「うぅ…ん…?」
意識が徐々に戻り始める
身体はずっしりと重たく、頭はひどく痛む
ぼんやりとする視界には、黒い棒のようなものが映っている
それが鉄格子だと気付くまで、数秒を要した
「ここは…」
同時に、自分が置かれた状況を認識する
「…っ!」
見回すと今アイムがいるのは、大きな鳥かごのような形の檻の中だ
両手首は手錠によって拘束され、体勢は天井から鎖で吊るされた形になっており、床にはつま先だけが接している
この状況で足掻いても無意味であることは理解できた
「ご機嫌はいかがかしら、プリンセス?」
薄暗い闇の中から聞き覚えのある声がする
聞いているだけで虫唾の走るような声が
「…」
無言でその相手を睨みつける
「そんなに怖い顔をしちゃダメですわよ、プリンセス」
「…黙りなさい!」
怒りに耐えられず、声を荒げる
「あらあら、ファミーユ星の王女様ともあろうお方に随分と無礼を働いてしまったようねぇ」
口紅歌姫は、大げさに驚くような仕草を見せたあと、檻の扉を開き、中へと入ってくる
「謝罪を申し上げますわ」
過剰にへりくだった言い方と、わざとらしい“プリンセス”という呼称は、それだけでアイムの心に屈辱を与える
唇を噛みそれに耐えると、口紅歌姫はアイムの顎をクイ、と掴みあげ
「お礼に私の“歌”を聞かせて差し上げましょう、プリンセス」
「――!!」
反射的に身体が強張る
脳裏に、あの歌声が蘇り―
「やめて!」
懇願せざるにはいられなかった
「やめて…ください…」
「あらそう?残念ね」
その言葉とは裏腹に、口紅歌姫は愉快そうに笑うと、パチンと指を鳴らした
部屋の扉がガタ、と開き
「お姉さま、お呼びでしょうか?」
5人の少女が姿を見せた

「あなたたちは…!」
自分の前に立つ5人の少女の姿に、アイムは動揺を隠せなかった
顔はルカほどではないものの濃い化粧がされているが、紛れもなく失踪がニュースになっている少女たちだ
「紹介しますわプリンセス、私の可愛い奴隷たちですのよ」
「なっ…!」
口紅歌姫に恭しく跪く少女たちの姿に、アイムの心に衝撃が走る
まだ幼さの残る少女達を利用する行為は、今までのザンギャックのいかなる活動より、怒りを感じるものだ
「…卑怯者のやりそうなことですね」
冷然と、吐き捨てるように言うと、口紅歌姫は唇に手を当て
「讃辞と受け取っておきますわ

すると、5人の少女達に向け
「貴女達、プリンセスのお召し物を脱がせて差し上げなさい」
「え…?」
「わかりました。お姉さま」
指示を出すと、檻の外へと出た
少女達は立ち上がり、アイムを囲むように並んだ
10本の腕が、身体中をまさぐり始める
「…っ!」
身体をねじらせ、抵抗を試みるが、それが意味をなさないことなのは明白だ
「ムダですよ、お姫様」
嘲るような口調で少女の一人が言う
「こんなこと…今すぐやめてくださいっ!」
懸命に、彼女達が正気を取り戻すことを祈るが、無慈悲にもそれは
「今度は懇願ですか?本当に女海賊っておバカさんしかいないんですね~」
「弱いくせに粋がっちゃうから、こんな目に遭っちゃうんですよ?」
口ぐちに告げられる侮蔑の言葉が、その心に突き刺さる
やがて、少女達は“あるもの”を取り出す
それは、口紅歌姫が使っていたものと同型の、短剣だった
何に使われるのかなど、考えるまでもない
ビリリッ
先の戦闘で汚れたドレスコートが刃で引き裂かれる
「汚れたお洋服なんて早く脱ぎ脱ぎしちゃいましょうね、お姫様♪」
そのまま、年端もいかない少女たちの手によって、アイムの服は破られていった

「フフ、真っ白な下着がお似合いですよ、お姫様!」
コートも、フリルのキャミソールも、スカートも、全て引き裂かれ、その残骸が床に散乱している
今、アイムの肌を隠しているのは、純白のブラジャーとパンツだけだ
「貴女達、もういいわ」
「はい、お姉さま」
その指示に、少女達は答えると、檻の扉から出る
入れ替わるように、口紅歌姫が中に入ってくる
そして、アイムの眼前に立つや否や
ビリッ…という音と共に、ブラジャーを切り裂いた
「…っ!」
やや小ぶりな2つの丘が露わになる
屈辱と羞恥に顔を真っ赤にしながら、しかしアイムはまだ闘志を込めた目で、口紅歌姫を睨みつける
「フフフ…」
今度はしゃがみ込み、パンティーの端に手をかける
「…っ!!」
唇を噛み、恥辱に耐えることしか、今のアイムにできることはない
そして、秘部を覆う最後の布も、呆気なく床へと落ちた
やや薄いその茂みを前に、口紅歌姫は満足気に笑い
「プリンセスは少し発育が遅いようですわね」
「~~~~~ッ!!」
必死で堪えるアイムを見て、なおも愉快気に笑い
「それとも、貴女の星では皆そうだったのかしら?」
「やめてっ!!」
言葉を振り払うように、アイムは悲痛な声を上げる
すると、口紅歌姫は背後へと回り込み
「憎いでしょう?私が…」
ペチン、と双臀を張った
「憎みなさい、もっと、もーっと…」
ペチン
「貴女の仲間を奪い、弄んだ私を」
ペチン
「心を憎しみで満たしなさい」
ペチン、ペチン
「あの日、貴女の星が滅んだときのように」
ペチン、ペチン
「その憎しみこそが、貴女の絶望を高める最高のスパイスになるのだから…」
ペチン、ペチン、ペチン
「オホホ…オホホホホホ…オーッホッホッホッホッホッホッホッホ!!!」
ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン、ペチン
狂ったような笑い声を聞きながら、アイムはやがて意識が離れていくのを感じた
それでいい、と思った
それだけが、唯一この耳障りな笑い声を聞かなくてすむ方法なのだから

部屋に充満させておいた催眠ガスは即効性が高いものだ
裸体で天井に吊るされた、哀れな女海賊の姿に、口紅歌姫の心は悦びが満ちる
「ぐっすりとお休みなさい、プリンセス」
顎を持ち上げ、その唇に自分のものを重ね、すぐに離す
「起きたあとは絶品のデザートを味あわせて差し上げますわ」
あとは、来るべき“その時”を待てばいい
檻の扉を閉じ、口紅歌姫は部屋を後にした

「うっ…?」
身体中に残る倦怠感
それとは別に、肌の上に何かが巻きついているのを感じる
すべすべと柔らかいそれは、ひんやりと冷たく、少し気持ちがいい
太ももの裏を這うように動くそれが、人の手だと気がつくまで少し時間がかかった
「う…ん…」
そこでようやく目が覚め、自分の状況を認識する
拘束され、鳥かごの中で吊るされた自分の身体に、もう一人の身体がまるで蛇のように絡みついているのだ
「ルカ…さん」
アイムが目覚めたことに気付くと、ルカは身体を離し、眼前で微笑む
おどろおどろしい化粧を施され、口の端を歪めるその表情は、凄絶であると同時に、どこか人形のような美しさを放っている
「おはよ」
「うんんっ―!?」
いきなり唇が塞がれ、肌と同じく人間のものとは思えない程に冷たい舌が口内に侵入する
「んんんんんんんんんんんっ!!」
顔を逸らそうとしても、拘束されていては何の意味もなさない
唾液が吸いあげられ、交換するようにルカの唾液が入ってくる
ルカは貪るように、アイムの口内を蹂躙し
アイムはされるがまま、ルカの舌を受け入れるしかなかった
しばらくして、唇が離される
2人のソレを結ぶように粘り気のある唾液が糸を作った
「けほっ!けほっ!」
空気を求め、思い切りせきこむ
ルカは愉快気に笑い
「気分はどう?」
「ルカさん…もうやめてください…こんなこと…」
泣きそうな声でする懇願も、ルカ鼻で笑って
「もう、つれないわねぇ」
再びアイムの背に腕を回し、体を密着させる
アイムの小ぶりな双丘と、一回りほど大きいルカのそれがくっつきあい、形を崩す
「せっかく口紅歌姫様が二人きりにしてくださったんだから…」
耳元で囁き、手は双臀を掴みあげる
「もっと、もーっと、楽しんじゃお?」
「くああっ…嫌ですっ…こんなの…!」
拒絶の言葉は受け入れられるはずもなく、尻を掴む手の力は強まるばかりだ
「元の…ルカさんに…戻ってください…っ…」
それでも、願わずにはいられなかった
「ザンギャックなんかに…屈しては…いけません…!」
強く、心根の優しいルカなら、自分の声を聞けば、きっと―
そう信じることしか、もはや出来ることはない
「…バッカじゃない?」
告げられるのは、彼女の口癖の言葉
しかし、その声色はアイムの淡い期待を打ち砕くかのように冷たいもので
「アイム、アンタに1つだけ教えてあげる」
再び、耳元で甘く囁くように
「ザンギャックこそが、この宇宙で唯一絶対の存在なの」
「…っ!」
それは絶対に聞きたくない言葉だった
「だから刃向う者は、罪を償わなければならない―」
「違う…違いますっ!そんなわけありません!」
誰よりも信頼していた仲間の口から出た言葉に
「違わないよ、これが真実なの」
「嘘です!そんなの嘘に決まっていますっ!!」
もはや冷静でいられるはずはなく
「いくつもの命を奪い、星を滅ぼしてきたザンギャックが…正しいなんてありえません!」
自分の母星もそうだった
アイムを残してファミーユ星の人々は、全てザンギャックに殺された
抵抗さえも許されず、一方的に
ルカだってそうした非道に強い怒りをもっていたはずだし、だからこそ地球を守るということに同意したのだ
それなのに―
「アイム、弱くて愚かな、下等な生物は粛清されるべきなの」
「え…」
本当は誰よりも優しく、弱い者が傷つくのを嫌っているはずの彼女の言葉は、アイムの心を乱すには十分すぎるものだった
「だから滅んだ…アンタの星も」
「…」
放心状態になる
「アンタの親も、兄妹も、友達も、みーんな愚かで下等な、この宇宙に生きる資格がない生き物だったの」
「だから殺された…当然のことよ」
「それが真実なんだから」
―聞きたくない
そう思っても、耳を塞ぐこともできない
「ひっ…えぐっ…ぐすっ…」
いつの間にかしゃくりを上げて、涙を流していた
溢れだす涙は止まることなく、床にポツポツと落ちていく
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
慟哭と共に胸に去来する感情が何なのかなど、もうわからなくなっていた
ギュウ、と一際強く身体が抱きしめられる
「でもねアイム、アンタは生きてる」
「アンタだけがファミーユ星で唯一、生きる資格があるの」
「その命は、ザンギャックに与えられたもの」
「だから、これからはザンギャックのために命を使いなさい」
もう、どうでもよかった
全ては手遅れなのだとわかったから
脳が、心臓が、思考することを拒んでいた
そのまま、愛撫するように抱きしめてくるルカに対し、抵抗する気も起きなかった


「心の準備はいいかしら?プリンセス」
眼前に立っているのは、口紅を模した女怪人
ルカを捕え、その心を弄んだ、悪魔のようなサディスト
しかし、アイムの心はもう怒りすら抱くことはできなかった
「これから貴女に新しい生きる悦びを与えてあげる」
化粧筆を振り回しながら、口紅歌姫は笑う
(生きる…悦び…)
そんなものが何だったのかさえ、わからない
でも
「これでもう何も恐れることはない…素晴らしい人生を送っていけるわ」
それは、とてつもなく甘美な響きに聞こえた
「欲しいでしょう?」
もう迷う必要なんてない
「…」
無言のまま、コクリと、アイムは頷いた


気がつくと、アイムはある場所にいた
見覚えのあるその場所は、激しい炎で焼かれ、炭化した廃墟になっている
しかし、そこがどこなのかはすぐにわかる
ファミーユ星の王家が暮らす大きな城―その中でも最大の広さを誇る王室に、アイムは一人佇んでいた
華美な装飾の施された玉座も、天井も、全て真っ黒に焦げている
その中で、自分を中心とした床だけが真っ赤に
染まっていた
足元には、その液体の流れ出る源の存在が確認できる
その2人の人物を、アイムはよく知っている
「お父様…お母様…」
この星の王であった父と、王女であった母
その腹部から血が激しく流れ出ている
しかしそれを見ても、アイムの胸中にはいかなる感情も湧いてこない
悲しみも、怒りも、恐怖も、絶望も―
ただ淡々と、アイムは2つの死体は眺めていた
その内に
「あはははははっ…」
ようやく去来した感情は、笑い声と言うかたちで発露した
「あはははははははははははははははは…あはははははははははははははははははははははははははははは!!あーはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
狂ったように笑って、死体を何度も踏みつけた
(馬鹿な人達…)
自分を逃がして、死のうだなんて
あまりにも愚かで、無様な死に様を、アイムは心の底から嘲笑った
その時、手にあるものを握っていることに気付く
サーベルだった
その刃には、鮮血が滴り、零れ落ちている
(ああ―)
そこで、理解する
(これが私の望んでいるもの―)


――聞こえる?
――はい。聞こえています
――貴女は誰に忠誠を誓うの?
――口紅歌姫様…宇宙一の美貌を持つ口紅歌姫様です
――もう海賊ではないのね?
――はい。愚かで卑しい女海賊アイム・ド・ファミーユは死にました
――なら、貴女は何?
――口紅歌姫様の奴隷…宇宙を支配するザンギャックの女戦士です