抜け出せ!幻想のラビリンス

 ヒネラーシティーの内部には、今もなお、沢山の一般市民が捕らえられている。メガレンジャーの奮戦にも関わらず、その鉄壁の防御が崩れることは無く、折角の機会を掴めば、あっという間に逃げられてしまう。虚しいイタチごっこの最中にも、誘拐された人々の数は増え続けた。
 何故、ネジレジアは人々を誘拐し続けるのか。その意図すら読めぬまま、時間は過ぎていく。焦りと不安が無いといえば、うそになる。だけど、負けは認めたくない、浚われた人々は必ず助け出す――特に、健太や耕一郎は努めて明るく振舞っているように見えた。

「何、しみったれた顔してんだよ。そんなんじゃ、勝てる戦いも勝てねえよ」
 デジタンクのハッチに手をかけたメガレッドが声をかけた。メガイエローとメガピンクは思わず顔を上げて、彼の顔――マスクを見た。五人ともインストールを済ませている。その顔は、チタンとプラチナを多様した複合金属で、完璧に覆われている。メガイエローのデジカムサーチですら、その中を伺い知ることは不可能な筈で、千里も、みくもその不安を悟られまいとしていたのに――
「な――」
「健太の言うとおりだ。千里、みく」
 瞬――メガブルーは言った。コードネームではなく、彼は名前を呼んだ。
「そうだぞ。俺たちは、負けるわけには行かないんだ」
 メガブラックも言った。
「だけど、あたしたち――」
 話し始めようとしたメガピンクの前に、メガブルーが立った。千里の前には、レッドとブラックがいた。
「だけどはなしだ。二人とも。俺たちが弱気になれば、それだけ、大勢の人々の命に関わるんだ」
 千里は息を呑んだ。鼓動が早くなる。
「頑張ろうぜ」
 メガレッドが腕を二人の前に突き出した。ブラックとブルーがその上に腕を重ねた。千里は、ピンクとともに重ねた。
「――うん」
 五人は順番にデジタンクへ乗り込むと、レッドの操縦で、相模湾の海底に潜むヒネラーシティーへ向けて発進した。

 みんなを助け出すんだ! ――強い意気込みで乗り込んだヒネラーシティーは閑散としていた。あれだけ沢山の人々がいたにも関わらず、その影は一人として見えず、ネジレジアも、クネクネにいたるまで見つからなかった。
 五人は、ヒネラータワー内部へ難なく潜入することができた。どこか、狐に摘まれたような違和感を感じながら、広いロビー――外観と不釣合いなほど巨大で豪華絢爛なロビーを捜索し終え、その中央に五人は集まった。
「よし、手分けして探そう」
「オーケー!」
 その内部は、迷路のように入り組んでいた。メガブラックは判断ミスを犯した。迷路のように入り組んだタワー内部で、分散することは、そのまま、敵の作った穴の中へ、裸のまま飛び込むようなものだった。
「アレッ――」
 そのことには千里さえ気づかなかった。気づいたのは、彼女の来た道が綺麗サッパリ無くなっていた時だった。電子頭脳で、その配置を記憶させながら進んだにもかかわらず、ある筈の道が無くなり、ない筈の道ができていたのだ。
「しまった! ――みんな!」
 デジタイザーにかぶりつくように、彼女は声をあてる。ガリガリッ、ザーッ――不気味な雑音だけが流れてきて、彼女は腋や背筋やうなじをつめたいものが流れるのを感じた。
 メガイエローの身体は薄暗い通路の行き詰まりで、天井から浴びせられる電球の光を受けて光沢を放っていた。密着した身体の内側から吹き出る汗に、全身が急速に冷やされていくようだった。
「仕方ない」
 上を見上げ、千里は辺りを見た。来た道――正確には戻ってきた道――を見やり、重い足取りできびすを返した。メガスナイパーのグリップに手をやり、ホルスターから引き抜いた。その銃は彼女が握るには不釣合いなほどに大きかった。
「メガイエロー!」
 不意に声がして振り返った。行き止まりの方向から彼女を追いかけてくる影――メガピンクの華奢な身体が現れた。
「メガピンク!」
 千里は安堵したような思いで、ピンクの元へ駆け寄り、メガスナイパーをおろした。
「どうなっちゃってるの。道が無くなっちゃって……」ピンクは肩で息をしながらきいた。
「これは、罠よ。敵が現れないからって、迂闊だった――メガピンク、まずみんなと合流するのよ」
「うん!」

 いくつものコンソールのある部屋で、五つのディスプレイが並んでいた。ネジレジアを支配するドクターヒネラーと、その配下のシボレナ、ユガンデは映し出される映像を見つめながら、笑みを浮かべていた。
「準備はできたようだな」
「はっ」
 シボレナは短く返す。メガレンジャーにとって、ここは敵地の真っ只中、そして、ここは歪んだ異次元の空間の中。ネジレジアにとって、この場所は、自分の身体の中のようなものだった。そんな場所では、分散して行動することは、死につながる。
 だが、シボレナは予見していた。メガレンジャーのパワーやチームワークは脅威だが、戦略的判断のセンスは、悪魔的作戦参謀である彼女に比べてば、圧倒的に劣っていた。であるから、彼らに迷路のような場所を提供すれば、いとも容易く分断が可能だった。
 そして……この空間では、決して生きては出られない。一度はぐれた仲間と再会することは出来ない。
「よし、まずこやつで実験してみよ」
「はっ」シボレナはは振り返り、深呼吸を繰り返す一体の影を見た。
「バクネジレ、準備は出来てる?」
「ご安心をシボレナ様。もう、始まっております」
「これか…シボレナ、お手並み拝見をさせてもらうぞ」
 ドクターヒネラーは、中央のディスプレイを指差した。そこには、メガブラック――彼らのリーダーと、墓石のような光を放つ黒いボディの何か――女性体型のクネクネによく似たアンドロイドが立っていた。
『メガイエロー、お前は背後をカバーしてくれ』
『解った』黒いボディはメガブラックの指示に従い、彼の背後についた。
 ブラックは前進を始める。まるでそのボディが、味方であるかのように振舞い、背中を預けていた。
『ねえ、メガブラック』
『どうした、何かあったか、お、おい!』
 ボディはメガブラックの身体を壁に押し当てると、その背筋に腹を押し当て、二本の腕で彼の身体をまさぐり始めた。
『何をするんだ! おい、メガイエロー!』
 秩序だったとは思えない腕の動きは、彼の上半身を蛇のように動き回りながら、その手の中にメガロッドとメガスナイパーを掴むと、あっという間に消失させ――武装解除は彼自身気づかぬ間に完了してしまった。
「シボレナ様、それでは、始めます」
「ええ」
 バクネジレ――はチョウチンアンコウのような触手をディスプレイの前にかざした。その先端には、果実のような塊があり、その内部から光が揺らめきを放ちはじめた。

「なにするんだ!」
 ボディ――耕一郎の目には見まがうことのないメガイエロー――バクネジレの作り出した幻を見させるアンドロイドは、メガブラックの身体を前に向けさせると、その太もも腹筋、胸、首筋を密着させると、そのマスクがぶつかりそうな距離まで近づけ、彼の表情を覗き込むような姿勢をとった。
「ねえ、メガブラック、ドキドキしてるでしょ――」
 甘ったるい声を発し、ボディは迫る。
「馬鹿いえ、ここをどこだと思ってるんだ!」
 耕一郎は焦った。なんとか合流できたメガイエローが、突然彼に迫ってきている。沢山のクエスチョンマークが現れたが、目の前にいるのは見まがうことの無いインストールした城ヶ崎千里でしか、彼には無い。
「ううっ」
 毒気を抜かれたように彼が声を発する。彼女のグローブが彼の股間をスーツの上から愛撫した。その手つきは、イルカのようにしなやかで耕一郎が、何か彼女へ声を荒げようとするのを抑えてしまう程のパワーを秘めていた。
 そうして起こった心の隙間を、メガイエロー――ボディが見逃すことはなかった。
「ねえ、メガブラック、ドキドキしてるでしょ――」
 ボディの行っている行為は、自慰を導くのみにとどまらず、そのグローブを通じてメガスーツの内部回路にデータを送り込むことも兼ねていた。それは頭脳のコンピューターの連結から電気信号へと変換され、遠藤耕一郎の脳下垂体に受容される。
「ドキドキしてるでしょ――?」
「――――あ、ああ」
 システムに対する不法侵入、装着者への精神汚染を示すアラームが点灯し、ブラックのマスクの前頭部のシンボルを赤く光らせていたが、そんなことは勿論、彼に知覚することは不可能な状態になっていた。
「じゃあ、こんな無駄な戦いなんかやめて、ドキドキしよ――」
 二枚の氷のように冷たく何者をも通さない合金を編みこんだ生地二枚をもってしても、その女体の潤いや張りや艶を遮ることは不可能なのだ。
「うっ…千里、やめろ、やめてくれ…」
 彼は思わず変身前の名で相手を呼んだ。厳格で知られる彼であるからこそ、とっさの事態に気が動転し、普段なら侵すはずの無いミスまで犯していた。
「ほーら、どんどん硬くなっていく…」
 声がブラックの耳元で囁やかれた。スーツの内側で上下する胸丘へ、イエローはブラックの腕を当てさせた。よく解した生肉は、プリンのように柔らかく、
「んんっ…あっ…ふっぁ……」
 その中央、頂点に屹立したシコリは、異様な程際立って感じられた。
「千里……オ、オレ…オレ……」
「マスクを…外すね……」
 瞬きをした彼の目の前には、インストールしながらマスクをオフにした城ヶ崎千里の眩暈がするほど、官能的な顔があり、その今にもこぼれそうな程、艶を帯びて濡れた唇が、ゆっくりとメガブラックのマスクと重なり、その口元へ口づけをした。
「んっ…ん…」
 マスクの表面の感覚センサーを通じて、それは明確に口づけの潤いを感じさせた。頭を殴られたようなショックに、耕一郎はついにイエローの身体へ、自らの意思を持って手を伸ばした。
「きゃっ!」
 困惑と快楽に悦ぶ調子が半分ずつ混ざった声で、耕一郎はイエローを押し倒し覆いかぶさった。その場所は冷たい通路等ではなく、クイーンサイズのベッドの上で、ロココ調の内装が施されたホテルだった。
 極地の氷河の内部では、僅かな温度変化で、液体に変化した氷が管を作り、かなりの水流で循環している。耕一郎の頭の中で起こっていることは、それとさして変わらなかった。
「もう、戦いなんて、やめない? あたし、耕一郎のこと好きだったんだぁ…だから、こうやって、二人きりになる瞬間を待ってた。あたしが、ふしだらだなんて思う? いつもみたいに、不順異性交遊だなんて、怒る?」
「いいや…そうだよな、オレ、どうかしてた」
 ブラックのマスクはリリースされ、閃光とともに消散する。ゆっくりと顔が上から城ヶ崎千里の唇へと重なる。グローブをはめたままの手――スポーツで鍛えたゴツゴツとした手で――耕一郎は、彼女の前髪を撫でた。
「ふぅん…ん……」
 手は人差し指と中指で、顔と髪の生え際のあたりを撫でながら、耳を撫でる。耳たぶを二本の指で挟み込み、充分に解したあと、項から顎の骨の縁を首筋へ向けて降りていった。絹の生地を思わせたサラサラとしたさわり心地だった。
「んぁ…も、もう……」
 汗と化粧水と、口の中――雄の発情を促す雌の匂い――が鼻腔へ入り込んでくる。首筋のスーツと素肌の境目を弄ぶと、首筋の骨の感触がスーツの上からでも感じられた。そこから下は、胸肉の感覚に、明らかに肉づきが変わっていた。
 胸を弄ぶ腕とは逆の左腕は、イエローのベルト部分からヒップラインにかけて腕を伸ばすと、太ももの間に手を埋めた。彼女は足に力を入れ、拒否のポーズだけをして見せるように、その腕を挟みこむ。
「何してるんだ」
 ぎゅっと、耕一郎は、乳房を絞り込み、そのまま、乳首を握って捻った。
「はんっ」
 腿が力を失い、左腕は黄色く包まれたイエローの足の付け根へと潜って行く。
「ねえ」彼女は、耕一郎の耳元に唇を寄せ、息遣いの感じるほどの距離で言葉を発した。「何だか、解らないけど、耕一郎のコト考えたら、体がスゴク、ゾクゾクして」耕一郎の手の上に、タイトスカートを通じて腕が当てられる。
「ねえ、ねえ…解る? 耕一郎? ココ、グジュグジュして…ねえ、これ、オシッコじゃないよ…」
 彼は違和感を感じた。スーツの中に埋もれた耕一郎の指が撫でている彼女の生殖器は、スーツの上からとは思えない程、明確な手触りを感じさせた。穴があり、左右から展開された膜が覆っている。肉とゴムの中間の手触りがあり、湿り気が彼の腕を包み込んでいく。
「解る?」
 そう繰り返しながら、彼女の腕が耕一郎の亀頭を包み込み、徐々に根元へと動きながら、散漫かつ隙のない動きで扱き解していく。
「アタシたちの愛が、あれば…こんな、スーツ、関係ないのよ」
「ああ、そうだな…」
「さっきから、そればっかり」千里の笑い声がする。「ホントはもう、何も考えられないんでしょ…」
「ああ…そう…ああ……」
「大丈夫だよ、強がらなくたって…」
 扱きながら、その亀頭を足の間で挟みこむ、ジンジンとした腫上る男根を痛みが包み込む。
「う…」
 ほら――と、囁く声がした。千里は起き上がり、耕一郎の頭を包むと、口付けをはじめる。舌が歯の付け根を舐め始め、降りかかる生暖かい吐息は口の中、顔を舐め尽くし、身体を溶かして行く。彼女の腿はピストンのような正確さで上下運動を繰り返す。
「ほおら、正直にすれば何も問題ないじゃない…」
 腿の間を徐々に男根は上りつめ、やがてタイトスカートの中に納まった。いつの間にか、上が彼女となり下が耕一郎へと変わっていた。腕は退けられ、密着した股間同士は、相手の熱を感じさせた。鼓動が――ゾクゾクする鼓動が、心臓をとめるのではないかと思うほど、高まっていた。
 唇が離れ、涎が糸を引いてつながっている。その糸が切れる刹那、耕一郎は尻を突き上げた。驚くほどするりと動き、ぶちっと音がするような気がした。肉と肉の間に男根が収まり、締め付けに思わず声が漏れた。
「ううっ…うおっ…」
「耕一郎…お、おおきい……」
 スーツを通じて全身で力をこめて抱き合った。スーツは、タイトスカートの中で、皮膚のように変化し、彼の男根はメガスーツを脱ぐことなく、城ヶ崎千里の身体と連結されていた。
「うあぁ…」
 壊れた機械のように腰を動かし、突き上げ、少しでも奥へと潜り込ませるべく耕一郎は膣の内部へ自らを押し込んだ。猛烈な締め付けは、男根そのものが切断されるのではないかと危惧する程強く、それが彼の暴発を誘うというより、搾り出すように働きかけた。
「な、なあぁ…オレ、もう…」
「いいよ…いいよ…中にだして…」
 なかに――彼女の声に突き上げられているのは耕一郎だった。言葉にならない激情が濃硫酸をぶちまけるように頭の中へと広がる。男根が掻き消え、巨大な水道パイプに変わったような感じがする。
 彼は思わず、メガイエローの白いベルトを掴んだ。ぎゅっと掴んだせいで、グローブの中で腕の血管が赤黒い筋を腕や手の甲に浮き立たせた。濃縮された液体が、身体の内部から、注射器へ押し出されるように暖かい肉の中へと――

 生殖に耽るメガブラックの姿を見て、シボレナは哀れむような笑みを浮かべた。シボレナと共に背後から接近したバクネジレはそのチョウチンのような果実の中から、一本の針を突き出させた。
 嬌声をあげるメガブラックの首筋に針が突き立てられた。まるでアイスコーヒーにストローをさすように、針の内部に光の靄が果実の中へと吸い込まれていく。
 バクネジレは人間の心を食べることが出来た。

 それは悲鳴――仲間の悲鳴を聞きつけた伊達健太――メガレッドが、迷路のような通路の角を曲がった。
「ギレール! おまえ、死んだ筈じゃなかったのかよ!?」
「フハハハハ! メガレッド、貴様を倒す為に、この俺様は地獄からよみがえったのだ。メガレッド、今日こそ貴様と決着をつけてやる!」
「望むところだ!」
 メガレッドは、ドリルスナイパーを構え、ギレールと相対した。彼にもまた解らなかった。そのギレールの正体が、本物のギレールではないことを――

「ここを、もっとこうしたらいいんじゃないかな」
「そうだ、だけど、よくそんなことが解ったな」
「当たり前だ」
 並木瞬は、最新のワークステーションに向いながら、CGの指導を受けていた。コンピューターグラフィックスの繊細な芸術は、中々他人に教えられるものではない。彼に教えているのは、メガブルーの姿をしていた。
「そうだな」
 プライドの高い彼が唯一心を許せる相手、それは、自分自身に他ならなかった。彼は、自分から指導を受けながら、メキメキ、センスをあげていく。だが、彼にもまた解らなかった。そのメガブルーの正体が、本物の自分自身ではないことを――

「こっち!!」
 メガキャプチャーを構えるメガピンクに導かれ、メガイエローは通路を進んだ。探査レーザーによる壁の透視が不可能だった。しかし、メガキャプチャーが怪電波を捉え、逆探知に成功したのだった。
「メガピンク、気をつけて。もうすぐ敵が……」
 千里は身震いする自分を感じた。怪電波を発するのは、ネジレジアである筈で、今、この場には二人しかいない――仲間との合流も出来ない今、幹部にでも遭遇すれば――メガイエローは首を振った。そんなことを考えても、意味が無い。
 だが、道は行き止まりへとたどり着いた。
「なんで……」
「電波は壁の向こう側からみたい…」
 メガピンクのマスクは携帯電話のエンブレムを輝かせている。そう、そのエンブレムは通常青く輝く。だが、今は赤く輝いていた。胸の五色のプレートは紫色で、Mの刻印の打たれたバックルは、Nと刻印されていた。
「この壁の向こう――シボレナ、ユガンデ、出てきなさい!」
 負け惜しみのようにメガイエローは声をあげた。ここまでこられたということは、敵も動向を把握していて、当然で今は罠の真っ只中だった。メガレンジャーは遠目にも目立つ格好をしていて、今更コソコソしていても、無意味だと思っていた。
 千里は完全に気が動転していた。だから、今、彼女の隣にいる仲間が、仲間と信じて疑わなかったし、普段の彼女なら、その姿が微妙に異なっていることに気づいた筈だった。
「メガピンク、まだ、怪電波は捉えられる?」
「うん、でも、チョット、弱くなってるかも……」
 メガピンクは耳元に手をやって、電波のありかを探すようにあたりを見回している。メガイエローに対しては、視線を合わせずに答えた。横目で、メガピンクはメガイエローの焦燥する様子を見て、ニヤリと笑った。
「こうなったら」メガスナイパーとメガスリングを取り出すと、スリングの上部にスナイパーを接続した。「壁を破くしかないわね」
「スリングスナイパー・シュート!」

 壁は音を立てて崩れた。鉄筋の構造材がむき出しになり、イエローはハンドサインでメガピンクについてくるように促した。中は暗闇で、身軽に穴の中へと入ったメガイエローは、あたりをサーチした。
「メガピンク、敵は何処!?」
「もーっと、奥」
 緊張感を感じさせない口調へメガピンクが告げる。メガイエローは一瞬、ピンクのほうを向いたが、何も言わずに言われた方向へ進み始めた。暗闇に目が慣れてくると、あたりの光景が解る。タンクや機械が続いている。二人のコツコツコツという足音が、空間を満たし、前へ前へ進んでいく。
「みんな!」
 出し抜けにメガピンクは声をあげた。怪訝そうに振り向く千里、立ち止まったピンクが今、進んでいる方向を指さす。彼女が指を向けたとき、室内の照明が徐々に光度を増し始め、あたりの闇は一掃されていく。
「レッド、ブラック! みんな!」
 そこには、メガレッド、メガブルー、メガブラックが倒れ、意識を失っていた。千里はおもわずメガブラックへ駆け寄り、抱き上げる。
「ブラック、ブラック!」
「フフフ……そいつらは、寝ているだけよ…」
 声に顔を上げた。シボレナは、サーベルを手の中で弄びながら、背後にネジレ獣を従えていた。
「シボレナ!」
「三人は、このこのバクネジレに夢を食べられたのよ――みんな、気持ちいい夢を見て、夢の世界に生きるのよ……」
「なんですって!」
 メガピンクが声をあげる。声だけ甲高く、シボレナはメガピンクと視線を合わせると互いに頷きあった。
「みんなの夢を……」
「アラ、素敵じゃない。現実は、異次元からやってきた怪物と戦って、いつ命を失うとも限らないのよ。私は、メガレンジャーを戦いから解放させてあげてるのよ…」
「そんなの、解放なんかじゃない!」
 メガピンクが台本で打ち合わせたように言葉を返す。
「そうよ!」ピンクに続くようにメガイエローは声をあげた。「あたしたちは現実の世界を生きている。だから、夢もあって、希望もあるのよ!」
「フン…」シボレナは鼻を鳴らすと、バクネジレに道を開けた。「ドクターヒネラーの邪魔になるものが、排除できれば、それでいいのよ。バクネジレ、きっと美味しい夢が食べられる筈よ――」
「お任せください。シボレナ様」
 メガイエローは立ち上がり、バクネジレの前へ躍り出た。猛獣のパーツを子供が接着剤でくっつけたような身体をしていた。それ程、獰猛そうには見えないが、三人を倒したネジレ獣だ。
「メガピンク、みんなを安全なところへ――コイツはあたしが引き受けるから」
「解った!」
 メガピンクはスーツの力で三人を抱えると、難儀そうな手つきで背後へ交代する。
「フン、どこへ行こうと、同じコト…私を倒せば、お仲間も助けられるんだがね…」
「それなら、倒すまでだわ! いくわよ!」
 瞬間的にメガイエローは距離を詰め、左足を軸足にハイキックを繰り出す。
「えい! ――あ、あれ?」
「フフフ…何処を見ているのだ」
「あ!」
 バクネジレはいつの間にか、背後に立っていた。いつの間に、そこへ移動したのか動きが全く読めなかった。
「次はこっちからいくぞ!」
 最後の「いくぞ」を言い終わるか言い終わらないかの内に、バクネジレの身体がメガイエローの下腹部にアッパーカットのように入り込み、宙を浮く刹那、その象を思わせる鼻が鞭のようにしなり、斜め上へと飛び出したメガイエローを右から見舞う。
「あああっ!?」
 二段階の攻撃が与えられたか知覚すら出来ないまま、三半規管が一瞬麻痺する。空中を舞う身体を制御できないまま、背中が天井へぶつかり、バレーボールのように跳ね返り、胸を下にして垂直に落下する。受身を取るなど、思いもよらず、衝撃にわずかにバウンドしてうつ伏せにメガイエローは落ちる。
「うわぁっ…アァッ…くっううっつ…」

「フフフ……」
 シボレナはモニターを見ながらほくそ笑んだ。その背後には、ヒネラー、ユガンデ、そしてバクネジレがいた。モニターの中には、地面をのたうつメガイエローと、黒いボディがいた。
「これで終わりね…」
 バクネジレには夢を食べる以外の能力は無く、戦闘など思いもよらない。だが、メガイエローに見させた幻の世界の中では、バクネジレは最強のネジレ獣であり、メガレンジャーが一人で立ち向かって、かなう筈も無い。
 それが、バクネジレの『夢』だった。
「さあ、とどめをさすのだ」ヒネラーは告げる。「そうすれば、奴の精神も食べることが……」
「ヒネラー様、シボレナ様、もう少々お待ちいただけないでしょうか……」
 バクネジレは声をあげた。
「どうしたのだ、バクネジレ」
 バクネジレは沸騰する液体のような奇妙な笑い声を立てた。「もう少々、味あわせて頂けないでしょうか…」
 ヒネラーはその申し出を口にしたバクネジレをにらみつけ、モニターを見返した。背中を丸め、下腹部を片手で抑えながら立膝をついたメガイエローを、ボディが正面からキックを与えている。
『あうっ!?』
 スーツで保護されているとは言え、パワー頼りの攻撃を受けては、装着者もタダでは済まない。体勢を立て直す前に、ボディがメガイエローの背中を踏みつけにする。
 バクネジレは、心を吸い取る人間に、その人間の望む夢を見させ、その心の隙間に入り込むことで、心を吸い取る。だが――メガイエローがそのような夢を抱くとは、潜在意識の一番下の階層であっても考え難かった。
 そうか、ヒネラーはひとりごちた――これは、バクネジレの夢なのだ。
「解った。バクネジレ。今回は特別赦そうじゃないか。しかし、そう、時間ばかりかけないように――まだ、もう一人いるんだからな……」

「はうっ!」
 メガイエローは仰向けのまま、背中に足を乗せられ、虫のように肢体をバタつかせた。
「ハハハハハっ、メガイエロー! どうした、まるで手ごたえが感じられぬぞ」
「負けない!」
 悲鳴にも似た彼女の啖呵――とっさに右へ滑り、その足から逃れると、空中へ飛び出すようなしなやかな動きで立ち上がると、とっさに腰を落とし、バクネジレに足払いをかける。
「どうした!」
 足払いを受ける前に跳躍し、天井を蜘蛛のように掛けるバクネジレは、距離を置いて降り立つ。
「ブレードアーム!」
 メガイエローは駆けながら、両腕を青白く輝かせた。彼女の必殺技は瞬間的にバクネジレに滑り込み、あたりを爆煙が包み込む。
「やった――ウ!」
 身体が崩れ、彼女は湧き上がる痛みに顔を歪ませる。瞬間的なエネルギーの消耗と、根詰めていた気合が途切れると同時に、彼女が地面に突っ伏し、四つんばいの姿勢で激しく息をつないだ。
「ハアァ…はぁあぁ…アァッ……メ、メガピンクは……」
「ピンクちゃんはいない」背後に鈍い声、血走った千里はその声に身体越しに煙の立ち込める方向を見た。「オレはさっきき言った筈だ。どうしたってな、どうした? それで終わりか?」
 パシュ――圧縮空気を打ち出したような音が、煙の中を駆け抜けていく。
「ウッ!」
 光のサーべルのように、そのレーザーは光の速度で突き抜ける。太陽の表面と同じ温度でイエローのスーツを融解させると、肌と血と肉を突き破り、肩の骨に黒い穴を開ける。再び肉と血と肌を突き抜けると、また難なくスーツを突き破り、地面へ突き刺さる。
「ウウアアァァァアアァァアッーーーーー!」
 搾り出すような悲鳴が響く。ビクビクと震える身体が燃えるように熱いレーザーと触れるたびに、肉の焼けるいびつな音を立てさせ、鉄を思わせる匂いを漂わせた。レーザーと血が出会うと瞬間的に蒸発し、水蒸気と化した血液と、その残りカスが黄色と白のコントラストのスーツを内側から汚す。
「あああぁあぁああぁぁああっ!!!」
 首をのけぞらせて喘ぐ彼女の全身に汗が吹き出る。右肩に命中したレーザーに骨が引きずられるように動き、四つんばいのままの彼女は腰を地面に落とし、スフィンクスを思わせる姿勢で、頭だけ鎌首もたげて叫ぶ。
「アアァッ! イアヤァァアァァ!」
 頭に焼き鏝を当てられているような感じ、モーターのような音がして、レーザーの音だと解る。
「アアァァァアアアアアアアア!」
 血が紫色にスーツを変え、骨の歪み砕ける振動だけが、彼女の全身を不気味に駆け巡る。
「いいよ、いい悲鳴だ。こういう娘は、こういう悲鳴がお似合いだ」
 レーザーは消え、不気味な肉の音がする。血が染み出て、内外から汚している。本来ならば、気を失いかねないコンディションだった。だが、意識は逆にハッキリしており、痛みは無く燃えるようなけだるさだけが感じられた。
「ああぁ…あぁ…あぁああ…」
 反り返ったような声で、身体を横たえ痙攣を起こす。傷口を更に傷めぬよう肩を持ち上げ、だが、痙攣を繰り返し、身体と腕のラインが物理的に切断されたことで、だらりと動かぬ腕は、力強さすら感じず、ただその肩から伸びる一本の棒と成り果ててしまっている。
「無様だよ、全く!」
「メガイエローっ」
 彼女を呼ぶ声に、千里は歯を食いしばり顔をあげた。
「メ、メガピンク…」メガキャプチャーを手にした彼女の姿を見やった。マスクの下で、その顔は蒼白になっており、目の周りが殴られたように腫れている。「き、来ちゃ駄目!」
「よ、よくも! 私が相手になるわ!」
「メガピンクめ、仲間と逃げれば、犠牲は四人で済んだんだがな。全滅しに来るとは、馬鹿にも程があるわ」
「メガレンジャーはお前を倒す! タアアアアアア!」
 声をあげて、メガピンクは走り出す。構えすらとろうとしないバクネジレ、気迫だけはメガピンクが圧倒していたが、千里にはハッキリと解った。
「フン、無謀な小娘め」
 バクネジレは数歩前へ出ると、メガピンクの突進をひょいと交わす。斜め後ろに立ったバクネジレは身を翻そうとする彼女の上方から腕を振り下ろす。
「ああぁっ!!」
 叩き落とされたメガキャプチャーが、メガイエローの目の前の地面に落ち、バウンドして跳ね飛んだ。
「ウリャアァ!!」
 そのマスクを正面からバクネジレの長い腕が見舞う。シャンデリアを地面に落としたような派手な音が響き渡る。
「あああぁあーっあぁあぁああああー!」
 メガイエローは腕の痛みも構わずに立ち上がり、背中を曲げた状態でバクネジレの背後に迫る。跳ねとび、壁に叩きつけられ、ずるりと落ちるメガピンクが見えた。
「メガピンク!」
 ギロリとバクネジレは振り返り、メガイエローを見下した。仲間を思っての行動に、敵の存在など、一瞬の間、上の空だった。バクネジレはその顔を悦んだように歪めた。千里はその殺気に怯えを感じた。何も出来ない短いが、長い時間が続いた。
「見ていろ…面白い、ショーをな」
 バクネジレは告げると、一撃も与えずメガイエローの元を離れる。改めて、顔をあげると、マシンガンで滅多打ちにされた防弾ガラスのようになったメガピンクのマスクが目に入り、寒気が全身を包む。
「しまった!」
 一瞬でも、千里は女戦士からただの女性へと戻っていた。相手から繰り出される暴力に身をすくめ、そこから逃れられたことに安堵すら感じていたのだ。だが、それは繰り出される暴力の矛先が、自分ではなく、仲間へと変わっただけのことであり、脅威は減ってなどいない。
「あああっあぁっ!」
 バクネジレはメガピンクの首を掴むとギリギリとその身体を持ち上げる。メガピンクはその腕を掴み、ロングブーツをバタつかせた。
「や、やめろぉ……」
 首を左右に振り、抵抗の姿勢を見せる。バイザーの一部が欠け、みくの瞳が千里には見えた。
「やめてぇ!」
 メガイエローはバクネジレの背後に取り付き声をあげた。
「うるさい! 黙って見物していろ!」
「きゃっ!」
 難なくなぎ払われたメガイエローは、傷口を下にして地面に落ちる。再び麻痺していた痛みが床にぶつかり燃え上がるように元に戻り始めた。
「あぁっ…あぁん……メガピンクを…助け…」
 白いガスが立ち込めたように曇る視界の中で、メガピンクはマスクを殴打される。女児向けの人形の首をもぎ取るように、力任せにマスクが吹き飛ぶ。あまりに激しい音に、千里は目を背けた。みくの首ごと飛んだと思ったからだ。
「ああああああああああぁぁあぁああっ!」
 だが、そこに今村みくの頭はあった。額とこめかみと鼻から血を流し、ツインテールの髪は埃やごみで汚れ、顔全体が煤のようなものが覆っていた。顔は歪み、涙が煤の表面を流れて、そこだけ白い肌を見せている。
「うううっあぁ…」
「フフフ、呆気ないなぁ…オレにかすり傷一つ、いや打撃の一つも与えられなかったじゃないか」
「離せ…みんなを…もとに…」
 バクネジレは笑い続けた。
「あのイエローちゃんの前に、お前を食ってやるよ。よかったなぁ、お前は、死ぬ前に死ぬよりも辛い、あのイエローちゃんの死に様を見ずに済む」
「離せぇーーーー!」
 体中を激しく動かしながらメガピンクは抵抗し始める。鼻の下に切り込みをあてたように広がった口から犬歯と、それに続く肉食獣の鋭さを思わせる歯――牙が現れ、青白く輝いている。
「みくう!」
 だが、千里にはどうすることも出来なかった。身体は、金縛りに遭ったように動くことが出来ず、今いる場所から五センチも、バクネジレに近づくことが出来なかった。
「きゃあぁあああぁぁあ!」
 バクネジレの口は,その外観からはとても創造が出来ないほど大きく開いた。乾いた板を鳴らすような喉の音と共に、バクネジレはメガピンクを食べた。
「みくう!!!!!!!」
 首を絞められた身体が解放されるのもつかの間、バクネジレの口は大きく切り開かれ、マスクを剥がれたメガピンクを頭から踊り食いすると、動く足を長い鼻で身体の中へと押し込んだ。
「嗚呼……」
 バクネジレの体内が醜く膨らみ、明らかにピンクのものと思われる突起が内側からジタバタと動いていたが、やがてそれも無くなり、急速に溶かされて行くのか、その膨らみもあっという間に無くなっていく。
「な、なんてことを……」
 夢を食べるとか、心を食べるとかのレベルではない。バクネジレはまるで、エビやイカを一口で食べるように、メガピンクを食べてしまった。千里は嘔吐感を感じ、寒気とくらくらする頭の中で、今起こった出来事が信じられず、首を振った。
「さあ」
 メガイエローの目の前に、二つの足が現れ、恐る恐る千里はそれを見上げた。
「残ったメインディッシュだ。ゆっくりと味わってやろうじゃないか…」
「イヤッ…」
 あの凄惨な出来事が、自分の身に降りかかる。考えただけでも、身の毛もよだつ出来事だった。彼女は仰向けになったが、立ち上がることも出来ずに足とまだ動く腕だけで後ろへ後ろへ這った。
「何、安心しろ。今、コイツを食べたおかげで、お腹がいっぱいだ。お前は、ゆっくりと料理してやるからな」
 空気を切る音が響き、メガイエローは目を背け、顔を背けた。
「えっ…」
 カッターナイフをコピー用紙にあてたように、斜めに左上から右下へ、メガイエローの身体を通過した三本の爪は、そのスーツだけを見事に切り裂き、白い肌を露出させて見せた。
「ま、負ける…」
 千里は心の中で呟く。最早、他の仲間はおらず、ここには自分しかいない。敵の本拠地のど真ん中で、救援の見込みは無い。
「フフフッ」バクネジレは鼻を自分の口の中に差し入れた。そして、喉の内部をかみまわすと、中から体液に塗れたメガスナイパーを取り出した。既に表面の青地の塗装が剥げてまだら模様となり、上部に取り付けられた銃剣は一本のプラスティックの棒のように変形してしまっている。
「そ、それは…」
 それはみくのメガスナイパーだった。バクネジレはスナイパーを手に持ち帰ると、グリップを握り引き金を絞った。パシュ、いい音がして、レーザーはイエローのすぐ脇を通り抜け、床に命中する。表面は醜く変形していても、銃としての機能は充分と持っていた。
「オレを、タダの力自慢のネジレ獣だと思ってもらったら困る。オレは、科学知識にも優れていてね」
 目が滲み、刺すような痛みを感じ、瞬きを繰り返していた。メガスナイパーの銃口がゆっくりと彼女の目を定めるように向けられる。
「この光線銃は、空気中の窒素や酸素の原子をイオン化して、イオン粒子を生成すると、その粒子を一つ目の加速器に掛けて、一旦光速まで加速したのちにもう一つの主加速器へ移して、速度を半分程度まで落とす代わりに、密度を上げ、ただの光でしかないビームに破壊力を与える。銃口を出たビームは距離が離れれば離れるほど、減衰される」
 メガスナイパーの銃口がマスクのバイザーにあてられた。千里にはバイザーを通して銃口の中が見えた。その銀色の銃口の中には、青い本体との接続部付近に円錐らしき物体があり、その背後は伺うことが出来なかった。
「一般的に大気が減衰させる粒子は相当なものがあり、五百メートルの距離があれば、敵に対し、有効な打撃は与えられない。だがな」
 銃口はバイザーから口元に向けられ、千里は生唾を呑んだ。
「だが?」
「主加速器――見えただろう。丸い尖がりがな。そこから、15センチ程度であれば、100パーセントの能力を発揮できる――そうだよ、この銃口と目標を密着させれば、こんなちっぽけな光線銃でも、確実に、ユガンデ様であろうと、ヒネラー様であろうと、命を奪い去ることが出来る――そして、お前、メガイエローもな」
 銃口は口元から首へ、喉元に銃口の丸い輪郭が当てられ存在が解る。やがて、それは首から下ろされ、胸の谷間をくぐり、左胸の下部に出来た裂け目の一番上へと差し込まれた。
「聡明な君ならよく解るだろう。そうだ、動くんじゃない。動けば、心臓か、そのすぐ近くの太い血管の走っている場所に、加速イオン粒子が殺到するんだからな」
 歯が無意識のうちに震え始めた。バクネジレは顔を近づけ、その息がマスクに降りかかる。その表面を鳥肌を舐めるように動物の死骸の匂いのような吐息が吹きかかる。
「俺の武器を使えば、この肩のように使い物にならなくなるのは簡単だ。だが、あえて、こうするのはな」
 銃口で避けたスーツを捲し上げると、そこには白いブラジャーが掛けられていた。スポーツタイプのサテンかそれに近い合成生地で作られたもので、ストラップが無く、ベルトだけでそこに固定されている。銃口が当てられると、カップの部分にすり鉢状の板状のものが入れられており、胸部を保護していることが解った。
「ああぁ…」
「メガピンクを食べて、空腹になるまで、時間があるからだ」
 銃口を使って半ば強引にカップを持ち上げると、そこには張りのある胸丘があり、小ぶりな乳房があった。乳輪を銃口で弄び始めた。柔らかくピニプニとした手触りが、見た目にも解る乳房は銃口で、徐々に解きほぐされ、固化し始めた。
 彼女の身体を硬直させているものは、性的欲求というより、恐怖心というべきものだった。バクネジレはこれが時間つぶしだといっている。ならば、これは殺人ではなく、レイプに近い――
「ほら、ドンドン硬くなっていくぞ」
 告げられ、メガイエローは弱弱しく首を左右に振る。バクネジレはマスクの顎に二本の手をやると、うつむいた顔を上げさせた。
「そうか、怖いか。俺の指一本にお前の命が乗っかっているんだからな。俺は怖いぞ、仲間の三人の夢を食らい、お前の大事な大事なメガピンクを飲んじまったんだからな」
 バクネジレの長い鼻がマスクの後ろに回され、メガイエローの身体を起こす。
「そうだよなぁ…まだ、死にたくないよな。まだ、いっぱいいっぱい、買い物や勉強やスポーツをして、沢山の仲間と出会い別れ、大人になって、素敵な人と出会うことができればなぁ」
 まるで、彼女の頭の中を呼んだように言葉を浴びせかけられた。
「だが、もうそれも叶わぬ夢かも知れないなぁ。メガイエロー、お前にとって、運の尽きは、メガイエローになったことだ」
 屹立した乳房にはもう興味を失った様子で銃口はそのまま這いながら、胸の谷間へ滑っていく。氷の中に投げ出されるような恐怖に、唇がパクパクと酸素不足の金魚のようにあいたり開いたりしていた。
「もし、ならなければ、我々の支配の下で、ヒネラー様さえ、崇めていれば、人並みに生活が出来たものを」
 地の色は真っ白だったが、朝つけた薄い唇のおかげで、ほのかに桃色だった。その口は言葉を発していたが、言葉というよりは『あ』とか『え』とか、発音でしかなかった。
「お前も疲れただろう。戦うことも出来ず、勝つことは出来ず、相手を返り討ちにも出来ない。苦しみは出来るだけ早く、終わったほうがいい」
 そういいながら、メガスナイパーを握っていないほうの手で、変色した肩口をバクネジレは掴んだ。
「ああぁっ……」
 声はあがったが、痛みはしなかった。血管を流れるどくどくという流れや、傷口からの失血もわかる。メガスーツの締め付けのおかげで、出血は思いのほか少なかった。だが、出血は鼓動を早め、心臓にピンをあてたような痛みが走った。
「そろそろやめにしようか」
 温和な口調にバクネジレは変わった。銃口はカップの間の窪みに充てられた。そこは、中央に向ってくぼんでおり、さらさらの肌があった。
「ここには、心臓があって、心臓は血液を全身に送る役目をしている。だから、ここをとめてしまえば、お前の命は終わりだ。それとも、あれか、降伏でもするかな?」
 強烈な耳鳴りと、髪の毛の全てが逆立つような熱を感じた。瞳孔が開き、眩暈がする。体中から吹き出るのは汗であり、涙だった。
「あたしは…それだけは……ぜ、ったいに…口に…しない……メ、メガレンジャーとして…降伏は認めな――」
「そうか、それは残念だ」
 泣きじゃくる千里をバクネジレは切り捨てた。
「それでは、この銃を使ってやろうじゃないか」
 その間は酷く長く感じられた。バクネジレは鼻を使って、メガイエローを下に向けさせた。かっと開いた瞼は閉じることが出来ずに固まってしまっていた。スーツの切れ目に差し込まれた銃口――バクネジレは見えるようにスナイパーそのものを横に倒している。
「シュート…」
 グリップを握る手に力が込められるのが、銃口を通じても解った。引き金にあてられた指がギリギリと、気が狂いそうになるほどゆっくりと絞られ始めている。いつ、レーザーが発射されてもおかしくない。
 だが、顔を背けることも、目を閉じることも出来ずに、その光景が目の前に広がっていた。身体が武者震いのように震える。熱くなったままの身体が更に激情を帯びた。
「…………し、死ぬの…」
 うわ言のように、マスクの中に響くような声で千里は呟いた。遂に瞼はシャッターのように下りてきた。

 確かに意識できたものは、膀胱の内部に溜まった尿がその外部に流れ出したことであり、体内の不純物を排出するように意思とは無関係に呼吸が出来た。
「え…………」
 バクネジレの指はメガスナイパーの引き金を、一番奥まで絞っており、その指はがくがくと力を込めたせいで震えている。
「バカか……」
 首筋に回された鼻がするりと抜け、銃口はゆっくりと彼女の身体から離れた。代わりに視界に飛び込んできたのは、ハの字形型に開かれた二本の黄色い腿であり、その内側が黄土色に変色し、程なくタイトスカートにも同じ色が現れ始めた。
「フフフッ」
 タイトスカートの表面には腿の付け根の股間が浮き出ていた。全体が黄土色に変わるまで、時間はわずかばかりもかからない。
「そんなに怖かったか。お前を殺す筈など無かろう」
 唾を飲んで、認識すると、まだ生きていて、敵に殺される恐怖から失禁したという事実が、おかしくなるほど時間をかけて認識され始めた。
「イヤァッッ」
 更に多くの涙が溢れ出して、彼女は胸と股間を片方の腕で隠そうとする。
「正義のスーパーヒロインも、形無しだな」
 背後に迫る本物のバクネジレは、チョウチンの先から針を突き出した。突き刺そうとする刹那、メガイエローはその影に振り返る。
「…………ッ!!!」
 バクネジレが二体いる。そのことだけが解ったが、悔しさと恐怖にもうわけが解らない。振り下ろされた針はマスクに突き刺さる。その針は右上部からマスクの内部に入ると、バターを切るように耳たぶに突き刺さる。出血がうなじに飛び散った。針は首筋のあたりでガツンという鈍い音と共に進行を阻止された。
「ああぁっ!!」
「くっ…気づいたか」
 チョウチン側で針を断ち切ると、本物のバクネジレは数歩後ろへ下がると、警戒するようなそぶりを見せた。すっかり戦意を喪失しているとはいえ、バクネジレの戦闘能力に比べれば以前高いはずだった。
「おい、捕まえるんだ」
「解りました」
 偽者のバクネジレは腋に腕を滑り込ませ、メガイエローを正面から抱き上げると、その場で立たせた。肩の激痛はもう何度目かぶり返すが、もう苦しみに身を悶えることもない。
 本物のバクネジレに対して、メガイエローは後ろを見せた格好になった。
「さあ、どうぞ」
「よろしい…」
 改めて、針が現れ、バクネジレがおそるおそると言った様子で近づいた。メガイエローは思わず偽者――ボディに抱きついた。足全体が黄土色に変色し、その表面がテカテカ光っている。針は首筋から、背中を走る神経へ滑り込んだ。
「おおっ」
 本物のバクネジレは歓声をあげ、メガイエローの身体はほどなくがくんと力を失い、気を失った。

 今、彼女に感じられるものといえば、けだるい感覚だった。今村みく――メガイエローに絶望感を与える為に作られたボディではない本物の――メガピンクは、全身を愛撫されていた。背筋を伸ばし、立ったまま愛撫されている。メガブルーの身体はスーツを通じてすぐそこにあり、みくの表情は快楽に犯されようとしていた。
「メガピンク、どうだ、気持ち良いだろう……」
 身体がばらばらになりそうな感じがした。瞬の言葉は一流のマッサージ師のように心地よかった。
「ううっ、うん……」
 だが、みくはまだ快楽に犯されているわけではなかった。今、彼女が感じる違和感とは、瞬が、そんなに淫らではないということだった。今村みくが愛した並木瞬という男は、ストゥイックであり、そんな彼を愛した筈だった。
 そんな彼女の乗ってこない様子に、メガブルーもまるで焦ったように激しく愛撫を続けたが、激しくなればなるほど、今村みくは戸惑い冷めていった。
「ねえ、瞬……瞬?」
「ほら、どうしたんだ…いつものお前らしくないじゃないか」
 みくに大してしおらしい並木瞬などありえない。強烈なフラッシュが感じられ、遂にみくは見てしまった。メガブルーが瞬きの瞬間、黒いレザーのボディに変わり、次の瞬きではメガブルーに変わったのだった。
「瞬?」
 目の前にいるものは、瞬ではない。みくに性的快感を与えようと躍起になっているものは、幻で本物ではない。戸惑いと困惑の彼女を前にして、メガブルーと黒いレザーの姿を繰り返すボディ――メガピンクはうなづいた。
「どうしたんだ?」
「お前は、本物の瞬じゃない!」
 唯一自由になった右手でメガスナイパーのグリップを握ると、ホルスターに収めたまま九十度傾けて前へ向けた。その場所にはちょうどブルーの股間があり、押し当てた銃口から発せられた加速イオン粒子のビームは、偽者のバクネジレが語った通りのスペックを発揮した。
「な、なにをするんだ。メガピンク!」
 脳下垂体を犯されれば、ボディに敵うことなど決して無い。自分の思考が自分の目の前にいるものに、決して敵わないと暗示を与えられ――一種の催眠状態に置かれてしまう。だが、みくは犯されなかった。バクネジレは油断をし、ミスを犯した。
「よくも、恋する乙女に破廉恥なことをしてくれたわね!」
 ぎゅっと手を握り振り下ろした。メガスナイパーをホルスターから抜くと、メガキャプチャーの上部に連結し、立膝突いた。
「キャプチャースナイパー!」
「させるか!」
 今や元の姿に戻ったボディは、距離を詰め、キャプチャースナイパーを奪おうとした。キレのある動きでメガピンクは立ち上がると、肘をボディの顔に打ち込んだ。
「恋する乙女は強いんだから!」
「ウワ!」
 後ろに向って倒れるボディが顔を上げると、パラボラアンテナ型のキャプチャースナイパーは目の前に向けられている。ボディの防護力はメガスーツと並び、傷がつけられることなどない。
「やめろっ!」
 とっさの形勢逆転にボディは冷静な判断力を欠いた。ボディの防護力を持ってすれば、キャプチャースナイパーに敗れることなど無い。であるから、またもや相手の武器を奪おうと、身体を起こし、手を伸ばした。
「キャッ!」
 ボディは目にも留まらぬ速さでキャプチャースナイパーに掴みかかり、その腕から奪おうとあらん限りの力で引っ張った。メガピンクは奪われまいと、力を入れた。
「渡さない! 渡さないんだから!」
 ボディは業を煮やし、キャプチャースナイパーを抱きかかえるように掴んだ。それは丁度、アンテナの先端のピンク色の筒――破壊電波を発振する部分を抱きかかえる結果となった。
 みくは瞬きをした。このままでは必殺武器を奪われてしまう。だが、その銃口を抱きかかえるボディを見たとき、みくの中で一つのひらめきが起こり、メガピンクのマスクはボディの顔を見た。
 黒いのっぺりとした顔は、目線に気づき顔をあげた。その何も表情を感じさせるのっぺりとした部分は、メガピンクの黒いバイザーを見て、その無表情なマスクの中に浮かんだ表情を確かにみた。
「や、やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「キャプチャースナイパー・シュート!」
 ボディを襲う破壊電波は、そこにブラックホールが開いたように空間に全てを飲み込み破壊し始めた。瞬間、メガブルーの姿に変わるが、そのめくれあがったスーツの内部に、人間の肌は無く、無論並木瞬の姿も無かった――外部のイメージはバクネジレに構築できるが、内部のイメージは相対している人間が作り上げるものだったからだ。
「やった!」
 奇しくも敵を倒したことで、みくは飛び上がりそうなほどの高揚感を感じた。

「ハッ!」
「どうした? バクネジレ」
 メガイエローの心を吸い取り、バクネジレはヒネラーらのいる指令室に戻った。そして、思わぬメガピンクの勝利にバクネジレの心は動揺に包まれていた。問い詰めるヒネラーに、バクネジレは禁忌を犯した。
「い、いえ、なんでもごさいません」
 ヒネラー、ユガンデ、シボレナに幻を見せたのだ。モニターの先に三幹部は、一度はボディを見切ったものの、再度幻を犯されていくメガピンクの幻を見たのだ。
「そろそろ、じゃなくて? ――あなたのお遊びもいいけどね」
「仰せの通りです。シボレナ様」
「では、何をしておる!」ユガンデが吼えた。
「そうだ、バクネジレ。さっさと、メガピンクの心も吸い取ってこい」
「お、仰せの通りに!」
 三幹部の見ているモニターに、まんぐり返しをされて歓喜に溺れるメガピンクが映し出されていた。

「ネジレジア、よくもやってくれたわね!」
 クネクネを率いてバクネジレはメガピンクの前に現れた。いつになくピンとしており、いつになくスーパーヒロインとして様になっていた。
「オ、オレ様に出会ったが、百年目だ! 覚悟! クネクネども、やれ!」
「それはこっちの台詞よ!」
 メガピンクは身を乗り出すと、素手でクネクネをなぎ払った。
「ええい!」
 すばやく空中に飛び出し、天井にハイタッチをすると、キレの良い動きで、足をクネクネに乗せてはなぎ払い、次々に駆逐していった。
「とう!」
 背後から迫る二体のクネクネを、バクネジレを向いたまま両肘をあて倒す。燃え上がるような殺気はまるで、メガピンクの周りに真っ赤なベールを纏ったようにも見えた。
「さあ!」
「そうはいくか!」
 勇ましい声をあげるが、バクネジレは背中を向け、その場を逃げ始めた。
「ま、まて!」
 メガスナイパーのビームが追うが、バクネジレに命中することもなく、バクネジレは折れ曲がった通路をふらふらと走り始めた。

「バクネジレも、ちょっと、お遊びが過ぎるようだな」
 ヒネラーはモニターを見て言った。モニターには、逃げるメガピンクを追うバクネジレが映し出されており、監視カメラが切り替わりながら二人の姿を追っている。
「ヒネラー様、申し訳ありません」
「まあ、よい」ヒネラーはしかし憮然と言い放った。「どちらにしろ、もう結末は見えているのだからな。今日は祝杯といこうじゃないか。ユガンデ、シボレナ」
「はっ」
「は!」
「早速、クネクネに祝杯の準備を進めるように告げるのだ」
「解りました」ユガンデは部屋の出入り口まで来ると、外で護衛の為に立っているクネクネにその旨を伝えた。護衛のクネクネは早速、持ち場を離れ、準備をするため走り去った。

「しまった!」
 この建物の構造が変わることは無い。だが、バクネジレが敵に見せた幻によって、何も無い場所に壁が出来たり、通路が出来ることがある。バクネジレは行き止まりにたどり着いたが、とっさに自分の目の前に壁を張った。
「あれ? 確かにこっちに……」
 バクネジレは目の前で『壁』の行き止まりに出会ったメガピンクの姿を見て、身をすくめた。しかし、メガキャプチャーを手にしたメガピンクが気づく様子はなく、一旦は安堵の息をついた。
「よし、しめしめ……」
 メガピンクが去ったことを確認すると、バクネジレは壁を消し移動し始めた。T字路でメガピンクの曲がった方向に壁を張り、自分自身は逆へと逃げる。その間に善後策を――
「へへーんだ!」
「何!」
 メガピンクの去った方向には壁が見える筈だった。だが、メガピンクは壁を見切って、そこをすり抜けた。
「メガキャプチャーの探査能力を甘く見ないでよね! す・べ・て、お見通しなんだから!」
「なんということだ! ――こうなれば!」
 両手をクロスさせ広げると、何対ものバクネジレが現れ、メガピンクを取り囲む。
「こうなってしまえば、全て倒すことなどできまい!」
 共鳴しあった声はどこか弱きだが、若干の自信を帯びていた。
「こいつか!」
「痛っ!」
 メガピンクのパンチは本物に命中し、点滅しながら偽者が消えた。
「なぜ解った!」
「チョウチンのあるのは、あんただけで、他の奴はみんなチョウチンなんかなかったじゃない!」
 バクネジレは舌打ちをする。赤、黒、青、黄に点滅を繰り返すチョウチンはそれだけで目立つ目標となりえた。だが、これはバクネジレの全てであり、これを他にコピーは出来ない……
「もう、いい加減にしてよね!」
 メガピンクがバクネジレの首筋を掴むと、どんと後ろへ向って放る。
「うわっ!」
 きちっと姿勢を正して立ったメガピンクは手をクロスさせた。その腕が真っ赤に輝き、片手にはそのまま日本刀のような刃に見えた。
「バトルライザー! ブレードアーム!」
 両腕に武器を帯びた小柄なスーパーヒロインは、よろめきながら立ち上がるバクネジレを正面に迎えた。
「ライザーパーンチ!」
 バトルライザー01モードに包まれた腕から繰り出されるパンチは、バクネジレの腹部に命中する。
「ブレードアーム、くらえ!」
 そのチョップになぎ払われ、バクネジレは再び地面へ戻る。
「ウワアァッ…なんという不覚…」
 四対ものメガレンジャーを倒すことに成功しながら、バクネジレの命運は遂に尽きようとしていた。彼の身体の上で仁王立ちになるメガピンクは明るかった。二本の太陽のような腕の中で、メガピンクはキャプチャースナイパーを構えると、バトルライザーの03モードがスタートした。
「シュート!」
 赤、黒、青、黄に点滅を繰り返すチョウチンからは針が一本突き出たが、まず、そのレーザーに蒸発し、バクネジレの頭部に集中したエネルギーの塊は、そこにあったは脳漿を飛び散らした。ぱっと四つの光が、四方に散らばり、ドスンと底に響くような音を鳴らした。

「みんなありがとう――はっ」
 伊達健太は目覚めた。一人でネジレジアの殲滅に成功し、彼はスーパーヒーローの中のスーパーヒーローとして、大勢の民衆の賞賛を受けた。彼を載せたオープンカーは大観衆の見守る中、偉い人を右にはべらせて、大通りを白バイ隊とパトカーの先導の元進んでいた。紙ふぶきが空を覆うほど舞い散っていた。彼がその日、まずしたことは、大型トラックに詰まれた大量の彼宛のラブレターを廃棄することだった――筈だった。

「ああ?」
 並木瞬は目覚めた。
「オレのオスカーは…?」
 彼はCGデザイナーに対する数々の賞を受賞し、ハリウッドブロックバスター映画を次々に生み出すプロデューサーにその才能を認められ、視覚効果専門の監督として抜擢され、その作品が大ヒット。その年のアカデミー賞視覚効果部門の日本人初受賞として、レッドカーペットの上を歩いている筈だった。
「そうか、くそっ」

「あん?」
 遠藤耕一郎は目覚め、身体に冷たいものを感じた。全身に感じたものは本物であるはずだが、今は何も無かった。

「もう殺して…………え?」
 肩の傷も失禁のあとも、頭に刺さった太い針も、城ヶ崎千里の身体にはなかった。手で身体のあちこちを触ってみても、傷一つなかった。そう、あれは恐ろしい悪夢だった。

「みんな!」
 四人はその声に自分の世界から抜け出された。駆けつけるメガピンクは息を切らせて、腕を膝に当てていた。
「どういうことなんだ、これは」
「全部はネジレジアの仕組んだ幻よ。私も危うく騙されるところだったんだから」
「おおーっ、俺に殺到したラブレターは……」
「バカ。そんなものある筈ないだろ」
「全く、ネジレジアめ、なんということを――」メガブラックは立ち上がり、拳を握った。彼は意識して、メガイエローから目をそらしていたが、気づく者は無かった。「みんな、乗り込むぞ!」
「おう!」
「うん!」

「な、なんということだ……」
 バクネジレに一杯食わされた。部下に騙された屈辱に、ヒネラーは唇を噛み、口の中に血の味を感じていた。
「も、申し訳ありません、ヒネラー様!」
「まあ、良い。シボレナ、貴様も騙されていたのだからな」
 ヒネラーの声は震えていた。激情に全てのものを破壊しかけない程、彼の身体は震えていた。だが、シボレナは愛すべき部下であり、彼女が最大の被害者なのだ。
「クソッ!」
 力任せに、ユガンデは背後に用意されたワゴンを蹴り飛ばした。その上には、祝杯用に用意された赤ワインが三つ、グラスに入れられ用意されていた。それは壁を吹き飛び、護衛のクネクネにワゴンごと命中した。クネクネは伸び、倒れてしまう。
「シボレナ」ヒネラーは努めて平静な声で告げた。「メガレンジャーのいる部屋をヒネラーシティーの空間から切り離すのだ。この上、我々の醜態が奴らに知られることなどあってはならん。これは、全て、バクネジレがやり、その肝心のバクネジレが負けたということなのだ…我々が騙された、ということなど決して無い」
「はっ」

「またしても、人質を助け出すことが出来なかった……」
「あーそれにしても、ネジレ獣の野郎に騙されていたとは言え、かわいい女の子がぁ……」
「バーカ」
「あのまま、私たち、やられちゃうところだったんだよ! 健太!」
「なんだよ、そういうみくこそ……」
「わたしは見事に乗り越えたもんね!」
「ねえ、耕一郎?」
「な、なんだ? 千里?」
「なんか、戻ってきてから、部屋にヨソヨソしいじゃない?
「そ、そうかぁ?」
「うん、ほーら、このあたしに話してごらん。どんな夢を見ていたの?」
「そ、そういう千里は、どうなんだよ」
「あ、あたし? あたしはぁ……そ、ほら、最前線でスクープをものにする報道カメラマンに決まってるじゃない?」
「そうかぁ…俺も、正義の弁護士になって、凶悪犯の被害者を救……しゅ、瞬、お前はどうなんだよ?」
「オレか? オレは、勿論CGデザイナーだよ」
 微動にせずに答える瞬に対し、千里も耕一郎の回答も変に平坦な回答で、二人は一瞬顔を合わせたきり、それで変に納得してしまったようだった。健太は悔やみ、みくはこの戦いに勝ったことで得意になっていた。