「…」
茫然として動きの止まったゴーカイピンクに、ゴーカイイエローは振り向き
「ざーんねーん」
「かはっ…!」
その首を掴み、宙へと持ち上げる
「アイム、アンタごときがアタシをハメれるとでも思ったの?」
「あっ…はっ…」
苦しさの余り、両手から武器が落ちる
「ホント…バカなんだからあっ!」
そのまま、ゴーカイピンクの身体を背面からコンクリート制の地に叩きつける
「くはぁっ…!」
受け身を取ることもできず、衝撃は身体全体に広がる
スーツで守られてはいるものの、全身が鈍い痛みに襲われ、肺から息が漏れる
「ああっ…はぁっ…」
地面を転がり、立ちあがろうと震える手に力を入れる
その背を
「ムダだって」
「うっ!」
力任せに踏みつけられ、身体は再び地に伏す
「ルカ…さ…」
かすれる声で、名前を呼ぶ
敗北は確定した
もはやルカを取り戻すためには呼びかける以外にできることはない
なんとか自分を取り戻させようと、最後の希望にすがりつく
だが
「ねえアイム、アタシはアンタが大っ嫌い」
返ってくるのは無慈悲で、冷酷な言葉だった
「そうやってカワイイ声出してれば、神様が助けてくれるとでも思ってんの?」
「違…う…違い…ます」
息も絶え絶えにその言葉を否定する
神などいないということは、あの日―ファミーユ星の人々が皆殺しにされた日からわかっている
「だけどね、アイム」
マスクの口元から露出した、真っ赤に染まった唇を吊り上げ、ルカは言った
「アンタが痛がって、苦しんで、泣き喚く声は、とーっても大好き♪」
言うや否や、ゴーカイピンクの腹部を思い切り蹴り上げる
「くああああああああっ!」
激痛に喘ぐ
「ほらほらほら!もっと叫びなさいよぉ!」
そのまま、幾度となくゴーカイピンクの身体を踏みつけた
「ルカさん…やめて…ください…」
「冗談言わないでよ。口紅歌姫様に傷をつけた罪をその薄汚い身体に刻みこんでやるんだから」
懇願を一笑に付すと、ゴーカイイエローはゴーカイピンクの首根っこを掴み、無理矢理立たせる
その拘束から逃れる力も、もはやアイムには残っていない
されるがままに、『ある所』へと連れて行かれる
「何を…?」
その問いに返ってくる言葉はなく、その代わりに
頭の中に凄まじい衝撃と轟音が響いた
「―――っ」
突然のことに声を出すこともできなかった
頭が分厚い鉄骨に叩きつけられる
「あははは、あはははははっ」
ガツン、ガツン―
笑いながら、ゴーカイイエローはゴーカイピンクの頭を掴み、何度も鉄骨に叩きつけた
やがて、ゴーカイイエローは子供が飽きた玩具を放り投げるように、ゴーカイピンクの頭から手を離した
支える力もなく、その身体は地に崩れ落ちる
「ルカ、そろそろ終わらせておしまいなさい」
遠くから眺めていた口紅歌姫が指示を下す
「はぁい…口紅歌姫様ぁ」
絶対の“主”の言葉に恍惚と返事をすると、ルカは再びゴーカイピンクの頭を掴み、今度は指から生えた黒々としたツメを、マスクに突き立てた
「…っ!?」
5本の鋭い爪は、桃色のマスクに容易く穴を開け、力を込めるとその穴から亀裂が生まれる
ピシリッ―
間もなく大きくなった亀裂は、マスクを粉砕した
その下から、黒髪の女の顔が露わになる
あれだけ叩きつけられても、顔に外傷は見られない
それと同様に表情にも、屈服するような感情は見られない
毅然とした瞳は、まだ怒りを帯びたまま、口紅歌姫に向けられている
―大したものだ、と口紅歌姫は思う
あれほど痛みつけられてなお、戦意を失わないとは
(何て愚かなのかしら)
女海賊とは、かくも哀れで、しかし愛おしいものなのか
「聞かせてあげなさい、ルカ」
あの可愛らしく、しかし凛々しい顔は、一体どのように歪むのだろうか
「貴女の『歌声』を」
アイムの身体は変身を解いたルカによって壁面に抑えつけた
どういう意図なのかはわからないが、また新たな攻撃が来るのだろう
「どんなことをしてもムダです」
眼前にいる、おどろおどろしい化粧のルカと、その先にいる残虐なるサディストを見据え言い放つ
「私は、決してザンギャックには屈しません」
諦めなければ、必ず勝機はある
アイムはそう信じているし、心の底にあるはずのルカの本心もそのはずだ
「アイム、アンタに見せてあげる」
ルカは妖艶に笑い
「アタシが味わった苦しみを」
「…っ!」
身構える
何があっても、絶対に耐えて見せる
そう決意した
―刹那
「~♪~♪」
「――――――――――」
耳に響いた音色に、頭の中が真っ白になった
全身を包みこむように響き渡る、ささやくような歌声
「♪~♪~♪~♪」
その感覚が『痛み』だと理解するまで数秒を要した
「―ぁ」
それにやや遅れて
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
総毛立つような叫び声を上げた
「ああ…くあああああああああああああああああああああああああああっ!」
耳を塞ごうとしても、ルカにより壁に抑えつけられた腕は、動かすこともできない
マスクもなく、ダイレクトに入り込む音を防ぐ手段はない
「あああああああああああああああああああああっ!!」
音が止む
「どう?アタシの歌声は」
残虐な笑みを浮かべて、ルカが問う
「う…あぁ…」
アイムはもはや言語を作ることさえできなかった
「もっと聞きたいのね?」
「ひっ…違っ…」
「♪~♪~♪~♪」
拒絶する間もなく、歌は再開され―
「あ…かはああああああああああああああああああああああああああああああっ!…あ…があ…あああああああああああああああああっっっ!!」
その音色はアイムの脳髄を、神経を、容赦なく抉る
死に物狂いで手足を動かす行為は、ルカの拘束により全く意味をなさない
目から熱いものがこぼれるのを感じる
歌声は再び止まり
「まだ聞き足りない?」
「…嫌!…嫌ですっ!」
一心不乱に首を振るアイムの表情に、戦闘中の凛々しさはもはやなく
恐怖と怯えに支配され、涙を流しながら懇願するその姿は、しかしルカの加虐心を加速させるものでしかない
「なら悔い改めてもらおうかしら、アンタの罪を…」
「…っ!」
ルカの言う“罪”とはすなわち、口紅歌姫に傷を負わせたということだ
憎きザンギャック―しかも、眼前の仲間を弄び、奪った相手に懺悔するなど、アイムの海賊としての誇りが許さない
だが
「何?言えないっての?」
身体が反射的に強張る
それほどまでに、ルカの歌声はアイムの精神と肉体を痛めつけていた
そして
「…ぃ」
「全然聞こえないんだけどぉ!」
大げさな口ぶりで聞き返すルカに
「ごめん…なさい…もう…許して…下さい…」
嗚咽を上げ、屈辱に耐えながらその言葉を口にする
それがアイムにできるたった一つのことだった
「よく言えましたぁ、お姫様」
子供を褒めるような口調でルカは言い
「イイ子ちゃんにはご褒美をあげる」
「―!!」
眼を見開く
ルカが何をしようとしているのか、考えるまでもない
「ルカさん!やめっ―」
その言葉が、届くはずはなく
「♪~♪~♪~♪」
「っ…んぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」
もたらされたのはこれまで以上に激しい痛み
それを防ぐ術はない
「―っ」
そのまま終わりの見えない歌声をいつまでも聞かされ
アイムは身体の中で“何か”が切れるのを感じた
(ああ―)
全身から力が抜け、しかし心の中には安堵感さえある
―これで意識を手放すことができる
―この苦しみからやっと解放される
拘束が解かれ、身体は地面に崩れ落ちる
そのまま今度は髪の毛を掴まれ、ルカの顔と対面する
視界に映る景色は歪みきっておりながら、彼女の顔だけはハッキリと認識できた
異様な化粧を施された顔を、不気味に歪ませ
「ひっどい顔!アンタ本当にお姫様ぁ?」
混濁する意識の中、その言葉の意味を理解することはできなかった
「口紅歌姫様、罪人に裁きをお与えください」
“主”の眼前へと、ルカは黒髪のポニーテールを掴み、罪人を連行した
上品なピンク色のドレス風コートは地面を引きずられたことでボロボロになり、土煙で所々が黒々と変色している
まだあどけなさの残る可愛らしい顔は涙と涎でグシャグシャになり、今は見る影もない
その顔を口紅歌姫は愛おしげに撫で
「殺す必要はないわ」
「では…!」
その意図を察し、ルカが笑みを浮かべる
「ええ。でもその前に、この娘はまだまだいたぶり甲斐があるわ」
そう言うと、口紅歌姫は身を翻し
「先に戻ってるわ。その娘を運んで頂戴」
「はい!」
その返事を背に、口紅歌姫は本拠地へと帰還した
(フフフ…海賊になんかならなければ、地獄を見ずに済んだものを…)
これからあの健気な少女をどう壊そうか―
考えるだけで身体がゾクゾクする