彼らに、崖の上から声が浴びせられた――シボレナはいつもの青色の防具に身を包み、その表情気迫な美貌で、五色の戦士を見下ろしていた。
「シボレナッ! いい加減に諦めたらどうなの!?」
 拳を握って声をあげるのは城ヶ崎千里――メガイエローだった。
「ふふふっ、相変わらずの威勢の良さだこと。だけど、いい加減にするのは、メガレンジャー、あなたたちのほうよ…」
「なにを企んでいる!」
 まっすぐに一人飛び出たのはメガレッドだった。彼はシボレナに向けてジャンプするが、イカネジレによって地面に引きずり戻されてしまう。
「おまえの相手は俺様だああ!!」
「メガレッド!」
「任せとけ! こんなやつ!」
 レッドはドリルセイバーでネジレ獣の頭を滅多打ちにしていく。
「ゲソソ! 痛いゲソっ!」
 イカネジレはメガレッドを突き飛ばすと、錯乱した牛のように頭を振るい、それと同時に十本の足をぬるぬると頭上に伸ばした。
「ゲソソソッ! 食らうゲソソオッ!」
 残りの四人がレッドに追いつくと、一列に並んでその足を見上げた。一本ずつは大した力はなさそうでも、これだけの本数があるといろいろやっかいだ。
「メガレッド、コンビネーションアタックだ!」
「へいへい、わかりましたよ!」
 レッドは渋々と言った感じで頷く。まあ、それでもまだ昔よりはマシになったのだ。四人の優等生は、突撃隊長の彼に振り回されてばかりではあった。けれど、最近は、彼もまたチームワークの重要性を理解してきたのだ。
「そうはさせないゲソっ!!」
 五人は縦に並んでフォーメーション攻撃に打ってでようとした。そのど真ん中に、イカネジレは飛び込むと、足をめちゃくちゃに振って攻撃をしかけてきた。
「あっ! くっ!」
 あっと言う間にばらける五色の戦士たち――
「これじゃ、フォーメーションがとれないぞ!!」
 敵はメガレンジャーを翻弄すると、大きく足を踏ん張って跳躍した。その寸胴な体をものともせず、まるで海を泳ぐように空を走っていく。メガスナイパーから光線が次々に放たれるが、素早い身のこなしに、次々に空振りを繰り出すばかりだ。
「ここはわたしが!」
 声をあげたのはメガイエローだ。彼女はメガスナイパーとメガスリングを組み合わせた武器を構えた。
「スリングスナイパー! シュート!」
 黄色い光の弾は、これまでと同じように動き回るイカネジレをとらえきれずに、通り過ぎていく――だが、敵を通り過ぎた瞬間、その光はイカネジレを追いかけるように反転すると、一直線にその敵のわき腹に命中した。
「やった!」
「ゲソソソソソソオオッッ!!」
 そのまま地面に打ち落とされたイカネジレのもとに、イエローを中心とした五人が集まっていく。彼らは素早いが攻撃力はそれほどでもない敵に安堵の表示をみせながら、打ち落としたメガイエローとタッチを交わしていく。
「なにするでゲソっ!」
「ゲソゲソうっせんだよ!」
「これで終わりよ!」
「させるか! イカスミバブル!!」
 イカネジレはほとんど一瞬で立ち上がると、触手をクジャクの羽のように広げると、その十本すべての先端から真っ黒な泡を吐き出した。
「うわっ!」
「きゃっ!!」
「逃げろ!!」
 あっと言う間に広がった足から放たれた大量の泡は瞬く間にメガレンジャーの五人を包囲していく。右往左往するばかりの彼・彼女らは瞬く間に、その泡のなかに姿を消していく。
「かかったわね! メガレンジャー」
 崖から降りてきたシボレナは、イカネジレの真横に寄ると、真っ黒に塗りつぶされて雲のようになったその塊に目をやった。
「うううあぁっ…なんだこれ!!」
「いや、すごいベトつく…」
「そ、それより、身体が動かない」
 そのなかからから現れたのは、真っ黒な泡を体中にまといつかせたメガレンジャーだった。色とりどりの鮮やかな五色のスーツに身を包んだ彼らは、その表面にひどく汚い泡をまといつかせて、それぞれそれから防御しようと手を突き出したり、ガードしたりしたままの姿でいた。
「ちょっと、これ…」
 泡はその液体そのものはひどくねばねばして、一度はりつくと、そのスーツの表面をどろっとした液体となって流れた。そして、それらが付着するとほとんど同時に彼らは身体を動かすことができなくなっってしまう。
 ぬらぬらと光を放ったまま、ピエロのように手を広げたレッド、バランスを崩して転んだまま泡に絡め取られたブラック、胸の前で手をクロスさせたブルー。そして、愛らしい二人の女戦士、イエローとピンクはそれぞれの手を取り合い、見つめあったままの姿勢で中央に立ち尽くしていたのだ。
「どう、イカネジレの粘着バブルの味は?」
「いったい何をしたの!?」
「この泡を浴びたあらゆるコンピューター機器は、動作を停止してしまうのよ――パソコンや、あらゆる電化機器、そして、あなたたちメガレンジャーもね」
「そんな」
「そんなことあるわけが――」
「だったら、動いてみるがいいわ」
 五人の脳裏に、さきほどイカネジレがあの泡を浴びせて止めたビルや車なんかが浮かんでいた。あのときは、壊しているんだぐらいに思っていなかったのに――
「どうしよう、わたしたち、このままじゃ――」
「さあ、イカネジレ、五人を捕まえなさい」
「イカツボ、光臨!」
 シボレナの命令に、イカネジレは足を天に伸ばした。そのうちの五本がメガレンジャー一人ずつの頭にたどり着き、その先端を大きく膨らませた。
 動きを奪われた戦士たちの頭上で沸騰するような音をたてて、ごぼごぼとそれは膨らみはじめる。やがて、その先端から透明なパイプ状のものが現れる――それは散漫な動きで、少しずつでてきては、メガレンジャーを頭からすっぽりと包み込んでいく。
「これは檻!」
 ビーカーのようなものに包まれて感覚に、彼らは一応に恐怖心を抱いていたが、彼らにはこの事態をどうにかする自由がすでに奪われていた。
「メガピンク、手を離しちゃだめ!」
「うん、わかってる!!」
 イエローとピンクにもまた、その透明な檻はゆっくりと降り注ごうとしていた。それらは一人ずつを捕らえられるサイズとなっており、手をつないだままであれば、入ることはないはずで――
「フフフッ、往生際の悪いこと」
「さあ、手を離すのよ!」
 シボレナはサーベルの剣先を二人に向け、声をあげた。
「いやよ!! ――きゃあっ!!」
「わたしも離さな――あああぁっっ!!」
 イエローとピンクが声を発すると同時に、二人の腹部に向けてサーベルから光線が放たれる――激しく飛び散る火花に、千里とみくは悲鳴をあげる。
 だが、その手はしっかり結ばれたままだった。
「わたしの命令がきけないっていうのね」
 シボレナは笑みをこぼすと、変わるがわる二人の戦士に向けて、光線を離す。
「ああああああぁっ! ああぁっ!!」
「きゃっ!! あああぁっ!! ああああああ!!」
 ネジレジアの幹部ともあれば一撃でメガレンジャーを吹き飛ばすほどの攻撃ができるのに、シボレナはあえてそうしていなかった。出力を抑えた攻撃を繰り返し繰り出して――二人のスーツが爆発を繰り返していく。
「きゃああああああぁぁっ!!」
「ああああぁあぁあぁあああああああっ!!」
 爆発につつまれた二人の頭上に降り立つ透明の筒はその降下をやめなかった。やがて、それは二人の腕の位置にまで至る。ちょうど、その筒がシボレナの攻撃から二人を守った形となり、攻撃は終了した。二人の腕はダメージを追った二人の間にほんのわずかな力でつながれるばかりとなっており、筒が腕に力をあてたとたんに、断ち切られ――メガイエローとメガピンクはそのカプセルの内部にとらわれてしまう。

「ここから出せ」
「そ、そうよ……」
 五人はそれぞれ透明なカプセルの内部に囚われ、なんとか動かないからだを動かそうと小刻みに身体を振るわせていた。
「それはできない相談だわ」
 カプセルの上部はイカネジレの足とつながっており、その部分はまるで機械のようにぶよぶよと不気味な音をたてていた。
「まずはその泡を落としてあげるわ」
 シボレナの命令とともに、イカネジレはそのカプセルの内部にミスと状の液体を発射させた。
「きゃっ」
「ああぁっ、これはなんだ!!」
「安心しなさい。それはただの水よ」
 シボレナの笑みを含んだ言葉の通り、それは単なる水で、彼らの身体にくっついたバブルは水が押しかぶさるに連れて、分解された油のようにこそげとれて、その内側から鮮やかな色が現れる。
 それとともに彼らもまた自由を取り戻して、カプセルのなかで立ち上がり、敵のほうを向いて体勢を取った。
「こんなもの!!」
 メガレッドは壁に貼り付いて上ろうとしたりしたが、カプセルから抜け出すことはできなかった。ブラックやブルーはカプセルの壁を叩いたりしていたが、それはよっぽど頑丈に作られているのか、抜け出すことは容易にできなかった。
「シボレナ、何をたくらんでいるの!」
「ここから出しなさい!」
 メガイエローとメガピンクは彼らよりもいくらか冷静だったが、それでも、力技では壊れないということを知っていた程度にすぎなかった。
「あなたたちのスーツを解析して、破壊する。そして、ネジレジアに服従を誓う戦士に改造するのよ」
「そんなこと、するわけないわ!」
 シボレナは五人を眺め回す。
「はたしてそういえるかしら」
 カプセルの上部から緑色の光がぱっと降りて、彼らのマスクを照らし出す。
「さあ、あなたたちのメガスーツのデータを、いただくわ」
「ちょっとまって!」
 ピンクがそう声をあげた瞬間、彼らの身体がぼわっと光って、その光が頭上の緑色の発光に吸い込まれていく。
「その光はあなたたちのデータを奪い取るスキャン光線、そのカプセルのなかではその光から逃れられないわ」
 彼らの身体は数秒おきにぼわっと光っては、その光がそのまま吸い取られていく。身体にはざわつく感じがあるだけで、力が抜けるような感覚があるわけではない。
 それは――ちょうど、ネジレンジャーに通信パターンのデータを奪われたときに似ていた。光はざわつき吸い取っていくのだが、身体にはなんともない――彼らはそれぞれになすがままにされながら、互いに目線を交わしあった――痛みも、苦しみもない。だが、だからこそかえって、彼らに恐怖に等しい感覚を生み出しつつあった。
「そんなことできるわけがない! メガレンジャーのデータを奪われたところで、何ができるわけでもない!!」
 そう叫びをあげたのは、メガブラックだった。彼は仲間に平静を保たせるべく、そう呼びかけたのだったが、そのわずかに震えを帯びた声に、かえって恐怖を濃くする効果しかなかった。
 そんな彼らの動揺を察知したのか、光は徐々に吸い取る感覚をかえはじめた。感覚は次第に詰められていき、五色の光はイカネジレに吸収されていく。
「ちょっとなんとかできないの!!」
 光のベールに呼応するように、額の紋章が輝きを放ち――やがて、消灯した。五人は身体のあちこちを不安そうに撫で回していたが、やはり身体には異常が感じられなかった。
「シボレナ様、全データのインストール完了しました」
 イカネジレはさっきまでの動揺をすっかり消していた。ネジレ獣がシボレナに対して差し出した手のなかには、データカードらしきものが乗っている。
 それは、透明な板に基盤らしきものが印刷されており、それぞれにメガレンジャーと一致した色のパーツが組み込まれていた。
「よくやったわ、イカネジレ」
 それはシボレナに渡される。
「それはまさか」
「そう、このカードはあなたたちのデータそのものよ」
「返しなさい!」
「そうよ!」
「そうはいかない」
 シボレナは言うと、五人をそれぞれに眺め回す。その間はわずかに数秒だったが、見つめられるたびに、五人の戦士はびくっと冷たいものが背筋に走るのを感じた。
「こんなところから出てやるぜ!!」
 メガレッドはバトルライザーを起動させると、さっきと同じようにカプセルの上に向けて猿のように飛び上がり、壁に足で貼り付くと、光を照射している部分に拳を繰り出した。
「痛いゲソッなにするでゲソ!!」
 イカネジレはカプセルごとレッドの身体を揺らす。つるつる滑る壁面を器用に伝っていた彼は、やがて噴霧されるシャワーに足を滑らせて、地面に落ちてしまう。
「俺様に従わないやつはこうでゲソッ!!」
 間抜けな声とともに、イカネジレは頭上から電撃の雨を降らせた。
「うわああああああぁぁっ!!」
「レッド!」
「メガレッド!!」
 仲間が呼びあうなか、変な体勢でカプセルの底に倒れているレッドに電撃が降り注ぐ。メガスーツは呼応するように、火花がぱっぱと噴き出し、そのたびに彼の身体はびくんびくんと震える。
「ゲソっ!」
「まずお仕置きが必要なのはあなたのようねえ」
 メガレッドは腹部を抑えて声をあげながら立ち上がる。彼が顔をあげると涼しい顔をしたシボレナが立っていた。その手のなかにはリモコンのような器械が握られており、あのカードが刺さっていた。
「さあ、メガレッド、立つのよ」
 シボレナは声とともに、リモコンをレッドに向ける。
「誰がおまえのいうことなんか――うわっ!!」
 彼は素っ頓狂な声をあげる。声とともに、彼は立ち上がりはじめる――その動きは抑揚を欠いていて、ぎこちない。スーツのあちこちはイカネジレの電撃によって未だに火花をあげている――
「か、身体が勝手に」
「どうしたんだ! メガレッド!!」
「この子はもうわたしが自由自在に扱うことができるわ。ほら、名乗ってごらんなさい!」
 シボレナはそう宣言すると、イカネジレに頷きかけた。
「メガレッド!」
 彼は直立不動になると、腕を頭上にあげた。それから手を広げて自らのコードネームを唱和する。その声は全員に届くほど大きく、やはり抑揚を欠いていた――彼は、いつもしているポーズをそのカプセルのなかで取っており、その姿はその舞台ということもあって、ひどく滑稽だった。
「なにを――うわっ!」
 ポーズをとった彼の頭上から新たなミストが降り注ぎはじめた。それはさきほどと同じような液体で――だけど、色は赤く、彼の身体に付着するとあの泡と同じようにねっとりして貼り付いてみせた。
「シボレナ、レッドになにをしているの!」
「みてればわかるわ…ふふふっ」
 液体はあっと言う間に、レッドに身体を覆い尽くしていく。
「熱い…なんだ…」
 自分の意志と無関係にポーズを取らされ、そのままの状態で真っ赤な液体を浴びせられる。ブーツとグローブは真っ赤に染まり、マスクも同様だった。
 液体は足下にも溜まり――フジツボの群のように彼の足下に連なり、それから赤黒く変容をはじめた。
「うわ――なんだ!!」
 その切迫した声に、四人は言葉を発することもできなかった。彼らは一応に仲間に急速に訪れつつある変容を信じられない面もちで見つめることしかできず――イエローとピンクは、不安を抑えつけようと、頭髪に手を伸ばしたが触れるものはなく、そのことがいっそう不安をかきむしるような結果となった。
「ああああぁっ!! おい、みんな、助けてくれ!! 足がああぁぁぁっ!!」
 その変色は、腰のあたりまで広がって固まっていく。それは誰の目にも明らかな反応だった。そして、腰からすぐに腹に至り、胸から肩へ至った。
 レッドの身体がまばゆく光り、彼の悲鳴があたりに木霊する――と、同時に霧が噴出しカプセルの内部を満たしていった。

 霧が晴れたとき、メガピンクは『いやっ』と声をあげて、顔を手袋で覆った。
「そんなまさか」
「そのまさかよ」
 シボレナはメガブラックに向かって応えた。彼の股間には、ぬらぬらと光る染みが浮かび上がっている。その液体が汗だけではないことぐらい、全員にわかっていた。
「まさか、命乞いなんてしないわよねぇ」
「みんな助けてくれ!!」
「レッド!」
 石像から声が伝わってきて四人は声をあげた。「メガレッドはまだ死んではいないわ。魂だけはわずかに残っている。でも、それも時間の問題――」
 シボレナが言葉を切ると、そのとき、ブラックとブルーの頭上から液体がちょろちょろと流れはじめた。それぞれ黒と青の液体だ――
「うわあああぁあぁっ!!」
「メガブラック、冷静になれ!!」
 度を失い、ブラックはカプセルを叩く。メガブルーがそんな彼に声をかけた。液体は彼らの身体には付着せずにゆっくりとカプセルの底に溜まっていく。勢いはひどくゆっくりとしたもので、ブルーは素早く時間を計算した。この容量からして、一時間もあれば充分だろう。
 一時間。
 それが、彼らの寿命であると理解して、ブルーはかえって落ち着きを取り戻した。わずか数分のうちに石像に変えられたレッドと違い、まだ打開の策が――
「きゃっ!!」
「いやっ!!」
 そのとき、ブラックとブルーは戦場に響いた悲鳴に顔を向けた。視線の先――石像と石像にされつつある二人の向こうに立っている二人の仲間の前にシボレナが立っていた。
「なにが――」
「ちょっと!!」
「シボレナ! 元に戻しなさい!」
 千里とみく――は、シボレナに声をあげていた。二人の格好だどこかおかしい。瞬は二度みてから、彼女らの足を包むスーツが解除されているのを見て取った。
「こういうこともできるのよ」
「シボレナ! そんなイタズラをしてないで俺たちをさっさと石像にしたらどうなんだ!!」
 二人の女戦士のメガスーツは、彼らのものと違い、スカートがついている。スカートとといってもタイトなデザインで、大きく跳躍したり、キックをすればずりあがってしまうような代物だった。その内側の足はブーツから上を全て失ってしまえば、もう下半身裸も同然だった。
「あなたたちを石像にするよりこうしたほうがずっとおもしろいでしょ」
 二人はスカートを奪われまいと、必死に押さえつけており、敵ににらみ付けながら、ときおり、瞬や耕一郎のほうに視線をやっている。
「面白くなんかないだろ!!」
 ブラックの声はほとんど反射みたいなもので、シボレナにはなんの牽制にもなっていない――
「シボレナ! ふざけないでっ!!」
「ふざけてなんかいないわ」
 シボレナは腕を伸ばし、リモコンを見せつけるようにゆっくりと、メガイエローとメガピンクを眺め回す。「ふふふっ、あなたたち、こうしてみるとなかなかスタイルがいいのね」
「シボレナ!」
 千里が声を張り上げる。マスクの内側で、彼女は顔を真っ赤に染めていた。スーツのスカートは、こんなのスカートとすら呼べないような代物で、腿を包むスーツが奪われると同時に下着も奪われたのは明らかで――胸のあたりにも柔らかな感覚ばかりがあって、ブラジャーがなくなっていた。
 シボレナはぐるりぐるりと二人のカプセルと回った。敵にみられていることもそうだが、千里もみくも仲間の視線に晒されていることに――いつもと変わらないはずなのに、不完全な姿を晒していることに恐怖や不安が合わさって、ひどく不安定な感覚を抱いた。
「そんなふうに隠していてはだめよ」
 シボレナの命令とともにリモコンが二人に向けられる。
「さあ、手をあげなさい」
「いやっ!!」
 二人の声に、身体は無情な反応を示す――両手を万歳の格好にもっていかれ、つま先立ちの格好になる二人――バブルのあとや汗なんかが、鮮やかだったスーツに灰を被せたような汚れを作っている。
「だめっ!!」
「ああっ――!!」
 次に、二人はそのまま、バレエかなにかのようにステップをふまされ、その場で一周した。そして、最後にイエローはブラック、ブルーはピンクのほうを向かされた。胸が手をあげたままでは、その形のよい胸を一番品よくスーツの上に浮かび上がらせていた。
 無理な体勢に顔を上気させてのけぞらせる――千里とみく。身体をぷるぷる震わせながら、ゆっくりとつま先立ちからブーツが地に足をついた――そして、彼女らは手をおろし、左右にハの字型に広げると、呼吸を何度か整えた。
「あぁっ!」
「はぁぁぁ――きゃあぁぁああっ!!」
「いやああぁあっ――み、みないで!!」
 切迫を帯びた悲鳴をあげながら、二人の腕はスカートの裾に伸ばされる。無機質なスーツに身を包んで、苦しげに呼吸を繰り返す二人は、無造作にスカートをたくしあげると、彼女らの身体のなかで無機質とは最も無縁な場所を――二人の戦士に見せつけるような格好を、とらされたのだ。

 ブラックとブルーは、イエローとピンクと相対したまま、その異様な光景に目を動かせずにいた。彼らの足はすでに粘つくフジツボが絡みつき、少しずつ浸食を深めており、ほかの方向に向くことができなかった。
「目をそらしちゃダメよ」
 シボレナはことさら強調して、二人にそう告げる。
「もし、目をそらせば、メガイエローとメガピンクの頭上にも同じ液体が降り注ぐわ」
 指で示したカプセルの上部にはごぼごぼと蠢く塊があり、そのなかに液体が溜め込まれているのは明らかだった。
「卑怯だぞ」
「その言葉を否定はしないわ。さあ、二人とも体を動かしなさい」
 二人の女戦士は宿敵の言葉にいとも簡単に従い、ラジオ体操のように両腕を頭上に掲げた。
「シボレナ」
「許さないわ――」
「フフフ、二人ともまずは準備運動をしてもらおうかしら」
 イカネジレはシボレナの声にあわせて、手拍子をはじめる。
「な――あーっ!!」
「くあ――ぁあっ!!」
 千里は首を振る。みくとともに身体を震わせ必死の抵抗を示すが、そんな努力もシボレナの命令の前ではなんの意味もない。二人は、シボレナの指示通りに『体操』をはじめた。
 ぺちゃぺちゃぺちゃ――粘液をまといつかせたイカネジレの手拍子が――体操のいちにーさんしー、いっちにーさんしーという間延びしたリズムを刻み、その音に沿って千里とみくは体を動かしている。
「ううぁぁっ――」
「ぁあぁ――ぁあぁっ――」
 二人とも健康で引き締まった肉体をもち、その身体はスーツによって美しいラインを作り出していた。ボディラインに沿ってあしらわれた五色のエンブレム、少し大きめのMの文字をかたどったベルトのバックル――そして、精悍なマスク。
「ああぁっ――」
「くあぁっ――」
 それらを身につけたまま、間の抜けた体操をする二人の姿は、どこか滑稽なものがあった。肉体は自らの意志に反し、足をあげるときにはいつもよりも大きく開脚し、スカートがずりあがることをとめようともしない。
 自分の意志以外の力で、大きな運動をすることは、体力を普通以上に消耗する。自分の思惑が抗おうとすればするほどに、汗は吹き出し、関節に痛みを持たせた
 若い二人であれば、なんでもないはずのその運動が終わったとき、千里もみくも息を乱しており、マスクのなかで二人は軽い酸欠状態になり、空気を貪るように口や鼻を開いたり閉じたりを繰り返し、身体をびくびくと震わせていた。
 そして、二人のスーツはいつもとは別のどこか艶やかな光沢を帯びていた。汗が染み出るに連れ、イカスミの残りは薄まり広がり、大きな斑点のように染みを作っていた。
 二人が直立したまま、荒い呼吸をしている――それはどこか、見えない標本に釘付けにされた虫を思わせた。
「どう、体操を終えた気分は」
「最低よ」
「そうよ、こんなの」
「だいぶ疲れているようね」
「ぜんぜんよ」
「そうよ、これぐらいなんでもないわ」
「そう、じゃあもっと頑張れるわね」
 イカネジレがシボレナの声に呼応するように、手拍子を再会する。そのリズムにびくんと震えるメガイエローとメガピンク。
「ああぁっ――あああっ!!」
「きゃぁぁっ――!! ああぁ! あああ!!」
 そのリズムはさっきよりも早いものだった。やがて頭上から音楽が漏れ始めた。それは奇妙に変調されたおどろおどろしい音楽で、ピッチが早くなったり遅くなったりを繰り返す。
 千里はみくとほとんど同じ踊り踊っていた。踊り方も知らないそのダンスを一人で、くるくる回ったり、足をあげたり、ジャンプしたり、機械的に踊るうちに疲労に身体が突っ張って、激しい痛みに声をあげた。
「あああぁ!! 痛いっ!! みないで!!」
 最悪だったのは、その無様な姿を仲間にみられていることだった。二人が石に変えられるのに、こんな無様な踊りを踊ることしかできない。二人に見せつけるように踊りながら、突き刺さる視線に燃え上がりそうなほどの恥ずかしさは、二人にとって身体の芯をとろ火で炙られているに等しかった。
「痛いのなら、無駄な抵抗はしないことね、ネジレジアのダンスにリズムをあわせて踊るのよ!」
 その姿はシボレナにとってみれば、滑稽の極みであったのだろう。メガレンジャーは一人石像に変えられ、もう二人ももう太股のあたりまで石像に変えられている。
 それなのに、二人の女戦士は、ただ敵に操られるがまま、踊るしかないのだ。千里は目を細め、痛みに歯を食いしばり、そのうちに唇から出血し、口のなかに鉄分を伴った甘い味を感じた。
「ああ゛ぁっ!!」
 間接が変な方向に曲がりそうになって、とっさに力を抜いた。身体はきれいに曲がり、くねり、しなった。それはあまりに自然な動きだった。
「ああぁっ――だめっ!! ああぁ――身体がぁっ!!」
 みくの悲鳴が聞こえる。千里はその言葉の意味を悟った。あらがうよりも従ってしまったほうが遙かに楽で――心地よくすらあった。そして、リズムは少しずつ今までにないほど早くなろうとしていた。
「ああぁっ! ああぁっ!! わたしは、ネジレジアの言う通りにはならない!!」
 奇妙なダンス、東南アジアの民族舞踊のようでもあり、別のところではタンゴのようなリズムを刻む。社交ダンスのようになり、身体がひきずられるに続き、少しずつ痛みが消散していく。
 身体を動かしたアドレナリンが身体の奥に溜まり、どろっとした感覚が全身に広がっていく。それは淡い痺れを伴っていた。痺れているの身体はとまるどころか、動きを強くしていく。
「ああぁっ!!」
 カチカチカチ、タッタッタ、カチカチ――タッタッタ――
 ステップが少しずつ、きれいになっていく。千里は顔を真っ赤にして、舞踊に身をゆだねていく。黄色いスーツに包まれた彼女は踊りをはじめた――
 プシュ!! 
 頭上で音が響いたのは、その瞬間だった。
 黄色と桃色の液体が、二人の動きに向かってふりかかっていく。
「いやあああっ!」
「だめっえぇぇ!!」
 それは恍惚に墜ちようとしている二人を理性に揺り戻すように、マスクにむかって矢継ぎ早にかかり、首から胸元、胸から腰――スカートにかかりやがて、素足へととろとろとこぼれおちていく。

「話が違うじゃないか!」
「目を背けなければ、液体はかけないと――」
「そんなことを約束した覚えはないわ」
 ブラックとブルーは既に腰のあたりまで石像に変えられていた。
「目を背ければ、液体をかけるといったのよ。そして――あなたたちは負けたのよ。負けた人間に運命を左右する権利などないわ」
 メガイエローとメガピンクにふりかかる液体は、ほかの三人にふりかかったものよりもずっとねっとりとしたものだった。量も多く、それらはカプセルの底に溜まっていく。
 水槽に水をつめていくように、そこに溜まる液体、それらが集まるに連れ、彼女らの足が固定された。イエローは内股を描き、ピンクは健康的に足を大きく開いていく。
 それはちょうどジュースか何かをを思わせた。足を動かせなくなっても、液体が降り注ぎ続けても、千里もみくも上半身が踊り続けるのを止めることができない――
「はぁっあぁぁ…あぁ…」
「くっぁっぁ…」
 呻くように声を漏らす二人――その動きにも次第に生彩を欠いていく。液体がへそのあたりまで満たされたとき、二人は踊りから解放された。
「あははぁあはぁあっ」
「ああ――くあぁっ――」
 二人は身体を苦しそうによじりながら、下半身が動かせないことを目の前にみているのに認識できずに、そこからぬけだそうともがいた。
「う、うごけない――」
「どうして――」
 ブルーとブラックもまたへそのあたりまで既に石像と化していた。
「助けてくれ――」
 瞬はシボレナに向けて声をあげた。「なんでもする」
「なんでも?」
 彼は頷いた。
「二人も助けてくれ、ブラックもレッドも――俺はなんでもするから」
 彼を咎める耕一郎の声をきいた。そんなのとんでもない。でも、どっちにしても――
「わかったわ」シボレナは笑みを浮かべる。その表情は一瞬だけ彼の提案を受け入れたかのようにみえた。「わたしは、あなたにネジレジアの門を飾る石像になってほしいわ!!」
「石像になんかなりたくないわ!!」
 メガピンクは悲鳴をあげる。
 その言葉もまた、彼らのおかれた恐怖を増幅させるだけの効果しかなかった。ぼとぼとぼと――イカネジレの液体はその間にも降り注いでいく。
「わたしは、あなたたちの正体にも興味はないわ。正義の味方をもドクターヒネラーの栄光のもとにひざまづく世界が実現できれば、それでいいのよ――」
「そんな――」
 シボレナは、メガブルーの入ったカプセルへと足をむけた。ちょうどそのとき、光線がその足下に次々に弾着して、シボレナはジャンプしてその攻撃を避けた。
「メガシルバー!」
「ネジレジア! 好き勝手遊んでくれたな!」
 五人の頼れる年長者であるメガシルバーが、崖の上に現れ、ポーズをとった。「とう!」
「ふん!」
 シボレナはサーベルを振るいながら、崖から飛び降りたメガシルバーへと向かっていく。
「カプセルに傷が――」
 千里はそのとき、目の前に入った一条の傷に目をやっていた。液体はもはや胸のすぐ下まで至っている。彼女は身体がへんな体制で固定されているのも相まって、いまにも気を失いそうだった。
 だが、シルバーブレイザーが地面で跳ね返って彼女の入ったカプセルにわずかなヒビを作ったのを、彼女は見逃さなかった。
 シボレナはクネクネ呼び寄せ、シルバーを抑えようとしている。イカネジレはカプセル五個と身体をつないでいるため、動ける範囲に限りがあるようだった。もし足とカプセルを切断するのであれば、カプセルへの液体は絶たれ、また脱出できる可能性が生まれる。
 クネクネとメガシルバーの戦いは、正義の側に傾き、彼の重量のある攻撃は敵を次々になぎ払っていた。彼女はそれを見開いてみていた。メガイエローとシルバーの間には、もうほとんど石像と化しつつある二人の仲間と、完全に石像になった一人がいる。
「メガシルバーのところに行かないと」
 足はいくらあがいてもびくともしなかった。彼女は腕を振るい、なんとかそこからぬけだそうとしたが、それは容易にできることではなかった。
「なにか抜け出す方法を――」
 そのとき、メガイエローの取りうる最善の策は、シルバーの救援を待つことだった。彼がやってきて、イカネジレとカプセルとの連結が解かれたときがチャンスだった――だが、千里はそのとき、ことを急いだ。腕に秘めた裏技をスタートさせるため、両腕を目の前でクロスさせ――
「ブレードアーム!!」
 メガイエローの両腕が青白く光ったとき、シルバーに気を取られていたイカネジレは即座にきびすを返した。彼女はカプセルのヒビに向けて、手刀で切りつけた。
「メガイエロー!」みくの声がする。
「メガイエロー、させるか!!」
 イカネジレがメガイエローのカプセルに至るのと、彼女がそのカプセルに小さな穴をあけたのはほとんど同じタイミングだった。イカネジレの獰猛な顔が、少女の目の前に差し出され、そのわずかに空いた穴から触手が差し込まれたとき、彼女は反動で後ろにのけぞってしまった。青白く光ったままの腕は固化しかけた液体に触れて甲高い音をたてながら、青白い湯気をたてた。
「イカスミバブル!!」
「きゃあぁぁああぁぁあっっっ!!」
 スーツの自由を奪う液体が大量に噴霧されると、彼女は身体は瞬く間にその泡に覆われた。ブレードアームの発光はその泡に帯電し全体に広がっていく。
「ああぁあん!! あああああぁあlっ!!  ああぁぁぁああぁあ!!!」
 液体はそれら全てと反応し、爆発的な光を生み――そして、それらが予め仕組まれていたのように、反応の全てを内側に――爆縮し――破壊エネルギーの全量が、千里の身体を包むスーツを連続的に打撃するエネルギーへと変換された。
「ああぁあぁぁぁっ!! あああああああああぁあああぁぁ!!」
 人間一人ぐらいあっと言う間に文字通り炭に変えられるほどのエネルギーを受けて、千里は命どころか意識すら失っていなかった。びくん、真っ黒にただれたカプセルの内部で、彼女はマスクが壊れているのに気づいた。半ば以上ヒビが入り、いまにもずりおちてしまいそうだ。だが、彼女にはどうすることも出来なかった。
 腕は既に半ば以上液体のなかに浸かり、そのなかから抜き出すことはほとんど不可能になっていたのだから。
「いや――しにたくない――」
 恐怖にゆがむ千里は――視線の向こうで、クネクネ相手に苦戦するシルバーの姿をみていた。もう少しで、祐作さんが助けにきてくれる。だから――

 静かな海と呼ばれる大平原の北西に当たる場所に、隕石が作った巨大なクレーターがあった。その内部にはこれまで潮夕ならなんやらの作用でつくられた巨大な山があり、INETの月面基地は、その山をまるまるくり貫いて作られていた。
 その地下、約三十メートルにあたる大きな部屋にそれは運び込まれていた。五つのそれは、かつてメガレンジャーであった戦士の変わり果てた姿だった。
 彼らを救援するために、メガシルバーは急いで駆けつけたが、あと一歩遅かった――彼らは既にネジレジアの力により、石に変えられ、それを元に戻す方法は――月面のこの山が持つ鉱脈を巨大基地に変えた彼らであっても、未だ持ち得ていなかった。
 INETはあらゆる調査を行ったが、解決策を出すにはいたらず、彼らを保護する方法として、この地下の一番安全な場所に彼らを運び入れ保管されていた。
 しかし、それはまた、地上におけるネジレジアの侵攻を阻止する手段が、地球上から消えたことを意味していたのだ――