レイジ・アーク TX

「あぁあっ…クッ…ぁ…んンっぁくぁ…」
 突き飛ばされて、地面に這い蹲らされる唯は、肘を突いて乱れる息を整ようと口を開いたり閉じたりしていたけれど――
「ハァっ…マスクが……ない」
 強化変身は半分解けてしまっている。改めての認識に背筋が凍った。唇が震え、音に頭をあげ振り返った。
 そこはホームだった。電車が両側に停車している。開いたドアの向こうに、デスジャンヌのシルエットが見えた。その手をうねうねと動かして、鞭を実体化させていく。
「力の源を奪われた貴女が、どんな悲鳴で泣いてくれるのか、楽しみだわ」
「くっ…ぁぁ……」声をあげようとする。デスジャンヌに負けない何か言葉が欲しい――だけど、脚がすくんだ。「デスジャンヌ……あなたなんかに」
「私なんかに、いったいなぁに? 苦痛に歪むお顔が、お美しくてよ」
 その嘗め回す視線を受けて、唯は顔を背けた。だけど、向けられる眼の力がそれ自体力を持つようで――
「あはぁぁあっ!!」
 首にするりと巻き付いた鞭が一気に喉を押しつぶした。
「ほら、もっと美しい顔を見せてご覧!」
「ううっ…ぁあぁあ! あああぁ!!」
 首を支点として持ち上げられる身体に、脚をついていかせようとするが、もつれて吊ってしまい、引きずられる力に頭を振ろうとするが痛みが襲いかかってきた。
「ああぁぁあっ――」
 身体が浮き、胸を『壁』にぶつけた。壁はホームドアの防護壁だった。肋骨が折れる感じがすればこんな感じだろうという痺れに、眼を細めて音をたててそこにジュエルピンクはそこへ倒れる。
「私なんかにいったいなんだったのかしら」
 唯は手で胸部を覆って、荒れる息で相手を見上げた。痛みが全身に広がっていた。体の痛みに苛まれると、相手を倒さなきゃと思うのに――思うのに――
「あなたなんかには」言葉を言い淀ませながら首を振った。「負けないわ」
「どうやら」
「はぁぁっ」髪を捕まれ、立たせられてしまう。頭を抑えて、首を振るが毛根にかかる力――「あああぁっ!! 離せっ!」
「どうやら、あなたの負けみたいよ」
 その手に収束する光りがぱーっっと丸い玉になり、唯に向けられると、がらんどうの彼女の胸がそれを受け、後ろへ宙を跳んだ。
「あああぁあっ!!」
 ホームから電車の中に戻って、壁側のドアに背中をうちつけた。立っていることなどできるはずもなく、地面へ逆戻り。
「トレインロン、かわいがってあげなさい」
 デスジャンヌの言葉に、車体が揺れた。さっきの感覚を思い出して、唯はドアを背にしながら肘をついて、ジャンヌをみていた。
「今度はなにを」
「何が、お望みかしら。気持ちいいこと? それとも痛いこと?」
 どちらも――言いかけて半分立ち上がっていた彼女の頭上で突然、音が流れた――ぴんぽんぴんぽん。
「あっ――」
 背中を預けていたドアが二つに分かれて開いた。体重をそのままに外へと半身飛び出た彼女の腹部めがけて、ドアが元に戻った。
「はあ!!」
 ぴんぽんぴんぽん――
「あぁあっ!」
 ドアはジュエルピンクを挟むと開き、体が落ちかけると閉じた。挟まれればぎちぎちと締めあげられ、エアの漏れる音がいっそう強く彼女を引きちぎろうと――
「あああぁっ…」
 痺れる腕でドアを叩いたが、ビクともしない。薄暗い地下の駅で、駅名表示板の裏側の蛍光灯に照らされて全身を光らせている唯と、どこまでも続くステンレスの車体がある。
「あぁあっ!! 身体がこのままじゃ、ちぎれちゃうっ…」
 挟まれたまま、ぐいぐいと締め上げるジュエルピンク――脚は宙を浮き――そうして、そのとき、ベルが車体の向こうのホームから鳴り響いてきた。

「快速――行き、まもなく発車いたします」

 そうして、唯はみた。挟む扉に据え付けられた窓の向こうで、閉じる扉があった。足下でやけに甲高いモーター音が起きている。そうして、台車からエアの抜ける音が響いた。
「イヤア!!」
 起きる事態に顔を染めて、力の限り扉を叩いたがびくともしない。動き出す車体に風を感じ、彼女は顔面蒼白になりながら、駅名表示板が後ろに去っていくをみた。
 ドンドン――応じない。焦燥がつのる。気配を感じて、彼女は頭を進行方向に向けた。そこには標識が見えた。車体とトンネルのわずかな隙間に据え付けられた標識が近づいてくる。今、あんなのにぶつかれば――
「――!!」
 声が枯れた。口のようにドアは彼女を締め付けている。脚をバタつかせ、床を蹴った。迫りくる標識――頭にさしのべられる手――暗転。
「まだ殺してあげるつもりはないの」
 トンネルの中で加速を続ける車内で、デスジャンヌの声が届いた。目前にあった標識の姿が眼に焼き付いていた。唯は泣いてしまった。
「いったい、何をしたって言うの――」
「デスクロス総統に逆らい、この私を辱めたわ」
 涙がとまらない。瞼が熱くて、悔しさと恐怖に身体が震えた。どうにかしたいと思うのに、どうにもならない歯がゆさだ――
「それは、死に値する罪だわ。だけど、あなたはまだ、殺してあげない」
「なぜ――」
「だってあなたは」唯はジャンヌの顔を見てしまった。「私のかわいいお人形さんだもの。お人形さんを捨てたりはしないわよねぇ」
 ハイヒールが股へと突き立てられる。
「あああぁぁっ!!」
「ぼろぼろになるまで遊び尽くしてあげるわっ!」
「くっぁあぁあぁあ!」
「ほらっ!! 鳴きなさい、もっといい声で!!」
 ヒールが離れれば、そこにくっきり残るあとに手をやったが、痛みは消えるはずもない。脚を抑えて、荒い息と熱い身体を抑えることしかできない。
 トンネルを抜けた。淀んだ空に、濁った空気があった。どこへ運ばれていくのか、唯は知らなかったし、セイントストーンを奪われ、仲間と連絡をとることもできなかった。ただ一人敵の亡霊に、なぶりものにされるしかないいまだけがあった。

「えっ…………」
 不意に蘇る感覚、車内に立っている自分、淡い光りの立ちこめる朝の車内――乗客で詰まった電車が高架をモーター音をたてながら走っている。
 ここは――辺りを見回す彼女は、フェザージャケットを羽織り、掌には送りかけのメール画面の携帯電話があった。
「空が――」
 あの毒々しい空の色はなくなり、さっきの――つい一時間ほど前までと同じ青空が広がっている。唯は――息をした。少し湿っているけど、普通の空気だった。
 電車は走り、やがて駅に停車した。降りるものはなく、ホームに並んだ人が乗り込んできた。彼女は左右から圧され、動く余地はなくなった。
 全て元に戻った、の――確信ない目線をめぐらせても、そこにあるのは、変わらぬ風景だった。夜を徹した激闘に身体が休みを求めている。
 そうして――
「ん………」
 前触れなくさしのべられた手が、そのヒップにあてられた。フェザージャケットの厚手の生地を通しても、明確すぎるほどに尻に撫でつけられる掌――
 電車は加速する。あのときと同じ、細い指の感覚がある。手は反抗がないことを確認すると、さらに無遠慮な力を行使し始める。
 手に押し出され、同時に車体がガタンと揺れた。
「あっ……」
 唯は携帯電話を足下に落としてしまう。ジャケットは前を開いてある。車内の熱気に乗ってすぐ、ボタンをはずしたんだった――
「え……なん、で……」
 そこにいるのは、ジュエルピンク、だった。金色の装飾の施されたブーツ、金色のベルトのバックルで、高らかに光りを放つ宝珠に、ピンクと白のコントラスト鮮やかな戦闘服――胸の起伏までが鮮やかに表現されていた。
「なっ……」
 手がもう一つ現れ、フェザーの上から腿の裏側を舐めた。モーター音と新聞のこすれる音、誰かの残り香、体臭――近くにきつい腋臭がした。
「ぁっ…」
 尻をさすっていた腕が実体をもって現れると、身体を圧し当てててきた。固くなった欲望の感触を覚え、それが女――デスジャンヌじゃないことに気づいて――
「……くっぁ…」
 動かしかけた右手を掴む腕――手首を高く掲げられ、ひきつった表情の彼女が顔を上げると――スーツ姿の男性――顔が、戦闘員になっているサラリーマンがいて、その無表情のマスクを通しても、醜く歪み笑うのが解った。
「ィャア……」
 これは全て敵、そう解っていても、朝のラッシュに慣れた身体はここでは声を張り上げることが出来ない。手が肩にかけられ、ジャケットを半ば強引に引き剥がされる――と、そこには、マスクオフ状態のジュエルピンクが立ち尽くしていた。
「なんでっ!」
 デスジャンヌの姿が消えてから見えた青空は、全てが夢かと思うほどきれいだった。血走った目で見回す彼女の周りには、サラリーマン、高校生、子供、私服、中年様々な人間がいた。男もいれば女もいた。だけど、全て顔は戦闘員だった――
「キャッ!」
 羞恥心だけが身体を動かしたが、何もできなかった。何本もの手が伸びてきた。それは全部ジュエルピンクの身体をめがけてくる。錯覚でなければ、夢でもない。電車はただ小刻みに揺れながら、高速運転をしていた。駅を通過する。
 手、手、手――唯にはイソギンチャクのように、一つの命が蠢いているように見えた。天井が黒くなり、その姿が映し出される。デスジャンヌのほくそ笑んだ顔だった――
「ジュエルピンク、あなたの歪んだ顔、萌えだわ」
 彼女のは頭を手で覆い、いやいやと左右に振るしかできない。揺れに無意識にバランスを取り、手がスーツを撫でる小さな音がいくつも重なっていく。
「何が目的なの!?」
 彼女の声はほとんど絶叫だった。手は身体という身体を覆い隠した。それでも、押し倒されることも無ければ、進もうと思えば進めた。
「あなたに、極上の苦痛を与えることよ」
 木と木をすりあわせて摩擦で火をつけるように、唯の身体はぼーっと光りを放った。首を振って、涙を流す彼女がふらふらと足取りを落とすと、それに従って通路が開いた。混ざりあった臭いに吐き気を催しながら、やってきた彼女の目の前には左右に開くタイプの扉――さっき挟まれた扉があった。
「ああっ……」
 彼女はドアに身体を圧し当てた。ドアは金属で冷えていた。ガラスに貼り付けられているのは英会話学校の広告だった。
「あぁぁぁ…ぁぁ……」
 電車は加速している。時速一〇〇キロ以上の速度で、背後に向かって景色が消えていく。田園風景、畑やマンション、一軒家が広がっていく。全てが彼女を見ているような錯覚だった。
「嫌っ……!」
 声は切なさを込めて広がった。涙が床に向かってこぼれた。どれだけ鳴すがままにされていただろうか。気づいて、唯が顔をあげると、電車は止まっていた。人並みの向こうで音がした――ピンポンピンポン。
「………・・!」
 肉と肉に包まれる感覚がいかに激しくなろうがかまわなかった。唯はその距離をかまわずに駆け抜けた。ドアがあいていた――ピンポンピンポン。
「ぁぁっ!!」
 とっさにあがったのは、動物のような声だった。目の前で金属のドアが閉じようとしていた。挟まれたことなど忘れて、そのドアにすがりついた。ドアは彼女を挟むと同時に開いた。
 ピンポンピンポン――
 ドアから外へでた。そこは駅である筈だった。暗いホームだと思った。だけど、違った。照明が暗いのではなかった。全てが無かった。そこには、暗黒があり、黒い闇がどこまでも広がっていて、彼女は電車から降りると同時に、その奈落へ向かって落ちはじめていた。
「あああぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁあっ!!」

 唯は見た。見えていた。そこは穴だった。そうして、ほの暗い闇の底が見えてきた。彼女は手の中で武器を実体化させた。
「ピンクシューター!」
 だけど、それはただの光線銃でしかなく放たれたレーザーは彼女よりも先に地面へ落ちて跳ね返り、底のある場所を教えた。
「いやだぁぁ」
 実際には、光線の反射を脳が理解するよりも早く、彼女の骨格に与えられた衝撃が、けたたましい音をたてた。

「ぁぁっ…ぁくっ……」
 いきて…いる……?
「ぁ…なんで……」
「トレインロンの支配下に一度おかれれば、許可無く死ぬこともできないのよ」
 口の中にある固い感覚は、歯だった。血にまみれてそれがこぼれた。
「ぁぁ……あああ……」
 デスジャンヌがいた。その横に長身の怪人がいた。それが、トレインロンだとはすぐに解った。大きな一つの瞳を三つに切ってつくったように見える――テニスプレーヤーを思わせるひさしの奥に――眼が光っている。
「でも…あれだけの……」
「言ってるでしょう。トレインロンが許してないの。そして、私もね」
「殺して……」
 唯は言った。体中の骨が砕けて、動くこともままならない。口が動くことすら、激しい激痛を伴った。痛みは、恐怖を倍増させる。
「おまえは、俺を電車の化け物だと思ってるだろうが」トレインロンは声をあげた。「俺は、女を奴隷にする化け物だっ!」
「ぁぁぁ…っ……」
 遠くなる鼓動を感じながら、唯は汗を流し涙をこぼした。「トレイン――訓練、調教――」
 英語の意味、にじり寄ってくるトレインロンの脚が見えた。捕まれる彼女――痛みももう少し遠くなってきた。なんで、どうして、真っ白な視界に――あるトレインロンの顔――
「奴隷よ。主人の許可無く死ぬことは許されない」
 ケッケッケとトレインロンが笑う。その腕が光る。痛みが――光に包まれ、唯は光を感じた。それが霞んだ彼方から痛みを引き戻していく。
「あぁぁあぁっ……」
 唾液とも血ともつかない桃色の泡を漏らしながら、苦悶にゆがまざるえない。
「くっぁぁっ…! ぁぁ…」
「痛いか。痛いというのはな、生きてるってコトだ。おまえを殺すことはしない。おまえは奴隷だ。なぜ、奴隷があると思う?」
 唯は気づかなかったが、トレインロンはそう言ってから、ジャンヌに一瞥くれた。皮肉な笑みに、女が一歩引いた。
「くぁっ…勝手に…」
「痛みが足りないようだな!!」
 突き飛ばされた。壁に背中をぶつける。そのムエタイを思わせる蹴りが間髪入れずにもたらされた。
「あああぁっ!!」
 脚に、抱きつくように倒れることしかできない。地面に倒れる唯の目の前にやはりその脚が――
「あぁぁぁ!」
「殺して欲しいか」
 頭をぽんぽんと叩かれた。唯は顔を上げることすら出来なかった。蹴りの一つひとつが重く、比べものにならないダメージを与える。スーツが護るとかではなく、スーツそのものも負荷に感じた。
「答えて見ろ。なぜ、奴隷があると思う……」
 そんなことは簡単だった。頭が回らなくても解った。
「あなたのサディズムを…満たす――」
「ふん」このバカが、というため息だった――「違うに決まっているだろう。ジュエルピンク、俺はお前を奴隷として、デスクロスでの総統の地位を狙う。お前が、ジュエルファイブを破壊し、その結果を、私が享受する。ただ、おれだけだ」
 言い切られて、唯はただその迫力に縮こまった。痛みだけが満ちて、ほかは何もない世界だ。
「解ったな」
 その言葉に反射的にうなづいた。考えることは何も出来なかった。痛みはすべての知覚を奪い、唯の真っ白な額に、二枚のパットが貼られた。それはコードとつながっていて、コードはトレインロンの背中と繋がっていた。コードの先端と、トレインロンの身体の間には隙間があり、そこにぐいっと――パンタグラフが持ち上がった。
 パチッ、音が耳の裏側に響いた。彼女の目の前から空間という空間が消えた。

 先発の各駅停車がトンネルへ吸い込まれていく。折り返しの快速電車は、三分後の発車時刻に備えて、ホーム側のドアを全て解放していた。
 十七時を過ぎたホームには乗客――サラリーマンや学生が列を作り、やってきた電車に順次乗り込んでいた。その人の波の中で、おっという声があがった。
 赤城輝はエスカレーターを降りると、足早に快速電車に乗り込んだ。彼女は路線図に目をやった。終着駅までの所要時間は四十五分。しかめ面を崩さずに、あたりへ気を配った。
 趣都の異名のある町の駅で、男たちの視線が一斉に彼女に集中した。マイクロミニのスカート、袖なしのシャツ――赤いサテン地というほとんど水着にも近い出で立ちの輝が目線を浴びるのも無理はなかった。
 しかし、彼女は、全くそんなことは気にならない様子で、まもなく発車の音楽とアナウンスが流れ、駆け込み乗車が続き、目線自体もかき消されていった。
 ドアが閉まるときのエアの音は、妙に甲高かった。
 輝は七人掛けロングシート前のほぼ真ん中に立っている――唯が消えた。流れるように走り出す車内で、彼女は思案していた。
 彼女はジュエルファイブのチーフ/ジュエルレッドで、仲間を率いて地球の平和を守っている。彼女の頼りになるサブチーフ――ジュエルピンク/桃瀬唯が休暇終わりの時間を過ぎても、基地へ戻らなかった。
 輝と仲間は連絡を試みたけれど、なんの信号を拾うことすら出来なかった。半日を浪費してから、彼女が自ら自宅へ出向くことになった。
 だけど、桃瀬唯はいなかった。責任感の強い彼女がいなくなるなんて――輝はこのあと基地で、仲間と話し合う予定で――
 電車がトンネルを抜けた。上り坂を登り、対向列車とすれ違った。他の路線と併走区間を経て、駅へ入線した。ベルが鳴り、扉が閉まるエアの音が響きわたった。
 発車し、それから鉄橋を越えた。
 手が、差し入れられた。輝は無関心を装っていた。手は脊髄の下のほうから腰へまっすぐに降りて、尻肉の割れ目の間をすっと抜けた。あからさまに意図のある動きだった。
「…………」
 二度目、同じような手の動きがあり、前を見たままの輝はわずかに眉間を震わせた。された経験はあった。手は手袋で、背中、尻に指先でさっと触れてきた。
 無視すべきか取り押さえるべきか。ジュエルレッドである彼女が泣き寝入りする理由なんてない。相手がチンピラであっても、対等以上に振る舞える自信は充分に持っていた。
「……ぁっ」
 四度目、低い声を漏らす彼女――自分で声を出したことに驚いた。その手つきがガサツではなく、妙に繊細な感じがして、その手を思い描いたと同時に、その想像通りの手が――
「ぁぁっ……」
 アナウンスの音声にかき消されたが、声をあげてしまう。何かツボを圧されているような違和感が――
「…んっ……」
 脊髄液からぱっと飛び散る電流に皺を寄せ、睫を震わせた。その感覚がなんでか――わからないけど妙に――くねっと腰を揺らした彼女の尻が、痴漢の体とぶつかった。妙に細い、そんなイメージがした。
「えっ…」
 目の前に釘付けになる彼女――昼と夕暮れの間の空の色に住宅街が広がっている。対向列車が見えて、その間だけ彼女の姿がガラスに反射した。戸惑っている目の赤城輝がいる――
 なんで――手が腿の裏側をさすり、ボディーラインに沿って腰にあてられた。決して強引ではなく、どこか愛情すら感じられる手つきで、腋に挟まれた手は白く見えた。白い蛇に体をはいずり回られるにも似た感覚だった――
「んん…」
 痴漢にされるのを心が許さないのに、手が動かない。体がまるでその場に貼り付いたようで、無遠慮に入りこんでいく指があり――
「ああぁっ…」
 俯いて、声を殺したが絞り出されるように音が漏れた。げんに絞り出された感覚だった。なんでなんで、噴出する疑問に戸惑う感覚に、揺れる車内が加速していき、風景が音をたてて背後に流れていく。
「あぁ…!」
 指が尻肉の間に入り込んできた。スカートの内側には当然あり、ショーツに――ショーツを押した指の感覚があってはじめて、彼女は濡れていることを自覚し、その感覚に卒倒しそうなショックが巻き起こり、吊革の輪をはちきれるぐらいに強く握った。
「ぁ……ぁ…」
 声を――声をだしたら、思うのに体が自分のものではないかのようにさかまき、そうして揺れる身体――目の前にフラッシュバックが起き、ここが電車の中であることも忘れて叫び声をあげたいという感覚にとらわれる。
 くちゅり…ちゅずっ……
 音が聞こえた。誰にも聞こえてるはずはないと解っていても、ジュエルファイブのリーダーは頬を染めた。ただ、吊革を手にして、時折からだを揺らす程度にしか、抵抗することに身体が動かない。
 手が――今まで一本だった手がさらに一本現れ、腰にあてられた。今までの手はショーツの裏側にあって、彼女の身体の真珠を二本の指でぎゅっと挟み、ぐいぐいと揺さぶった。
「ああぁぁっ…ぁぁぁ……」
 熟した真珠が左右に振られ、身を切られるに等しい感覚にがく、がくとふるえた。輝は瞼を細め揺れる――電車は気づくと駅にとまっていた。だのに、両側から退路をふさぐようにして、大挙して乗客が乗ってきた。
「ぁぁぁ…っ……」
 声をあげたのは、発車してから何秒か後で、電車は時速三十キロぐらいから徐々に加速にうつっていた。がたんがたんと揺れる車内で、降りれなかった――目眩が襲ってきた。電車は揺れて、揺れ戻され、背中が痴漢とぶつかった。その拍子――
 ずるっ……
 二人の力の動きなんて全く考慮に入らずに、痴漢の指は輝の膣内に収まった。
「ぁぁっっ!」
 こんな奴に、こんな卑劣漢にいいようにされているのは、彼女の自尊心が許さない。なのに、なのに、身体はどんどん切り開かれていくまな板の上の鯉にも等しくて――抵抗することが、できない……
 指は入り、戻った。ずるずる…ちゅずうっ…くちゅくちゅ……水の跳ねる音が揺れと併せてビートを奏でた。全身に痺れを感じながら、感じてない、そう否定しようとするのに、口が濡れて指は自由に出入りされている。
「きゃ…!!」
 声は悲鳴になった。ゆっくりとした動きが加速し、痺れきったところで戻ってくる。音が水の合わさる音が流れ響き、内腿をつーっと伝う冷たい感覚に、顔を真っ青に染める彼女がいる。
「ぁぁ…ぁ…ぁぁっ……」
 身体を左右に揺らして肩があたることが解りながらも、それをどうしても止めることができず、指に持ち上げられそうな錯覚を覚えながら――
「んっぁ…ぁ…ぁぁ……」眉間に皺を寄せながら苦悶の声を漏らす。声を抑えようとするのに「ぁぁ…ううっぁ……」
 止まらずに沸き上がる羞恥に身体の芯から熱を覚えて揺れる彼女――指はぞくぞくっと蠢きながら、その身体を悔い荒らすように勝手に動き、解されていく。そうして――
「はぁっ」
 その耳の遠くで、アナウンスが聞こえた。だみ声で、電車が駅に到着する連絡をしていた。心臓の音とせめぎあうように聞こえた声、真っ赤に腫らした目で見上げた場所にスピーカーが見えた。
「ぁぁっんぁ…ぁぁ……」
 ひく、ひくとふるえる身体に届くモーターの音はさっきよりも少し和らいだようだった。降りなくては、このままでは――つき崩されていく彼女の目の前に、対向列車が走り去っていく。駅――ホームがみえてきた。
「はぁっ……」
 発情させられた身体は張っていた。動かすだけで難儀だった。だけど、列車はホームを進むにつれて減速していく。
 そして、電車は停車した。
「お、おりっ…おりま……」
 歩き、進んだ彼女はステンレスの手すりを掴んだ。ドアは目の前だった。真っ赤に体中を染めた彼女に入り込んでくるのは、まもなく発車しますの放送――まって、まって――あげかけた輝の肩を掴む腕――降りられるはずだったのに引き戻され、ドアを背に――
 上からエアの音がふりかかると、ドアは無情にもしまった。
「えっ……」
 見開かれた瞳の向こうには、デスジャンヌと輝の信頼するサブチーフ・桃瀬唯がいた。みるからに邪悪な笑顔を浮かべている二人――輝は言葉もなく、口を半開きにしていた。
「一人にしないで、チーフ」
 台車ががしゃんと音をたててから、電車はホームを抜けた。徐々にテンポを増していく音をききながら、それがジュエルファイブのリーダーには、迫りくる邪悪な足跡のように感じられた。
「あなたなんで」
 唯が抱きついてきた。フェザージャケットを羽織っている彼女に腕を回され、そのボタンとボタン穴の間に身体が包まれた。輝の目の前で、唯は強化スーツをまとっていた。
 指が、目の前で指し示された。輝の愛でぐっしょりと濡れて光っている。つんとした匂いすらあって、唇を噛み――
「この子は自分の意志で、こうしているのよ、ジュエルレッド」
 輝は耳障りな声に顔を向けようとした。だけど、その頬を掴む唯の指があり、振り向かいざまに口づけを重ねていく。
「んんっぁ」
 全ての身体はフェザージャケットのモコモコの中に覆い隠されている。宝石のような神秘的光沢に包まれた輝の身体はひやりとした扉に押し当てられ、唯の身体によって解き解されていく。
「だめっ…あなたこんなことじゃぁっ……」
「ダメ、なにがダメなんですかぁ……?」
 とろんとした唯の目、口調に首を振った。ダメ、ダメなのに、答えが浮かばない。個性的なメンバーのおかげで、いまいちリーダーシップを発揮できない彼女に代わって、いろいろな気苦労をかけてきた唯にされて、上気した身体は思い通りにならない。
「こんな、デスクロスの思い通りに……」
 そう、これは悪の企て。そう、だから、ダメ、絶対に断じて――
「桃瀬のコトを、悪だって、チーフそういうんですかぁ……」
 物憂げな口調だった。潤んだ目で、下目づかいにみられていた。涙を浮かべて反論しようとしていた――けれど――
「感じましょうよ」
 唯の指は一直線に輝の躰の中へと挿り込んできた。ふるえる彼女は、息を漏らして、それに返される息に耳をくすぐられた。耳の繊毛がふわっと鳥肌を起こし――輝はそうしてから身をゆだねる以外に何も見いだせなくなっていく。
「はぁっ…ぁぁん…で、でも、ここはここは、電車の中」
「だからどうだっていうんですかぁ。たくさんの人がみてますよ、チーフのこと。桃瀬、たのしい……」
 列車の揺れに、唯の愛撫に身をゆだねる。掛けあがる感覚に躰が震える。一つの液体になってしまいそうな幸福感に覆い尽くされて、ぱっと外の光が暗闇に代わった。電車はまだ走っている。
「ダメ…イヤッ……イっち…ゃう……」
 どこか、切なげに顔を背けて、穴の中に指を出し入れされ、敏感な肌という肌をなでられて、ピンクの着用しているスーツのつるつるとした感覚をうけ、サテン地のユニフォームのサラサラした感覚に――高ぶり炙られていく。
「ああっ! ……ぁい…いい……いくっ………」