永遠の闇の中で
ゴプ、ゴプッ。股間に違和感を感じて、わたしは今日も目を覚ます。あぁ、まただ。今日も朝が来たのだろうか。でも、もうわたしには関係のないことだ。永遠に明けない闇の中では、朝か夜かなんてわかりようもないし、分かったところで何にもならない。
嫌なのに、でも、なんだか、どうして、気持ちいいの? しっかりしなさい、ユウリ。
☆
黄金に輝くボディが闇に消え、一体の人形を手に再び現れた。
「私の求める破壊! それを邪魔するタイムレンジャーめ。こいつを使って、まず一人に消えてもらうとしよう」
解凍マシンのボタンを押す。もくもくと立ち上るスモークの中から、スリムなシルエットが浮かび上がる。
「私に何の用があるのだ、ギエン」シルエットが話す。その口調は、何年も圧縮冷凍にかけられた男のものとは思えないほど冷静で、精悍だった。
圧縮冷凍から解いてやると、大抵の囚人たちは大別してふたつの反応を示す。ひとつは感謝を示すこと、もうひとつは積年の恨みをぶちまけることだ。途方もなく長い時間を、あの人形のような姿のまま過ごす苦痛がどれほどのものか、普通の人間には想像もできないだろう。
だからこそ、男の狂気が一層際立って見える。わずか数秒で心身ともに冷凍前の姿に戻ってしまうには、よほどの鍛え方でなければ不可能だ。
「用か…。用と言うほどのものはなァい。ただ、アベル、おまえの願いを叶える手助けをしてやりたいと思ってな」
「私の願い、とは?」
「まだユウリのことを愛しているのだろォ?」
ユウリ…。アベルはかつて同僚であり、そして自分が愛した女のことを想った。凛々しく夕暮れにたたずむユウリの後ろ姿を、何度抱きしめようと思ったことだろう。時おり見せる彼女のさびしげな表情は、普段の男勝りな強さの分だけ、美しく愛おしい。
彼女の肩に触れようとして、しかしやめてしまったことを思い出す。あのときもう少しユウリとの距離が縮められていたら、今頃ふたりで幸せになれたはずだ。
「ユウリを我が物としたくて罪人にまでなったというのに、今さら何を口ごもることがあァる?」
「少し思い出すことがあっただけだ。関係ない」
では、これをやろう。ギエンは濃茶色の瓶に入った薬を手渡した。
「これはユウリをおまえの為すがままにしてしまう薬だ。おまえはスナイパーとしては一流だが、搦め手は私の方が巧いのだからな」
☆
「なんと美しいのだ…。素晴らしい…」
目の前に広がる光景に、アベルはとても満足していた。
肘掛け椅子に座るアベルの目の前では、ピンク色のスーツをまとったユウリがその丸いお尻を突き出していた。形ばかりのスカートをひらひらとめくれさせる。腰から臀部にかけてのなめらかなカーブが実にあでやかで、艶めかしく、そしてどこか卑猥だった。テーブルに四つん這いにさせられて、アベルの視線が刺さるようにむず痒かった。
「これは脱がなければね」
ブーツのジッパーが外され、インナースーツを引きちぎるようにして脱がされる。足首までぴったりとフィットしたスーツに、裸足が怪しい魅力をかき立てる。
「ユウリ、愛しているよ…」
両手で突然鷲掴みにされて、やわらかなお尻が音もなく歪んだ。不意を突かれて、太股からお尻の筋肉が反射的に強張る。反射反応は残っているようだ。
「ボクの愛しきマイ・ハニーよ」
(わたしはアンタのことなんか大ッ嫌いよ!)
歯の浮くようなアベルの言葉に、ユウリは耐えるようにつぶやき、奥歯を噛みしめる。しかし実際には、いずれもそう思ったに過ぎない。ユウリの身体は固く凍りつき、有理自身には指の一本すら動かすことはできないのだから。
すべてを支配するアベルは、ユウリのお尻に顔をうずめて恍惚にひたっている。大きく息を吸う音が聞こえる。
(やめなさいよ、変態!)
太股、お尻からお腹、さらには胸まで、アベルの手はスーツの上を落ち着きなく這い滑っていく。他人に触れられた経験に乏しいユウリの身体は、どこか触れられるたび微かに震え、それがさらにアベルの優越感や幸福を煽るのだ。
グイッ。裸足の足首を掴まれ、犬がするように脚を上げさせられる。
「まだボクのことを認めてはくれないんだね」
えっ、なぜ!? ユウリには表情などなかった。何しろ、身体のすべてがアベルの思うがままなのだ。
「悪い娘には、お仕置きをしなくてはいけないな」
…ヒヤッ。足の裏に変な感触がある。硬くはなかったが、弾力に富み、それは生温く湿っていた。それが舌だと分かると、身体の芯からこらえようもない震えがわき上がる。
(足なんか、舐めるなんて、やめなさい! 変態!)
アベルはその後、指を股まで念入りに、一本一本ねっとりとしゃぶり尽くした。いつ終わるのかわからないまま、ユウリはただ時間が過ぎていくことだけにすがった。
☆
「そんな、バカな…」
弾道を解析しながら、タックがつぶやいた。
「どうしたんですか?」隣室からシオンが顔をのぞかせる。その手には絞ったタオルが握られている。竜也のうめき声が止まらない。
「見てくれ。入射角と弾の測度から計算すると、犯人の狙撃地点はこの辺りのはずだ」
タックは自らのディスプレーに立体地図を映し出す。
「だがその時刻、その地点から、その瞬間の竜也とユウリを見ると、こうなる」
…あっ。タックが切り換えた画面に、そこにいた全員が絶句する。
満面の笑みで両手を広げて飛び跳ねているユウリがほとんど前進を晒しているのに対して、竜也はビルの陰から出てくるところで、半身が見えているに過ぎない。
「狙ってやったんだとしたら人間業じゃない。ロンダースの囚人にだって、こんな狙撃ができる奴はいない。ユウリを狙って、竜也に当たったと考えるのが自然だ」
鋭いアヤセが、まず頷いた。シオンも、ドモンもそれに続いた。ユウリだけは、そうは思えなかった。アベルのことを瞬時に思い出していた。それはストーカーの執念の恐ろしさだった。
「違うわ。これは竜也を狙ったのよ」
ユウリは自分の迂闊さを強く悔いた。あの男の恐ろしさを知っていながら、すっかりそんなことを忘れて、こんな笑顔でいる自分を強く強く悔いた。
そして全員を置いて、一人足早に部屋を出た。
☆
ユウリの足を執拗に舐めつくしたアベルは、やっと満足したのか、何かを取り出しながら顔の方へとやってきた。ヘルメットは既に外されて、ユウリは何をされるのか戸惑いながら待っていた。
「ユウリ、君の手で、この邪魔なスーツを破いてくれないか?」
(何を言い出すのよ、そんな、嫌だ!)
いくら心に思っても、ユウリに抗う術はない。アベルが手渡したのはナイフだった。身体を起こそうとすると、アベルは両手で肩を抱き、そのままテーブルにユウリを押し付けた。
「ダメだよ、ユウリ。そのままだ。ボクにしっかりと、ユウリの大切なところがあらわになるところを見せておくれ」
(このままなんて、なんてコト言い出すのよ…)
困惑するユウリを尻目に、アベルは再び肘掛け椅子に腰かけた。ユウリは両手を股間に伸ばし、左手でスーツの生地を引っ張って伸ばすと、ばっさりとナイフで断ち切った。
「ああ、なんて美しいんだ。愛しのユウリよ…」
(ダメダメダメダメダメダメダメダメェッ!)
ふうっ。ブルブルブルッ。まだ誰も見せたことのない秘所に息を吹きかけられ、全身に武者震いが駆け巡る。
どこか遠慮がちな指使いでしばらく陰毛をかき分けたアベルは、やっと手に入れたユウリの姿に、感動と興奮の坩堝の中にいた。愛しき女神の陰毛は意外に濃く、そして堅かった。そのざらざら感すらも、ユウリのものであればこそ愛らしい。
陰唇に指がかかり、一息に押し広げる。突如として現れた鮮やかなピンクは、さらに劣情をかきたてる。アベルの吹きかける息が冷やかで帯びる熱を冷まし、どうしようもなく、少しだけ快感を感じている。
「こっちは感じるのかな、ユウリは」
アベルの手が、包皮に包まれる肉芽を探り当て、つまんだ。初めて感じる痛みと快感の混ざったような感触に、膝が震え、四つん這いだった身体が崩れ落ちる。カエルのように太股はだらしなく広がって痙攣する。アベルが再び肉芽を指ではじくと、トポトポと黄金色の液体が流れだした。
☆
「アベル! 出てきなさい! アベル! あなたなんでしょ!」
ユウリの叫び声が廃工場に響く。それはタックが計算した狙撃ポイントだった。まだ居るとは思えなかったが、それしか手がかりもないのだ。
障害物が多い。銃撃戦では勝てない場所だ。だから3人を置いてきた。よもや自分ならアベルも撃たないだろうと考えていた。他のメンバーと一緒にいるところを見られたりしたら、アベルは瞬く間に竜也と同じように射抜いてしまうだろう。
クロノチェンジはした。ピンクのスーツは、暗い工場の中でも映える。アベルがここにいて撃つ気があれば、既に撃たれているはずだ。撃つ気がないのか、それともここにはもういないのだろうか。ふと思いついたことがあった。
「アベル…逢いに来たの…」
…! 殺気! すかさずクロノチェンジを要求する。スーツをまとうまでの微かな間に、アベルの放った注入弾はユウリの皮膚を突き破り、催眠剤を体内にばら撒いた。スーツ姿のユウリの身体は、ゆっくりと後ろに倒れていった。
☆
「アイツは一体何をしているのだァァァッ!」
ギエンはアベルの倒錯した愛情表現を陰から見ながら苛立っていた。人間の身体とともに感情を一部失った彼にとって、人間同士の愛情表現というのは──アベルのそれはいささか偏ったものではあったが──理解しがたいものだった。生殖行為とは実に機能的、かつ効率的に済まされるべきことと、彼は考えていた。
しかし性行為、特にセックスが人間にもたらす影響については、ギエンも理解していた。そしてある実験をするべく、アベルを解凍し、試薬を使わせたのだ。
☆
「素晴らしいよ、ユウリ…」
アベルの思いがユウリの感情に押し入ってくる。それも仕方ないのだろう。
(助けてよ、竜也…)
愛する異性とひとつになるのは、どれほど幸せなことなのだろう。竜也のことを想い助けを求めるたびに、アベルは横槍を入れようとする。
「竜也って誰だ? ユウリ、ボクのことだけを想うんだ! ボクとユウリは、もう一心同体なんだ。ひとつになれたんだ!」
優男然としたアベルの口調は、ユウリの神経をズキズキと傷める。この姿になっても、いよいよ薬は全身に回り、神経をも侵しはじめたのかもしれない。
(竜也、愛してる。竜也、助けて…)
「ボクのことだけを想えって言ってるだろオォォッ!」
あああぁあああぁっ! 被部と頭の痛みが全てを白く染めていく。
☆
「ユウリ、仰向けになって股を広げるんだ!」
ユウリはアベルの言葉に気がついた。言われた通りに身体は動こうとするのに、寝ぼけた身体は筋肉が硬直してうまく動かない。
仰向けになると、股間の破れたところから水がしみてお尻が冷たい。
「つめ…たい…」やっと出た声は、しわがれていた。
「ユウリ、それはきみのおもらしの跡だよ」
(…おもらし! あたしが!)自分が犯した思いがけない粗相にユウリの羞恥心はふくらむ。今さら慌てたところでどうしようもないのだが。
「大丈夫だよ。ボクはそんなことで、キミを嫌いになったりしないから」
(誰がアンタのことなんか気にするもんですか!)
仰向けになり、太腿を両手で抱えるように股を広げる。あからさまに秘所を晒させられる。これじゃ誘ってるみたいじゃない! ユウリの心ははやり、焦り、でも何もできない。
アベルは両手でユウリの陰唇をかきわけ、ヒダのひとつひとつにまで唾液を塗り込むように舐め続けた。恍惚そのもののアベルの表情を見ていると、なんとも嫌らしいのに、時おりぐらぐらと心地よさに流されそうになる。
(気持ち悪い…なのに、何これ…気持ちいい…かも…)
「ユウリ、いよいよボクたちがひとつになるときだ」アベルが立ち上がり、ユウリの身体に覆いかぶさる。嫌だ、やめて、ダメ、嫌い、退いて、ダメ、ダメ、ダメなの! 何を思っても伝わらないことはわかっているけれど、あらん限りの力でユウリは叫ぶ。
…ヌップッ。少し硬い、侵入者を拒むような入り口をこじ開けると、中には熱くやわらかな世界が広がっている。夢にまで見たユウリとひとつになる瞬間に、たまりかねてアベルは最初の一発を放出する。
ユウリにもその熱さが伝わる。じわじわっと迸りが身体に染みこんでくるように感じる。それは異物を受け入れる潤滑油としてユウリの愛液と混ざり、ゆるやかに快感に変わっていく。
アベルは身体を起こし、脚を抜いて器用にユウリを四つん這いに組み替えた。さっきよりも激しく、奥まで突き上げられるようなセックス。ユウリはされるがままに、身体が崩れ落ちていく。
「ああ、ユウリ。ボクたちは今ひとつになれたんだね」
アベルが耳元でささやく。気持ち悪さは消えないが、透明な膜の中に包まれたようで、快感がそれを、少しずつ、包み込んでいくような…。
「フフフ、破滅だーっ!!」陰からギエンが、アベルもろともユウリを撃ち抜く。
「ユウリーっ!」
(…竜也!)最後に聞いたのは、あれほど思った竜也の声だったのに。
☆
「だめだ、もう、手の打ちようがないよ」
「どうしてだよ! 圧縮冷凍は元に戻せるんだろ!」タックに竜也がすがりつく。声は濁り、涙が混ざっているのがわかる。
(竜也…見ないで…)
四つん這いになったユウリを、後ろからアベルが犯している。身体は人形のようになっても、見られていることは感じるし、それが竜也だということもわかる。
(分かったの。わたし、あなたのこと…)
(ユウリ!)ユウリの精神を上書きするようにアベルの声が聞こえる。それ以上は聞きたくないのだろう。やっと気づいたのだ。ユウリが竜也のことを愛していると。そしてその竜也を出し抜いたことにほくそ笑んでいた。
「圧縮冷凍は、身体とは別に精神を保存するんだ。精神構造をコピーしてカード化してある。今回のように、二人一度に圧縮するというのは想定していないんだ。二人の精神はおそらくひとつになってしまっている。解凍して肉体だけ元に戻しても…」
「元のユウリさんには戻れないってことですか?」
(ユウリ、聞こえたかい。ボクたちはもう永遠にひとつなんだよ)
「少なくとも、ぼくの技術では、何もできない」
…ああっ。アベルが絶頂に達すると、ユウリにもその快感が押し寄せてくる。アベルの感情の揺れがユウリの心を揺り動かす。
(ほらユウリ、竜也がボクたちのことを見ているよ…)
(竜也、見ないで…)
(永遠にボクたちは愛し合うんだ…)
竜也が膝から崩れ落ちる。ドモンはそんな竜也を抱きかかえた。アヤセはユウリとアベルの人形を丁寧に持ち上げると、ユウリの姿を誰にも見られないように、暗い金庫の中にしまった。