女戦士絶体絶命!

 激しいスコールだった。
 脂汗を浮かべた鮎川蘭は沢を転げ落ちた。十字架を背負って歩いているようなものだった。ネオインセクトアーマーは身体に作用していなかった。
「超重甲…解除……だめなの?」
 岩陰の泥溜りでテントウに飛沫がかかった。
「うあ…」
 身体に走る激痛と反作用しようとする筋肉を必死に抑えながら、立ち上がるだけで重労働だった。陰りのある視界の先に建物がぼやけて見えた。沢の廃屋だった。雨風をしのごうと思った。だが、休んでも力を抜く暇はない。
「はあはあはぁ……」
 解除は出来ない。廃屋の中に転がり込むように倒れこんだ。紫色のアーマーに光沢は既に無い。割れた窓ガラスにその姿が映りこんでいた。マスクのシルバーの部分が変色していた。アーマーのあちこちに吹き出物のようなものが出来ていた。
「なんてことなの」
 アーマーの制御は全く出来ないから、通信すら出来ない。吹き出物から黄色い液体がほとばしって、地面を汚していた。昆虫の精が液体になって噴き出していた。もし全てが零れて、完全に敵の手に堕ちてしまえば、正義は潰えてメルザードが――考えるだけでも恐ろしかった。
「ううっ…負けないんだから」
 形勢は明らかに不利だった。
 
 戦術パターンを記憶した蛇妖獣ヘビューザに三人はピンチに陥った。だが、寸前のところでニューヨークから駆けつけたブルービート、ジースタッグ、レッドルの助けを得て勝つことが出来た。だが、六人は全員ヘビューザに噛み付かれていた。
 それは恐るべきメルザードの作戦だった。六人のアーマーが勝手に重甲し、勝手に動き始めた。乱戦に陥り、恐るべき同士討ちが勃発した。アーマー内に侵入したヘビューザの細胞が増殖、昆虫の精を操り動かしたのだ。
 全員は同士討ちでやられるよりは、昆虫の精を封印する方法を一度は選んだ。だが、封印すれば二度と復活することはない。六人は最後の力を振り絞って、バラバラに分かれた。全身の意識を集中しても、敵の手にあるアーマーを動かすのは命がけだった。
 
《ディステクト・エネミー》
 コンピューターの表示が不意に現われた。機能が完全に奪われているから、本当かどうか怪しい。蘭は出口へ振り返った。首がきしむようだ。
「誰なの…」
 よろよろ立ち上がり、震える手で腰のインプットカードガンを握る。肩が呼吸で上下した。ビームが発射されるかどうか怪しかったが、いくぶんか心を安心させた。
「止まりなさい!」
 ロングレンジレーダーが勝手に起動して、外のサーチ画像が出た。敵の姿、蘭は唇を噛んだ。こんなときに襲われればひとたまりも無い。
「くっ……」
 眩暈、足首が折れて、蘭はひじをついた。意識が遠のく。
「負担が大きすぎるわ」
 ほとんど悲鳴だった。目の前が白黒して全身の力が抜けるのが解る。コンピューターは敵が壁の向こうにいることを知らせている。
「うわあああ!」
 気合だけで立ち上がり、インプットカードガンを抜く。どのカードを入れたかは解らない。
「まだ、撃っちゃだめ、敵の姿を見極めてから」
 銃口が震えを隠せない。勝てない。だけど、けん制して、逃げることは出来るかもしれない。蘭の戦士としてというより、人間としての生存本能で動いていた。壁が、崩れた。
「先輩っ!」
 スティンガープラズマを装着した手を、レッドルがこちらに向けて構えている。
「逃げて、蘭!」
「いやああああぁ」
 鷹取舞が叫ぶ。スティンガープラズマから放射されたイオンレーザーが、こちらに向かってくる。レーザーの射線に入ろうとするアーマーを、蘭が転げ落ちるようにしてずらした。肩で爆発が起きて、噴煙が立ち込めた。不活性化したフィルターから埃が流れ込んでぐる。咳き込んだ。
「…先輩……目が…?」
 汗が目に入って、視界が滲む。にぐうことも出来ず、身体がえびぞった。
「ああっ、どうしたらいいの!」
 舞の声だけがする。蘭は手探りであたりを見回した。レッドルのインセクトアーマーもヘビューザの細胞に犯されている。いつの間にか、インプットカードガンが手元からなくなっていた。ずるりと転がるテントウは、ふらふらと起き上がろうとした。
「!?」後ろに灰色の気配がする。
「うぐっ、せ、先輩!」
「逃げてぇ!」
 金属のぶつかる接触音が響く。スパークが散る。レッドルの拳がテントウの背中を後ろから強打した。
「あううぅ……」
 脊髄に電撃が走った。一気に力が抜けた。地面に倒れこむと、レッドルの足が腰を踏みつけていた。
「蘭っっ!」
 足の感触が消えると、一瞬静寂に落ちて、目の前が真っ赤になった。腿の付け根を思い切り蹴られ、骨盤がずれるほどの強烈なショックがきた。
「そんな、ビーファイターが同士討ちなんて……」
 全身が痺れていた。二度、三度と蹴られて、力が抜ける。
「はあはあ…ちょっとコントロールできるわ…蘭、早く…逃げて……」
 骨が折れるほどの力を振り絞って、振り向くと、「レッドルがインプットマグナムを構えた右手を左手で抑えて震えていた。黄色いレッドルのアーマーの目を見つめて、小さく頷いた。
「はい!」
 匍匐前進の姿勢を取って、動き出す。ひどく体力を消耗した。
「きゃあああっ!」
「はううっ…」
 イオンレーザーが背中に突き刺さる。身体が動かない。目から勝手に涙が零れた。次に来る猛攻をぐっと耐えて待った。
 だが、何も無かった。
「レッドル?」
「はああぁ……テントウ」
 異様なほど静かだった。煙に咳き込むと痰が口元に飛び散った。首が折れそうなほどの悲鳴をあげながら、振り返る――レッドルが鈍いワインレッドの光を放ちながら、その場に立ち尽くしていた。
「きゃああああああ」
 不意に身体が立ち上がり、引きずられるようにしてレッドルにタックルをした。
「あああぁ!」
 レッドルを抱えて、壁にめり込む。角のようなロングレンジレーダーがへし折れて、テントウのマスクに大きな溝を作った。その手のインプットマグナムを奪うと、胸の中央制御コンピューターすぐ下に銃口が押し当てられた。
「逃げてくださいっ!」
 その部分は人間の身体がしなやかに動けるように、重甲が極めて薄い箇所になっていた。銃口がもぐりこみ、へその感触がした。インナーだって強固だが、このままでは――蘭は悲鳴したが、自分の声は聞こえなかった。
「無理、身体がぜんぜん、言うことを――あああぁ」
 インセクトアーマーが難なく破られ、黒ずんだ皮膚が露出している。壁の中で倒れこむレッドルにテントウが覆いかぶさった。テントウの拳がシルバーのベルトに手をかけ、激しい音と火花が散って外れた。
「なんてことなのっ!」
 蘭の顔に動揺が射した。ヘビューザの細胞は昆虫の精を操るだけでなく、その邪悪な力を強めていた。いかにビーファイターであれど、インセクトアーマーを破壊することは出来ないはずだった。
 金属の鋭利な音が沢中に響き渡っていた。ベルトが破壊され、腰の赤とワインレッドのパーツが強引にはずされた。手が痛い。装着者が死のうとヘビューザは無比な戦闘破壊マシンとしてのビーファイターを操り続ける。
「見ないでぇ!」
 破壊された箇所にテントウのマスクを近づいた。舞の素肌が露出し、汗がこびりついていた。アーマーと身体のリンクを高めるため、装着者は下着すら身に着けない。舞の秘所は、まったくの無毛だった。
「舞さん……」
 欧米のコスモアカデミア支部を回っていた舞は、秘所を綺麗に剃っていた。ある地方では不潔だからという理由で、陰毛をすっかり剃ってしまう習慣があった。またリンクを高めるためには、体毛が邪魔になる場合もある。
 蘭は赤面した。甲平たちがわずかばかりの胸毛を剃っているのは知っていた。だが、彼女はそんなこととても出来なかったし、地球を守るためでも大事なところは守りたかったのだ。
「……海外では常識よ」
 常識でも舞も違和感を覚えているのは疑いよう無かった。蘭が動揺していると、非情な細菌がテントウの指を誘った。
「ちょ、ちょっと何を……!? ひぎいぃ! こ、壊れちゃう!?」
 鋼鉄のもの――紛れも無い鋼鉄のもの――が舞の身体に悲鳴をあげさせた。いやな音、インセクトアーマーの装着者の身体は、外殻の強固さに比べものにならないほどデリケートだった。
「ゆ、許してください、先輩、身体が勝手に!」
「いい、のよ……ああああああぁ!」
 テントウのアーマーは蘭の指を舞の秘所に潜らせた。必死に抵抗しようとも無駄だった。やがて冷たい指は舞の体内でゆっくりと蠢きはじめ、煽動した。
「あああぁん! はあぁん、いやああぁ、壊れるっ!?」
 蘭は涙に目の前が見えなかった。先輩を破壊しているのは紛れも無い自分だった。
「はわああぁん!」
 首が捩じれていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ……」
 ガクっと全身の力が抜けた。埃が舞っている。めちゃめちゃのレッドルを前にして、突然呪縛から逃れたように感じた。蘭はレッドルのマスクを見ると、即座に指を抜いた。
「やっと……」
 アーマーのはるかに巨大な指に荒らされた舞の秘所は汚れていた。蘭が倒れこむと、消えた蛍光灯が見えた。
 それから二人とも死んだように倒れていた。
 積もった埃がぱっとのぼり、レッドルがゆっくりと立ち上がった。蘭はそのさまをぼーっと見ていた。
「どうやら、あたしたち助かったみたい……」
 舞が言って、手を差し伸べる。蘭は力を振り絞った。彼女の手を取り、よろよろ起き上がった。
「ううっ」
 意識の眩暈を舞が受け止め、蘭は倒れこむ。抱きつく姿勢になり、そのまま止まったあと、どちらからというわけでもなく二人は抱きしめあった。
「ごめんなさい……」
「いいのよ…蘭が悪いんじゃないもの……」
 二人の体重よりもアーマーはかなり重かった。互いは互いに身体を預けて、そのままとまっていた。煤けた窓から陽が射しこんで、ワインレッドとパープルの身体から光を放たせていた。
「先輩……」
「蘭……」
 金属が軋んでいた。沢の流れが響いてきた。霧が出てきて、廃屋を包み込む。窓が小刻みに揺れ始める。バイザーの中で不安な眼差しで、二人が見やる。
「なにっ…」
 フレームが折れて、枠から外れた。
「逃げなきゃ!」
 しっかりとしながら揺れる足取りで、二人が外を目指した。廃屋の揺れはますます大きくなっていく。
「とう!」
「えいっ!」
 二人が飛び出た瞬間、廃屋が爆発する。熱風がどっとあふれて、炎が天まで届かんばかりにあがった。
「きゃああああっ!」
 一面苔に覆われた地面に二人が墜落すると、泥が飛び散る。爆風が届いて、鉄くずを遠くへと転がした。
「ああああぁっ!」
 インセクトアーマーが激突することにより立木が粉砕され、葉が舞い上がる。レッドルとテントウは崖から飛び出す。数十メートル下に川が流れていた。

 麗らかな水の音がした。そよ風が顔を撫でていた。舞が気づくと、目の前に砂利が見えた。
「重甲が!?」
 視界が開けてることにより、舞は一瞬重甲が解除されていると思った。だが、身体に圧し掛かる重量感に首から下はまだインセクトアーマー装着状態にあることが解った。
「ああぁ」
 全力で右手を持ち上げて、額に手をやると血がついていた。辺りを見回すと、川幅の広い縁に打ち上げられていた。
「くっ…テントウは……蘭はどこなの」
 引きずるように歩きながら、舞は蘭を探した。
「いた……」
 川の真ん中に各坐した石の上にテントウのアーマーが乗っかっていた。インナーに水が入って信じられないぐらい重たくなっていて、左の肩が外れたみたいだった。それでも舞は立ち上がって、歩き出した。水を吸ったアーマーが錆びを吹いているみたいだった。
「ヘビューザの細胞のせいで、急激に劣化してるっていうの!?」
 インセクトアーマーは生きている。ビーファイターは何億匹もの昆虫の精を受けている。もし、その精が悪用されれば、徐々に死につつあることは明白だった。現に機能は大部分が落ちており、メディカルシステムも動かない――水を切って進む。周りの密林から鳥がわっと飛び立った。
「蘭…蘭…?」
 仰向けになった蘭を揺らしても意識は無かった。マスクは外れていないが、大きくヒビが入って割れたバイザーからくりっとした眼が見えていた。両手で力を込めると、あっけなく外れた。
「蘭? はあはあはぁ……」
 可愛い後輩を助けなきゃ、その一身で舞は蘭の身体を揺すった。意識が戻る気配が無い。彼女はテントウの首の内側に指を這わせた。
「あった」
 信じられないくらい弱々しい鼓動だった。舞はその場で蘭の首を引いて、気道を確保させて口を開けた。耳を口元にやった。自立呼吸は無い。胸部のアーマーを掴んでみた。出来るわけは無いと思ったが、劣化したアーマーは容易にはずせた。
「えい!」
 黒いインナーを一思いに破ると、豊満な胸が揺れていた。普段アーマーに包まれた神聖な場所だった。それが白日の下にあった。指を谷間に這わせて、心マッサージをすべき凹部を探した。
「う」
 舞は蘭の口と重ねた。空気を送り込む、腕でしっかり気道を確保して、空気を逃さないようにした。
「いち、にい、さん、よん、ご……」
 腕を交差させて、胸を押す。
「うぶあぁ」
 蘭は口をぱくぱくさせた。灰色の嘔吐物が出てきて、口元を汚す。
「蘭!?」
 手で嘔吐物を拭わせて、舞は蘭に顔を近づけた。
「先輩……」
 苦い顔をした蘭は舞の手を取った。
「よかった……今、助けるから」舞はテントウの身体を自分の背中に滑り込ませると、持ち上げた。水のせいで寒気がした。五年前の記憶がまざまざとよみがえってくる。あのとき沢山と敵と戦ってきた。
 メルザードはジャマールより強大で凶悪だと思った。でも、インセクトアーマーを容易に操ってしまうパワーであっても、屈するわけにはいかない。おぼつかない足取りで川べりの砂利地までやってくると、そこにテントウをおろした。彼女はむき出しの胸を使って、全力で息をしていた。
「疲れた……」
 濡れた髪がうなじに、はりついている。まだ木を抜けなかったが、冷気の立ち込める河原に座って、安堵した途端、下半身が緩んで放尿してしまった。
「あっ、ま、いいか」
 ずぶ濡れでよくわからない。大きい力を秘めるコインの争奪も、むき出しになったつるつるの秘所も滴る尿も、もう何もかもめんどくさくなって、舞は手を伸ばすと、砂利に寝そべった。ボロボロのアーマーが次々と部品を落ちていった。
 谷間にサイレンの音が反響しながら、こちらに近づいているのが解った。どうやら助かるらしい。