かわすぜ!ネジレンジャーの影
体形、行動パターン、声紋はメガレンジャーが変身していようといまいと変わることは無い。この事実に気づいたネジイエローは独自に街でその情報に合致する人間――メガイエローを探していた。
だが、東京だけで一千万いる人間の中から、一人を見つけるのはあまりに困難だった。ネジイエローは苛立ちを隠せなかった。人間体の彼女はターミナル駅でレザーに身を包んだ姿で、メガイエローが現われるのを、いまかいまかと待ち受けていた……
「じゃあね、千里」
ローファーがプラットホームを掴んだ。ドアが閉まる。ドア窓の向こうにみくの顔、千里は手を振った。
「うん、また明日」
電車が動き出し、あっという間に目の前を通り過ぎていく。小さくなるヘッドライトがカーブに消えていった。
千里はエナメル質の紙袋を片手に、乗り換えの階段を下りた。みくと遊んで、服を何着買い、ソフトクリームを食べて、たわいも無い会話をした。ネジレジアとの戦いはますます激しくなっていた。だからこそ、そうやって打ち解ける時間が必要だった。
駅は混んでいた。人の波に流されるまま、階段を曲がる。電光掲示板の向こうにカフェとDPEショップが並んでいる。並んでいる一番壁際の階段を上った。
気配がする。
千里は振り返った。人並みに外れて、ぽつんと女性が立っていた。レザーに包まれていて、異様な雰囲気を漂わせていた。そのとき発車ブザーが鳴る。快速と表示の出た電車が止まっていた。早足になった。
ネジイエローはいい加減苛立っていた。メガイエローは見つからない。捜索場所を変えるため、手近な階段を上った。突然、けたたましい音が鳴った。
「なんなの?」
人を押しのけて、ホームにあがる。見ると、列車が止まっている。どうやら発車の警告音らしい。ドアに何人もの人が群がって、押し合っている。醜い。
嫌悪感がした。ネジイエローはこんな豚小屋には入りたくなかった。
ちょうど、学校の制服を着た女が腰で他の乗客を押して乗り込んでいた。
「!」
頭の中で同じようなブザーが鳴り響いていた。体形一致。
むりくり満員電車に乗り込むと同時にドアが閉まった。千里はドア窓の外を見た。さっきの女性がやはりぽつんと立ち尽くしていた。その瞳は異質だった。車体が揺れ動き出した。ホームが後ろへ消えていく。
ほっと息をついた。
快速電車は軽快に飛ばし、二十分ほどで駅に着いた。駅前のアーケードが明るく輝いていた。その中を家へ向かって歩いた。
そのとき、また気配がした。振り返ったが、誰も気がつくような人間はいなかった。
アーケードを抜け、横断歩道を渡ると、公園の中を突っ切った。広い階段を下ると、公衆電話があった。
「そういえば」耕一郎へ連絡することがあったんだった。
行動パターン一致。
ネジイエローは顔がにやけるのを禁じえなかった。
はやる気持ちを抑えながら、公園に入った。十分に間隔を離してあるから見つかるはずは無い。まだ、声紋が無い。階段のところまで来て、木を背にとった。すぐ下の小さなボックスの中にメガイエローらしき人間が入っていたのだ。
チャンス、ネジイエローは感度を最大にして、敵の声に耳をそばだてた。
――「ちょっとちょっと、聞いて、なんでそうなるのよ!」
解析開始――声紋一致、相手はメガイエロー。
木陰をネジイエローを離れた。
「もう! じゃあねっ!」
音を立てて緑の受話器を電話機に戻すと、外へ出るため振り向いた。そのとき、あの駅で見たレザーが、すぐそこを走ってくる。千里は不意に危機感を感じた。レザーに扉が開けられる。
「くらえ、メガイエロー!」
「うっ!」
目にも留まらぬスピードで、一撃が千里に命中する。頭がくらっとする。痛みが染み出て、顔をしかめた。首に腕が回される。
「なんなの……」
何故正体がばれたのかは解らない。女性の矯正のある顔が視界から消え、もう一度見ると、悪魔の顔をしていた。
「ネジ、イエロー……」
「その通り、やっと、見つけたわ」
「なんで……」
「そんなことどうでもいいわっ、とう!」
ひじ討ちが入ろうとする。千里は顎を首元へ引いた。腕と首の間をてこの要領でこじ開ける。頭を曲げ屈んだ。ネジイエローの拘束から抜けると拳を握って、マスクに込めた。
「えい!」
インストールしなければ、透かしにもならない。砂利にひじを突いて、皮膚が擦り切れる。デジタイザーを開いて、通信をオンラインに……
「させるか」
引き締まった足が襲う。紺のハイソックスを交差させる。骨が折れるようなショックだ。
「くううっ……」
「なかなか骨のある娘ね」
駄目だ。ジャンプするネジイエローの攻撃を避け、金属の柵に身体が当たる。レーザーが来る。避けると、火花を散らして柵が切断された。嵐のようなネジイエローの猛攻を避けるのが精一杯だった。
「死ねっ」
光のムチがしなる。
「ああっ!」
手首を襲った燃えるような激痛、デジタイザーのリストバンドが切れ、宙を舞う。
「あーら、これが変身のための道具かしら」
ネジイエローはムチを閉まった。足が意識を遮る。ひきずって、デジタイザーへ急ぐ。駄目だ……
「変身出来なくさしてあげるわ!」
千里はスライディングの要領で飛び込んだ。ネジイエローの脚がデジタイザーへ落ちる。
「させない」
手がデジタイザーを掴む。脚が二の腕を襲う。嫌な音、一瞬、感覚が消える。
「あぁぁ…」
「哀れね。だけど、それは貰うわ」
頭上にはネジイエローがいる。塵だらけの千里は腰を浮かせた。脚が胸を襲う。
「うううっっ……あああぁ…」
デジタイザーが手元を逃げていく。ネジイエローはそれを見逃さない。千里は逆の腕を伸ばした。デジタイザーを持った腕を相手が掴んで、その手ごと体が持ち上げられてしまう。
「離しなさい」
「死んでも、離さない…うっ!」
「心持ちだけは褒めてあげるわ。だから、取引をしましょう。あなたを殺しはしないわ」
「嬲り者になるなら、死んだほうがマシよ…」
「それがあなたの命取りになるのよ……」
口の中に鉄の味がする。手には感触がなく、脚に力が入らない。だけど、ネジレジアだけには負けるつもりは無かった。ここで終わりにするつもりも無かった。頭をネジイエローの胸元に突き出すと、逆上がりのように逆に回転して、思い切り捻った腕が悲鳴を上げる。ローファーが地面を掴む。
ネジイエローは捻った腕をかばっている。千里は両腕がだらりとなっていた。指を動かすにも関節がショートしている。震える指でテンキーの3・3・5を押すと、インストールのためのコマンドを口にした。
「インストール・メガレンジャー!」
瞬間的に転送されてきたメガスーツが体表面で定着し、マスクが顔を覆う。状況がバイザーに投射される。目の前が一層ハッキリし、丸みを帯びた。
「はあはあぁ……」
「よくもやったわね。でも、あなたを捕まえるのがちょっと遅くなるだけだわ」
「そんなことはないわ!」
目元がうるんだ。メディカルプログラムが作動したが、捻った腕はだらりと垂れたままだった。インストールしてメガイエローになれば形勢を戻せると思ったのに――
痛みを緩和するため、モルヒネ投与の選択肢がバイザーに現われる。千里はYESを選択した。
「片足が怪我していれば、ご自慢のハイキックも出来ない。両腕が駄目なら、ブレードアームもメガスリングも使えない。一体どうするつもりかしら?」
ネジイエローは高笑いをあげた。肩で息をするメガイエローにゆっくり歩み寄った。顔をあげた千里はそれでも痛みが和らぎ、ゆっくり後退する。網目の柵に当たり、メガスーツが食い込む。
「私に見つかった時点で、私の勝ちは決まっていたのよ」
足が柵を蹴破り、拳が穴を開ける。さっきと同じように、メガイエローは避け続けた。
まるでその様を楽しむように、ネジイエローは狙いをはずしているように見えた。一層、痛みが和らぐが、逆に動きは鈍く、意識が白くなってきた。
「あらどうしたの、変身しないほうが素早いわよ」
嘲笑うネジイエローの声、千里はニ、三度口をぱくつかせた。
「そんなこと、くうっ……」
意識の糸が切れ始める。メガイエローは闘志を奮い立たせて、ネジイエローと相対した。腰に手を当てたネジイエローは隙だらけだった。いつもなら勝てる、いつもなら勝てる、なのに、身体はダメージで傷つき、言うことを聞かない。
モルヒネが投与されたことにより、身体は痛みを緩和された。普通の女子高生はその副作用など知るところには無かった。メガイエローは肩を突き出し、突進してネジイエローに体当たりした。
「うわああぁ! やめなさいよ!」
わざとらしい声で、ネジイエローはメガイエローを抱いて倒れた。塵が舞い上がり、光沢のあるスーツに掛かった。
「あぁぁぁ……」
体当たりによって骨がずれて声が漏れた。全身が痺れている。メガイエローは砂利の上に身を転がされた。腕を庇い、苦痛に首元ががら空きになる。仁王立ちになったネジイエローは、その様を見ていた。
「あるところに黄色い雌豚がいました」
ネジイエローの任務は、メガイエローの首をドクター・ヒネラーに献上すること。
「その雌豚はあろうことか、こっちへ迫ってきました」
だが、生きていれば構わない。ネジイエローの影が被さっていた。
「だけど、豚は豚で、この私の敵ではありません。メガイエロー、命だけは助けてあげるわ」
「それは…どうも……」
「でもその生意気な口が、生意気な言葉を言えないようにしてあげる」
千里がネジイエローを見ると、その姿が見る見る溶けていく。その形は歪だった。
「ネジイエロー…サイコネジレ……だったのね」
ネジイエローの正体ネジソフィアは紫色の息をメガイエローのマスクに吹きかけた。
「なにを……するの…」
「いつまでも鎮静剤でまともに戦えないんじゃ可愛そうだから、中和してあげるわ」
「くっ…そんなことしたら……」
マスクの耳元に並んだ隙間から紫色の気体は吸収された。気体は頬のすぐ外側に七重になったフィルターを難なくすり抜けると、口元の酸素マスクから排出された。甘い臭いがした。千里はしっかり口を閉じた。
「吸わなければ、死ぬのよ」
「うう…ぷはぁ……」
いつもの空気と違い、湿っていて甘かった。吸っても死ぬ、バイザー越しにネジソフィアの邪悪な顔を睨む。
腕が外れ、足がもげるようになってきた。涙で目の前が霞む代わりに意識がハッキリしてきた。にもかかわらず、身体は意識を遮るほど苦しい。内臓で煮えたぎった何かが流れて焼いているのが解る。
「くああぁあぁ……手があぁ…」
「苦しいでしょう」
ゆっくりと起き上がるメガイエローを、胸元で手を組んでネジソフィアは見つめていた。無表情なマスクが苦痛に歪む様を見て、尻尾を近づけた。花形の黄色い尻尾は花びら型のところと蕾に分かれている。
「何をする気……」
「今のメガイエローなど、私の敵ではない!」
尻尾は大きく持ち上がるが、メガイエローには何も出来なかった。そのうちに、尻尾が風を切った。特殊合金製のマスクが歪み、衝撃吸収剤が強度を越えて火花を散らす。
「きゃあああぁ!」
後頭部を襲う尻尾にメガイエローを前から倒れた。尻尾は素早く前へ来て、顎に一発入った。
「もう一発よ!」
「あああああああああぁ……」
破裂した蕾から黄色いペンキのような液体が飛び散って、マスクにかかる。真黄色になったマスクには細かいクラックが百本以上走り、その隙間から素顔に液体が流れ込む。後頭部から地面に落ちて、歪んだマスクの亀裂が大きくなる。痛みにのた打ち回る前に、液体が口元や顔や髪に絡まる。
「いやあぁ、なにこれぇ!」
「ネジレの花から取れるのよ、どんどん味わいなさい」
「目の前が見えない!」
バイザーにも亀裂が走っていた。コンピューターはかろうじて動いていたが、その視界に液体がこびりついている。身体が転がって、地面に付けて拭おうとするが、砂が付着し、石が糸を引く。
地面に転がるメガイエローをネジソフィアの脚が転がした。敵にいいように扱われる屈辱が胸を熱くする。だが、その頃、メディカルプログラムがようやく効果を表し始めていた。腕が動いて、手の感覚が戻ってくる。
「おや、直ったのね」
もぞもぞ動く腕を見て、ネジソフィアが言った。
「これで、あなたとようやく……」
「それはどうかな」
「く、臭い……」
ネジソフィアの蕾の液体は硫黄とアンモニアを混ぜたような臭いをマスクの中に充満させた。覆っても無駄だ。とにかく立ち上がらなくては。千里は手を地面について、クラウチングスタートの姿勢になった。
ネジソフィアは尻尾の花の中から銀色に光る針を出すと、何も知らないメガイエローの前に立った。
「これで元通りよ」
液体で前の見えないメガイエローが起き上がろうとした瞬間、鋭利な針が右手の甲を突き抜けて、地面に刺さった。一瞬何だかわからない千里だったが、マスクの奥から響き渡る悲鳴が壮絶さを物語り、針が抜かれると、真っ赤な血がこびりついていた。
「アアアアアアアアアアアアァ! 手が、手がっ!」
「これで利き腕は駄目になったわね」
ネジソフィアは口から痰のようなものを吐いた。右手に被さったそれがメガイエローの左手グローブにもつき、胸にもかかった。
「これで血は止まるわ。死にはしない、でもその手は一生使えないけどね」
「ああああぁ、いやああああああ、もうやめて……なんでもするから…」
「なんにもして欲しくは無いわ」
尻尾のムチが振るわれ、マスクがはね飛んだ。ねっとりとした液に覆われ、歪んだ千里の素顔、髪から液が滴り、歪んだ顔は涙を流さんばかりだった。
「その顔さえ見れれば、私は満足よ」
砂と液体に覆われメガイエローの光沢のあるスーツは輝きを失っていた。千里は起こったことを理解できず、目の前は全く見えなかった。はじめからメガイエローとネジイエローの戦いだったら勝ち目は多少あったのに、変身前に手と足を負傷したことによって、圧倒的に不利になってしまった。
「なんでもするから……」
「だから、何にもして欲しく無いわ」
尻尾が首筋を通る。はっとした。首に巻かれ、持ち上げられる。
「くくうううううっ……」
左手がばたついて、右手は痙攣したまま、血をぽたぽた滴らせた。脚が力なく垂れた。ひとりでに流れた涙が止まらなかった。このあとどうなるのか考えただけでも、胸を締め付けられた。
息が苦しいよ……耕一郎、みく、みんな……
「意識を失ったか」
ネジソフィアは残念そうに、尻尾を顔に近づけた。露になる千里があまりに安らかで腹が立った。
「憎たらしい娘」
くびれた胴に尻尾を巻きつけ、持ち上げると、砲丸投げのように空中に飛び出るメガイエローの肉体。
「どう起きた?」
「…………うわあぁ…どうしようって……うう……」
「どうもしないわ」
尻尾を伸ばし、胸に絡み付ける。メガイエローはもう動けない。無理やり立たせて、尻尾に力を込めた。
「うっ……ぐうぇ…」
視界がずれた。手術の電気ショックと同じ、瞬間的に来て、心臓を震わせる。まともな心臓にそれがくると、身体がはちきれた。瞼の裏に白濁としたものがあり、全身に力が入らなくて、ネジソフィアの尻尾にもたれかかった。
スーツのあちこちから白煙があがり、人工物が解ける臭いが立ち込めた。
「あああああああああああああぁ! ああああああああ! あああああああああああああああああああああああぁ! ああああああああああああああぁ!」
全身が痙攣した。液体が口の中まで流れ込んでくる。こんなことされるなんて、思わなかった。尻尾に身体を預けながら、涙を流している千里に既に気高い女戦士の面影は無かった。
尻尾に涙が零れる、ネジソフィアは満足そうに微笑んでいる。電撃を来た。ぴくっと身体が震えている。立ったまま、震えが収まらない。何が何だかわからない。電撃が来た、電撃が来た、来た来た来た――
「あああぁ! いやああぁ、やめてぇ、きゃあああああああああっ!」そのとき、思い出した。
「ふふん」
まだ……戦える。「くうぅ、ブ、ブレードアーム!」
エネルギーフィールドが腕を包み、ネジソフィアの痰が吹き飛ぶ。痛みがしばし消える。必殺の手刀を構えると、尻尾にあてた。
「ぐぐはあああぁ!」
尻尾が切れて、ネジイエローが叫んだ。と同時に切断面から真っ黄色の体液が迸った。
「あああぁ! くあああああああああぁ!」
大部分がその粘液は全身に掛かり、エネルギーフィールドと接触したその体液がショートして、腕が爆発して、スーツがめくりあがった。
「ああぁ、手、手が……」
そして、射された手の痛みがぶり返してきた。腕を庇いながら、意識に気合を入れて立っていた。真っ黒になったスーツから回路やワイヤーが垣間見えたが、素肌は無事だった。だけど、素肌に巻かれたデジタイザーは完全に壊れていた。
「ずいぶん、手こずらしてくれるじゃない?」
その尻尾の中から自動的に新しい尻尾が生えてきて元に戻った。
「嘘……」
「嘘じゃないわ。あはは、まるでシュークリームね」
その体液は長い糸を引いていた。言い知れぬ臭さに顔をしかめながらも、痛みがあまりにひどくて、何も出来ない。でも何もしなければやられる。
「あんた、臭い……」
「よくも言ってくれたわね」
メガイエローは左手だけで身構えたが、ネジソフィアはその場で笑っていた。
「さっさと負けを認めたらどうなの?」
「誰が? 死んでも負けないわ」
「そうよ、その意気よ。さすがのメガイエローね。だけど、それが命取りになるのよ」
「あんたに負けるわけ無いじゃない。そんなのごめんよ」
「口の悪い小娘ね」
ネジソフィアは元に戻った尻尾をしまった。だが、何もしてくる様子が無い。
「さっさと攻撃しないの、ネジイエロー……」
「そうそう言うのを忘れてたわ。私の体液は強烈な毒なのよ。それを被ったあなたは、そう、せいぜい三十分しか生きられないわ」
「そんな嘘よ!」
「嘘はつかない。嘘でも、三十分後に死ぬの」
「…………うっ……」
「ほら、効果が出始めた。嘘じゃないようね」
目の前が真っ赤になると、足元が消えて、目の前に地面が現われた。胸が鷲づかみにされて、スーツの上から抑えた。足の感覚がない。身体が――浮いてるみたい。実体が感じられない、考えることが出来ない。
「………卑怯……」
「さあどうする? メガイエロー。降伏すれば、解毒薬をあげるわ」
「言ったでしょ、死んでも負けないって」
「じゃあ死になさい」
視界がどんどん狭まってきた。三十分で死ぬなら、そう意識は維持できないはずだ。悔しいが死んでしまう。だけど、ネジイエローに降伏するなんて、いやだった……みく、もう死んじゃうよ……ごめんね。
メガイエローは牛のような格好で、体液の海に身を横たえていた。ネジソフィアは閉じた瞳を指でこじ開けて、瞳孔が動くことを確認した。
「服従しなかったのは残念だけど、私の任務はメガイエローを殺すことじゃない。時間をかければいいわね」
ねじれあったオブジェは天井まで続いている。胸の部分が焦げて、いたるところでささくれたメガスーツをまとった城ヶ崎千里が後ろ手に手錠を掛けられて、首輪を付けられて、そこから伸びる紐を持ったネジソフィアに跪かされていた。
「ここは……」まだ死んでいなかった。
そこはドクターヒネラーの膝元だった。
「ヒネラー様、遂にやりました」
「うむ、よくぞやった」
ネジピンクが憎しみを込めた視線を送っている。
「ありがたき幸せ」
「だが、言わねばならないことがある」ヒネラーは続けた。「貴様らがジャビウスのエネルギーで生きていることは先刻承知だと思うが、お前はそのパワーを使いすぎた。よって、貴様はこれ以上の生を維持できない」
「な、なんですって!」
「安心しろ。お前が命を懸けて捕らえたこの小娘はネジピンクが作戦に使いたいそうだ。それによってメガピンクも捕らえることが出来る」
「だ、だめです。ヒネラー様、奴のいうことを聞いてはなりません!」
ネジソフィアの身体が少しずつ薄くなっていた。ヒネラーに取りつく島は無かった。
「大丈夫、ネジイエロー」ネジピンクは笑っている。
「ネジピンク、ずいぶん、頭がよくなったのね……」
最後まで言い終えぬまま、ネジソフィアの姿は消え、首につないでいた紐が落ちた。ネジピンクがその紐を掴むと、千里の尻を蹴り上げた。真っ赤になった彼女は表情も変えず、地面に頬を落としていた。
「行け。メガピンクを捕まえるおとりになるんだ」