冴と海:忍び寄る影

※このSSは、「時を越えし復讐」の後日談という設定です。


夏が終わり、気持ちのいい秋が来た頃のある日。
最近はオルグの姿もなく、ガオレンジャー一同は各々平和に過ごしていた。
ある町の中、鮫津海は大河冴の家に向かっていた。
その時、大河冴は自宅のキッチンにいた。
ヤクザに監禁・拷問された時の怪我が治り、退院した時、退院祝いに皆がご馳走を作ってくれた。
2度もの残酷な陵辱に精神が参り切っていた冴が今、元気で過ごしているのも、皆の暖かさのおかげだ。
皆の優しさを実感した冴は、感激した。
その時、こっそり海が、「また二人でどこか行こうか?」と誘ってくれた。
だったら、、冴は海にご馳走を作ろうと、海に約束したのだ。
今日がその約束の日、、冴は一生懸命手料理を作っている。
料理を作りながら、向かっているだろう海が早く来ないかな、とワクワクして待つ。
そしてチャイムが鳴り、海が来た。
冴はいそいそとドアに向かう。
海を招き入れ、テーブルに座らせてTVをつけてくつろがせる事にした。
冴自身は料理を作り続けた。
中学まで母にしっかり教わり、ちょっとした自慢なのだ。
一方海も少し緊張していた。
前回の事件で冴への気持ちを自覚し、その冴の自宅に来たからだ。
一度冴の家に来た事はあるが、その時はまだ気持ちに気付いていなかったため、特に緊張も無かった。
今回は緊張で、いやに部屋の中が気になったのだ。
どんな部屋なのだろう、、どんな物を持っているのだろう、、
だが女の子の部屋をジロジロと見渡すわけには行かないから、それもできなく、落ち着かなかった。
ふと、彼女のベッドに目が行った。
枕のそばに、あの子猫のぬいぐるみがあった。
以前一緒に行ったゲーセンの、UFOキャッチャーで見事ゲットして冴にプレゼントしたぬいぐるみ。
それを、彼女は大切に枕元においていた。
UFOキャッチャーでプレゼントした時の、彼女の無邪気な笑顔を思い出す。
そンな事を考えて微笑ましくしながら、キッチンで料理を作っている冴に目を向けた。
エプロン姿で手馴れた手つきで料理を作る姿に、少し心が揺さぶられる。
落ち着かない海は、よっこらせと立ち上がる。
海「一人じゃ大変だろ。なんか手伝おうか?」
冴「あっ、、いいよ。海はゆっくりしてて。」
海を気遣いくつろがせようとする冴。
そう言われても、何か落ち着かないのだ。
海「いいていいって、手伝うよ。」
だが冴はそれでも引かずに、
冴「大丈夫よ、あたしやるから、、あっ!」
海「熱ぃっ!」
手伝おうとする海を抑えようと、冴が海に手を伸ばし、そのせいで海の指が熱い鍋に当たった。
それを見た冴は慌てて、
冴「た、大変!」
すぐに海の火傷を水道水で冷やした。
少しの沈黙、、
冴「ご、、ごめんね。」
海の好意を台無しにした罪悪感と大好きな海の手を握っている気恥ずかしさ。
いつもは聞かん坊のじゃじゃ馬娘だが、今素直に謝る切なげに頬を染めている表情に、海も思わずドキンとしてしまう。
彼女の指は格闘をやっているとは思えないほど細くて小さく、その肌の心地よさに、胸が高鳴る。
それを払拭するように、
海「いや、気にすんなよ! こんな小さいの、火傷の内にも入んないって!」
と笑顔で冴の頭をクシャリと撫で、テーブルに戻る。
一方冴は、自分の不甲斐無さにため息をついてしまう。
ウブな冴は、変に意識してしまうのだ。
そのせいで不器用な対応になってしまい、馬鹿な失敗ばかりしてしまう。
冴(せっかく手伝おうとしてくれたのに、あたしったら…。だからいつも子ども扱いされるのよ。)
今まで何度か二人で出かけた事がある。
だが、デートをするカップルというよりは仲のいい兄妹という感じだな、と思っていた。
海の接し方も、妹のお守りをする兄のような、そんな感じなのだ。
自分は海より2,3歳も年下なので、仕方ないと言うのもあるが。
大切にしてくれるのは嬉しいが、海には自分を一人の女として見てほしかった。
だから今回、手料理を作って、海に女として意識させてみせる、と思った。
けど、これじゃまた失敗だな、とため息をまた一つついた。
そんな冴を余所に、海はTVのバラエティー番組を鑑賞して楽しむ。
時折冴が気になって、チラチラと見ていたが。
…料理ができ、二人でテーブルに並べた。
冴の姿を見て、海は何気なく言う。
海「お前、エプロン付けて家事してると、何かいい感じだな。結構似合うよ。」
冴「え…」
また頬を染めてしまう冴。
そんなウブな反応に微笑みながら、海は席に着いた。
海が料理に手を付ける。
冴はその様子を緊張げに見る。
冴(おいしく食べてくれるかな…)
それに気付いていた海は、冴の健気さに微笑ましく思いながら、料理を口に入れた。
海「あっ、うまい!」
お世辞ではなかった、本当においしいのだ。
本当に正直な反応、おいしく食べる海に冴はホッとした。
海「お前、料理できたんだなあ。 本当にうまいよ!」
冴「フフ、女の子だもん。これくらいできるわよ。」
微笑みながら答える冴。
その雰囲気は、とても清廉で可愛かった。
胸の高鳴りが強くなり、ふとその顔を冴の顔に近づけた。
冴「えっ、、か、海!?」
その言葉に海はハッと意識が戻る。
目の前には、戸惑う冴の真っ赤な顔。
海は慌てて顔を冴から離す。
海「わ、、わりい。」
胸がドキドキする冴、その音が聞こえるんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
冴「う、、ううん」
ドキドキを抑えるように胸に手を当てる冴は、海が自分にキスをしようとしてきた事に驚き、だがどこか嬉しい思いだった。
この時冴は、海も自分が好きなのでは、と気付き始める。
胸の高鳴りを抑えるのが大変だ、と思う冴と海だった。

夕食の後、二人でカラオケに出かけた。
冴はカラオケの経験もあまり無く、最初はぎこちなかったが、楽しそうに海と過ごした。
その帰り、来た時は少なかった客が増えて、受付で順番を待っていた。
と、そのうちの一人の男がこっちを見て、
男「おっ、おい! 海じゃねえか!?」
海「ん? あっ、隆! 久しぶりだなあおい!」
その男は隆といって、海のアルバイト時代の友人らしい。
すると隆は、海のそばの、楽しげに友人と談笑する姿を微笑ましく見ていた冴に気付く。
隆「ん? ところでこの子は?」
海「ああ、こいつは俺のガールフレンドで、冴っていうんだ。冴、こいつ俺のバイト時代のダチの隆だよ。」
どう紹介してくれるか、正直少し期待していた冴だったが、やはり‘彼女’とはいかないと、内心少しがっかりだ。
ペコリと挨拶する小柄で童顔の冴に、隆は好印象を持ち、興味津々に話しかける。
隆「へえ、冴ちゃんか。可愛いじゃないか! いくつ?」
冴「えっと、16歳です。」
初対面で人懐っこく接してくる隆に少し戸惑いながらも答える姿がまた可愛らしい。
それから3人で少し雑談した後、海と冴はカラオケ店を去った。
冴「隆さん、ていい人だね。」
海「だろっ。実はあいつも武術の達人でさ、お前より強いかもよ~。」
と冴の頬を突いてからかうと、案の定冴は頬を膨らましムキになる。
そんな可愛らしい反応を楽しむ海。
海「さ、帰ろうぜ。」
冴「うん♪」
海は冴と手を繋ぎ、一緒に街を歩き帰宅していく。
19歳の海とまだ16歳の冴。
若い少年と少女のふたりは、傍から見てもとてもフレッシュで幸せそうだ。
だが隆が、その後ろ姿をさっきとはまるで違う鋭い視線で睨んでいた事に、二人は気付くはずも無い…。


次の日、敵も現れずガオズロックで皆と談笑していた。
共に苦労を分かち合う、頼もしい仲間たち。
それに、大好きな海もいる。
自分は本当に幸せ者だと実感する。

その夜、ガオズロックからの帰り道、冴は一人歩いていた。
忌まわしいあの事件は完全に解決し、仲間も冴も安心しきり、一人で帰れるようになった。
すっかり遅くなってしまった。
早く帰らないと、、と少し早歩きで行こうとしたその時。
冴「…?」
何か違和感が感じる。
何だろうと辺りを見渡しても、何も無い。
気のせいか、、また歩き始める。
だが、また違和感を感じる。
まるで誰かに見られているような、視線を感じるのだ。
不安になり、見渡しても、やはり誰もいない。
冴「気のせい、、よね」
と言いながら、やはり誰かの視線を感じ、気持ち悪さから自然と早足になる。
逃げるように家路に着く。


その次の日の帰り、やはり夜遅くなり、一人歩いていた。
冴「…!?」
また誰かの視線を感じる!
慌てて辺りを見渡す、だが誰もいない。
もはや気のせいではない、ストーカーにつけられている。
冴は払拭するように早足で歩く。
だが見えない視線は消えず、しかも。
コツ、、コツ、、コツ、、
冴「…!」
自分の足音とは明らかに異なる足音が聞こえる。
確認しようと、自分の足音を静めようと足を止める。
と、誰かの足音も消えた。
見渡しても、誰もいない。
また冴が歩き出す。
それと同時に、誰かの足音も聞こえ始める。
その後何度足を止めても見渡しても、誰の姿も確認できない。
気持ちが悪かった。
見えない視線と足音。
誰かにつけられている事は間違いない、なのにその姿が見えないのだ。
恐怖が湧き出て、早足で家路を急ぐ。
そしてしばらくして家の前に来た時、気配が消えた。
恐る恐る振り返っても誰もいない。
足を進めてももう足音は聞こえず、視線も感じない。
どうやら諦めてくれたようだ。
冴はホッとして家路に着き、部屋に入る。
だが冴の家の前の物陰から、人影が出てきた。
その人影は、刺すような視線で彼女のアパートを見ていた。


次の日のガオズロック、冴は昨日までの妙な出来事が不安で、仲間に相談しようかどうか悩んだ。
自分は間違いなくストーカーに遭っているのだ。
けど、今まで散々心配かけてしまい、ここでまた心配かけるのは、、
それに、まだ何かされたわけではないし…。
そう考えている冴に気付いた海が、「どうしたんだ? ボーっとして」と声をかけた。
冴は相談しようか迷ったが、、
冴「(…こんな事でいちいち心配かけちゃダメ!)ううん、何でもないよ。昨日本読んで夜更かししちゃって、眠いの。」
あくびをしてみせる冴、それに海はホッとしていた。
やはり海も冴が心配なのだ。
自分を大切にしてくれる、、だから自分もしっかりしないと。
冴は結局誰にも相談しなかった。
その判断が誤りだったのだ…。

夜の帰り道、やはり誰かにつけられる。
もはや足音ははっきり聞こえ、視線もあからさまな悪意すら感じる。
怖がり見渡しても誰もいない。
さすがに冴は怯えて逃げるように家路を急ぐ。
だが足音もピタリとつけてくる。
何とかしないと、、冴は怖いながらも勇気を振り絞り、振り返る。
冴「いいかげんにしてよっ、あたしに何の恨みがあるのよ!?」
見えないストーカーに向かって気丈に吼える。
すると、気配が消えた。
今の咆哮が効いたのか、、冴はホッとして家路に着いた。


次の日の夕方も見えない気配に執拗につけられた。
これで4日目、だんだん恐怖が募ってきた。
と、郵便受けに何か封筒が入っていた。
差出人は書いていない。
冴は不思議に思いながらも、早くストーカーから逃れたかったので、急いで部屋の中に入った。
体力を使ったわけではない、だが4日間の見えないストーカーの恐怖から、冴の精神はじわじわと削り取られ、どっと疲れてしまった。
まるで真綿で首を絞められていくような、何ともいやな感じだった。
世間を騒がすストーカー問題の話は、冴もニュースなどで見たことがある。
けどその被害者はほとんどが大人の女性で、まさかまだ16歳の自分が、まして幼い風貌にコンプレックスを抱え、女性としての魅力が足りないと思い込んでいる自分が、実際にストーカーに遭うなど、思ってもいなかったのだ。
被害者の女性たちの中には、恐ろしい目に遭っている人も多いという。
そうでなくても、各々不安まみれの生活を強いられているらしい。
考えれば考えるほど怖くなってしまう。
冴「そうだ、、封筒、何かしら。」
何とか気を紛らわしたい冴は、宛名の無い封筒を開く。
冴「なっ!」
中身を見た冴は驚いた。
何と、それは自分を写した写真だったのだ。
街を歩いている自分を撮ったものだった。
いったいいつの間に、どうやって、、
すっかり動揺してしまった冴。
冴「何、、何で、、どういう事?、、い、いやっ」
冴は恐怖から、写真から逃げるようにベッドのそばのクマのぬいぐるみを抱いた。
ぬいぐるみに縋りつき顔を埋め、恐ろしさに涙が浮かんでくる。
と、その時チャイムが鳴った。
いったい誰だろう?
涙を拭いて、恐る恐る冴は玄関に向かい、ドアを開ける。
冴「? あれ?」
外には誰もいなかった。
じゃあ、誰がチャイムを鳴らしたのか。
いたずらだろうか?
ドアを閉めようとして、ふと下を見ると、、
下に紙が落ちていた。
手にとって見ると、それは写真を裏返しにしたものだった。
冴「きゃっ!!」
何とそれは、自分が怪訝な表情で夜道を振り返っていた姿だった。
何の写真か、、冴には明確だ。
見えない気配に怯えて振り返った時に撮られたものだ。
慌てて写真を手から離し、逃げるように壁にもたれかかった。
ふと気付いた、ついさっきチャイムを鳴らしたのはストーカーだ。
と言うことは、今もすぐそこにいる、、
冴「!!」
恐怖に顔を引きつらせた冴は慌てて写真を手に取り部屋の中に逃げた。
鍵をしっかり掛けてチェーンロックもちゃんと掛けた。
部屋のカーテンも閉めて、ベッドに潜り込んだ。
今もストーカーに見られている気がして恐ろしくてならないのだ。
冴「怖い、、怖いよ…!」
小さな声で悲痛に喚く冴。
…やがて落ち着き、涙を拭いて何とか立ち上がってシャワーを浴び、パジャマを着て改めて就寝の準備をする冴。
冴「明日、、皆に相談しよう。」
もはやただのストーカーとは思えなく、そう決心した。
ストーカーの恐怖から、中々寝付けなかったが、やがて眠りに落ちていく。

深夜、、クウ、クウと可愛い寝息を立てる冴。
そこに、ガチャッ、、と鈍い音がして、カーテンが大きく揺れた。
窓が割れたのだ。
窓にテープが貼られていた、音がしなかったのはこのためだ。
冴は気付くことなく眠っている。
割れた箇所から黒い腕が伸び、ゆっくりと鍵を開けた。
窓が開き、黒い人影が入ってきた。
全身黒ずくめで、黒いマスクを被っていた。
その人影は、ハンカチと小瓶を取り出し、小瓶の中の液体をハンカチに染み込ませる。
そして、ハンカチで彼女の口をそっと塞ぎ、冴をさらに深い眠りに落とす。
即効性の眠り薬を嗅がせた男は、可愛らしい寝顔で眠る冴の頬を愛おしげに撫でる。
だが冴は目を覚ます事も無く、クゥクゥと眠っている。
少女が深い眠りに陥ったことを確認した男は何かを取り出し、彼女の口にそーっと近づけていく…。


次の日の朝、妙な違和感、と言うより、息苦しさを感じて目を覚ました。
ふと息をつこうと口を動かそうとしたその時、
冴「ん、、んふっ!?」
声が出せない、口が閉じたまま動かない、いや何かに覆われて動かせないのだ。
口を塞がれている!この事にやっと気付き、慌てて飛び起き、手を口にやった。
口を覆う物の存在を手に感じ、慌てて部屋の中にある立ち鏡で見て、驚いた。
冴「!!」
何と彼女の口は、粘着テープが貼り付けられていた。
しかも何枚も重ね貼りされていて、完全に口を塞いでいる。
冴「むぅっ!?(いやっ!!、何で、、誰が、どうやって!?)」
朝っぱらから恐怖に混乱してしまう。
と、風が吹いているのを感じた冴は、風上の方、窓に目を向けた。
窓の鍵のそばに、粘着テープで目張りされた上から割られていた。
誰かに侵入されたのだ。
慌てて部屋の中を見渡す。
誰もいない、気配も無かった。
もう犯人は逃げてしまったのだろう。
ふとベッドに目を向けた時、枕のそばにお気に入りの大きなクマのぬいぐるみがあった。
口の猿轡に動揺して、気付かなかったのだ。
だがいつもはベッドのそばに置いているのにどうしてそこに?
不思議にぬいぐるみを見て、またも驚き飛び上がった。
冴「んんっ!?」
猿轡からくぐもった悲鳴を上げる。
何とぬいぐるみの喉元に、サバイバルナイフが深く突き刺さっていたのだ。
さらにそのぬいぐるみのそばに、新たな写真が置いてあった。
それは、夜道でストーカーにつけられ振り返った時の怯えた表情の写真だった。
もはや何がなんだか分からず、ヘナヘナと腰を抜かしペチャンと座り、混乱しきって嗚咽を漏らす冴。
冴(怖い、、どうして、こんな事するの…)
ストーカーの正体はおろか、その大胆な恐ろしい行動の真意も全くつかめず、ただ恐怖だけがどんどん膨らんでいく。
…少しして落ち着きを取り戻した。
金目のものは奪われていなかった。
安心したが、なおさら犯人の目的が分からなかった。
立ち鏡の前にペチャンと座り、口にしっかり貼りついた粘着テープを剥がしていく。
銀色に輝くそのテープはとても強力で、さらに意地悪いことに、なるべく重複しないように彼女の顔の皮膚にしっかり貼り付けられていた。
そのため、一枚一枚剥がす度に柔な皮膚に痛みが走り、その惨めな姿を鏡で眺めながら、慎重に剥がしていく。
痛くて悔しくて、涙が浮かんでくる。
テープを剥がしながら、ストーカーの真意を考える冴。
一体どういうつもりなのか…?
ストーカーの写真、そのそばに喉を突き刺されたぬいぐるみ、そして自分の口に貼り付けられた粘着テープ。
冴の頭に恐ろしい結論が浮かんだ。
最後のテープを剥がす。
ビリィッ
冴「うっ…! ま、、まさか、、」
‘ストーカーのことは誰にも話すな、さもなくば殺す!’
ストーカーに遭っている事、それはストーカーの写真。
それを誰にも言うなという事、それは自分の口に貼り付けられたテープ。
さもなくば、、それは喉を突き刺されたぬいぐるみ。
冴「そんな、、一体、誰が…、どうしてあたしに、、こんな酷い事を…。」
わざわざストーカーをし、写真を撮り、深夜に部屋に侵入し、こんな行為をする。。
明らかな脅迫だ、、ストーカーが単なるこけおどしでなく、本物だという事も思い知らされた。
自分をどうするつもりなのか、、そんな事、考えたくも無い。
恐怖を抑えるように、両手を合わせてパジャマの胸の部分を掴み、肩で息をする。
ショックで呆然としていた頭を冷まし、口に赤々と残ったテープの跡を見て、悔しくて情けなくなる。
冴(これじゃ、今日は外に出れない、誰にも会えない…。)
止めを刺したのが、お気に入りのぬいぐるみにナイフが突き刺されたことだ。
抜こうとするが、ナイフは深く突き刺さっており、抜くのに結構苦労した。
ズボッ
やっとナイフがぬいぐるみから抜けた。
冴「いやあっ!!」
思わずナイフを投げ捨ててしまう。
ぬいぐるみに突き刺さったナイフの刃は、赤い血のりがベットリとついていた。
まさか、血じゃ…
そう思い、恐ろしい光景に恐怖のあまり混乱してしまう。
だがよく見ると、これは血ではなく、赤インクだった。
血を模した赤インク、、ストーカーの恐ろしい魂胆、、
本当に殺されるのでは、、とリアルに感じ怯えてしまう。
ナイフはかなり太く、ぬいぐるみの喉の部分に痛々しく穴が開いて赤インクがこびり付いていた。
それを見た冴は、またも泣きべそをかいてしまう。
冴「酷い、、大切にしてたのに…。」
小さい頃、両親にプレゼントしてもらった大切なぬいぐるみ。
大きな可愛いクマのぬいぐるみを冴は気に入っていて、とても大事にしていた。
泣きたい時はぬいぐるみに縋って泣いていた。
なのに、、喉をナイフを突き刺されるという、とても残酷な事をされてしまった。
悔しくてしょうがなかった。
…今日は家で大人しくしている事にした。
恐怖から静寂に耐え切れず、TVを付けて過ごす。
赤インクを拭き、お裁縫でぬいぐるみの傷を縫い直す。
だが部屋に自分一人だけ、、時間が経つほど恐怖感が強まっていく。
まるで、今もストーカーに監視されているんじゃないか、と…。

…バスルームでシャワーを浴びる冴。
体を温めるお湯が心地良い。
いつものように髪にトリートメントを付ける。
鏡を見ながら、きれいで真っ直ぐな長い黒髪の付け根から先端にかけて丹念に指を滑らせ、お手入れする。
と、鏡の向こうに黒い影が。
冴(何だろう?)
目に力を入れてちゃんと見ようとするが、湯気のせいで鏡が曇り、よく見えない。
その黒い影が急に近づき、人だと気付いたときには、すぐそばまで迫ってきておぞましい声を上げる。
「ぐあぁ~!!」
鏡の前に立ち尽くす冴を背後から襲う。
それは、この世のものとは思えぬ恐ろしい顔の大男だった。

冴「きゃああっ!!」
チュン、、チュチュン、、
簡易補修した窓の外から、小鳥の清々しい鳴き声が聞こえる。
朝、ベッドに眠っていた冴が飛び起きた。
それは夢だった。
寝汗をビッショリかいていた。
ひどい夢だ、妙にリアルで、、
寝汗を洗おうと、朝シャワーを浴びることにした。
しかし先ほどの浴室の悪夢を思い出し、足が震える。
けどビッショリかいた寝汗が気持ち悪い。
冴(あれは夢なのよ、冴!)
そう自分に言い聞かし、シャワーを浴びる。
鏡を見るたびに、恐ろしい人影を思い出してしまい、怖がってしまう。
簡単に体を洗い、無事に朝シャワーを終えた。
もはや家の中すらも怖くて仕方ない。
冴は払拭するように急いで身支度を整え、家を出た。
ガオズロックなら、頼もしい仲間がいる。
今、一番安全な場所だと言えた。

縋るようにガオズロックに早足で向かうが、、
「ど、泥棒~~!!」
何とスリが発生した。
中年女性の高価そうなバッグを盗み、逃げる男。
それを見た冴は正義感から放って置く事ができず、
冴「ま、待ちなさい!!」
とスリを追いかけた。
スリはサングラスを掛けた男だった。
それ以外は、後姿からは分からない。
とにかく冴は必死に追いかける。
柔らかい布の膝上丈のスカートが走るたびに軽やかに揺れ、彼女の太ももが付け根近くまで露になる。
必死に走る少女、だがさすがに男の走力には敵わず、見失ってしまった。

人気の無い場所で、どこに行ったのと見渡していたその時、
?「あれ、冴ちゃんじゃない?」
声を掛けてくる若い男。見覚えが。
冴「あ、、海のお友達の、隆さん?」
隆「おおっ、覚えててくれたんだ。嬉しいな!」
明るく話しかける隆に、冴も安心して笑顔を見せる。
隆「どうしたの? 息切らせて…」
冴「あの、、実は、スリに遭って…。」
隆「あっ、それってまさか、さっきあの建物に、女物のバッグ持って走っていった怪しいやつじゃ…。」
ある古そうなビルに指をさす。
冴「そ、その人です、きっと! あたし、取り返してきます!」
と、自然と冴も信じてしまう。
隆「お、おい! 馬鹿言うなよ。女の子一人で、危険じゃないか!」
冴「大丈夫、一人で行けます。あたし、これでも武道家の娘なんです。」
隆「…わ、分かった。じゃあ俺は、警察を呼ぶよ。」
冴「お願いします、隆さん。」
たかがスリ、仲間を呼ぶ必要は無い。
それに、一般人の隆さんを巻き込むわけにはいかない。
大好きな海の親友ならなおさらだ。
一人で向かうことにした。

隆が指差したビルに向かい、正面玄関に入った時、人の気配が。
素早くその気配の方に振り返った。
広いフロア、そこには屈強そうな男が二人いた。
一人はさっきのスリだった。
凛として冴は男たちに吼える。
冴「あなたたち、盗んだものを返しなさい!」
だが二人は何も言わず、ただ立っていた。
その様子に、冴は言葉を強める。
冴「返しなさい、て言ってるでしょ!?」
すると、スリの方が答える。
スリ「知らないなあ、大河冴ちゃん。」
冴「!?(あ、あたしの名前を知ってる?)」
思わず冴は身の危険を感じ、身構えた。
冴「ど、、どうしてあたしの名前を、知ってるの? あなたたち、何者なの?」
スリ「何者w」
ふざけきった返答、冴はカ~ッと頭に血が上る。
冴「ふざけないで! 誰なのよ!?」
その咆哮にスリはため息をついて、かったるそうに答える。
スリ「キャンキャン吼えて、うるせえガキだな、、じゃあ、Aとでも名乗っておくか。」
?「じゃあ、俺はBで。クククッ」
冴「くっ…!(馬鹿にして…っ)」
憤りが強まり、身構えながら威嚇するように男たちを睨む。
だが男たちは圧される事は無かった。
むしろ、小柄で童顔の可愛らしい女の子がムウッと怒る姿、薄い白のシャツの上にダボダボのジャケット、軽やかに揺れる薄ピンクの膝上丈スカートという身なりで身構える姿、その凛とした姿が何ともたまらない。
いやらしい目で見られている事に気付く冴。
歯をギリッと噛みしめ、いやらしい視線に憤りが強まる。
冴「盗んだもの、返しなさいよ! さもないと、」
A「さもないと、どうするんだ? 俺たちを倒しちゃうってか?」
遮る様にAが口を挟む。
B「ハハッ、笑わせるぜ、このガキ女っ」
彼女の怒りを逆撫でするようにふざけた口調で罵る。
冴「なめないで!!」
とうとう耐えかねた冴が怒りに叫ぶ。
それに反応した男たちは、さっきまでの軽い様子が消え、冴を睨む。
その様子に警戒して身構え直す冴。
B「だったら、力ずくで奪い返してみな、ガオホワイトのお嬢ちゃん。」
冴「なっ!?」
自分の正体を知っていた。
さらにBは背中から刀を取り出した。
真剣ほどの長さの、仕込刀だった。
そんな物を隠している事に驚き、刀を見た冴は恐怖感がする。
冴(こいつら、、一体何なの…?)
待っていたようにフロアに立っていた二人。
冴(まさかあたし、誘き出されたの…?)
そう考え、今まで自分を苦しめてきたストーカーを思い出した。
まさかこいつらが、、いや違う。
こいつらの気配は、あの時の気配とはまるで違う。
武道家である冴は、何となくだが人を気配で判別することができるのだ。
こいつらは、ストーカーではない。
それは間違いないが、自分が誘き出され、ピンチなのには変わりない。
そして、自分を誘き出すために、関係ない人にスリをした事に、信じられないと言う思いだった。
不安がりながらも、冴は刀に注意して、Bと対峙する。
冴「たあっ!」
素早いダッシュでBに迫る。
当然Bは冴に刀を振り下ろした。
読んでいた冴は、素早い切り返しで避け、Bの間合いに入り、拳を繰り出す。だが、
ガシイッ
冴「あっ!」
冴の小さい拳は、刀を持った手に止められた。
そしてBはすぐさまもう片方の手で彼女の頬を容赦なく叩き飛ばした。
冴「きゃっ!!」
衝撃で彼女の小さい体は容赦なく吹っ飛び、受身も取れず地面に転んでしまう。
冴「う…っ」
ジンジン痛む頬を押さえ、腰を落としたまま上半身を上げ、Bを見上げる冴。
だが、そこにはもう誰もいない。
冴「え?、、!!?」
そして、Bがいない事に困惑する間もなく、後ろから首筋に刀が突きつけられた。
B「動くな。」
いつの間にBは、彼女の後ろに回りこんでいたのだ。
刀の刃が首筋にピタリと押し当てられる感触、、
冷たい感触にゾクリとし、体が震え、横座りのまま動くことができなくなった。
と、Aが近づいてきた。
Bから動くなとさらに脅され、大人しくする。
Aは何も言わず、彼女のジャケットを脱がせようとする。
冴「いやっ」
B「動くな!」
刀を押し付けられ、その感触に怯え体が固まってしまう。
A「ククク…」
そんな冴の姿にいやらしく笑いながらAはジャケットを脱がせ、さらにG-フォンを取り上げた。
冴「あ…。」
絶望の声を洩らす冴、これで変身する術も連絡して助けを呼ぶ術も奪われてしまった。
A「残念だったね、ガオホワイトちゃん。これでお前はただのか弱い女の子だ。助けも呼べない。」
B「正義のガオホワイトも、変身しなけりゃ、こんなにも弱いんだな。」
冴「っ…!!」
弱い弱いと罵られ、冴は悔しげに唇を噛む。
B「そのままゆっくり立て。大人しくしろよ。」
冴「…」
この状況では、とても逆らえない。
命じられるまま、恐る恐る立ち上がる。
刀もそれに釣られ、首筋に吸い付いたままだ。
冴「…っ」
さらにBは刀を彼女の体にゆっくりと這わせ、震える背中に先端を突きつけた。
そして立ち尽くす彼女の背中を刀がグイッと押した。
冴「ひっ…!」
鋭い刀のチクリとする感触に、刺される、、と怖がる。
B「歩けよ。」
今の行為は冴の背中を刺すつもりでなく押しただけだった。
今すぐ殺すつもりではないようだ、冴は震える足を動かす。

男たちに命じられるまま、右に左に、廊下を階段を歩いていった。
何とか逃げられないか、と思ったが、Bは冴の後ろから腕を伸ばして長い刀を彼女の小さい背中に突きつけていた。
Bとの距離は遠く、さらに背中を向けた状態。
そしてBの実力は自分よりも遥かに上、おそらくAも。。
どうすることもできない、と諦めるのに時間はかからなかった。
冴「いっ…!」
そんな冴をいたぶる様に、時折刀をグイッと押し、チクリとする感触に怖がらせる。

と、ある部屋に冴を入らせた。
そこは、さっきと同じくらい大きなフロアで、何も無かった。
いや、何も無かったというのは間違いだ。
冴「!!!」
そこには、大勢の男たちがいた。
10人以上はいた。
冴の姿を見て、いやらしい笑みを浮かべた。
それを見て嫌悪感と共に恐怖が沸き上がった。
と、この状況に戸惑って立ち尽くしていた冴の隙を狙い、Bが冴の背中を手でドンッと乱暴に押した。
冴「あっ…!」
たまらず地べたに倒れてしまった。
と、自分のすぐそばの床に赤いものが見えた。
冴「きゃっ!」
それは血のりだった。
よく見ると、周りの朽ち果てた床や壁に、血のりや血飛沫の跡が残っていた。
さらにこの部屋はかなり頑丈そうな作りで、窓もなく分厚い壁は外に音を漏らさない。
冴(やだっ、、何なのよ、ここ…。)
ガタガタと震える冴を、たくさんのいやらしい視線が見下ろす。
冴はそんな視線に怯えて見上げ、払拭するように立ち上がり声を上げる。
冴「な、、何よ! あたしを、どうするつもり!?」
周りから嘲笑が聞こえる。
怯え悔しがりながらも気丈さを保つ冴の背後から足音が。
コツ、、コツ、、コツ、、
それを聞いて、心臓を鷲掴みにされる思いだった。
冴「!!!(あ…っ、ま、、間違い、ない。あの時の、、ストーカー!)」
今まで散々自分を怖がらせてきたストーカーが、すぐ後ろにいる。
冴は竦み上がる思いで、恐る恐る後ろを振り向いた。
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