Case File.X-4 スウィート・テンプテーション
ユウリは、急ぎ現場へ向かった
爆発の余韻である煙が漂う中、ユウリはひたすら黒羽を捜索した
しかし、そこであることに気付く
(誰もいない…?)
そこには、ゼニットの姿も人の影もない
まるで人のいないところを、狙って爆破したような印象を受ける
ロンダーズではなく、人間の爆弾犯の爆弾魔の仕業だろうか
仲間と連絡を取ろうとしたその時
「…!」
確かな気配を感じた
以前感じたことのあるこの気配の正体を、ユウリは確信していた
(アイツね…!)
あの、漆黒の戦士
かつて二度まみえているが、その時感じた殺気と同じものだ
間違いなく、近くにいる
煙が晴れるのを待つ
しばし経って、煙が薄れてきたところに
「―!!」
ユウリは、その背中を見つけた
「…」
しかし、敵はユウリの存在には気付いていないようで、こちらに背を向けて、どこかへ去ろうとしているようだった
その背に向け
「待ちなさい、ロンダーズ!」
凛然とした声を、放った
「…」
黒の戦士が、その言葉に反応し、ユウリに視線を向ける
「…!」
ユウリは身に纏った私服を翻し、グレーの地にピンク色のラインが入ったインナースーツ姿になる
―これがこの敵との最後の戦いになる
根拠はないが、ユウリは心の中で確信していた
「行くわよ!」
胸の前で、両の腕を交差させる
その時、
『ば、馬鹿な!…貴女は…!』
機械で加工され、エコーのかかったような声が響き渡る
「…?」
その様子に、思わずユウリは構えを崩し、相手を見やった
今まで会話はおろか、動じるような仕草さえ見せなかった黒の戦士は、ユウリの姿に激しく狼狽しているようだった
『まさか貴女が…タイムレンジャーだったというのか!』
「っ…!?」
自分の事を知っている…?
彼女の姿を確認した敵の驚きように、ユウリは戸惑う
『そう…か…だから、ロンダーズの情報について詳細を…』
何とか得心いった風の敵に、
「一体何者なの!?」
状況がまだ飲み込めていないユウリに目の前で、
黒の戦士は、その装甲を解除した
そこから現れたのは―
「なっ―」
言葉が詰まる
そこにいたのは一カ月前に出会い、そして恋に落ちた相手
黒羽省吾であったのだから
(どういうこと…!?)
困惑するしかないユウリに、黒羽は
「ユウリさん、僕の話を聞いてくれ」
冷静に、そう言った
黒羽の口から真実が語られる
「以前から僕は、力を欲していた」
「世界をよりよい方向に変えていくことのできる力を」
「でも、いくら優れた機械技術を開発しても、何も得ることはできなかった」
「世の中は変わらない」
「経済弱者は虐げられ、罪を犯さざるを得ない状況に追いやられていく」
「そんな弱者たちが、世間によってさらなる攻撃をうける」
「こんなのは間違っている!でも、僕にはどうすることもできない」
「そんな時、出会ったんです」
「ドン・ドルネロと、ロンダーズ・ファミリーに」
「彼らは僕に30世紀の技術を与えてくれた」
「そして思ったんです」
「この力があれば、世界を変えていくことができると」
「ユウリさん、貴女にもわかるはずだ!」
「同じく“力”を持つものとして」
黒羽は、まっすぐにユウリを見据えた
対し、ユウリは
「でも、それは間違った力よ」
黒羽の言葉を、真っ向から否定した
それを受け、黒羽は
「使う力が間違っていても、正しい結果は導き出せるはずだ!」
「世界を変えるのは、強者の味方の体制側じゃなくて、弱者を守れる反体制側なんだ」
「確かに僕はこの力で人々を傷つけた報いを受けるだろう
「だが、その前に世界をより正しい方向に導くために―」
その言葉を言い終える前に
「なら、ドルネロのような金と暴力の亡者が、世を支配するのが正しいというの!?」
ユウリが怒りを込め、言った
そんなことはあり得ない
自分の家族はドルネロの差し金により殺されたのだから
それに対し、黒羽は
「違う」
「最も世を統治するに相応しいのは、貴女のような人間だ」
「心優しく、強く聡明で、人の痛みを知ることができる―」
「そんな人間が世界を導いていくべきだ!」
叫ぶように言う
「…どうして私に近づいたの?」
問いかけるユウリに
「僕はじきにこの力でドルネロやギエンを倒し、ロンダーズ・ファミリーのトップに立つ」
「そして、世界を変えていく」
「それが僕の使命だ」
「それを達成した時に、貴女に世界を治めてほしいと思った」
「だから、ユウリさん」
「時間保護局を抜けて、僕と一緒に未来を変えませんか?」
手を差し出す
「ドルネロには僕が口を利いておきます。クーデターを起こすときは貴女の力も必要になる」
「だから…」
そう言って、手を差し出す
「僕と来てほしい」
その言葉を、ユウリは
「それは無理よ」
あっさりとはねのけた
「私の使命は時空犯罪者を逮捕することよ。世界を変えるつもりなんて、さらさらないわ」
黒羽は差し出した手を下ろし
「そうですか、では、現代人である僕をどう裁くのです?」
問いを投げる
「とにかく、身柄は拘束させてもらうわ。刑を決めるのは、私じゃない」
ユウリは、毅然と言い放つ
「あなたには罪を償ってもらうわ」
対し、黒羽は
「そうですか…ならば力ずくでも貴女を僕のモノにする!」
その身体が黒い光に包まれ
一瞬の後、漆黒の鎧に身を包む
『30世紀の技術と我が社の技術を合わせ開発したこの戦闘用スーツ“ブラックシャドウ”で…!』
黒羽―否、ブラックシャドウは、背に差した大太刀を構える
対するユウリも決意を固め
「―クロノチェンジャー!」
桃色のクロノスーツに身を包む
「ダブルベクター!」
両手に2本の剣が形成される
「はああああああああああ!」
『うぉおおおおおおおおお!』
両者は、相手に向けて加速し、激突した
『フン!』
ブラックシャドウの大太刀が降り下ろされる
「せいっ!」
タイムピンクは身を翻すと、2本の剣で突きを放つ
『チッ!』
ブラックシャドウが大太刀で受け止める
両者の攻防は、まさに一進一退と言うに相応しかった
(あなたがロンダーズの協力者だったなんて…)
戦いの最中、しかしユウリは感傷に浸っていた
(こんなことって…!)
思い出すのは、あの戯曲文学
彼に渡され、その物語に魅了された
悲劇の運命により、引き裂かれた男女
愛した男と戦わなければならない自らの運命を、ユウリは嘆いた
しかし、その反面
今、ユウリは自分が物語のヒロインになったような、陶酔感を抱いていた
『フン!』
大振りの一撃が来る
それを間一髪回避し、その直後
「はあ!」
一瞬の隙に、斬撃を放つ
しかし、ブラックシャドウはその刃を、空いた手で受け止め
「な―」
タイムピンクの胸部に蹴りを放った
「きゃああぁぁぁっ…!」
華奢な身体が重たい一撃を受け、吹っ飛んでいく
「くっ…はぁ…はぁ…!」
立ち上がり、息を整える
『この程度ですか?貴女の力は』
挑発ともとれる言葉に
「まだまだよ!」
タイムピンクはクロノチェンジャーのボタンを押すとツインベクターを構え、走る
「アクセルストップ!」
『ムダです』
ブラックシャドウは大太刀を握る両手に力を溜め、
『ウォオオオオオオオ!』
雄たけびと共に、水平に斬りはらった
しかし、
『何!?』
タイムピンクの身体が、突如加速した
『…!?』
次の瞬間、タイムピンクはブラックシャドウの懐に入り、
「ボルスナイパー!」
至近距離から、前回の戦いでつけた傷に銃撃した
『グハアアアアアアアアアア!』
タイムピンクはブラックシャドウの胸部を蹴り、その反動で宙を舞い距離を取る
黒い巨体が、爆発を上げながら倒れる
『グ…』
再び立ち上がり。
『ハア!』
掌から光弾を放った
タイムピンクは、ツインベクターでそれを弾き返す
ユウリの胸は、前の二回以上の高揚感、そして爽快感に満たされていた
そこに、愛した男と戦わなくてはならないという陶酔感も加わり、その興奮は、最高潮に達していた
その後、2人の戦士は、凄まじい攻防を展開したが、両者ともに決定打を与えることはなく
「はぁ…はぁ…」
『グ…ガァ…』
体力がイタズラに削られていく
このまま戦いが続けば、おそらくスーツが限界を迎え、オーバーヒートするだろう
だから、
2人は、10メートルほどの距離で、対峙していた
『これで終わりにしましょう』
「…望むところよ」
次の、渾身の一撃で勝者は決まる
両者はそう確信した
しばしの膠着状態が続く
そして、
ヒュウウウウウと、風が吹き
近くにあった空き缶が、コロンと音を立てて倒れた
それを合図に
「はあああああああああああ!」
タイムピンクは、天高く飛び上がった
対するブラックシャドウは構えるのみで動きはない
カウンターを狙っている
それを察しても、しかし、桃色の戦士はおそれることなく
右手のスパークベクターを上に、左手のアローベクターを下に構え
「ベクターエンド・ビート6!」
2本の剣で、平行に切り裂く
時計の6時を示す型の、自身の最強の技を繰り出す
狙うは傷ついた胸部だ
対し、ブラックシャドウは
『フン!』
打ち上げるような形で、大太刀を振る
2本の刃と1本の大太刀
それが交差し―
一瞬の後、2人はお互いを背に、立っていた
しかし
『ガハッ!』
バキ、という音と共に、ブラックシャドウの胸部の装甲が砕け、地に膝が着く
回路がショートしたのか、身体中に電流が走っている
「勝負ありね」
タイムピンクが振り返り、スパークベクターを突きつける
(勝った―)
ユウリの心は、歓びに満ちる
1度目は敗れ、2度目には逃げられた
3度目にしてギリギリの勝利を掴んだことに
そして
(これでいいのよね…)
愛した男の暴走を止められたことに
戦いを避けられなかったことにほんの少し後悔が残るが、それでも晴れやかな気分だった
タイムピンクはブラックシャドウの眼前に立ち、
「ブラックシャドウ―黒羽省吾…あなたを逮捕するわ」
毅然と言い放った
その時
『フッ…』
ブラックシャドウは小さく笑い
次の瞬間
バキィ、という音と共に、タイムピンクの持つ双剣の刃が、粉々に砕け散った
「なっ!?」
驚くのも束の間
次は
ピシッ…という音と共に、タイムピンクのマスクが、中央から真っ二つに割れ、左右に落ちた
驚きに目を見開いたユウリの素顔が露わになる
そして
『勝負あり…ですね』
ブラックシャドウは大太刀で身を支え、立ち上がると、穂先をユウリに向けた
「あ…あ…」
まだ現実を受け入れられないのか、ユウリは呆然と立ち尽くしている
今の攻撃による身体へのダメージは全くない
しかし、最強の技は破られ、武器と頭部を守るマスクは破壊された
これを「敗北」と言わずして何と言うのか
『ユウリさん、僕はあなたを傷つけたくない。だから…』
左手で胸を抑えながら、ブラックシャドウは言う
『負けを認めてください』
ようやく、状況を把握したユウリは
カランと、両の手に持ったダブルベクターの柄を落とし
「私の…負けよ」
その言葉を口にした
『はい』
ブラックシャドウは左手から光のひものようなものを放つ
「あっ…!」
それは、ユウリの両手首に巻きつくと、手錠となって拘束した
ブラックシャドウはスーツを解除し、黒羽の姿へと戻る
「ユウリさん、投降してもらえますか?」
ユウリはその言葉に肩を震わせ唇を噛むと、小さく頷いた
次の瞬間、2人の身体は紫の光に包まれ、消失した