人形とお礼

「待ちなさい!」  マゲラッパたちが跳ぶように階段を下りていく。ハリケンブルーはそのあとを追いかけていく。高層ビルの屋上、ハリケンジャーの三人を認めたマゲラッパたちは文字通り蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げだし、七海はその中の一匹のあとについた。
 ――あいつらいったいこんなところで、何を企んでたの??
 爆発の反応をこのビルの屋上に見つけたのは十分前、現場へ急行したレッド、イエロー、ブルーの目の前にいたのはマゲラッパたちだけだった。フラビージョやウェンディーヌ――それ以外のジャカンジャの姿はなかった。
「ゲラッパ!」
 マゲラッパが声をあげている。脱兎のごとく駆け下りているが、かといって、逃げ出そうとしているようにも見えなかった。追いすがり、追いかけさせ――濃い黒のバイザーの裏側で、七海は眉を潜めた。
 ――追いかけさせてる? あたしのことを?
 コンクリートで囲まれた狭い階段室の中では、武器を広げることもできない。追いついていないから、攻撃を加えることもできない。二十七階――二十五階――二十四階で、マゲラッパは扉を蹴破って室内に飛び込もうとしている。
「待てって言ってるでしょ!!」

 踊り場で踵を返して、二十四階まで一度に跳躍する。ブーツが床をとらえ、相手に腕を伸ばす。その指先はあともう少しで届かず、マゲラッパは室内へ入るのを許してしまう。
「ゲラッパ!」&
「もう!」
 拳を握ると、七海は唇を噛む。前屈みになって駆け出す。マゲラッパは階段前の通路からエレベーター前に躍り出る。幸い人はいなかった。
「ジャイロ手裏剣!」
 ハリケンジャイロを向けると、矢継ぎ早に内蔵の手裏剣を跳ばす。
「なんて早さなの!」
 まるで猿芸でもするように、マゲラッパは手裏剣を素早い動きでかわす。宙をかいた手裏剣は壁にめりこむ――マゲラッパは突き当たりを右に曲がり、七海は鮮やかな編み目に包んだ腿を大きくあげ、スカイブルーのスカートがずり上がるのもかまわずに追いすがった。
「ゲラッパッ!」
 その先はオフィスフロアだった。ここにも人の気配はなく、コピー機とデスクの間をすり抜けるように進むマゲラッパがやがて、ガラス張りの壁にたどり着くのが見えた。
「ギャアッ!!」
 マゲラッパが進む先に、スーツ姿の中年男性が現れた。悲鳴をあげて顔をゆがめる男性を認めたマゲラッパは手にしたカマを彼につきつけると、その背後にまわった。
「その人をどうするつもりなの!」
 近づくな――しゃべらない相手であっても、そういう意思表示は明瞭だった。立ち止まる七海は背中からハヤテ丸を引き抜き、顔の前で構えた。刀自体を上に向け、鞘に指をかける。
「わっわっ、おまえらは誰だっ! なんだよ、この時代劇みたいな取っ組み合いはっ!! ぐうっ!!」
 マゲラッパはカマを首にかけ、男性は口をつぐむ。
「卑怯よ! その人を離しなさいっ!」
 七海は今にも飛びかからんばかりの剣幕で、マゲラッパと相対する。にじりよろうとする彼女に対して、マゲラッパはカマを向けて牽制する。
 ――こんなマゲラッパに手を焼くなんて!!
 ハリケンブルーのマスクの内側で、七海の頬を汗が伝っていく。急に立ち止まったので、躰の内側から汗がこみ上げてきて――肌とスーツの間で汗になってまといつく。
 攻撃を受けたわけではないが、攻撃ができたわけでもない。歯がゆさが焦りとなり、じりじりと胸の奥からこみ上げてくるものを感じた。七海は息を呑んだ。――
「おいっ! あんた! はやく助けてくれっ!!」
 マゲラッパの手の中で男が声をあげる。
「わかってます!」
 男の言葉は七海の焦りをまるで煽るようで、彼女はハヤテ丸を持ち返る。
 ――こうなったらイチかバチかっ!
「いくわよっ、はぁッ!!」
 マゲラッパが男の首もとからカマを浮かせた瞬間を見計らい、ハリケンブルーは左に動いた。わずかな時間でその背後に入ると、ハヤテ丸の刃先をカマの内側へ差し込みひねり跳ばす。
「ゲラッ!」
 空中で半回転して二人の間めがけて飛び込むと、マゲラッパの頭の足で蹴り上げる。
「やあっ!!」
 ブーツが地面をとられる。男性は前に向かって倒れるが助け起こす余裕なんてない。マゲラッパのほうに向かったそのとき――左側からガラスの割れた音が響いた。
「えっ?」
 顔をあげると、マゲラッパのカマがガラスに突き刺さっているのが見えた。その分厚いガラスには一面にヒビが走り、次の瞬間にはカマが破裂するように爆発して――風が――猛烈な風がフロアに入り込んできた。――
「ゲラッパッ!」
 とっさにマゲラッパは空中に身を踊らすと、風に逆らい弾丸のような格好で外へ飛び出していく。
「まちなさいッ!」
 ハリケンブルーがあとに続こうとするが、風をまともに受けてわずかに反応が遅れてしまう。七海はギリギリ立ち止まる。窓から顔を出すと既にマゲラッパは遙か下の地面にいて、上を見上げながら走り出すのが見えた。
「こんな高いところから飛び降りるなんて、もうっ!」
 さすがのハリケンブルーでも、準備もなしにこの高さから飛び降りれはしない。マゲラッパが飛び降りてもなんともないのもびっくりだったけれど、彼らはそもそも人間なんかじゃないのだ。
「どうしよう。マゲラッパなんかに逃げられたなんて……!」
 敵の作戦だってわかっていない。それなのに相手を取り逃がすなんて、きっと二人は既にマゲラッパを捕まえて、作戦の一端を明らかにしているかもしれないと言うのに――
「いてててっ……」
 悔しさに拳でまだ割れていない窓ガラスを叩いた七海は、背後からする声にあわてて振り向いた。さっきの男だ。
「あ、大丈夫ですかっ!」
「いてて、ああ――ああ?」
 男は五十代前後で中肉中背。わりと高級品らしいスーツを身につけていた。スーツはガラスの破片でところどころ破れていたが、外傷らしき外傷はない――七海は立て膝をついた男を抱き起こすと、その目が焦点のあわない視線をこちらに向けてきた。
「しっかりしてくださいっ」――
「あ、あんたは誰だ?」
 男は瞬きを繰り返すと、七海のほうに視線を合わせてきた。誰何の声に
彼女は逡巡して口をつぐんだ。――――
「わたしは――忍風戦隊ハリケンジャーのハリケンブルーです」
 あとで黒子になんとかしてもらえばいい――ジャカンジャという敵を追ってきたことなんかを手短に説明すると、男はなんとか状況を理解してきたようだった。
「あんた女の人か」
「え、あ、はい?」
 素っ頓狂な質問意に彼女は首をひねった。
「あ、いや、すまんかった。そういう意味じゃないんや――いやあ、とりあえず、あんたならなんとかしてくれそうだ」
「えっ――?」

「こんなひどい……」
 ハリケンブルーは男の先導で、その薄暗い部屋へ足を踏み入れた。
 その部屋は、天井が抜け落ちていた。たくさんのがれきや鋼材、上の階のものらしき家具なんかがいくつもめちゃくちゃに積み重なって一つの山を作っていた。
 これがおそらく先程の爆発によってできたものだろう。
「娘がこの奥にいるんだ……助けてくれ、頼む」
 男は屈んで奥のほうを指さした。
 そこはちょうど部屋の反対側に向けて狭いトンネルのような格好になっていた。格子状の天井の構造材がそのまま落ちて、こたつのような形で、床上にわずかな空間を作っている。
 七海は男のよこからのぞき込んだ。灰色のコンクリートの破片のおかげで暗さに比べて見通しはよく、奥のほうに少女の足らしきものがのぞいているのがわかった。
「大変! 今すぐ助けを呼ばないと――」
「待ってくれ!」
 ハリケンブルーが立ち上がりかけると、男はあわててすがりついてくる。
「助けを呼んでもいつ来るのかわかりはせん。ここらへんはひどく不安定で、大きな破片が落ちてきただけで娘はしんでしまうかもしれないんだ!!!」
 男は土下座でもしそうな勢いで、七海の躰――スーツのスカートのあたりにぺたぺたと手をあててくる。
「それは――」
「みたところ、あんただって、正義のヒーローだろ。助けてくれ! 娘を――娘を見捨てんでくれ!!」
 七海は男をみて、がれきの山をみた。たしかに破片は少しずつ上から降り注いでいるようだった。時間はあまりないだろう。でも、これだけのがれきを除去するのはスーツの力をもってしても難しい――この穴――穴の中に潜れば、反対側までたどり着くことができるかもしれない――もし、そこから助け出せなくても、覆い被さって救助を待てば――その間、この男の人の子供を危険から守ることができるかもしれない。
「わかりました……なんとかやってみます」
 
 ハリケンブルーはうつ伏せになって、穴のなかに入った。匍匐前進で進む。穴の奥行きは三メートルもなかったが、ところどころ人間一人が通れるのがやっとで、最後のところでつららのように伸びている鉄筋を曲げなくてはならなかった――――
 ひたすらに長く感じられる時間が過ぎ、なんとかたどり着いたときには、ハリケンブルーの鮮やかなスーツはがれきにまみれており、網タイツには細かな破片が巻き込んでいた。鮮やかな青いスーツはあちこちにひっかけた後が黒っぽい固まりのように幾条にも汚れを作っていた。
「だ、大丈夫ですか」
 壁際に出て身を翻して、少女の目の前に出た七海はその顔をみて――眉を潜めた。
 それは、少女の格好をみたマネキンだった。
「えっ?」
 少女は、この後ろとかどこかにいるんじゃないか、肌色の人間味にかけるその人形の表情をみて、全身を眺め回す。おじさんの勘違い? いや、でも、あのとき見えたのは確かにこの足だったはずで――
 マネキンはそのときにっこり笑ったようにみえた。プラスティックの質感に欠ける塗装の施された躰がその感じに似合わないほどぬるっとした動きで関節を曲げ始めたとき、七海は思わずあっけにとられてその様子をみてしまった。
「なんで……うそっ?」
 マネキンはハリケンブルーに近づくと、無表情な顔に笑顔を作り、ゆっくりとした動きでブルーの躰に抱きついてきた。
『タスケニキテクレテ、アリガトウ』
 マネキンは確かにそう言った。その言葉が発されたとき、七海ははっとしたけれど、その寸前までやわらかくしなっていたはずの躰は再び硬い無機質へと変化していた。――
「離れない……」
 身じろぎしてみると、それはまるで子泣き爺のようにハリケンブルーの躰にまとわりつき、硬くなっていた。狭い空間で横になっている状態では、躰の動きは大きく制限され、その可動域の大半をマネキンに占拠されている状態で――
 プシュッ――!!
 マネキンの口から金属製の蛇口のようなものが現れ、真っ白なものがハリケンブルーの顔に吹き付けられた。
「なんなのよこれ! おじさん! 娘さんじゃないこれ!!」
 霧状のものを浴びせれて、身体をよじるが、マネキンは微動だにしない。身体の節々にマネキンの関節の突っ張ったところをあてられていて、身体がうまく動かせない――その事実を意識したとき、七海は顔から血の気が引くのがわかった。――
「これは罠――!?」
『オネエサン、イッショニアソボウ』
「いや、離して!!」
 フェイスシールドをオープンにしなければこんなガスぐらいなんともない。打開策を模索しようとする思考と焦りが同じタイミングでごちゃごちゃに混ざり合い、いい考えはぜんぜん浮かばない――肩を揺らし、腰を揺らして、足をばたつかせても、それはまるで水のおぼれているようなもので、なんの解決策にもならない――
『オネエサン、カオヲミセテ――カオヲミタイ』
 そう声が響くと同時に――金属製のゲートが開くときのような鋭い音が七海の耳をついた。
「きゃっ――うぐっ!!」――%�<%H
 まるで相手の声に応えるかのようにフェイスシールドがオープンになって、マスクの金色の装飾に囲まれた中心部から表情を強ばらせた野乃七海の表情が外気に晒されてしまう。
「ううっ!! 息をとめなきゃっ!」
 ガスはあとからあとから吹き出してきた、七海の顔に降り注ぐ。七海は口をつぐむ。への字に曲がった桃色の唇が次第に強ばっていき、マネキンがその噴霧口をその上唇にあたりめくりあげるように内側に入り込もうとする。
 だめ――
 いやいやのように首を振ろうとするが、マネキンはまるでキスをせがむように七海の頭をとらえて入り込もうとする。――%�<%\
 ぷはっ、膨らんだ頬がいっぺんにしぼむと、抜けた空気の代わりに新しい空気が、真っ赤なその七海の咥内に流れ込む。噴霧口はその瞬間を見逃さず、七海のきれいにそろった前歯にぶつかり、ぎちぎちと今度はバールであけるようにして顎を無理やり開かせた。――
「うがががっ!!」
 口を大きくあけてうめき声をあげる七海――甘ったるいガスが咥内にいっぱいになったとき、恍惚感ともとれるような頭がぼーっとする感じにとらわれそうになり、瞼に涙を浮かべて二度三度と瞬きを繰り返す。
「はふっはぁっああああっ!!」
 ぴくぴくっと手足を動かす。ガスは直接咥内に入り込み、肺の中にも流れ込む。肺が甘ったるい感じになって、のどがきゅっと絞られるような感じがする。
 視界が狭まるような感じ――意識が遠のきそうになっているのに、なにもかもはっきり感じられて、汗が全身にこみ上げる。ひどく暑い。暑くてジメジメしている。
 汗の滴の一滴一滴がまとわりついてスーツはまるで濡れた身体に紙を張り付けられているような感じだった。暑くてけだるくて――なにもかもどうでもよくなってきて――
「だ、だめ……」
 小さく、声をあげたくのいちの声があたりに漏れる。エアはあたりの空気を真っ白に染めている。ハリケンブルーはそれから何秒間かでたらめに身体を動かしていたが、やがてまるでその身体を操る糸が切れてしまったかのようにその手足を地面にもたれかけさせた。

「ここから出して!!」
 握った拳を打ち付けても、『壁』はびくともしない。七海はもう一度力任せに叩いてみた。ぼよん、間の抜けた音とともに硬い壁は、彼女のグローブに包まれた手を跳ね返す。
 目覚めたとき、そこは透明なドラム缶を二本つなげたようなそんな円筒状のもののなかにハリケンブルーは放り込まれていた。場所はさっきのビル――だと思うが、人気はなく、音も臭いもしない空間に七海はその表情に不安をまとわせてしまう。
「誰か、誰かいないの?」>%�>%�
 フェイスシールドがオープンになっている。さっきあのとき、なんで自分の意志とは無関係にそれが開いてしまったのか。考えても答えなんかあるわけなく――またシールド閉めようとしたが閉まらない。そのマスクの縁の四方に金属製のクリップのようなものがハメこまれているのに気づいた。それがシールドの動きを止めているのだ。七海ははずそうと手を伸ばしたけれど、その金属はかっちりとはまっていて、容易にはずせそうもなかった。
「もう、いったい何なのよ!!」
 地団駄を踏んで、肩を落とす。頭を踏んで、唇を噛む。
 カツカツ、足音が――はっきりとした足音が部屋の外からしたとき、七海は顔をあげて、その向こうぼんやりした暗がりにかすかに浮かぶドアの輪郭に目をこらした。かちり、ノブが回る音とちょうつがいのきしむ音が響いた。
「やあ、ハリケンブルー。元気かい?」
 それは、さっきの――あの恰幅のいいおじさんだった。
「あなたは――さっきの。これはいったいどういうことなの?」
 答えを探そうと、あちらこちらに視線を配るが、そこにはおじさんしかいない。
「ふふふ、すまないね。娘なんかはじめからいなかったのだよ」
「えっ?」
「はじめから、目的はハリケンブルー。あんただったんだよ。悪い人と契約してね。わしの持っているものを提供するから、わしが――あんたを捕らえる手助けをしてほしいとな」
「あたしのことを――悪い人って、まさかジャカンジャ?」
「そうだといえるし、違うともいえる。はははっ」
 男は余裕な面もちで彼女を拘束しているその円筒に向けて歩いてくる。七海は相手を改めて眺めた。高めのスーツに血色のよさそうな肌、さっき確か腕をみたときはブランド物の時計を腕にはめていた。
 どこにでもいそうな、少しお金持ちのサラリーマン。それなりの地位にあって、その表情から邪悪な色など少しもない。
「なんで、あたしなんかをねらうの?」――%t――%8
「それは決まっとるじゃないか。あんたのそのハリケンブルーのスーツ。それに身を包んだあんたを、わしが欲しくてたまらないからだよ」――
 『このステーキ肉はとてもいいな』――それぐらい気軽な感じで言う相手の表情に歪んだところなんて、少しもなくて、それが却って不気味な感じだった。
 でも――視線がなめ回すようにあてられる視線に、七海は思わず顔が熱くなる感じを受けて、背後に下がれるまで後ずさった。
「ハリケンブルー、あんたは自分ではわからないだろうが、とってもエロい身体をしているんだよ。裸で歩いていても、そこまで感じることはなかっただろう。だが、その網タイツに、健康そうな青いスーツ、中途半端にスカートに、その真っ青なショーツ――あとブーツだ」――
「やめてください……」
 背中が透明な壁にぶつかる。逃げ場がなくて、その視線は無遠慮に七海の身体に張り付いてくる。ちょっと変な格好、そう思ったことは何度かある。でも、関係した人の記憶は黒子が消してくれるし――でも、その無遠慮な感覚が身体の中に入り込んでくる感じ――熱い感じがする。七海は身体が異変に見舞われていることに気づき、はっと瞼を見開いた。
(なにこの感覚……熱い……熱くてゾクゾクする……)
 みられているだけなのに。――%d――%H
 身体をそわそわさせると、相手の穏和そのものといった表情からでる視線がまるで質量を持っているかのように無遠慮に次々と身体に刺さっていく――熱くて、身体の違和感はそれを打ち消そうとすればするほどに少しずつ鎌首もたげてくる。
 網模様に包まれた太股がはっと大きく開かれて、きゅっと閉じられる。男の目の前にも『異変』は写っているはずで、それがさらなる羞恥心をあおる。ねっとりとした無遠慮な視線は、七海の身体に鳥肌をまといつかせて、毛穴という毛穴が逆立ってしまう。
「どうしたんだい、具合でも悪いのかい?」
「あなたのせいなのね……さっきの、ガスのせい。そうよ、それに決まってる」
 男はその質問に対して明確に応えない。
「全身がだるい、そうだろう」――
「何をしたの?」
 足を開きかけて、また閉じる。腿を――開いてしまうと、足の間から汗じゃないなにかがこみ上げてきているのがわかって、全身に淡い電流のようなしびれがあって――
「これをみるといい。気持ちが落ち着く」
 それは、ドーナツのような円形の物体だった。ふた周りぐらい大きいオリーブ――そんな感じの黒い塊で、それがゴム製の紐に結ばれてぶら下がっている。
 七海は言われるがままに、その円形に目をやった。両腕を身体にぎゅっと引き寄せて起こる異変に身を縮ませて、男の言うとおりにしている――それはある種異様な格好だったが――彼女は顔を桃色に染め、口を半開きにして、男の指先に目線を注いでいた。
 円は、左右に振れ始めた。下弦をきれいに描いて、メトロノームのように規則正しい動きで、右に左に――左から右へ――
「そうだ、ちゃんとみるんだ。みないと、これがなくなってしまうかもしれない」
「なくなってしまうかも、しれない――」
 つぶやくように声を発する彼女――
「ちゃんとみて。右に左――左に右――」
 男の声はその円の動きと同調するように七海にはきこえていた。意識が――ひどくはっきりして、なにもかもが鮮明なのに、なにもかもがぼやけている。そんな感じだった。
「ちゃんとみていると、心の乱れが静まってくる。なにもかもが、問題なくなるんだ。心臓が音をたてている。その音に耳を傾けて。聞こえたら教えて」
 どくどくどく――鼓動を意識すると、それは身体の内側からスーツの表面へ現れてゆっくりと脈動しているのがわかって、熱くて、どろどろになってしまいそうだ。
「心臓の音がきこえます……」――
「それは、この動きと同じだろう」
 心臓と同じリズムで、円が動いている。ちくたくちくたく――と。
「同じ、です」
「そう、それでいい」
 やおらにその動きが早くなった。それに同調するように、胸が沸き立つような感じがして、鼓動がその脈動のリズムをはやめるように感じられた。ちくたく、ちくたく、ちくたくちくたく。
 ぞわつく感じ。困惑を覚えていたけれど、視線を離すことができなくて、釘付けになってしまう。
「ハリケンブルー……」
「はい……」
「君にいまから暗示をかける。だが、暗示をかけられたことは忘れてしまう。覚えていない。目覚めたとき、君は正義のヒーローのままで、悪を憎んでいるんだ」
「あくを、にくむ……」
「そうだ。ジャカンジャや、そのほかの悪を徹底的に憎む」
 男はそのときはじめて、その言葉相応の表情――歪んだ心を剥き出しにした表情で、惚けた顔をしている目の前のくのいち戦士の顔を見やった。舌舐めづりをして、顔を近づける。
 透明な壁を隔ててわずかな距離に、ハリケンブルーは立っていた。その足下にはぽたぽたと、足の間から水が滴りはじめている。全身の身体の力がほとんど抜けて、膀胱を押さえている筋肉も弛緩して、その中身があふれ出しているのだ。
 ずり上がったスカートに間に、濃い色に染まった青いショーツからつーっと液体が伝い落ちて、床に黄金色の水たまりを作っている。
 男はその水の――次第に勢いを増していく水流の流れをしばらくみつめて、ニヤリと笑った。それから、ポケットからステンレス製のライターを取り出す。
 火はその手のなかでぱっと瞬いた。

「わたしは――」
 顔に張り付いているのは膜のようなものだった。瞼をあけて二、三度瞬くと、まつげに白っぽい粉がぶつかるのがわかって目を閉じた。焼けたプラスティックや、塗料なんかが燃えるときのいやなにおいが鼻をつき、七海の鼻腔をひくつかせた。
「あれ――」
 彼女はハリケンブルーに変身して、マスクのシールドをオープンにさせたまま、そこに倒れていた。その場所はコンクリートのがれきに囲まれた、狭い空間で――頭痛がして、口の中が粘ついていた。
「わたしはいったいどうしたの」
 マゲラッパを取り逃がして、おじさんの懇願で閉じこめられた子供を助けて――えっと。それで子供はなんとか助けることができて、だけど、動けなくなった。
 火が――そうだ火がついて、子供――女の子に覆い被さってしばらくしたら消えた。子供だけは七海が入ってきた穴から脱出することができたけど、狭すぎる通路は、あちこちに鉄筋が張り出していて、それのせいで思うように戻ることができなくなっていた。
 おじさんが助けを呼んでくる――って言ったはずでも。
「そう、たしかそうだった」
 そう思う。
「助けにきたぞ、お嬢さん!!」
 声がしたとき、つま先の向こうにみえる通路をみると、おじさんが顔をのぞかせているのが見えた。
「すいません、ご迷惑をおかけして」
「迷惑だなんて。あんたがいなかったら、娘は助けられなかった。いいかいま助けにいくからな」
「あの、他の人は」
「誰もいなかった。だが、任せてくれ」
 おじさんは、手になにか大型の工具のようなものを持っているようだった。彼は身体を通路に潜らせると、ひし形の金属――小型の油圧ジャッキのようなものを取り付けていき、くるくると回して、通路を広げていった。
「危ないです。ここは」
「大丈夫さ。わしはこうみえても現場出身だ。娘の命の恩人を助けないわけにはいかない」
 なにかがおかしい。七海はそう思った。だけど――それについて考えようとすると、頭がぼーっとぼやけてしまい――通路が瞬く間にさっきの倍ぐらいの広さになり、男の人でも楽に入れるようになった。
 おじさんは大きなはさみのようなものを手にして、身をくぐらせると、つきだした鉄筋の先端をなれた手つきで切断しはじめた。
 これで助かる。七海は安堵を感じた。
 十本ほどの鉄筋は瞬く間に切断され、男の手がブルーのブーツをつかむ。
「あんた、大丈夫か」
「はい」
 身をよじらせて手を伸ばす。男の伸ばした手に手を伸ばし、つかむ。その格好から想像もできないほど力強い手だった。ひっぱられ、引きずり出される格好で、あっという間に、七海は通路の広いところへ出た。
「あとは大丈夫です」
 うつ伏せで後ろへ下がってその狭い空間から出たとき、目の前には埃まみれのおじさんがいて、彼女を助け出せたことに安堵の表情を浮かべていた。
「よかった。よかった。すまなかったな、あんたに迷惑をかけて」
「いえ、そんな。こちらこそ助けにいったのに、逆に助けてもらってしまいました。ありがとうございます」
 ちょこん、つま先を並べて七海は頭を下げた。
「あの」
「どうした?」
 男は首を傾げた。
「お礼をさせてください」
 七海は言った。手を下腹部のあたりできれいに並べる。手の甲の青色の防具が左右にきれいに並んでる。
「例には及ばないよ。私こそ――」
「いえ、そういうわけにはいかないんです」
 七海はその場に腰をおろして、正座をするような格好になった。お礼――男の人を喜ばせること。迷惑をかけたら、お礼をしなきゃいけない。それには――ぐるぐると頭の中でいろいろなものが巡っていく。
「そうか。じゃあ、でも、なにができるんだい」
 男の足下に、ハリケンブルーがひざまづいていた――
「ズボンをおろしてもらえますか」
「いいよ」
 男は、無造作にベルトをはずすと、そのままズボンをおろした。七海は彼の股間に顔を埋める。トランクスは彼女がおろした。足と足の付け根から、男の肥大した男根が血管を浮き立たせてそそり立っていた。
 七海は口を上下に大きく開く。
「お礼に、身体の汚れを落とします」
 ハリケンブルーのマスクの内側に、男のモノが入り込んでいく。桃色の唇がその笠をくわえ、ずずずっと唾液と男の身体が混ざり合って音をたて、そのままずぼっと全体を包み込んでいった。
「んっぐ……っっ」
「すまないな。ちょうどあんたを助けるのに体中、埃だらけになってしまったところだったんだ」
 七海は彼の声をきいて、おずおずと舌を使ってその汚れた彼の身体を舐めはじめた。
「ふわっ、ふひはふうぅっ」
 唇で笠の下側をこりこりとくわえると、そのままずずっと空気を吹きかけ、頭ごと左右に動かす。それに呼応するように、男が腰を突き出して、リズムついたように七海の咥内で男の身体が出たり入ったりを繰り返す。
 それを繰り返すうちに、七海はぼーっとした感じがますます強くなっていく。正座から腰をおとした姿勢となり、尻が腰全体をくねらせて、くねくねっと左右にごく自然に動き出した。
「うっ、もっとだ。もっとしてくれっ!」
 男が腰をさきほどよりも強くつきだしてきて、喉仏にその先端がふれそうなほど差し込まれた。もっときれいにしなきゃ。七海は口の中が酸っぽく感じられ、特有の苦さがあって、舌でそれらをすべてゆっくりゆっくりぐるぐるとその身体に唾液をつけながら、舐めあげていった。
 七海は右腕を彼の足にあてて、左腕で腰に手をやった。体中がむずがゆい感じで、スカートの上から彼女は自らの身体にぺたぺたと触れた。それは、ちょうど新雪の上に足を踏み入れるような、そんな感覚を彼女に与えた。胸に、胸にたどり着いたとき、彼女は、幾層にも分かれたスーツの内側で、年相応に発達した胸がつんと強ばっているのを感じて、そうして、更に乳首がこりこりとスーツの紋章の間にはっきりわかるほどに浮かび上がっているのを――意識して、そこから手が離せなくなった。
 あたしの身体――なんか変になっちゃったみたい――
 火照った感じにすべてがどうでもよくなりそうになる。七海は頭を動かすと、男が苦しそうな声をあげて、だからそれをやめようとすると、男の手がブルーのマスクに伸びてきてむんずとつかむ。
「うおおっ……もっと舐めてくれ。汚れをもっととってくれっ!」
 七海は言われたとおりにした。舌の先端が熱湯に触れたときのようにひどく痺れた。男根は信じられないほど熱くなり、ずずっと引っ張るように上下の唇で吸うと、ずずずずずっっとその内側から振動が伝わってきた。
「――うっ!」

 男の精が咥内に放たれたとき、七海はその汚れを舌で巻き込みながら、唇を強く吸いつかせ、そのすべてを巻き込み飲み込んでいった。
 男は声をあげて、荒い呼吸を繰り返す。
「すまんな、いろいろ汚れちまっているものでな」
「あたしも、お礼ができてうれしいです」
 七海は彼が呼吸を整える間そのいがいがしたものをすべて飲み込んでいたが、口からあふれた一部が頬から流れ落ちて、あとを作っていた。彼女の心の中は、感謝の念でいっぱいだった。この人に助けてもらった。だから、この人のために『お礼』をしてあげなきゃ――
「まだ、お礼が足りないと思います。まだまだお礼をさせてください」
「そうか、すまないな。でも、それは悪いから、今度は私からお返しをさせてくれ」
「お返し……」
 それには及ばない、そんなことを言おうとしたけれど、男は少し荒々しく七海の背後に回ると、その身体にのしかかった。ショーツに手が伸びて、男のしようとしていることがわかって、彼女は安堵の息をもらした。
 彼のお返しは、ある意味で七海のするお礼であるのかもしれない――彼女がそんなことを考えている内に、ショーツはずりおろされ、くるぶしの間で足かせのように引っかかった。
 ショーツはなぜかずぶぬれで、どうしてそうなっているのか考える余裕もなく、網タイツもまたおろされて、スカートの間から健康そうで引き締まった七海の尻が剥き出しになって、空気に触れたその快い感覚に、七海はわずかに足を広げて、男のモノをバックで受け入れた。
 七海の身体で男のことをきれいにする――七海は目を細めながら、肉の塊が胎内に入り込んでくる喜びで、口を半開きにして喜ばせて、はあはあと息を継いだ。

 ――円型の物体は紐にぶら下がって左右に揺れている。
「ハリケンブルー、君は誰かから助けられたとき、どうする」
 二時間前、ハリケンブルーは男と向き合っていた。
「感謝の言葉を伝えます……」
 透明な円筒のパイプのなかで、七海はつぶやく。
「それだけじゃ足りない。ハリケンブルー、君は誰かの助けを受けたら、相手に感謝の言葉を伝えるだけでは足りないんだ。相手は怒ってしまうだろう、なんで助けたのに、と」
 男は少女が言葉を理解できるよう、ゆっくりと離した。
「えっ……」
「ハリケンブルー、誰かに助けられたら、その相手と性交をしなくてはならない。それがくのいちの役目だからね」――U%\
「性交――くのいちの役目」
「そうだ。敵と籠絡するにはくのいちは身体を使う。助けられたら、身体を使って感謝だ」
「身体をつかって感謝を――する」
「そうだ。身体をつかって感謝をすると、自分の身体は気持ちよくなる。だが、それよりもっと相手を気持ちよくしてあげなきゃいけない。そうしてはじめて、相手に感謝の気持ちが伝わるんだ――わかるね」
 男は続けた。
「それは、いつ何時もそうだ」

 それからどれだけの時が経っただろう。七海は、男と何度も性交を繰り返した。ぜえぜえと息を繰り返して、男は錠剤らしきものを何錠も飲み下しては浅ましい表情を浮かべて、少女の身体を求めた。身体のあちこちに精液がこびり付き、その光沢を帯びたスーツに痕を残していった。
 度重なるエネルギーの消耗に、ついに七海の変身が解除され――黒と青のジャケット姿に戻った――彼女は手足を地面に投げ出した。もうどうでもいい。ひどく幸福な気持ちだった。
「はあはあ。あんた最高だ。すごく感謝されてる気持ちになったよ」
 言いながら、彼はよろめきながら立ち上がり、腕時計に目をやった。「そろそろ時間だ。私は、そろそろ帰るよ」
「えっ、もう……」
 七海は首をめぐらせて、猫のように目を細めた。
「そう、もうだ。あんたは心配しなさんだ。そろそろ仲間が敵を片づけて、あんたを探して、このフロアに降りてくるから。あんたは仲間に『助け』られるんだ」
「仲間に――鷹介たちに助けられる」
「そうだ。助けられたときは、どうするか、わかってるよな」
 男は話しながら、衣服をまとめあげると、早足でその部屋を出て行った。
「助けられる、助けられる――」
 惚けた表情そのままに、七海はずるずると上半身を起こした。乱れたスーツ姿と対照的にそのジャケットは一見してなんの乱れもない状態だった――でも、その内側で、彼女の姿態は度重なる悦楽の海に浸っており――そう強く――
 ドタドタと二つの足音が無遠慮に近付いてきたのは、その時だった。
「七海! 大丈夫か!!」
「ななみ!? なんだこの部屋っ!!」
 ハリケンレッドとハリケンイエローは、シノビ丸片手に部屋に飛び込んできた。その部屋の中心で、野乃七海は身体を起こし、よろよろと立ち上がった。>�U%�U%,
「大丈夫、二人とも――それより、ありがとう。助けてくれて」
 妖しく笑みを浮かべる彼女に――レッドとイエローは立ち止まり刀をおろす――シールドをオープンにして、彼女の顔を見やった。
「お礼を、しなきゃね」
 レッドとイエローの背後で、彼らが入ってきた扉がゆっくりと閉じられた。