「ルカさん、ご無事でしょうか…」
アイムが誰にとなく呟く
ゴーカイガレオン居住区は、沈鬱した空気に包まれていた
ルカが消息を絶ってから一週間が経とうとしていたが、まったく音沙汰がない
また、この一週間はザンギャックが全く現れないことも奇妙である
ルカが敵の手に落ちたことは間違いないといえるだろう
「もしかして、もうザンギャックに―」
「そんな!」
最悪の事態を想像するハカセの言葉を、アイムが遮る
「もしルカが既に始末されているとしたら、ザンギャックは速く俺達を倒そうとするだろう。それをしないってことは、まだルカは無事なはずだ」
そういうジョーの表情にも曇りがある
「…そうですよね!あのルカさんがただで捕まるなんてありえないですよ!」
鎧が明るく振舞う
「そういうことだ。まあ、きっとアイツのことだから何か策でも用意してんだろ」
マーベラスが結論付ける
しかし、
「とにかく今はじっとして―」
「私、また探してきます!」
アイムはそういうと、制止も待たずに飛び出していった
「アイムさん!」
追おうとする鎧を、ジョーが止める
「気が済むまでやらせてやれ」

アイムは、町はずれの廃坑にいた
―以前ザンギャックと戦闘になった場所
ここに何かがあると直感で理解していた
人の気配はない
しかし、
「…!」
人ならざる者の気配は、確かにあった
「―出てきたらどうですか?」
普段の穏やかなそれとは逆の、静かに、しかし戦意を込めた声で、姿を見せない敵へと告げる
「フフフ…」
虚空から姿を見せたのは、口紅の女怪人
以前、ルカと戦っていた敵―口紅歌姫二世だ
この敵がルカの失踪に関わっているのは間違いないと、確信する
「ルカさんはどこです?」
「…教えてあげると思う?」
挑発するような言葉に、しかしアイムは冷静さを失わない
「力ずくでも聞き出します」
レンジャーキーとモバイレーツを構える
それに対し、敵はパチンと指を鳴らす
ザンギャックの戦闘員―数えきれないほどのゴーミンと、それを率いる3体のスゴーミンが、瞬く間にアイムを取り囲む
口紅歌姫は離れた位置で腕を組み、その様子を見ている
しかし、アイムは動じることなく―
「ゴーカイチェンジ!」
レンジャーキーをモバイレーツを挿し込む
一瞬の内に眩い光に包まれ、桃色の戦衣に身を包んだ戦士の姿へと変わる
「ゴーカイピンク!」
優雅で気品を感じるような構え
しかし、その中には確かに、幾多の死線を潜り抜けてきた海賊の姿がある
アイムが変身を遂げたのを号令とするように、ゴーミン達が襲いかかる
「参ります!」
後方から襲いくる敵に、ゴーカイガンの連射を浴びせ
「はっ!」
前方の敵に飛び込み、ゴーカイサーベルで斬り伏せていく
回避の動作を織り交ぜながらの攻撃パターンに、雑兵達はついていくことさえできない
そのまま、ゴーカイピンクが敵を圧倒していく
その時、
「スゴー!」
「っ!?」
一体のスゴーミンが一瞬の隙をつき、ゴーカイピンクの両腕をホールドした
拘束された敵に向け、ゴーミンが一斉に襲いかかる
しかし。アイムは冷静さを失うことはない
「はいっ!」
右足で地面を蹴ると、下半身から身体を宙に舞い上げる
「スゴ!?」
ゴーミンの攻撃は全てスゴーミンに当たり、拘束が解かれる
そのまま、ゴーカイピンクはスゴーミンを一撃で斬り伏せた

(キリがありませんね)
倒しても倒しても湧いてくる敵に、胸中で舌打ちをする
(…それなら!)
向かってくるゴーミンの胸部を思い切り蹴ると、後方へ宙返りを決め、小屋の上へと昇る
「ゴーカイチェンジ!」
<フラァァァァッシュマン!>
バックルから取り出したレンジャーキーをモバイレーツに挿し込む
「ピンクフラッシュ!」
ゴーカイピンクの姿は、光の力を持つ戦士のものへと変わる
「プリズムブーツ!」
額のクリスタルが輝き、脚部にプリズム製の武器が形成される
地を踏むと同時、その身体は宙を舞い上がり
「ジェットキック!」
急降下し、強化された脚力で放たれた蹴りが炸裂する
その勢いで再び宙へと舞い、何度もキックを喰らわせる
何度もその攻撃を繰り返すと、
「スーパータップ!」
敵のいない地点に思い切り着地する
すると
「スゴ!?」
地を伝って放出されたエネルギーが、周囲の敵を包みこみ、殲滅する
敵の数はおよそ半数程に減っていた
「次はこれです!」
新たにレンジャーキーをモバイレーツに挿し込む
「ゴーカイチェンジ!」
<ダァァァァイレンジャー!>
中華風の拳法着に、鳳凰を模したマスクの、拳士へと姿が変わる
「ホウオウレンジャー!」
襲いくる敵を前に、両の手を合わせ、気力を練る
「天風星・一文字竜巻!」
前方に突き出された右手から、激しい風が放たれる
「はあああああああああ!」
吹き荒れる桃色の風は幾つもの竜巻を形成し、無数のゴーミンを粉砕していく
さらに、残った3体のスゴーミンに接近し
「大輪剣・旋風切り!」
両の手に構えた円形の刃を目にも止まらぬ速さで回転させ、斬り伏せた

全ての戦闘員を倒し、悠然と構える敵の前に立つ
「あとはあなただけです!」
その言葉に、口紅歌姫も臨戦態勢に入る
「はっ!」
その瞬間、掌から気功弾を放つ
しかし、
「フフ…」
「っ!?」
猛スピードで放たれた光弾を、敵は容易く防いだ
口紅歌姫はそのまま一気に距離を詰め、短剣を振り下ろす
「ああっ!」
その速さに対応できず、身体のバランスを崩す
「ふん!」
「くっ!」
さらに続く攻撃を、棍棒・ダイレンロッドで防ぎ、
「はあっ!」
思い切り蹴り上げ、距離を取る
「フフフフ…」
余裕な態度の敵を前に、焦りが生じる
(強い…!)
敵は剣技ならばルカと同程度だろう
つまり、自分より上だということだ
(それなら!)
レンジャーキーを取り出し、モバイレーツに挿し込む
「ゴーカイチェンジ!」
<シィィィィンケンジャー!>
次は、マスクに天の文字を刻んだ侍の姿になる
「シンケンピンク!」
手にした刀・シンケンマルを構え
「はいっ!」
振り下ろす

両者の剣戟は、しばし拮抗状態で続いた
しかし
「はいっ!やあっ!」
「ふふふふふふ!」
攻守ともに全力のアイムに対し、口紅歌姫は笑い声を上げ、なおも余裕な態度を見せている
そして
「なっ…!?」
口紅歌姫が右足で蹴り上げると、手から刀が離れ、飛び上がっていく
「しま―きゃあああああああああ!」
短剣が胸部を一閃し、倒れこむ
「終わりよ」
口紅歌姫は倒れたシンケンピンクに向け、短剣を振り上げ―
「―かかりましたね!」
「!?」
瞬間、宙に書かれた『縛』の文字が、口紅歌姫の身体に打ち込まれ
「何!?」
その動きが止まる
「今です!」
「ぐはっ!」
シンケンマルを拾い上げると、お返しとばかりに一閃し、続けて
「天空の舞い!」
シンケンピンクの身体が天高く舞い上がり
「はあああああああああ!」
風を纏った刀身が、敵の身体を切り裂く
「ぐあああああああああああああ!」
そのダメージに堪らず、口紅歌姫は地に膝をつけた
「…勝負ありましたね」
ゴーカイピンクのものへと姿を戻し、サーベルを突きつける
「ルカさんの居場所を教えてもらいます」
毅然と言い放つ
ルカがこの敵に捕まったのは間違いない
「…教えるワケないでしょ?」
あざ笑うように敵が言う
対し、冷然とした声で
「そうですか」
アイム・ド・ファミーユは、穏やかで心優しい性格の持ち主だ
だからこそ、仲間を想う気持ちやザンギャックに対する怒りは誰よりも強く、故に、目の前の敵に対し情けをかけるつもりなど少しもない
手にしたサーベルを振り上げ―
「なら、もっと苦しい思いをしていただきます」
振り下ろした
―ガキンッ

「…え?」
思わず呆然とした声を上げる
振り下ろした刃が、敵の目の前で止まったからだ
しかも、それを受け止めたのは、自分が持つものと同じ剣―すなわち、ゴーカイサーベルなのだから
また、その剣を持ち、目の前に立っているのは―
「ルカ…さん…?」
消息を絶っている、仲間であったのだから

「口紅歌姫様…お怪我はありませんか?」
“主”の前にルカ・ミルフィは跪き、頭を垂れた
「…ご覧なさい、ルカ」
対し、“主”は左手の甲をルカの目の前に見せつける
「大変!血が…」
斬撃でぱっくりと割れた傷口からは赤黒い血が流れている
だから、ルカはその手を恭しく掴むと
「…ん」
舌を伸ばすと、傷口を舐め上げ
「ん…ちゅ…んむ…」
流れ出る血を吸い上げた
(ああ…口紅歌姫様の血がアタシの中に…)
口の中に広がる血液の味にルカは酔いしれる
世界一の美貌を持つ“主”の体液を飲むことは、彼女の精神に凄まじい悦びと興奮を与える
それはどんな高級な美酒よりも美味に感じられる
(もっと…もっとぉ…)
貪るように傷口をしゃぶるルカに、口紅歌姫は
「もういいわ、ルカ」
「…はい」
まだ口を離したくないという気持ちが残るが、しかし“主”の命令は絶対だ
ルカは手を離すと、再び頭を下げる
「さあ、この私に傷をつけた罪人に罰を与えるのよ」
「はい!」
その指示に威勢よく立ちあがり、背後にいる“敵”―桃色の戦闘服に身を包んだ女海賊を睨みつける
ルカはその人物をよく知っている
マスクで顔は見えないが、その下でどんな表情を浮かべているかなど、手に取るようにわかる
「よくも口紅歌姫様に傷をつけてくれたわね、アイム」

アイムは、目の前の光景に呆然とするあまり、しばし思考停止の状態に陥っていた
自分が探していた仲間は、あろうことか倒すべき敵の前に跪き、その手を愛おしげに舐めている
そしてその敵の命令に従うまま、自分に対し向けられた顔は、彼女がよく見せている挑発的な笑顔であるが、そこには明確な“敵意”が込められている
ルカが消息を絶ってから、何があったのかはわからないし、考えたくもない
だが、今彼女がどういう状況にあるのかは考えるまでもないことだ
「ルカさん…一体どうしたんですか!?」
ルカが敵の手によって操られているのはもはや疑いようのない事実だが、それでもアイムにはそう叫ばずにはいられなかった
強靭な精神を持つ彼女が洗脳されるなど、到底信じられない
「ルカ、見せてあげなさい」
口紅歌姫は愉快そうな声色で言う
「貴女の“本当の姿”を…」
その指示に、ルカは恍惚とした表情で
「はい…口紅歌姫様ぁ…」
右手を眼前に翳すと、その“貌”が一瞬にして変化した
「っ…!」
その姿に、アイムは戦慄する
元々化粧っ気の薄かった肌は、気色悪いくらい白くなり、目元は異様に濃いアイラインとアイシャドウによって強調され、頬はチークで黄色く染まり、瞳は爬虫類のように爛々と光っている
また、まつ毛は禍々しさを感じるほど、異様に伸びている
そして、紅く染まった唇―
今、ルカの顔は『ケバい』などという表現では物足りない、見ている者に恐怖さえ抱かせるようなおぞましさを放っている
「どうかしら?私の最高傑作の美しさは」
何らかの方法で敵はルカの身体と心を蹂躙し、その支配下に置いたのだ
彼女の顔に施された化粧は、どこか滑稽で、ある種の惨めさを際立たせるものだった
「口紅歌姫…!」
ルカの背後に立つ怨敵に、静かな、しかし燃えたぎるような激しい感情が湧きあがってくる
これほどまでの怒りを抱いたことは、アイムの人生において未だないことだった
「絶対に許しません!」
サーベルを振り上げ、口紅歌姫に向け、走り出す
「はあああああああああああっ!」
しかし、
「かはっ――」
両者の間に入った存在が、ゴーカイピンクの首を掴みあげる
「ダメよ、アイム」
そのまま、身体は放り投げられる
「うぅっ…!」
かろうじて受け身を取り、身を起こす
目線を上げると、数メートル先に異様なメイクを施された仲間が、口の端を吊り上げ
「アンタを罰するのはアタシなんだから」
モバイレーツとレンジャーキーを構え
「ゴーカイチェンジ…」
挿し込むと、その身体は黄色い光に包まれる
「はぁぁぁぁぁぁ…」
悩ましげな嬌声を上げながら、スーツの装着が完了する
「ルカ…さん…」
しかし、その姿は普段のものとは意匠が異なっている
マスクの口元は空洞で、白い肌と真っ赤な唇が露出し
肩口からは、口紅のような突起物が生えている
両手の指からは獣のような爪が露わになり
黄色いスーツの表面には、全身を拘束するような皮のベルトが巻きついている
すなわち
ゴーカイイエローのその姿は、口紅歌姫のソレと酷似しているのだ
「罪を償ってもらうわよ、アイム」
露出した唇を歪めると、ゴーカイイエローは2本のサーベルを構えた
「ルカさん…」
自分へと刃を向ける仲間の姿にアイムも覚悟を決める
アイム自身、自分とルカでは戦闘能力―特に剣技においては大きな差があるのは理解している
しかも操られている以上、ルカは本気で自分を倒す気でいるということもわかる
この状況においては、一旦退却しマーベラス達と共に彼女を救出するというのが賢明な判断だろう
しかし、その選択肢を排除してしまうほどに、アイムには強固な決意がある
それは仲間であると同時に誰よりも慕っていた友人であるルカを無慈悲に蹂躙した敵への怒りと、ここで助けなければそれは彼女を見捨ててしまうことのように思われたのが理由だ
「…力ずくでもあなたを取り戻します!」
激しい怒りがある
しかし冷静さを欠いてはいない
決意と共に、アイムもまた手にしたサーベルと銃を構え
「はああああああああああああああああっ!」
「ははっ」
2人の剣が交差する

金属音が響き合う激しい剣戟の中、その勝負の優劣は、誰が見ても明らかだ
「あははははっ」
「くっ…!」
愉快そうに笑いながら、二本のサーベルを振り回すゴーカイイエロー
それを一本のサーベルで防ぐのが精一杯のゴーカイピンク
「ほらほらほらぁ、どうしたの!?」
「…っ!」
いつもはザンギャックへと向けられる、煽るような挑発の言葉が今は自分に向けられている
「よっと!」
「きゃああっ!」
鋭い身のこなしから放たれた回し蹴りに、ゴーカイピンクの身体は大きく吹き飛び、廃屋の壁面に直撃する
「う…」
何とか立ち上がり、乱れた呼吸を整える
「もう、つまんないなあ。とっとと終わらせるよ」
対し、ゴーカイイエローは腕をブンブンと回して余裕な態度を見せる
「…っ!」
ゴーカイガンの引き金を何度も引くが
「ムダだっての!」
それは容易く弾き返される
「そろそろ降参しちゃえば?ま、命乞いしたって許さないけど」
いつもとは違う残虐な声色
「…降参も、命乞いもしません」
聞いているだけでゾッとしてしまうが、それでも引くわけにはいかない
「必ずここで…ルカさんを取りかえします!」
その言葉にゴーカイイエローは
「ふーん」
まるで無関心に、返した

口紅歌姫は2人の戦いを眺めながら、もの思いに沈んでいた
あの世間知らずなお姫様を見ていると、本当に腹が立ってくる
今もこの状況下で、まだ自分に勝機があると信じて疑わない
しかし、だからこそ
「だったらさっさとかかってくれば?」
かつて仲間だったルカを使い、あの女に痛みや苦しみを教えてあげられると思うと、身体がゾクゾクとした感覚に包まれる
徹底的に叩きのめして、その顔を醜く歪ませて、そして絶望の底に叩き落とす
「ルカ、早く終わらせてしまいなさい」
「はい、口紅歌姫様ぁ…」
従順な人形はそう返事をすると、サーベルを振り上げ、駆け出す
対して
「はああああああああっ!」
桃色の女戦士も応じるようにサーベルを構え、走る
――勝てるはずがない
これで、あの女は終わりだ
ゴーカイイエローの刃が先に振り下ろされ、ゴーカイピンクの胸部を捉える
その刹那
「ゴーカイチェンジ!」
<カァァァァクレンジャー!>
その姿が白き忍者のものへと変化し
「隠流忍法・あやかしの術!」
消失した
「なっ…!?」
口紅歌姫は、思わず驚愕の声を上げた

(この瞬間を待っていました―)
ルカが自分を倒そうと剣を振り上げる瞬間
その一瞬の隙に、ニンジャホワイトへと変化し、幻術で姿を消す
それでルカに生まれる隙は、おそらく一秒足らずだ
だが、それだけあれば十分だ
背後に回り込み、サーベルの峰の部分を急所に叩きこむ
そうすれば、ルカの意識を奪うことができる―
「はあっ!」
サーベルを振り下ろす
ガキィィィィン…!
「え…?」
ゴーカイサーベルはゴーカイイエローの身体に到達する前に、止まった
ゴーカイイエローは振り向くことなく腕を背後に回し、攻撃を防いだのだ