プロポーズ・インフェルノ
  プロポーズ・トレーディングを前編、~インフェルノを後編にして一つのストーリーになります。

「バンはどうやら、新型サイコマッシュにやられたようです。鎮静剤で眠らせました」
「うむ」ドギー・クルーガーは唸る。「それでアリエナイザーは?」
「申し訳ありません、ボス。一足遅かったです」
「そうか、しかし、みんな無事で何よりだ」
 メディカルルームに収容されたバンとジャスミンを除いた三人が、クルーガーを囲んでいた。敵の影は見えず、サイコマッシュに洗脳されたデカレッドがイエローを襲った。もちろん、バンには責任はない。
「敵の狙いはジャスミンじゃなかったはずだ」
「どういうことだ、セン?」
「敵はわざわざ宇宙港の奥の退路の無い場所にいたんだ。逮捕されたくなければメカ人間とバンたちが戦い始めた段階で逃げるはずだ。その好期を逃してまで荷物置き場にいたのは何故か。109便の荷物を受け取るためだ。
 荷物を受け取る。そこへ二人が入ってきた。その証拠にバンに新型サイコマッシュを嗅がせている。敵はデカレンジャーを襲おうとしたんじゃなく、荷物を守るために二人に相打ちをさせて、その時間差を利用して逃げたんですよ、ボス」
「そう考えるのが妥当だろうな。ウメコは何かあるか?」
「え、あ――はい? なんですか?」
「ウメコ!!!!」
「はい!」
 ウメコは直立不動になり、ぼんやりとした顔を正した。
「疲れてるのか、コーヒー飲むか?」
「い、いいえ、ボス。ただちょっと……」
「ただ、なんだ?」
「なんでもないです。特にありません」
「グウ、そうか。良し、全員ホシの逮捕に全力をあげろ。これはバンとジャスミンのあだ討ちだ!」
「ロジャー!」
 
 ウメコのあとをセンが追った。
「ウメコ!」
「何、センさん?」
 ウメコの元に寄ると、センは手のひらを出した。
「あれは?」
「あれってー?」
「とぼけないで、みたんだ。ウメコがペンダントを拾うところを」
「ペンダント?」
 知らないといった顔のウメコに対して、センの表情は硬い。
「現場で拾ったよね?」
「なんのことー、小梅ちゃん、わかんなーい。じゃね」
「待て、どこへ行くんだ」
「お風呂よ、お風呂。センさんが逆立ちするみたいに、あたしはお風呂に入ると、良い推理が浮かぶの! …………」
「ウメコ!」
 不意に貧血を帯びたようにウメコが倒れそうになる。
「大丈夫か?」
 額に手を当てる。熱は無いようだ。だが、その額に不気味な痣が確かに見えた。
「だ、大丈夫、だからあ……じゃあね!」
「おい、その痣!」
「なんでもないもーん」
 その後ろ姿がどこか悲しげで苦しげだった。

「ジャスミン?」
「何?」
 ジャスミンはベッドの上で無理に笑って見せた。本当は安静にさせるところだが、センの勘が急いでいるのだ。
「ウメコの様子がおかしいんだ」
「……センちゃんもそう思う?」
「やっぱりそうか」
「私もそう思う」
「今までバンと何を捜査したか教えて欲しいんだ」
「うん、解った」
 今まで得た情報を伝えると、部屋の隅でセンは不意に逆立ちをはじめた。
「ウメコの彼氏について何かしってるかい?」
 逆立ちをやめた。表情がどことなく暗い。
「何かって……一緒にパトロールしてるセンさんのほうが……宇宙人で、確かスケコ星人で、地球ではヒロノブって名乗ってるってことぐらいしか……」
「例えば、仕事とか」
「ITベンチャー、こないだまで出張してて……確か……」
 ジャスミンが起き上がろうとして、センは制止した。
「そのまさかが事実なら……」
「とにかく、ウメコに連絡を」
「ああ」
 センはSPライセンスでバスルームの内線につないだ。
「ウメコ? ウメコ? ――駄目だ、誰もいない」
「ウメコ?」ジャスミンはウメコのSPライセンスに通信を繋げた。「多分、無視してる」
「大変だ」

「会おう」
 携帯電話のスピーカーからこぼれるヒロノブの言葉に、つとめて明るい声をして、ウメコが応えた。
 センターモール・トーキョーの2Fロビーは、八時を過ぎると人影もまばらだった。白のコートを身にまとったウメコがエスカレーターを上ると、ヒロノブは反対を向いて携帯で話をしていた。
「ヒロノブさん?」
「ああ、突然、呼び出したりしてごめん、小梅」
「ふふーん、いいのいいの。それで、用事って何?」
「いや用事ってほどのことじゃないんだけど、突然顔が見たくなったんだ」
「そう? あ、そうだ?」
 ウメコはポケットの中から密閉式のビニール袋を取り出した。その中にペンダントが入っていた。
「これはなあいに?」
「あ、悪い。こないだホテルにおいてきたんだね」
 ビニールを取ろうとするヒロノブに対して、手を引っ込め、L判写真プリントを目の前に出した。
埃だらけの床とペンダント。
「証拠物件AとBよ」仕事口調で話す。「ヒロノブさん、宇宙港で何してたの?」
「宇宙港? そんなところには――あ、こないだ宇宙港のパッケージシステムの補修に……」
「嘘!」ウメコの顔は真面目だった。
「このペンダントは、私の仲間が洗脳されてもう一人の仲間を襲った現場に落ちてた…の」
「…………君が落としたんだろ?」
「そんなわけないじゃない!」
「仕事で疲れてるんだ、今度にしてくれ」
 自然な動きでウメコの肩をヒロノブが抱き、口元が迫って来る。
「やめて! ヒロノブさん、もしかして……」
「…………だったらどうだっていうんだ?」
「どうって……悪いこと、してないよね?」
「僕はいつも君のために色々なことをしている」
「答えになってない!」
 その手にはサイコマッシュが握られていた。
「そうさ、僕はあのとき宇宙港にいた。だからなんだっていうんだ」
 彼を突き飛ばしたウメコは、コートを投げ捨て制服姿に戻る。
「君のためなんだ、僕は君と一緒になりたくて……」
「犯罪に手を染めるなら死んだほうがマシよ! ジャッジメント!」
 SPライセンスがジャッジメントモードに移行すると、宇宙最高裁判所に事件に履歴が全宇宙警察の端末から一斉送信され、判決が下される。
「君のためにしたことなんだ」
 ×の表示がSPライセンスに表示される。
「デリート許可! エマージェンシー!」

「こっちだ!」
 デカビークルでビルの車寄せに到着したセン、ジャスミン、バン、ホージー、テツの五人は、それぞれのSPライセンスでウメコの居場所を確認すると、即座に駆け出した。
「エマージェンシー・スワットモード!」
 センがロビーのエスカレーターを駆け上がると、そこにはディーリボルバーをデカピンクが、ヒロノブことスケコ星人マシューに向けていた。
「ウメコ!」
「さあ、小梅、引き金を引けよ。君にそんなこと出来ないはずだ」
「ヒロノブ……さようなら」
 ディーリボルバーがブラストを発し、辺りが白煙に包まれ石板の建材があたりに飛び散る。
「やったか!」
 白煙は薄れ、そこにはクレーターが開いていた。
「いないですよ、先輩!」
 デカブレイクの足元にころころとバスケ大の物体が転がってきた。デカピンクのマスクだ。
「ウメコ!」
 デカイエローの声の先――マスクをリリースされたウメコがマシューに首をとられた状態で、最上階に繋がるスケルトンのエレベーターに乗っていた。
「駄目だ! 撃つな!」
 ホージーが仲間を制止した。ウメコの背後にマシューがいて、デカピンクのスーツの耐久度はマスクを失い低下している。今撃てば、エレベーターが地面へ向かって落ちるか、両者死ぬかどちらかだ。
「くそっ!」
「センちゃん!」
「ああ!」
 デカイエローの声にデカグリーンが応え駆け出した。

「小梅、綺麗だろ、君のための景色だ」
 ロビーが瞬く間に小さくなり、夜景が全面を覆い尽くす。ウメコは完全に身体をロックされていた。スーツを着ているとはいえ、ツボを抑えられれば動けなくもなる。
「勝手なこと言わないで!」
「はじめて寝た日のことを思い出さないか」そう言って、スーツの表面に手を這わす。「ロマンチックだったよな、赤坂のホテルのスイートルームでさ」
「やめて!」
 夜景から顔をそらす。顎を掴んだマシューは目の前にサイコマッシュを見せた。亜種の特徴を示す色を帯びていた。
「証拠物件Cだ。いや、これは証拠物件2だ。1はデカレッドでつかったからな」
 粉状に変化したサイコマッシュが気化していく。
「やめて!」
 マシューの手から全てが消えると、ウメコは口を閉じたが喉に甘い感じを覚えた。
 彼はスワットベストの裏側に手を入れ、スーツの上から胸に手をやった。このビルの売り物の外壁に露出したエレベーターは、夜景を楽しむためにもどかしいほどゆっくり登っていく。
「はぁっ……」
「君だって散々サイコマッシュを嗅いだだろう? 理想の僕を見るために。きみのために僕はサイコマッシュに狂ってしまった。もう死ぬしかないけど、その前に宇宙警察を掻き乱してもいいだろう?」
「ヒロノブさん……はっはっ……」
「本当は君のピュアハートを奪うつもりだったけど、僕はどうやら小梅に本当の恋をしてしまったみたいなんだ」
「ふ…は……んっ」
 スワットベストの中のマシューの腕がウメコの乳房をたちまち揉み砕いていく。
「らめっ……」

 先回りしてビルの最上階に達したデカグリーンとデカイエローはディーリボルバーを構えて、エレベーターの到着を待った。最上階のレストランは休業中らしく非常照明以外は無く、薄暗かった。
「ウメコ?」
 チン、音をたてて開いた籠の中に影が見えた。
「ジャスミン、避けろ!」
 光弾を間一髪で二人は避ける。よろよろと照明のついた籠から歩き出したデカピンクは、その足取りがゾンビのようだった。
「ウメコ、しっかりしろ!」
「しっかり、ウメコ!」
「無駄だ」その背後にマシューがいて、ディーショットをウメコの後頭部にあてていた。
「おまえらが抵抗する気配を見せたら、小梅を殺して僕も自殺する」
「武器を捨てろ!」
「うるさい! おまえらこそ、おもちゃを捨てろ!」

「現場はどうなってる?」
 液晶にグリーンとイエローの視覚情報を表示されていた。
「硬直状態です」
 先ほど出てきたデカマスターを囲んで、レッド、ブルー、ブレイクは、最上階の一つ下に陣取っていた。サイコマッシュを嗅がされ洗脳されたウメコを人質に取られ、事件は止まってしまった。
「状況はセンちゃんとジャスミンにホシが命じて、非常階段にバリケードを作らせました。エレベーターは全部閉鎖しました。退路はありません」ホージーはそらんじた答えを返した。
「要求は?」
「ありません」
「ボス、あいつサイコマッシュでイっちゃってるんです」
「そうです、ボス。ウメコさんと自殺する気です」
「グウウ、突入準備は?」
「屋上からロープを下ろせば、いつでもいけます。ただ、内部がクリアにならないと入れません」
「……いつでもいけるように、準備しておけ」
「ロジャー」

「はっ、ふっ、ふふっ……」
 濃密な匂いが漂っていた。ディーショットを持つ手とは逆でスワットベストの中に手を入れてピンクの乳房を愛撫するマシュー……悶えるウメコは、腿の部分に大きな染みを作っていた。
「…………」
「…………」
 センとジャスミンはもはや言葉も無い。
「ひっひ……ふっふうぅ!」
 自我を失ったウメコはただ快楽を享受するだけになっていた。ネゴシエーターの専門教育は二人のどちらも受けていなかった。通信教育なら、ウメコが受けていた。
「なんで、サイコマッシュの亜種を密輸入したんだ」センは問い掛けた。
「僕は元々結婚詐欺だった。サイコマッシュ中毒で、そのために数々の女性を砂に変えピュアハートを手に入れてきた。しかし、この女デカと知り合った。こいつのピュアハートを奪ってやろうかとしたが、それが出来なかった。恋をしてしまったんだ、小梅に」
「なら、付き合えばいいじゃないか?」
「アリエナイザーだ。その僕がデカと一緒になれるわけがない。しかも、サイコマッシュが無ければ生きていけない。だけど努力した。だけど、無駄だった」
「クラビウスステーションの通関システムに細工して、サイコマッシュだけは自分の手元に入るようにした。109便をつかって毎週届けられるように」
「そのとおりだよ。もっともルートは三つある」
「そうやって中毒から脱して、自分を認識できるようになったら、本当のことを言って、小梅に懺悔し罪を償おうとしたんだ」
「だったらなんで、宇宙警察に自首しなかったんだ?」
「……小梅と離れたくなかったんだ。自首すれば、デリートは免れても終身刑だ」
「ウメコは、それを望んだはずだ」
 マシューの手は止まっていた。ディーショットだけは力強く掴みながら。
「ウメコは、あなたのことを本当に好きだったわ」ジャスミンが始めた。
「……」
「たとえ、アリエナイザーでも、あなたへの想いは変わらなかったはずだわ。だから、今からでも遅くは……」
「僕は愛する女性から、死刑宣告を受けたんだ!」
 光線が走り、ジャスミンの右肩へ潜り込むと肩骨のすぐ下を肉と筋を切断して、反対側へ突き抜けた。
「ジャスミン!」
「動くな!」マシューのディーショットはデカグリーンの踝に命中して倒れた。
「そんな…」
 マシューがウメコを離すと、その身体が床へ倒れた。三人のデカが倒れている。マシューは後ずさりながら、光景を見ていた。
「そんな……」

「いまだ!」
 デカマスターの号令に、屋上で待機していたレッド、ブルー、ブレイクがロープを用いて、屋外から窓ガラスを破って屋内に突入した。気圧が乱れ、強風が発生する。
「お縄を頂戴しろ!」
 レッドの側面をブルーとブレイクが固め、三つの銃口がマシューに向けられた。呆然としたマシューは手にしたディーショットを口に押し込んだ。
「やめろ!」
 脳漿が放物線状の円錐を描いた。

「ウメコ」
「……ジャスミン?」
 ちょっと冷たいぐらいの風が流れていた。白い壁、ベッド、シーツ、ふとん――病室のようだ。
「ジャスミン……私……」
「悪い夢だったのよ」
「うん……ところで、その腕は?」
 彼女の腕には包帯が巻かれ、三角巾で留められていた。
「ん……ちょっと、ディーショットが暴発しちゃって……」
 ジャスミンはウメコの額を撫でた。その目の中を見て、ウメコは口をつぐんだ。
「ジャスミン?」
「何?」
「誰か、紹介してくれない? 失恋しちゃったみたい」
「知ってるはずだよ、ウメコは。失ったものもあるけど、得たものもある」
「…………うん」
 病室のドアがきしむ音をたて開きはじめた。
「うん」