不覚グンペイ

 須塔美羽は、腰を落としたまま、後ろに下がろうとした。
 黒と銀色に彩られたスーツに身を包み、精悍なマスクにその素顔を隠した彼女――ゴーオンシルバーの名を持つ美羽は、ロケットダガーを持つ手を前に突き出しながら、音をたてて下がった。
「なんなのよ!」
 ガイアークに七人で向かい、瞬く間に分断されてしまった。シルバーを執拗に狙う特命大臣オセンダスは、ウガッツたちに細かな指示を出しながら、素早く彼女に迫ってきた。大翔――ゴールドとの連携を断ち切られ、追いつめられていく。
「ゴーオンシルバー、ようやく、二人きりになれましたね」
 厳しい訓練を積んできた美羽にとって、その手際は目を見張るものだった。コイツは違う――マスクの表面を叩く滴に、ちらりと顔をあげた。雨――? 違う――。
「あたしは、あんたと二人きりになんかなりたくないんだから!」
 オセンダスと数体のウガッツに退路をふさがれている。三方をビルの壁に囲まれ――ゴーオンシルバーの跳躍力を持っても飛び越えられそうもない。
「おやおや、そうですか…わたしは大変うれしいですよ。あなたと二人になれて……」
 迂闊に空中にでれば足を狙ってくる――美羽は、先ほど攻撃されて痛みの引かない足を引きずりながら、スーツを叩く滴に目にひらりと目をやった。
「油?」
「ほほほ、今更気づきましたか。隠しても無駄でしょう――小うるさい小蠅を退治するには、殺虫剤を蒔くのが一番先決なんですよ」
「なんです――うう!」
 不意に甘い匂いが口から鼻の中に飛び込んできた。とたんに意識が梅尽くされる――痛みが心臓を叩いている。美羽は肩を揺らして、眉間に指をやった。
「なに…なんなの……」
「フフフ…ゴーオンシルバー、あなたたち人間なんて、このわたくしにかかれば、うるさい小蠅も同然なんですよ……」
 音をたてながら、迫ってくるオセンダス、ゴーオンシルバーは右にそれ避けた。オセンダスと位置が入れ替わる。背後に気配――二体のウガッツが、太い腕を彼女の脇に強引に入れてきた。抑えられ、やおらに持ち上げられて――
「おかしいですね、いつものあなたなら、そんな雑魚に捕まるような方ではないはず……」
 オセンダスは、笑いながら迫ってくる。美羽は顔を背けてしまう。体が火照る。滴が雨のように次々にシルバーの体に付着する。それは糸を引くようにスーツの表面で、光を放つ……
「な、なにが目的なの!!」
 肩を振るわせて、美羽は声を荒げた。なんだか舌がもつれる。感覚がなくて、ウガッツの腕から逃れようとするのに、そうすることができない――
「目的? そうですね。ヒューマンワールドに存在する全ての美しいものを破壊すること――」オセンダスは、シルバーの身体――美羽の胸に輝くウィングスのエンブレムに手を触れた。そして、その金属の固まりの側面から、メタリックな光沢を放つ――美羽の肉体を包む厚手のスーツに――「たとえば、ゴーオンシルバー、あなたのような人を破壊することは、このオセンダスの目的に合致してるんですよ……・」
 そのごつごつした感覚は、まるで直接素肌に触れられているみたいで――ささくれだつような感覚に全身へ鳥肌が走った。
「何をいってるの?」
「ふふふ、分かっていただく必要はありません」
 美羽は、顔を横やりにオセンダスの顔を見た。無機質で臭いを放つ顔、どこかの古代文明の仮面のように表情を固定している顔――その光る目に感情の色は感じられなかった。それなのに、不思議な存在感に、息が詰まりそうだった。
「ただ、もはや、ゴーオンシルバーはわたしの支配下にあるといわざる得ないですね……」
「えっ……?」
 わけがわからない。美羽は、取り留めないことをぼつぼつ語るその姿にかすかな恐怖を感じながら――そのオセンダスの指先を見た。黒とシルバーの色の境、ちょうどバストに沿って曲線が緩く描かれているところだった。
 指がつんつんとスーツを叩いた。いくつもの細かい皺が寄っている。ゴーオンシルバーを作るスーツ――身体を圧されていたのに不思議と痛みはしなくて、その指先から、不意に、生地がほつれた。細かい糸に代わり、結びつきがほどけていく。
「なんな――」
 顔をあげた。そこには表情の変わらない顔があった――それなのに、美羽には、その顔がゆがむの見た――

 石原軍平/ゴーオンブラックは不覚をとった。矢継ぎ早に繰り出される攻撃に対処しているうち、範人や走輔たちとの距離が開いた。囲まれウガッツの剣が重なり、彼は捕らえられた。
「俺としたことが……」
 彼の目の前には、鉄格子がはまっていた。
 何度も掴んで壊せないものかやってみたがダメだった。あのオセンダスとかいう大臣――あいつは、オカマみたいな話し方をするくせに、やたら強かった。範人との連携技が通用したなかったことからも明らかだ――
「ゴーオンブラック、起きてますか?」
 顔をあげると――オカマみたいなやろうがいて、鉄格子ごしにこちらをみていた。
「てめえ! 俺をこんなところに入れやがって」
 彼は鉄格子を掴んだ。牢屋に入れられるときに、無理矢理マスクをはずされ、ゴーフォン、マンタンガンとカウルレーザーを奪われた軍平に武器は腕しかなかった。格子はびくともしない。
「いくら、命のやりとりをする関係とはいえ、もっと、口のきき方に気をつけたほうがいかがでしょうか。とかく、あなたの命をこの私が握っている間は――」
「うるせえ! 早くここから出せ!」
「ええ」オセンダスはうなづいた。そして、おもむろに鍵を取り出した。それは格子に取り付けられた錠の鍵だと分かった。「わたしも、そのつもりです。ですが、その前に、ゴーオンブラックに一つお話があるんですよ――」
「な、なんだ……話って」
 軍平は、そのオセンダスのうつむきがちな顔をみた。顔をあげ、視線を遠くに投げた。彼もそちらをみた。この牢屋い通じる扉が開き、影が指した。ウガッツが二人――間に何かを挟んで――軍平は格子に顔をつけて、薄暗闇の中にわずかに光る影を見つめた。
「これを――」
 オセンダスは、格子の中から押しつけるように、軍平に白い塊を手渡してきた。それはちょうど手の中に収まるサイズで――ゴーフォンと同じぐらいのサイズをした四角い塊で、その表面に赤いボタンが一つだけついていた。
「な、なんなんだ……」
 ボタンを見て、また顔をあげた。ウガッツの挟んだものの――正体に気づいたとき、彼は思わず声をあげた。
「美羽!?」
 彼の声にくいっと顔をあげた彼女――ゴーオンシルバーの表情のないマスクが一瞬彼を捕らえ、頼りない足取りをウガッツにせかされて、もつれるようにして――オセンダスの目の前までやってきた。
「はぁっはぁ…ゴーオンジャー……?」
 ウガッツは、オセンダスの目の前にシルバーを投げ出すと、彼女は抑えるものを失ってそのまま、冷たい地面に四つん這いに倒れた。そのスーツは光沢を保ち、精悍なヒロイン像を作っていたが、肩で息をし、四つん這いで敵の前にいる姿は――
「てめえら、彼女に何をした!」
「おやおや、まだ、この小蠅を守ろうとする気概があるようですね」
 オセンダスは後ろからゴーオンシルバーの首を掴んだ。彼女は抵抗できずに、低い悲鳴を漏らす――
「その手をはなしやがれ!」
「ふふふ、活きがいい……」
 顔が見えないのに、美羽の疲労と苦しみが、そのマスクを通じて見えるようだった。軍平は格子を握りしめた。
 だらりとしているのに、美羽はまだ気を失っていない。胸が荒い呼吸に上下している。その姿を見るたびに、軍平は怒りを覚えた。仲間――ウィングスとは色々対立もあるけれど、決して敵なんかではない――をこんな目に遭わせる奴は許せなかった。
「ゴーオンブラック、手にしたボタンを押してみるといいでしょう」
 オセンダスは告げた。
「ハァっ?」
 彼は手にしたボタンをみた。白いボディに赤いボタン、一瞬頭が混乱した。激しい怒りに、反発する気持ちがあったにも関わらず、驚くほど正直にその言葉に従った――
「――あぁっ!?」
 声は美羽が漏らした。ゴーオンシルバーは、彼がそのボタンを押すと同時に、スカートの上から足の付け根を抑えた。音が――機械のモーターの周る音を、彼は聞き逃さなかった。
「美羽! おい、どうしたんだ」
 オセンダスが手を離す。そのまま、座り込み、あひる座りになる美羽――ゴーオンシルバーが顔を下に下げ、股間を手で抑えていた。
「おい、てめえ、何をしたんだ!」
「てめえではないですよ。これをしたのはゴーオンブラック、あなたなのですよ」
 オセンダスの言葉に、軍平は、手にしたボタンをみた。プラスティックでできたボタンに指をかけた――機械の音がやんだ。静まり返った牢獄には、彼とオセンダスと、美羽しかいなかった。ブラックとシルバーのスーツに身を包んだ彼女は荒い息をしていた。
「おい、どういうことだ」
「ゴーオンブラック、我々は、あなたがたの装備の秘密を徹底的に解析したのです。そこで、わたしは知りました。憎き炎神どもは、人間の手を借りるのに、あなたたちに装備を貸すだけではなく、ある種の一体化を果たしていることをね……」
「当たり前だ。俺たちと炎神の心は――」
「世の中はそんなに甘いことじゃないんですよ、ゴーオンブラック。あなたがたはそのスーツを着る為に、ある種の改造を身体に受けている――勿論、炎神たちは、全てが終わったとき、元に戻すことができるという算段なんでしょう」
 軍平は、オセンダスの語り部をきいた。こいつは、適当なことを並べている。俺や美羽を追いつめ、いいように利用する気だ――
「そこで、わたしは、あなたがたのその身体と一体化した装備を利用したんですよ。いわば、あなたたちのスーツを利用して身体を意のままに操る拷問衣として……」
「勝手なことをいうな! さっさと俺たちを――」
「話は最後まで聞いても損はありませんよ」オセンダスは、鉄格子に顔を近づけてきた。「まあ、いいでしょう。詳しいことを話しても、あなたには理解できないでしょうから――ふふ、ゴーオンブラック、この牢屋から解放する代わりに、この牝犬をペットにするのです」
「はあ?」
 彼は、オセンダスをみた。相手はゆっくりその視線を、美羽へおろした。ふらついて今にも倒れそうなゴーオンシルバーの姿――
「決して悪い取引ではありませんよ。そのあなたが手にしたボタンは、スーツを通じて、この銀色の牝犬のクリトリスに電気を与えるものですよ……」
 軍平はボタンをみた。そこで息をつく彼女をみた――みるからにつらそうだった。十分に空気は入ってくるはずなのに、息が止まらずに、そのまま倒れてしまいそうで、細かく身体を震わせていた。
「クリトリス……?」
「まさか、言葉の意味を知らないなんてことはありませんよね――知らなくてもいいです。そのボタンを押せば押すほど、この女が牝犬になっていくということだけわかれば」
 オセンダスの言葉を、軍平はきいていなかった。彼は、もう一度格子に寄った。腰を落とし、目の前であひる座りをしているゴーオンシルバーの姿をみた。彼女の素顔を、軍平は勿論知っている。だからこそ、美羽が今どんな顔をしているか想像がついた。彼はみた。そのマスクは薄暗くて、顔を写さない。だが、彼は確認してみたくなった。
 不意に視線に気づいたのか、美羽が顔をあげた。軍平はそのマスクと視線があった。視線が絡んだ。音をたてて、糸が絡まりあうみたいだった。軍平はボタンを手にしていた――美羽が首を振った。
「……ダ…メ……」
 彼は、頭が痛くなった。その寸前まで、そんなことする自分がいることにすら気づかなかった。だが、彼は鼻を鳴らした。股間が疼くことに今更気づいた。ボタンにかけた指を強く押した。
「……・ああぁっんっ…ぁ……」
 声を漏らそうとして噤んだ美羽の沈黙は、ちょうど一呼吸分続いた。それから、漏れて広がる喘ぎに、首を傾け、腰を落として、背中をやや後ろに折って、スカートを抑えているのに、その丈があまりに短すぎるせいでずりあがる。奥底の黒い生地が湿り気を帯びたメタリックな光沢を帯びていた。視線に気づいたらしい彼女が股や手をあててめちゃくちゃに遮ろうとするのに、いずれもそれを隠すことはできなくて、足は徐々に開いてしまう。
「ああぁんんぁ……あぁぁあんんっ……」
 後ろへ仰向けに。引きずられ背中を丸め、ひくひくと息づいた。ぞくぞく――肩を震わせながら、メタリックな光沢を漏らしている。
「んんぁぁ……いや……」
 気だるさと恥ずかしさを同時に感じさせながら、美羽は頭を振った。軍平は息をするのも忘れて見入った。床の上でゆっくり回転しながら美羽の喘ぎ声ばかりが、空間を満たす。
「なんだよ、このボタン……」
「言ったでしょう?」オセンダスの声――「そのボタンがあれば、この牝犬を思いのまま」
 特命大臣は、格子の間に手を延ばし、軍平のボタンを押した。音がやんだ。糸が切れた人形のように、美羽はその場に腰を落とした。病気を煩ったように呼吸をする彼女――彼や、ガイアークの幹部を前にして、あられもない姿を晒すしかできない弱々しい姿は、いつもの凛々しい姿のままなのに、その面影をまるで伺わせなかった。
 軍平は、顔をあげた。呆然とオセンダスをみた。ゴーオンブラックとなった彼が追い求めるもの、それは正義だった。弱きを助ける正義のヒーローで、ガイアークは世界を恐怖に陥れようとする悪だった――
「お、俺はこんなもの――」
 彼はボタンを地面にたたきつけようとして、思いとどまった。そして、すぐに思いとどまった自分を恥じた。自分は正義の味方だ。こんな悪の手に墜ちたら、ダメだ――
 ボタンを叩きつけた。だが、壊れることはなかった。踏みつけた。びくともしなかった。
「それが、あなたの回答ですか?」
「ああ、そうだ! こんなことする奴は、このゴーオンブラックが許さねぇ!」
 彼は力んだ。手を握りしめた。壊れはしないとわかっている格子に向けて、その拳を叩きつけた。奴に打撃は与えられなかった。悔しかった。
「いいですよ。もっとも、わかっていましたから」
 オセンダスは美羽の腕を掴んだ。反対の手で鍵をはずすと、檻の扉を開け、その中へゴーオンシルバーを投げ込んだ。思わず彼はその身体を抱き留めた。
 鋭い音――顔をあげた。鍵が閉められる音だった。
「もし、考えが変わったら、そのボタンを押してください。ふふふ……」
「ふざけるな! さっさとここからだせ!」 
 軍平はぐったりとした美羽を抱いていた。長身で彼と同じぐらいの背丈があった。びっくりするぐらいグラマラスな体型は、その厚手のスーツに身を包んでいても、バランスを少しも崩してはいなかった……
「っ…ぁ……」
「おい、美羽、しっかりしろ! おい!」
 ぐったりとした彼女を抱いた軍平は、声をかけた。汗で濡れたゴーオンスーツは、じっとりと湿っている。鋭利な表情を作るマスクなのに、妙に弱く見えた。
 軍平はその肩を揺さぶった。自分より経験豊富なプロの彼女なのに、びっくりするほど細くて、少し力を込めれば折れてしまいそうだった。
「ぇ……ぁ……」
 力のない身体、軍平はマスクの縁に手をかけた。自分でやるのと方法は同じのはずだ――マスクをはずした。エアの抜ける音ともに湿り気があふれでて顔を撫でる。
 汗に光って、肌に髪を貼り付けた美羽の表情だった。
「おい、おい、美羽!」
 頬を叩いた。紅の差した頬――まつげの下に隠れた鋭い瞳――ひくっ、そのとき、わずかに反応が宿り、感情のない目が、軍平をのぞき込んだ。目尻に一瞬皺が走り、軍平は見つめた。瞼が持ち上がり、瞳が現れた。何もみていない目――それが、像を捕らえた。茶色がかった黒い瞳の中に、彼はゴーオンブラックの姿を認めた。
「軍平……?」
 美羽のかすれるような声が、耳に届いた。
「ああ、そうだよ!」
「…ここは……あたし……・」
 ガイアークの罠だったんだ。俺たちは捕らえられて――言おうとした。
「待って」
 美羽は言った。顔が次第に表情を取り戻していく。
「――触らないで」
 彼が差し出していた腕に腕が重なる。美羽は、軍平を振り払うと、そのまま、牢屋の中、身体を引きずった。格子に背中をぶつけて、その金属が音を立てた。
「どうしたんだよ、美羽?」
「それ以上近づかないで。汚いゴーオンジャー」
 軍平は、どうしてそんなことを言われるのか分からなかった。美羽の彼をみる目が変わっていく。恐怖が徐々に怒りを帯びたものへと変わっていく。軍平は、スーツについた美羽の湿り気が身体を冷やしていくのを感じた。
「なん――」
「近づかないで! あんたなんか、あの汚いガイアークと同じ」
 彼は言葉を返そうとした。荒々しい言葉になりそうだった。そそのかされてしたことで、俺は悪くない。悪いのは、ガイアークだ――だが、そんな言葉を、美羽は、受け入れてるようには到底見えなかった。
 冷たい視線が投げかけられている。ガイアークの暴力に晒されて美羽は弱っていた。助けなきゃならない。助け合わないと、オセンダスの手から逃れることができない。
「なあ、美羽……」
「いや…それ以上、喋らないで。もうなにもききたくない」
 横顔に涙を浮かべて、彼女は、顔を背けた。

 軍平は、手元に落ちているものの硬い感覚が、グローブに触れるのを感じた。あのボタンだった。彼は、思わず手に取った。手の中に落ちた。
 不意に、頭の中で考えがまとまった。美羽のヒステリーには、あとで詫びればいい。だが、今は仲間割れしているときじゃない――手をあわせて――ガイアークの立ち向かわないとならない。
「美羽――?」
 軍平はボタン示した。俺には害がない。そういうことを示そうと、手を広げた。目を細める彼女の姿が見える――ボタンの存在に気づくと、体を前に出して奪い取ろうとしたのに、足がもつれて、うつ伏せに倒れてしまう。
「後で謝る。だけど、俺たちはまずガイアークを倒さなきゃならないんだよ……」
 彼は立ち上がり、ボタンに指をかけた。
「――んっんんっ!! ぁぁっ!」
 うつ伏せになったゴーオンシルバーは、二度痙攣してから這って――腰をわずかにふり――彼の袂までやってくると、黒いブーツにすがりついてきた。ブーツとスーツの境目の金色のドリルを模したプロテクターに、シルバーのグローブがあたる。
「だめ……だめ……」
 さっきまで、あんな目線でみていた彼女が妙に、かすれた声をだして、彼にすがりついてきた。不意に、彼はめまいを感じた。途方もなく、強いめまいだった。
「――今更何いってるんだよ」
 軍平は笑った。聞き分けのないおまえのせいで、こんなことをしなきゃいけないんだぞ――彼は、鼻を鳴らすと、足を払って腕を降り解いた。
 彼の体に、美羽を抱いたときの湿り気がまだ残っていた。それはひどく股間を疼かせた。スーツに股間を締めあげられているせいで、感覚はいつもよりもひどかった。
「ゴーオンブラック?」
「なんだ、オセンダス?」
「これも使うといいでしょう」
 格子越しに、オセンダスは金属でできた輪を手渡してきた。
「これは?」
 彼は受け取り、それを手の中で弄んだ。金属の輪には、ライトのようなものが点々と並んでいた。
「そのボタンは、つけた相手に性的刺激を与えるもの。もし、ゴーオンシルバーを命じるがまま、意のままに操りたいと思うなら、その首輪をこの牝犬の首に取り付けるがいいでしょう」
 彼はそのグローブを通じても冷気の感じられる金属をさわりながら、声をきいた。
「この首輪をつけられた人間は、つけた人間の命令を何でもきくようになりますよ」
 彼は、めまいを感じていた。無理やりボタンを押しまくって服従させるよりも、簡単じゃないか――軍平は振り返った。ゴーオンシルバーは顔を真っ赤にしながら腰をくねらせながら、四つん這いで彼を見上げている。
 ゴーオンブラックは、急に自分が大きくなったように感じた。
「待って……!」
 躊躇があるはずはなかった。しゃがむと、首を引っ込めようとする美羽の首筋に無理に、オセンダスの首輪をはめ込んでいった。カチリと音がして、それがはまったのが分かった。
 純白のスーツで包まれた首筋にはまりこんだ銀色の輝き――その中で小さなLEDが瞬いている。
「これも全て、正義の為だ」
 軍平は告げた。顔をゆがめる美羽がいる。
「そうだよな、美羽?」
「――いいえ――ーん……ええ、あなたの言うその通り……ぁっ…」
 肯定の言葉を返してから、彼女は顔を背けて口に手をあてた。
「どうしたんだ? 何か間違えたことでも言ったのか?」
「いいえ」声は妙に平板だった。答えながら顔がいっそう紅くなっていく。
「だよな? なあ、美羽?」
 声にゴーオンシルバーは反応した。首が彼に向けられるのを反抗しようとぴくぴく動くのに、それにあらがうことができずといった感じで、彼に顔が向いてくる。
「ひとまず、ヒューマンワールドの平和の為に、俺の脚を舐めて綺麗にしろ。さっきおまえがくっついてきたせいで、汚れたんだよ」
 彼は笑った。女は顔を歪めて、真っ赤に染めていた。ブーツをつきだした。彼女は、それを汚いものでもみるような目つきでみたけれど、肩がぴくっと動いて、しゃがんで、口を近づけた。
「ちゃんと、両手で持てよ――犬じゃないんだからさあ」
 その動きに、シルバーメタリックのグローブが、左右から彼の右足を掴んだ。かすかに震えている。顔を伏せたままの美羽は、そのまま顔を近づけて、傾けた時に、その横顔をかいまみせた。
 桃色の舌が伸びて、そのブーツの先を舐めた。厚い皮を通していたのに、それは脚の指を舐めたようなはっきりとした感覚を伴っていた。
「もっとだ」
 言ってから、その頬を足蹴にした。小さく悲鳴する彼女の肩を掴んだ。首があがる顔が歪んでいる。その白い首には、銀色の首輪が締められている。軍平はしゃがんで、そうして押し倒した。
「なあ、俺が、お前を支配できるなんてすげーじゃねえか」
 ゴーオンシルバーは何かを言おうとして口を噤んだ。反抗の表情をしようとしてそれを引っ込めて、曖昧な表情を浮かべた。
「なんだよ、言いたいことがあれば、はっきり言えよ!」
 彼は胸に手を伸ばした。どんな口をきこうが、そんなの関係ない。渦巻く頭の中で、彼は思い、腕を伸ばして、その胸の味わいを確かめていった。
「やめて……」
 その声は、いつもの強気な彼女からは想像できないほど弱気で――彼はいきり立つ男根が勢いを持ち出し――それがとめられなくなるのを、感じ、そして――