月明美織夜

 床を立ち、縁側で月を見上げた。京の都に浮かぶ月よりも、花織ことはの見るそれは騒々しく見えた。ここには、侍としての宿命を背負い、殿様や他の侍と同じ宿を共にする日々があった。竹で作った笛を手にことはは庭へ降りた。つっかけを足指で引っ掛け足に歩いた。お気に入りの場所がある。苔の蒸した古い石が彼女のいつもの場所だった。笛を吹き、この重く非情な日々を紛らわせる場所だった。
 シンケンジャーの一員として殿様に仕え、外道衆と剣を交える。昼間の出来事を思いだし、笛を操る指に心なしか、力がこもった。音が乱れる――ズボシメシは彼女に悪口の限りを尽くした。言われ慣れてるみんなの前でそう強がっても、悪口はあとからあとから、ことはの胸に広がっていってしまう。
「あかん……」
 短く口にすると、笛から唇から離した。俯き瞼に浮かぶ雫を指で拭い、それからまた――歌口に唇をあて、指孔へ指を――
「あかんのや、うち――」
 昼のズボシメシとの戦いが頭の中を何度もいったりきたりしていた。千明の苛立つ姿、突かれた言葉が、何度もことはの胸へ、実態を持って広がっていくような思いだった。
「座っていい?」
「……茉子ちゃん!」
 不意に現れた人影に頭を上げると、白石茉子がいて、ことはを見るでもなく庭の風流な様を見るわけでもなく、どこか遠くを見てる姿があった。
「うるさくしてて、かんにんな」
「ううん。それよりいい? 座っても」
「もちろん、うちはいいけど――」
 言葉を思いめぐらすうちに、茉子はことはの横に腰をおろした。
「ズボシメシときたら、本当に失礼な奴だと思わない?」
 ことはが何を言おうか迷っているうちに、茉子のゆっくりとした声が耳に入ってきた。
「そうやね」
「私を『一生独身』とか流之介のことを」
「ファザコン?」
「そう、あとマザコンなんてね」
 くすり、ちょっといたずらっぽく笑う茉子がいる。
「でも、私、あんなことを言われて、図星に思ってイラっときた自分に腹が立った」
「そないなことあらへん。茉子ちゃんの良いところはうちが、いちばんよくしっとる。ぜったい、いいお嫁さんになれる」
 茉子の肩とことはの肩がぶつかる。そよ風が心地よく流れ、月に照らされた庭は黒子たちによって綺麗な状態だった。
「ことはって強いよね」
「うちが?」
「そう。丈瑠ですら、大嘘つきなんて言われてやられてたのに」
「そやない。千明のゆうとおりやもん、うち。自分を卑下してばっかりで、他の人がどう思うかなんてこれっぽっちも――」
「そないなこと、あらへん」
 ことはは顔を向け、茉子の横顔をみた。モデルを思わせる整った顔立ちに、切なげな影がある。舞妓さんになるなら、うちなんかより――そう思わせる茉子の発する京ことばは、風流できれい、だった。
「ね? ことは、そうでしょ?」
「茉子ちゃん……」
 名を呼ぶと、ことはは茉子に抱かれていた。
 ことはは茉子によりかかり、腕の中に包まれていた。お姉ちゃんよりも殿様よりも、流之介よりも千明よりも、大好きな茉子ちゃんから、かすかな石鹸の匂いと息づかいが伝わってくる。
「でも、うち――」
「ゴメンね。私なんかの愚痴きかせて」
「ううん。茉子ちゃんの話なら、なんべんでも聞きたい。なんべんでもきかせて」
 潤んだ瞳をことはは見ていた。二人は唇を寄せた。ことはの唇は歌口にあてられ、少し腫れていて、茉子にせがんでくっつき二人の唇は出逢い、組んず解れつした。
「……うちもイヤやった。トロいとか鈍くさいとか言われて、みんなに笑われて。でも、お姉ちゃんを困らせとうなくて」
「ことは」潤んだ茉子の唇が抱き合ったままのことはの耳元にあった。「私はそんなこと、言わないよ」
「お昼のことを思い出すと」
「それは私も同じ」
「えっ……」
 重なったまま、ことはは目を見開いた。茉子の体温を感じる。頬の冷たい感触も、薄手の衣の中にある暖かい身体のことも解ったけれど、今の言葉をうまく飲み込めずに――
「そない――」
「ことはと私は違うけど、侍として一人前になるためにいろいろなものを犠牲にしてきた、そのことは一緒でしょう?」
「そうや……」
 不安げに息を漏らした。
「だから、私たちは一緒。侍として育てられてきた。シンケンジャーとして外道衆と戦ってる。悔しくて苛立って、それを抑えられないのは、私も同じ」
 不意に回る腕が離され、ことはは顔を上げた。笛をつかんだままの手に添えられる手、茉子ちゃんが立ち上がる。
「ことは、風邪引くよ。中に入ろう」
「うん」
 ふわっとした感覚とともに、茉子に手をとられ、ことはは立ち上がった。頷き、流れるままに彼女に導かれ、縁側へあがり、襖を開けると布団がある。

 枕元に照明があり、淫美な光を広げていた。その、雰囲気にさっと振り返ると、怜悧な表情を浮かべた彼女――
「茉子ちゃ――きゃっ」
 押し倒された。ふとんの上に仰向けに見上げる向こうに、茉子ちゃんがいて抱きしめられた。痛いぐらいに強く――
「んんっ…」
 ことはは顔を歪め、手をあげかけるが、ほっそりした指にくるまれ、抵抗することができずに震わせたまま、強い口づけを受けている。
「んんん」
 茉子の舌が流れ出てくる。唇を濡らし、歯根、磨いたばかりのエナメル質の表面、裏側、こないだ口内炎になったばかりのえくぼの裏がなめられていく。
「ん……」
 ひんやりとした感覚、戸惑いがちにことはは目を閉じ、震えながら唇を差し出すとことはの咥内で二人は出逢い、抱き抱えられた。
「――茉子ちゃん」
 口紅の乱れた唇がある。さっきお風呂に入ったばかりなのに、茉子の身体からは化粧品の品のいい匂いが漂ってくる。口紅の赤がことはの唇で乱れて広がって、ピンク色の唇本来の色がのぞいていた。
「どうしていいか解らないの。今日のことも、あなたのことも」
 え――ことははおそるおそると見上げた。強引な動きと、いつも怖いぐらいに雰囲気を漂わす茉子の言ったことが一瞬わからずに見た。
「苛立って自己嫌悪して、みんな侍として私のことを躾たけど、じゃあ何? 私は何も知らない。解らない」
 掴まれている手の力が弛んだ。影になった茉子の瞼に浮かぶ光――泪――ことはの顔に息が吹きかかる。
「うちにもわからん」
 言うと、さっと茉子が引いた。泣き出す茉子がいる。
「ごめんね、ことは。あなたは私がストレスをぶつけていい相手じゃ――」
 ことははさっと茉子を抱いた。しゅうと音をたてて萎んでいく風船のように、茉子から力が抜けていく。
「ことは――」
 擦り切れるぐらいか細い声がきこえた。ことはは頷き、目に雫を浮かべて、顔を見上げると口づけを交わしあった。
「うちにもわからん。でも、うちら、同じ侍やない。茉子ちゃん」
「うん」
 声は辛うじて伝わった。ことはの抱擁に返される力がある。
「ことは」
「うん。茉子ちゃん、うち、茉子ちゃんのこと好きや。うちがお嫁さんにしたいぐらい」
 見つめあう二人――静寂に虫の音が聞こえ、季節のうつろいの中で、二人、ふとんの上にいて、唇を震わせてまた口吻を交わした。唇を逢わせたまま、ことはと茉子は安堵の表情で、身体を起こしている。お互いでお互いに衣服のボタンに手をかけ、全てはずれると――
「ん――」
 自らの衣服の袖を抜き、ふとんの上、今まで遭ったことがなんだったんだろうと思うぐらいに、柔らかく笑み、身体をすり合わせ、腕を廻し合うと、ブラのホックをはずした。
「――――ぁ――」
 二人の身体を見せ合いして、身体をあてていく。
「私もことはをお嫁さんにしたい」
 伸びる手、指がスタンドの照明を落とした。
「うちもや」
 手はまわりパンツを脱がし、ショーツだけになった二人――
「うちも、茉子ちゃん、お嫁さんにしたい。お嫁さんになってや」
 口づけをしたまま、抱き合い全身を使って相手に愛撫を与え、息を乱していく二人――
「いいよ」
 華奢なことはが茉子に包まれていく。汗を欠き、布団の中に熱を帯びた二人がいる。
「あぁ……」
「なんかへんや……」
 茉子の指がわき腹から腰のあたりへゆっくりおろされていくのを、ことはは感じた。
「変じゃない。変じゃないよ、ことは」
 暗闇の中でも、茉子の顔、身体はよく解った。
「そうなるのはふつうなんだから」
 茉子ちゃんがいうんだから、間違いやない――ことはは頷き身体の緊張を解き、脚を開くと、太股を撫でる茉子の手がある。伸びることはの手がふりほどかれて、その手が伸びていく。
「そやけど……」
 ショーツに指がかけられ、脱がされていく。
「はぁ…んん」
 ドキドキ。茉子ちゃんの心臓の音も聞こえてくるみたいや――ことはは瞼を潤ませ汗を浮かべながら身をゆだねていた。茉子の指は彼女の中へ伝い渡されて、ぬるりと湿った中へ――
「あぁ……」
「……痛い?」
 声をださず、こくりと頷いた。「とめんでええのよ。茉子ちゃんになら――」
「痛いなら、痛いって言いなさい?」
 幼稚園の先生をしていた時の口調に聞こえた。
「そら、痛い――」
 途中まで入りかけた指は元来た道を戻っていく。ひあぁっ――挿れられるときに倍する苦悶に息漏らし、ことはは茉子の身体に身体を押し当てた。体勢が少し崩れて、二人の熱い息が絡み合った。
「茉子ちゃん――」
「ことは――」
 言葉が続くのをとめさせる口づけ――指はことはの若草を丁寧に撫でつけ、淵を伝い、充血した美蕾を一度、二度と伺うように撫でる。
「はぁ……んんっ……は…」
 ことはは痛みに顔をしかめ、口付いたままの口の中へ吐く息を送ってしまう。ふるふる震え、目を赤く腫らし、口を離そうとすると無理にふさぐように茉子の顔が迫り、汗と化粧水の混ざり合ったピンという匂いが漂ってくる。
「ことはっ」
 短い言葉とともに蕾をぎゅっとつま先で弄くられ、浮かびかけた悲鳴を口に塞がれ、それで、ことはは茉子に身体を委ねることしか出来ない。
「ま……こちゃん……・」
 ことはは鍔迫り合いを連想した。あかん――蕾が熟していて、茉子の指に白くかき消されてしまう感覚がある――
「あぁ……」
 んあ――ことはは震えて、目の前にあるのは茉子の瞳だった。同じように震え、笑みを浮かべてだけどいまにも崩れてしまうガラス細工があり、汗の匂いがとても心地よかった。
「ことは、綺麗」顔はすぐそばにある。
 口が動いて言葉が流れた。それは、ズボシメシの放つ言葉と逆の効果をもたらした。火照る身体に熱っぽさが加わっていく。
「茉子ちゃんは、うちよりも綺麗や」
 空気を振るわせ伝わる言葉に、指の動きが途絶えてそれからまた動き出す。
「ありがとう」
 泪だけが見えた。さっきの泪とはぜんぜん違う――指が蕾をいじり廻し、それから、淵へ戻り濡れた液をすくい上げられた。
「んんんっ」
 ことはは肩を動かし、指をのばした――仕方はよく解らんけど、茉子ちゃんは知ってるから大丈夫や――ショーツに指は入っていく。濡れていた。ぐっしょりと、ショーツの上からでも解るほどだった。
「ん…は……」
 短く堪えるような声だった。火照った憂いと安堵のあとに、短い吐く息が続く。
「ごめん――」
「いいの。それで、もっと……」
 切なげな声だった。求められる声、ことはは意外な感じを覚えた。茉子ちゃんはうちのことを信じてくれている――指がことはの身体の中へ再び入り込んできた。
「あぁっ……」
「だいじょ――」
 首を振る。「ええのんや。ええのん」
 ことはの指に茉子の手が添えられた。ショーツを自ら脱いだ茉子はことはの指を導き、させた。
「ああ……っ」
「あ……」
 ゆるりとことはは指を挿れた。水音がきこえてくる。息が吹きかけられ、顔を上げると、再び口づけを交わした。震えた。舌が絡まり、熱っぽさと共に強く唾液を絡ませ合った。
「んんぁっ……」
「……んん」
 恥ずかしげな茉子に、ことははむしろ微笑み、舌をのばすと、茉子は下の口に指をのばした。
「痛っ……」
 口づけの間に漏れる声――ことはは顔をひきつらせたが、今度は茉子も待ったをかけずにそのままゆるりゆるりとその壷をかき混ぜていく。
「ことは」
 名前は息とともにふりかかってきた。「うん――」
 言葉を絡ませ潤ませ、身体に広がっていく安堵な感じ――ずるりずるりとふとんのこすれ合う音がする。「んぁ――」
 声が漏れた。口づけを残したまま、距離をあけ見た顔は、切なげで戸惑っていて、真っ赤に染めながら短く一言――
「いく…………」
 短く痙攣するように震える身体――
「あっ…ち……・も……」
 身体をおしあてられ、とっさに言葉は何も浮かんでこずに途切れ途切れの言葉をなんとか口にしたけど、意味にはならず抱き合い、愛撫を与え合う二人――震える乳房がとんがるように、乳首をたてていた。
「あ……」
 なんでや、なんでこんなにドキドキするん――浮かんでかき消されて、疑問は、やはりかき消されてしまう。汗は香水のような甘味な色香に満ちた。弱いタッチの輪郭は、暗闇の中にことはと茉子を際立たせていた。

 目覚めると、床に茉子がいなかった。ことはは見回した。まだ夜の闇が明けるまでだいぶある、そのことだけは解った。
「私、イヤな女かな?」
 茉子が縁側に腰掛けていた。空を見上げると深夜の空に月だけがぽつりと浮かび上がっていた。
「うちは、大好きや。茉子ちゃんのこと」
 ことはは隣に腰掛け、身を委ねてよりかかり一緒に月を見ることにした。
「それじゃ、答えになってない」
「ううん。そないなことない」
 言葉に、顔をちらりとみた茉子がいる。
「それがうちの答えや。茉子ちゃんが大好きや」
「――私も」
「えっ?」
「私も、ことはのことが好き」
「あのな」
「ん?」
「何でもない――今夜も月が綺麗やね」
 ことはの言葉に、茉子が泣き出した。ことははそのまま、茉子の身体にもたれたまま、素足を縁側でぶらぶらさせながら、月を見上げていた。