キラリ☆ セーラーマーキュリー&ジュピター
ACT.1

≪1≫
生徒たちの成績や志望校などが記入された書類をまとめ、私――水野亜美は席を立ちました。
母から貰った腕時計で時間を確認すると、もう夜の十時を回っています。
「ふぅ……」
医師という仕事を目指すため渡米した私にとって、今回の長期休暇は久しぶりに日本を満喫できる良い機会でした。
日本で生計を立てるため、私が生徒として中学生時代に通っていた進学塾・アルトゼミナールのアルバイトを始めて、早2ヶ月。
得意科目である英語と数学の授業を受け持つことが私の主な仕事なんですが、それ以外にも生徒たちとの進路に関しての面談、それに今日みたいな書類整理の仕事が入ることもあり、最近は疲れが溜まってばかり……このままじゃ、日本での長期休暇はアルバイトだけで終わってしまいそうです。
「あっ、水野先生あがり?」
私が「講師控え室」の出口へ足を進めていると、塾長の滝さんが声をかけてきました。
「はい……えっと、次の出勤は明後日ですよね?」
「あー、ホント悪いんだけどぉ……明日の夕方からもお願いできないかな? 松木先生が、友達が急病らしくてお休みなのよぉ」
「は、はぁ」
「困っちゃうわよねぇ。でも友達が急病ならしょーがないのかしら」
塾長は、見た目は40代後半くらいの白髪混じりの男性教員なのに、女性らしい喋り方をします。面接のとき、「あたしってオカマちゃんの気があるのよぉ。でもお仕事はしっかりするから気にしないで。それに、女性として接してくれたほうがあたしとしても、水野さんとしてもフランクな関係が築けると思うわ。よろしくね」と、緊張する私を差し置いて一人で意気揚々と語っていました。
別に、私は勤め先の責任者の方が同性愛者だろうと、そうでなかろうと気にすることはありません。
ただ……
「それじゃあ、よろしくね。水野先生」
「は、はい」
「それにしても……」
松木塾長は私の体を下から上へ、舐めるようなねちっこい視線を送ります。
「……」
ぐっ、と体が強張るのが分かります。
今日の服装は青と水色の色彩をあしらったチェックのワンピース。膝下まで丈があるから、この塾の「服装規定」には違反していないはずです。
「水野さんの服装、素晴らしいわ。最近、アルバイトだからって教育者として自覚がない子たちが多いのよ。その松木さんの服装だって、随分と派手なモノが多いじゃない? この前なんか、パンツが見えちゃいそうなぐらいのミニスカートに花柄のストッキング……しかも上なんかもう、おっぱいがすっごい寄せてる格好で来たのよ? 信じられないわ」
塾長の他人の服装に対しての感想を、私は何度も何度も聞かされました。
しかも、決まって夜遅く……他の講師の人が帰って「二人」になった時に。
「うちって、中学生の生徒が多いじゃない? 困るのよぉ。あれじゃあ男子生徒たちにエッチな気持ちを抱かせちゃうわ。ああ、コイツいいケツしてるな……胸でけぇな……セックスしてみてぇな。チンコたっちゃうぜ……ってさぁ」
私、分かっています。この人は、同性愛者の<ふり>をして、卑猥な言葉を私にぶつけるのが好きなんです……。
その証拠に、デスクに座ったまま私のほうを向いている塾長の下半身からは、尋常じゃないほど肥大化した男性器がスラックスの下からもうっすら覗えているのです。
「でも、確かに彼女……いやらしい体してるわよねぇ。一体何人の男の人のチ○コをしゃぶってきたのかしら? ああっ、いかがわしい。淫乱よ、淫乱。あー変態だわ……。ねえ、水野先生、どう思う?」
やけに脂ぎった塾長の顔を見るたび「変態はあなたです。そんなに下品な言葉を作為的に使うと、セクシャルハラスメントで訴えられることもあるんですよ?」という言葉が浮かび、いつも胸にしまっています。
「い、いやぁ……私には……ちょっと分かりません」
もぞもぞと体を揺らしながら私が答えると、塾長はさも満足したように、
「やだぁ、水野先生ったらウブなのね。ほら、勤務中はそーゆー服装が適してるけど――」
そう言いながらデスクの引き出しから一冊の分厚い冊子を取り出し、私に手渡しました。
それは、「PT」と呼ばれる10代後半から20代前半の女性向けの肌着専門のカタログでした。
「普段は、どんな格好してたって文句は言わないわ。ほら、御覧なさい」
表紙には、若い女の子が桃色や紫色のセクシーランジェリーを身にまとってポーズを決めています。
「ほらぁ、この表紙の子なんて太めな体形だから、全然この下着似合ってないでしょ? きっと後ろから見たら、こんなキツキツのパンティはお尻がはみだしちゃうわぁ」
……今日は、いつにもまして塾長はご機嫌のようです。
「パンティ」「お尻」「おっぱい」……塾長は、そーゆー類の言葉を使うと興奮してしまう人なのかもしれません。
「松木先生は完全にこの表紙の女の子タイプね。でもでも……」
塾長は立ち上がると、私の後ろに回りこみました。
「いやぁっ……!」そして、あろうことか私のお尻をしつこく撫で回したんです。
「水野先生はほっそりしてるから、案外似合うかもしれないわ」
最低です。下品です。やっぱり塾長は変態です。
「あ、あの……失礼しますっ」
ほとんど言葉になっていないほどか細い声で挨拶をして、私は「講師控え室」を後にしました。
またねぇ――なんてのん気な、でも、どこか下卑た塾長の声を背に受けながら。

≪2≫
アルトゼミナールのビルを後にして、私は真っ直ぐに自宅マンションへと足を進めました。
塾長にセクハラを受けた日は、家に帰ってすぐにシャワーを浴びることにしているんです。
頭からやや熱めのシャワーを浴びて体の汚れを、そして塾長に受けた汚い思い出を洗い流す……そうすれば、また明日から頑張ろうって思えるんです。
正直、私はあの塾長が嫌いです。
男性と肉体関係を持ったことはおろか、お付き合いをしたことがない私にとって、塾長の言動はあまりに卑猥で、笑って流せる話じゃありませんでした。
第一、私は<そっち方面>のことに興味が無いのです。
成人を迎えた女性は、半数……いえ、それ以上が既に男性と性交を経験したという統計も目にしたことはありますし、それが一般的な認識であることも分かります。
ですが、私はそうではないのです。
興味がない、もっと言えば<そういうこと>は苦手なんです……。
「…………」
十番町の中心に建設された陸橋を渡ると、そこには閑静な住宅街が広がっています。
その手前にそびえる、一棟の高層マンション……即ち、自宅のエントランスへようやく私が辿り着いた、正にその時。
「そこまでだ」
真っ直ぐで格好良い……でも、女性らしさを含んだ声が私の耳に届きました。
その懐かしい声に振り返ると、そこには茶色に染色されたロングヘアを後ろで結った、背の高い女性が立っていました。
すらりとした長身に、バランスの取れた四肢。ほどよく膨らんだ胸に、ボーイッシュなキャスケットとジーンズがよく似合う……そう、彼女の名前は木野まこと。
中学時代、私たちの通う十番町中学校に転校してきて仲良しになった、大切な友達。
「まこちゃん……」
久々の再会に、私は思わず胸が高鳴りました。
しかし、彼女の横顔に宿った強い視線は真っ直ぐ――その先にある<何か>を見据えていたのです。
「プーップップップッププププ」
間の抜けた、動物の鳴き声のような音が聞こえてきました。
その矛先へ私が目線を向けると、そこには全身が鮮やかな黄色い体に一対の触覚が印象的な……異形の怪物が立っていたのです。
――デジャヴュ。
その、非・科学的な概念を私は20歳にして、初めて経験しました。
この状況も、あの怪物も、いつか、どこかで目の当たりにしたことがある――。
そう思うと、私は足が竦んで動けませんでした。
そんな私とは対照的に、まこちゃんは両手を交差させるとその腕につけたブレスレットをきらりと輝かせ――
「ジュピター・パワーッ!」
――力強く、宣言するかのような口調でそう唱えました。
刹那、眩い光に包まれた彼女はボーイッシュな服装から全く違う彼女へと変身――いいえ、<メイクアップ>を果たしたのです。
今の彼女は、中・高校生たちが身につけるセーラー服のような……しかし、それよりも艶やかな衣服を身につけています。
少し風に吹かれただけで下着が露出してしまいそうなグリーンのミニスカートに同系色のロングブーツ。上半身を覆うセーラー服タイプの装甲は、しかし、腋から二の腕にかけては素肌が露出するという、ちぐはぐなスタイル。
衣装だけ見れば「いやらしい」とさえ言えるその格好が様になるのは、やっぱりまこちゃんが「戦士」だからなのでしょう……。
そう、今から5年前……まこちゃんも、そして私も人のエナジーを吸い取る妖魔と呼ばれる怪物と戦う戦士でした。
その名も――
「雷と勇気の戦士セーラージュピター! 木星に代わって……押し置きだっ」
腕を上げ、腰を振り、戦士としての言葉を発する彼女を見ていると、なぜだか私が激しい羞恥心に襲われました。
それは、まこちゃんがボーイッシュな少女から魅力的な成人女性として成長したからでしょうか? それとも名乗りを上げる際、無防備になった腋の下や捲れ上がったスカートの下から純白の下着が露出してしまったからでしょうか?
……恐らく、どちらもその通りだと思います。
そしてなにより、今、妖魔と対峙しているまこちゃん……いいえ、セーラージュピターの頬が、うっすら赤く染まっていることが一番の理由。そんな気がしてしまいます。
「たあっ!」
ジュピターは軽く地面を蹴り上げると、そのまま前方へと突き進みました。
一瞬の間に縮まる妖魔との間合い。
セーラージュピターは、本来<雷>のエレメントを持つ戦士……遠距離からの攻撃にも長けているのですが、まこちゃんはあくまで接近戦を主として戦っていました。
それが彼女自身が5年前に編み出した、最も有効的な戦い方だったのですが……
「ぱぁーーーっ」
昆虫のような姿をした妖魔が、大きく羽を広げました。
直後、周囲にばら撒かれるLEDライトのような光を宿した無数の燐粉。
そして、
「ぷぅぅぅ。ぱぁぁぁぁ!!」
続いて妖魔は大きく息を吸い込み、一気に口内の空気を吐き出しました。
途端、突風にも似た風がジュピターを……彼女のスカートを襲います。
ただでさえ短いスカートは風にめくられ、その下に穿いている純白のパンティを露出させます。しかも、周囲には眩いばかりの燐粉が、まるでスポットライトのように彼女の下半身を照らすのです。
「い、いやっっ……!」
発作的にジュピターはスカートを両手で掴み、必死に押さえつけます。
「何をするっ!?」
しかし、ジュピターの背後にいる私からは、彼女のパンティは丸見えでした……。
「や、やめろぉっ……」
いえ、パンティだけではありません。
「こんなこと、するなぁ……」
その下の、パンストに包まれた汗ばんだ脚も……ストッキングの太ももの部分の切り替えしも、すべて……。
「は、恥ずかしいっ……だろっ」
ジュピターは……搾り出すような声で言葉の通じぬ敵に懇願していました。

「やだ……」

ジュピターの姿を見て、私も思わず声をあげてしまいます。
幼い、というのはそれだけで強みだったのでしょう。かつては私もセーラーマーキュリーとして、彼女のような格好で昼夜を問わず妖魔と戦っていたのですから。
今、私の左腕から戦士の証・ジュエリースターブレスレットがその姿を現します。
戦士に変われ。妖魔と戦え。それは、物言わぬブレスレットが私に命令しているようでした。
しかし……私は一歩も動けません。
もし、思春期を迎えた男の子に見られたら――?
もし、自分の親しい家族や友人に見られたら――?
もし、塾長のような変態性癖を持った人にあんな姿を見られたら――?
そう思うだけで、私の体はぶるぶると震えてしまうのです。
「………い、いやっ」
ぼそりと声を漏らします。
すると、突風と無数の光の粒が一瞬で消失しました。
真夜中、さっきまでジュピターがいた場所を見つめていると、
「亜美ちゃん……」
そこには、あのボーイッシュなまこちゃんが立っていました。
頬を真っ赤に染め、今にも泣き出しそうな表情を私に向けながら。
一歩一歩私に近づいてくるまこちゃん。
久しく会っていなかったからでしょうか、歩く度に揺れる彼女の胸は、心なしか以前よりもサイズが上がっているように思えました。
「どうしよう……あたし、弱くなってる」
あの凛々しいまこちゃんが、まるで悪戯をして両親に叱られた子供のような頼りない声で私に問いかけます。
「まこちゃん……」
私には、ただ彼女の名前を呼ぶことしか出来ませんでした。

≪3≫
私はまこちゃんと一緒に、近くの公園に行きました。
真夜中の公園は色彩豊かな遊具を照らす光もなく、人影もなく、ただただ閑散とした印象しかありません。
私たちは隣り合うように公園の片隅に置かれたベンチへと腰を下ろしました。
「一体どうしたの、まこちゃん?」
「……実は」
私の問いかけに、まこちゃんはとうとうと語り始めました。
昨夜から、この十番町界隈に妖魔が現れたこと。
まこちゃんは<戦士>として1人で戦っていたということ。
そして、私でさえ記憶の彼方に封印していた、あの妖魔と私のこと……
「えっ? それ、どういう……?」
「お、おい、嘘だろ亜美ちゃん。あの妖魔にされたこと、忘れちゃったのか?」
厳しい顔つきで問い詰めるまこちゃんを見て、私は……
「う、うん……」
……罪悪感を覚えつつ、首を振りました。
「そんなっ……」
と、何かを決意したようにまこちゃんは立ち上がり、私に背を向けました。
「あたしは忘れない。5年前の、あの日のことを!」
そして彼女は両腕をクロスさせ、あの言葉を放ちます。
「ジュピターパワー……メイクアップッ!」
刹那、まこちゃんはもう一度セーラージュピターへメイクアップを遂げました。
「……は、はぁ」
悩ましげな吐息、そして言葉と共に、ジュピターは私のほうを振り返りました。
夜空には分厚い雲が覆い、星はもちろん月明かりさえ頼りないほど……
「まこちゃん……」
……それでも、彼女は輝いてました。
「あたしは、あの妖魔のしたことを忘れない。許さない……」
間近で見ると溜息が出てしまうほど美しく――5年前、美少女戦士だったはずの彼女は、いつしか美女という言葉がよく似合う、オトナの女性へメイクアップを遂げていたのです。
「……だけど、あたし、ダメなんだ」
そう言うと、セーラージュピターは自分の胸元を指差しました。
中央に装飾されたピンクのリボンが印象的な、純白の鎧。
それが風も無いのにギシギシと音を立て、揺れています。
「5年も経って……あたしの体、どんどん変わっていく」
5年前と一寸たりともサイズが変わらない戦士のスーツ。
この音は、彼女の成長したバストが窮屈そうに自らの存在を主張する音だったのです……。
「で、でもそれはしょうがないことだし……」
つたない私の言葉を遮るように、彼女は頬を赤らめながらスカートの裾をぎゅっと掴みます。
「それだけじゃない……心も、変わっちゃった。あの頃は平気だったのに……メイクアップすることが……戦士の姿に変わることが……」
「…………」
「は、恥ずかしいんだっ」
搾り出すようなその言葉は、恐らく彼女の本当の気持ち。
戦士としては許されない、羞恥の心。
でも、私にもちょっぴり分かるんです。
今の私は、とてもじゃないけど……あんな……破廉恥な格好をするなんてできない。
かける言葉も見つからず、ただ黙っているだけの私に向かって、まこちゃんは一歩づつ歩み寄って来ました。
「亜美ちゃん……助けて……」
「えっ?」
「……め、めくってくれ。あたしの……スカートっ。人に見られることになれないとっ……あたしっ、戦えないっ」
私たちに何の関係もない第三者が聞けば、バカバカしいだけのセリフ。
でも、私には分かります。感じます。
まこちゃんの……強い思いが。
「……」
私はこくりと頷き、眼前に位置する彼女のミニスカートの裾に手をかけ……
「いやっ……」
……豪快に、めくりあげました。
その時のまこちゃんの……いえ、セーラージュピターの悲鳴と眼前に広がる光景が合間って、私はなんだかとっても……エッチなことをしているような気持ちになってしまいます。
「きれい」
ジュピターのスカートをめくりあげたときの気持ちが、自然と口から漏れました。
暗いはずの公園で、しかし、それでも彼女の下半身は私の網膜にしっかりと焼きついたのです。
元々長身な彼女の下半身は、すらりとしていてまるでモデルさんのようです。
その彼女のデリケートゾーンを覆う白のレオタードのような質感のパンティは、際どいまでのVラインを描きながら、一切の陰毛が覗えない。
その純白のパンティともども、すらりと長い彼女の両脚を包み込むパンティストッキングは、彼女の汗を吸収し、まるで自らが燐光を放つようにテカテカと輝いているのです。
「ああっ……あ、亜美ちゃんっ……あ、あたしっ」
困惑するような、しかし好奇心が見え隠れする彼女の言葉が途中で途切れます。
――もうやめてくれ、恥ずかしいんだ。
――もっと色々してくれっ。
恐らく、このどちらかが彼女の今の気持ちでしょう。
言葉で聞くまでもなく、なぜか私は彼女の気持ちを後者として受け取りました。
そして――
「恥ずかしがっちゃダメ、まこちゃん」
――戒めるように呟いて、私は……
「ひ、ひああんんっ。そ、そんなことっ……」
あろうことか……
「恥ずかしいっ……」
まこちゃん=セーラージュピターの秘部を、しつこく撫で始めたのです。
……なんて、気持ちいいんでしょう。
若々しい、ハリのある女体ときめ細かいパンストの質感が合間って、その妖艶――いえ、淫乱とさえ言える感触を覚えた私の手は、動きを止めることができませんでした。
「きれい、きれいだよ、まこちゃん……」
狂ったように彼女の秘部を攻め続ける私。
「やっ・だっ・めっ♪ だめっ……だめって……言ってるのにぃっ……」
「ダメじゃない。ダメじゃないよ、まこちゃん」
少しばかりの時間が流れた、その時――。
彼女が、まるで「おしっこ」を我慢している子供のように頬を染め、唇を噛みしめ、下半身をモジモジと揺らしたのです。
そして――
「あっ・ああっ・ああっ」
じゅわっとパンティに出来る小さな染み。
その染みは瞬く間に大きくなり、パンストに伝わり、そして……無数の雫となって地面へ滴り落ちたのです。
――失禁。
それも、とても私の口からは言えない……女の子だけが出せる秘密のエキスを、彼女は恥ずかしさと気持ちよさのあまり噴出してしまったのです。
「ひどいっ、ひどいぞっ、亜美ちゃんっ……」
セーラージュピターの姿のまま地面にへたり込み、おいおいと泣く彼女の姿を見た瞬間、私は懐かしい思いになりました。
それは、うさぎちゃんとルナに真実を聞き、戦士として戦うことを決意したあの日と同じような感覚です。
――――二度と、普通の女の子には戻れない……その予感に近い感覚。
そしてその予感は、不幸にも的中してしまうのでした……。

≪4≫
私がセーラージュピターに悪戯をしているとき、どこかで誰かが私たちのことを覗いているような感覚に、実は陥っていたのです。無論、近くの遊歩道から「あの二人」が私達を見て、こんな会話をしていたなんてこと、その最中は知る由もありませんでしたが……。

「ふふっ、そうだセーラーマーキュリー! ジュピターから戦士の誇りを奪うのだ! そうすれば君は、あの頃の君に戻れる……そうして、あの悪魔にも対抗できるかもしれん」
「随分と楽しそうね、<滝塾長>さん。セーラー戦士の世界は、あなた好みだったのかな?」
「き、君は……!」
「バカみたいに鼻の下伸ばしてオカマの振りして、かっわいい女の子にセクハラしたり、セーラー戦士のお漏らしを目撃できるなんて、変態のアナタにはサイコーだったみたいね」
「そ、そんなことより早くテントウ虫の力を宿した君の妖魔を――」
「あれぇ? おかま言葉やめちゃったの? あんなにあたしの前で愉しそうに使ってたのに……」
「い、今はそんな話をしている時では……」
「何言ってんだか。セーラージュピターのお漏らし覗いて、下半身そんなに大きくしてるくせにっ」
「こ、これは……」
「ふふふ。まぁいいわ。冴えない中年おじさんの相手はまた後で……。狂っちゃうほど気持ちいい電波をアンタに送ってあげるから。今は、あの二人のことが先決かもねっ」
「あ、ああ……そうだ。そうだとも……!」
――<滝>塾長と呼ばれた男性の声はやや震え気味に、若い少女のような声は心底楽しむように……真夜中の十番町に人知れず響いていたのです。