禁断・香水の匂い
   
   
   
 修学旅行に来た那須塩原のリゾートホテル、千里とみくの二人にあてがわれた部屋はちょうど角部屋で、茶臼岳に向かっての展望が広がっている。ガマネジレの起した火山活動も終息を迎え、静寂と暗闇が広がっている。
「もー、ロビーで大岩っちがテレビでプロ野球見てて、すごーぉい焦っちゃった。だけど、集中してて、ぜんぜぇーん気付かないの」
「みく、一体どこ行ってたの?」
 ベッドの上で、横になってファッション誌を読んでいた千里が顔をあげた。部屋に入ってきた途端にまくしあげるように話し始めたみくは、ビニール袋をソファーの前にあるテーブルに置くと、隣のベッドへ身体を投げ出した。
「コーンビニ、こんなホテルなのにさ、買いに行く時間もないんだよ? 夕ごはんもイマイチだったし」
「みく、カニ嫌いだしね。何これっ」
 千里は雑誌を置くと、ベッドを降り、ビニールの中身をあらためた。
「へへぇーん、結構安かったもんね。だけど、ちょっとみく」
「いいーの、いいの、修学旅行なんだから」
 ポテトチップ、柿の種、ポッキー、カラオケボックスのようなミスチョイスだと思った。その下にオレンジラベルの赤ワイン、500ミリ缶チューハイ、紙コップ十個入りが入っている。なんでまたアルコールなんて、見つかったら大変ことになるのに……
「それとも、千里、飲んだことないの?」
 みくは起き上がると、手でグラスを持つ振りをした。
「そんなわけないでしょ、あたしだって、ちょっとぐらい、でもいいの?」
「いーの、いいのー、オートロックだから先生来られないし」
「制服なのによく売ってくれたね?」
「レジのおじさんがね、高校生はみんな買っていくんだって」
 千里は思わず吹いた。「そっか」
「まずはそれよりも、お風呂入ろうよ。温泉、温泉!」
「あーんん、準備は出来てるよ。でも、大丈夫なの?」
「何が?」
「スーパーから戻った直後なんだから、安静にしないと」
 今日の午前中ビビデビから受けた攻撃で、スーパー化したみくだったが、ガマネジレを倒すことで、一応は健康な状態には戻った。診療所で診てもらったが、健康だという。だけど、予断は許さない。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ、スーパーじゃなくてもコンビニだもん」
「あの、ねぇー」

「ふうぅ~~」
 浴衣姿に戻った二人は浴場の暖簾をくぐると、エレベーターへ向かった。
「ごくらくごくらく~」
「千里、さっきからそればぁっか」
「もういーじゃないの」
 千里は濡れた髪に優しくバスタオルをあてながら、階数表示が降りてくるのを見守っていた。あとは寝るだけなのに、ドライヤーで髪を乾かしたみくは髪をゴムで留めていた。髪が痛むので、千里はあまりドライヤーを使わなかった。
「あ、来た」
 カゴが開くと、蛍光灯の光にわずかに目が眩む。中に入り、みくがボタンを押すと、がくんとかすかに揺れて、身体に重しが来る。階数表示が変わっていき、チンという音がしてドアが開く。
「みく?」
 足取り軽やかに千里は廊下を進んだ。振り返り、カゴの中のみくとの間に扉がさーっと閉じていく。慌てて開ボタンを押す。
「ごめん、ぼーっとしてたよ」
「本当に大丈夫? みく?」
「だいじょーぶだから!」
 桃色の頬が近づく。みくは千里を追い越して部屋へ向かった。鍵を回してドアを開けている。千里は取っ手を掴み、みくに続いて入った。予約と部屋数の都合で、スイートルームを割り当てられていた。二人部屋には不釣合いなぐらい広い部屋だった。
 タオルや下着を入れた袋を荷物の横に置くと、みくはビニール袋の中身をテーブルの上で開けはじめる。塩くさい匂い。千里は下着を鞄の中にしまい、ステンレスのタオルかけにバスタオルとタオルをかけた。テレビからお笑い芸人の笑い声がする。
「めっ」みくのワインボトルを千里はとった。
「なんでよ?」
「もう、温泉入ったばっかでしょ。さましてからじゃないと」
「千里、耕一郎みたいなこというよね?」
「……」
 二人はしばし見つめあう。成績トップを競い合って同じデジ研だからなんて理由で、耕一郎と比べられることの多い。そのことを、千里は快く思わない。そのことをみくは当然知っている。あひるのように下唇を出して、手をもてあましたように千里はワインボトルをテーブルの上に置く。
「あんな朴年珍と一緒にしないでよ」
「ふーん、じゃあ、違うんだ? 違うならちょうだいよ、それ」
「だめ。とにかくだーめ」
「朴年珍!」
「何よ?」
「何よったら何よ」
 千里は顔をしかめた。芸人の笑い声がテレビから聞こえている。強気そうな目と弱気な姿勢、見つめ合っているうちにみくが笑い、釣られるようにして千里も笑い出した。
「修学旅行だもんね、まっいっか」
 ワインボトルを置いた。
「ごめんね、千里」
「いいの、いいの。そんだけ元気なら大丈夫だよね」
 コルク不要タイプでアルミの栓を開ける。紙コップを出し、三分の一ほど二つ注ぎ、みくに渡した。
「乾杯、お疲れ様」
「千里、乾杯」
「もーほら、なんで泣くのよ?」
「泣いてないよ」
 千里に続きみくもコップに口をつける。千里がみくの隣に座り、スナックの袋を開け始めた。
「今日はとことん楽しもう!」
「うん!」

 リモコンでテレビを消すと、途端に音が消えてなくなる。頬を染めた二人の目は垂れ、だらしなく足を投げ出していた。浴衣の結び目が緩くなっていた。
「あー、よっぱらっちゃったーぁ。きもちいいー」
「そろそろ寝よっか? みく」千里は彼女の肩を叩いた。
「んんーああー」真っ赤な顔したみくは伸びをして糸が切れたようにソファーに沈んだ。
「もう、ちゃんとベッドに入りなさい。朝は寒いんだからー」
 千里はよろっと立ち上がる。
「朴年珍、うるはい! あたひのかってにねー」
「みくー!」
 みくをベッドに移そうと、浴衣の襟を千里が掴む。うまくバランスをとろうとして、失敗して、笑ったみくがソファーに再び潜り込む。襟が崩れて、白い肌が見えている。パステルピンクのブラ紐が見えていた。
「ねえ、千里?」
「なあに?」
「ちゅーう」
「いいよー」
 千里は簡単に答えて、唇を閉じて顔を近づけた。
「え……」
 みくの瞳が見開かれ、千里の顔を注視していた。
「うっそー、さあ早くねよ。明日も……」
 千里がみくの背中に腕を回し、身体を起そうとする。みくはするりと起き上がり、千里の顔に近づいた。喋りかけの唇と濡れた唇が重なる。千里は目を閉じ、一瞬のあと腕でみくを突き飛ばしていた。
「ごめん、みく……」
「ううん、さすがメガイエローだよね、反応早すぎ」
 千里はとっさにサッシに寄ると、みくをみないフリをして、レースのカーテンの間から外に目をやっていた。
「千里、ごめーん、急に」
「ううん、大丈夫」窓の外、山の稜線に従って燃えているように見えるのは錯覚だった。心臓の音がドラムを打ったように響いている。千里は身体が踊るような胸の高鳴りを抑えようとしながら、場違いな感じを抱きながら立ち尽くすしか出来なかった。
「ちさとー?」
 外の道路を車のテールランプが流れ星のように遠ざかっていくが、それを見ていることも出来ない。胸が熱い、千里は何が起こっているのか解らなかった。
「ちさと!」
 耳に息がそうな距離から不意に名前を呼ばれ、千里はネジレ獣でも見るような表情でみくを見た。彼女の顔が少し酔いが醒めた様子でそこにある。
「ねえ、みく?」
「なあに?」
「もう一度してみてもいい?」
 申し出に緩んだ唇が少しずつ元に戻っていく。
「いいよ」
 千里は乱れた浴衣から見える肩を抱いた。相手の体温が解る。胸の鼓動が相手に知れてしまわないか不安だった。胸が薄い浴衣の生地を通じて触れ合っている。みくの唇がわずかに開き閉じる。そこへ口を這わせ、ゆっくりと触れた。トーストの上で溶けるバターを含むのに似ていた。
「――――」
 唇が離れると、俯いた二人の表情が千里の腕の陰になる。瞳を開けて顔をあげると、潤んだ瞳のみくがそこにいる。
「ごめんね、でも」
「ううん、ありがとう」泪の滴が紅色の頬を伝う。
「今日ね」みくは続けた。「千里に言われて嬉しかった。『スーパーじゃなくてもみくはみく、わたしたちは友達』って」
「当然、じゃないの?」
「嬉しかった」
 浴衣の裾でみくが頬を拭う。不自然な間が出来て、そのことを二人で笑っている。どちらがエスコートするわけでもなく、ソファーに戻った。二人無言で、みくがテレビをつけた。見つめ合っている。テレビの音声がわさわさ響いている。
「どうしよっか」
「もう一杯飲もうよ」
 ワインボトルはほとんど空だった。紙コップに移すと、ぽたぽたと続く滴を全て落とした。
「ねえ、いいこと考えちゃった」
「なんなの?」
 みくは中身を含む。紙コップを置く。口を閉じ、おもむろにみくが肩を抱いてきた。口を沿わせて重ねる。赤黒い液体が唇から唇へ橋渡しされ、酸味のある生暖かい液体を千里は含んだ。
 ワインよりねっとりとした感じがある。喉を通るとき、熱いものが感じられた。

 みくはゴムをはずす。形をもったまま崩れた髪が意外なほどストレート。
「どうしたのかな、千里?」
「きれいだねぇ」
「そんなことないよ、千里より胸ないし、こんな顔だし」
「そんなことないよ、みくはみく、あたしはあたし」
「そうだけどさー」
「そういうことよ」
 酔いは覚めたけれど、心地よさだけ残している。いつになく軽やかだった。昼間はりんどう湖には落ちてずぶぬれだし、ガマネジレにはやられそうで散々だったけれど、ここでこうして夜を迎えている。明日は乳搾り体験学習で、もうネジレジアも出ないだろう。その開放感が不思議だった。
「ちょっと千里っ」
 おもむろに千里は浴衣の前を開けると、ホックを外し、前かがみになって、ブラをはずした。
「みく、触ってみ? 大きくないから」
 そういう胸はレースのブラをはずされ、風船が膨らんだようになっていた。みくが恐る恐るといった様子で手を伸ばした。
「柔らかーい。牛のお乳みたい」
「あのねぇ、あたしは牛?」
 すべすべして細い指は斜面をゆっくり撫でていく。産毛を撫でているように皮膚が逆立ち、鳥肌が立ちそうだった。
 薬指が下から頂きへ至り、親指と一緒に乳房を抓んだ。てっぺんを人さし指が抑えこりこりと揉む。
「ふぅん……ん……っっ」
 今度こそ拒否しなかった。
「牛さぁん、きもちいいですかあ?」
「ばっか……」
「牛さん?」
「もーうもぉーう」千里の牛の鳴きまねに二人で笑う。
「こっちもどうですかぁ?」
 テーブルの上に置かれた割り箸を取ると、みくが反対側の胸にあてがった。
「ちょっと、あぁんもう、ヘンタイ」
「いいじゃん。それとも、私じゃいや?」
「そんなことないよ、みく、あんまり痛くはしないでね」
「わかった!」みくは割り箸で胸の肉を抓む。痺れた感じが胸の中心を走って心臓を鷲づかみにする。
 ベッドの肘あてを枕代わりに倒れた千里の上にみくが覆い被さった。二人は何の感情も抱かなかった。命がけで戦ってきた仲間だから、なんでも当然だった。レズビアンというよりは、ちょっとふざけているだけぐらいの心持だった。
「痛くしないでって」
 ぽかっとみくの頭を叩いて千里が笑う。言葉にみくが割り箸を置き、神妙な面持ちで見ていた。
「じゃあきもちよくするよ……?」
「んあぁん……うあぁん……」
 乳房に密着したナマコみたいなみくの唇、舌がまるでおろし金のようにざらついていて、鳥肌がざーっとひっくり返っていく。千里は官能の芽生えに目をぱちくりさせていた。
「ちょっと、みく、どこでそんなこと覚えてきたのよ……」
「だって千里のこと好きなんだもん。もっと千里のこと知りたいんだもん」
 丸みを帯びた声が、千里の耳へ生暖かい息となって吹きかかる。くすぐったさに顔をすぼめて微笑む。
「みく、くすぐったいよ……」
「でしょう??」
 ざらざらした舌が顎のラインをなぞっている。頬を伝い、髪をかきあげ、うなじから耳元へ舌の伝う大きな音がする。千里はみくの身体を抱くと、徐々に体勢を戻しながら、舌でみくの頬を撫でた。
「うぅん! ふのぉん……」
「ぁぁん……」
 耳たぶや穴の中に舌や息遣いの与える引き攣った官能――没頭するように互いの舌が耳を舐めていた。身を引き合いながら、わずかに震える手を握り合って、その蕩けるような思いともっとしたいという思いが融合しあっていた。
「きもちいひよふ……」
 もつれた舌で酔い顔が薄れ、薄ピンク色の顔のみくは千里と顔を見合わせて呟く。
「うぷ……ん、そうだね」
 唾液のついた耳が光沢を持っている。二人はすぐのところで顔を見合わせながら、ぎこちなく微笑み交わしたりしていた。手や身体をふれあい、ゆっくりだが加速度的にその手と手が近接して、くびれを触りあい、自然と笑みの声があがる。
「ふふん」
「やだぁ……千里みたいに痩せてないし」
「うっそー、充分じゃぁーん」
 数センチの身長さも密接するとその差が妙に気になった。千里は腰を折り、同じ目線に立つ。みくがそのことに気付く様子はないようだ。
「も……やだみく、濡れてるじゃん」
「あー千里ーだめ……ふはぅん」
 ボディーラインに密着した千里の腕がヒップから窪みの中へのび、パンティーの上から包皮を通してクリトリスをくいくいと揺さぶった。パンティーは汁気を充分に湛え、その上から触るだけで酸っぽさが指に伝わってくるみたいだった。
「あれえ、気持ちいいの? みく?」
「そ、そんなことないよ、でも、も……うふぅぅ……」
 千里はにやりとすると、クリトリスをゆるゆると抓む。指を使い、振動をさせると、それに従ってみくが喘ぐ。
「よくも、湖に落としてくれたわね?」
「ああ、もう……千里、ひどい」
「ひどいのはどっちよ? ねえ? どうなのよ?」
「ああぁん……はあぁぁ……鬼ぃ……」
 汗を浮かべた額を撫でてあげると、みくはかすかに顔を歪ませた。絞られた瞳の中に光るものがある。パンティーをずらし、はんぺんのような手触りの包皮を指で剥いた。
「あふあふふぅ……ひ……は…ふ……へぇ……はあぁあぁっ」
 喘いでいるのか笑っているのか解らない声が部屋の中を木霊した。爪を使って、ぬるっとした表面をこりこりとシールを剥がすように弄繰り回した。
「……無理して背伸びしなくたって、あたしたちは友達じゃない?」
「ああぁっ……だ、だだ、だめよ。よう……ふうう……」
 華奢な身体が引き付けを起したような激しい震えを催し、仰け反ったみくの顔が一瞬のあと穏やかに変わった。
「あーあー、大丈夫?」
 千里って身体を預けてきたみくを胸に受け止め、その白い肌を両手でゆっくりゆっくりと触れた。どこか子供っぽいみくのことを、同い年ながら妹のようにいとおしく感じていた。
「ああっ……わかんない、よ……」
「よーしよし、ねえ、カメラで撮っちゃ駄目? お店には出さないから」
「だーめ」
 それでも、そのときのみくの顔は千里の心のファインダーにしっかりと残った。