Episode.X クラウン・パニック

とある遊園地―そのフードコートでテーブルをはさみ、2人の女性が椅子に腰かけている
年齢は20代前半といったところだろうか、しかし、両者から発せられる雰囲気は全く逆のものという他なかった
「あ~ん!私も観覧車とかジェットコースターに乗りたいぃ!」
片方は、小柄で栗色の髪をポニーテールにまとめた、いささかあどけなさのある“可愛らしい”と評されるに相応しい容姿である
もう片方はというと、
「お仕事中なんだから我慢よ、ウメコ」
諭すように、しかし自身も退屈そうにそう言った女性の容姿は、『ウメコ』と呼ばれた方とは反対に背が高く長い髪、やもすれば冷たささえ感じてしまうような表情の、まさしく“クールビューティ”といえるものである
「でもぉ…バン達が…

不服そうにする小柄な相方に、女性は若干のんきな口調で、
「明日は私たちが非番だし、いくらでも遊べるわよ?」
「むぅ~…」
小柄な女性はまだどこか不満げながらも、納得したようであった
全く逆の個性を持っているように思える彼女たちであるが、すれ違った男なら誰もが振り向くような容姿の持ち主であるという点においては共通している
そして、その容姿とは別に彼女たちにはある共通点があった
普通ならば恋人の一人でもいておかしくはない若い女性2人が遊園地でアトラクションにも乗らず駄弁っている光景には、どこか違和感を覚えるものである
それは、彼女のいう「お仕事」の内容に関係していた
彼女たちの正体、それは―この場所にいる誰もがそんなことに気付くはずもないが―“刑事”なのである
それも、ただの刑事などではなく―

恒星間飛行が現実のものとなり、地球人類と異星人の交流が日常となっている時代。犯罪もその態様を変えていた。地球人が持たない身体能力や地球文明が及ばない科学技術を用いた犯罪は、もはや地球の警察の処理能力の限界を超えてしまっていた。このような犯罪を取り締まる惑星間組織が、宇宙警察スペシャル・ポリス・デカレンジャー(略称「SPD」)である

そう、彼女たちこそ、まさにそのSPDの刑事なのである
長身の女性の名は礼紋茉莉花(通称:ジャスミン)。そのクールな容姿とは裏腹な大らかかつ珍妙な性格と熱いハートを持つ女刑事
小柄な女性の名は胡堂小梅(通称:ウメコ)。その愛らしい容姿通りの天真爛漫な性格と芯の強さを持つ女刑事
では、その2人がこんな所で何をしているのか
それは、数日前に遡る

スペシャルポリス・地球署の本拠地デカベースの中心部『デカルーム』
「連続失踪事件?」
紺地に赤いラインの刺繍の入ったユニフォームを着た、奇妙な髪型の刑事・赤座伴番(通称:バン)が尋ねた
「ああ、今回で10件目だそうだ。ここ一週間F遊園地で女子高生が立て続けに行方不明になっている」
苦虫を噛むような表情で、青いユニフォームの戸増宝児(通称:ホージー)が応じる
「最初の方は地球警察もアリエナイザーよる事件ではないとしてこっちに報告しなかったけど、この件でようやくおかしいと思って報告してきたみたい」
穏やかそうな長身の、緑のユニフォームを着た江成仙一(通称:セン)が言う
「何で一件目から報告しないかなぁ?そうしたらすぐに対処できたのに」
ピンクのユニフォームを着た若干不満気にウメコが言う
「そう言うな。今回の件はアリエナイザーとは無関係と思っても仕方がない。現場に全くと言っていいほど形跡がなかったからな」
と、注意するようにホージー
「でも、その形跡のなさから逆にアリエナイザーの犯罪が割れたってワケね」
黄色いユニフォームのジャスミンが結論づける
「うん。これほどまでに周到な手口の宇宙人は『ペニー星人』だけだ。その中で現在指名手配されているのは…」
センがコンピューターを捜査すると、中央のモニターにその姿が映される
真っ白な肌にペイントされた目元や鼻。口は不気味に裂け、そこからは鋭い歯が覗いている
所謂サーカス団のピエロを、凶暴にしたような外見だ
「うわあ…気持ち悪い…」
ウメコが身震いする
普通の人間ならば、一目見ただけで卒倒しそうなものである
「名前は『ワイズ』。地球以外でも幾つもの惑星で失踪事件を起こしている。被害者は全員後に遺体で発見されていて、件数は合計で127件だ」
それを聞いたバンが、憤然と立ちあがる
「…許せねえ!絶対俺達が倒してやる!」
ホージーも冷静に、しかし怒りを帯びた口調で
「もうすでにワイズのデリート許可は出されている。今回が絶好の機会だ」
「…ボス」
ジャスミンが中央の席に座る『ボス』ことドギー・クルーガーに指示を仰ぐ
「わかった。これより地球署はペニー星人ワイズの捜査及び被害者の救出に当たる!バン、ホージー、ジャスミン、ウメコはF遊園地に張り込みを!センはここでバックアップだ!」
その号令に、5人の若き刑事は腕をかざし、
「「「「「ロジャー!!」」」」」
と、異口同音に応じた

そして、張り込み捜査を始めてから数日あまりの進展のなさに集中力が切れてきたウメコがゴネ出し、現在に至る
まあ、理由としてはそれだけではなく、バンとホージーが案内係に無理矢理押し切られ、ジェットコースターに乗っていたことに対するやっかみもあったのだが

「でも、明日は非番って言っても、結局ここで捜査は続けるワケでしょ?何だかなぁ…」
またも不満げに文句を言い始めたウメコ
「ま、いっか!明日は思いっきり楽しんじゃおーっと!」
その様子に、ジャスミンは呆れたように注意する
「ウメコ、目的を間違っちゃダメよ?」
対してウメコは、少し反省したように
「わかってるけどぉ~…」
「わかればいーの。いい子いい子」
ジャスミンは、ウメコの頭を撫でる

それから1時間ほど後…
「ジ、ジャスミン!ちょっとトイレ行ってくる!」
そう言って席を立つと、慌ただしく走っていった
「はいはい」
その姿を見送ったジャスミンは、ふともの思いに浸る
ウメコには若干配慮の足りないようなところがある、と思う
今回のように捜査が長引いてるのに遅々として進展がないとストレスが溜まるのは当然のことではある
彼女にももちろんプロとしての自覚とそれに見合う能力があるのだが、しかし、少々子どもっぽさが抜けきらない
(…ま、それがウメコのいいところでもあるんだけどね)
甘いなぁ、と自嘲する
しかし、事実としてウメコのそういう一面に助けられたことは何度もある
だから、これでいいのだと結論付け考えを打ち切る
こんな風にもの思いにふけるということは、自分も集中力が切れている証拠だろうか
気を取り直して再び周囲を見回す
その瞬間
「―!?」
妙な気配を感じる
(今のって…)
気のせいだろうか、とも思う
(…違う)
しかし、幾多もの現場を潜り抜けてきたことで育てられた感覚が、その考えを否定する
そして、視界に映る雑多な人ごみの中で、一つの人影が、ジャスミンの気を引く
はたから見れば何の変哲もない、ただの少女が歩いている
しかし、ジャスミンは明らかにそれが普通と違うと見抜いていた
何がおかしいかはわからないが、明らかに“普通”ではない
(デカの勘ってやつかしらね)
ジャスミンは席を立ち、少女の後を追った

少女が向かったのは、サーカス裏にある、人気のない小屋であった
ジャスミンは気付かれないような距離からその様子を窺う
少女が小屋の戸を叩くと、一人の男が姿を現す
男は、少女を迎え入れると、ドアを閉めた
「…」
ジャスミンは、慎重に小屋に近づき、ドアに耳をつける
SPライセンスの集音機能を使うことで、壁越しにでも会話が聞こえるのである
『いらっしゃ~い、お嬢さん』
甲高く、耳障りな男の声
『はい…』
続いて少女の声
まるで抑揚がなく、声の主には意思がないようである
『チミのお名前は~?』
『霧島美羽…』
不気味な男の声と、美羽と名乗った少女の声のかけ合いが続く
そして、いくつかのやり取りの後、
『僕の名前はワイズ。美羽…君は“11人目”に選ばれたんだ!』
「!!」
その言葉で、確信を得る
あの仮面の男がペニー星人ワイズだということ、そして、あの少女に危機が迫っていること
ジャスミンは、すぐにでも飛びこんでいきたいという衝動に駆られるが、必死で自分を抑える
ここで突入して正体を明かせば少女に危機が及ぶのは間違いない
まずは彼女の、そして行方不明者の安全を確保するのが最優先だ
だから、
ジャスミンは、小屋の戸をコンコン、とノックした
「こにゃにゃちわー」
数秒後、
「何の用カナ~?

仮面の男―ワイズが姿を現す
「あの、あたしさっきサーカス見て大興奮しちゃったんです!サーカス団の方ですよね!?お話聞いても大丈夫ですか!?」
“サーカスの観客”を演じ、普段とは違う高いテンションでワイズに詰め寄るジャスミン
(こういうのって、ウメコの得意分野なんだけどなぁ…)
そう思いながらも、演技に徹する

ワイズは仮面の下で目の前の女性を品定めするように見ていた
(年齢は20代前半…といったところですか。“対象年齢”には入ってないんだけどなぁ~)
美羽と名乗る少女の事もあり、できれば小屋には入れたくない
しかし、
(こんな美しい“エモノ”は初めてだし、そうだ!この女に“12人目”になったもらおう!)
「いいよ~!それじゃ、中に入って!


小屋の中は、みすぼらしい外装とは逆に、シックで格調高いものだったが、それが逆に気味の悪さを醸し出している
(彼女はどこに…?)
この狭い小屋に、隠し場所などあるのだろうか
「まずチミのお名前をおしえてくれるカナ~?」
その問いに、
「あ、はい。えっと…小島雪子です」
とっさに作った偽名で答える
「へぇ~、それじゃ雪子ちゃん、こっち来て!

というと、ワイズは壁についたスイッチを押す
すると、
「…!」
床に大きな扉が開き、階段が現れる
その階段を下りていくワイズに続く

「ここは…?

階段の先にあったのは、豪奢な装飾のされた大部屋だった
そして、そこにある椅子に腰かける少女の姿が目に映る
その表情には全くの生気もなく、微動だにしていない
「彼女は?」
ジャスミンの問いに、ワイズが答える
「彼女は霧島美羽ちゃんっていってね、“11人目”になるんだヨ!

「11人目…?」
訝しげに尋ねるジャスミンに対し、ワイズは、
「今から見せてあげるヨ!そして雪子ちゃん、チミは“12人目”になるンダ!

そう笑うと、少女に向かい歩きだす

ワイズは心の中で喜びをかみしめていた
(イヒヒヒヒヒ!“エモノ”を2人もゲ~ット!ああ…やはり地球の女性は素晴らしいネ!)
グローブを取り、手を少女にかざす
次の瞬間
「―そこまでよ」
凛然とした声が響き渡った

「はっ…!?」
ワイズは何が起こったのか理解できなかった
ここには、自分と魂を奪った少女と、小島雪子の他に誰もいないはずだ
では、この声の主は誰なのか
理解するのに数秒を要し、後ろを振り向く
「チミは一体…?」
動揺を隠し、小島雪子に問う
「悪いけど、アリエナイザーに名乗る名は持ち合わせてないの。まあでも、パンピーじゃないってことだけは言っておくわ!」
そう言って、私服を翻す
現れたのは、紺地に黄色い刺繍の入ったジャケットを纏った女刑事だった

「え、ええ…SPD!?

うろたえるワイズに、ジャスミンは淡々と告げる
「ペニー星人ワイズ、数々の惑星での連続殺人行為及び地球での誘拐行為の罪でお前をデリートするわ!」
しかし、その胸にはある懸念があった
(他の行方不明者のことも聞き出したいけど、今は彼女を助けるのが先決ね)
ジャスミンは小銃・SPシューターを構え、ワイズに向けて撃つ
放たれた光線は、ワイズの腕についた鈴を撃ち抜いた
パリンッ!
鈴が割れる
そして、

「え…あれ…!?」
少女が意識を取り戻す
そして、目の前の光景に、
「きゃあああああああ!」
叫び声を上げた

「はぁ!」
ジャスミンはワイズを蹴り飛ばすと、少女に駆け寄る
「大丈夫?」
「あの…私…」
困惑する少女に優しい口調で、
「ここから逃げて。安全な場所についたら誰でもいいから大人に助けを求めるのよ」
その言葉に少女も落ち着いたのか
「はい!」
そう言って、ドアの方向に走り出した
「逃がさないヨ!」
ワイズが後を追おうとする
しかし、
「ぐあ!」
小銃が、その身を捉える
「相手はあたしよ?」

ワイズは、一旦落ち着きを取り戻し、考えを巡らせる
(ちぇっ、めんどくさいことになったなァ~、ま、さきにコイツを片づけてからでいいカナ)

「キヒヒヒヒヒヒ…」
不気味な笑い声を浮かべるワイズに、ジャスミンは
「何がおかしいのかしら?」
余裕をもって問う
「いやあ~、ただSPDの美人刑事をボクちゃんのものにできると思うと、コーフンしてきてさぁ!

その挑発に、ジャスミンは冷静に対応する
「妄言はそこまでよ、変態ピエロ君!」
SPシューターがワイズの仮面を撃ち抜く
ひび割れた仮面の下から、醜悪な素顔が現れる
「…ッ!」
ジャスミンは戦慄する
(画像でも見たけど、やっぱりキツいわね…)
「イヒヒヒヒヒ、どうしたの~?」
先程とは違い余裕な態度の敵を、ジャスミンは挑発する
「別に。ただ女の子ばっかり誘拐するのは、その顔がコンプレックスだからかと思って」
「生意気だなぁ!ま、チミもすぐにボクのものになるんだからいいケド!

その言葉と同時に、ワイズは手を小さく動かす
「!」
その不審な動きに、ジャスミンはSPシューターの引き金を引こうとする
次の瞬間
バン!
鋭い蹴りが、ジャスミンの手に襲いかかる
「なっ!?」
その一撃で、手からSPシューターが落ちる
(しまった―!)
拾おうと動いたさらに次の瞬間
何重もの蹴りが放たれる
「くっ!」
その攻撃を避け、後方に下がる
そして、攻撃の相手を見る
「…!!」
視線の先にはワイズと同じようなメイクを施されたピエロが何人も立っていた

「はあ…はあ…!」
気味の悪い小屋から脱出した後、美羽は必死で走り、ようやく人のいる場所に着いた
すでに日は沈んでおり、人もまばらになっていた
美羽は、恐怖と疲労からそこにかがみこんだ
「はぁ…はぁ…」
呼吸を整え、落ち着きを取り戻そうとする
(誰かに助けを…)
そう指示した女性の言うとおりに行動しようとするが、身体が起き上がらない
その時、
「どうしたの!?大丈夫!?」
声をかけられ、顔を上げる
目の前には、小柄な女性が心配そうな顔で立っていた

美羽は、その女性に事情を説明する
妙な男に連れ去られたこと、SPDの女性に助けられたこと、その女性に言われたこと
要領を得ないものではあったが、必死に告げる
そして全てを話し終わり、聞いていた相手は、
「わかった!後は私に任せて!」
と、力強く言った

ジャスミンは、防戦一方の状況に立たされていた
相手は一糸乱れぬ動きで、こちらを攻撃してくる
しかも、動きは明らかに人間のそれではない
壁や天井を走り回り、踊るように動き回る
プロの体操選手などでもできない芸当だ
(こいつら、一体…!?)
疑問をしても答える相手はいない。それどころか考えている間にも追撃が来る
SPシューターを拾うことはおろか、避けることすらままならず、身体にはダメージが蓄積していく
(皆がいれば…!)
突入前に連絡を送らなかったことを後悔する
その瞬間―
一体のピエロの蹴りが、胸部を直撃した
「うあああ!」
腕でガードするものの勢いを殺しきれず、壁に激突する
「く…は…」
必死で立ち上がるジャスミンをピエロが囲む
「万事休す…かしらね」
口ではそう言いつつも、必死で打開策を考える
そんなジャスミンに、それまで静観していたワイズが近寄る
「イヒヒヒヒヒ、もうゲームオーバー?」
「残念。諦めは悪い方なの」
不快な笑みを浮かべる敵に虚勢を張る
「そっか~!じゃあその努力に免じてこのコ達の事を教えてあげるヨ!

「…」
その言葉に素直に耳を傾ける
「まず、人数を数えてごらんヨ!

言うとおりにする
戦闘中は、人数を把握することさえままならなかったが、ジャスミンはそこであることに気付いた
「10人…」
ピエロの顔には、それぞれ1~10の数字がペイントされている
行方不明者の数、“11人目”、“12人目”それまでの言葉が全て結びつく
「わかった~?このコ達はボクが誘拐した人間をピエロとして“作り変えた”存在なンダ!

その事実が、ジャスミンの怒りに火をつける
「ふざけないで!いますぐ彼女たちを解放しなさい!」
しかし、怒りの言葉は、ワイズを愉快にするものでしかない
「解放する~?何馬鹿なこと言ってんの?

ワイズはニッコリ笑うと
「それより自分の心配をしたら~?…といってももう遅いケド!

高笑いが響く
「く…」
ワイズがパチン、と指を鳴らすと、2人のピエロがジャスミンの両腕を掴み、拘束する
「放しなさい!」
必死に抵抗するが、人間の何十倍もの力を持つピエロの前には意味をなさない
「では、チミにも生まれ変わってもらおうカナ!

ワイズがそう言って手をかざす
「…!

次の瞬間、
「たあ!」
ジャスミンを拘束しているピエロの一体が、大きく吹っ飛んだ
「えい!」
現れた小さな人影は、他のピエロにもキックを浴びせ、ジャスミンから引き離した
「何!?」
驚きの声をあげるワイズの前に、その人物は敢然と立ちはだかった
「…ウメコ!」
「ジャスミン遅れてゴメン!大丈夫だった!?」
敵と同様に驚きを隠せない相方に向かい、ウメコは安心させるような笑顔を向けた
「絶対絶命…って感じですわ」
その表情を見て安堵したのか、ジャスミンも冗談で返す
「じゃあ平気だね!とにかく行くよ!」
ウメコがSPライセンスを構え、ジャスミンもそれに応じる
「「チェンジスタンバイ!」」

「し、しまったァ!」
ワイズが狼狽する
思わぬ乱入者に気を取られ、隙を与えてしまったことに
そして、2人の女刑事が声を揃え、叫ぶ
「「エマージェンシー・デカレンジャー!!」」

コールを受けたデカベースから、形状記憶金属“デカメタル”が微粒子状に分解され送信される
そして、彼らの身体の表面で定着され、デカスーツとなるのだ
「「フェイス・オン!」」

「デカイエロー!」
「デカピンク!」
スーツとマスクに身を包んだ2人の女刑事が、各々のコードネームを名乗り、構える
「ウメコ、このピエロ達は誘拐された人達が操られているわ!」
「オッケー!」
イエローの簡潔な指示を受けピンクが動く
そのスピーディな跳躍は、人間を凌ぐ身体能力を持つピエロをしても捉えられるものではなかった
「ディーナックル!」
ピンクは、空中で軽やかに一回転すると二体のピエロの背後に回り込み、格闘専用武器ディーナックルをスタンモードにし、首元に叩きつけた
すると、
バタン
「ちょっと痛いけど、ガマンしてね!」
二体のピエロは、無言のまま倒れ伏した
「キィイイイイイイ!何やっているの!早くやっつけちゃえ!」
憔悴しきったワイズが、ピエロ達に指示する
しかし、2人のスペシャルポリスがピエロを昏倒させるまでそう時間はかからなかった
そして、
「少しだけお休み!」
イエローが、最後の一体を気絶させる
「いぇーい!」
ピンクが、白いグローブに包まれた手を掲げる
「…ふふっ」
イエローも応じるように笑うと、ピンクと手を合わせ、ハイタッチをする
そして2人は、最後の敵に向き合った
「後はお前だけよ!ペニー星人ワイズ!」
「大人しくお縄に着くべし!」
デリート許可がされている以上、お縄に着くことなどないのだが、そんなことに突っ込んでいる余裕など言ったジャスミンにもウメコにも、もちろんワイズにもありはしない
「キエエエエエエエエイ!」
甲高い悲鳴を上げながら、ワイズは両の手から黒い光弾を放った
二つの弾は、デカイエローとデカピンク目がけ、一直線で進む
そして、直撃しようかという瞬間
「ふん!」
「たぁ!」
2人の刑事は、手にした十手型の武器・ディースティックで光弾を弾き飛ばした
「な…にぃいいいいいいいい!?」
追い詰められたワイズにはもはや先程の余裕など欠片もなく、泣きわめく子どものようであった
「ワイズ!覚えておくことね!」
デカイエローの高らかな声が響く
「地球署のツインカムエンジェルの名を…」
デカピンクのまっすぐな声が通る
「「心(ハート)に刻んでおくべし!!」」

「ぐ…このクソ女どもメエエエエエエエエ!」
叫びながら、ワイズが突撃する
「ジャスミン、アレ行く?

「いいんでない?

イエローとピンクは、言葉少なに、しかし確かなコンタクトを取り、各々のディースティックとディーナックルを合体させ、パルスビーム銃を作る
「ディーショット!」
猛スピードで突進してくるワイズを軽く避ける
イエローは直立し、ピンクは膝を地について、銃を構える
「「ツインカムショット!」」
各々の銃口から放たれた黄色と桃色のビームの連射が、ワイズに襲いかかる
「ぐ…ぐぎゃああああああああああああ!」
断末魔の悲鳴を上げ、ワイズは、倒れた
「「got you!」」
2人はお互いを背にし、倒れたワイズに向けて勝利のポーズを決める
しかし、
「…え?」
倒れたはずのワイズの姿が、爆発することもなく消失したのだ
「逃げたの!?」
ピンクが辺りを見回す
「やられたわ…ヤツの周到さを忘れるなんて…」
イエローが額に手を当てて言った
「だけど、あのダメージならそう遠くへはいけないはず。ウメコ、バン達に連絡は?」
「もうしてあるよ。もう少しでここに来ると思う」
「そう…」
ジャスミンは、心の中で逡巡していた
ここでバンとホージーを待つ方が、後で追い詰められる可能性は高まる
それはしかし、今にも逃げられる可能性を目の前に放置することを意味していた
そんな時、ピンクが振り向きざまに言った
「ジャスミン、アイツを追わないと!ここでグズグズしてたら逃げられちゃう!」
その言葉にイエローは、
「…賛成の反対の反対!」
2人は頷き合うと、部屋の奥にあるもう一つの扉へ走り出した
ジャスミンは、ウメコの迷いのなさに感謝した
(やっぱりこういう所に助けられてるなぁ…)

ドアを開けた先は真っ暗な一本の通路だった
ワイズがここに逃げた保障などはどこにもない
もしかしたら、別の隠れ道があったのかもしれない
しかし、2人は直感していた
この先にワイズがいる、と
それは、現場においては何よりも信じられる“刑事の勘”によるものであった

「ここね…」
通路の先にあったのは、一つのドアであった
「行くよ、ウメコ!」
デカイエローは扉を蹴り開け、ディーショットを構えた
デカピンクもそれに続く
「な―」

目の前一面に広がっていたのは鏡の世界であった
すなわち遊園地にあるアトラクションの一つ、所謂『鏡の迷路』である
しかし、ただの迷路とは違うおどろおどろしい雰囲気が、2人には肌で感じられた
いる。
ここに、ワイズが―
「ジャスミン、二手に分かれて―」
「ダメ

ウメコの言葉をジャスミンはピシャリと遮った
「この迷路ではワイズの方が有利よ。一人になって狙われたらまずいわ」
「でも―」
逸る気持ちで言うウメコに、ジャスミンは、
「ウメコ、私を信じて」
ただそれだけ言った
対してウメコは、
「…うん!」
力強く頷いた
(ジャスミンが一緒で良かったぁ~)
心の中でウメコは安堵した
もし自分一人だったら、考えなしに動いて敵の罠にかかっていたかもしれない
いつも冷静な相方の存在に、ウメコはただ感謝した

結果的に、ジャスミンの判断は正しいものであったといえる
通常のものより何倍も入り組んでいるこの迷路では、一人ではワイズと戦闘になれば圧倒的不利は避けられないものであろう
2人はお互いを背にしながらディーショットを構え、慎重に進んでいた
鏡の迷路では、死角がどこなのかさえ分からない
もし一人であれば不安に押しつぶされそうになるかもしれない
しかし、今は背にした存在が、お互いの心を支え合っている
この状況においてジャスミンもウメコも、極めて冷静であった
心の中にはワイズへの怒りがある、しかし同時に勝利への揺るぎない自信があった
熱いハートでクールに戦う―地球署の刑事としてのプライドを、2人は決して忘れることはなかった

そして、デカピンクは見た
鏡に映るピエロの姿を―
「ジャスミン!」
イエローの死角となっていた地点をディーショットが撃ち抜く
しかし、
パリン、という音と共に、鏡が割れただけであった
「ああっ!」
「落ち着いて、ウメコ!この近くにいるのは間違いないわ」
即座に状況を分析したイエローが、ピンクに指示を送る
「…うん」
そうして、2人はまたディーショットを構え、歩を進めた

しかし、ジャスミンの判断には一つの間違いがあった
それは、ワイズが自分達のすぐ近くにいる、ということである
「イヒヒヒヒヒ…」
ワイズは迷路の中、しかし、2人からは遠く離れた地点にいた
そう、ワイズは鏡の迷路の構造を全て把握し、どこにいればどの鏡に映るのかということさえも理解しているのである
つまり、ワイズは近寄らずして相手に姿を見せることができるのだ!
しかし、そんなことを2人は知る由もない
そして、ワイズのもつ“能力”についても―
「そろそろショーも終盤カナ~?


「くっ!またなの!?」
光弾が、鏡を破壊する
しかし、依然として敵は実態を現さない
その事実は2人の神経を確実にすり減らしていた
「ワイズ!隠れてないで出てきなさい!」
耐えられなくなったピンクが叫ぶ
イエローも、それを咎めはしない
そして、次の瞬間―
「イヒヒヒヒヒ、わかったヨ~

2本の腕が、イエローの肩を掴んだ
「なっ…!?」
「ジャスミン!」
ピンクが慌ててディーショットを撃つ
パリンという音とともに、また鏡が割れる
同時にイエローも後ずさる
「ジャスミン、大丈夫!?」
イエローに駆け寄るピンク
しかし―
「ウメコ、後ろ!」
言葉を発するより先に姿を現したワイズが、ピンクを背後から羽交い絞めにする
「うぅ…!」
「くっ!」
ディーショットをワイズに構える
「ウメコを放しなさい!」
「いいヨ~

その言葉と同時にワイズはピンクを解放すると、鏡の中へ姿を消した
「か…は…!」
「ウメコ、しっかり!」
ピンクに駆け寄る
「大丈夫…でも…」
その言葉にひとまず安堵する
しかし、
「アイツ、鏡の中を…」
自由に移動できる―
その事実が、2人を打ちのめす
圧倒的不利どころではない。これでは、まるでクモの巣に懸かった蝶のようなものだ
『イヒヒヒヒヒ!ようこそボクの作った迷宮へ、地球署のツインカムエンジェル?』
馬鹿にするような口調のワイズの声が響き渡る
『ショーもクライマックスだネ!チミ達には最高のステージを演じてもらうヨ!』
「ふざけないで!姿を現しなさい!」
不快な声に我慢しきれず、ジャスミンは声を荒げた
返事はなかった。それと同時にあることに気付く
「ウメコ…?」
先程までそこにいたデカピンクの姿が、ないのだった

「ジャスミン、どこ!?」
気がつけばイエローの姿を見失っていた
ワイズの仕業であることはもはや疑いようもない
視界に、ワイズの姿が映る
「っ!」
撃ち抜く
しかし、光弾は虚しく鏡を割るだけだった
「ワイズ!隠れてないで正々堂々勝負よ!」
返ってくる言葉はない
逆にうろたえるウメコをあざ笑うかのように、ワイズは鏡の中にその姿を映すだけである

ジャスミンの精神状態はすでに限界を迎えていた
この空間では何をしてもワイズの思うがままだ
もはやこちらの命を握られているといっても過言ではない
「どうすれば…」
思わず膝を突いてしまう
この瞬間にもワイズはこちらを攻撃できる
しかし、自分には打つ手がない。どうすることもできない
恐らくヤツはこの姿をあざ笑っているのだろう
(鏡がなければ…)
その時、
突然、ある考えが閃く
(鏡…?)
そう、鏡がなければヤツは自在に動くことはできない
(それなら!)
デカイエローは、目の前の鏡を破壊した

同じ頃、デカピンクもまた周囲を破壊していた
(鏡を手当たり次第に壊せば、ワイズも姿を現すはず!)
ウメコの考えは奇しくもジャスミンのそれと全く同じものだった
しかし、それは全くの偶然ではない
スペシャルポリスとして死線を潜り抜けて得た経験が、2人を同じ答えへと導いたのだ

そして何枚の鏡を壊したかわからなくなってきた時―
「ウメコ!」
「ジャスミン!」
2人の刑事が合流した
そこに、
パチパチパチ…と、拍手のような音が響く
それと共に、
「イヒヒヒヒヒ、すご~い!流石はSPDダネ!まさにショーのフィナーレに相応しいヨ!

なおも余裕な態度を崩さず、不気味なピエロが姿を現す
しかし、地球署の刑事も凛然とした態度で挑発する
「ワイズ、鏡はもう使えないわ!」
「アンタのショーもこれで終わり!」
その言葉に、ワイズも
「そうだネ~…この辺でグランドフィナーレといこうカナ~

ゆったりとした動きで、しかし臨戦態勢に臨む
デカイエローとデカピンクも、ディースティックを構え、敵に対峙する
(この余裕、なんなの…?)
(ハッタリよ。ワイズの戦闘能力は決して高くないわ)
2人の間だけで通信を送る
確かに、この状況において悠然とした態度を崩さないのは明らかに不自然である
しかし、相手は姑息極まりないアリエナイザーだ
常にこちらの心理を突くような手を使うことはすでに明白。この態度も、動揺を誘うものとみて間違いないだろう
しかし、油断はできない
だが、このまま膠着が続くと、ワイズの新たな手がくるかもしれない
だから
「先手必勝!」
「一気に行くべし!」
2人の刑事は20メートルほど前方にいる敵に向かい、走り出した
「「ツインカムラブリーアタック!!」」
手にしたディースティックにエネルギーを込め、ワイズに向ける
その距離、残り10メートル―
ワイズが右手をかざした
しかし、そんなことを気にしてはいられない
ディースティックをワイズに突き立てる――その直前
「…え?」
2人の身体は、ワイズに届くことなく、地面に崩れ落ちた
「…?」
何が起こったのかは全く理解できない
しかし、突如床が起き上がったかのような感覚に襲われ、身体が凄まじい勢いで倒れたのだ
更に、
「「うわああああああああああああああああ!!」」
身の毛のよだつような悲鳴を上げ、黄色と桃色の、2人の刑事は激しくのたうちまわった
「く…あ…」
「うあ…ああ…」
デカイエローは体中に走る謎の痛みに耐え、こぼれおちたディースティックに手を伸ばす
それを、
バキン!
「っ!」
無慈悲なピエロの足が、いとも簡単に破壊した
「ワイズ…一体、何を…?」
声を出すのも精一杯に、苦痛に耐えながらワイズに問う
「何度も言わせないでヨ~。これはショーなんだヨ。ボクとチミ達のネ!

その言葉に、ある疑念がわきあがる
「まさか…」
それを口に出す前に、ワイズが答える
「そういうこと!チミ達なんか、ホントは片腕で始末できるなだけどネ、ショーの『演出』のとして遊んでただけだヨ!

その事実に愕然とする
ジャスミンとウメコの決死の戦いは、目の前のピエロにとっては『遊び』でしかなかったのだ
「フフフ、だけどチミ達、けっこうイイ道化だったよ。ピエロの僕より道化役に向いてるかもネ!

冷笑と共に侮蔑の言葉が送られる
その瞬間、2人の心に屈辱が満ちる
「いい表情ダネ。けど、もうお開きにしようカネ、地球署のツインカムエンジェル?

ワイズは、右手の人差指と親指を立てる。そのポーズは、まさに―
「got you

先程の意趣返しのように
をさす
次の瞬間、2人の意識は闇に呑まれた

暗い一室に、二つのベッドがある
横たわっているのは、SPDの制服を着た女性2人だ
その顔は全くと言っていいほど表情がなく、大きく見開いた目は虚ろなものであった
そこに一人の男が現れる
真っ白な肌に奇怪なペイントを施された顔。長く裂けた口からは鋭い歯が覗いている
その男―ペニー星人ワイズは、小柄な女性の顔を、愛おしげに撫でた
続いて、長身の女性の顔も同様に撫でまわす
「素晴らしいネ…これほどまでに魅力的な“エモノ”は見たことがないヨ

ワイズは、2人を仮死状態に処理し、この場所に安置していた
その行為にどんな意味があるのか
誰もが抱くような疑問に答えるように、ワイズは“あるもの”を用意した
それは、画家が使用するような絵の具、筆、パレットの一式である
「フフ…」
ワイズは不気味に笑うと、パレットに白い絵の具を垂らした

「…!」
ウメコは暗闇の中で目を覚ました
身体各部に拘束具がついており、首を回すことさえできない
周囲のものは全く見えないが、隣によく知る人物の気配は感じられた
「ジャスミン…?」
「ウメコ…目が覚めたの?」
仲間の無事を確認し、安堵するが、すぐに心は曇る
「私達…負けちゃったの…?」
「…そうみたいね」
問いかけに、ジャスミンの深刻そうな声が返ってくる
完膚なきまでの敗北
全て敵の筋書き通りに行動させられ、最後には理解不能な攻撃で敗れた
敵は自分達を“玩具”程度のものにしか見ていないことがわかった
悔しさに涙がにじむ
「ウメコ…泣いちゃダメ」
暗いトーンではあったが、必死に慰めてくれるジャスミンに、ひたすら感謝の念と、申し訳なさがこみ上げてくる
「小梅ちゃん、よい子強い子めげない子…でしょ?」
「…うん」
ウメコは、謝ろうとした言葉を飲み込む
ここでそんなことを言えば、ジャスミンの心に負担をかけるだけだ
今はこの状況の打破が最優先なのだから
と、その時、スポットライトが2人に向かって灯される
「…っ!?」
急に光をあてられ、眩しさに目を細める
そして、
「おっはよ~!地球署のツインカムエンジェル」
聞くだけで気分の悪くなるような声が響く
「ワイズ…」
憎むべき敵が、部屋に入ってきたのを理解する
「私達を笑いに来たワケ?悪趣味極まりないわね」
隣でジャスミンが皮肉たっぷりに言う
ウメコもそれに続いて、
「この変態ピエロ!」
それを受けて、ワイズは、
「まさしくその通り!チミ達の道化ぶりときたらこれほど愉快なものは他にないからね、地球署のツインカムエンジェル」
その言葉に、ジャスミンが激昂する
「お前なんかに、そんな呼び方をされる謂れはないわ!」
「おや?おかしな人だネ。自分の言ったことも忘れてちゃったのカナ~?」
そう言うと、ワイズは指をパチンと鳴らした
すると、
『ワイズ、覚えておくことね!』
『地球署のツインカムエンジェルの名を…』
『心(ハート)に刻んでおくべし!』
先刻の戦闘で、他でもない自分達が言った言葉だ
それを聞くと、2人の心が屈辱で満たされる
「この…!」
怒りを露わにする2人に、ワイズは、
「うん!地球署のツインカムエンジェルの名は確かにボクのハートに刻まれたヨ。最高に愉快な“道化”としてネ…イヒヒヒヒヒ!」
しかし、ワイズの挑発を受けてもなお2人の心には折れることなく、希望の火が宿っていた
(きっとバン達が駆けつけてくれる…!)
(だから、絶対こんな奴の言葉になんか屈しない!)
そんな2人に、一体ずつのピエロが近寄る
その手に握られているものは―
(手鏡…?)
(何をする気なの…?)
意味不明なピエロの行動を訝しむ2人に、ワイズが口元を不気味に歪める
「“セブン”、“ナイン”、見せてあげなヨ」
“セブン”と呼ばれた、瞼に“7”の文字がペイントされたピエロが、ジャスミンの横に立つ
“ナイン”と呼ばれた、首筋に“9”の文字がペイントされたピエロが、ウメコの横に立つ
そして、2体のピエロは、2人の女刑事に手に持った鏡を見せた―

「い…やあああああああああああ!」
悲鳴を上げたのは、ウメコの方だった
一方ジャスミンは、
「あ…あ…」
鏡に映る自分の“貌”にただ呆然としていた
無理もない。そこに映っているのは―
「どうカナ?生まれ変わった姿は」
真っ白い肌に色とりどりの星やハート、涙のマークで彩られた“ピエロ”の顔だったのだから―
「ふざけないで!元に戻しなさい!」
我に返ったウメコが叫ぶ
「嫌ダヨ。せっかく苦労して“作った”玩具なのに」
ワイズは、いつもの調子でおどけるばかりだ
「この…絶対許さない!」
ジャスミンもまた怒りのままに叫ぶ
しかし、本人達は気付いていないことなのだが、
怒りを露わにすればするほど、口元に施された歪んだメイクにより、その顔は笑っているように見えたのだった
「イヒヒヒヒヒ、そしてもう一つプレゼントだヨ」
ワイズがパチンと指を鳴らすと、2人の顔にある変化が現れた
「…!?」
ジャスミンの右頬には、黄色の“11”の文字が、
ウメコの左頬には、ピンク色の“12”の文字が、
くっきりと、浮かび上がってきたのだ
これが何をするか、もはや考えるまでもない
「いや…やめて…」
これまでの戦いの中で、どれほどの苦境に立たされても決して弱音を吐かなかった黄色の刑事が―
「助けて…お願い…」
“諦め”という言葉を知らないはずの、不屈の精神を持った桃色の刑事が―
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!ヒーヒッヒッヒッヒッヒッ!コイツは傑作だヨ!スペシャルポリスがアリエナイザーに命乞いとはネ!」
ワイズは、狂ったように笑い転げた
「ヒィ…ヒィ…ヒィ…」
興奮が収まると、呼吸を整えながら立ち上がる
「ホントーにチミ達は最後の最後まで楽しませてくれるネ。今まで見てきたどんなショーよりも素晴らしいヨ」
もはや皮肉なのか称賛なのかもわからないワイズの言葉も、すでに2人の耳には届いていない
それほどまでに深い絶望が、2人を飲みこんでいた
そしてワイズは、懐からあるものを取り出した
それは、ちょうど顔を包むような大きさの“お面”であった
しかし、通常のものとは違い、表面にはなにも描かれていない、真っ白なものだった
「コレを被ると、そのメイクが本物の肌になるんだヨ。そして、魂も生まれ変わるんだネ」
右手に持ったお面をジャスミンに、左手に持ったお面をウメコに近づける
「ひっ…」
「いやぁ…」
2人の顔が恐怖に引きつり、目が見開かれる
しかし、その表情はやはり―
「…いい笑顔だヨ、地球署のツインカムエンジェル♪

それが、礼紋茉莉花と胡堂小梅の聞いた、最後の音となった

霧島美羽は、遊園地のベンチに一人座っていた
先程、宇宙警察の男性二人がアリエナイザーは倒されたという旨をこちらに告げ、去っていった
もう夜も遅い。一緒にいた友達からは先に帰っていると連絡があったし、自分も早く帰らないと家族が心配するだろう
しかし、彼女がここにいるのにはある理由があった
(お礼言わないと…)
自分を助けてくれた2人の女刑事に―
話を聞けば、あのピエロの怪人を、彼女達は2人で倒したらしい
やはり自分とは世界の違う人達なのだと思う
しかし、命を救われた礼は、きちんと言葉で返さなきゃ―
そう思い、2人のことを待っていたのだ
そして、その時は来た
遠くの方から、宇宙警察のユニフォームを着た2人の女性が歩いてきた
「…!」
美羽は満面の笑みを浮かべ、2人に走り寄った
「無事だったんですね!」
思わず目に涙が浮かぶ
「もっちろん!」
「私達の相手じゃなかったわね」
口では明るくそう言っているが、おそらく戦闘は激しいものだったのだろう
美羽にさえ、そのことが理解できた
「よかった…」
緊張の糸が切れたことで、俯き、泣きだす美羽
そんな彼女に、
「…心配してくれてたのね」
長身の女性が、優しい声色で慰める
「でももう平気だから、顔あげなよ!」
小柄な女性が、朗らかな口調でそう言う
その言葉に従い、美羽は顔を笑顔を作り、俯いた顔を上げた
次の瞬間―
「…え?」
表情が硬直した
目の前には、2人の女性刑事がいる
しかし、その顔は数秒前のそれとは違い、白くペイントされ、顔中にマークが描かれており、鼻先には真っ赤な球体が着いている
「…」
もはや自分の頭の中でさえ、何が何だかわからない
悲しみ、混乱、恐怖、絶望―それらが複雑に混じり合い、美羽の頭はすでに飽和状態であった
そんな自分を現実に返すように、耳元で誰かがささやく
「鬼ごっこだヨ、美羽。その2人から10分間逃げられたらチミの勝ち。見つかったら負けだ」
それは間違いなく、あのピエロ怪人のものであった
その瞬間、美羽は理解した
2人の刑事は、敗北したのだと―
そして、あの化物の僕となってしまったのだ
そこで、美羽はようやく
「い…いやあああああああああああああああああ!!」
叫び声を上げ、全力で走りだした

逃げ去る少女の背を見ながら2人の女刑事―否、女ピエロは愉快そうに笑った
「アハハ、もっと逃げて逃げてー」
「早く隠れないとすぐに捕まえちゃうわよ~」
ワイズから2人に下された最初の命令、それは霧島美羽を捕まえるゲームをすることであった
視界から少女がいなくなって数十秒が経つ
すると、
「じゃあ、私はあっち側を探すね、“イレブン”!」
「わかったわ、じゃあ私はあっちね、“トゥエルブ”」
主から与えられた新たな名前…といっていいかもわからない“番号”でお互いを呼び合い、2人の女ピエロはそれぞれ反対方向へ走り出した

美羽は、遊園地の外れにある茂みに身を潜めていた
(助けて…誰か…)
心の中でそう願っても、救いの手などは差し伸べられない
今はただ、時間が過ぎるのを祈るほかにない
美羽はひたすら息を押し殺し、その時を待っていた
すると、
『ど~こ~に~い~る~の~か~な~』
楽しそうに笑う女ピエロの声が聞こえる
まるで、獲物を前にしたハンターのような―
おそらく、小柄な方であろう
美羽は、ひたすら息を殺そうとしていた
しかし、それが逆に気配を醸し出しているということに、美羽は気付かなかった
次の瞬間、
『見ーつけた♪』
目の前に、栗色のポニーテールの女が立っていた
「いやあああああああああああああ!」
美羽は、半狂乱になって飛び出した
(もう嫌!誰か助けて!)
無駄だとわかっていたもそう願わずにいられない
背後からは、
『アハハハハハハハ!待ってよ~』
笑い声を上げながら、ピエロが追ってきている
その時、
『残り時間はあと3分だヨ。ガンバレ~』
化物の声が響く
「ハァ…ハァ…!」
疲労もすべて無視してひたすらに美羽は走った

『残り30秒だヨ!』
耳障りな声
しかし、今はそれがありがたく感じられる
(あと30秒逃げれば―)
そこに、またポニーテールの小柄なピエロが姿を現す
「今度は逃がさないよー♪」
最後の力を振り絞って、美羽は疾走した

『残り10秒~!9、8…』
振り返ると、やや遠くにピエロの姿がある
残り数秒で追いつけることは不可能だ
(やった…!)
美羽の心に歓びが湧き上がる
これでこの悪夢から解放される
『5、4、3、…』
その時、トンと、肩に手が置かれる
「…え?」
呆然として、振り向いた
「捕まえた♪」
亜麻色長髪の、女ピエロがそこにはいた
『あ~!残念、ゲームオーバーだヨ!』
芝居がかるような、甲高い声が囁く
「あ…あぁ…」
「フフフ…すぐに貴女も一緒になれるわよ、“サーティーン”」
そこで、美羽の意識は闇に呑まれた

「あぁ~!“イレブン”ってばずるい!私が追いかけてたのに!

眼前の獲物を横取りされた形となった“トゥエルブ”―数時間前まで『胡堂小梅』という名の女刑事であったその女ピエロは、恨めしそうに、しかしどこか愉快気に言った
「これは賢いっていうのよ、“トゥエルブ”」
“イレブン”―同様に『礼紋茉莉花』であった女ピエロは、イタズラっぽく笑い、そう返した
それまでのピエロ―“ワン”から“テン”にはおよそ感情や仕草というものはなく、ただワイズの意のままに動く人形であった
しかし、2人の女ピエロには、「生まれ変わる」前の性格や記憶がある
女刑事とのゲームの中で、2人の絆に興味を持ったワイズは、あえてそのキャラクターを残しておいたのだ
それは図らずも、人々を守る誇り高きスペシャルポリスが、人々に笑われる哀れなピエロへと堕したことを鮮明に表す記号となっていた
「―よくやったヨ、“イレブン”」
闇の中から、ピエロの怪人が姿を現す
「ワイズ様!」
“イレブン”は、抱えていた少女を無造作に放り投げると、ワイズに向け跪いた
「初仕事御苦労だネ。感想はどうだったカナ?」
その言葉に、
「素晴らしいです…人間を恐怖に陥れるのが、こんなにも快楽だったなんて…」
恍惚とした表情で返した
「そうかネ。じゃあ、ご褒美だヨ」
ワイズは、跪いた“イレブン”の頭を撫でた
「あぁ…幸せです…ワイズ様ぁ…」
その表情は『礼紋茉莉花』が決して見せたことのないような、幸せそのものを表していた
「“イレブン”ばっかりずるい!ワイズ様!私にはー!?」
おくれて“トゥエルブ”も跪き、ご褒美を求めた
「イヒヒ…普通なら手柄なしにはお仕置きなんだがネ。今回は仕方がないネ」
そう言うと、“トゥエルブ”の喉元を撫でた
「うぅ~♪」
くすぐったそうに、しかし笑みを受かべる“トゥエルブ”の表情は、『胡堂小梅』という女性からは想像もできない淫靡さを放っていた

しばらく2人を撫で続けると、ワイズはあるものを地面に落した
それを見た2人のピエロは、満面の笑みから、恐怖を感じるような無表情へと変わった―
SPライセンス―スペシャルポリスとして正義の心を認められたもののみに与えられる、変身アイテム
それを、2人の女ピエロは、まるでゴミを見るような眼で見つめていた
続いてワイズは、小銃―SPシューターを、2人に手渡す
2人は、それを受け取り―
パン!パン!
何の躊躇もなく、SPライセンスを撃ち抜いた
それを満足気に眺めていたワイズは、
「宇宙警察の制服なんか着てられないよネ?チミ達にもピエロの衣装を着せてあげよう」
その言葉で、2人の表情に笑顔が戻る
「…もちろんです!このような忌々しいジャケットなどより―」
「ワイズ様の下さる衣装がいいです!」
かつてスペシャルポリスであった女ピエロは高らかにそう宣言した

「くそ!」
バンがデスクに拳を叩きつける
デカベース内は、沈鬱した空気に包まれていた
あの後、ジャスミンとウメコからの連絡が途絶え、翌日遊園地内から破壊されたディーアームズとSPライセンス、そしてズタズタに破かれたSPDのユニフォームが発見されたのだ
2人が敵の手に落ちたのはもはや疑いようのなく、生きているのかどうかさえも、わからなかった
その時―
『アリエナイザー出現!アリエナイザー出現!場所は中央通りの…』
「「「!!」」」
最後までそれを聞き終わることなく、バン、ホージー、センは飛び出していった

「キヒヒヒヒヒヒ!ようこそペニーサーカス団のショーへ!」
ピエロ怪人の神経を逆なでするような言葉が、3人に向けられる
「ふざけんな!ジャスミンとウメコはどこだ!?」
そのバンの叫びに、ワイズはとぼけたように、
「ジャスミン?ウメコ?誰それ~?」
「とぼけてもムダだ!」
いつも穏和なセンも声を荒げる
「ま、そんなカリカリしてないで、ボクの地球最後のショーでも見ていきなヨ!」
ワイズが指をパチン、と鳴らす
すると、虚空から11人のピエロが現れ、一糸乱れぬ動きで踊り始めた
よく見るとその顔には数字が刻まれている
1~10と、13
11と12の欠けたピエロ達は額に“13”と刻まれたピエロを中心に一列に並んだ

3人はしばし呆気に取られていたが、ホージーは、
「バン…あの子は…!」
「あの時の…!」
遊園地でジャスミンとウメコに助けられたという少女だった
つまり、それは―
「誘拐された人達ってことか!?」
その事実にただただ戦慄するしかない

「イヒヒヒヒヒ、“サーティーン”、初めてにしては上出来だネ」
その言葉に、かつて『霧島美羽』であった女ピエロ“13”は嬉しそうに頷く
そしてワイズは続けて、
「それじゃあ本日の主役に登場してもうおうカナ~!」
合図をすると、11人のピエロは一歩下がる
虚空から、2人のピエロが姿を現す
「地球のみんな、こんにちわー!

「私達はペニーサーカス団の一員!“イレブン”と―」
「“トゥエルブ”!2人揃って―」
抜群のコンビネーションで、2人の女ピエロはダンスを披露しながら自己紹介をする
「「ツインカムエンジェル!」」

「嘘だろ…」
その光景に、ただただ3人は立ち尽くすしかない
顔が白くメイクされていても見紛うはずがない
ボディラインを強調するような派手な模様のついた黄色とピンク色のレオタードスーツにフリルやレースで装飾された道化衣装を身に纏い、踊っているのは―
「ジャスミン…ウメコ…」
数日前に失踪したSPDのメンバーに他ならなかった

“イレブン”と“トゥエルブ”を中心とした、13人の女ピエロの演目が全て終わると、11人は後ろに下がり、2人が前に出た
そして―
「地球のみんな!覚えておくことね!」
“イレブン”の高らかな声が響く
「ペニーサーカス団のツインカムエンジェルの名を―」
“トゥエルブ”のまっすぐな声が通る
「「心(ハート)に刻んでおくべし!!」」
その言葉と共に、ワイズと13人のピエロは、忽然と姿を消した

目の前の現実に思考の処理がついていかなくなった3人の刑事は、呆然とするだけであった
その内、バンが、
「どこ行った、ワイズ!」
がむしゃらに叫ぶ
それに応じるように、声が響く
『うるさいなァ~。もう地球からは帰るヨ』
「何!?」
ホージーもようやく我に返る
『もうこの星には用がないからさァ、さっさと次の星に行くヨ』
「ふざけるな!2人を…誘拐した人達を返せ!」
センも続く
『嫌だヨ。せっかく最高の商売道具を手に入れたんだから、返すワケないジャン?』
「この…!」
ワイズの言葉は続く
『でもまあ、地球の女は逸材ぞろいだからネ。「処分」することはないと思うヨ。特に“イレブン”と“トゥエルブ”は永久に商売道具として使っていけるレベルだしネ』
「ワイズ!どこにいる!?」
『それじゃあ、バイバ~イ!』
その言葉を最後に、ワイズの声は聞こえなくなった
その場には、3人の刑事だけが残されていた

それから、
数々の惑星で女性が失踪、殺害される事件が多発したが、宇宙警察は依然として犯人を見つけることができなかった
その名はペニー星人ワイズ―今もどこかの星で女ピエロと共にショーを開いているのだろう

そしてある日、宇宙警察のデーターベースの新たなアリエナイザーが登録された
ペニー星人“イレブン”
ペニー星人“トゥエルブ”
ワイズの忠実なる下僕にして冷酷残忍な星間犯罪者である
しかし、彼女達が、かつてSPD地球署の女刑事であった、すなわち『地球人』だということを知るのは、ごく一握りだけである

『今日も頑張ろうね、“イレブン”!』
『そうね、“トゥエルブ”』