ディジェスティブ・アタック

 週一度運行されるその大型バスは、裁判所で有罪の判決が出た宇宙中の服役者や面会希望者を回収して、宇宙の刑務所惑星ゲイルへ向かう。その日の便は、カルト宗教団体の元信者たちに連続して判決が降りたため、だいぶ余裕のある艦内も満員に近い状態だった。
 第一級犯罪者ファロスは、早い時刻に宇宙警察惑星ラーメタル署の留置場から回収された。懲役六百年に服することになった彼の罪状は――判決文に載ってるだけでも、読むには長すぎるので省略する。
「うぐっ……あああぁあわあぁぁ…」
 突然ファロスの参列ほど前の受刑者が口から泡を吐き出した。非合法医師でもあったファロスには、明らかに発泡性の胃薬を口から吐き出しているだけにみえたが、あまりの鮮やかさに本当に口から泡にも見えなくなかった。
「こいつが苦しんでるぞ!」
「あっ?」刑務官の一人が顔を上げる。「刑務所まであと少しだ。待て」
「おい! そんなでいいのか、しんじまうぞ」
 その受刑者の迫真の演技に刑務官がアサルトライフルを抱えて、柵をあけてやってきた――胃薬を吐き出しているが頭突きを刑務官に食らわすと、反動でライフルが地面に転がって、ファロスの前に来た。
「ホールド・オン!」
 ファロスがライフルを手にするのと、後ろの刑務官が銃を構えるのは同時だった。背後に視線を感じながら、鼻を折られて苦しんでいる刑務官に引き金を引いた。残念だが胃薬も処分する、迫真の演技をありがとう。
「うっ!」
 そのとき、銃を構えた刑務官が打ってきた。ファロスがよろめく。だが奴の弾は肩を抜けた。彼は冷静に、引き金を引いたが命中させられない間抜け刑務官を余裕を持って射殺した。一瞬にして制圧された空気に動揺が波になっていく。
「自由だ」

「というわけで」ドギー・クルーガーは一連の事件のミーティングを進めた。「刑務所運行の巡回バスがその一級犯罪者ファロスにハイジャックされた。ちょうど我々の囚人を回収する予定で地球に接近していたバスから緊急艇で脱出したホシは、防衛バリアーを難なく抜け。地球に侵入した模様だ。君たちにはホシの足取りを追って欲しい。捜査資料はSPライセンスに転送したとおりだ」

「あ~あ~、すっかり湯冷めしちゃった」
 しずかちゃん級にお風呂に入らなくては生きていけない胡堂小梅・通称ウメコは、捜査会議が終わると、センちゃんと共にパトカー・マシンブルに乗り込んで街に繰り出した。
「しょうがないだろう」
 ハンドルを握るセンちゃんが苦笑いをした。
「解決したら、もう入りなおすんだから、早くしてよね」
 ホージーが地球税関に問い合わせをして、バンとジャスミンが緊急着陸をした現場の検証を行い、センちゃんとウメコがファロスの関係者と思しき宇宙人に聞き込みを行う手はずだった。
 首都高を走るマシンブルからは、夕日に沈むレインボーブリッジが見える。宇宙警察の刑事になってからだいぶ経つ。ウメコは感傷に浸りながらその風景を見ていた。捜査は足でするものだというけれど、休みが全く取れないほど過酷だった。
「これじゃあ、お肌も台無しだわ」
「ん? なんか言った?」
「ううん。なんでもない!」

 刑務所バスの艦内で鑑識が黙々と作業を続けていた。バンとジャスミンは「KEEP OUT」と書かれた仕切りを抜けて、血生臭いその場所にやってきた。
「うわっ」
「手袋つけなさいよ」
 礼紋茉莉花・通称ジャスミンが監視していないと、現場を荒しかねないバンにきつく言った。
「解ってるよ」
 子供のようなふてくされた表情をして、バンはポケットからポリグローブを取り出す。しかしそれに対して、ジャスミンはいつもはめている皮のグローブをはずした。
 ジャスミンは物の記憶を読み取る特殊能力を持つ、エスパー捜査官だった。そこに残された物証から事件の手がかりを読み取り、捜査を解決する計画だった。ファロスのどす黒い血液へ、ジャスミンの手が伸びた。
「………っ…」
 ねっとりと糸を引くファロスの血液がジャスミンの白い手に絡み付いていく。いやに生暖かい。まだ細胞が生きているようだった。
「ジャスミン、どうだ?」
「……気持ち悪し」

 一方、わざと泳がせていたスペースマフィアの地球裏支部の出入り口で張り込みをはじめたウメコとセンちゃんは、定番の瓶牛乳とアンパンを頬張りながらホシらしき怪しい奴が現れるの待ち続けていた。
「あ~も~いや!」
「もうちょっと待つことを覚えろよ」
 センちゃんはまた苦笑していた。暗闇のぽっと光の射している支部――ごく普通のクラブ・ヘルの出入り口から、二人のトレンチコートが現れ、二手に分かれた。
「怪しくない?」
「ああ」
 ウメコがSPライセンスでカメラを撮り、本部に転送した。数秒で体格一致との知らせが来た。だが、二人は分かれていく。
「これはわかれて追跡するしかないね!」
「いや、危険じゃないか」
「大丈夫だよ~あたしたちはだってほら、デカレンジャーだよ。じゃお願いね~」
 マシンブルのドアを開けて、ウメコは足早に出てしまう。センちゃんはマシンブルを動かして、反対側の男の追跡に就いたようだ。
 外の気温の低さにウメコは思わず、制服の襟を立てた。手をこすり合わせて、息を吹きかけた。トレンチコートは百メートルほど前を歩いていた。
 ウメコは男は後ろに全く気を止めた様子もなく、突き進む様子に余裕を持って歩いていたが、それは罠だった。男は場末の通りから産業道路を越えて、工業地帯に出た。夜の工場は不況の影響もあって静まり返っていた。小刻みに方向を変えて歩くため、いつしか右も左もわからない袋小路に入ったことに気づいたときには、既に遅かった。
「フハハハハ、追跡ご苦労さん、地球署の女刑事さん」
「えっ」ま、まずい……
「まずいと思ってもとき既に遅しだな。女刑事さん」
「ファロスね!」
「その通り」
 ウメコはゆっくりとSPライセンスを取り出した。これは限りなくはめられた……
「ファロス、おとなしく逮捕されなさい」
「残念ながらそのことには応じられないな」
「みんなっ!!」
 ファロスはゆっくりとトレンチコートからサブマシンガンを取り出して構えた。ウメコは焦ってSPライセンスに呼びかけるが、応答がない。
「通信機能は残念だが、妨害させてもらった。女刑事さん、今、手を上げれば、殺さずにはおこう。おれが女だからって容赦すると思うな」
「卑怯よ! エマジェンシー・デカレンジャー!」
 バンバンバンッ! SMGが火花を噴く。巻き起こった火の中からウメコが変身して、姿を現した。
「デカピンク!」耳元の赤色灯が音を立てて、ポーズが決まる。
「ほう。あくまでおれと戦うというのだな。よかろう。あとで存分に後悔させてやる」

 センちゃんが、どうもこちらのトレンチが食わせ物であることに気づいたのは、最寄り駅でマシンブルを交番に預けて、列車に乗って、山間の無人駅に着いたときだった。
「なにやってるんだ!」
「いやあ」
「いやあじゃない」ホージーの声がSPライセンスから響き渡る。
「緊急で戻れ!」
 言われたとおり、センちゃんが変身して緊急で戻ると、マシンブルの横でバンとジャスミンとホージーが呆れた様子で待っていた。
「で、ウメコはどうしたの?」
「えっ、もう一人のトレンチコートを…」
「何っ!?」
「え、どうしたの?」
「ウメコと連絡が取れないの!」
 激情したジャスミンがこの馬鹿には構っていられないといった様子で、マシンドーベルマンに戻って、アクセルを吹かした。
「お、おいっ!」
 冷静なジャスミンがあまりに焦っていたため、バンが置いていかれた。
「しょうがないなあ、のれよ」
 センちゃんが声をかける。置いていかれたバンは仕方なく、マシンブルに乗り込んで、ウメコの捜索が開始された。

「ぐはああああああっ!」
 ディースティックで牽制しながら、ヒットアンドアウェイでディーナックルの電撃を連続して与えた。流れるようなデカピンクの動きに、ファロスは翻弄されているかにみえた。
「うわあああああぁ!」
 ファロスが壁に追い込まれる。デカピンクはSPライセンスをかざす。全ての機能がシャットダウンしているが、SPライセンスはなおも警察手帳としての威力を持っている。
「ファロス、逮捕するわ」
 ウメコが手錠ディーワッパーをかざすと、ディーナックルを引っ込めて、ディースティックを反対側の手に持ったまま、ファロスに迫った。ファロスはそのとき
「あわああああああぁぁぁ……」
 突然泡を吹き出した。
「どうしたの!?」
「うう……持病なんだ、助けてくれっ……」
 デカピンク・ウメコにとって誤算だったのは、捜査資料がファロスにのみ集中しており、発泡性の胃薬を使用した受刑者については何も書かれていなかったことだった。それもそのはずで、ファロスが撃ち殺していたから、初動捜査のこの段階では、ようやく鑑識が情報を手に入れたころだった。
「ああもう」
 ディースティックを引っ込め、ファロスに近づく。その肩に手を当てさすった。身をかがめたファロスが拳を突き上げるのはあまりに早くて目で捉えられなかった。
「きゃあっ!」
 デカピンクのマスクから激しい火花が飛び散った。ウメコが飛ばされて、しりもちをつく。トレンチコートが徐々に取れて、資料どおりのファロスの姿が現れた。その大柄がウメコを見下している……
「油断したな、女刑事さん」
 油断して形勢逆転されたウメコはその手をマスクの側面にあてた。赤色灯を装備したその場所にひびが入って、中身を露出していた。なんて力なの。彼女が目を見開くと、泡を拭ったファロスが手の中に持った金属を見せた。
「ナックルはやっぱりこういう奴じゃなきゃな。デカメタルすら貫く惑星ロゴスの合成金属だ」
 それはファロスのいびつな手に合わせたナックルだった。ウメコはそれでも冷静にその姿勢のまま、あとずさろうとした。
「女刑事さん、よくもやってくれたな」
 その編み上げブーツが振り下ろされてデカピンクのわき腹に命中した。ウメコがのた打ち回った。
「ああああああっ!」
「言い忘れてたが、合成金属はこのブーツにも入ってる」
 四つんばいになって、わき腹に手を当てたデカピンクはその様子からも苦しみにマスクを震わせていた。その通りで、ウメコは歯を食いしばっていた。
「ううっ……」
「こんなもんなのか?」
 ファロスがゆっくり拳をあげると、その背中に向かって垂直に落とした。火花。
「ぐはっ!」
 海老反りになる肢体が苦しげにうめき声を上げた。そのまま白い首を掴んだファロスが慎重さを生かして、デカピンクを宙に持ち上げた。
「あぐうう……今すぐ、こんなこと…ううっ」
「ほう…」
 ファロスがコンクリートの壁にデカピンクを思い切り激突させた。まるで花火だった。コンクリートにひびが入り、その中に押し込まれるようにデカピンクが収まった。
「きゃああああ!! ああああっ!   いやああああ!」
 ウメコは目の前のバイザーに投射される緊急警報に顔を白くした。形状記憶合金デカメタルはそんなに簡単には破られることがない。ただ、衝撃を何度も一度に受けると一時的に防御力が落ちてしまう欠点があった。体中が暑かった。衝撃を熱エネルギーに変換していた。
「……あ、あつい…」
 そのホルスターの武器に目を留めたファロスは、ホルスターごとデカピンクからもぎ取ると、ディースティックでデカピンクを強打した。
「ああっ! あああ! ああああぁぁ!」
「待ちなさいっ! そこまでよッ!」
 響きわたる凛々しい声にファロスが眉を上げた。
「おっと、飛んで火にいる女刑事さんがもう一人か」
 ジャスミンはディーショットを構えていたが、その手は震えていた。
「怖がってちゃいけないな」
「うるさいッ! そこから離れなさい!」
「ふん」ファロスが言われたとおり、二歩下がった。「あうわあぁぁ…」
 泡を吹き出した。
「うう、持病なんだ……」
「下手な芝居はやめなさい、ファロス。そんなこと解ってるわ!」
 ジャスミンは同僚刑事の惨劇に恐怖を覚えていたが、ただプライド高く凛々しく構えることに意識を集中させていた。
「ふん。どうも情報は早かったようだな。だが、どうする? 裁判所の裁可がなきゃ、デリートとははできん。いかに第一級犯罪者であろうとも、裁判所監視外で倒したりすれば、あとでオマエが逮捕されるぞ。それが民主主義ってもんだ」
 ジャスミンは唇をかんだ。「でも、逮捕することはできるわ」
 そういって、ディーワッパーを構えた。
「そうか、なら、おれも降参するしかないようだな」
 そのいやに物分りのいい態度に気を抜かず、ディーショットを構えたまま歩み寄った。いつでもいかなる攻撃を受けても避けられる用意をしながら。
「ファロス、逮捕よ!」
 突き出したファロスの両手が目にも留まらぬ速度でジャスミンの目の前を通り過ぎた。持ち前の反射神経で避けた彼女が地面を転がり、ディーワッパーが飛んでいく。ディーショットを分離して構えると、宙に飛び出した。
「エマジェンシー・デカレンジャー!」
 一瞬でデカスーツを装備したデカイエローが、ファロスに上から襲い掛かる。洗練されたテクニックで追い込んだかに見えたのは、デカピンクのときと同様だった。
「ジャスミン……気をつけて…」
 デカピンクがうめき声をあげた。
「えい!」
 ファロスの左手を後ろに回したデカイエローがその身体をねじ伏せた。ジャスミンの冷酷な視線がその後頭部を見下す姿勢になった。
「逮捕!」
「くっ」
 悔しがる声を一瞬あげたあと、逆上がりでもするようにファロスが足をけりだした。宙を舞った足が重力にとらわれずにデカイエローの後頭部に襲い掛かる。またもや寸前で避けるジャスミン、反射神経は誰よりも優秀だ。ファロスは距離を置いた。
「だいぶ訓練を積んでいるようだが、詰めが甘いな。そういえば忘れていたが、落し物だ」
 ファロスの手にはディーショットがあった。
「まさか!」
 ジャスミンは焦った。自分の武器がなくなっている。
「そのまさかだ。シュート!」
 ジャスミンはまたもや避ける。だが、レーザーは吸い寄せられるようにデカイエローに向かった。
「きゃああああああっ!」
 激しく散る火花、胸から脇にかけてデカメタルに亀裂が走って、内部回路が露出した。ジャスミンはその光景に目を疑った。
「あああぁ…」
「フフフフ…」
「近寄るな! ああっ!」
 彼女の制止空しくファロスは近寄ってきた。デカメタルをレーザーが屠る衝撃に身体にショックが起きた。ファロスが笑いながら、デカイエローを見下した。その編み上げブーツを、まるで楽しむように胸元におろして、ぐいぐい踏み込んだ。
「やめっ…」
 プライド高いジャスミンにとって、女として弱い箇所をそんな風にして踏みにじられるのは信じられないことだった。ジャスミンは、打たれ弱かった。
「女刑事さん、なかなかの胸をお持ちだな」
「いやあ!」ジャスミンは一瞬で我を忘れてしまった。
 ファロスはダガーを取り出すと、デカイエローに向かってしゃがみこんだ。恐怖に叩き落されていつもの冷静さを失ったジャスミンを冷酷に見ながら、その亀裂からダガーを走らせた。
 小刻みな爆発が続いて、ジャスミンの胸元が露になった。白い胸と対照的にピンク色の乳房が形を整えていた。
「ふはははは……デカイエローというだけあって、デカイな。しかもエロい身体をしている」
 ファロスがその両手を抑えて、覆い被さった。完全に押さえ込まれた。ジャスミンはわが身の不覚を呪った。
「んんっ…いやあ!」
 そのカメレオンのように長いファロスの舌が唇の間からひゅるひゅると伸びて、まだ男に触れたことのないジャスミンの乳房を嘗めた。やわらかさを保っていた胸があっという間に屹立した。電撃のような受けたことのないショックに、あまりに彼女は打たれ弱かった。
「ああぁん!」
 舌の上で転がされる勃起した乳房は官能を知らない身体を奮い立たせた。
「ジャスミン…」
 ウメコの声が鮮明にジャスミンに届いた。
「いやあ、見るな!! ああっ!」
「まだまだだぜ。デカイ・エロー」
 ファロスはナックルを構えた腕でマスクを前面から押しつぶした。その中からは涙を流して泣き叫ぶ少女の面影ある刑事の顔が現れた。
 音を立ててデカメタルの連鎖が断ち切られていく。そのスパークがジャスミンの肌に落ちて、赤い痕を残した。
「ジャスミンを返せ!」
 突然、ファロスにデカピンクが覆い被さった。だが、あっけなく、払いのけられてしまう。涙を流したジャスミン……犯罪者を追うデカレンジャーが逆に犯罪者に追い詰められていた。

 産業道路からやや入った場所に停められたマシンドーベルマンを見つけるのにバンたちはものすごい時間を要してしまった。その妙な雰囲気に変身して現場に踏み込んだ三人の前に、デカイエローに覆い被さるホシの姿が……
「貴様ア!」
 三人が迫ると、気づいたファロスがデカイエローの肢体を三人に投げつけて、足早に姿を消した。