侍戦士シンケンレッド
   第一幕「姫様思春期御年頃」

≪1≫

――おはなしは、まだ白石茉子=シンケンピンクがひょんなことから出会った少年に、
卑猥な写真撮影を強制されていた時刻にまで遡ります――

白石と表札のかかった、賃貸マンションの一室。
「はぁはぁ……あはは! す、すごい」
窓を閉め切った部屋の中で聞こえるものと言えば近所の雑木林から聞こえるセミの鳴き声、
絶えず鳴り続ける携帯電話の写メール撮影音。
そして――
「すごい! シンケンピンクが、ボクの言う通りに……!」
幼い欲望をむき出しにした少年・大介の興奮で上擦った声のみ。
「……」
シンケンピンクは居間のフローリングに座り込み、ふしだらに股を広げていた。
下半身を覆う黒地のタイツはぴんと張りをもち、艶やかな光沢が灯る。
桃色のミニスカートから溢れ出たシンケンピンクの太腿……そして、デリケートゾーン。
それを絶えず大介は撮影しているのだ。
……幼い少年の心の中で、異常なまでに育まれた性欲を満たすために。
――な、なんなのよ……
シンケンピンクは何度ともなく抱いた不平を心中でつぶやく。
なぜ、こんなことになったのか……。
自分はただ侍として、保育士として、一人の人間としてこの子を助けてあげただけなのに。
「っ……」
くやしかった。
金のために職場の園長先生と逢瀬を重ねたという事実が。
守るべきはずの人間から、それも幼い少年からこんな辱めを受けることが。
そして――
わずかに秘部から溢れだした愛液が……こんな状況で興奮する、自分自身の存在が。
「いやっ……」
「何言ってるのぉ? そんなエッチな声あげてるくせに……園長先生と、あんなエッチなことしてたくせに!」
「そっ、それは……」
「ほら、言いなよ……言えよぉっ!」
「……」
「エッチなことが大好きですって、言うんだ!! さもないと…………」
そう言って、彼は懐に握られたままの携帯電話をちらつかせた。
「……エッチ、大好き、ですっ」
「もっとちゃんと言うんだっ!! 自分は誰なのか、どんなエッチなことが好きなのか、ちゃんと言うんだよ!!」
「私、白石茉子はっ、シンケンピンクでありながら……」
「……」
「……パンストや全身タイツを着るとコーフンしちゃって……」
「ぐふふ」
「それで……幼稚園の中で園長先生のおちんちんをくわえたこともあるくらいの……淫乱女ですっ」
「あひゃひゃ…そうだよ、それでいいんだぁ。エッチなエッチなシンケンピンクぅ」

≪2≫
茉子が暮らしているマンションからほど近い場所に位置する、とある雑居ビル。
その屋上に、人ならざる異形の影が二つ。
細身の人間のようなシルエットをした……しかし全身が灰色の皮膚に覆われた怪物が笑う。
「けけけけけけ。シンケンピンク、我輩の策に完敗なり……と!」
と、その脇に佇む小柄な怪物が口を挟んだ。
「随分と回りくどいやり方をするねぇ、ゴウフヤシ。
人間の欲やら業を増幅させてナナシに変えちまうってーアンタのやり方は、うん百年前から変わらず溜息が出るほど姑息さね」
「姑息結構! 姑息なやり方で追い詰められるほど、人間の涙は溢れる。
つまり、三途の川の水は効率よく量を増やってーもんです。そうでしょう、シタリさん?」
「まあこれ以上の口出しをする気は、わたしにゃないよ。なにしろこうして、また「この世」に出てこれたんだからねぇ」
一呼吸おいて、シタリは意味深に言葉を続けた。
「……〈あのお方〉には感謝しなくちゃね。あたしも人のこと言えないが、あんな小さい体で…恐ろしい力を持ってるよ、あの方は」
「ええ本当に……けけけけけけ」
そう言って、二人はその発達した視覚で茉子の部屋を覗き見た。
シンケンピンクが、ナナシと化した子供によって良いように弄ばれている。

「あああんっ……♪」
「だ、だめぇ」
「やめて、やめてったらぁ……」
「そこは、触らないでぇぇ」

時折、二人の耳に彼女の官能的な声が届く。
「あの女、あれで中々好き物と見た! ナナシと化した人間に犯されるシンケンピンク、なかなかどうして、粋なものだ!」
「わたしみたいにゃ年寄りにゃ、退屈な光景だねぇ」
覗き魔よろしく、二人がナナシとシンケンピンクの馴れ初めに視線を送っている。
と、その時。
……どんっ、どん、どん、どん、どん……
「ん?」
軽やかな、それでいて重厚な鼓の音色。
「だ、誰だ!?」
ゴウフヤシはすぐさま後ろを振り返った。
そこには全身を黒い装束に包んだ二人の黒子。
「本来なら丈瑠に任せるのが最善ではあるが、こうなったら仕方がない……」
そして、白く仕立ての良い着物に身を包んだ一人の少女の姿が。
「な、なにぃ?」
口紅をつける必要もないほど潤った若々しい唇。
しっとりと艶やかな黒髪は後ろで束ねられ、その顔つきには未だあどけなさが残っている。
美少女と表現して誤りのないその少女の瞳には、しかし刀の切っ先のように鋭い眼力が宿っていた。
「志葉家18代目当主、志葉薫」
彼女こそ志葉家の本当の殿……否、姫様。
ドウコクを倒すため、かつては日夜モヂカラの訓練に命をかけた宿命の少女……。
「貴様、まさか!?」
ゴウフヤシの問いかけに、薫は誇るわけでもなく、淡々と答える。
「そのまさかだ。一筆、奏上!」
薫は懐からショドウフォンを取り出した。途端、宙に描かれる「火」の一文字。
そして、正しく燃え盛る炎のように真っ赤な装束が彼女の全身を包み込んだ。
「シンケンレッド! 志葉、薫」
名乗りを上げた薫は、ゴウフヤシの傍らに向かって駆け出した。
刹那のうちに縮まる二人の距離。
「真剣丸!」
腰から引き抜いた真剣丸を振りかざし、適切な間合を取って刀を振るう。
「ふんっ!」
だが……ゴウフヤシはその攻撃を寸前の所で回避した。
「けけけけ」
ゴウフヤシが避ける。
「はあっ!」
薫が刀を振るう。
「けけけけけ」
ゴウフヤシが避ける。
戦いは進展を見せることはなく、ただただ時間が過ぎさっていくのみ。
「くっ……」

≪3≫
――暑い。
今日は今年に入ってから、一番の夏日。
いくら夕暮れ時とは言え、この暑さで戦うのは少々体に応える。
「外道衆……貴様、どういうつもりだ!」
対面に立つゴウフヤシに向かい、一喝する。
「見ていたんだよ。可愛い可愛い……薫ちゃんの身体をさぁ」
挑発するような口調で言うと、ゴウフヤシはその手を薫の右胸に伸ばしてきた。
むにゅ。
まるでマシュマロを触っているような柔らかい感触が、ゴウフヤシの掌に伝わった。
「きゃっ!」
思いもよらぬ出来事に、薫は年相応の甲高い悲鳴を上げ、真剣丸をその場に落としてしまう。
「あ、ああっ……」
むにゅ、むにゅむにゅ。
ゴウフヤシは無遠慮に薫の胸を揉み続けた。
「や、やめろぉ!」
薫は怒鳴った。
だが、その声は端から聞けば若い女子学生が痴漢に遭遇したときのような、頼りなさがあるった。
「けけけけけけ。ウブな女よ……まだ男を知らないと見える」
「だ、黙れ! 汚らわしい」
薫はその手を払い、仇敵目がけてその拳を放った。
「まだ男を知らないのだろう?」
だが、ゴウフヤシは咄嗟に彼女の背後に回り、今度はミニスカート越しに彼女の尻を撫で回した。
「い、いやっ!」
「けけけけけけ」
全身から力が抜けていく。
――なぜだ? この程度のこと、痛くもかゆくもないのに!
「けけけけけけ」
その間も、ゴウフヤシは延々と尻を触り続ける。
そして、今度はつうっ……っと彼女の尻の割れ目を指でなぞった。
「あ……や、やめ! ああんっ!」
「けけ。処女のよがり声は、なんと喧しいことか」
「な、なにを……バカな」
平静を装い、さり気なく「処女」ということを否定する薫。
だが、真実は……。
「言っただろう? 俺はお前の体を見ていたと。
俺は人間の体を見れば、そいつの考えていることは大抵分かってしまうのさ。そいつの欲望もまた、然り!」
「じゃ、じゃあ……」
「お前が処女ってことは、お見通しさぁ」
「…………」
薫は何も言い返せなかった。
無論、これまでは自分が処女だということを恥じたことは、一度も無い。
侍である以上、そんな下卑た行為に興味など無かったからだ。
だが……
「お前がついこの前まで、どーやって子供が産まれるか知らなかったことも、
はじめて一人で書店に入ってエロ本を読んだことも……全部お見通しさぁ」
――うぅぅ。
その、通りだった。
薫は久しく感じていなかった感情「羞恥」に襲われた。
――そうだ……私が性交の存在を一週間前に知ったのは事実。はじめて訪れた本屋で、
いかがわしい本を読み興奮してしまったのも、また……!
薫の脳裏に…あの日の光景が甦る。
ぶらりと立ち寄った本屋の一角。ビニル袋が剥ぎ取られた一冊の雑誌を取り上げた薫の目に映りこんだ、いかがわしい表紙……。
自分とさして年齢も変わらないであろう少女たちが、
一糸纏わぬ姿で男性の男根をくわえ、秘部をおっぴろげ……最後には男根と己の秘部を重ね合わせていた。
……実に、気持ちよさそうだった。
「んんっ……!」
回想すればするほど、頬が火照ってきた。
否、頬だけではない。
ゴウフヤシに無遠慮に弄られ続けているヒップからはじまり、形容のしがたい感覚が今や彼女の全身を支配していたのだ。
「そ、そんなこと……」
「お前は欲の塊だよ。男が欲しくて……いや、この際女にでもいいから抱かれたいと思っているのだろうが」
背後から抱きつかれ、両胸を揉まれる。
まだ発育途中の、可愛らしい小さな胸……。
それが外道衆の手によって体のいい玩具と化しているのだ。
――気持ち、いい……
それは薫の、紛うことなき本音であった。
彼女は今、生まれて始めて性的な快楽を知らされた。
侍として倒せねばならぬ仇敵――ゴウフヤシの手によって。
――ダ……ダメ、だ!
雑念を払う。
欲望を退ける。
無我の境地に、立つ。
彼女は、そう決意した。
そして――
「はあっ!」
背後に周ったゴウフヤシの首筋に右肘を叩き込む。
続いて地面に落ちた真剣丸を拾い上げ、
「烈火大斬刀ッ!!!」
火のモヂカラを込め、斬馬刀の如き大きさを誇る必殺の武器・烈火大斬刀へ変形させる。
「外道覆滅!」
その決意を込めた叫びと共に、彼女はゴウフヤシの腹を目がけて大斬刀の切っ先をねじ込んだ。
ずぶり、と大斬刀は標的の腹を貫いた。
そして志葉薫=シンケンレッドは、ついにゴウフヤシの撃退に成功したのだった。
「……はぁ、はぁ」
変身を解いた薫の額や頬からはじっとりとした汗が滲み出ていた。
それはこの暑さから来るものではない。
自分の内に秘めた、ほんのわずかな欲望をまざまざと教え込まれたことに対する不快感……否、敗北感であった。
――私は……。
外道衆に自分の秘密がばれた。
無論、志葉家当主という地位を1○年間隠し続けてきたという「秘密」に比べれば、なんてことはない秘密だ。
だが、薫は焦った。
焦って、羞恥に身を焦がした。
わずかに一時でも……快楽を求めた。
――私は、弱い!
と、するり……と奇妙な音が響く。
「……!」
薫は、とっさに背後を振り返る。
さっきまで確かにいたはずの骨のシタリの姿が、どこにも見受けられない。
「ヤツは、今どこに……」
つぶやいてみて、薫はもう一つの疑問に気づく。
――なぜ外道衆がこの世に来れた? 丈瑠たちがドウコクを倒し、この世と三途の川を隔てる距離は確実に遠のいたというのに。
何か……
得体の知れない何か大きな力が動き始めている。
言い知れぬ不安を抱えながら、薫は一時でも家臣であった女――白石茉子の住むマンションへと歩みを進めたのだった……。