偏愛の果て

「きゃあああぁっぁぁ!」
 水たまりの中は淀み、油が浮いて七色の模様を作り出していた。その中に踏み入れた純白のブーツに油、泥水がかかり、表面が黒くなった。そんなことに構う余裕もなく、ホワイトスワン/鹿鳴館香は、ビルの壁面に背中をぶつからせて、声をあげては手をクロスさせた。防戦一方だった。
「ぼよおおおおんっ!」
 緊張感のない声がホワイトスワンを覆う。二人――クロスチェンジをした香と次元獣スライムジゲンの周りに、土埃が立ちこめている。ブリンガーソードが落ち、鋭い音をたてる。
「あああぁぁっ!」
 腕――腕と呼べるなら腕と呼べる半透明の固まりに両手を取られて、壁面に押し当てられているホワイトスワンに、鳥人戦隊としての優雅さはなく、力圧しにされている『女』がいる。
「は、はなして、くださいっ」
 声はか細く、夜の闇の中に吸い込まれていく。雑居ビルの谷間、男と女の姿が普通の人間であれば、酔っぱらいに無理やりされている女に見えなくはない。
「やーだよぉおだぁっ」
 ところがその外見は、男が半透明のゼリー状であり、女は地球を守る戦士の姿だった――
「嫌――ヤ、ヤメてください……」
 ゼリー状の身体を圧し当てられ、香は首を振る。液状の身体を左右に振るうが、バンザイさせられている彼女がそこを逃げることは、体格さから言っても、スライムジゲンの身体の粘度からもほとんど不可能だった。
「どうだ、ジェットマン」
 スライムジゲンの身体を通じて、香は迫る影をみて眉間に皺を寄せた。
「トラン……」
「僕を子供だと思って、油断した罰だよ」
 バイラムの少年幹部トランに襲われ、一人ホワイトスワンへと変身した香――こんな子、一人で倒せますわ――竜にジェットマンの一人として戦えることを示そうと、相手が子供だという油断をした。
 追いつめたトランへ、ウィングガントレッドを振りおろす香の背後から襲いかかったのは――半透明の身体をもつバイオ次元獣だった。
「いやぁぁあ…ぁぁっっ!」
 悲鳴をあげて首を振るが、ホワイトスワンの身体はスライムによって包まれて、その液の浸透により純白の鮮やかな身体をぐっしょり濡らしている――
「僕は子供なんかじゃない」
 香は涙を浮かべて、身体に浸透してくるスライムの錯覚に頬を染めている。その青く潤んだ視界の向こうで、トランが腕のパッド――メタルトランサーを操作していくうちに、目の前がぱーっと光っていく。
「きゃあああぁぁあぁっ!!」
 濡れた身体に流れ込んでくる電流に、青白く発光し熱を帯びていく。喉を震わせて息咳き切る香――口の中にまとわりつく不快な感覚に、ぎゅううと肺の萎縮する感覚に顔をゆがませる。
(い、いきが……できませんわっ)
 声にしようとした声が喉に張り付いてしまい、体中からするぴちゃぴちゃという音に、電流の余韻に痺れたまま、ホワイトスワンは立ち尽くす。
「どうだい」
 メタルトランサーをつけた腕が伸びてくる。その腕がスライムジゲンの身体の中に刷り込み、ホワイトスワンの右胸をぐにゅと押し揉んだ。
「ああぁっ……」
 精悍なマスクの中で息を漏らす香、不意に胸から広がるスライムの感覚に、腕でさらわれているような感覚を覚え、首をふりいやいやをする。
「なんだい、もう、降参かい?」
 声が頭に響いてくる。喉が――心臓がぱくぱく音をたてている。彼女は吸える空気を吸うたびに、肺に痛みを覚えて、心臓の鼓動が増していくのを感じている。
「息が…はぁあ……」
 肩を震わせて悶える。彼女――胸を揉まれるままにしかならない彼女がつーっと涙を流すと、だしぬけに身体を締め付ける戒めが解かれて、水の流れる音があって、気づくその場に倒れて四つん這いになっていた――
「ジェットマンなんて、大したことはない。特に君はね」
 過呼吸ぎみになりながら、胸を上下させる彼女の首を背後から掴んで、年齢相応の笑顔を浮かべているトランがいる。
「そんなこと……ありませんわっ」
 ゴーグルの中に浮かぶ顔は顔立ちに比して老いていて、それでいて口元には、虫けらを踏みつぶす残忍な子供が
宿っている。
「じゃあ、なんで、君はこんな僕に負けているんだい」
 ヘヘヘヘと陰湿に笑うトランに、ぎゅっと砂礫を掴む香――悔しさがあったけれど、涙を切らせて顔に近づく手に反抗できず、その握力に圧され、膝立ちをしてそのまま押し倒されて、腰の上に仁王立ちをされた。
「君なんて所詮、僕以下の子供だっ!」
 その足が胸元に飛び込む――
「あああぁっっ!」
 子供とはいえ、バイラムの幹部であり、力はあるんだ。そういうことを誇示するように入り込んだ足に顔をゆがめて、折れる身体。
「ほら、どうした――ガキ?」
 うつむいたまま迫りくる暴力、とまりかけた息に空白が続いている香の頭に浴びせられる言葉。
「ほら!」
「アアぁあっ!!」
 ピンク色の太股に突き刺さるブーツに、頭を反らせてただ鳴くことしかできない白鳥が震えている。がくりとなった頭の目の前、二本の太股の間に圧し入っていく脚がある。
「嫌!」
「ガキ!」
 股間蹴りにスカートがめくりあがり、ぱっと埃が舞った。
「あああぁあぁぁ……あぁあ……」
 このままではこのままでは――香は鼓動の中で必死に頭を巡らせるが、痛みに感覚はぼーっとなり判断することが出来ない。
「これで終わりかい?」かけられる言葉に浴びせられる嘲笑。「それじゃあ、おもしろくないんだよ」
 一歩下がり、殺気をみなぎらせているトランがいた。ゴーグルを開いて、両手を広げている。二人の空間がゆがみ、香は――身体が浮かび上がる感覚にはっとして見回す。
「なにをしようというのですか」
 育ちの良さを示す話し方は、彼に何も伝えない。しどろもどろになりながら、身体を動かすが、ゆっくりと上昇していく。ビル外壁に突き出た一本の鉄材に手をのばしたが、その上昇スピードに濡れたグローブの指の間をすり付けて、はるか下に消えていく。
「ジェットマンは、鳥なんだろう。鳥だったら飛べるよな!」
 トランの声とともに、ホワイトスワンの身体は敵のサイコキネシスから解放され、地球の引力に渡された。
「ああああああぁあっ!」
 無我夢中になりながら手を広げるが、わずか数メートルで、ジェットウィングが揚力をとらえられるはずもなく、首のあたりを始点に全身から外へ向かって、骨と肉の音が響く。
「あぁぁっ……」
「なんだ、飛べないのか」
 仰向けに呻くスワンの背中を踏みつけにする脚がある。
「これじゃあ、まるで飛べないアヒルの子みたいだ。ホワイトスワン」
 スライムジゲンに身体を捕まれ、いすのようにその身体に横たわらされる。トランと向き合わされ、距離がすぐそこにある。
「だけど、君はちっとも美しくない」
 いいながらメタルトランザーから発射される赤いビームが、ジェットウィングの中央を正確に打ち抜く。
「ああっ!」
 そのスーツの翼は、バードニックウェーブにより香の身体と同一だった。打ち抜いたビームに声をあげ、顔を背ける――
「ほら、ちっともだ」
「きゃあああぁぁああああっ!」
 トランは笑顔を浮かべ、瞳をゴーグルに隠し、反対の翼に向けてビームを与えた。斜めに引き裂かれる翼がある。黒い痕、広がる焦げ目、赤っぽい光がぱっと瞬く――
「痛いんだろう! ほら、ジェットマン!」
 近づき、そのマスクをスライムジゲンの身体の上でぐわんぐわん揺らすトランがいる。香は見上げたが、体力を消耗していた。その腕が腕に伸びて――
「ビームなんか使ったらエネルギーの無駄だよ……」
 左手首を掴んだトランが腕を上に向けて上げさせる。それからその腕を、スライムジゲンの身体の中に入り込ませて、曲がるはずのない方向へ――
「ぼよぉぉぉん!」
 間抜けな声の間に、腕は入り込み、トランも身体を半分埋没させながら、香の腕は後ろへ後ろへ反れていく。
「あああ゛あぁぁぁあ゛ぁあぁぁ!!」
 人とも思えぬ声をあげながら脚をばたばたさせるが、スライムにより身体は動かすことが出来ずに――
「ああああ゛゛ぁぁ!!」
 鈍い音とともに、左手首の先の動きがとまり、感覚が真っ赤になった。腕を動かすと、鋭さと鈍さの同居した感覚に目を白黒させ涙がぽろぽろこぼれた。
「こんなスーツを着ていたって、所詮は人間の子供だっ!」
 トランは言う。うつむいたまま動かない顔をのぞき込み、口元を頬ませる彼をみて、香は口の中に苦いものを感じていく。
「何をなさるつもりなの……」
「君がやろうとしたこととおんなじさ。ジェットマンを倒して、ラディゲや、グレイやマリアに、僕が子供じゃないことを認めさせるんだ」
 彼の声がホワイトスワンのマスクに唾をかける。
「ちがいますわ……わたくしは……」
「自分は違うとでもいうのかい? ばっからしい。鹿鳴館香、半人前のジェットマンだ」
「わたくしは――地球の平和を――」
「フフフフ」声を遮り浴びせられる声。「子供の一人倒せない。ホワイトスワンに、なんの平和が守れるって言うんだい??」
 マスクの顔面を掴むトランは、力任せにスライムジゲンの身体の中にホワイトスワンを突っ込んだ。
「さぁ、スライムジゲン。こいつのマスクを溶かしてやれ
……!」
「ぼよぉぉぉん……」
 ユーモラスな声をあげて痙攣する身体――ホワイトスワンはその中に胸から上を埋没させ、手足を動かすが、その頭が黄色く発光していく。
「ああぁあぁぁあっっ」
 その光に首を振るが、光はますます強くなっていく。
「ぼよよおぉぉん!! ふん!」
 一気に光の中に吸い込まれたマスクと、そこに残された鹿鳴館香のゆがんだ顔があり、粘質の海の中を海草のようなよく手入れされた黒髪が流れていく。
「うぶふふぁぁっ!!」
 恐怖に歪む香の顔があり、泡が吹き出る口が動いた――いきができな――流れ込んでくるスライムを口の中に受け込んでしまい、その冷たい感覚に吐き出そうとして喉がつまり、息がつっかえて、顔をひきつらせて、肢体をばたつかせる。
「どうだ!」
「うぐっ……はぁはああぁはぁ……」
 トランに引きずり出され、恥も外聞もなく口の中のものを吐き出す。
「ああぁぁぁ…うぐっぁ」
 それが、彼女の桃色の太股を汚す。お嬢様が普段耳にしない嘔吐の音に、化粧の塗られた顔は紅潮している。その化粧さえも、フィンガーペイントのような有様に、溶けだしている。
「なんかいったらどうだ!」
「こんな……ひどい仕打ち……を…ほかのジェットマンが……・」
「みたら、怒るとでもいうのかい。じゃあみせてやるよ。ほら!」
 そのゴーグルには小さな機械がついている。眉間のあたりの機械を見せつけるトランの指先には、発光ダイオートの赤い輝きと、レンズの光が――
「いやぁ……!!」
 突き上げる羞恥心に、今までの情けない有様を一部始終撮影されている事実が混ざりあい、悲鳴をあげる香はひきつらせた表情のまま、スライムジゲンの中に沈められた。首を掴むトランの腕は強く、成人男性のそれよりも固かった。
「ああぁぁあぁ」
 泡はできても、周りに漂っている。それをみて、香は空気を吸い込むためにそれを飲み込もうとするが、口にするスライムの量ばかり多く、顔をゆがめる結果にしかならない。
「本当に、君はガキだ。バカな上にガキだ」
 息が――香は視界が真っ白く染まっていくのを感じて、力の抜ける感覚――あ、わたくしどうなってしまいま――水の音。
「えっ……」
 スライムジゲンから引きはがされ、仰向けに倒されている。マスクを失い、素顔を露わにしたホワイトスワンは呆然とした表情を浮かべ、焦点のあわぬ視界にトランを見た。
「これをみせれば、ラディゲもジェットマンも、バイラムで一番強いのが誰だかわかるだろ?」
「こないで」
 両腕で胸を抱き、投げ出した脚で少年幹部を見上げる――お嬢様育ちで、所詮戦士とはほど遠い――香は、その迫りくる攻撃に身をすくめることしかできない。
「こないで、くださいっ」
「そうはいかない…」
 見上げると、ニヤニヤ笑うトランの姿があり、その向こうで不定型に揺れるスライムがある。
「こいつは、なんでも能力を吸収する力があるんだ。さっき、君のマスクを吸収して、ジェットマンのコンピューターは全て覚えた。今度は、そのスーツを全て溶かしてしまわないとな」
「嫌っ――!?」
 竜、凱何してるの、雷太、アコ、長官――次々浮かんでは消える仲間の面もちを思い出しながら、彼女は夜のビルの谷間で次元獣と次元獣使いの少年に、全ての身ぐるみを破がされようとしている。
「大丈夫だよ。全部の情報を吸収したら、君のことはグリナム兵にでもして、一生僕の支配下においてやるんだ」
 笑い声は香の濡れた耳を、これ以上ないほどに恐怖に震わせた。罠に絡め取られていく――竜に、少しでも彼の役に立つところを見せようとしていただけなのに。
「ぇぁ……」
 涙に震える彼女の目の前には、ブリンガーソードがあった。スライムジゲンに何度切りかかっても、無様にその中をかくだけで、ダメージを与えられなかったソードがある。
「覚悟はできたかい……」
 香は涙を浮かべたままだった。だけど、竜に、天童竜に認められたい。想いがこみ上げてくると、目の前の武器は、彼女をうなづかせた。
「さあ……」
 腰を浮かせた身を乗り出し、ぱっと埃が舞い、顔にかかり痛くなったが、かまう余裕はなかった。
「ブリンガーソード!」
 右腕で握ったソードを無我夢中で敵に振りおろした。
「甘いよ」
 寸前でよけた彼に向かって、横に振るった。空気の切る音が響いた。
「いったいどこにむけているんだい!」
 漆黒のマントを翻して、トランの笑顔の残像だけが目に残った。無我夢中でふるっても、敵をとらえる感覚はわずかほどもない。
「ええいっ!」
 渾身込めた一撃でさえ、刃先はコンクリートを舐めただけだった。だらりとなった左腕が痛い。目を真っ赤に染めた。香は絶望の面もちで目の前を見ている。
「判断力はいいんだけどねぇ」
 哀れなホワイトスワンをのぞき込むトラン、その背後、がら空きの脇を抜ける二本の流体がするっと胸を掴んでいく。
「あ……」
 声とともに、ブリンガーソードは指の間を抜け、胸を掴む感覚に、気が抜けたような表情に香はなった。
「結局、剣の技のキレなんてグリナム兵以下だ」
 身体がうく。胸を捕まれ、スライムジゲンにつま先立ちにされた。上から下まで、戦いの間にくすみ汚れた戦士がそこにいて、香の目の前でトランがブリンガーソードを地面から抜き掲げて――
「きゃぁぁっああああああぁああっ!!」
 悲鳴とともにスーツは斜めに引き裂かれた。
「ぼよおおおん!」
 白いスーツの下の白い皮膚に、浮かび上がる一筋のミミズ腫れがある。
「ジェットマンをジェットマンの武器で倒すなんて最高だよ!!」
 トランは反対側から斜めにホワイトスワンを引き裂いた。切れ味のいい刃先によって、その胸元からベルトの上までX字に斬り裂かれていく。
「あぁあぁ……そんなはずが」
 ありませんわ――その悲鳴は誰にも届かない。ソードはさっきホワイトスワンがスライムジゲンを傷つけられなかったように、スライムの中を抜け、彼女を直接傷つける。その中に、スライムが流れ込み、皮膚に感じる冷たい粘質に鳥肌が広がっていく。
「アアハハハハアハッ! 愉快だ! 本当に愉快だ!!」
「ぼよおおおん!」
 悲鳴の間に届くスライムジゲンの間抜け声を、空気を変えるには至らない。何度も振りおろされるソードがある。トランの剣裁きにより、香が重傷を負うことはない。
「いやああああぁぁあっ!」
 だけど、ただされるしかない彼女の目前で、ミミズ腫れが割れて、そこから血が流れて、スライムと混ざりあい、流体の中に毛細血管模様を広げていく。
「ほら、スライムジゲン、そろそろホワイトスワンを吸収できるだろう!」
「ぼよおおおんんん」
 トランは満足げにほほえみながら、ブリンガーソードを地面に突き刺した。スライムジゲンに拘束された香の元までやってくる。額に汗が浮いているのに、香は気づいた。
「吸収――」
 譫言のようにつぶやく彼女に背後から混ざりあうスライムジゲンの身体がある。顎に手があてられ、士気色の顔がトランと向かい合った。
「僕はやっぱり正しかっただろう。ホワイトスワン。僕は子供なんかじゃなかった。子供だったのは、僕に負けた君なんだ……!!」
 高らかに宣言して笑うトランに、香は反抗できない。いや、ブリンガーソードでなけなしの闘志を使い果たして、もう、ただ、悲しくて――怖くて、身体が光っている――身体が、鳥肌の上になで回される感覚は、ある側面では皮膚を裂かれる猛烈な感覚を伴っていて――
「ああぁあぁぁぁぁぁあっ!!」
 ただ、ひたすら力づくで変身を奪われようとする香の身体を守ろうと、バードニックウェーブの淡い輝きがぱっと広がって、一瞬黄色い光を覆い尽くしたかにみえた。
「そうはいかないよ。今更、僕が価値を譲るわけないだろう」
 顎にふれた手を離して、トランは乱れた髪の上に手を乗せた。何度もしたように香の頭をスライムジゲンの胎内に引きずり込んだ。
「ううぼぼぼあぁぁぁ……」
 気泡が広がりまもなく終わると、ぐったりとなった香の身体からバードニックウェーブが消え、再び黄色い瞬きに覆い尽くされるようになった。
「あぁ…うぁぁ……」
 緑色に濁った気泡を吐きながら、薄く目をあける香の目の前で、バードニックウェーブの象徴たるホワイトスワンの姿が消えていく。エネルギーの流れに、その中で回転しながら徐々にはぎ取られるようにして、変身は消失していく。
「ホワイトスワン、おまえの最期だ!」
 光は強くなり、やがて――身体を包み込むスーツも、武器も、ベルトも、肩当ても消え、下着も何もかも奪い取られていく。香は痛みが和らいでいくのを感じ、そして冷たい冷たい――

 トランは勝利者の浮かべる笑みを浮かべた。
「フフフフフ……」
 スライムジゲンの胎内に女の裸体が沈んでいる。
「あとは、ジェットマンの力を吸収したこのスライムジゲンが、君の仲間を、血祭りに上げるんだ」
 女は死んでいない。時折顔を苦痛に歪ませ、そこにいる。
「楽しみだよ。地球を征服し、僕がバイラムの玉座に立つとき、ラディゲがあの女にしたように、僕は――僕は――」
 グリナム兵に改造してやると宣言したときのホワイトスワンの表情を思い出して、その姿を見入るうちにトランの表情は、恍惚としたものに変わっていく。
「君を、我がものにしてやるんだ!!」
 彼は笑った。白々しいぐらいの笑い声に、徐々に自信が宿り、ドス黒い悪魔の感情がスライムのようにどろりと広がり、狂気を持ったものに塗り変わっていった。