もがれた翼

 ハンバーガーセットと交換で、小田切長官に言われた異常エネルギー反応の調査にスカイキャンプを出た早坂アコは、街に足を踏み入れたときから嫌な感じを覚えていた。
「寒みいよお」
 まだ暖かい季節なのに、いつもの青いフライトジャケットぐらいじゃお話にならないぐらいの冷気に街は包まれていた。どこか古風な雑居ビルの群れが見える限り続いている。
「こちらアコ――りゃ?」
 クロスチェンジャーでスカイキャンプと連絡を取ろうとしても、ザーザー言っていた。すごく便利なのに、時たま使えない。スカイフォースの通信衛星が、バイラムの攻撃でなんちゃらかんちゃら、と言われてたが、アコにはよく解らなかった。とりあえず、繋がらなかった。
 連絡はつかないけど、反応の場所は解っている。その町の中央公園裏手の築二十五年のビルの三階のあたり。
「まっ、いっかあ」
 中央公園は結構遠くだが見えていた。抜群の方向感覚で、そこまでたどりつくと、その目的地を見た。陰気な建物だった。公園自体、朽ちた遊具と霜に覆われたグランドがひどく嫌なかんじだ。
「おっし、早坂アコちゃん、さっさとやっちゃおう」
 その重たい空気を振り払うようにアコは場違いな声を上げた。二メートルはある柵を軽々と飛び越えると、ビルを見上げた。三階だけ火事に遭ったみたいに真っ黒だった。
 半分割れたガラスのドアを越えると、エレベーターを見つけたが、もちろん動いていない。仕方なくうろつくと、非常階段の扉がある。三階まであがって扉を開くと、短い廊下があった。奥の灰色のドアを開けると、その暗闇の中に中世ヨーロッパの甲冑やら服やらが並んでいた。何かの博物館か資料館らしかったそこはひどく不気味で気持ち悪かった。さっさと終わらせて帰ろう。
 甲冑の間を抜けた。一番奥に不気味な形の甲冑が置かれていた。不気味なだけで異変はなさそう。アコは奥まできて振り返って帰ろうとした。だが、影が覆いかぶさってきた。
「きゃ!」
 一番奥の甲冑が突然剣をかざして襲い掛かってきたのだ。持ち前の反射神経でアコが床を転がると、振り返って立ち上がった。甲冑の間から黄色い眼を輝かせた奴と距離をとる。
「バイラム!」
「いかにも、俺様はバイオ次元虫、最強のヨロイジゲンだ」
 胸に次元虫がついていた。アコは手を交差させた。
「クロスチェンジャー!」
 アコの身体が輝いて一瞬で、スーツが密着し、マスクが装着された。ブルースワローが構え、いつもの俊敏さでヨロイジゲンを倒そうとした。だが、腰から力が抜けていくようだ。ジャンプが出来ない……
「うわぁ…な、なに……ち、ち、ちからが…」
「フン馬鹿め。俺様のこの鎧は反バードニウム鉱石で出来ている」
「ええっ」
 一歩、二歩、、三歩…ブルースワローの精悍なマスクに影が射す。額にねっとりとした汗を浮かべながら、アコは後退をはじめた。霞む視界に、バイオ次元獣・ヨロイジゲンがいた。
「ほらどうした?」
「ううっ……」
 ヨロイジゲンは、不敵に笑っている。あっという間に胸が締め付けられる。アコは、息をするのすら辛かった。ヨロイジゲンはその身体のあちこちに、反バードニウム鉱石を埋め込んでいた。
 スーツに含まれるバードニウム鉱石に、電子にしたバードニックウェーブを高速でぶつけ、ジェットマンは身体機能を活性化させている。反バードニウム鉱石は、この流れを阻害し、パワーを絶ってしまう。
「ああっ」
 エネルギー代謝が停止しているのに、スーツを着用しているため、早坂アコの身体にものすごい過負担が掛かりはじめていた。
「お嬢さん、はやくも終わりのようだな」
 中世ヨーロッパの騎士を思わせる格好のヨロイジゲンは、その甲冑の中で、目を輝かせていた。甲冑の節々には、ワインの口のような穴がたくさん開いていた。ヨロイジゲンはその穴からいくつもの「手」を出し始めた。全てがナメクジのようにゆらゆらとうねっており、爬虫類の千手観音がいるとすれば、こんな風に見えたことだろう。
「う…」
 後ろにはコンクリートの壁、これ以上後退は出来なかった。夜のゴーストタウン、はじめから敵は彼女を狙っていた。くっ、負けられない…下唇を噛んだ。アコは憤りを覚えた。あたいだけを狙うなんて、許せない!
「バードブラスター!」
 レーザー銃の威力はあまりに弱くダメージを与えられなかった。それでも、派手なマズルフラッシュで一瞬敵の夜間視力を奪うことぐらいはできる。心臓が爆発しそうだった。一気に駆けた。
「――ブリンガーソード!」
 手の震えが止まらない。右腕を大きく振りかざした。まるでそれだけで意思を持ったかのような蔦がブルースワローに襲い掛かってきた。くるっと腕をひねって、その蔦を切り落とす。頭の甲冑に命中して、派手な火花が散る。
「あぐぅ…」
 気合! 気合気合!! ――頭からブリンガーソードを胴体へ、シルバーの身体に黒い痕が続く。
「ウグガ!」
 ヨロイジゲンの声、身体はまるで鉛だった。これ以上戦えない。ステップを踏んだアコは、一旦下がろうとした。
「きゃっぁ!」
 スーツを通してもその感触は電子レンジにかけた刺身のようだった。二本の蔦が腰のベルトの辺りをくねっていた。腋のあたりを襲うその感覚に鳥肌が立つ。しっかりブロックされて、ボディーにそのピンク色の蔦が撒きついた。
「離せェ!」
 気持ち悪さに耐え切れず、腰が抜けた。一度倒れてしまえば、気力が萎えてしまう。考えたときには、アスファルトがあり、甲冑の足があった。力がいっそう抜けていく。
「いつものキレはどこへ行ったんだろうな」
 目の前をまるで、あざ笑い様子を伺うように蔦が浮かんでいた。
「くうぅ…離せ、離しぇ…」
 呂律すらまるで回らなくなる。じっとりとした汗が冷えていく。
 二本の蔦が腕に絡み付いてきた。腰に力が入らないアコは、バンザイの姿勢を取らされ、爪先立ちにされた。バサッ! 青と白の翼が両腋に大開きになった。
「小生意気なツバメさん、二度と飛べなくしてやるよ」
「何するんだ……やめろぉ…」
 甲冑の両腕がブルースワローに伸びる。翼を掴むと、黄色く輝く目がマスクを覗き込んでいた。三重に眩んだアコの視線はもう定まっていないが、漠然とした恐怖だけはしっかりと焦点を結んでいた。
「ああぁ! あっ! ああああ! うわああああああァッ!」
 マスクが仰け反った。翼そのものに神経が通っていなくても、血が飛び散り、焼きごてをあてられるような怒涛だけが感覚中枢を襲った。ヨロイジゲンは、白にブルーで縁取りされた翼を一枚いちまいかきむしり始めたのだ。
「無残だな」
 翼がブーツの周りに飛び散った。翼をもがれたブルースワローが、ぴくぴく震えていた。ヨロイジゲンは顎に手をあてて、その姿をじっくり観察していた。反バードニウム鉱石によってスーツは、ハンカチほどの防護力も無い。
「離すんだぁ」
「まだ口答えするだけの気力は持ってるんだな。よし、今、命乞いをすれば命だけは助けてやろう。もう心臓がとまりそうだろう? 身体によくないぞ」
「誰があんたなんか」
 バシイィィィ! 兆弾した銃弾よりも早い蔦がブルーのマスクを強打した。顎のシルバーの部分に強化ガラスのようにヒビが走った。
「そ、そんな!」
「そのまさかだ」ヨロイジゲンの声が落ち着いていて、アコは瞳を潤ませた。
 甲冑が亀裂の走った顎に手を当て、力を入れて難なくその部分を切り離した。早坂アコの口が半開きになって、健康そうに発色した唇の間に、白い歯が顔を覗かせていた。
「こ、殺せえ!」
 アコの唇が動いていた。
「裏次元伯爵ラディゲ様ほどの幹部になるには、格好よく敵を射殺したりしちゃいけない。それにな、女が苦しむ姿を見るのはいい」
 汗の滲んだ顎が、しぼんでいた。すらっと伸びて引き締まった白い腿に蔦がゆっくりといじらしく絡み付いた。
 蔦のあちこちに吸盤がついており、粘液をぐじゅぐじゅ噴き出し始めた。じゅばじゅば音を立てながら、液が脚を流れて、てかてか光を放った。皮膚がかぶれる――それよりも先に、スーツのあちこちに小さな穴が開き始めた。伝線したストッキングのように、小さな穴があっという間に亀裂を広がっていった。 まもなく薄汚れて輝きを失ったブルーのロングブーツと、股間をぎりぎり隠すぐらいしかないタイトスカートだけになった。
 ヨロイジゲンがブルースワローに巻きついた蔦を抜くと、頭だけを掴んだ。
「怖いのかい? じゃあそろそろ壊すのは一旦やめにしようじゃないか」
 突然優しい口調になったヨロイジゲンの顔を、アコが見つめるまもなく、蔦がコンクリートの壁にアコの身体を叩きつけた。
「いやああああ!」
 マスクに後頭部から亀裂が入り、強打した脊髄が叩きのめされた。腰の骨格が歪む寸前まで震えて、右足と胸骨が折れた。足の骨が肉の筋に抉りこみ、一瞬で真っ赤に腫れあがって、コンクリートに全身がのめり込んだ。
「う…あ……」
 あちこち裂けた脚のあちこちから粘液とは違う黄金の液体が垂れて、床に滴った。
「小生意気なツバメが、オシッコ漏らしちゃったな」
 リノリウムの床に出来た水溜りから鼻を突く臭いがこみ上げてきた。腰に力が入らなければ、抑えられるものも抑えられなかった。
「きゃああああああ! ああああああっ」
 静まった空間にアコの声だけが木霊した。蔦がアコの胸を鞭のようにしなって強打し始めたのだ。折れた胸骨が悲鳴をあげ、そのまだ成長段階の胸の盛り上がりが痛みというより焼きただれるみたいだった。
 身体が揺れるたびにマスクの破片が落ちていく。黒のバイザーが全体に走った亀裂により、透けて見えて、すぼまったアコの瞳が浮かび上がった。
「いやああ!」
 アコの身体は甲冑のように頑丈ではない。人間の身体はひどくもろい。
 バチッ! バシッッ! ビシイイイ! 鞭がしなるたびに揺れるブルースワローは、スーツが破れて、インナースーツを暴露した。
 金色の超高度集積回路と真っ黒のICチップ、極細ワイヤーが傷口から顔を覗かせている。神経フィードバックコードの断面から火花が出ていた。
「くあああァッ! っぎい」
 長方形の人工筋肉装置が、固定ワイヤーにぶら下がっていた。ヨロイジゲンはそれを引き千切る。スーツと一体化した身体が擬似筋肉の切除に悲鳴を上げた。
「バラバラだなあ、ブルースワロー」ヨロイジゲンはあざ笑った。「もうそろそろ限界じゃないのか? オイ」
「まだまだあ」実際はもうだめだった。だが、もう降参する気力も無かった。
「まだまだああ…」上の空で呟きながら、二度目の放尿をした。血が混じっていた。
「気が狂ったか? まあいい」
 ヨロイジゲンがマスクを覗き込んだ。アコは白目を剥きかけている。
「まだあまだぁ」
 四本の蔦が肢体をぐるぐる巻きにすると、ゆっくりと空中に浮かべる。数十秒かけて、ほとんど天井に大の字にされ、下向きにされた。スーツの裂け目の内部基板の間からみみずばれした肌が見えていた。
 ゆさゆさゆさぶると、ぽたぽたと黄金の液が滴った。不意に蛍光灯がついた。全身汗を欠いたブルースワローを、ヨロイジゲンが蛍光灯に激突させた。
「きゃああああああ!」
「フハハハ」
 火花が散り、蛍光管の中の水銀が液化し、地面に滴る。瞬間的に電撃が身体を襲って、意識を寸断させた。気を失ったアコが地面に押して転がる。切れかけた電球に明かりがつくように、ゆっくりと意識を取り戻す姿を、ヨロイジゲンが非情に見下していた。
「……なんで、こんなにあたしを…いたぶる……んだあ」
「それはな、お前が俺様の敵だからだ」
 アコは完全に戦意を喪失していた。正義を守る使命とかあんまなくても、ブルースワローは鳥人戦隊ジェットマンの一員で、地球を守る大切な役目を担っていた。だから、戦わなきゃならない。でも、身体が動かないよ、みんな――助けて。
 羽をもがれた青いツバメがもがいていた。やがて動かなくなったブルースワローに、ヨロイジゲンが近づくと、胸の辺りのスーツを掴んだ。今にも破けそうになるスーツが深い皺を刻んでいた。
 既に丸い形を失ったマスクを掴むと、一思いにはずした。黒髪の丸い愛嬌ある顔が額と口元から血を流しながらも、安らかにしていた。一本の蔦がアコの頬を平手打ちにした。まつげが波打ち、口が歪む。もう一度、平手打ちにすると、突然きりっと眼を開いた。
「は、はああぁ…」
「目覚めたか?」
 びりっ、掴んでいたスーツが千切れた。形のいい胸が鞭のせいで無残に腫れていた。小さな乳房が垂れていた。アコの表情は夢うつつといった状態だった。感覚が麻痺して、神経が情報収集を拒否していた。
 鋭い指の装甲を胸の谷間に押し当てた。印が刻まれた。血がにじみ出て、一筋の道を作り始めた。

 ――失踪に気づいた竜たちが、アコの後を追って、その雑居ビルに踏み込んだが、むしられた翼やマスクの破片、インナーの極小部品が散らばるばかりで、何も発見できなかった。
「アコさんはどうしたっていうんですの!?」
 香を中心にその残骸を囲んでいた。誰もが悲痛な顔をしていた。その背後で、バイキングや王族、騎士の人形たちが不気味に目を輝かせ始めた。