Case file.X-2 サワー・ハート
ユウリは、昨日と同じ喫茶店に来ていた
まだ昨日の戦闘でのダメージが身体に残っていたが、それでもここにいる理由はあの男―黒羽省吾からの連絡であった
次の取材機会を窺っていたユウリにとって願ってもないそれは願ってもないものであった
そして、
「こんにちは、桃井さん」
グレーの背広を着た、黒羽が姿を現す
「お忙しい中お呼びしてすみません」
黒羽が頭を下げ、ユウリもそれに応じる
「いいえ、こちらこそ誘っていただいて光栄です」
2人は体面して椅子に腰かける
「何か飲みますか?」
「じゃあコーヒーを」
黒羽は、ウェイトレスを呼ぶと、
「すみません、コーヒー2つと、彼女にチョコレートケーキを
「え?あの…」
呆気にとられるユウリに、黒羽は
「ここのチョコレートケーキは絶品でね。是非桃井さんにも食べてもらいたいと思いまして…嫌だったかな?」
「そんなことは…」
まだ会って2日目だが、ユウリは黒羽にある種の好ましさを抱いていたため下心の類ではないと判断し、行為を受けることにした
「随分と女性の扱いがお上手なんですね」
「いえ、そんなことは…」
ユウリが笑って言うと、黒羽も困ったように笑って応じる
しばらくして、コーヒーとチョコレートケーキが運ばれてくる
「ごゆっくり」
「ありがとう」
そのまま、しばし他愛もない身の上話が続き
ユウリがコーヒーに口を着けると、黒羽は
「そういえば、昨日この近くで騒ぎがあったそうですね」
その言葉に一瞬手が止まるが、平静を装い
「みたいですね。タイムレンジャーが鎮圧したらしいですけど」
「タイムレンジャー…ですか」
黒羽は窓の外を眺め、呟く
「何か…?」
訝しげに尋ねるユウリに、
「桃井さん、彼らについて何かご存じないでしょうか?」
「え?」
コーヒーカップを持つ手が再び止まる
「いえ、何でも屋で調査・取材を担当してらっしゃると聞いたもので。彼らについても何か調べているのではないかと…」
黒羽の言葉にユウリはナプキンで口をぬぐいながら
「ウチは依頼を受けて調査しますので。まあ、何度か興味本位の依頼ならありましたけど」
そう言うと、黒羽は柔和な笑みを浮かべたまま、
「そうですか。では、我が社についての調査依頼があった…ということですね?」
「あっ…」
墓穴を掘ったことに気付くが、もう遅い
「正解のようですね」
「あの…それは…」
思わぬ問いに、しどろもどろになる
「まあ、無理に話してもらう必要はありません。我が社を嫌う人は様々な業界にいますからね」
完全にこの男のペースに飲まれている
先程の笑みから一変し、真面目な顔つきで
「その方の事を、教えていただくわけにはいきませんか?」
その問いかけに、ユウリは
「…すみません。依頼人の個人情報を教えるわけにはいかないので」
歯切れの悪い言い方で、小さく頭を下げる
対し、黒羽は再び笑顔を作り
「まあ、そうでしょうね」
ユウリは、目の前の誠実な男性に対し、自分がやましいことをしているのではないかという気になり、罪悪感に襲われる
「すみません。私はこれから会議があるので、失礼します」
「あ…あの」
調査に失敗した―
自分を疑惑の目で見ている何でも屋の調査員と何度も会いたいと思う人間はいないだろう
引きとめる言葉なく、しかし呼びとめないわけにもいかず、声をかける
対し、黒羽は振り向くと
「また3日後にここで会えますか?
「…え?」
ユウリは唖然とした
普通ならば、ここで物別れに終わってもおかしくはない
しかし、この男は怒りもしないどころか、また自分を誘ってきている
「どうですか?」
「は、はい!是非!」
ユウリも笑顔を作り、返事をする
「それは良かった。それでは、また」
男は身を翻すと、去って行く
「チョコレートケーキ、是非食べてくださいね」
そう言って喫茶店を後にした
その背を見送るユウリの胸にあるのは
(もう少し、話したかったかな…)
ほんの少しの名残惜しさであった
そして、手のつけていなかったチョコレートケーキを、フォークで切り、口へと運ぶ
「…!」
その瞬間、程良い甘さと苦みが口の中で混ざり、溶け合う
「…美味しい」
目を丸く開いて呟くと、ほどなくして完食した
コーヒーを飲み干し、席を立つ
会計は、すでに済まされていた
「ただいま」
トゥモローリサーチへと戻り、レポートをまとめようと、パソコンを起動する
「どうだったんだ?調査は」
「…そうね。今一つ進展がないわ」
ドモンの問いかけに、素っ気なく答える
すると、シオンと共にパソコンを見ていた竜也が
「おいユウリ!ちょっとこれ…!」
呼ばれ、シオンのパソコンを覗きこむ
「これって…!」
そこに映っていたのは、依頼者・美河響子のデータだった
「情報掲示板で話題になっているんですけど、この人、黒い噂でいっぱいですよ」
「あの人やっぱり何か怪しいな…」
記された情報は全て根拠のない、まさしく噂レベルのものばかりだったが、それにしても異常な数であった
「それに一番多いのがこれ、ライバル企業潰し」
画面に、大量の情報が映る
先程の、黒羽の言葉が頭をよぎる
『あの手この手で私のスキャンダルをでっち上げようとする人も多い。その依頼人の方が、そういったことをしないとは限りませんし』
「こっちについても調べる必要がありそうね」
ユウリはそう結論付け、自分のデスクに戻った
3日後、ユウリは喫茶店で黒羽を待っていた
約束の時間は20分ほどすぎている
(忙しいものね…)
そもそも、今彼が自分に対応してくれていることが奇跡のようなものだと思う
その時、
「こんにちは」
黒羽が現れ、対面の席に腰かける
ウェイターが注文を聞きに来ると
「コーヒーを」
黒羽に続き、ユウリも
「私もコーヒーと、あと…チョコレートケーキを1つ」
注文を受けたウェイターが戻って行く
「気にいってもらえましたか」
黒羽が柔和な笑みを浮かべる
「はい!とっても…」
やや気恥しげにユウリが言うと、黒羽は満足気に呟く
しばらくして、コーヒーとケーキが届く
「では、本題に入りましょうか」
「その前に1ついいですか?」
ユウリは黒羽の言葉を遮り、言う
「…何でしょう?」
「どうして…今日私と会おうと言ったんですか?依頼された調査だったのに…」
ユウリの問いに、黒羽はやや所存なさげにし
「そうだな…貴女に興味があるから、とでも言いましょうか」
「私に…?」
訝しむユウリに、黒羽は
「最初貴女と会ったときに、素敵な女性だと思った。凛然とした中に聡明さと優しさが見えたようでね」
「…」
「この前は確かに少しショックはありましたが、申し訳なさそうにする貴女を魅力的に感じて、また会いたいと思いましてね」
「つまり、僕は貴女に惹かれているのです」
「…!」
その言葉にどう反応していいかわからず、俯くしかない
聞いていて恥ずかしくなるような言葉を、堂々と口にする
黒羽は笑みを浮かべ
「迷惑でしたか?」
「いえ、そんなことは…!」
歯切れ悪くユウリは言うが、そこに嘘はない
ユウリもまた、この男に悪い印象は持っていなかった
「では、そろそろ本題にはいりましょうか」
黒羽は会社に対する思いを、語り出した
「僕はね、未来を救いたいんです」
「未来…?」
黒羽は続ける
「ええ、このままいけばどんな未来が待っているかわからない。ですから僕の会社で少しでも未来に貢献できればいいと思ったのです」
綺麗事だと、ユウリは思う
その反面、どこかその言葉を否定できない自分がいる
彼の言葉をずっと聞いていたいと思う
そのまま、1時間ほど黒羽の熱弁が続いた
「今日も付き合ってくれて感謝します」
話を終え、黒羽が席を立つ
「いえ、取材をしているのは私の方だから…」
ユウリも席を立つ
「だから、今日は私が支払うわ」
黒羽に信頼を寄せ始めたユウリは、態度を柔らかくする
「女性にお金を払わせるわけには…」
その言葉を遮り、
「私が払いたいだけよ。借りを返すとかそういう意味ではないわ」
「しかし…」
口ごもる黒羽に、意地悪な笑みを見せる
「女性のお願いが聞けないのかしら?」
その言葉に、黒羽は参ったというふうに
「一本取られたなぁ。じゃあ、今日はごちそうになるとしましょう
笑い合うと、2人は出口へと向かう
店を出て2人はしばし歩くと、分かれ道に差し掛かる
「じゃあ、僕はこっちですので、また今度」
「ええ。それじゃあ」
頭を下げ、ユウリは帰路に着こうとする
と、
「桃井さん!」
「はい?」
すぐに呼びとめられ、振り返る
「今度、プライベートで会いませんか?」
「…え?」
キョトンとする
「僕は貴女に…恋をしてしまったようです」
トクンと、胸が鳴るのが聞こえる
知り合ってまだ数日しか経っていない男の告白に、動揺を隠せない
まっすぐな目で見られ、しかしユウリは目を逸らすことしかできない
先程の言葉を思い出し、顔が熱を持つのがわかる
「ダメ…でしょうか?」
何らかの返事を求める声に、ユウリは
「…連絡、待ってるわ」
言うと、黒羽が満面の笑みを浮かべ
「ありがとうございます!」
頭を下げた
「では、また後日」
黒羽が嬉しそうに言って、背を向けたその時、
「…あの!」
今度はユウリが呼びとめる
「何でしょう?」
「ユウリでいいわ」
「はい?」
「だから名前…ユウリって呼んでいいから」
照れくさそうに顔を背けるユウリに、黒羽は
「わかりました。ではまた、ユウリさん」
言い残し、歩いて行った
ユウリはその姿が見えなくなるまで見送った
(恋…か)
幾分か重い足取りで、ユウリは帰路に着いていた
自分には男性経験はない
幼いころに家族を失い、過酷な環境の中生き抜いてきたユウリにとって、それはまるで別世界のようなものに感じられていた
インターシティ警察に入ってマフィア担当捜査官となり、家族の仇であるドルネロについて調べるべく時間保護局に潜り込んだ
職場では周りは男性ばかりであったが、特に彼らに対して恋愛感情はおろか、仲間意識さえ抱くことはなかった
タイムレンジャーとして2000年に来た今でも、自分は男性ばかりに囲まれている
無論、彼らは大切な仲間であり、ユウリもこれまでと違い、信頼を寄せている
しかし、それは恋愛感情とは別のものだと、ユウリは思う
そして、これまで抱いたことのない感情が、今この胸にある
これが何なのか、自分自身よく理解できない
だが、黒羽の言葉に胸が高鳴り、彼との別れ際には名残惜しさが残る
この気持ちは、一体なんなのか
(…バカみたい)
と、ユウリはその考えを打ち切り、歩を進めた
「ようこそ、タイムレンジャー」
廃工場で、5人の戦士は奇妙な格好をした女と対峙していた
「リラ、今日こそお前を逮捕するわ」
その中心に立つタイムピンクがエンブレムを翳し、宣言する
「やれるものならやってごらんなさい」
挑発に応じるように、
「行くわよ!」
5人の戦士は各々の武器を持ち、走り出す
それを、大量のゼニットが迎え撃つ
「はあ!」
「たあ!」
「とう!」
「せいやぁ!」
「えい!」
5人は、ゼニットを次々撃破していく
しかし、
「うわ!」
タイムグリーンが攻撃を受け、倒れる
「シオン!」
タイムイエローが引っ張り起こす
「はい、でもこのゼニットなんだか…」
「いつもより強い…」
それは他のメンバーも感じていることで
「ちっ!」
「キリがないな」
徐々に5人は追い詰められている
「オホホホホ!思い知ったかしら?お前達を倒すために強化開発された“パワードゼニット”の力を!」
遠くから眺めていたリラが、高笑いと共に告げる
「ぐあっ!」
「くっ!」
「だあっ!」
「うわっ!」
「きゃあっ!」
攻撃を喰らい、吹っ飛んだ5人を、無数のゼニットが囲む
「クソ!」
タイムイエローが吐き捨てるように言う
「ユウリ、ここは一旦離脱して戦況を―」
タイムブルーが、言い終わる前に
「はああああああああああああ!」
タイムピンクが立ちあがり、ダブルベクターを手に、駆け出す
「ユウリ!?」
ゼニット達を、鬼気迫るような動きで、斬り伏せていく
冷静な判断力を持つ司令塔のユウリからは、考えられないようなことだ
「はあ!」
タイムピンクは囲んでいるゼニットを振り切り、その先にいるリラへ、穂先を向ける
その頭には、先日の黒い戦士との戦いが蘇っている
しかし、ユウリの胸は激しい怒りで満たされている
(どうして!?)
あの時感じた高揚感―
黒い戦士の圧倒的な力に敗れながら、その胸に生じていた奇妙な感覚
あれ以降、戦いの中で感じることはない
それを得るために、ユウリは一心不乱に剣を振るった
「はあああああああああああ!」
構え、リラに向け突進する
「喰らいなさい!」
リラの持つビームガンが光線を放つ
「はっ!」
それを弾き返し、さらに距離を詰め
「たあっ!」
間合いに入り、長剣・スパークベクターを突き立てる
しかし、
「甘いわ!」
集中力を欠いたユウリの攻撃をリラは容易く見切り
「ふん!」
「な―!?」
右手首を蹴りあげる
それみより、スパークベクターはタイムピンクの手を離れ、弧を描き、宙を舞う
「…この!」
左手のアローベクターを同様に突き立てるが
「ふふっ」
リラはそれを避けると、タイムピンクの左腕を掴む
「しまっ―」
「はっ!」
左腕を捩じり上げ、無防備になったタイムピンクの胸部に至近距離からビームガンを撃つ
「ああああああああっ!」
悲鳴が上がる
「ユウリ!」
なんとかゼニットを撃破した4人が、援護しようとするが―
「動いちゃダメよ?」
リラはタイムピンクの左腕を拘束したまま羽交い絞めにし、顎に銃を突きつける
「う…ぐ…」
「くそ…」
手を出せない4人に、リラは
「武器をしまいなさい」
「…っ!」
マスクの下で歯噛みするも、その指示通り、武器をクロノチェンジャーに戻す
「いい子達ね…」
ビームを4人に向け乱射する
「「「「うわあああああああああああああああ!!」」」」
ロンダーズの技術を持って開発されたビームガンは、クロノスーツにも容易にダメージを与える
倒れる4人に銃口を向け
「終よ、タイムレンジャー」
引き金を引こうとした―
その時、
バン!という音と共に、リラの手から銃が落ちる
「何―うぐっ!」
遠距離からの銃撃でリラは姿勢を崩し、それによりタイムピンクは解放される
そして、一つの人影が姿を現す
「お前は…!」
タイムレッドに酷似したクロノスーツ
その名は―
「直人!」
タイムファイヤーは、タイムレッドの言葉を無視し、手にした銃・ディフェンダーガンをリラに向ける
「くっ!」
そして、両者の戦闘が開始される
「ユウリ、大丈夫か?」
助け起こしたタイムレッドの言葉に
「ええ、平気よ」
そう言う声色にも苛立ちが見えている
その後、タイムファイヤーがリラを撃退し、滝沢直人は竜也達に声をかけることもなく去って行った
それから一週間が経過した
「ユウリ…おいユウリ!」
自分を呼ぶ声に、ハッとする
「何?」
目に前には竜也が呆れ顔で立っている
「何じゃなくて、今日調査あるんじゃないのか?」
その言葉で思い出す
何故か珍獣ツチノコの捜索を依頼され、引き受けたのだ
「あ、そうだった!ごめん!」
そう言うと、慌ただしく出ていった
「何かユウリさん…最近変ですよね」
「変って何がだ?」
シオンの神妙な言葉に、ドモンが能天気に尋ねる
横からアヤセが
「どう考えても変だろ。仕事中はボーっとして全然身が入ってないし、業務時間が終わるとすぐ部屋に籠るし」
「かと思えばロンダーズとの戦闘で妙に張りきったりなぁ…」
竜也が応じる
「まあ言われてみりゃ、そうだな」
ドモンも頷く
普段なら、ユウリは仕事をきちんとこなし、終業時間に終わらなければ残って作業をしている
戦闘では冷静な判断力でメンバーに的確な指示を出し、作戦立案も行う
しかし、ここ数日ユウリのそういった面が全く見られない
明らかにおかしい
しかし、
「まあ、あの年頃の女には色々あんだろ。経験豊富なこの俺が言うんだから間違いない」
「どこがだ」
ドモンにアヤセがツッコミを入れ、この話は終わった
「疲れたぁ…」
その夜、帰り際にユウリは大きく息を吐いた
結局ツチノコは見つからず、依頼人は意気消沈して帰って行った
ユウリも渋々森の中を探したが、形跡さえもみられなかった
「…」
ふと、もの思いに耽る
胸に去来するのは、あの黒い戦士との戦いと、黒羽との約束のことだ
ここ数日、そのことばかり考えてしまい、仕事に手がつかなくなっている
戦闘でも集中力を欠いている
おそらく、みんな心配しているだろう
そのことがわかっていても、考えずにはいられない
黒羽からの連絡はない
頻繁に携帯電話をチェックするが、全く来る気配がない
と、その時
プルルルルル、と電話が鳴った
表示には『黒羽省吾』とある
3日後の夕方、ユウリは指定された公園のベンチに来ていた
まだどことなく落ち着かない
竜也達には私用だと言えず取材と言ってある
黒羽の到着を待つ
「こんにちは」
背後から、聞き覚えのある声
振り向くと、いつもの背広とは違い、カジュアルだがどこか高貴さを感じさせる服装の男がいる
「隣いいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
黒羽はユウリに隣に座る
いつもと同じように、しばらく世間話をすると、黒羽は
「行きましょうか」
腰を上げる
ユウリは
「あの…私デートとか、初めてだから…その…」
口ごもる
「ええ、大丈夫ですよ。僕がエスコートしますから」
その言葉に、顔がほころぶ
ユウリが立ちあがると、黒羽はその手を取る
「…!」
緊張が走るが、必死でそれを隠す
その様子を見て、黒羽はクスリと笑う
「な、何よ?」
「いえ、可愛らしいなと思いまして」
また、完全にこの男のペースに飲まれている、と思いながらも
(たまにはいいかな…)
手を握り返した
最初に行ったのは展望台
高所から見る夜景に、ユウリは心躍らせた
次は都内を車でドライブした
いつの間にか緊張はほぐれ、ユウリは黒岩とのデートを心の底から楽しんでいた
そして時間は過ぎていき、気付けば夜の11時を回っていた
最後のデートスポットとして黒羽が連れてきたのは、格調高い装飾のバーであった
ある種異様な雰囲気の店内に、ユウリは戸惑ったが、黒羽のエスコートにより馴れていった
高級なカクテルの入ったグラスを口に傾ける
「…っ!」
口の中ではじける芳醇な果実の甘みと酸味に、アルコールの苦み
その味に自然と笑顔がこぼれる
そこで、ウォッカを飲んでいた黒羽が、
「ユウリさん、ここで言うことではないのかもしれませんが、聞いていただけますか?」
「は、はい」
真面目な態度に、こちらも思わず姿勢を正す
「あの怪物の犯罪者集団―ロンダーズファミリーというそうですが、ご存知でしたか?」
「ええ、調査依頼が来て調べたことがあるわ」
黒羽への警戒を完全に解いたユウリは、その言葉に応じた
「ユウリさん、貴女がタイムレンジャーやロンダーズについて知っていることを教えて欲しい。無理にとは言わない、教えられることだけでいい」
アルコールの効果もあってか、フワフワした気分になっていたユウリは、“タイムレンジャーとロンダーズについて得られた調査結果”を話した
ロンダーズが30世紀からやってきた犯罪者集団であること、タイムレンジャーもそれを追ってやってきたこと、ロンダーズの幹部に関する情報―それらを、“調査で得た結果”として、黒羽に話した
「いずれも、情報を勘案した推論の域を出ないけれど」
最後にそう付け足し、話を終える
「いいえ、有用な情報でした。ありがとう」
そういって、店を後にした
「ここで止めてくれ」
黒羽が運転手に言い、停車する
ユウリが降りると、そこは先程の公園で
「…?」
夜風で酔いが覚めていく
訝しげなユウリに向け、振り返り
「ユウリさん、最後に1つお願いがある」
ユウリの両肩を掴み、顔を覗き込む
「あ…の…?」
ユウリは困惑するが、しかし目を逸らすことはできない
そのまっすぐな視線に、吸い込まれそうな感覚を覚える
「ユウリさん、どうか僕の恋人になってほしい」
その言葉に身が強張る
黒羽の言葉は、それ以上続かない
その一言のみであった
対し、ユウリは
「私…仕事で忙しいし…」
その言葉にウソはない
トゥモローリサーチの業務は勿論、タイムレンジャーとして秘密を守りながら戦っていかなければならない
その正体を、目の前の男に言うわけにはいかない
断ろうと、そう思う
しかし、
自分をまっすぐ見つめる目―それを前に、彼を否定することなどできるだろうか
彼といると心が安らぐ
今まで感じたことのない楽しさがある
(ああ―)
ユウリは思う
(これが、“恋”なんだ―)
だから
「でも、それでもあなたが受け入れてくれるなら―」
「もちろんです。僕はユウリさんの全てを受け入れるつもりです」
その言葉を受け、ユウリの心は歓喜に満ち
「よろしくおねがいします」
こうして、ユウリは黒羽省吾との交際を始めた
お互い仕事優先でその内容に口は出さない、という条件付きでだが
しかし、彼女はまだしらない
これが悲劇の始まりだということを