サプライジング・クリスマス
12月に入ると、街は少し浮わついた感じになる。しんしんと冷え込む街に温もりが生まれ、仄かな明かりが辺りを包む。
街にそびえ立つデカベースも例外ではない。年末の忙しいときというのに、みんなやりくりをしてイブには早めに帰っていく。ウメコはセンちゃんと楽しそうに雑誌をめくっていたし (わざとわたしに見せるのは小憎らしい)、ホージーはまた妹さんと過ごすのだろう。
「ジャスミン、今年も頼んでいいのか? いいんだぞ、断っても…」
「構いませんよ。他に予定もありませんし」
「しかし、毎年だろう。たまには…」
「ボス、だいじょうV」
ちょっとだけ頑張って、虚勢を張った。
みんな少しだけ罪悪感を感じながら (ウメコは例外で、満面の笑みで帰って行った) でも最後には大切な人のもとに戻っていく。誰かがやらなきゃならないのなら、わたしがやればいい。そう思うのは、優しさからだけじゃないけど。
「あ~あっ! 俺、イブ夜勤じゃんか!」
怒鳴るような、張り上げるような、それでいて何も訴えない大声が響く。
「わたしもよ、バンちゃん。お姉さんがかまってあげるから、ど~んと甘えなさい」
「ジャスミ~ン」
バンが両手を開いて抱きついてくる。わたしも身体ごとバンを受け止める。バンのツンツン立った髪の毛を崩さないように、頭をそっと撫でた。
デカベースにいると、とりたててクリスマスだとを感じずに済む。それらしいことと言えば、夕食に、食堂でサービスしてくれるショートケーキを食べたくらい。だから毎年、ボスにお願いして半ば担当のように夜勤を回してもらう。替わりにお正月は真っ先に休ませてもらえる。家でゆっくりと休むしかないけれど、お正月はみんな休んでいるから、少しは気が楽だ。
時計が12時を回り、イブが終わる。たっぷり積み上げていた書類も、予定の半分くらいは終わったろうか。バンもボールペン片手に書類と格闘している。ペンを持ったまま、わたしはうんと背伸びをした。
「ジャスミン、あと頼むわ。俺、パトロール行って来るからさ」
パトロール? 時間じゃないよ、バン君。
「お疲れのようだねぇ、バン君。シュークリームはお好き?」
「大好き!」
「じゃ、コーヒー淹れて」
はいはい、と席を立ってバンはルームから出て行った。給湯室からピーピーとやかんが鳴り、しばらくしてコーヒーを2つお盆に載せて戻ってくる。
「ゲンキンだねぇ。でもま、休憩にいたしやしょう」
ジャスミンは冷蔵庫からシュークリームの箱を取り出した。
「おっ! ここってかなり行列ができるって店のだろ?」
「そうよ。昼間のうちに買ってきたの。茉莉花チャンには似合わず、ちょっとだけクリスマスしてみました」
ブッシュ・ド・ノエルとはいかなかったけど…バンと一緒に食べようと思って。
バンのごつい指がシュークリームをちぎって口に入れ、熱いコーヒーをすする。
「にがっ! 俺、コーヒー入れるの下手かな?」
わたしもおんなじようにした。シュークリームはとても甘く、バンの入れたコーヒーはちょっと苦い。ミルクも砂糖もなんにもなくて、でもその苦みがちょっと嬉しいわたしもいるのだった。
「大丈夫だよ。わたし、ビターな女ですから」
「この間ウメコに淹れてやったら、礼も言わないで『やり直し!』だぜ」
「ウメコ、コーヒー嫌いじゃなかった?」
「そうだっけ? それであんなにふくれてたのか…」
真夜中に訪れる珈琲たいむ。いつもは一人でも楽しいけど、バンと過ごすのはもっと楽しい。ほんのり暖かい気持ちがわたしを包む。
「さてと、そんじゃ定時だからパトロール行ってくるわ」
午前2時。眠らない街の中でも、特にサンタさんは大忙しの時間。
「2時間も喋っちゃったね、だめだこりゃ」
机の上に積まれた書類は、さっきから全然減ってない。当たり前か。
「今日くらいいいじゃん。夜勤だからって、ずっと仕事なんてルールはないさ」
…いや、あると思うよ。
「外寒いかなぁ? 雪降ってないといいんだけど」
「わたし行こうか?」
「…うん、いいよ。寒いし」
そうなのだ。寒いのはどうにもキライ。あの雨の日を思い出すから。何気なく言ったことを、バンはしっかりと覚えていてくれる。
「なんかいいもの見つけたら呼んで。事件じゃなくても」
「おう、任せとけ!」
バンはゆっくりルームを出ていく。自動ドアが静かに閉まると、わたしはいつもにぎやかな部屋の中で一人ぼっちになる。冷めたコーヒーを飲み干すと、次は甘い甘いカフェオレを飲みたくて、わたしは部屋を出た。
マグカップでときどき手を温めながら、わたしは仕事をこなしていた。一度休むと、なかなか能率が上がらないな。昼にしっかり寝たつもりでも、夜が更けてくると少しずつ眠くなる。
「ジャスミン! ジャスミン!」
ライセンスを通してバンが叫ぶ。ずいぶん逼迫した怒鳴り声だ。
「何? バン!」
「応援頼む。場所はA144」
A144? すぐ近く。何だろう?
「アリエナイザー?」
「とにかく早く! 早く!」
エマージェンシー! 普段乗らないマシンブルに乗って、わたしはすぐにA144に向かう。
A144はデカベースからほど近い住宅街にある。わたしはバンのマシンの位置を確認しながら車を走らせる。さっきからバンのマシンは同じようなところをぐるぐると回っている。何かを追いかけているような、そんな軌跡だ。追跡対象が進みそうな方向を予想してブルを走らせているのだが、すんなりとはいかない。
わたしはもう一度カーブを曲がった。ブルがうなる。近付き過ぎてガードレールにこすりそうになる。ブルに傷を付けたら大変だ。
「ジャスミン!」
すれ違いにバンが叫ぶ。対向車線を走るバンのバイクはものすごい勢いだ。
「バン! 何なの!」
窓を開けてわたしも叫んだ。バンは何か言おうとしたけれど言葉はもう届かなかった。代わりに自分の進行方向を指さす姿がかろうじて見える。バンに従ってブルをターンさせる。
バンが何かを追いかけて走っているのだということは予期していたし、すぐにわかった。ただ、そのターゲットの姿はない。何を追いかけているのだろうとわたしはずっと疑問に思っていた。
住宅街を抜けて、郊外へ出た。バンのバイクがゆっくりと速度を落として、わたしに並ぶ。
「バン! 何なの?」
「あれ」
バンはふわっと虚空を指さした。星しかないような空をめがけて。だが、そこには何かが飛んでいた。
「……何?」
「サンタさんだよ!」
星々がきらめく夜の空を、そこには確かにソリが走っていた。何頭もの大きな角を備えたトナカイがソリを引っ張っている。あまりにも典型的なサンタさんの姿に、わたしは驚く。
「じゃ、あの住宅街で?」
「おう、まったく驚いちまったぜ。なんかおっさんが塀を飛び越えて出てくるんだからな。泥棒だ! って思ったらサンタさんだろ?」
「だからって、なんで追いかけてるのよ」
「プレゼント欲しいじゃん」
……バン君、お子ちゃまじゃないんだから。わたしはそう言おうとして、バンが両手を後ろに隠しているのに気がついた。
「だからもらっといた。これ。ジャスミンに」
バンが差し出したのは、5センチ四方の、想像していたのよりは小さな紙製の箱だった。開けて良い? と聞くと、バンは首も折れんばかりにうなずく。
紙の箱の中から、また箱が出てきた。青い樹脂でできた、ふたのように開く箱だった。ソレも開ける。
……!
「指輪じゃん、これって…」
「いつも弟扱いされてるようなガキな俺だけど、俺と付き合ってくれませんか?」
ふわっと涙がこみ上げてくる。……ダメ。こんな涙、ダメだってば。
「サンタさんのプレゼントなんでしょ? そんなの、喜んで……もらってあげるんだから」