危ない!赤いバラの浸透(前編)
 
 
「シボレナ……」
 ルリちゃんを捕らえたシボレナに向かって走る千里。鮮やかなスーツに包まれた女戦士・メガイエローに何者かが後ろから掴みかかった。
「ああっ!」
 とっさにメガスナイパーをとろうとするが、信じられないような力にねじ上げられて、その手からするりと武器が落ちてしまう。その男の目は人間のものとは程遠く気持ち悪さに言葉を失った。強引に引きずられ、愉快な顔をしたシボレナがサーベルで切りかかってきて、そのスーツの裂け目を強引にこじ開けようとした。
「ああぁーーーーっ! あーぁっ!」
 身体中から火花が散り、千里は果てしない闇の底へ落ちていく感じがした。男の手から解放されて、あたりを見回した。バイザーは正常な表示が出ている。にもかかわらず辺りの景色はおかしかった。
「ここは現実の世界じゃない。ここは幻想空間、うっ」
 とっさに腹を手でおさえた。内蔵がとびでてくるような強烈な痛みに頭がふらつき足元がふっと消えるような感じがして、地面に手をついた。「そんなメガスーツがっ!」
 いつも千里を守ってくれて、力で包んでくれるメガスーツが裂け、中の配線が剥き出しになり、黄色い潤滑油がねっとりとグローブについていた。
「う、うそよ。こんなはずない」
 そう思うのも無理は無かった。メガスーツは数千度の熱にも耐えられるし、ガトリング砲弾を受けてもビクともしない。ダメージは千里自身に多少ならずとも来るが、それはダメージを効率的に逃しているからなだけなのに――潤滑油がポタポタ流れている。グローブが熱を持っている。不意に息が詰り咳き込む。
「うあぁ……しっかりして、千里。なんとか逃げ出すのよ。――アッ!」
 熊のような力が首筋を掴む。身体が浮き、引きずられるようにして向きが変わる。その目の前にはシボレナの眼がある。その瞳が緑色と赤のコントラストに染まり、瞳孔の中にメガイエローのマスクが大写しになっていた。喉がつまり、左手が開いたり閉じたりして、その肩のプロテクターを所在無さげに掴んでいた。
「元気なのは、大好きよ」
 その腕が身体をゆさ、ゆさと揺らす。微妙に力加減が変わる。そうすることで最低限だけの空気が身体の中へ送り込まれる。千里は目の前がぼやけるのが解った。身体が後ろに動き、大きな柱を背に押さえつけられる。
「あらどうしたのかしら……?」
 首を掴んでいるのとは逆の手で肩に乗った腕を取った。手の甲に親指を当て四本の指が手のひらをとらえている。シボレナが親指を動かすたびに手が動く。
「なにが、したいの?」
「さあね、何をして欲しいの? 正義感の強いお嬢さん」
 唇を噛み、千里は必死に意思を示した。左手が徐々に下ろされていく。鮮やかなスーツに覆われた腿に手が当てられ、シボレナの手が甲に重ねられた。
「あの子を助けてほしい?」
 無言でメガイエローは頷いた。それはシボレナに対する敗北を意味していたが、何よりもルリちゃんの命を救うことが大事だった。そのためには背に腹は変えられないし、迷う暇も無かった。
「あなたの身体ってスタイルがいいわ。うっとりしちゃう」
 シボレナはサーベルを飾ると、スーツの切れ目にあてた。潤滑油が刃先について糸を引く。だめ、もうやられる――インナーの防護力なんてたかが知れていた。
「え?」
 シボレナが腕を離し、呼吸が戻る。息をつぐ千里が見ると、急に両手が動かなくなった。真っ赤な光線がサーベルから放たれて、両腕と身体を拘束した。恐る恐る顔をあげ、一歩ずつ離れていくシボレナと眼を合わせた。
「助けて欲しかったら、私の言うことを聞くことね」
 言葉が終わらないうちに光線の電力が異常に高くなった。スーツのきめ細かい繊維の間に濁流のように流れ込む電子はその素肌に達すると、いっぺんにはじけてその微粒子が次々と鮮やかな皮膚を傷つけ始めた。
「あー――ッ! ああああぁーーーー!」
 潤滑油が一瞬にして燃え上がり消えた。その一瞬に配線がショートして、いたるところへスパークが飛ぶ。千里は身体がするままに仰け反り、光線から解放されると同時に地面へ向かって崩れていった。手で空気を掴もうとしたが無駄だった。
「あいつを倒せば、バラネジレも……」
 そうすればルリちゃんも救える。千里は腕をついた。なんとかここから抜け出さなくては。全てはシボレナを倒すことで解決したが、その方法がわからない。シボレナは笑っていた。敗北か服従か、どちらかを選ぶのを待っているようだった。
「冗談じゃないわよ。はっ!」
 一気に間合いを詰めて、足を大きく張り上げた。かかと落としで相手を地面に伏せられれば……
「ふん」
 風のようなシボレナの身のこなし、足が地面をつき、一瞬開いたメガイエローと、シボレナが下から持ち上げるサーベルがこちらへむかってくる。とっさに目を閉じてしまった。
「ああっーー!」
 きりきりまいになった身体が落ちていく。そうだ……
「メガスリング!」
 彼女の必殺武器メガスリングを構え、相手に照準を合わせた。ところがシボレナの動きがあまりにはやく、捕らえることが出来ない。サーベルが近づいてくる。しかしそれすらも避けることは出来なかった。
「きゃあぁ!」
 手が焼けた。払い落とされるようにひねられて、スリングが地面に落ちる。白煙をあげるそれに一瞬釘付けになり、顔をあげると白銀の刃は既に肩をとらえていた。
「あああああぁーーーーーーっ!」
 このままでは負ける……しかし、あらゆる手も電光石火のような動きに追いついていかない。能力の差を今更ながら感じた。アマチュアスポーツ程度の腕では、敵の動体視力に翻弄されるばかりだった。メガスーツは身体能力は向上させたが、こればかりは今更どうしようもなかった。
「ああぁ……うあぁぁ……んあああぁ……」
 落ち着こうとすればするほど、思考がまとまらなくなっていく。息があがる。身体が鉛みたいだった。スーツの能力は通常の二十パーセント程度まで落ちていて、これではインストールしていなくてもあまり変わりなかった。
「武器も無く、どう戦う?」
 最後通牒のようなシボレナの言葉を浴びせ掛けられて、顔を上げた。シボレナはもうメガイエローを敵として認識していないのか、サーベルを下げ、無防備な身体を晒している。いつもなら一発で倒すのに、それが出来なかった。
「負けない……」
「馬鹿の一つ覚えみたいに、口を慎んだらどうなの!」
「うるさい!」
 立ち上がろうとしても今にも前後不覚になりそうだった。不安定な状態を完全に敵の前に晒しながらも、身体の奥を震えさせ、右手を高く突き上げ構えを取った。とっさに、さっきの言葉を思い出した。――シボレナを倒せば、バラネジレも――その瞬間、突然のひらめきが浮かんだ。そう、そう動けばいい。
「ブレードアーム!!」
 右腕が青白い光を発し、メガイエローはシボレナに向けて突進した。シボレナの攻撃を無視して、その青白いエネルギーに包まれた腕をゆっくりと振り下ろす。風を切る感じが感覚でつかめた。
「えい! ――たあ!」
 手ごなえがない。背後の気配を感じ、振り下ろす。闇を切って終わった。
「あの子のことが心配じゃない?」
 千里の見せた戸惑いにシボレナは背後から首を取った。必殺技さえ虚空を掴んでは消え、回された腕をしゃかりきになって取り戻そうとしても、シボレナは力の入れ方を上手に変えながら、メガイエローをがんとして離さない。
「万策尽きたわ、メガイエロー。大人しくしなさい」
「くっ……」
「殺しはしないわ」
 こもった笑い声、その声は完全にメガイエローを脅威とは認識していない。腕にかけた無様な敵……全ては悔しいが、シボレナのシナリオ通りに進んでいる。その無様な姿を楽しむように、シボレナはマスクに腕を掛けた。
「ああーーーーあーーーあぁっ!」
 後頭部を中心に身体が旗めくように空中を踊り、シボレナは壁にそのマスクを叩きつけた。脳震盪が起こり目の前が四重に見えた千里は、顔を動かそうとして、舌を噛んで鉄の味が咥内にした。
「いあぁあああーーぁ!!」
 中枢コンピューターが機能を停止し、バイザーすぐ上のデジタルカメラマークの刻まれた部分が音を立ててはずれ、ICチップや超高密度集積回路のプリントされたプラスティック基板が散乱した。ずるずると地面に落ちた千里の身体は抜け殻のようにそこに横たわっていたが、シボレナはヒールでその裂け目をぐいぐい踏みつけると、破壊されたマスクの額の辺りから、わずかに見える前髪を眼にとらえた。
「あの子だけじゃなく、自分も助けられないなんてね」
 その身体のどこにそんな力があるのか解らなかった。シボレナはスーツの襟元を片手でやすやすと持ち上げた。首が仰け反って、青い光を見つめていた。手や足の力がペットボトルをひっくり返したように抜けていく。
「それじゃあつまらないわ!」
 シボレナが手を離すと、虹色の空間に包まれ、目を開けるとそこには新たな空間が広がっていた。
「ここは」
 目の前に影が刺し、生暖かい空気がマスクやスーツを撫でる。黒い山のようなものに白い光が二つあり、伸びてきた棒のようなものがスーツの裂け目を掴むと、がっと広げた。
「なにっ……きゃーっ!」
 中年男が生暖かく荒い息を繰り返しながら、メガスーツを引きちぎると内部のアクリルコードを無理やり引っ張って引きちぎった。身体のふちこちにプチプチと小爆発が起こるのがわかったが不思議と痛みはしなかった。
「ハァアハァハァ……」
「いぁ……あぁ……」
 手が動かない足が動かない。壁に寄りかかった人形だった。体臭がつんときつい臭いを放っていた。色とりどりのコードが男の手にまとわりついている。男がメガスーツとインナーの間に手を入れると、ほとんど素肌でふられてるような不思議な感じがした。汗ばんだ手が胸丘を掴んだ。それはおびただしいヒルの群れが取り付いているみたいだった。
「ああぁ! だめぇ!」
 反射的に腕が男の二の腕を掴んだが呆気なく振り払われてしまう。犬のような獣の声をあげる男の手が胸元へ迫ると、ブチブチッと音を立てながら、スーツが裂けた。繊維が破けていくと同時に、火花が起こり、インナーが熱を持ち、プラスティックのこげる嫌な臭いがマスクの中に立ちこめた。瞼が熱くなった。泣いちゃいけないと思った。
「あぁーっ……ああぁーーっ」
 胸が強張って張った。乳房が無理やり引っ張られるような違和感だった。だが、男は一心不乱に弄っているだけで、何かしようという感じはしない。ふと気付くと、シボレナが男の背後で笑い声をしていた。声が反響していた。瞼の間から男を見ると、その意外につぶらな瞳が光にあふれていて、目の前がぼやけると氷が溶けるようにして、男の身体が消えていく。
「あ……ん……」
 瞬きの間に両腕と身体に茨の蔦が強く食い込んできた。足元が無くなり、さっき茨に吊られていた場所に戻っていた。マスクがずれて、バイザーが外れて音を立てて落ちた。下にシボレナがいる。そして、その横にプチバラネジレと化したルリがいた。
「お姉ちゃん……」
「お姉ちゃんには助けられないわ」シボレナが教師のような口調で諭した。
「ルリちゃん!」
 妙に冷たい空気だった。歪な薔薇と化したルリが呆然とした表情を浮かべている。何も出来ない。その歯がゆさが身体を振るわせた。
「プチバラネジレ」シボレナはルリへ命じた。「メガイエローをやりなさい」
「いやっ……」
 ところがルリの身体は既にネジレジアのものと化し、その茨の蔦がよろよろと音を立てながら、千里の身体に巻きついていく。その刺は何よりも身体にきた。息がマスクの中で湿っている。蔦はゆっくりメガイエローを地面へ下ろしていく。
「ルリちゃん、気付いて! 私よ!」
 緑色の葉が左右からマスクを包み込む。ルリが涙を流しながら、千里の身体を包んだ。次々と茨が伸びて筒のようになっていた。その虚ろな目に青白い光が灯る。
「あっ――あーーーーっ! アアッーーーーァ!」
 破壊されて耐久度が大幅に低下したスーツの表面に何万もの電子が突き刺さった。身体が焼けるような感じがして電流が身体を一突きにした。内蔵が沸騰して飛び散るような感じだった。シボレナがルリを引き剥がすと、もんごりうって倒れたメガイエローはその身体が地面につくたび、赤く腫れあがった皮膚とスーツが触れるたびに、皮を剥がすような感覚がして、妙に身体が重くなったような感じばかりがしていた。
「お姉ちゃん……大丈夫……」
 絞り出すような声、千里の意識も搾り取られてなくなりそうだった。だが、ルリのせいではない。全てはネジレジアのせいだった。
「大丈夫だよ……ルリちゃん、お誕生日は、もう、ちょっと待ってね……」
「そうよ、今日がこの子の華々しい誕生日。そしてあなたはこの子に捧げられるプレゼントとなるのよ」
「……私をどうしようっていうの?」
「さしづめ、栄養素といったところかしら?」
 ルリの手から伸びた茨の蔦をシボレナが取ると、千里の目の前に突き出した。千里は黙って息を呑み、その言わんとしている事を感じ取った。
「お願い……」
 絞り出すような声を聞きつけると、その青い瞳が澄んだ。
「ルリちゃんと子供たちだけは助けてあげて……私は、私はなんでもするから」
「そう、奴隷になってもいいというのね」
「……それは」
「あなたはもう動けない」
 シボレナは肘をつくと、そのマスクを手で抱いた。頬の部分をゆっくりと撫でながら、煤けた部分をさすった。バイザーがはずれて、涙をたたえた瞳が見えていた。シボレナの肘にメガイエローのマスクが乗り、身体を投げ出したままの千里とシボレナの視線が重なっていた。
「もうどうすることも出来ない」
 チップや配線の飛び出た額部分のメカをその細い指ではずしていく。コードが繋がったままぶら下がった外装の黒い部分を元の部分に戻した。その様子を千里が黙ったまま注視していた。指で押すだけで口のシルバーの部分が、ぱかっと音をたてて取れた。
「かわいそうにね……」
 シボレナが手で引っ張りだすと、ゴム製酸素マスクと付属のチューブが中から引きずり出されてきた。ゴムマスクのつけた赤黒い痕に囲まれた、ピンク色の唇が半開きになって、歯が垣間見えていた。
「子供たちを殺すか、自分を殺すか。どちらにしても、あなたはもう終りね」
 煤けた目元にすっーと涙の滴が伸びて、その部分だけ真っ白な皮膚が垣間見えていた。シボレナはグラスを手に取った。

「こ、ここは……」
 幽体離脱をしていたならこんな感じだっただろう。そんな不思議な感覚だった。全身がふやけた感じがしていたが、それはどうやらあながち間違いでもないらしい。まだインストールしていた。あちこちから痛みがする。
「……一体?」
 身体が冷たい。接着剤のような目ヤニのせいで目が開かなかった。身体が重い。
「た、助けて……」
 異様なほど喉が重い。まるで百年喋っていないかのようだ。
「起きたわね」
 ヤニがボロボロ落ちていく。目をなんとかあけると、目の前でシボレナが笑っていた。どうやら立っているらしい。脳の奥を釘で突き刺した感じがする。
「おはよう」
「ここはどこなの……」
「私の庭よ、ようこそメガイエロー」
「一体何をしたの……」
「何でそんなことをきくの?」
「頭が痛い、身体が……重いわ」
「新しい命を受けたのよ」
「新しい……命……」
 その言葉の意味が解らなかった。シボレナがおもむろに鏡を取り出した。その鏡面にうつる自分の顔はひどくひどく……緑色だった。
「何、コレッッ…………っ」
 マスクが完全に外れていた。白い顔が緑色に変色し、血管に黄色い液が流れているかのような色だった。首筋から厚ぼったい赤い色の花びらが飛び出ていた――それが自分の身体のように感じだ。花びらに包まれた顔が緑色、薔薇の花に自分の顔が変わっていた。
「ルリちゃんや子供達のように、あなたもバラネジレになったのよ」
「そ、そんなの……酷い」
「もうちょっと待ってなさい。花開き、活性化して、本当のバラネジレになれるわ」
「活性化して……」
「そう、穴という穴から茎や蔦が飛び出て、スーツを食い破り、ミトコンドリアを書き換えて、皮膚の染色体を葉緑素に変換するのよ」
「そ、そん……うっ……く、ああぁー。……」
 食道や腸の中を蛇がのったくったのが解ればそんな感じだっただろう。口の奥底に生臭い感じがした。胸が妙に張って、乳房が斜め上を向くのが解る。その中の管をどくどくと液体が流れるのが解り、スーツとの間が濡れて擦れるのが痛い。
「あーぁ……な、あぁ」
 腰の骨盤が皮膚を食い破りそうだった。股間の筋肉が妙に収縮して、足と足を合わせて内腿の部分に尿がどっと流れ出た。尿道から流れ出る黄色い液体が止め処なくあふれた。「く……ぁーー」
 背中がぴんと張ったまま、首を下げた千里の顔の右側にストレートヘアがかかり、震えを繰り返す顔が青緑色に変色して、その中で唯一ピンク色に光沢を放つ唇が小刻みに震えている。
「はじまったようね」
「ううっぁ! ああーーぁ!」
 それは体験したことのない痛みだった。蛇が腹部から直腸へ下り、肛門へ達すると凶悪な口をあけて飛び出た。スーツに小高いテントが出来たが、すぐに裂けて二つに割れた蔦は太腿にすばやく巻きついた。腸を強い力で引っ張り出されるような感じだった。蔦はすばやく巻きつくと、黒い液体が染み出てきて、スーツの光沢を奪った。
「あーーあぁ……目、目がまわるっ」
 俯いた千里の鼻にとろんとした血液が流れ出てきて、そのすぐあとに二匹の蔦がやはり黒い液体を撒き散らしながら姿を現し、その周囲を見回すようにしていると、一瞬おいて活動をやめて項垂れた。
「はあぁ……あ」
 強力な静電気を受けたように髪が逆立っていた。その間から現われた何匹もの細かい蔦が髪を包み込んでいく。グローブがめちゃくちゃに裂かれて、手の平そのものが大きな葉に変わった。
「いーーぁーゃぁーー」
 乳房がスーツの上からでもはっきりわかる形になっていた。その周りに黒い染みがついている。シボレナが顔を胸につけ、舌の方から口を開けて、乳房を含むと、正気の無い顔が急にゆがみ、首筋の血管を際立たせながら、顎を引いた。
「ああーーーーーーーーーあぁぁぁ!」
 わなわな震える千里の身体を指でなぞりながら、シボレナはベルトをはずさせて、スカートを取り去った。ヒップと腿が既にダメージを受けていたが、股間の部分だけは奇跡的に光沢に包まれたままのスーツが存在していた。
「はあぁ……ああぁん……」
 スーツの上から崖の両縁を抑え、ピアノを弾くような手つきで中指がその間にスーツを巻き込んでもぐりこんでいく。
「はあ……ふっ」
 尿にまみれたスーツと一緒にシボレナの指が膣の中にもぐりこんだ。それは冷たい体よりも冷たい指だった。髪が揺れ、口をぱくぱくさせた。
「もうすぐ生まれ変わるのよ。メガイエロー、楽しみじゃない」
「うぅん、うあぁん、はぁ、はあ……ああぁん! ああ! あああぁ……っっあぁ!」
 内股になって身を捩ったが、蔦に支えられた身体は立ち尽くしたままだった。外側から蔦に縛り付けられ、シワだらけになったスーツと変色してくしゃくしゃになった美貌がゆがみ、目元に青白い色が宿っている。
「ああぁぁっ……あああぁっ……」
 身体の中が溶け出したように妙に熱い。赤い花びらがわなわな揺れながら、口元から唾液が流れて、つーっと糸を引く。次第に狭まる視界の外側の何も見えない部分から緑色の――数センチ直径の蕾をいくつも重ねた形をした棒状のものが、凶悪な口を開き、突如として胎内に現われた。
「きゃあーーーーーーーーーぁっ!」
 蕾のついた蔦は、肉と皮を裂くような鋭い音を響かせながら、千里の胎内から膣を無理やり拡張して、体外へ達した。スーツの表面に凹凸が出来、想像を絶する出来事に顎を仰け反らせた千里は口から泡を吹く。
「あ…………ああぁ……あぁ……」
 一番先頭の蕾が破裂すると黄緑色の液体を生殖器の周りに撒き散らした。肉を焼いたような臭いが漂い、スーツが内側からだいだい色に染まっていく。
「う! ううあぁ……」
 胎内から次々と湧き出てくる蕾がスーツの内側を浸透していき、今度は逆にスーツの表面に凸凹を作っていく。
「はああぁ……ううああぁ……」
 次第に褐色に染まっていくメガスーツの襟元に一直線の亀裂が走り、鈍いスパークが連続して起きた。浸透した潤滑油が爆発と火花に焦げた部分や白濁した部分をつくり、つーっと糸を引いた。
「ああぁ……」
「終りね」
 左右の腋から抜けて、現われた蔦は亀裂部分を両サイドから大きく開いた。緑色の変色した胸は屹立し、汗や白い母乳に濡れていた。裂け目は立ちまち、上半身を拭い去り、冷ややかな感覚が全身を襲った。
「素敵じゃない。メガイエロー、いえ、バラネジレ二号……」
「うあぁ……バ、バラネジレ……にごう……」
「そうよ」
 白目を剥いた千里は赤い花弁や巨大な葉のついた手をみやった。その肌が見る間に艶を失い、ぶつぶつに覆われていく。身体はもう生きていない。絶望すら湧かなかった。
「寒いわ」
 ぴくぴくと震える舌が濡れた唇の間から現われる。瞳はシボレナを捉えていた。その瞳が次第に色を失うと、青く染まっていった。表情は少しずつ平常を取り戻していくが、その肌はまるで爬虫類のような質感を持ち、虹色の艶をもち始めた。