驚き! 身体測定のカラクリ(前編)
――あなたの思い通りになんかさせない!
あの声を聞くたびに、激しい怒りを覚えていた。だがその反面、あの凛々しい声の生意気な台詞を聞くために、シボレナは執拗なまでにメガイエローを追っていた。
シボレナはメガレンジャーの正体を何としても知りたかった。彼女は以前からあたためていたある作戦を実行に移した。シボレナは人間界に広がるサイバースペースに侵入すると、インターネットを通じて人間にネジレ教育を施した。洗脳を受けた人間は、シボレナの五感として機能し、街中でメガレンジャーを探し回るのだ――
売店で買った手作り風おにぎりを今村みくがぱくついていた。
「ここいい?」
「あっ、千里、うん」
諸星学園のエントランスに広がる芝生には、ベンチが点々と設置されている。昼休みともなれば、お昼をとる生徒たちの風景が見られた。
「みく、おべんと、ついてるよ」
みくの隣に座った千里が自分の頬を示した。
「あ、ホントだ」口元についた米粒を指で取ると、ぺろりと口に含んだ。
「いい天気ね、あーあー」
夏空にしては肌寒く、秋にしてはほんわかしていた。制服のミニスカートからでている脚をのばして、午前中の授業で得た疲れを癒していた。千里が首を回す姿にみくが吹いた。
「オヤジくさーい」
「何よ、失礼しちゃうわ」
「だって、千里さー」
「――城ヶ崎さん、ちょっといいかしら」
「はい?」
後ろから声がして、二人は振り返った。
「保健の鈴木ですけど、城ヶ崎さん、先月の健康診断受けたの覚えているかしら?」
「あ、はい、どうかしたんですか」
「ちょっとあたしのほうでミスがあって、もう一度診断を受けて欲しいんだけど、いいかしら?」
「千里、どっか悪いんですか」みくがパッチリした眼できいた。
「そういうことじゃないわ。実はね、結果を印刷した紙を間違えてシュレッターにかけてしまったのよ」
鈴木は笑って、二人も微笑んだ。
「いいですよ、先生」
「なら、今日の放課後、保健室に来てもらえるかしら。病院の先生がいらっしゃっるから」
「解りました」
「お願いします。じゃあ」
鈴木は保健室に戻り、机に向かい、手元に置かれた細長い短冊のようなものに眼をやった。『健康診断結果 学年3年A組 名前城ヶ崎千里』と、一番上にはプリントされていた。鈴木はキーボードに手を置くと、パソコンを操作し始めた。
健康診断結果の身長、体重、座高、胸囲を入力し、プログラムをスタートさせると、その入力数値に従ってワイヤーフレームが出力された。別のファイルをロードすると、ディスプレイ上に3DCGのメガイエローが表示された。
《体格 97%一致》
更にポケットからボイスレコーダーを取り出し、パソコン側のコネクタとUSBケーブルで接続し、読み込ませた。
《音声パターン 99%一致》
更に近くにおかれたデジタルビデオカメラからDVDRAMを取り出すと、それもプログラムに読み込ませた。画面の端に体育の授業風景をとった映像が出た。鈴木がマウスで千里の姿を捉えさせると、コンピューターに追跡させた。
赤に白ストライプのジャージの千里がおもむろに袖を脱いだ。白のTシャツにブルマの格好になって、踵をならしている。シャツに胸が浮き上がり、ブルマから伸びる足は程よく引き締まっていた。女子生徒だけ集まると、四列に並ぶ。千里の番になると、クラウチングスタートを切って、走り出す。優雅だが力強く、早い動きだった。
一方、小さな窓にはメガイエローがブレードアームを起動させて、シボレナに迫る姿が映っていた。
《行動パターン 75%一致》
その表示に鈴木はにんまりと微笑んだ。
「メガイエローを発見しました」
「あーら、そう」
今までのCGが一瞬で消え、映像が入った。水色のアーマーに包まれた妖しい美女――その姿は紛れも無いシボレナだった。
ノックをしてみても反応が無い。千里は三回同じことをしてから、保健室のドアを開けた。西日が射し込み、異様なほど静かだ。
「鈴木先生?」
不安を覚えて、自分のストレートヘアに触れた。保健室に足を踏み入れる。エタノールの匂いが鼻をくすぐった。ローファーが突き抜けるような音を立てた。机の上にパソコンが置いてある。スクリーンセイバーの動いているそれを覗き込んだ。
「いいパソコンね」
デジタル研究会に属しているからには、普通よりはコンピューターに知識がある。見たことの無い筐体だが、ハイスペックであることは確かだ。自然とマウスに手が伸びた。デスクトップは普通だった。スタートを押し、メニューを表示させた。
「何をしているの?」
「あ、鈴木先生、ごめんなさい」
非常に冷たい声に千里は背筋を叩かれたようなショックを覚えた。振り返り、こくりと謝った。
「別にいいのよ。あなた、デジタル研究会よね」
「え、あ、はい。そうです」
「伊達君たちとすごく仲がよさそうね」
「――同じ部活ですから」
鈴木が何かを言おうとしたとき、奥にあるベッドの乳白色のカーテンが開いて、白衣の女性が現れた。その下に抜けるような青のスーツを着ていたのが、千里には印象的だった。
「学校指定医の鮫島さんよ」
「女医の鮫島レナです、どうも」
「どうも」挨拶をして、相手の顔をまじまじと見た。
「私の顔に何かついてますか?」
「あ、いえ、誰かに似ている気がして…いえ、なんでもないです」
そうですかとレナは微笑んだ。その溜め込んだ微笑みに千里はデジャブした。
「じゃあ、健康診断を受けてもらうわ、城ヶ崎さん。あたしは職員会議に行かなきゃならないけど、鮫島先生がしっかりと見てくれるから大丈夫よ、じゃあお願いします」
「解りました……じゃあ座っていただけるかしら」
鈴木が出て行く。この独特の雰囲気に慣れなかった。丸椅子に千里がちょこんと腰を乗せた。レナは机に書類を広げると、聴診器を取り出して、首にかけた。
「心拍を測るから素肌を出していただけるかしら」
「はい」
千里はブレザーを脱ぐと、すぐ近くの脱衣カゴに置いた。クリーム色にストライプの入った薄手のセーターを肩から脱いで、真っ白なワイシャツのボタンに手をかけた。
「あら、ちょっと汚れてない?」
レナがワイシャツの襟元を指してきいた。
「今日、体育の授業で汗欠いて」
「そう、冷えたら悪いから、しっかり身体を拭いたほうが良いわよ」
余計なお世話よと思いながら、顔には出さず、ワイシャツの襟元を開いた。黄色がかったクリームのブラジャーが年齢の割りにかなり豊満なバストにかけてあった。レナの指が谷間に伸びて触れた。死んでるみたいに冷たい手だった。
指が這って、ブラジャーのフロントまで来た。小さな花をあしらった飾りがついていた。
「脈がとりづらくて」
レナの指が胸肉に沿って伸びた。ほんの一瞬乳房に触れて、千里は怪訝に思った。
「ごめんなさい」
聴診器でレナが胸を押した。彼女は耳に意識を集中しているようだった。すぐに終わると、再び指を胸に這わせた。
「はい、大丈夫よ」
言われて、千里はワイシャツのボタンをかけた。
「じゃあこれに乗って」
「解りました」
身長測定器具を示したレナに言われるまま、ローファーを脱ぎ、千里は乗った。
「一六〇センチね、次はこれよ」
レナは体重計を取り出して示した。体重計にハイソックスで乗った。デジタル式の表示が増えていく。同姓とはいえ体重を知られるのは快いものではなかったが、仕方なかった。
「キロ、と、もうちょっとダイエットしても良いかもしれないわ」
本当に余計なお世話、妖しい微笑みが一層頭にきた。まるで同姓とは思えないような視線と何か陰のある人だった。
「ちょっと失礼するわ」
「はい」
メジャーを手にしたレナは千里の背後に回りこむと、腋の下から腕を通し、胸囲を測り始めた。その二の腕が胸に触れた。ブラジャーでしっかり抑えられている胸は動きはしないものの、その二の腕すらまるで意思を持っているみたいだった。
身体測定はそれこそありとあらゆる分野に及んだ。レナは千里に要所要所で余計な一言を忠告した。歯の検査では朝も昼も磨いたのに、汚れがついているから綺麗にするよう言われ、視力検査ではパソコンと勉強のやりすぎを注意された。千里はイライラしながらも涼しい顔を装った。だが、レナはそのことさえ見透かしているようにも見えた。そして更に千里はストレスを覚えた。
「いいわ、口を閉じて」
舌の表面につけたバルサの棒をシャーレの上に置き、レナが書類になにやら書き込んでいた。
「じゃあこれで最後ね」レナはお医者さんカバンからビーカーとプラスティック製のスポイトとそれにビニールシートを取り出して、千里に渡した。「尿とギョウチュウの検査よ。今取ってもらって構わないわ」
「……解りました」
検査だと解っていても、既に煮えくり返るような腹立たしさを覚えていた。千里は丸椅子から立ち上がり、トイレに行こうとした。
「ちょっと待って」
「何ですか?」
「トイレに行く必要なんて無いわ。ここで取ってしまって構わないわ」
なんて常識が無いのよ。眉間に皺が寄りそうなほどレナを見つめた。だが、相手は完全にポーカーフェイスだ。しかもその顔には腹立たしさと一緒にどこか不思議な魅力のようなものが宿っている。
「どうせ、私しかいないんだし。いいわよ?」
いいわよとききながら、結局はここで取るように命じている。それが解っていても、千里はほとんど無意識のうちにこくりと頷いていた。何故だか自分でもさっぱり解らなかった。
「解ったわ!」
おもむろに千里がスカートをまくりあげると、鍛えられた内腿が露出した。しっかりとした肉付きのその付け根にはクリーム色の下着があり、千里は両手を伸ばして、下着をずらした。一瞬、つんとした臭いがして恐怖を覚える。一日を過ごして饐えた感じのある茂みの奥からヒトの体臭で、千里の顔にさっと赤みが差した。
それでも構わず、下着をずり下ろすと、ビーカーを手に取った。羞恥心、一瞬浮かんだ言葉が頭の中を回転した。目線だけあげると好奇心にまみれたレナの顔があった。この人、バイセクシャルなんじゃないだろうか。
「あまり、見ないでください」
「失礼したわ」
わずかに尿意を覚えていた。千里の股間が一瞬微弱な振動を起こすと、ぱっと尿がほとばしった。お昼に飲んだジュースのせいか、茶っぽく黄色に彩られた尿からもアンモニアのきつい臭いが漂ってきていた。
「はい、これをどうぞ」
「すいません」癪なことにレナが笑顔でティッシュの箱を差し出した。ぽたぽた滴る尿素をティッシュペーパーでふき取った。粗目のペーパーに茂みがちくちくした。
千里はスポイトの先端をビーカーの液の中に漬けると、押して中に自分の尿を納めた、ぷくぷくと泡が立ち、きつい臭いに鼻がつんつんした。
「どうもありがとう、ビーカーは私が処分するからおいたままで良いわ。じゃあこれね」
その言葉に顔をあげもせず、千里はギョウチュウ検査用のセロファンを手に取ると、台紙を剥がして肛門に伸ばした。表面の接着剤がヒップに食いつく。彼女はピップの間に指を押し込み、しっかりつけると剥がした。表面を見るとツブツブや垢がびっしりとついていた。
「はい、じゃあこれで終わりです。ご苦労様」
「どうも!」
千里は唇を尖らせてアヒルのような表情をすると、下着を持ち上げ、セーターの袖をお通し、ブレザーを羽織った。しっかり着ていないから多少ちぐはぐなる感じだったが、立ち上がると足早に保健室を出ていった。
レナは微笑んだ。舌の検査に使ったバルサの棒にはまだ唾液にぬれていた。ビーカーは金色の水を湛え、セロファンシートにはびっしりと不要物がついていた。立ち上がりくるりと回ると、水色のアーマーの姿に変わる。
「シボレナ様、如何でしたか」
鈴木が入ってきた。その眼はとろんとなっていた。
「……どうやら本当に本物のようね」
「もう昨日、最悪なのよ!?」
「えーっ、どうしたの?」
「鈴木先生に保健室に来るよう言われたジャン。それで行ったら、鮫島って先生がいたんだけど、すごくいやらしい眼で見てくるの」
「オヤジ?」
「ううん、女の人だった。でも失礼だと思わないー?」
「わかる」くすっとみくが笑った。濃いグリーンのバックパックを背負った千里が彼女と諸星学園に続く歩道にいた。みくは目じりにまだ眠そうな雰囲気を湛えていた。「鈴木先生って、大岩っちよりめんどくさがりだよね」
「そうそう! 診断書なくしちゃうし、昨日だって会議ですって買ってに出てっちゃうの。いい加減にしてほしいわよ」
「おはよう。城ヶ崎さん」
鈴木本人の突然の登場に一瞬戦慄して千里が振り返った。彼女は二人の会話を全く意に介している様子はなく、乗ってるママチャリのスピードを落として、千里と並んでいた。
「おはようございます、先生」
「あの悪いんだけど、昨日の診断の結果を、放課後、先生の病院まで取りに行ってもらえないかな?」
「……あ、あー、いいですけど」
「ホント、良かったわ。あたし、今日色々忙しくて」
ママチャリのカゴに入ったトートバックに手を伸ばすと、一枚の紙を取り出し千里に押し付けた。いかにも不躾だった。
「ここにクリニックの場所とか書いてあるから。もらった書類はあたしの机の上に置いておいて、じゃあ」
そう言って、前回同様あっという間に消えてしまう。みくがその華麗ともいえる動きに吹いた。
「天才技だね、あれは」
千里はといえば、頬をぷーっと膨らませてアヒルになっていた。
「またあの先生と会わなきゃいけないの……」
千里はストレスこそ覚えていたものの、未だ女医に変装したシボレナに警戒心を抱いていなかった。ストレスを与えることにより、普段の判断力を鈍らせるように仕向けられていたし、不躾でも学校の先生がまさかとは疑っていなかった。
そのバスに病院前停留所まで乗ってきたのは、千里一人だった。降りると、黒雲の中で稲光が見えた気がした。
「こんな街外れとはね」
タクシーは塵を巻き上げながら走り去った。幽霊病院、そう呼べば良いだろうか。鈴木から渡された地図を頼りにやってきた千里だったが、その異質な雰囲気に思わずたじろいだ。十階建てコンクリート作りのありふれた建物だったが、その外壁はくすんでおり、陰鬱な空気を醸し出していた。駐車場に並んだ車も一世代昔のものばかりだ。
「あんな先生になっちゃうのも仕方ないかも」
エントランスに三つ並んだ自動ドアは右の一つを除いて、『故障中』の張り紙がしてあった。中に入ると病院なのにあまり掃き掃除をされていない様子で、あちらこちらに埃が溜まっていた。表面に何か積もった感じのある大理石の受付に、老婆がいた。
「あの、すいません」
「はあ?」
「鮫島先生はどちらにいらっしゃいますか」
「はあ?」
「鮫島先生は……」
「鮫島なら三年前に死んだ……癌でな」
老婆の話し方まで、幽霊病院そのものだった。千里は横目に切れかけた蛍光灯のバックライトに浮かび上がる案内板を見つけて覗き込んだ。『4階 内科勤務医 鮫島レナ』とある。エレベーターはと探せば、『故障中』の張り紙。寝たきりの人の移送はどうするんだろうと思ったが、照明の無い階段を見つけ、4階へ登った。
案外、人はいた。ただ、老人ホームでも早々お目にかかれない位、年配の男女と千里ぐらいの男女ばかりだった。四階へつくと、不釣合いな色の蛍光灯が嫌にまぶしく白い部屋を照らし出していた。消毒薬の匂いがかすかにして、病院らしさに千里はようやく肩をなで下ろした。
「あの、すいません」
「はあ?」今度の受付もまた老婆だった。
「鮫島先生にお会いしたいんですけど」
「どういった御用件じゃ?」
「学校で受けた健康診断の結果を貰いに来たんです」
「はあ」
老婆は震える手で内線電話の受話器を取った。一言二言喋ると、皺のメリハリをいっそうはっきりさせて、右手の指で示した。
「鮫島先生の部屋は…ここをまっすぐ言って右、四〇七号室じゃふぉふぉ」
「はい、ありがとうございます」
千里のローファーがリノリウムの床にいっそう明確な音を立てていた。四〇七号室の扉に「鮫島レナ」の札を見つけ、ノックした。
「先生?」
保健室がそうだったように応答がない。仕方なくもう二回叩いて、ノブを回した。
部屋に入った瞬間千里は息を呑んだ。空気の流れが全く違った。まるで南極かどこかのようだった。湿っていて、窓台が結露に覆われていた。蛍光灯がついていたが暗い印象が拭いきれていない。
「先生?」
「はい」
その声ははっきり聞こえた。白衣のレナが棚の向こうから現れた。千里の姿を確認すると、にやりと微笑む。
「あら、あなただったの」
「健康診断の結果を貰いにきたんですけど…」
「あ、そう、まあ座って。お茶でも入れるから」
「いいんです、気にしないでください」
千里はお茶なんかより、このお化け屋敷から早く出たかった。勇敢にグロテスクなネジレ獣と戦えても、千里はお化け屋敷が滅法嫌いだった。
「そんなこといわないで。昨日は失礼をかけてしまったし。ごめんなさいね、こういう仕事だと、人の身体なんてよく見るものだから、感覚が麻痺してしまうのよ」
「いいえ、ぜんぜん気にしてません」
今日は白衣の下に真っ青スーツをレナは着ていた。なぜかそのことだけよく覚えていた。
「はい、ジャスミンティーよ」
レナがティーカップをさしだした。昨日の不快感が若干緩和されていた。ちょっとはいい人かなと思った。
「あと、これが昨日の結果、なんだけど、あ、そうそう、訊きたいことがあったの」
「何ですか?」
「あなた、最近身体を酷使してない?」
「えっ?」ティーカップを手にしたまま、千里はレナの眼を見た。
「あ、まあ一口飲んで」
「はい、それで」ジャスミンティーを一口飲んだ。いつも苦いのに、変に甘かった。
「うーん、何か激しい、例えばラグビーとかサッカーの部活に入っているとか」
「いえ、そんなことありません」一瞬で不安の水が水面に波紋を広げた。眉が動いて興味を覚える。「なんなんですか?」
「私もこれのこんな状態は見たことが無いからよくわからないんだけど、筋肉にすごく負担が掛かってて、もしかしたら筋が切れたりとか、限界を超えた筋力が一気に落ちるとか、もしかしたら血管に異物が溜まって、心筋梗塞とかそういう事態に……」
「はあ」
千里はデジタイザーを手で覆った。眼の裏で瞬きが起こる。
「別にそれは極端な例だし、今日明日必ず起こるとかそういうことじゃないんですけどね。でも、あたし個人の考えとしては不安なのよ」
千里にはもちろん心当たりがある。メガイエローに変身し、地球の平和をネジレジアの手から守っている。メガスーツは人工筋肉のシステムを用いて、人体の機能を飛躍的に向上させる。だが、悪影響は無いかしょっちゅうINETのメディカルセンターで調べているし、身体の不調を覚えたことは無かった。
「あなたが今日時間があるなら、是非、精密検査を受けていくことを勧めるわ。もちろん医者だから、守秘義務は万全よ」
レナの話し方は人を苛立たせるが、同時に不思議な吸引力を兼ね備えている。
「検査代は学校の診断費に入れておくわ。ねえ、どう? 時間があるなら」
千里は陰鬱な部屋の様子など頭に入ってこなくなった。まるで、マリオネットであるかのように頷いてしまう。
「お願いします」