サタデイ・ナイト・クラブ

 三十世紀に及んでも、ニューヨークは世界の中心地として君臨していた。千年以上前から続く華やかなりし時代は、ついに途絶えることはなかった。植物のように発展する街は大きく広がろうとも、この街は衰退ということを知らなかった。
 ウォール街からさほど遠くない場所に立つ高層マンションの一室に、日没とともに人が集まり始めた。人々は、キャビアの乗ったクラッカーに舌鼓を打ち、南フランス産の赤ワインを味わう。午後七時までに三十人ほどが集まった。
 彼らを給仕するシェフやウェイターが五人、それにボディーガードらしき黒服が五人いた。観客は一応に楽しんでいるように見える。パーティージョークを語らう格好、話す口ぶり、オーバーなアクション、ケンブリッジやエール仕込みの、爪の垢までエリートといった雰囲気を漂わせていた。
「それでは、みなさん」司会は簡易の台の上から見回し告げた。
 タキシードの司会に、客の視線が集まっていた。その背後にニューアーク方面に開けた窓があり、マンハッタン島のビル群がうつっている。その100万ドルの夜景が不意に消えた。強化ガラスをミシミシと震えさせる何かが、窓の外にいた。
「バスが来ています。二次会へ参りましょう」
 ガルウィングのスポーツカーのように窓が開いた。窓の外に降り立った黒い「バス」――前時代的にいえばエアカーと呼ばれる空飛ぶ自動車――から、タラップが渡され、客はグラスや皿を置き、そのバスへと乗り込んだ。
 20人ほどが乗ったとき、不意に部屋の電気が切れ、玄関から爆竹の破裂するような音が聞こえた。
「そこまでよ!」
 客の間にどよめきが起こった。最後尾にいた黒服はあらかじめ予想していたことかのように、ダイニングテーブル――内部の材質は特殊チタンで、戦車よりも対弾性に優れていた――を蹴って遮蔽にすると、内ポケットからピストルを取り出し、射撃を開始した。
「おとなしくしなさいっ! 逃げられないわっ!」
 声の主は玄関から足音を立てて入り込むと、黒服の銃撃に扉や壁を遮蔽にし、同じように武器を発射し始めた。残った客はその光景をものめずらしそうに見物しようとしたが、黒服とバスのスタッフに引き剥がされるようにして車内へ消えていった。
「くっ…!」
 玄関から入り込んだリーダーである彼女は、遮蔽から飛び出て身を乗り出すとチタンテーブルを蹴り上げる。バスの扉が閉じようとしていた。彼女――インターシティ捜査官――タイムピンク・ユウリは、グロスを引いた娼婦の唇のような色の身体を窓際すれすれで翻した。
「遅かった……」
 バスと部屋の間は最早、五十メートルの距離が開いていた。スーツの跳躍力を持っても、飛び越えることは無理だった。ユウリは舌打ちをし、背後から近づく部下を一瞥した。摩天楼は変わらない夜景を浮かべている。
「あのバスを追うように伝えて……」
 はるか下方から生暖かい空気がビル風となって吹き上がり、タイムピンクの逆ハート型のバイザーをなでていた。ユウリは鼓動が高まるのを感じた。あの、組織の内通者もあのバスに乗っている。彼女が駆けつけたのも、その人の協力あってこそだ。逮捕できなかったということは、内通者の存在が疑われ、その身が消されることも十分に考えられた。
「お願い……」
 ユウリは祈った。味方が迂闊な行動をとれば、それは敵の思う壺だ。どんなことがあっても、何もしないでほしい。それはユウリが相手に思う気持ちと、ここで感情に動かされて下手なことをすれば、敵とこちらの接点を失う危惧からだった。

 何事もなかったかのように、バスは着陸した。タラップの目の前には階段があり、人々はそこを降り始めた。その建物は半地下式で、階段と通風孔だけが地上に露出している。姿かたちが核シェルターを連想させた。
 タイムピンクの心配を他所に、バスの乗客は全員、平静そのものといった様子で、室内へと入った。そこには同じように料理が並べられ、立食パーティーの様子だったが、人々の関心は食べることではなかった。元より室内も、テーブルの上を除けば、コンクリートの打ちっぱなしであり、天井にはダクトやパイプが走っているような状態だった。
「今日、皆さんにお集まり願ったのは、他でもありません」挨拶を済ませると、司会ははじめた。「難しい説明は抜きにしましょう。さあ、お見せします!」
 そういうと、司会の背後の壁が左右に開きはじめた。劇場の幕が開くように左右に別れると、その内側には巨大な試験管があり、その中には人間の形――丸みを帯びたボディーラインの紛れも無い女性――が中には入っていた。
 「おおっ」どよめきがあがり、人々の間に笑みが浮かんだ。
「如何でしょう。われわれの集い、始まって以来の収穫――ピンクファイブです!」
 スポットライトが点灯し、試験管が瑠璃色の光を放つ。女性の名は桂木ひかる――身体にピンクとホワイトのボディーラインのバイオスーツを身にまとった女戦士ピンクファイブが、そこにはいた。
「素晴らしい」
「素敵ねっ」
 マスクをはがされ、ひかるは照明を受けて光沢を放つ黒髪の下で、顔を歪ませていた。ギャグを噛む口を中心に蚯蚓腫れの模様が広がり、彼女がここに来るまでに受けた傷の深さを物語っている。肢体をX字に拘束されたさまは、彼女の人間性を剥奪し、ただそこに置物として用意されたかのようだった。
「私は今日、ピンクファイブのために特別なプレゼントを持ってまいりました」司会はどよめきが収まるのを待って話し始める。「ピンクファイブ――桂木ひかるは、フルートが得意なのです。そこで、素敵なフルートを彼女に演奏してもらいましょう」
 司会はみなに見えるように、フルートを掲げた。照明を受け銀色のフルートは光っていた。
「……しかし、もちろん、このフルート、ただのフルートではありません」
 司会は話しながら、巨大試験管の背後へと回った。背後にある扉を開けると、その中に入る。苦痛に歪むひかるが、タキシードを眼で追っていた。司会は前に来ると、ギャグをはずす。
「ふはっ…」
 少し乱れた息を整えるひかるは、好奇の目線にさらされ、言葉に戸惑っていた。
「一体、ここは…一体、何をしようって……」
「フルートとは違いますな。フルートは横笛です。これは縦笛でした」
 ずぼっと音がするようなシチュエーションだった。司会はおもむろにピンクファイブの股間に「縦笛」をあてがうと、底に据え付けられたボタンに手を伸ばす。
「うっ……何、まさか、あぁ…っ…あっ……あっ…イヤあぁァ!」
 悲鳴は内部に取り付けられたマイクによってスピーカーから流れ出る。電動音はいやにハッキリしていた。ひかるの股間の肉の狭間を分け入って、内部に挿し込まれた縦笛ははじめ何の音も発することは無かった。
「ああぁっ…あぁっ…あぁん…!!」
 代わりにそれは、桂木ひかるの性欲を引き立たせた。切なげな声は会場を満たす。
「ダ、ダメ…ダメ……」
 うわごとのようにつぶやくひかる、その声に被さるようにしてピロと音が漏れた。ピロロピロ、音はハッキリと漏れていた。
「何だ…」観客の口々から声があがった。ピロピロという音が、ピンクファイブの股間にあてがわれた「縦笛」から漏れていることが解ると、エリート口調が一瞬止み、代わりに身なりからは想像できないような声――動物的熱狂が会場を駆け巡った。
「そう、もう既にみなさんお気づきのとおりです。笛は空気の流れによって音を出しますが、この笛は液体の流れ、つまり、ピンクファイブの愛液によって、音をだすのです」
「いやぁ…も、もう…やめて……ぁあぁ」
 擦り切れるような声すらも会場にはしっかりと流れ出た。笛の音を恥じるように、タバスコ色の顔で下を見ていた。
「そんな……そんな…体が…」
 赤子が演奏しているような途切れ途切れの笛の音が少しずつ断続的になり、続いた音へと変わっていく。ひかるが声を殺そうとすれば、笛は甲高い音を発す。声を発すると、笛は更に高い音をたてた。
「言い忘れましたが、この笛を胎内に入れると、あらゆる本能は一時的に完全に開放される作用があります」
 もはや、ひかるは司会の言葉などきいていなかった。突き上げる感覚に、舞い上がった身体が、肉体も、バイオスーツも突き破ろうとしていた。胸に配置された超電子回路がパリパリと乾いた音を立て、放電が炎のように走る。
「身体が…体が……」
 懇願するようなひかるの声、エコーし、スピーカーの時差でひかるには二重にも三重にも届いた。笛の音はホイッスルのような音に変わっており、その音が高くなればなるほど、ひかるは嬌声を高くした。
「あぁっ…ああぁ…っ」ここがどこかも解らない。目の前にいる人々が何者で――そもそもここは地球なのだろうか。混濁した意識の中でひかるは考えた。黒服に倒され、強いショックを浴び、気づいたらここにいた。
「きゃぁっ!」
 思考を断ち切る唐突なオーバーロードが、ひかるの頭に満ち溢れた。返す言葉が無く出たとっさの悲鳴に、会場は一瞬沈黙に包まれた。ひそひそという声が徐々に確信へと変わっていく。ピンク色の頬と、肩で呼吸するボディースーツの女戦士が、オルガズムに震えていた。
「そこまでよっ!」
 タイムピンクが発したのとまったく同じ口上は、最後列から起こった。振り向くまもなくジャンプをした影は黄色いエナジーのベールに包まれると、次の瞬間には壇上にいた。
「何者だ!」司会はカプセルの外に出て、その影と対峙する。ぱっと霧が晴れるように、中から姿を現したのは、タイムピンクやピンクファイブと同じ、ボディースーツの女戦士だった。
「デカイエロー!」
 右腕をV字に曲げ、左腕を添える。ぴしっとした動きでその場に現れたデカイエロー・礼紋茉莉花の姿に、会場はさらに熱狂する。
「フフフ、キミかぁ…」司会はのどの裏に張り付くような笑い声で言った。「ESP能力で外から探られないように、完璧なESP対策をこの建物に施したが、まさかエスパーのキミ自らが、乗り込んでくるとはねぇ……」
「黙れっ!」デカイエローの口調にいつものやさしげな調子はなく、ただ目の前で起こった陵辱に震えているのが解った。「ピンクファイブを離しなさい!」
「それは出来ない相談だ――でも、どうするね」司会の背後から黒服が現れ、イエローの前に立ちはだかる。
「殺した警官なんて一人や二人ではない。彼らはプロだよ、デカイエロー」
 ジャスミンは目を細めた。エスパー能力は何も心を透視することだけではない。人の波動の流れ、第六感のいざなう感情の流れを空気のように感じることが出来る。だから、ジャスミンはどんな強力な敵が相手であろうと、それが生き物であるかぎり、対処できた。
「望むところっ――ディースティック!」
 身軽な身のこなしで黒服へと向かっていくジャスミン――勝算はともかく、今はひかるさんを助けないと――心は焦っていたが、そんな乱れに彼女は気づくはずも無かった。
「てえい!」
 一人目の腕をスティックではじくと、背後に入り頚椎を一撃。せまりくる影をジャンプで避けた。
「たあ! セット、ディーショット!」
 言うが早いか二人と三人目を光線で捕らえる。
「あと二人!」
 床に降り立ち、なんなく二人を倒すと、再び跳躍し、巨大試験管の背後へ降りた。扉を開け、中に入る。デカイエローはその無残なさまを間近に見て、心に来るものを感じた。
「酷過ぎる……」
 それでも彼女は空気を掴むように空中へ躍り出ると、股間に埋もれる笛を引き抜き――悩ましげなひかるの悲鳴はこの際無視した――拘束具をディーショットで破壊して、ピンクファイブを抱えたまま、地面へ降り立った。
「ひかるさん、ひかるさんっ……!」
 ジャスミンの声に彼女は応えない。身体をゆする。背後に視線を感じた。今はひとまず――扉に手をかけた。だが、扉は開かなかった。
「檻に自ら飛び込むとは……やはり、戦隊のヒロインは、馬鹿ばかりだよ」
 観客とデカイエローの間に立つ司会をジャスミンは見た。そのとき、がくんというショックが走る。
「アアアあぁっ!」
 背中を壁に打ちつけ、ピンクファイブを床に落とし、デカイエローはしりもちをついた。とっさに顔に手をやる彼女が、異変に気づくのはほどなくだった。
「マスクが!」
「会場から見ていたなら解ったはずだろう…この巨大なカプセルがただのガラス管じゃないってことぐらい……女戦士どものスーツの機能は既に分析済みだ――しかし、その機能を乗っ取ったり、破壊するのは、限られた空間でしかできない」
「く!」
「その空間が、この管の中、というわけだよ。はっはっ!」
 同調するような観客の笑いが重なる。
「そんな!」
「ちょっと、迂闊だったね。礼紋君…」司会は彼女の名を呼んだ。デカイエローは立ち上がり、司会の目の前に立った。壁を叩いたが割れるどころか鈍い音以外何もしなかった。
「ここから出せ!」
「そういうワケにはいかないよ…フフフ。それじゃあ、キミにはピンクファイブの仕上げを担当してもらおうか…」
「仕上げって、一体……」
「キミのいつもの言葉で、教えてあげよう。悪い奴らが良い奴を捕まえたら、することは、あたりまえだのクラッカーだよ!!」
 ESP能力のある彼女にはよく解った。念力のようなその力は、精神力とは違う。

 なぜ基地の場所がばれたのかは定かではない。奇襲を受けた場合、される側はする側の三倍の兵力を必要とする。どんなケースにおいても通用する単純な兵法だった。その論理にしたがって、198X年のある朝、チェンジマンは基地を追われた。
 地の利によって、壊滅という最悪の事態は防げたものの、今の状態は死なずに済んだ程度のものでしかない。偏頭痛に顔をしかめた渚さやかは、ソファーに横たわっていた。
 怒涛のようなゴズマの侵攻に、チェンジマンはこれまでの戦いで使ったのと同じぐらいの数の技を炸裂させた。チェンジマーメイドも、タイフーンウェーブやビックウェーブ、マーメイドアタックを敵に浴びせた。
 代償として、ものすごい量のアースフォースを消費した。もちろん、アースフォースは無尽蔵だったけれども、体力のようなもので、一時的に消耗したらそう短時間に快復するものではない。
 仲間と散り散りになり、鉛のような身体を引きずってさやかがやってきたのは、東京郊外に立つある一軒屋だった。その一軒屋を地球守備隊情報部のセーフハウスであった。
 チェンジドラゴンはここで合流するように命令を出した。全員が再度集まれるかどうかは解らない、だが、チェンジマンが合流し、再起のきっかけを掴まなければならなかった。
「誰……麻衣…?」
 閉じていた扉がいつ開いたかはわからない。とにかく今は開いていて、さやかはその光の強さに眉を潜めた。逆光の中に人がいて、さやかを向いていた。
「誰……」
 一瞬、影のまわりから殺気がほとばしり、さやかは敵意を感じた。
「ゴズマ!?」
 さやかは立ち上がる。影はこちらへ進み、焦点が合った。それは黒服だった。
「戦いにおいては、しばしば錯誤が生まれる。銃口を向けている相手が誰なのか、終わってみないと解らないことも、歴史には記録されている」
「一体、何の話!?」
 さやかは相手の真意を測りかねた。黒服はゴズマには見えない。ただの人間だった。
「渚さやか、きみは、私、ただ一人が地球守備隊の基地を襲い、それをゴズマの大兵力と錯誤し、ちりぢりになった仲間と何度も同士討ちを演じ、ボロボロになったのさ」
「な――」
 言葉が出ない。あれは確かにゴズマの大部隊で、さやか自身それを肉眼で見たはずだった。
「そんな、嘘っ!」
 相手はただの人間にしか見えない。ただ、その雰囲気は相手を圧倒させるものがある。だが、それだけだ、ただそれだけ――
「キミらはみんな、そう言って、私の言うことを否定する。だが、事実だ。日本の、忍びの術から学び、私と私の仲間は全てその技を会得している。私のそれを教えたのは、水忍のくのいちだったよ!」
「レッツチェンジ!」
 相手の言葉などきいていなかった。チェンジブレスをかざすと、純白のスーツが展開した。

「キャアアァッ!」
 デカイエローとピンクファイブの入った管の中に、司会は新たな「鈍器」を投げ込んだ。スーツをコントロールする誘導波によって、ジャスミンはその「鈍器」を拾い上げ、自らの股間にあてがった。そして反対側を抱き起こしたピンクファイブの足の付け根にあてがった。
「ああああぁっ」
 ずぶぶぶっ、オルガズムに震え、愛液に濡れた身体には驚くほど容易にそれは潜りこんでいく。それに対して、鈍器――双頭バイブレーターは入るとき、収まったとき、ひかるの身体に入るたび、非常な苦痛をジャスミンにもたらした。
「さっさと濡れてしまわないと、キミの身体が壊れてしまうねぇ……礼紋君」
「ひ…ひかるさん…」
 ピンクファイブに覆いかぶさったデカイエローは、苦悶を超えた歪んだ顔をしていた。濡れるどころか、何も感じていない膣の内部に入り込んだバイブは、存在そのものだけで苦痛をもたらした。腰を動かさないように慎重に動くが、白濁した意識のピンクファイブが左に右に動き、それが操縦桿に操られた飛行機のようにジャスミンへと伝わる。
「ああぁっ! ああぁあっ!」
 形容しがたい苦痛に顔を歪め、ジャスミンは四つんばいになって舌を噛んだ。ピンク色に染まった顔に、かつての美貌の面影は少ない。ジャスミンは間歇的に動物のような声を漏らしながら、苦痛に耐えた。
「もう、どうしたって無理なんだよ…だが、そろそろ、快楽を覚えさせてあげようか。――どなたか、手を貸してください。これで!」
 司会は手元に握られたポケベルのようなものを観客へと投げた。涙に濡れる視界の中で、ジャスミンはそれを見た。
「さあ、どなたでしょうね。礼紋君、きみとピンクファイブに挿入されたバイブレーターのリモコンを手にしたのは……」
 大きな声と気の遠くなるような時間のあと、不意に地面が揺れだすのが解った。
「じ、地震――?」
 だが、それは地震では無かった。震源は自らの下半身であり、掻き混ぜられるようなぐちゃぐちゃになる意識があったが、それは意識ではなく、実際の膣の中で起こっている出来事だった。
「アアアアアァッ!」
 ジャスミンは髪を振り乱した。汗が吹き出て、スポットライトに額が光る。張った背筋を指でなぞられたような感触が伝う。染み出るとか湧き出るというよりは、噴き出すという形容が相応しい事態が起こる。膣内を掻き回されている感覚と、脳が掻き回されている感覚が、一体どちらが本当なのか解らなかった。
「ひ、ひかるさ…アァ…」
 鈍い頭痛、背筋が力を失って猫背となる。下を向いた顔、両手をついた間にやはり顔を歪ませるひかるがあった。
「ああぁ…ジュ、ジュン……」
 黄色いスーツをイエローフォーだと思っているのだろうか、ピンクファイブはうわごとを口にしていた。
「ごめんなさい…ひかるさん…い、いやぁっ!」
 頭の中に花火があがる。考えることが出来ない。バイブの刺激が強くなればなるほどに身体は力を失っていく。よつんばいのデカイエローはもはやその力も失い、ピンクファイブの上に這いつくばった。
「あああぁっん!」
 敏感になった身体が同じような構造のスーツに出会ったとき、性感は手を取り合い、連結された。バイオスーツを通じてなだれ込むものは自分の快楽ではない。だが、それは、ひかるの快楽ではあった。
「あぁあんっ!」
「はああぁっん!」
 悲鳴というより雄たけびに近いそれによって、ジャスミンの意識は一気に高みへと駆け上がった。胸の表面『4』のプリントの表面に乳首が形を作った。ピンクファイブのスーツにも桂木ひかるの乳首が出来ていた。
「ああぁあん……あはぁあん!」
 ジャスミンはだらしなくよだれを流した。快楽と呼ぶには程遠かった。だが、苦痛ではなかった。吹き飛んだただひたすらの混沌だった。そこから逃れる手段は無い。
「ああぁん…あああ…あん!」
 搦め手に引き擦り込まれる意識の中で、目の前に黒髪の桂木ひかるがいた。
「は…はっ…」
「あぁん…ごめんなさい……」
 涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃになった顔で、絞り出すような声をあげた。金魚のように半開きの口を彼女よりはるかに先輩の女戦士に近づけ、その唇をあらん限りの力で吸った。
「んく」
「ん…んん……っ…」
 何があっても帰ってきて――これまた先輩の女戦士にかけられた言葉が頭をよぎる。だが、身体に、底なし沼から這い上がる力は無く、いくつもの目線の中で、痴態を晒すほかなかったのだった。
「す、すげぇ……」
 新車のベンツSクラスを買えるほど高価な英国仕立てのスーツに、観客の一人は赤ワインをこぼした。足元にはワイングラスの破片が飛び散っていたが、本人はもとより、まわりの人間も誰一人として、そのことに気づくことは無かった。
「ん…んっ…」
 ひかるの喉が上下していた。照明の中でメタリックな光沢を浮かべたスーツ以外で、彼女ら二人が女戦士であることを示すものはもう何も存在しなかった。
「あはぁ…」
「なんて有様なんだろうね」司会は口にした。「だが、これで全ていい。さあ、皆さん、このショーには皆さんご満足のことと思います。しかし、ここらで一息入れたいと思います。みなさん、再会は30分後。料理やお酒をご用意しておりますので、どうぞお楽しみください」
 司会が言うと、舞台の幕を徐々に下り始めた。このような宴にあってもなお、エリートたちは整然としていた。幕が降りきって照明が消える。代わりに客席は明るくなり、ムードのいい音楽が流れ始めた。
「さぁて……と」
 舞台は終わっても、まぐわいを続ける二匹のメスの動きが止むことは無い。さっと出てきた部下に、筒ごと舞台袖に移動するように指示を出す。ニタニタした表情を浮かべた司会は上着を脱ぐと、袖から舞台裏の廊下へ出た。
 廊下の端にエレベーターがあり、カゴに乗る。ベルの音がして、扉が開く。扉の先は198X年、東京郊外にある一軒家へとつながっていた。

「えいっ!」
 所詮、口だけ――さやかは思った。チェンジマーメイドはまさしく人魚のような動きで相手を圧倒する。相手は血を流している。止めを刺すべきだろうか――一瞬考えたが、手加減を加える余裕など無かった。
「マーメイドアタック!」
 アースフォースの奔流とともに急降下するマーメイド。敵を貫き、白煙が巻き上がった。ぱっと一瞬の後に床へさやかは降り立つ。がくっ…激闘の末に更に力を使い果たした。胸を締め付けるような痛みが、彼女を襲いひざをついた。
「それで終わりかな……?」
「!」
 気づいたときには後ろから抑えられていた。
「どうしてぇ! 手ごたえは確かにあったはず……」
「未熟者はそう言ってすぐに、攻撃の成果も確かめずに安心する。渚さやか、プロの軍人だというなら、プロらしいところを見せてみたまえ?」
 黒服の手は人間らしからぬ動きでマスクの付け根部分のあたりを背後から殴打した。
「きゃああぁっ!」
 アースフォースを消耗したせいで衝撃はまともに来た。反射的に受身を取るが、そんなことで痛みはすこしも和らぎはしない。さやかはあおむけになり、床を後ろへ貼った。背後の壁にあたる。黒服は覆いかぶさり、大きく見えた。
 さやかは完全に敵を過小評価していたことを悟った。
「殺される……」
「殺すなら、とっくにそうしてるさ」
 不意に別の声がして、さやかは振り返り、わが目を疑った。タキシードの男がニタニタした顔を見せて立っている。男は余裕の足取りでさやかの袂に立つと、鏡のような光沢を放つ革靴をさやかに見せ、チェンジマーメイドの胸部を殴打した。
「ああぁぅ!」

 時空を駆けるタイムジェット5の機内で、タイムピンクは不快を感じていた。ロンダースとの戦いを終え、30世紀へ帰ったのもつかの間、彼女が配属された時間犯罪捜査課で、彼女は不可解な事件と出会った。
 三十世紀の科学であるレンジャー・システムが、何者かによって過去にばら撒かれ、各時代で偶発的に戦隊が生まれた。ユウリのような男女が戦いに身を投じ、最後には彼らは決まって失踪していた。
 それは必ず、三十世紀の時代の大規模な組織犯罪であるに違いなかった。独自に捜査を続けたユウリは、その組織に誘拐されようとしていた礼紋茉莉花と出会い、警官であった彼女に協力を依頼した。
 以来、ユウリとジャスミンは共同で捜査を進め、先日、あの高級マンションへ敵を追い詰めた。だが、間一髪で逃し、以来、ジャスミンの消息は不明だった。だが、ユウリには解った。最早、彼女が還らない――
 後悔の念を振り切り、捜査が振り出しに戻ったことを呪い、タイムピンクは再び過去への旅をはじめた。
 時空の時間軸とは本来一本線で出来ている。だが、時間犯罪が起こると、時間は途中で本筋と枝――ブランチに分かれてしまう。ロンダースのような小物でさえも、大きな時間軸のひずみを生み出すことが出来る。ユウリは今回の敵は、どうしようもなく巨大だと肌で感じ取っていた。
「竜也……」
 ユウリはかつての仲間の名をつぶやいた。今は会えぬかつての仲間であり、ユウリが想った人――彼女はたった一人の男に会うこともできない。にもかかわらず、敵は時間のひずみをもはや修復困難という状態にまで破壊しようとしていた。
 今ならまだ間に合う。はやる気持ちを押さえ、ユウリは歪んだ時空間の極彩色に目をやっていた。三十分前、過去に向かって飛び立つ何者かの航跡が、時間保護局の次元レーダーに観測され、タイムピンクはその航跡を追っていた。

 大きな音に、さやかは目覚めた。そこがどこなのか、目を開くと、視界は暗くスーツをまとったままであることに気づいた。
「確か…黒いスーツの男に…」
『ゴズマ、今日こそ、最後よ!』
 出し抜けに響いた声にさやかは思わず目を開いた。その声は紛れも無いチェンジマーメイド――渚さやかの声だった。だが、その声は自分の口から漏れたものではなかった。彼女のいる場所は劇場の舞台のようなところで、目の前に劇場のスクリーンのようなものがあった。そこに動画が映写され、チェンジマーメイドが戦う様が映し出されていた。
 さやかは思わず見入った。まるで、踊るようなリズムを踏むチェンジマーメイドの姿は、自分のものとは思えぬほど、きれいだった。
「これがアースフォースの力……」
「そのとおり、いまさら気づいたようだね。さやかクン」
 声に意識が戻ってくる。後ろに腕が回されている。足が動かない。足も固定されている。
「う、動けないっ」
「そうさ、いまさら気づいたかね?」
「これはっ……」
 さやかは今、自分がステージの上にいることと、その向こうに何人もの人間がいることを知った。タキシードはいたが、黒服は見えなかった。だが、今の事態にしてみれば、どうでもいいことかもしれなかった。

「やられたっ!」
 ユウリは思わず金切り声をたてた。彼女が知っている過去とは違う過去――198X年の東京は戦火に包まれ、タイムピンクの駆けつけた場所には誰もいなかった。時間旅行はいつでも任意の場所へ飛べるわけではない。
 時間の入り口と出口は限られており、常に時間軸の中で変化している。時空の中に生まれるある種のトンネルを通らねば時間旅行は出来ず、トンネルを走る車が土の中を移動できないように、誰かを追えば、その通ったあとを追うしかなかった。
「でも…手掛かりがあるはず…」
 ユウリは焦げ目の広がりを眺めていた。まるでそこで爆弾が破裂したような跡が出来ていた。先には扉があり廊下へ続いている。アローベクターとスパークベクターを構えた。勘のようなものだった。先に何かある。
「これは……」
 廊下の端に、一軒家に不釣合いな扉があり、ボタンがあった。エレベーターのようだった。その目の前にチェンジソードの盾が落ちていた。
「まさか…これが…」
 拾い上げた。ボタンを押す。ベルの音がして、扉が開いた。カゴに入る。ボタンはひとつしかない。がくんと動き始め、鈍い機械音がした。その上下運動とは思えぬ力の動きを身体で感じ、タイムピンクは不安そうに蛍光灯を見上げた。

 さやかは息を呑む。
「さあさあ、お待ちかね」
「お待ちかね? 一体何のこと?」
「流石にチェンジマン、肝だけは座っているようだね。この状況にパニックになっていないだけ、プロと呼べますねぇ」
「当然よ! 私は…私は…チェンジマーメイドなのよ!」
 凛とした声に拍手がぱらぱらと巻き起こった。祝福というよりはむしろ、侮蔑に聞こえた。
「だが、残念だが、バイオマンもデカレンジャーも、そういう強がりを愚弄したのだからな」
 拍手は先ほどより大きくなったように感じられた。手足を捕縛されたチェンジマーメイドは頭をあげて、凛とした様を見せる。全身をスーツに身を包んだ彼女の姿はまるで、純白の醜い芋虫のようにも見えた。
「今の渚さやか、キミには釣りの疑似餌でしかない」
「さあそろそろかな」
 司会は言って、袖にいる部下へと視線を送る。部下は袖の扉を開けた。そこに人影がさした。その影は舞台の中をうかがう様に廊下に立ち、哀れにのたうつマーメイドを見つけたようだった。
「麻衣!」
 ピンク色の身体――さやかに浮かぶものはチェンジフェニックスでしかない。だが、彼女は麻衣ではなかった。
 とっさに武器を構えたまま袖から舞台へ跳躍するピンクの影――計算されたタイミングで、ショットガンの散弾がその背中へ殺到し、斜め上にはまったく無防備を晒していたクロノスーツの背中を抉る。
「!!――っぁああああああああああああああ!」
 タイムピンクの手元から武器が落ち、金属質の音が鋭い刃を剥いて空間に響く。
「ああああああああああああぁ!!!」
 全く予期せぬ方向からの攻撃に跳躍の最中に撃墜され、タイムピンクは、鈍い音を立てて舞台に落ちる。
「フン、タイムピンクもデカイエローも、あまりにお粗末だ。手に取るようにその動きが解る」
 白煙がのぼり、地面をのたうち、バンバンと足や腕が床を叩く。
「ウアァ…よ、よくも……バイオマンにチェンジマンまで巻き込んで一体何を…」
「一体何を、だと? 私たちのやっていることは、ある種の家畜栽培だよ。美味しいステーキを作るのに、牛を痩せこけたままにはしないだろう? 私たちは贅沢でね、美味しい食用肉に金を費やすように、美味の肉便器を作るためには、金の糸目をつけんのだよ、ハッハッ!」
 にくべんきという言葉がユウリの頭の中にごろりと入り込む。欲望を満たすためには、人権なんてかまわないっていうこと――
「強い正義を守る気持ち、禁欲的なまでの自己抑制心は、私たちにとってとっておきのご馳走なのだよ!」
 ユウリの目の前で再び散弾は降り注ぐ。目の前にいるチェンジマン――チェンジマーメイド、渚さやかの周りにスパークが飛び散り、舞台の破片が客席にまで落ちる。
「あああああーーーーーーーーーーーーーーああッ!」
 さやかの悲鳴。だが、さっきの一発でスーツの機能がダウンし、身体が思うように動かない。匍匐前進で這って動く要領でユウリは進んだ。彼女がマーメイドに近づくと散弾の嵐は止んだようだ。陸に乗り上げた魚のようにぴくぴくと痙攣を繰り返すマーメイド、ユウリはゆっくりと抱き上げた。
「酷い……」
 マスクは破壊され、熱せられた針山をあてたような焦げ目があちこちに出来ていた。その身体はずしんと重く、ユウリは思わず瞼が熱くなるのを感じた。
 パシッーーーンッ! 銃声にもぎ取られるようにのけぞったタイムピンクの身体から、マスクが吹き飛び、ユウリの身体が引きずられ、舞台に突っ伏した。
「タイムピンク、きみも生かしてやるさ――ただし、高級コールガール……いや、コールレンジャー、としてだがな」
 失笑が漏れ、囁きが起こる。瞬きを数度して、ユウリはその巨悪の大きさを悟った。こいつらにとっては、どんな正義もプライドも、性欲を満たす餌でしかない。
「負けない……」
「なんだと?」
「負けない――私は絶対にあなたたちを逮捕する!」
「逮捕してどうする? この会場の誰かを逮捕できたとしても、誰が誰でも保釈金を積み、何事も無く世間へ戻る。その金でどこかのケチなコソ泥が、ムショ暮らしをしてタダ飯を食う。それだけのことだ」
「残念だったわね、時間保護法違反は第一級犯罪、保釈はないのよ」
 ユウリは背筋を伸ばした。司会は鼻で笑う。
「それがどうしたというんだ? どうやら、キミにはよく解っていない様だ。ここにおられるかたがたには、連邦政府の大統領特別恩赦の書状を出してもらい、罪があったことすら掻き消すことができるんだよ? 解ったら、さっさと大人しくすることだね」
「うるさいっ!」
 瞬時に床に転がるアローベクターとスパークベクターを握って空中へ飛び出した。ユウリは憤りに燃えていた。怒りは彼女の反射速度を飛躍的に高めたが、反対に攻撃の正確度は落ちた。冷静さを欠いたピンクの攻撃は、司会によって余裕を持って回避され、無駄に体力を消耗するだけで終わった。
「ううっつ!」
 逆に黒服はいかにも落ち着き払った動きで、袖からロケット弾を打ち出し彼女の力を奪う。再び墜落したタイムピンク、麻縄を握った別の黒服が背後から迫っていた。浅い呼吸を繰り返すピンクは、倦怠感に満ちた瞳で、マーガリンにまみれた蛆虫のように蠢くチェンジマーメイドの姿を見ていた。

 半地下シェルターの「クラブ」では、その日もまた高いフィーを払って集まるエリートが集まっていた。あるものは巨大メジャーのCFO、投資銀行の事業部長、かの国の皇太子、統合参謀本部の少将――これだけの面子が集まるのは、他にはホワイトハウスか、大英帝国の晩餐会ぐらいのものだった。
 彼らの性を満たすためにクラブは存在している。クラブはありとあらゆる性を提供する。ある日は、本物の肉食恐竜のメスが用意された。ある日は中世ヨーロッパで栄華を極めた貴族の夫人が用意された。
 クロマニヨン人やネヤンデルタール人と人間の交配も――これは、ショーとして交配から出産までを見物された。
 あらゆる要望に応え、あらゆる欲望を満たす。集まる人間の社会的ステータスの高さから、警察も手を出せないほどだった。
 そして――手を出した警察は餌食として囚われることとなった。
「いやぁぁぁ……!! ヤメテェ! 離して!」
 その器械の姿かたちを見やって、ユウリはわれを忘れて叫び声をあげた。

「はふひぃぃぃぃぃ!!」
 三十世紀の最新式器械である「大人のおもちゃ」は、身体の内側から性的刺激を与える。一瞬にして何重ものオルガズムを畳み掛けられ、タイムピンクは白眼を剥き涙を流した。端正な面持ちに女戦士に面持ちは無く、ただのメスでしかない。
「はああああああああああぁあぁあぁん!」
 生殖器や器官が快楽を感じるわけではなく、神経系に連結されたチップが脳を直接快楽に沈める。それは楽しむためではなく、犯すための身体に肉体を改造するためだけに存在していた。
「ふはあぁあああああぁ! くあぁ!」
 慣れない女性がこの仕掛けを受ければ、命を失いかねない。ペットボトルをひっくり返したように愛液を流すユウリ――いつもの何倍もの時間をかけて、呼吸を整えると、ユウリはくすんくすんと鼻呼吸をした。彼女が自我を保っていられるのも、抗陵辱の訓練を受けているからだった。
 クイーンサイズのアンティークベッドがあり、ユウリ――タイムピンクはそこにいた。もはや、動くことなど不可能に思えた。電撃を浴びてピンクのスーツが斃れる様は、ひどく甘美に見えた。
「あああぁああぁん!」
 その声はチェンジマーメイドのものだった。部屋の片隅でやはり同じく「大人のおもちゃ」にかけられたさやかがスーツのまま陵辱されているのだ。オルガズムに溺れ、血と愛液に汚れたシーツの上で悶える渚さやか――意外なほど冷静な面持ちでユウリはそれを見ていた。
 そのベッドの脇に立つ男はシルクのバスローブを脱ぐと、寸胴な身体には不釣合いなほどのすばやい動きで、チェンジマーメイドに覆いかぶさる。
「いやあぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
 そして、ユウリは気づいた。それをタイムピンクは見ていたわけではない――見せられていたのだ。チェンジマーメイドに今、襲い掛かっている陵辱は決して他人事ではないのだった。
 絶望的な状況下にあって、ユウリはジャスミンが今、どうしているのだろうと、漠然とした思いで考えていた。