鍾乳石が続いていた。湿って、黴が周りじゅうにこびり付いていた。シボレナを仰向けにしておろし、ギレールは肩を押さえた。血が黒く光っていた。
「くはっ……」千里もみくも石壁に身体を任せると笑った。メガレッドか誰かが放ったビームが肩を打ち抜いて、熱かった。
「痛いよ、千里」
「私だって同じだよ……みく」
ギレールは女の子の心をもてあそんで、身体を奪ったのだった。二人はギレールの身体の中、何とか幽閉された空間からは逃げ出したけど、その姿を見たレッド達は二人に対して発砲した。無理もない。投げ出した足を見ていた。私だって、あたしだって、そうしただろう。
「シボレナを連れてきて作戦はあるの?」
「一応……」
「一応って!」
「だってしょうがないじゃない? あの悪魔から身体を取り戻さなきゃならない! みくに方法はあるの? あるなら、教えて。もうやだ、こんなこと……」
「ごめん……」
「私こそ、ごめん。メガピンク」
「そうだよ、メガイエロー」
二人の脳裏に相手の姿が浮かんだ。微笑んでいた。二人の意識は二人の唇を近づけていった。
「うぐ……くはあ……はあはあはあ……」
シボレナは息をした。メガイエローとメガピンク――その姿をした怪物――に陵辱されて傷ついていた。シボレナは人間じゃない。生き物でもない。アンドロイドだ。でも、感覚は生きている。だから、痛い。
「大丈夫」千里とみくはその顔を覗き込んだ。「シボレナ」
視界が霞んでいた。ユガンデの声がした。シボレナはユガンデだと思っていた。ギレールの姿が見えたときは、意識が朦朧としていたのに、一気に醒めた。
「ギレールか。お前が助けてくれたのか」
「私は、ギレールじゃない……」
メガイエローはドリルスナイパーを構えた。まずレッド、ブルー、最後にブラックを標的にした。
「うわあああああ」火をあげ、二人の姿を見た。「何するんだあ! あああああ!」
メガピンクはギレールの残した剣を拾い上げた。構えた。天にふるい、三人のマスクにめり込んだ。悲鳴のあと、彼らは力を失った。爆発が起き、地面に倒れ込むと、マスクだけが強制解除された。気を失っていた。
「くっくっく」シンクロした笑い声が静寂の街に響きわたっていた。メガイエローがレッドを、メガピンクがブルーを肩に抱き上げた。互いがブラックのブーツを掴み、引きずられた。
二人は顔を見上げ、廃洋館のドアを蹴破った。埃が舞い上がり、絵画の女が微笑みかけていた。地下室へ通じるドアを開き、足を踏み入れた。
光源不明の照明が身体を輝かせていた。その闇は深かった。五分ぐらいしてその部屋に到達すると、男共を地面に投げた。
「シボレナの作戦基地……か。役に立つかな?」
メガイエローはマスクを剥いだ。長い髪がうっとうしい。汗でべとべとになった顔を拭った。同じようにマスクを脱いだメガピンクと目を合わせ、微笑みあった。
二人は手を繋いだ。不思議なもんだな。ギレールは自嘲した。
二つの身体に一つの魂を持つことは、妙な離脱感がする。そんな感覚が続くぐらいなら、手を繋いででもいた方がいい。
「お前は私だ」
メガイエローの腕がピンクの肢体に滑り込んだ。メガピンクの腕が千里の頬に触れた。黒ずんだグローブが唇に触れた。口の中に入り込んだ。粘液がついていた。舌がなめて、微笑んだ。邪悪な微笑みだった。
「お前は私であり、お前はメガレンジャーだ。そしてお前は女であり、悪魔だ」
「奴がやりそうなことだな」シボレナは呟いた。奴も秘密作戦を知っていた。何であの二人がそこにいたのか解らなかった。何であんな事をされたのかも解らなかった。それなら理解できた。「で、お前たちは元に戻りたいと?」
「当然でしょ」
「何故私にうち明ける? 無防備な私へ最高幹部の力を使って、とどめを刺せばいいではないか?」
「メガレンジャーの敵なのよ、あなたは」
「どっちにしてもお前らの敵じゃないか」
ギレールの身体は彼女の足下に両手を折って頭を下げた。
「……助けて下さい」シボレナは大笑いをはじめた。ブーツで憎たらしい頭を踏みつけにした。
私は今ついさっき、陵辱されたばかり。誇り高きネジレジアの幹部であるこの私が、ギレールの心を持っていようとも、人間に陵辱されたばかり。それが今度は、ネジレジアの最高幹部であるギレールが、人間の心を持っていようとも、土下座してきている! こいつの肉体は、大事なユガンデに瀕死の重傷を負わせたことがある。許せない奴だ。憎たらしかった。殺したかった。殺せ、殺せ、意識のドクターヒネラー様がそう仰っている。私はヒネラー様の操り人形、こいつが殺せれば、更に憎いメガイエローとて消える。
シボレナは剣を握った。柄の部分に薔薇が花開いていた。真っ赤な薔薇だ。沢山の血で染め抜いた赤だ。シボレナの好きな色だ。その剣の先を、土下座するスーパーヒロインだか、悪の最高幹部だかに突き立てた。
「…………」
「…………」
剣に力が入らない。何故だ、何故、躊躇する。殺せ、殺せ、殺すんだ!
……私の求めていたものはこんなものじゃない。
鍾乳石から水滴が落ちる音が続いていた。ひんやりとした風がその洞窟の奥から響いてきて、首もとを駆け抜けていく。吐き気がしてきた。だが、シボレナに吐くものなどない。そんな感覚だけがしていた。気持ち悪い。
ブーツをどけた。
INET月面基地の上空をサイバースライダーで旋回しながら、メガイエローとメガピンクはその敵の本拠地へたどり着いた感動を噛みしめていた。二人の肉体を奪い、三人を葬り去ったギレールは、今、最後の目標へ向かって降下を始めていた。
地上にあったINETのメガシャトル破壊作戦は、無能なドクターヒネラーによって失敗した。あの一番最初の奇襲作戦さえ失敗していなければ、メガレンジャーなど存在しなかっただろう。それに傀儡のジャビウスが奴に与えた巨大戦艦ネジクラッシャーも失わずに済んだのだ。
お笑いだ。顔を見合わせながらギレールは笑った。ネジレジアによる第二次侵攻計画は今やその発動を待つばかりになっていた。そして人類の切り札であるメガレンジャーなどもはや存在しない。クネクネが男共になりすましていた。すべての機密はギレールが握り、女の肉体はギレールにあった。
どきどきした。愚かな感情だった。銀色の奴を無力化すれば地球は我がものだ。
早川祐作は新しい対ネジレジアメカの作成にいそしんでいた。そんな彼の研究室のチャイムがなる。
「はい」
擦りガラスにふたつの陰、ドアが開き、城が崎千里と今村みくが現れた。よう、白衣の祐作は微笑みかけた。
「こんにちは! 祐作さん!」
「どうしたんだ?」
「精密検査に来て、その帰りに顔だそうと思ったんです」若干メリハリのない言葉で千里の口が喋る。
「そうか、まあ座れ座れ、今、祐作スペシャルコーヒーを用意するから」
祐作は立ち上がり、パイプ椅子を二人に勧める。おとなしく二人は座り、祐作は壁際のコーヒーメーカーへ向かった。それはプロ向けの本格的なもので、カップをセットすると、ドリップされた豆からコーヒーが抽出され始めた。
「最近大変だな」祐作はぼそっと呟いた。
「はい、でも大丈夫です」みくの声は、はつらつとしながらどこか生気がない。
「そっか、それならいいんだ」
祐作は振り返り微笑む。カップを二人にわたした。
「祐作さん」と、千里。
「なんだ?」
「わたし、実は」一瞬うつ向いてみせる。「祐作さんのことが好きなんです!」
「は?」祐作の動作が凍り付いた。「冗談だろ。なあみくちゃん」
「祐作さん、千里は真面目なんです」みくは立ち上がった。
「そうか」沈黙。「でもな」早川祐作も男、女子高生に告白されて悪い気はしない。
「メガシルバーになって戦ってるときの祐作さんって超キマってて、ふだんの祐作さんも天才だけのことはあって」
「ちょっと待て、千里ちゃん」
彼女らしくない理性を失った喋り方を祐作は制する。「俺のことを想ってくれるのはすごく嬉しいが、俺は」
みくの手にはロープが握られていた。両腕の間でそれはピンと張られ、祐作の後ろから首へ迫る。
「なっ」振り返る。「俺みたいなオヤジがさ」
みくはあわてて隠す。千里の目が一瞬狂気を帯びた。
「祐作さん若いじゃん」と、みく。
「いやいや」祐作は焦っていた。
その彼の背中で千里は制服のブレザーの袖を脱ぎ、リボンをはずして、シャツのボタンに手をかけた。祐作が気づき慌てる。が、事態はむしろ悪い方へ傾き、二人は向き合ってしまう。堅い胸板の先に、下着のない胸がはだけて広がっていた。
「駄目ですか?」その声は色っぽい。
「だ、駄目ってことはな」
千里の細い指が祐作の太い指に絡み付き、自らの胸へと誘う。異様なほど白い胸に祐作はふれた。もちろん女の胸なんて触ったことぐらいある。だが、それとは違った。戦士の体があった。
紳士的な台詞を模索しているうちに、事態は祐作にとって最も都合の悪い方向へ転んでいく。どうしようと、隆々とした肉体が考えているうちに、みくが後ろから飛びかかった。
「死ねえぇぇぇ、メガシルバー」
「うぐがあ! な、なんだ!」ロープが首に巻き付き、思わず祐作の手は千里の胸をぎゅっと押しつぶす。一瞬彼女が喘いで、冷酷に振り払った。千里のローファーが祐作の腹筋へ飛ぶ。
祐作は事態の急変にとっさに対処した。ロープを握った。ものすごい力だ。蹴りに前のめりになるフリをしながら、ロープをあらん限りの力で引っ張った。ほんの少しだけ開いた隙間に顎を押し込み、首を右に振る。苦しさが少しとおのいた。
「きゃあ!」
みくの体がふりまわされてとっさに声をあげた。正面にいた千里が拳を突き出してきたから、祐作は受け流し、顎に力をいれた。両腕を使うとみくの体が一回点して目の前の机へ落ちる。千里はそれをとっさに避けていた。
「どういうことだ、二人とも」
「うわっ」
手刀が黄色く光り、祐作は腕で受けたが、強烈な力で跳ね飛ばされた。ふらつき、壁に寄る。机が光って、メガピンクが迫ってくる。手じかにあった機械を手にとり、突き出した。次の瞬間には、メガピンクの拳によって、機械がふたつになっていた。
「やめろ! お前ら!」
腕を突き出し叫ぶ。研究室のメガイエローとメガピンクはひどく不釣り合いに見えた。精悍なマスクの裏側には得体のしれないものが宿っていた。祐作は目を疑った。胸の五色のマークがすべて黒いのだ。
「すべてはネジレジアに」二人のシンクロした声。
月面基地の緊急アラームが鳴りだした。周回軌道を経由して送られてくる情報のラインに侵入者があり、それは世界最高のコンピューター防衛システムをあっけなく通過、INETの指令室のディスプレイから実体化した。
「ギレール!」久保田博士が叫ぶ。
「久保田博士、わたしはギレールじゃない。説明してもしょうがないから、今はごめん!」
ギレールが刀を天井に掲げた。火花が散り、部屋の至るところがスパークする。ギレールを中心に隊員たちが吹き飛ぶ。白煙が充満し、千里とみくはその場を祐作の研究室へ向かって駆け出した。
「待て!」久保田博士が叫ぶ。「地球の三人を呼べ」
命令を受けた隊員は通信機に語りかける。だが、応答はいつまでもなかった。
「インストール!」ケイタイザーをかざし、早川祐作はメガシルバーになった。同時にイエローとピンクのブーツを受けた。
「うわっ」
「死ねぇぇ!」華奢なピンクの腕にドリルセイバーが見え、寸前でかわす。メガトマホークを握るメガイエローの腕をつかみ、ねじりあげる。
「きゃ!」
そのまま、後ろ手にふりまわし、踊るようにして、メガイエローの腕を上に向け、体を前のめりにさせる。彼女のホルスターからメガスナイパーを引き抜き、銃口を後頭部に当てる。
「ふられた腹いせにしちゃ、だいぶひどくないか」メガイエローから、メガピンクをにらみつける。「近づくな!」
それでもためらわずメガピンクは駆け出そうとした。当たり前だ。
「ギレール!」
祐作は叫ぶ。研究室のドアにネジレジアの幹部が現れたのだった。今日はとびきりおかしい。メガピンクは振り向きざまにメガキャプチャーをギレールへ放つ。祐作の腕からメガイエローを奪い取り、三者は相対した。
「祐作さん……」
「ギレール!」メガイエローが肩に手を当てながら叫んだ。「負けて逃げたのに、よく来ることが出来たわね!」
「そうよ!」
攻撃してきた二人のメガレンジャーと、最強の敵を、メガシルバーの黒いバイザーが見比べた。「何しに来やがった」
「何をしてたの?」
みくの意志が自分達の身体に語りかけた。その華奢で大きな悪の影が怖かった。彼女らを圧倒し、レイプし、仲間を奪った自分たち。でも、その正体は悪魔だ。
悪魔の手から、自分を取り返したい。そのために見るだけで涙が溢れてくる敵に立ち向かい、宿敵に悪魔の契約を交わした。千里の眼には何よりも強い光りが宿っていた。何よりも強い敵に挑む、狂気に満ちた眼だった。
千里は刃を握った。みくも刃を握った。その腕からは物凄いパワーがあふれ出ていた。腕がふるえ、刃先ががくがくと揺れている。両手が大きく光り、誰もが凍り付いたように立ち止まっていた。ギレールの頭上で刃が交わり、青白く光る。
「身体を返せええぇぇぇぇぇ!!」
獣の声をした少女たちの叫び。黄色とピンクの影が事態に気づき、右へ避けたときは遅かった。
「ああああああっ!」
ピンク色の肉体が呻く。その足が凍り付いていた。黄色い方は弾丸みたいにうちだされて、部屋をぐるっとまわって、距離を詰めた。その腕が青白い炎を上げる。
「ブレードアーム!」
「とおああ!」二刀流の片方、千里の握った方がそれを難なく受け止める。金属の交わる鋭い音、メガイエローはきりきりと距離を詰めていく。
「ギレール、あなただけは許さない!」ギレールの黄色い声。
「それはこっちのセリフだああ!」みくの刀がメガイエローの光りと衝突して、部屋を白く染める。一瞬だけその空間に真空が生まれ、部屋中のものが吹き飛ぶ。
「うわああ!」
「きゃっ!」
メガシルバーも誰もが跳ね飛ぶ。壁を背にしたギレールの肉体が竜巻く白煙の先を見る。メガイエローが前のめりになっている。光っていた腕が元に戻り裂けて、血がぽたぽたたれていた。
「ふはははははあ!」黄色い悪魔の声が不意をつく。メガシルバーが慌てて、二人の間に入る。「大丈夫か、お前ら」
メガイエローの肉体は笑うのをやめる。一瞬のうつむきをギレールの少女の魂は見逃さなかった。メガピンクの肉体は足が動けずに苦しそうにもがいていた。メガシルバーは二人の前に出る。
「ここに来たからには俺が相手だろう!」
「違う。祐作さんごめん!」
拳が下から噴き出す。少女らの気迫におされたメガシルバーはそれでも拳を何とか受け止める。
「なら何でここに来た!?」
みくだけが自分をちらっと見やる。メガピンクの手が凍った部分にかざされていた。そこから放たれた光は妙に暖かい色で……はやくしないと!
「とにかく、メガシルバーが目的なんかじゃなああい!」
千里が大きくまわってメガシルバーの首筋を狙う。第三の手が存在するかのように受け止められ、二人は大きくまわって、メガシルバーは壁際にやられる。二人は戦えない。今しか時間はないのに。メガシルバーは最高のメガレンジャーだけあって、ギレールの力を持ってしても手強い。
もう一度、体勢が逆転して、ギレールが壁におしあてられた。メガシルバーのマスクがすぐそばまで迫っている。どんな拳も足も最強のメガレンジャーには利かない。
「やあああああああああ!」
「うわああああああああ!」
メガイエローとメガピンクが雄叫びながら、ギレールに体当たりをする。
「うわああ!」
空気が絞り出される。一瞬目の前が暗くなり、黄色とピンクのマスクが迫っていた。メガシルバーが後ずさり、ギレールは二人の剛力に押しつけられている。
「祐作さん、今よ!」
二人が叫ぶ。メガシルバーは事態を悟り、武器を出す。二人の女子高生のフリした奴らに殺されそうになったことなど、この一連の出来事で忘れていた。アドレナリンが彼を興奮させ、短絡的思考が働いた。
「ブレイザーインパクト!」
金属の回転音、光りの収束、銀色のスーツに銀色の銃があった。両腕を押さえ付けられ、二人の少女は悲鳴した。
「いやあああああああああああああああ!!」
電子レンジに放り込まれた卵のようだった。身体の中心があつくなり、胸を押さえるいとまもなく、全身に広がり、肉体を突き破って、あちこちがスパークする。長い悲鳴のあと、地面が目の前に迫っていた。
「このぉ……くそ……ああああああああああああ!」
ギレールの身体が跳ね起きた。キレていた。間接、襞、節々から体液があふれ出る。痛みが溢れ続けるみたいだった。視界が霞み、口がねっとりする。プラスチックの焦げた匂い。
「たわああああああああああああああ!」
メガシルバーへ向けて、足が躍り上がる。予想以上に早い蹴りを祐作は防げなかった。武器が地面に落ち、続いて繰り出されるその大きな足にマスクが蹴落とされる。拳が腹部に命中し、メガシルバーの身体が壁にめり込む。そのまま、振り返る。今度こそ、千里がみくがそれぞれ刃を握った。
敵だ。女の敵、そんな卑小な存在じゃない。大きな敵だ。倒せ。倒すんだ。あの身体から奴を追い出し、私の元に取り戻すんだ。
「ギレール、あなただけは許さない!」
怒濤の光りが溢れ、壁が吹き飛ぶ。大きな火球が広がり、研究室が外気に晒される。月面の冷たい死の空間だ。メガシルバーが吹き飛んでいく。彼の大気圏外活動能力はほぼ無限だ。だから、あとから必ず助かるだろう。
「うわああああああああああああああああ!」
「どあああああああああああああああああ!」そのあとの二つのメガレンジャーの肉体は同じ声をした。「やめろおおおおおおおおおおおおお! メガレンジャー!!」
あらゆる精密機器、日用品、コーヒーメーカーが押し出されていく、区画の壁が剥がれていき、緊急警報が鳴り、閉鎖された隔壁までそれは続いた。二人の心は力の全てを使って踏ん張った。音はなかった。
全てが一通り済んだあとには、メガイエローとメガピンクの幽閉された氷があった。
暖かい感覚がする。冷たい魂の器じゃない。城ヶ崎千里を包む快い気持ち。彼女にとってメガイエローとは自分だった。
「ああ……」
磔にされたメガイエローの肉体のあちこちにコードが繋がれ、メガイエローのマスクの代わりに、美容室のパーマメントのような機械が装着されている。脳の内部の激しい移動。吸い出し、許容量を超えた爆発、吸い出し、再注入。
磔が解かれて城ヶ崎千里は、地面に手をついた。裸の肉体があった。手を見た。白い手、身体、人間の身体、城ヶ崎千里の身体。
「やったわ……」
涙があふれてきた。
そして気配を感じた。顔を上げた。同じように手で頬を触れた今村みくがいた。
「やった! ついに取り戻したよ……みく!」
「うん……千里!」
裸体の二人は互いの肉体をきつく抱きしめあった。暖かい身体と、暖かいハートが同化した瞬間だった。
シボレナと結んだ悪魔の契約。ギレールの魂をシボレナの秘密基地で、氷漬けの黄色とピンクのなめらかなスーツをまとったものから、秘密の機械を使って、吸い出した。ギレールの肉体にも同じことをして、それぞれを再注入した。八つ裂きにされた仲間も蘇生手術を受けることになった。
城ヶ崎千里と今村みくに戻った二人自身の肉体であり魂が三人の仲間を見つめていた。彼らはメガスーツのような真っ白いスーツをまとっていた。マスクはなかった。それによって、混乱した肉体を正常な状態に順応させようとする働きがあるらしかった。
彼らはベッドに寝かされていた。シボレナが一段高い操作室にいて、蘇生を行っていた。やがて終わり、覚醒が行われる。
「耕一郎!」
「瞬!」
二人の声に呼応するように開かれる目、三人は起きあがる。
「うわあ」苦痛に歪む健太の顔。
「あああ」愕然とする耕一郎の顔。
「はああ」恐慌を起こす瞬の顔。
一瞬にして三人がインストールした。メガスナイパーが二人を標的にする。愕然としていたものの、避けた。みくの手の甲が焼けただれていた。
城ヶ崎千里と今村みくを標的にしたゾンビのような三人から、二人は腰を抜かしたようによろよろ逃げ出す。部屋のドアを開け、廊下を走り、曲がり、階段を登る。その頂点にあるドア。開けて閉めた。鍵をかけた。
仲間の狂気に震えた二人が振り返る。ドン! ドアを叩く音。シボレナが端末の前に腰掛けていた。
「三人に何をしたの?」
「何もしてないわ」シボレナは微笑み立ち上がる。狂気が噴出しているのに気づくのは、遅かった。何もかも信用していた。でも相手は悪魔の仲間だった。でももうどこにも逃げ場はない。「本当に何もしてないわ。ただ、あなたたち二人に倒されて、脳がちょっとだけおかしくなったのかも知れないわ。
あなたたちはあれだけの困難や苦痛を乗り越えてきたというのに、あの子たちは呆気ないものね。でも解るわ。あなたたちがあの子たちに攻撃されたのは、認めざる得なかった。でも、あの子たちにとっては理解できなかったんでしょうね。そりゃそうよ、最も信頼すべき仲間が、ギレールだった、なんて信じられて?」
シボレナは二人に覆い被さるように立つ。手をしっかり握り合い、ドアに寄り添って縮こまるしかなかった。
「それはそうと言い忘れてたわ。私とあなたたちは契約したわ。契約とはものの交換なの。解る? 私はその交換するものを提示していなかったわ」
シボレナはしゃがんだ。恐怖に怯えた瞳。シボレナの五色の爪を持った手が、スーツを裂く。豊満な胸が現れる。
「あなたたちは身体と引き替えに白紙委任状を渡してしまったのよ」
シボレナの青白い肌にグロスの光った唇、城ヶ崎千里を奪い、今村みくを奪う。
「あなたたちが欲しいのよ。身体を引き替えに私は身体を貰う。もちろん心も一緒にね。私はあなたたちをあの卑劣な悪魔から取り戻した。大丈夫、優しくしてあげるわ。あなたたちの姿をした悪魔みたいにはしないから。守ってあげるわ」
ドアを叩く音と、雄叫びのような声が背後で響きわたっていた。
「みく」
「ちさと」互いを見あった。白い肌、乳房が染まっていた。輝きを失った唇が歪んで、頬を涙が伝い、薔薇のように花開いた豊満な胸に落ちた。