レクイエム・ビジョン

 捜査会議の資料をまとめた。資料をまとめるにはコツがいる。でも礼紋茉莉花にはそれぐらい、朝飯前のちちんぷい。まとめたペーパーを必要部数そろえると、彼女はその部屋を出た。デカルームは歩いて直ぐ。
 ライセンスが鳴り、通信モードに切り替えた。
『ジャスミン、デカルームにくるな!』
 通信はオフになった。
「ボス!」
 礼紋茉莉花――ジャスミンはその声が上司ドギー・クルーガーのものだと解った。何があったのか、逸る気持ちで廊下を進む。道のりはひどく長いものに感じられた。毎日通る道――デカルームに通じる廊下を走った。
 いたるところで赤色灯が回転し、耳障りなアラームが鳴り響いていた。灯火を受けた彼女の顔は汗と苦渋に溢れ、額は不気味に光っていた。
「みんな! ボス!」
 自動ドアと、短い通路を抜け、デカルームに飛び出た。ディーシューターを握り、あたりを見回す。悪臭、はじめに感じたものはそれだった。すぐに、糞尿と血と肉の臭いだとわかった。
「――ボス」
 捜査会議に使うデスクの向こうに、悲鳴を漏らした男の姿を、茉莉花は見た――地球署署長ドギー・クルーガーの体は、彼女の見ている前でゆっくりと崩れうつ伏せになった。
「みんな…………ウメコ!?」
 上司を囲むよう斃れているのは、彼女の仲間――バン、ホージー、センだった。そして、ドギーのいた場所には、彼女の仲間であり、最も信頼しているパートナー、胡堂小梅がいた。
「へへぇっ、ジャスミーン、やっちゃったーっ」
 何をやったかなど、きかずとも明らかだった。小梅の手は赤いもので濡れ、ぽたぽたと今も液体が滴っている。黒とピンクを基調にした制服は汚れ、黒は真紅の黒へと変わり、ピンクは形容しがたい色へと変容していた――返り血、小梅は犯罪を犯すとき、敢えて血を浴びたのだ。
「どういうことなの……ウメコ」
 彼女はきいた。小梅の眼は焦点が合っていなかった。とろんとしたが、その奥に冷静さを残した瞳――ある種のアリエナイザーがしている瞳と同じだった。
「えーっ、みんな、殺したのー。センさん、ホージー、バン――でねー、最後にそれを見せながら、ボスの心臓を打ち抜いてあげたのー」
 信頼している仲間が、その信頼している仲間を皆殺しにした。だが、茉莉花はパニックを起こさなかった――デカとしてのキャリアを積みすぎていたし、血なまぐさい現場には慣れすぎていた。
「なんで、そんなことを……」
 問いながら、手はSPライセンスをつかんでいた。全身が震えた。恐怖にではなかった。犯罪に対して震えたのだ。
「だってーむかつくーんだもーん」
「エマージェンシー!」
 コールを最後まで唱えることなどしなかった。礼紋茉莉花の全身に形状記憶宇宙金属デカメタルが瞬時に転送される。小梅が手にしたディーシューターを放った。それをよけながら、つま先からスーツが定着するのを感じた。それはいじらしいほど長く感じられた。
「あああぁっ!?」
 小梅の銃口は、機械的に第2射を繰り出し、茉莉花のSPライセンスへ命中した。彼女の手からライセンスがふきとび、全身を包む光が消滅した。その胸に向かって、第3射が命中し、身体を隔壁まで運んだ。
「ああっぁっ! くっぁっ……」
 茉莉花は、眉間をゆがめた。隔壁へと衝突した身体は床をなめた。瞼を開けた先には、空の薬きょうが広がっていて、デスクの脚が見えた。
「デカスーツ…変身が……」
 茉莉花は、全身に感じる倦怠感を噛み殺しながら身体を起こす。変身は中途で強制終了され、マスクは装着されなかった。胸元はひだ状の疵を作っており、スーツが全うな力を発揮しないことなど、すぐにわかった。
「次はぁー、ジャスミンだよっ」
 顔を上げた彼女には、デスクの上に乗った小梅の姿が見えた。のどの裏側に張り付くような笑い声、仲間とは思えない異様な声だった。彼女は宇宙警察を裏切り、敵となった。今や明らかな事実、だが、茉莉花はどうしても信じられなかった。
「ウメコ、もうやめよう……こんなこと」
「こんなことって、どんなことぉー」
 向けられるディーシューターの銃口から飛び出た小出力レーザー光線は、その距離で十分な殺傷能力を持っていた。茉莉花は、職業的本能から、腰のディースティックを抜くと、そのビームをはねた。
「はっ……」
 身体を包む感覚とは関係なく、茉莉花は訓練されたプロとして行動した。身体は動き、立ち上がると、攻撃圏内から脱し、背後へ回った。しごきあげられた身体、無駄のない肢体、ごつごつとしてしまった手足は、このときのために作られていた。
「とう!」
 デスクの上へ乗ると、彼女はディースティックとディーナックルを連結して、スティックの銃口を小梅の背中へ押し当てた。ぎゅっと押し当てた。
「ウメコ、神妙にお縄を頂戴…しなさい」
「あはははっぁ…」
 小梅の身体に回した茉莉花の腕がねっとりとした感触をつかんでいた。それは、仲間の身体の一部だった筈だった。
「ジャスミン、それでっつかまえーたつもりー?」
 足場の悪いデスクの上で、茉莉花は小梅を捕まえている。それは教科書どおりといっていいものだった。
「……何を言うか!」
武器を手にしているから、ディーワッパーを取り出せない。それだけのことだった。
「はははぁっ…ジャスミーン?」彼女が手にしているのは、SPライセンス。「エマージェンシー……」
 その光に殺傷能力はない。光線は小梅の身体を包み、体形も能力もさして変わらない二人に戦力差を作った。彼女はデカピンクへと姿を変えながら、向けられた銃口をつかむと、飴でも握るようにへし折り、デカメタルで作られた強固なマスクで、茉莉花の頭へ振り下ろし、デスクから彼女を突き落とした。
「ああああっぁっ!?」
 眼の中が染みる。染みたのは額から流れた自分の血だった。そして、茉莉花の身体は血塗られていた。グローブは赤黒く汚れていた。
「へへぇーん、ジャスミーン? ライセンスないんだから、あんたにわたしをデリートすることなんて…できないよね…というより」
 仲間の血、使い方によってはハンマーよりも威力のあるそれで頭を打ち付けられ、乗っていた場所から突き落とされた。にもかかわらず、茉莉花の意識ははっきりしていた。デカピンクに胸倉つかまれて、身体を起こされ、背中と後頭部を隔壁にしたたか打ち付けられても、意識が変わることはなかった。
「ジャスミンに、わたしを殺すことなんて、できるはずないよね? でもね」マスク、無機質なマスク、その中ににっこりと微笑む小梅の表情が見えたような気がした。残虐にゆがむ小梅の顔――「わたしにはジャスミンを殺すことができるんだーよ?」
 そういってから、デカピンクは茉莉花の顔をビンタした。冷水を浴びせられたような感覚、反射的に涙が浮かんだ。だが、相手を睨む瞳の力は変わらない。
「へへーえーん、ぐしょぐしょに泣きながら、みんなのあとを追って、地獄に落ちおちちゃいな?」
 鈍い音をたてながら、デカピンクは茉莉花を隔壁へと打ちつける。力なくその場に倒れた彼女を、マーフィーK9――ディーバズーカの連装砲が捉えた。
「何がどうなってるの??」
「わたしが、みんなを殺したんだよ? これで、いーっぱいお洋服とか、買って豪勢に暮らすの」
 その砲門の奥に光が瞬いて、礼紋茉莉花の身体を包み込む――暗転。

 それは闇だった。闇の中に音がきこえた。チクタクという規則的な音――茉莉花の部屋は、殺風景という言葉が一番よく似合う。ベッドと時計、ローテーブル、14インチテレビが並んでいる。それ以外は、特に何もなかった。
 衣服とその他雑貨の入ったワードロープはきっちりと閉められていて、キッチンもマグカップや何枚かの皿しか置かれていない。茉莉花は全身に汗を欠いていた。その日は、暑くも寒くもない日だった。身体を心底強張らせるものが、彼女を包み込んでいた。
「なんだぁ…夢かぁっ…」
 彼女はほっと息を抜き、肩をなでおろした――時計は午前4時を指し、外はまだ夜の闇に包まれていた。頬に手をやり身体に触れた。
「あれ、何かやらないと…何事かいな??」
 何かやらないといけないことがあった――それを忘れて、寝ていた?? 茉莉花は狐につままれるような思いで、顔を上げた。身体をあげ、ベッドから足を下ろした。自分の部屋、紛れもない部屋、ハンガーでかけられた制服、テーブルの上におかれたSPライセンスと、ディーシューター――何も変わらない部屋。

「何事かいなぁ…??」
 汗はシャワーで流せた。制服を身にまとい、部屋を出た。地球署までは歩いてすぐ。髪にドライヤーを当てて、櫛を通しても、化粧をしても、疑問は解けなかった。
「じゃーすみん!」
 その声に思わずびくっとした。あの夢で出てきた冷酷な殺人者と同じ声、だけど、それは茉莉花に安堵をもたらす声でもあった。
「おはよっ」
「うん、おはよう、ウメコ」
 地球署のロビーは広く、たくさんの一般隊員が行き来していた。
「あれれ、どうしたのかなぁー? 茉莉花ちゃん?」
 本名を呼ばれ、思わず顔をあげた。
「わたしの顔に何かついてる??」
「ううん……なんでもない…」
「えー、ぜったいなにかあったよー?」
 茉莉花は首を振った。なんでもない――小梅は彼女のあとを追った。歩いて、エレベーターの前まで来た。しつこく小梅は問いかけてきた。
「ねぇ、なにか、わたし、やらなきゃいけないことなかったっけ?」
「やらなきゃいけないこと??」
「そう――」指、小指、皮のグローブで包んだ自分の指を茉莉花は見た。小指――うそついたら、はりせんぼんのーます。
「それはわからないけどー」と、小梅。
「けど?」
「……殺らないといけないことは、解るよ?」
 それは殺気。茉莉花はとっさに、距離をとった。あの、夢の中で現れた血と肉を求める猛禽のような目がそこにあった。
「あれは夢じゃない?」
「あれは、夢。だけど、これは現実だよ」
 微笑とともに投げかけられる言葉、夢のことを知っている小梅――頭の中を見られたようないやな感覚、ウメコの像がかすかにゆがんで見えた。
 夢と同じようにライセンスを手に取ろうとすると、腰にあるはずのものがなかった。
「甘いよ……これでしょ??」
 小梅の手に握られたのは、茉莉花の顔写真のプリントされたSPライセンス――
「ミイラ取りがミイラに? はやらないわよ、ウメコ??」
「わたしは、ミイラなんかじゃないもーん?」
 小梅はあのときの同じように、デカピンクに姿を変えながら迫ってきた。その道すがら、デカイエローになるためのライセンスは踏みにじられ、破壊された。
「あっさり片付けたんじゃ、面白くないから、ジャスミンとはたーっぷり遊んであげるね?」
 茉莉花は逃げることはできなかった。距離が詰まると、その攻撃を受けた。防戦一方、広いロビーに二人の刻むステップが鋭い音となって反響していた。彼女はプロだ。戦いは好きじゃない、でもそれが能力とはあまり関係ない。好きじゃなくても、彼女はデカで戦わなくてはならない。
「あっ――」
 夢の中と同じように、変身したしないの能力差は歴然で、小梅もまたプロだった。左腕をつかまれ、次の瞬間にはそこがへし折れる音がきこえた。茉莉花は顔を見上げ、デカピンクを見た。一瞬の間に視線が絡みあい、そこに普段の小梅が見えたような気がした。
「あまーいっ」
 腕は使用不能になり、デカピンクの回し蹴りは茉莉花の身体を、人工石の上を転がすのに、十分すぎるほどの力があった。
「あぁっぁ…」
 左腕が肩から下の感覚を感じない。ぶらりとなった腕、痛みは感じない。熱を帯びていた。右肩を突き出しながら、起き上がると、ディーショットの光線が床面をえぐり、破片が彼女の身体にぶつぶつと跳ね返って落ちた。
「許すまじ――」
「何を、許すまじなのかなぁ??? にしても、ジャスミン、いい加減にそのふざけた口調やめたらぁ??」
「うるさい!」
 立ち上がる。デカピンク――胡堂小梅は仲間を惨殺した。夢と現実の混ざり合った思考の中で、茉莉花は思った。怒りが彼女の身体を震わせた。スーパーヒロインにとって、その場合、変身ツールなど必要としない。
「エマージェンシー!」
 今度こそ、完璧に礼紋茉莉花を包んだデカスーツは、歩みを徐々に加速させながら、最後には宙を舞い、デカピンクと衝突した。同じスピードで回避した彼女を、眼で追いながら、ジャスミンはその眼差しに強い怒りをたたえながら、右腕で武器を抜いた。
 2本の特殊警棒が立てる音が空気を裂いた。デカイエローは左腕が使えなかったが、そんなことたいした問題ではなかった。ピンクのそれを難なく振り払うと、胸元へ一突き見舞う。
「きゃっぁっ!?」
 攻撃を食らって後退するデカピンク――時間差なく、デカイエローはディーナックルに持ち帰ると、そのマスクを右下から反対の位置へと打撃を与え、その身体が宙に舞っている間から頭突きを与えた。
「どう? これがあたしの実力よ?」
 口の中に鉄の味を感じながら、茉莉花は言った。
「……ど、どうして…」
「みんなを殺して、それですか??」デカイエローは、身体がふっと冷たくなるのを感じた。そのとき手に現れたのは、ディーリボルバーだった。それを右手だけで握ると、地面に倒れたデカピンクにむけた。
「――わたしは、なにをしなきゃならないんだっけ??」
「ジャ、ジャスミン……? まだ、そんなことに悩んでいるの?」
 さっと、彼女はデカピンクを見た。その腕に握られたディーリボルバーが、デカイエローへ向けられ、その銃口は平行していた。
「これで、イーブンね!」
「卑怯者!」
「へへん、いくらジャスミン相手でも、手負いの女デカなんかに負けるウメコちゃんじゃないですよーだ」
 口調は冷えていた。立ち上がり、双方に向けられたディーリボルバー。やがて、二人はダンスのように回転するステップを踏み始めた。双方から逃れようとする足掻き――茉莉花は、汗を浮かべた。
「ねぇ、ウメコ、わたしは何をしなくちゃならなかったの?」
 その問いに、デカピンクは含み笑いで返した。
「それって、捜査? かなぁ…それって…もしかして?」
「捜査?」
「そう、この世界の中で、悪いやつを見つけて、デリートすること」
「この世界?」
 言葉を発した刹那、銃口はデカイエローのマスクに向けられた。灼熱に包まれた彼女の身体は燃えながら、宙を舞い、手から武器は舞い、気づいたときには、体中に溶けたプラスティックを浴びせられているような感覚で、黒煙といやな臭いと、眼に入ってくる血と、マスクの前面が暴かれている感覚で、ゆっくりとデカピンクを見つめた。
「この世界?」
「そう、この、見下ろすこの世界」
「見下ろす……」とっさに、言葉が出た。「見下ろす世界……違う…」
「違ったら、なんだっていうの?」いらだたしそうな声。「この世界は、わたしのものよ。わたしが、全部見通してるんだもん。いつもかわらない場所で!」
 デカピンクは、デカイエローへと乗りかかっていた。茉莉花は、恐怖に顔を引きつらせた。彼女は仰向けになっていた。いらだたしげにマスクを剥いだ小梅が、デカイエローを抱き、全身が密着した。
「違う?」
「違う……あなたは、ウメコじゃない……」
「違っても…大した違いじゃないよ」
 ――含み笑い、茉莉花の身体をスーツの上から撫でるデカピンク、破壊されたマスクの間から、小梅の顔が入ってきた。その顔はぞくっとするほどきれいだった。ぞくっとした。人間のもの、というより、アリエナイザーのもの、といった感覚だ。
「せて…」
 その短いキスのあと、茉莉花はかろうじて口ずさんだ。
「……やだ…」
 小梅の手は茉莉花の股間にあり、右腕が絡めとられ、左腕が動かない今、それを拒否するものはいない。散漫なほど、マッサージを施された。茉莉花は左腕が完全に麻痺し、その麻痺が全身を痺れさせて、身体を縛っていくのを感じた。
 ぎゅっと絡んだ、右腕だけかろうじて、小梅の腕と遊んでいた。小梅は何度も口付けを茉莉花に施しながら、その顔についた煤をぬぐい、汚れをとっていった。そのたびに、彼女の顔は唾液でぬれ、汗に汚れた。
「ぁっ…くっ…」
「マスクだけでも…ぬ…」
 ぎゅっと股間を握られた。それは彼女の問いに対する応諾の合図だった。右腕と絡んでいた小梅の腕が離され、デカイエローの半壊したマスクに添えられた。メリメリと不気味な破砕音をたて、ロックが破壊され、髪の毛がばさっと広がった。
「これでいい……?」
「うん、これで……これで、キスできる…」
 茉莉花がしたのは、ひきつったぎこちない笑みだった。舌を出した。小梅のまるでマーキングのような舌の動きを見ながら、茉莉花は口付けをせがんだ。やがて、微笑んだ小梅が、下を絡ませた。
 小梅の抱きとめられながら、茉莉花は瞬きをした。自身のESP能力を恨みながら、その才能でキャリアの階段を上り、刑事となった彼女の舌は、手の次に神経の集中した場所だった。
「わたしが、アリエナイザーなら、もっとキモチいいかもよ? だけど、そんなことしてあげない。ジャスミン?」
 小梅の口の中からエイリアンを思わせる第二の口が現れて、茉莉花の舌を含んで甘噛みした。体液を吸い、茉莉花はぎゅっとすがりついた。身体が揺れるたびに、スーツから埃が落ちて舞った。
「んんんんんんぁっーー!」
 小梅の姿をしたアリエナイザーの眼は黄色くにごって見えた。茉莉花はぎゅっと肩を掴んで離れようとしたが思い通りにならなくて、口をふさがれて酸欠を感じた。
《ジャスミン、わたしはスペシャルポリスの精が吸えればそれでいいの》
 脳に小梅の声色が響いた。その口調は、アリエナイザーであって、小梅ではなかった。だけど、茉莉花の意識は濁った。冷たくてあつい感覚が胸を走り、スーツの『4』の部分が破れて、暴露された。
「んんぁっーわぁっらしは……あたしぃはぁー」
 小梅の顔は崩れ、髪が三方に広がって、脚のように見えた。大きなカニさんだ、薄く目を開けた茉莉花の視界にそれは覆いかぶさった。するするっと触手が裂け目の中から入ってきて、ぐるぐると身体に巻きついていく。汗を欠いていて、それは簡単に入っていく。
 ――茉莉花はそれから先のことをよく覚えていない。はっきりしていたのは、それから、永遠に続くようなまどろみが訪れ、いつしか彼女の意識が暗転していたことだった――暗転。

「ジャスミン!」
 胡堂小梅は礼紋茉莉花の腕をぎゅっと握っていた。ベッドで横になり、茉莉花の横に並んだいくつもの検査装置――脳波計、心電図、その他もろもろ。すべて直線の図を描いているその他もろもろ。
「だめだったか!」
 拳を白くなるほど握ったバンは、そのままデスクに力を振り下ろした。
「そんな……」ホージーが絶句して、嗚咽を流し始めた。
 次第に生気を失っていく茉莉花の顔を見ながら、小梅はぎゅっと腕を握った。何も感じない。そう、もとはといえば、小梅が志願したんだった。わたしが代わりにいけば、茉莉花がわたしの手を握り、そこから何かを感じ取ることができたのに――
「悲しんでちゃいけない――ジャスミンは、いろいろなことを残してくれたよ?」
「えっ――」
 センの言葉に小梅は振り返った。仲間の死に接してなお、彼のペースは代わらない。逆立ちをした彼、なんて不謹慎、いつもは思う。だけど、彼の山勘だけが、茉莉花を救う手がかり。そして、そのセンが一心不乱に見つめているのは、床に置かれたノートだった。そのノートには、茉莉花の残したヒント――寝言が筆記されていた。
 そこに書かれた言葉――使命。デカレンジャーの使命。だけど、これだけじゃ、誰にもわからない。これだけのヒントでは、茉莉花は戻ってこない。セン以外がそう思っていて、センだけはあきらめていなかった。
 小梅はそのセンの横顔に光るものを認めた。冷静さを保っている。だけど、そのセンですら――

 ――魂を抜かれたように眠り続ける女性。町で頻発するなぞの事件の被害者は、共通して肌のつやを保つ薬を飲んでいた。デカレンジャーは、そのホシをユルイワ星人ミーメであることを突き止め、追い込みを続けていた。だが、後一歩まで追い詰めたホシを逃した。
 追い詰められたデカレンジャーは、ミーメの薬を飲むことで、ヒントを得ようとしていた。この危険な捜査に当てられたのは、感覚のもっとも過敏な礼紋茉莉花――そして、彼女は、今、絶命したばかりだった。

「あなたたち!」叱咤する声だ。「いつまで油売ってるの!」
「スワン、さん……?」
 声を認めて、鉄幹が声をあげる。
「ほら、何しているの! はやくっ!」
 白鳥スワンは、失意の底にある彼らを堰きたてた。座っているものからは椅子を奪い、立っているものは部屋の外に追いやった。あっけにとられ、なすがままで五人は廊下に出て、扉は閉められた。
「……まだいたの?」
 あっけにとられた五人がそこに立ち尽くしていると、スワンは顔を出した。
「ジャスミンの…そばに……」
 ウメコはかろうじてそれだけいった。そのとき、スワンは顔をしかめた。嫌悪感むき出しの顔だった。ウメコは、それまで、そんな顔のスワンを見たことがなかった。いつもの母性あふれる優しさはそこにはなく、蛆虫を見るような目つきだった。
「いつまで、そんなこといったら気が済むの!?」
 声は気迫にあふれていた。ドギー・クルーガーの叱咤など、それに比べれば、やさしいなんてものではなかった。
「あなたたちはプロなんです。プロの刑事とは? バン?」
「は、はいっ………プロ…」
「はいだめ、テツ!」
「はい!」言葉は続かない。気迫、ただそれだけに圧倒されていた。
「みんな、プロの刑事なんです。プロの刑事は、プライベートと、ミッションを混同させることなんてしない。ジャスミンが志願した時点で、こうなることはわかっていたはずよ? それなら、なんで、あなたたちは折角、ジャスミンがくれたヒントを元に、敵を逮捕しようとしないんですか!」
 それとこれとは違う、言いかけると、破壊光線のような目つきのスワンの顔がそこにある。
「違わないわ。あなたたちのミッションは、ミーメの居場所を突き止めることにある。わかった? 解ったら行動!」
「――ロジャー!」
 彼らはほとんど本能で、スワンに警察学校で叩き込まれた返答を返させた。
「大丈夫、ジャスミンは、わたしが何とかするから」
 去り行く彼らの背中を見送るスワンの眼には、涙が浮かんでいた。茉莉花の献身を無駄にすることはできない。それに、まだ、捜査の進展すれば――可能性はゼロじゃない。