禁断・香水の匂い
   
   
   
 修学旅行から帰ってしばらくした晩、巨大化したネジレ獣を倒したメガレンジャーはギャラクシーメガを軌道上に戻す作業を行っていた。
「じゃっ、お先に」
 メガレッドが立ち上がり、ブラック、ブルーが続く。
「えーっ、もう?」
 毎度のことだがメガピンクが声をあげる。イエローがそれを見て笑う。
「おまえ、毎回毎回しつこいぞ」
 レッドたち三人は主に戦闘を任務にして、イエローとピンクは後ろからマシンの設定をしている。
「だって……」
 だから、軌道上に戻すときに、地上にあるうちに三人はギャラクシーメガを降り、ヒロイン二人は軌道上まで持っていき、そこで久保田博士の確認を経て、地上に戻る。
「まあまあ、怒っても無駄よ、メガピンク」千里もめんどくさい作業に不満だったが、どこか諦めだった。
「だって~メガイエロー」
「とにかく、後は任せたぞ」
 メガブルーが気楽な調子で言う。メガブラックはメガイエローを見て、マスクの中から任せたぞ、サブリーダーと視線を送る。そんな傲慢な耕一郎が、千里はいまいち好きになれなかった。
「じゃあな~」
「もう!」
 といいつつも、メガピンクも諦めてキーボードに入力していた。
「いつものことよね」
 メガイエローが操作をすると、スラストエンジンが炎を吐きギャラクシーメガの巨体が宙を浮く。ガタガタ揺れながら目の前の夜景が少しずつ広がっていく。
「うわー綺麗」
「え、あ、ほんとー」
 ぐんぐん上昇を続けるギャラクシーメガのコクピットの向こうに東京の夜景が見えた。みくはシートを前へ向け、しばしその景色に見入っていた。千里も同じようにその美しい景色を見ていた。メガレンジャーが守ってきた景色だった。
 灰色の雲が現われ、雲海が広がる。そして今度は空に夜景――星空が浮かんだ。
「すっごーい……」
 メガピンクは立ち上がり、その景色に見惚れていた。メガイエローもその横に立ち、その星に目をやった。高度が上がるにつれ、見える星はひとつずつ増えていく。
 ロボ戦の度重なる加速Gで身体のあちこちが痛かった。しかも、戦いがのびてこんな時間になってしまった。でもだからこそ、こんな景色が見ることが出来た。千里はふと思い立って、コクピットの照明を最低限まで落とした。
「うわーっ」
「那須で見た星空よりすごいわね」
 メガイエローが言って、メガピンクの方を見た。那須という言葉に我に帰ったメガピンクがこちらへ向き直る。二人の真っ黒なバイザーに星空が映っている。そう、那須でバルコニーへ出て一緒に星を見ていた――二人で寝たあとに。
「いまさ、思ったんだけどね、千里」
 メガピンクは相手を本名で呼んだ。いつもの無線ではなく、直接だったから、篭ったような声だった。
「うん」身体を近接させた。液晶パネルと星空の光に照らされて、黒曜石のような輝きを二人のスーツは放っていた。
「メガスーツで……」
 言いかけた口にメガイエローが手をあてる。メガピンクは頭をあげて、バイザーに視線を交わした。
「同じこと思ったよ、みく」千里は心の高まりを覚えながら口を繋いだ。「メガスーツで寝たら、きもちいいかも、って、思ったんでしょ」
 戸惑いがちにメガピンクが頷く。ギャラクシーメガは若干振動を大きくし始めた。星空のずっと手前、機体表面が黄色いベールに覆われている。それは空の色と混ざって紫色に変色し、そのベールの向こうには星の嵐が見えている。
「そう思うよね」
「もちろんよ」
 大気圏脱出の高度まで達するコクピットで、ボディーラインがはっきり現われたメガスーツの身体と身体をしっかり抱いた千里とみくはお互いの首筋に顔を近づけた。

 軌道上にギャラクシーメガを戻して変形を解くと、二人はそのことを久保田博士に報告し、先を争うように地上への帰還シャフトへ急いだ。二人を包んだエネルギーフィールドがデジタル空間を通じて、地上まで届き、二人は降り立った。あたりは既に深夜で、遠くに犬の鳴き声がしていた。
 メガイエローは辺りに誰もいないことを確認すると、マスクを外した。長いストレートの髪がばさっと肩口に広がる。
「じゃ、行こうか……」
 同じようにマスクを外したみくの手を取ると、通りへ出た。そこは夜の風俗街で、二人の「奇抜なファッション」は、草やキノコの匂いの立ち込めるこの町では、大して不思議なことではなかった。
「いつものとこでいいわね」
 しかも、ネジレジア発生以来、ネジレ獣のような奇怪な格好がいわゆるヒッピー族に受け入れられ、中にはクネクネの格好をする男女まで現われ始めていた。
「うん」
 そこは二人がよく利用するファッションホテルだった。全自動式で店員と顔をあわせることも無い。女子高生の二人にとってみれば格好の場所だった。事実、そのようなカップルと何度か廊下で顔をあわせたこともあった。
 なれた調子で部屋を選択し、エレベーターで三階へ上がる。部屋に入ると、千里はメガスナイパーをホルスターから抜き、テーブルにおいた。
「ああぁー、相変わらず、操縦がひどいのよ」大きく伸びをして、関節の緊張を解した。
「ねー、健太のせいで、筋肉痛がひどくなる一方」
 みくも同じように武器を置く。
「全くよ」
「まあ、運動するから、健康ではあるわよね……」
「きゃあっ、何するのよ、千里!」
 のびを終えると、千里はみくを抱き上げ、ちょうどお姫様抱っこの格好にした。
「メガスーツだから、こんなことも楽チンよ」
 ベッドにみくを降ろすと、素早く千里はその上に重なってくる。
「もう……?」
「もう、やってあげるわ」
 口を近づけた。みくが瞼を下ろし、千里も同じようにした。ぷにぷにの唇、まるでビニールコーティングされたような格好で、お互いの手を取り合って、唇を重ねながら、二人の身体は交差していった。

「も、もうやめて……んん、ひ、ひく……」
 呂律の回らない調子で、千里はみくの身体を抱き、スーツが全身愛撫の機械と化してしまったかのように千里の身体を蝕んだ。はちきれそうな快感だった。
「ああぁん!」
 スーツごとみくの胎内に納まった千里の指はエネルギーの濁流に恥部を鷲づかみにしていた。
「ああぁん……はああああああああぁっん!」
 千里は雄たけびを上げるようにした。まもなく、スーツの繊維を通じて彼女の愛液がシーツと今村みくの腿に滴りはじめた。
「ああぁん! はぁ! んんんっ! ち、千里! ああああぁ!」
 千里はその顔を見て、気だるそうな手つきで、指を恥部の更に奥へと挿れた。痛みはみくを快感から引き離した様子だったが、ほんの数秒のことでしかなかった。
「はぁはぁ……これなら…どう?」
「ああああっ! ひ、いくっ!」
 みくの身体が腕の中で震えた。その様子を見守った千里はシーツへ落ちていった。
「はぁ……」
 顔を真っ赤にさせた千里はみくの隣で仰向けになると、焦点の定まらない支店で天井のライトを見ていた。
「すごかった……」
 みくは目を見開いて、今迎えたばかりの絶頂が信じられないという戸惑いを浮かべていた。
「メガスーツのせいもあるけど……それにしても、ねえ?」
 汗に濡れた千里の顔、メガスーツのあちこちが汗で染みを作っている。
「しぬかと思ったんだから……」ベッドの上で体勢を変えて、みくは千里のほうを見やる。
「生きてるから……」
 自然と二人の手がお互いの頬に触れ、軽い電流の通ったような感じで幸せそうな表情をして、唇がぶつかり合う。
「ふう……」
 そのとき、二人の元に緊急通信が入った。

「もう、なんてことなの!」
 二人はマスクを装着すると通りへ飛び出すと、辺りを見回した。空が朱色に染まっている。「メガピンク!」
「うん!」
 その現場は数百メートルほどしか離れていなかった。突如として現われたクネクネがこの界隈では最大級のクラブを襲撃して、火を放っていた。現場を百人以上の男女が囲んでいる――半分が野次馬、もう半分がクラブの客で、着衣をほとんど身に着けてないものもちらほらいた。
「まだか、メガレンジャー」
 ユガンデはわざと火を大きくあげて、遠くからでも目立つように示した。彼はメガレッドとのリベンジに挑むつもりでいた。
 シボレナが放ったネジレ獣が先ほどギャラクシーメガに倒され、わざとその直後を狙ったのだ。騎士道精神のあるユガンデではあったが、メガレッドの強力なパワーには、そのような不意をつくしかすべが無かったのだ。
「待ちなさい! ネジレジア!」
「おお、メガレンジャー、ようやく来たか」
「メガイエロー!」
「メガピンク!」
 クラブの屋根の上に現われた二人はそれぞれのポーズをすると、戦闘態勢に腕を突き出す。
「こんな夜中まで何の用なのよ?」
「メガレッドはどうした?」
「アンタなんか、あたしたち二人で充分なんだから!」
「俺の相手はメガレッドだ。おまえらにはクネクネで充分だ、やれっ!」
 ユガンデはメガレッドがまだ来ないのを知ると、めんどくさそうにクネクネに命じて後ろへ下がった。
「いくわよ!」
 クラブの火はだいぶ弱まっていたものの、ネジレジアのせいで消防も手が出せなかった。メガイエローとメガピンクはジャンプをして、地面に降り立つと、プログラムどおりの正確無比な動きで、クネクネを倒し始めた。
『いいぞ、やれ!』
 おもわずはじまったそのアトラクションに、これまで恐怖の色を浮かべていた男女の中から野次が上がり始め、民衆はそれに流されるように次々に声をあげ始めていた。
「ええい!」
 メガイエローのハイキックが決まると、どこからともなく拍手があがる。二十体ほどいたクネクネは遂には半分近くになり、二人はお互いの位置を確かめながら、組織的にクネクネを駆逐していく。
「メガスナイパー・シュート!」メガイエローの放ったビームがクネクネに命中し倒れた。
 パンッ! 突然の音に、千里は振り返る。
額に玉の汗を浮かべていた。戦って二人で遊んだあとで、徐々に身体の鈍りを感じていた。何の音だかわからなかった。おそらく爆竹か何かで、その戸惑いが命取りとなった。振り返ったところに、クネクネのアッパーが迫っていた。
「きゃっ!」
 そのアッパーがマスクを下から蹴り上げ、メガイエローは地面に倒れた。度重なる疲労が千里の動体視力を鈍らせていた。タイミングよく両側に入り込んだクネクネが腕を掴み、無理やり立たせた。アッパーを決めたクネクネが目の前にいる。
「あうっ! ああ…っ!」
 今度はストレートがメガイエローの腹部に決まる。そのショックに視界が一瞬フェイドアウトする。
『どうしたんだよ、メガレンジャー!』
「きゃあああっ!」
 悲鳴にメガピンクは振り返った。五メートルほど向こうでメガイエローがクネクネに捕まっている。普段なら、正確な判断を元に彼女を助けられたはずだったが、やはりみくの場合も疲労が足を引っ張った。
「あうああぁ!」
 クラブのひさしの上から飛び蹴りにかかったクネクネの二本の足がメガイエローに釘付けになったメガピンクの後頭部に命中し、彼女はアスファルトに引きずられるようにして転がる。
『なんだよ、どうしたんだよ!』
 やはり同じようにして腕を固められたメガピンク、身体をいかに振っても、クネクネは関節を上手に抑えており、力関係ではどうにもならない。民衆にどよめきが走る。
「おいおい、まさか……」
 ユガンデは予想外の事態に――彼もクネクネは呆気なく倒されると思っていたのだ――戸惑いを隠せない様子だったが、悪の威厳を示して胸を貼り、二人の下へ近づいた。
 クネクネはユガンデの膝元でメガイエローとメガピンクを跪かせた。ユガンデには手の下しようが無かった。彼はメガレッドを倒しに来たのであり、しかも最悪なことに、民衆が通りを囲んでいる。
「くっ……」
「ううっ……」
「メガレンジャー、まさかこうも簡単にやられるとはな」
 型どおりの台詞を言いながらも、今後のこの二人の処遇を決めかねていた。メガレッドを誘き出すエサに使えばいいのだが、それで逃げられてはどうしようもない。それに、時間がたてば、人質など使わずとも奴は現われる。
『おいおい、どうしたんだよ、ネジレジア!』
「うるさい!」野次にユガンデはレーザーで攻撃をする。自分の優柔不断さを非難されているようで我慢なら無かったのだ。
『悪の作戦っていったら、あれだろーあれ?』
 同じ野次を飛ばした男の声が、攻撃に負けじを帰ってきた。草とキノコの匂いの香る歓楽街に理性や倫理は存在しない。もちろんネジレジアには理性も倫理も、それに秩序もない。
『輪姦!』男の野次にどよめきが走るが、やがて反対側からも同じ言葉が飛び出した。
『輪姦! 輪姦!』
 そのトーンは留まることなく次第にあつみを帯びていった。男女の区別なく声があがる。それを静止しようと前に出た制服警官はクネクネが襲い掛かり、たちまち逃げていった。
「ど、どうして……」
 城ヶ崎千里と今村みくはマスクのそこで今まで守ってきた人々から浴びせられるその文句に瞼を熱くしていた。
 この歓楽街に来た時点で二人の負けは確定していたのだ。