プロポーズ・トレーディング
  プロポーズ・トレーディングを前編、~インフェルノを後編にして一つのストーリーになります。

 ヒロノブはウメコの乳房に吸い付いた。両手をベッドの上に投げ出したまま、なすがままにされていた。
「……あぁ…気持ちいい……」
 当直が終わると、ウメコはヒロノブの元へ急いだ。渋谷のカフェで合流して、アンティークショップを見て、ホテルへ入った。彼が宇宙人だということはつい最近知った。
「小梅、一緒になろうか……」
「え……いい…よ」
 男根は地球人では考えられないほどエネルギッシュ――
「挿れるよ」
 頷きながら急かすように首を寄せた。その手が腿を撫でるだけでも意識が逝ってしまいそうだ。
「うん……あぁん……んんっ」
 濡れた筋肉質がウメコに覆い被さると、栗色の髪が解けて広がった。
「んっ。ああ!」
 蜜壺が嬌声をあげ、身体が捻じ曲げられるようだ。ウメコは口元を綻ばせた。痛みの中から感覚が噴き出してくる。
「どうだい……小梅?」
「ヒロノブさぁ…ん…あはぁん…んんっ……」
 蜜壺の中へ納まったヒロノブの男根から、沸騰した血液が脈打っていた。愛液が迸りシーツを濡らす。ウメコは小ぶりな胸をわさわさと揺らしながら、その鼓動に合わせて腰を揺らした。
「あぁ…す、すごい……星…見えるよ……あぁん!」
 汗を浮かべうなされてうわ言を口にしていた。ごつごつしたヒロノブの体が思いのほか柔らかい手つきでウメコの肩を抱いた。
「も、もっとぉ!」
 真っ赤な顔をして叫んだ。ヒロノブは彼女の要望に応えてなんだってしてくれる。全ての気持ちを理解してくれて、尊重してくれる。変人ぞろいの宇宙警察なんかとは違う世界に生きる人だ。
「あは…ん、いい、いいよ、スゴクいい……」
 くちゅくちゅと音を立てヒロノブの男根が暴れ狂っていた。
「そろそろいいかい……?」
「ん、あ、んん……は、はやくぅ……中でも外でも」
 ITベンチャーのセクションリーダーで、週一度会えるかどうかだった。前は一時間しか会えなかったが、宇宙ステーションのシステム開発が一段落付いて、半日ほど会ってくれることもあった。
「待て待て……」
 笑う彼は半日の間ウメコのことを抱いてくれた。
「あはぁん…あぁん…らめぇ……!!!」
 びくん! びくん! ウメコは身もだえシーツに沈んだ。目の前にはさっきのメトロセクシャルなヒロノブは消えていた。猫そっくりな本物がいた。ボスを思い起こす毛に包まれた身体がくすぐったかった。
「ああぁん……」
 ヒロノブの本当の名前はマシューという。地球では未だに宇宙人に対する偏見が強い。だから、ヒロノブらは人間体を持つ。ウメコだってマシューの故郷スケコ星に行けば、その星相応の姿になるだろう。
「すっごく……良かった……ヒロノブ……」
 アリエナイザーで無い限り、それは同じことだ。眠気の中でウメコは漠然と思っていた。
「俺もだ……小梅」
 彼とやると、心は空っぽになり、何も考えられなくなる。そのオルガズムは地球人とするより何倍も狂おしくいとおしかった。疲労感すら感じる間は無かった。

 同じ時刻同じように汗だらけになっているのは、ジャスミンも同じだった。
「もう……」
 但しそれは戦闘のためだった。スワットモードの重い武装を身に付けたまま取調室に入ったジャスミンは、マスクを外す。汗に濡れたストレートヘアが横に広がり、前髪をグローブで掻き揚げた。
「堪忍しろ! 往生際が悪いぞ!」
 捜査のパートナー・バンはアリエナイザー――ブルー星人スプリンガーを椅子に座らせると、自らもマスクをはずした。
「さあさ、さっさといきまっしょい」
 クリップボードに供述調書をはめる。スプリンガーの前に座って顔をしかめた。ブルー星人の体臭はどんなデオドラントをつかっても防げないような代物なのだ。
「おい、一体どこで手に入れたんだ!」
 ビニール袋に入れられた不思議な形のキノコが二つ、バンの手の中にあった。
「しらねえよ」
「嘘をつくな!」
「待って……ねえ、入手先をいってくれたら、罪を軽くするように働きかけてあげるわ」
「ジャスミン!」
「いい取引でしょ?」
 ジャスミンが微笑みかけた。変身も解かずにこうやって取り調べをはじめ、取引まで持ちかけているには訳があった。
 ある銀河系でサイコマッシュの亜種が流通されているのを、SPが発見した。本部は星間ワープウェイに繋がれた管轄に、これを阻止するよう指令――隣の管区が栽培基の押収には成功したものの、既に五トンあまりがいくつものルートで地球に送られたあとで、これを水際で阻止できなければ、大変な事態が起こるのだ。
「あなたの持っていたこのサイコマッシュは今までのものとは違う。亜種でしょ、一体どこで手に入れたのかな?」
「しらねえよ」
「ここにいるジャスミンはな、エスパーなんだ。その手が触れればどこで手に入れたのかもわかる」
 バンは耳元で叫んだ。バンの目線にジャスミンが頷き、グローブをロックする器具を解除した。中から汗に濡れた素手が現われた。
「余罪が明るみになったら、お前にとって取り返しのつかないことになるかもな!」
 スプリンガーが突然目の色を変えた。その顔は明らかに軽犯罪の類の常習犯だ。だけど、二人にとってみれば、今はそれよりも新しいサイコマッシュの密輸入のほうが大事なのだ。
「俺が言ったって言わないでくれよ。そのキノコは、毎週貨物機に乗せられてくるんだ」
 スプリンガーにとってみれば、自分のことのほうが大事なはずだ。
「どこの貨物機だ!?」
「セントリード発、クラビウス経由してくる木曜夜中のユナイテッドスペースの109便……」
「セントリード?」
「テラビウス星系の惑星だ……それが星間ワープウェイ五号を通って、クラビウスで地球へのラインに乗って、それが……」
「クラビウスってクラビウス星のこと? ダコバ星系の?」
「くっく」スプリンガーは馬鹿にするような顔をした。「お前等、宇宙警察のくせに何も知らないんだな?」
「なんだと! 余罪をばらすぞ!」
「おっお、やめてくれ。クラビウス・ステーションだよ! クラビウス・ステーション! 先月開通した宇宙中継ステーション!! ったく!」
「宇宙ステーション?」
「だよ、チーキュウの近くのエレメンタルの近くにある奴だよ」

 ウメコが気付いたとき、ベッドには彼女一人だけだった。布団が掛けられていた。
「あん……あたし……」
 ベッドの脇に置手紙――『急な仕事が入った。すまないが、先に行くよ。ヒロノブ この埋め合わせは今度する』
「ヒロノブさん……」
 急な仕事ならしかたないよね、ウメコは頷くと時計を見た。
「あ、もうこんな時間!」
 次の勤務シフトの開始時刻がすぐだった。変身すれば時間前につくだろうが、普通に向かえば時間には間に合わない。でも変身すれば、ボスの大目玉は避けられない。
「あもう、どっちでもいいや!」
 とにかくシャワーを浴びると、着るものを着て階段を転げ落ちるように外へ出た。
「あ痛っ!」

 ジャスミンとバンは宇宙艇でクラビウス・ステーションへ向かった。新型中継機能を備えていて、何本もの星間ワープウェイと接続されている。まさに密輸の中継にうってつけの場所だった。
「このステーションはまだ出来たばかりでね……」出迎えた老齢の警官は、廊下を歩きながら二人に話した。「この基地に限って密輸はありえない」
「なにゆえ?」ジャスミンはパンフレットから顔をあげきいた。
「ATSを用いたシステムじゃよ」
「ATSって何、うまいんですか!?」
「こら」
「若いの、ATCとはな、オート・トレーディング・システムじゃよ。ステーションの税関は全てIT化されている。チェックから割り振りまで機械が行っている」
「つまり、抜け穴ナッシング?」
「ナッシング、じゃな」
「おっさん、でも機械に完ぺきはないっすよ!」
「そのとおりだ、若いの。じゃがな、実際に検挙量は十倍になった。人間よりは信頼できるんじゃよ」
「でも、サイコマッシュは地球に入った」
「それはなんともいえんな、娘さん。システムに欠陥があるなら、それは即座に対応することを約束しよう」
「ありがとうございます。109便のデータをもらえますか」
「ああ、これじゃ」
 彼は薄いアクリルボードに印刷されたリストを差し出した。ワインやチーズ、オリーブなんかが詰まれていたようだ。キノコがあってもぱっと見では解らない。
「マッシュルームとサイコマッシュが一緒でもわかんないんじゃん?」
「そうとも言えん。検査装置をすり抜けられるはずが無いんじゃがな……」
「消えたサイコマッシュの謎を追え」
 ジャスミンの目は小型貨物船がブリッジに迫る様をなんとなしに見ていた。

 地球へ戻った二人はボスへの報告を済ませると、事件の取りまとめに入った。クラビウス経由の貨物機に新しいサイコマッシュは積まれて来た。クラビウスではそれはありえないという。つまり、どういうことなのか……
「宇宙港行けば、一挙解決!」バンはデスクを叩き立ち上がった。
「敵の罠にわなわなするだけ、バン」
「なんだよ、それ!?」
「スプリンガーが逮捕されたことは、ホシも知ってる。同じことはしないはず」
「推測だけじゃ事件は解決しないぜ、ジャスミン! 行動あるのみ!」
 ジャスミンは顔をあげ、バンを見た。力強い彼の目、それはもっともだ。座っていても、事件は解決しない。
「ところで、ウメコは? 六時から当直だったと思うけど」
 今まで抹茶を嗜みながら本を読んでいたセンが声をあげた。時計は六時十分だった。
「そういえば、どうした?」
 ドギー・クルーガーは腕時計を確認すると、顎に手を当てグルルと声をあげた。扉がオープンになり、ホージーが現われた。
「ボス、先週の事件の報告で気になる点が……」
「うわあーーーーぁ、胡堂小梅! ただいま出勤しました!」
 ホージーがその場に転び、書類の束がぱっと散らばる。
「ウメコ!!!!!」
「はい! ボス!」
 その場に打たれたように直立不動になり、手を突き出して宇宙警察特有の敬礼をした。
「……コーヒー、飲むか?」
 時間に厳しい日本人と違い、アヌビス星人は驚くほどルーズな一面もある。事件が無ければそう強くは言われない。
「ボス、とにかく俺、ジャスミンと行ってきます!」
「気をつけろよ」

 宇宙港に向かうマシンドーベルマンの車中で、ジャスミンは不意に口を開いた。
「最近ウメコ、おかしくない?」
「おかしいって何が?」バンは頓着しない顔をしていた。「先月彼氏は出来たけど」
「寿退社とか……?」
「ええ!? 俺より先にそんなこと!?」
「バン、寿退社、する気……なのぉ?」
「んあ、まあ、それも良さそうだけどなぁ」
「良くない良くない」
「やっぱ、俺は一生現場!!」
 宣言する声とともにハンドルを大きく傾けるバン、ハイウェイでドーベルマンが蛇行をはじめる。
「バン、しっかり運転して!」
 そう言って笑うジャスミン、目の前に宇宙港へのインターチェンジが見えてきた。
「そこ右!」
「え、どこどこ!」
 ジャスミンは溜息ついて、首を左右に振った。出口は後方に消えていく。109便の到着時刻までまだあったが、一生現場君の方向おんちぶりには頭が下がった。

「ウメコ!!!!!」
「えあはい、コーヒーですか、ボス、それともお食事ですか、それともお風呂?」
 ドギー・クルーガーは低い声で唸ると、彼女が提出した書類をデスクにおいて示した。
「スペルミスだ。こことこことこことここだ、合計四十二個」
 そのA4用紙には黒より赤のスペースのほうが多かった。宇宙警察のレポートは全て宇宙標準語で書かれるのだが、警察学校の言語クラスをウメコは泣き落としで単位を貰い、ほとんど出来ないまま卒業したので、未だにレポートを書くにも一苦労だった。
「あ、はい、すいません、ボス」
「四十二個と……今日はやけに多い」
 センはその背後で呟いた。彼のデスクにはウメコのスペルミスの数を棒グラフで示したプリントが隠されていた。悪趣味といえば悪趣味だが、それが江成仙一だった。
「いっつでりーしゃす」
 ホージーはセンのいれた抹茶を口にしていた。
「うーん、なんとかならないかな」
 棒グラフはここ最近は二十一、十五、八、十、五と減少傾向にあった。ゼロになれば、何かご褒美でもあげようかと思ってるが、なかなかゼロは遠い。今度、特訓でもしてあげようかと思った。優しさからだ。それが江成仙一なのだ。
 そのとき、SPライセンスが音をたてた。
「ボス、大変です!?」
「どうした、バン!」
「宇宙港で、メカ人間に囲まれました」
「なんだと!?」
「うわっ」
 バンの報告に緊迫するデカルームの面々、ホージー、セン、ウメコは整列した。
「デカレンジャー出動!」
「ロジャー!」


 スワットモードに変身したバンとジャスミンはアーナロイドを蹴散らすと、ディーリボルバーを抱いて宇宙港の奥へと急いだ。
「こっちだ!」
「うん!」
 感知レーダーで痕跡を負った。痕跡は荷物仕分け所へ続いていた。立ち入り禁止のドアを蹴破り中に入ると、荷物を搬送するベルトコンベアの稼動音が響き渡っていた。
「どこだ!」
 パートナーをカバーするため背中を寄せ、ディーリボルバーの銃口をまだ見ぬ相手へ向ける。痕跡が無い。足元がぺちゃっと音をたてる。ジャスミンは見た。紅茶の缶が転がっていた。お茶は臭い消しの効能を持っている。
「バン、気をつけて。相手はプロ……!!」
 共有している索敵情報でバンへ情報を送り、ジャスミンは右手の陰へ向かってディーリボルバーの引き金を絞る。銃声がベルトコンベアに負けないほどの音響となって響き渡る。デカレッドの前へ出てコンベアの上を滑ると、そこへ向かって駆けた。
「待て!」
 デカレッドの正確で完ぺきな援護を得ながら、デカイエローが陰に降り立つ。痕跡はある。だけど、誰もいない。
「バン!」
 振り向き、彼の姿を見る。さっと陰がさすのが解った。
「後ろ!!」
「アーーーーーーーァッ!」
 振り向きざまに顎へのとび蹴りを受け、デカイエローの身体が跳ね飛ばされる。ディーリボルバーが手を離れ、ベルトコンベアの上に乗って彼女のもとを離れていく。しまった、そう思う隙も無かった。
「ジャスミン!」
 デカレッドは彼女のもとに駆け寄る前に、その上を伸び越えた影から銃弾を浴びた。
「くっ」
 間一髪避けたレッド、ジャスミンはバイザーの中で彼を探した。
「――セット、ディーショット!」
 ベルトコンベアの下へ潜り武器を取り出して飛び出る。レッドの姿が見えない。遠くでスモークが噴き出している。荷物が数珠繋ぎになって送られている。熱くて、スーツを熱した。汗が出て身体を濡らす。いやな感じだ。
 ――気配。レーザーを右へと送った。火花が飛び散る。そこにいるのは――
「――バン?」
 腰を落として、ディーリボルバーを手にしたデカレッドがそこにいた。
「バン!」
 デカイエローは駆け寄る。安堵に満ちたジャスミンにリボルバーの銃口が向けられ、彼女は凍る。
「バン?」
 飛び出る光弾がデカスーツの上で炸裂して、五メートル近くも空中を舞う。悲鳴が舞う暇も無かった。
「アアアァッウ!」
 鉄骨に激突してデカイエローは倒れた。目の前に星が舞う。瞬きしながら肘を突くと、目の前にブーツがある。真っ赤なブーツだ。
「バ、ン……ッ!」
 口の中に鉄の酸味がする。唇を切ったらしい。頭をあげると、レッドの伸ばした腕がイエローの首を掴み、痛みに思うように身体の動かない体が持ち上がってしまう。
「何をするものぞ……」
 身長差に足が浮かび、首が引き絞られる。
「ウウッ…ウ……」
 弱々しい力でバンの筋肉の塊のような腕に手をさしのべる。目の前が濁ってくる。無骨なマスク、何がなんだかわからない。デカスーツが汗を吸って酷く重い。
「何してるんだ、バン!」
「ジャスミン!」
 ホージーとウメコの声がした。ジャスミンは目の前が見えなかった。最期の刹那、首の戒めから解放されるのがわかった。死んだのかな、ウメコに抱えられたジャスミンはやがて気を失った。
「ジャスミン、ジャスミン!」
 デカイエローのマスクを外し、彼女の頬を叩いた。
「ウメコ、落ち着け」センは彼女の胸に手をあてた。「大丈夫だ、息はまだある。気を失っただけだ」
「…………あれ」
 ウメコの瞳からジャスミンの安らかな顔を通って、埃だらけの地面に真新しいペンダントが落ちていた。