ドキドキ!謎の植物園(2)
「なんでも、急な家の都合とか言うてはりました」
「すいません、ありがとうございます」
 古びた農具を持った作業着の男が表情なく答え、耕一郎が返した。トロピカルマンゴージュースは半分水に変わっていた。
「どうしたんだよ、千里?」みくの隣の瞬がきいた。
「――たるんでる」学級委員の顔は真面目だ。「帰ったみたいだ」
「それならいいんじゃねえの?」
 椰子の実にかぶりついている健太は、食べ物を与えられてほかの事はどうでもいいみたいだった。
「でも、おかしくない? すぐそばにあたしたちいたのに」
「それもそうだな」
 瞬のレアチーズケーキはいくらフォークを入れても、ケーキの形を保っていた。
「いくら家の用事でも、これは地球の存亡に関わる問題だ。明日しっかりと千里には――」
「それよりさ、デジタイザーで聞いちゃえば?」健太がデジタイザーを示した。
「それもそうだね。千里……ちさとお? あれえ?」
 みくはデジタイザーをオンラインにしたが、何も送られてこなかった。
「みくのこわれてんじゃねえの? おーい、千里ちゃーん?」
「千里? こちらメガブラック」
「千里、千里?」
 専用の特殊電波・回線を用いることで、デジタイザーに圏外は存在しない。常にアンテナは三本立っているはず――なのに、返答は無い。
「ああ、すまんな」代わりに久保田博士の声がした。
「久保田博士? 千里と連絡が取れないんです」
「今ちょっとな、東京の一部に電波障害が発生してるんだ」博士が汗を拭う様が見えるような無線だった。「太陽の黒点運動が電離層に影響を与えて、放射線量の増加が有線回線の一部のと電波反射条件に……」
「おっさん、耕一郎にしか解らない事はいいからさ」健太の言葉に耕一郎はむっとする。「千里と連絡はとれんの? とれないの?」
「残念だが、無理だ。どこにいても、デジタイザーの回線が駄目になるほどの電波障害だから、携帯電話やポケベルも多分無理だろう」
「解りました、博士」
「急ぎかね? 耕一郎君」
「いいえ、大丈夫です。明日千里に話しますので」
「解った。きみたちも疲れただろう。そろそろ家に帰りなさい。今日はわざわざすまなかった。そのうち並でよかったら焼肉でもご馳走しよう」
「えーおっさん、特上カルビ! 特上カルビ!」
「こら」今度はみくが後ろから健太を小突いた。
「ありがとうございます、博士」
「ああ、それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、久保田博士」
 耕一郎の怒りも多少は収まった様子で、トロピカルマンゴーのストローを口にしていた。
「でも、珍しいよな、健太じゃあるまいし」
 瞬の言葉に椰子を抱えたままの健太は間を置いてから、笑った。冷たい風が四人のテーブルを撫でていた。みくがお腹を抱えて、上を見上げると、ガラス張りになったドームの天井に黄色い陽が入って、真っ赤な夕焼けが混ざり合っていた。
「そろそろ帰るか。明日の宿題もあるしな」
「えっ!? マジ!? 耕ちゃん?」
「数学の六十八頁の問三を解いてくるとあったじゃないか? まさか忘れてたのか?」
「いい~や、そんなことは無いッス」
「あの問題、健太じゃ、一週間あっても解けない」
「でもいいんだもーん、こういうときは我らが耕ちゃんと瞬ちゃんが」
「健太、お互いがんばって卒業しような」
「ええっ!?」
 笑いながら、皆が立ち上がり、一つのトレーにグラスやソーサーをまとめた。みくが返却口まで持っていこうとするのを、瞬が代わった。
「ありがとー」
「いいさ、これぐらい」
 クールな笑みがみくは好きだった。終ると、四人で出口へ向かった。最後のコーナーを抜けるとき、みくは鞄をドリンクバーのテーブルにおいてきたのを思い出した。
「あ、ごめん~先行ってて」
「おう」手を上げて応える男三人を尻目に、みくは行った道を引き返して走った。鞄を無事見つけると、出口に向かった。「蛍の光」がスピーカーから流れていた。
 みくは違和感を感じた。
 そこは大ドームの中でも光が吸収されていて、異様だった。なんでここの存在に気づかなかったかというぐらい不気味だった。「蛍の光」が耳まで届かなくなり、存在に釘付けになった。
 『ネペンシス スピシーズ ビックツイスト』
 そう書いた古い案内板がちょっと入ったところの天井に掛かっている。その下にくっきりとした足跡――奥から滑ってそこで止まったみたいだった――があった。みくは違和感と不気味さに興味を覚えた。
「なんだろう、ここ」
 案内板があるだけで、そこに何があるかさえ解らない。自然と脚がそちらを向いた。入ると、明るい雰囲気が一変した。足元の感触は変だったが、暗くてよく見えなかった。何か枝か何かを踏んだみたいだった。枝は光っていた。銀色だった。
「これは―きゃああっ!」
 メガスリングと虫の屍骸のカーペットが床に落ちていた。今日のためのデジタイザーのアラームが鳴った。酸素濃度の警告音だ。メガスリングが落ちているということは……鈍感なみくでも起こっていることはわかる。屍骸は気持ち悪いが、仲間の身に何かが起こったことは確実だ。
 奥にはひょうたんのような変色した巨大植物が置かれていた、教育番組で見たことがあった。蝿や虫を捕まえて溶かしてしまう食虫植物だ。三つ並んでいた。はじめみくは気づかなかった。幹に覆われた壁の一角が不自然に膨らんでおり、くるぶしの辺りに黄色いものが見えた。
「メガイエロー!?」
 みくはその黄色いもののまわりの植物をかき分けた。驚くほど光沢を保ったメガイエローのマスクがうな垂れていた。
「メガイエロー? 千里!?」
「………………………」
 何かを言っていたが、みくには聞き取ることが出来なかった。
「来たな」
 背後からした声にとっさにみくは振り返り構えた。カズラネジレは出口を塞ぐように立っていた。
「お前もメガレンジャーのようだな――イエローは捕まえたから、ピンクというわけか」
 正体がばれたことの恐怖よりも仲間が敵に捕らえられてしまったことが、みくの頭を占めた。「そうよ! あたしはメガピンク、メガイエローをどうしたっていうの!?」
「そこにいるのが仲間のメガイエローだよ。死んじゃいないさ。もっともずいぶん暴れたもんだから、しばらくまともに動けないだろうけどね」
「お前を絶対許さないわ」
 デジタイザーを手前に引き寄せ、左手を前に出す。「インストー……ああぁ!?」
「残念だが、そう簡単に変身させはしないよ」
 左手にどこからか伸びた触手が巻き付き、自由を奪う。みくはとっさに首元に右手をもっと引き寄せ、デジタイザーのテンキーを操作しようとした。
「そうは、させん」
「うぐぐぐ……ギレール……」
「初対面、ご光栄に預かります、メガピンク。私はまだこの小娘の顔は見ていないのだ」
 背後からギレールはみくの顎を腕で抑えると、右手をねじ上げて、デジタイザーを奪った。
「あああ!」
 屍骸が制服について、腐食した体液で汚れた。それはものすごい異臭だった。倒れたみくは半身起して、無残な仲間の前にそびえる二人の敵の輝く眼を見た。
「メガイエローに手を出したら、ただじゃおかないわよ」
「健気というか無謀というか。自分の状況を見たことがあるのか。フハハハハ」
 ギレールの言うとおり、状況は不利だった。しかも、いとも簡単にデジタイザーを奪われ、仲間は人質にされていた。立ちすくみそうになる恐怖を抑えて、みくは立ち上がって構えた。その姿にいつもの精悍さはなかった。

「みくまで!?」
「なんでも、ヨビ…コウの時間とか」
 作業着の男は今度は手ぶらだった。男三人は出口の前でみくを待っていたのだが、閉園時刻を過ぎても現われず、ゲートが閉まって不審に思っていると、さっきと同じその男が現われて、三人に告げたのだった。
「でも、出口はここしかないんすよね、植物園のおっさん?」
「ここは本出口で、奥のこども自然交流館に西出口、チューリップ畑の方には東出口がある。予備校がある学生街なら西が手近です」
 妙なスローのイントネーションを辛抱強くきいて、三人は頷きあった。耕一郎の怒りが再び沸騰しはじめ、健太が雷に戦々恐々としていた。
「みんな、礼儀がなっとらん」
「ま、ま、しょうがないんじゃないの。大学進学とかあるし、さ?」
「でも、二人とも挨拶の一つもなくっていうのは、確かにな」
「で、でも、さあ、今日は無線も通じないんだし、さ? 耕一郎先生?」
「――許しがたい」
「おー、おし、今日はうちのとびっきり新鮮な野菜たらふく食わすから、うちで宿題の勉強会と行こうぜ、なっ、なっ? ――ごめんねぇー植物園のおっさん、また遊びに来るからさ!」
 頭から湯気が見えそうな耕一郎のとばっちりを受けたくない健太は、必死に宥めながら、駅へと向かう道を三人で肩を組んで歩き出した。
 ホームから見える東西植物園のドームを眺めて、健太は覚えてやがれ、千里、みくと心の中で毒づいた。ふと向かいの歩道橋を見ると、さっきの作業服が見えた。とりあえず、手を振ると、無愛想に振り返してきた。いい人じゃん、あのおっさん。
「ったくよ、女心は秋の空だぜ」
 健太は背後から突き刺さるような視線を感じて振り返った。レザーの男女三人がイライラしながら新聞を読んだり、携帯をいじったり、時計を見ている。三人ともファッションセンスが似ていて、紫色のスカーフを巻いていた。なんかの宗教団体かよ。
「だいたいな、仲間の輪を乱すとな」
 それどこじゃなかったんだった――
「オーケー」
 三人と背後の三人を乗せた電車が発車するのと、作業着の男は連絡を入れた。終ると、作業着だけその場に残して、地面の中へ溶けていった。

「えええええい!」
 インストールしない生身で戦うなど、女子高生には無謀な企てだったが、他に選択肢はなかった。脚を持ち上げた時点で絡まった触手がローファーを跳ね飛ばし、股間を大開きにして、思わず手を当ててしまうのを無視した。
「あううぅ!」
 壁にぶち当たり、屍骸の海へ頭が落ちた。触手は部屋のあちこちから今村みくを目指して一直線に進んできた。眼の中にはっきり見えたが、何も出来なかった。
「きゃああああああああ!!」
 全身を揺さぶって、逃れようともがいたが、全ては無駄な試みだった。芯をとかく大きな触手がぐるぐる巻きにして、腕がその中に巻き込まれてしまった。ブレザーが皺だらけになっていた。
「メガイエローはしっかりと戦ったぞ!」
 カズラネジレはムチをしならせた。前髪が何本か斜めに切れて、頬に傷が走る。太い触手が彼女を持ち上げて吊るした。戦わずして、仲間を残して、やられてしまうなど、絶対に嫌だった。涙が零れてしまう。
「ほら、どうした、早くしないと、お仲間は死ぬかもしれないぞ」
 声にその邪悪な顔に釘付けになる。
「そうだ、クネクネの連絡で、バカレッドどもはお前が先に帰ったという言葉を信じて、もうここにはいない」
「うそっ……」そんなはずはない。瞬や健太や耕一郎は今にも助けに来てくれる。
「嘘ではない。あのバカども、クネクネ如きのつく嘘にまんまと引っかかった。お前もイエローが帰ったという嘘を信じたようにな」
「そんな……」
「お前にはじっくり、仲間を助ける余裕があるのだ。それだけの力があればな。やってしまえ」
「解りました」カズラネジレの声に抑揚はなかった。みくはそのネジレ獣を目線を合わせた。底なしの敵意を送り、底なしの邪意を受け取った。自分の眼はいつもマスクに隠れている。今村みくが明らかに怯えていることが敵にはわかるだろう。だって、怖かった。
「やめて……おねがい……」
「負けると解れば、命乞いか。メガイエローは最後の最後までそのような、はしたない真似はしなかったぞ。もっとも奴も最後にはギレール様にまんこを掻き回されて、ひいひい叫びながら、もっとしてくれ~もっとしてくれ~と喘いでいたけどな」
「そんなのうそよっ!?」
「さっきも言ったが、嘘ではない」
「ギレール様の前では、どんな気高いヒロインも形無しだ、ハハハハハ。だが、お前はギレール様には勿体無い」
「勿体無い……?」
「そう」吊り上げられていたみくの身体が徐々に下ろされる。腕を胴に固定されたまま、怪物の目の前にスカートが晒されて、ひっくり返された亀のような姿勢にさせられた。カズラネジレが自らのデリケートな部分をムチで一撃の下に破壊する様を、みくは見て、涙が零れた。
「おねがい――」
 スカートの下に履いていたブルマが暴露されて、中から白の下着が顔を覗いていた。湿気が驚くほどひどくて、そこから可愛い表情に似合わないほど、饐えた動物の臭いが漂っていた。
 身体を取り巻く触手が服の上からみくの身体を撫で回し始めた。異様な状況に我を忘れて何をされても性欲はおろか、恐怖心する麻痺してしまった。
「く」
 海外の宗教儀式のドキュメンタリーを見ているみたいに、自分がその場所からいなくなってしまったみたいだった。突然、鼓動が息を吹き返して、意識が戻ると、みくは触手から出た粘液と汗でびしょぬれになっていた。
「準備が出来ました」
「よし、やれ」
「駄目!?」
 その非情な声にみくはぎゅっと眼を閉じた。股間に力を込めて――そこは全く濡れていなかった――事が起こってしまえば、そんなことは関係なくなり、大事な、みくからしてみれば、命よりも大事な、並木瞬のためのヴァージンが永遠に失われてしまうことが、ひどく悲しくなった。
「あれ!?」
 全身が硬直していたが、彼女が予想したようなことは何一つ起こらなかった。みくはそれでもまだかなりの時間耐えていたが、次に眼を開いたとき、ヒョウタン――巨大ウツボカズラが目の前で大口を開けていた。あまりに自然に移動したものだから、そこに何故それがあるのかわからなかった。
「きゃあああ―うぶああぁ!」
 それは全身を愛撫するよりも百倍は激しかった。エッチとか変態とかそういうことじゃなかった。ウツボカズラの中の液体に全身が沈んで、自然とその液体に溶けて、今村みくは液体になったみたいだった。
(ああああぁん! いやあああぁん! はあ!)
 液体と液体が交わって――それはみくのやる不器用なマスターベーションの何倍もの感度があり、想像していたものとは全く異なっていた。悶えているのが自分なのか、他の液体なのか、何なのかわからなかった。
(ううっ! ああッ!)
 声は全て泡になっている。泡になって溶けていないのに気づいたが、実体があるかどうか解らなかった。その中でみくは回転していた。
(たすけてぇ!)
 腕が液体の上に出ると、確かに身体があった。身体中の穴という穴からそれに応じたサイズのペニスが挿入されていて、初めてのショックにみくはエクスタシーに恍惚となった。
「くうううううええん!」
 巨大ウツボカズラの中に膣の内部に溜まっていた血液と滓が滲み出てきて、液体と混ざり合っていた。外から見ると、全自動洗濯機のようだった。オルガズムを迎えたみくが排出されると、虚ろな眼は焦点を合わせていなかった。
「ごめん…千里……千里…たすけて……あたし……」
 二人の戦士のエネルギーを吸収したネジレ植物は、他の植物を飲み込みながらドームの中を支配していった。真夜中に外観のガラスが音を立てながら割れ始め、狂ったカラスがめちゃくちゃに飛び回っていた。