「~♪」
朗らかな日差しの差す並木道
そこに、一人の女性が歩いている
上半身は白と黒のストライプのインナーの上に黄色いジャケットを羽織り、下半身は黒タイツの上にジーンズのショートパンツ
栗色の髪に大きな瞳―活発そうな表情はやや気の強そうな印象を受けるが、その容姿は“美女”と言うに異を唱える者はいないだろう
上機嫌そうに鼻唄を鳴らし、右手に持った買い物袋を揺らしながら軽快な足取りで進むその女性はふと立ち止まると、左手を開き、空に向けて掲げた
「いい買い物しちゃった~♪」
その指には大きな宝石のついた指輪がはめられている
そう、彼女の上機嫌の理由はこの指輪である
買い物当番であった今日、面倒くさがりの彼女は当然のように外出を渋ったが、仲間達に背を押され、半ば無理矢理に出て行かされたのだった
普段なら仕事を押しつけたりするのだが、今日はその相手が留守だったことも原因ではある
渋々頼まれた食料を買いにスーパーへと出向き、用事を済ませた帰り、目に入ったのは小さな宝石店であった
幾分がめつい彼女は、その宝石店でかなり値の張る指輪を、8割も値引いて購入することに成功したのだった
「さて、次は…」
この成功に味を占めた彼女は、次の店を探していた

人々が多く行き交うこの通りで彼女の正体に気付いている者は恐らく一人もいないだろうが、それも当然である
まさか買い物袋片手に指輪を見てニヤニヤしているこの女性が、宇宙を股にかける海賊の一人だなどと考えるはずもない
―彼女の名はルカ・ミルフィ
宇宙最大の宝を求め地球にやって来た女海賊である

「…!

ふと、殺気を感じる
海賊であると同時に戦士である彼女は、そういった気配には極めて敏感である
敵―宇宙最大の宝を狙い、その力で全宇宙の制服を目論む宇宙帝国ザンギャック―が、近くにいる
ルカはそれを確信すると、殺気の方向に足を向ける
その瞬間―
「っ!」
光弾がその身に襲いかかる
間一髪身を翻し攻撃を避けると、ルカは現れた“敵”を睨む
「あら、よく避けたわね」
妖艶な声が響く
胸には二つの膨らみがあり、“女性”であることは間違いないだろう
しかし、特徴的なのはその頭と肩である
「口紅…?」
ルカは素直に声に出した
その頭は巨大な口紅そのものであり、同様に両肩からも口紅の形をした突起物が生えている
「フフフ、初めましてお嬢ちゃん。ザンギャック行動隊長“口紅歌姫二世”よ」
「!」
身構えるルカに、怪人は語りかける
「可愛いわねぇ、映像で見るより素敵だわ」
不可解な言葉を続ける怪人に、ルカは顔をしかめる
「褒めてもらって嬉しいけど、そんなこと言いに来たワケじゃないでしょ?」
敵の言葉から、こちらの正体は知った上で狙ったのだろう
ルカの言葉に怪人は、フフ、と笑い、
「ねえ、貴女、私のモノになる気はない?」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げるルカに、更に敵は続ける
「私のモノになれば、貴女に永遠の美を約束するわ。だから―」
「バッカじゃない?」
敵が言い終わる前に、ルカの挑発が遮る
「ワケわかんないこと言ってないで、さっさとかかって来れば?」
「あら、そう。残念ね」
怪人はそう言うと剣を構え、ルカに向け斬りかかった
「はっ!」
ルカは、素早い身のこなしでそれを避けると、敵に足払いを喰らわせる
「うう!」
相手が怯んだその隙に、“モバイレーツ”と“レンジャーキー”を構え
「ゴーカイチェンジ!」
掛け声と共に、レンジャーキーをモバイレーツへと挿し込む
その瞬間、彼女の身体は眩い光に包まれ、一瞬の後、黄色を基調としたスーツとマスクに身を包んだ戦士が現れる
「ゴーカイイエロー!」
そう名乗り、愛用の剣“ゴーカイサーベル”で斬りかかる
「ちっ!」
態勢を立て直した口紅歌姫も応戦する
2人の剣が交差し、激しい剣戟が繰り広げられる

(この小娘…なかなかやるわね)
拮抗していた戦闘は、徐々にゴーカイイエローの優勢となっていく
剣さばきだけを見れば、両者はまさに互角というべきものであるが、
「やぁっ!」
サーベルの斬撃の間を縫うように、至近距離から発射される銃・ゴーカイガンによる攻撃
この攻撃動作は、確実に口紅歌姫を追い詰めていく
さらに、
「派手に行くよ!」
黄色の女海賊は、まるで戦いを楽しんでいるような口調で、更に速く強烈な攻撃を繰り出していく
(このままでは…!)
危機感を覚えた口紅歌姫は、一度距離を取ろうとする
その時生まれた一瞬の隙を、歴戦の女海賊は見逃さない
「とりゃあっ!」
回し蹴りが口紅歌姫の胴体に直撃し、その身体は大きく吹き飛ぶ
「くっ…!」
かろうじて受け身を取った口紅歌姫は忌々しげに舌打ちする

「そんな腕でアタシを倒そうっての?」
余裕綽々に、サーベルを持った右腕をブンブンと回しながら、ルカは敵を挑発した
対し、口紅歌姫は
「フフフ、少し甘く見ていたわ。お嬢ちゃん」
小さく笑って見せた
「…」
ルカは、敵の態度がただの虚勢なのか何か奥の手を持っているのか思案した
が、すぐに距離を詰め、サーベルを振りかぶる
どちらにせよ早くケリを着けるべきだと判断した結果だ
しかし、その時、
「…っ!?」
突如神経を抉るような痛みが、ルカを襲った
「何…これ!?」
「♪~♪~♪~♪」
敵は、何かを口ずさんでいる
―音による攻撃
瞬時にそれを理解したルカは、両手を耳に当て防ごうとする
しかし、頭部を守る黄色いマスクがあってもなお、激しい苦しみがある
手で耳をふさいだところで、大した違いはない
また、そのことで両手持った武器が地面に落ちる
「フフフ、形勢逆転ってヤツね」
口紅歌姫の斬撃が、ゴーカイイエローの胸部を一閃した
「うああああああ!」
激しくスーツから火花が散る

「トドメよ」
口紅歌姫は短剣を振り上げた
その時、
「なっ…!?」
ゴーカイイエローの白いグローブに包まれた手に持った物を見て、動揺する
それは、
「ゴーカイチェンジ!」
<ゲェェェェキレンジャー!>
その言葉と同時に、レンジャーキーがモバイレーツに挿入される
「ゲキイエロー!」
一瞬にしてその姿は、海賊を模したスーツとマスクから猛獣を連想させるものへと変わる
そして口紅歌姫が反応するより早く、その間合いに飛び込み、
「激獣チーター拳、ゲキワザ・貫貫打!」
目にも止まらぬスピードで、口紅歌姫の胸部に正拳が連続で打ち込まれる
「ぐはっ!」
世界最速の陸上生物であるチーターの動きを基にしたゲキイエローの攻撃スタイルは、並大抵の素早さではついて行くことはできない
地に膝をつけた口紅歌姫の眼前に、棒状の武具・“ゲキトンファー・ロングバトン”が突きつけられる
「形成再逆転ってヤツね」
不敵な口調で、ルカは言った
「じゃあ、もう一つ行くよ!ゴーカイチェンジ!

<マァァァァスクマン!>
新たにバックルからレンジャーキーを取り出し、モバイレーツに挿し込む
「イエローマスク!」
チーターを模した獣拳の戦士から、気の戦士のそれへと姿を変える

(今よ!)
その隙に、口紅歌姫は
「♪~♪~♪~♪」
自らが誇る最強の武器・殺人ソプラノ音波を口ずさむ
「く…う…!?」
イエローマスクへと姿を変えた女海賊は、再びもがき苦しむ
(フフフ、油断したわね)
勝利を確信した口紅歌姫は、さらに音量を上げ、歌声を響かせる
「う…あああああああああああ!」
耐えきれなくなったのか、女海賊は叫び声を上げる
(さようなら、ゴーカイイエロー)
心の中でほくそ笑み、歌を終わらせる
と、同時
「何!?」
敵の姿は、あとかたもなく雲散霧消した
(どういうコト…!?)
自分の歌声は相手に地獄の苦しみを与え得るものだが、相手を消滅させる力などはない
(…まさか!?)
その時、背後から
「かかったわね、バーカ」
聞き覚えのある声
振り向けば、黄色い忍者戦士がそこにはいた

ルカは、敵がまたあの攻撃をしてくると察し、イエローマスクへとチェンジした
その能力は、
「影分身♪」
―忍術で自分の分身を作りだす
それに、口紅歌姫はまんまとひっかかったのだ
「同じ手が2度も通じるわけないでしょ!」
イエローマスクの能力は勿論だが、それを利用するには類まれな頭脳と戦闘スタイルが必要なものだ
「おのれぇ!」
再び殺人音波を口ずさもうとする口紅歌姫に、
「ムダよ!マスキーローター!

「ぐえっ!」
8人に分身したイエローマスクの、コマ型ヨーヨーを模した武器が命中する
更に、
「これで終わり!」
ゴーカイチェンジを解き、海賊の戦士へと姿を戻す
そして、サーベルを振り上げ、袈裟切りにする

結果として、口紅歌姫は致命傷を回避することができた
しかし、
ポタ…ポタ…と、地面に赤紫色の雫がこぼれる
斬撃が当たる直前、口紅歌姫は咄嗟の判断で半歩下がった
その結果、刃は彼女の右頬を切り裂いたのだ
数秒後、
「キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」
金切り声が響き渡った

「…!?」
あまりの絶叫に流石のルカも驚き、動きを止める
「よくもこの私の世界で一番美しい顔を…」
「…は?」
その突拍子もない発言に、ルカはマスクの下で表情をしかめる
「殺してやるウウウウウウウウウ!」
怒りに我を忘れた口紅歌姫は剣を取り、ゴーカイイエローに襲いかかる
「くっ!?」
その迫力に気圧される
と、その時
「待ちなさい、口紅歌姫二世」
聞き覚えのある声

「アンタは…!」
突如現れたもう一人の敵―ザンギャックの女性幹部であるインサーンに、ルカは向き直る
しかし、当のインサーンはというと、ルカではなく
「ここは一旦引きなさい」
口紅歌姫に諭すように言った
「インサーン様…邪魔をしないで下さる!?」
頭に血が上りきった口紅歌姫にはその言葉も届かない
インサーンはやれやれといった口調で、
「少し落ち着いてもらう必要があるわね」
そう言うと掌から光線を発し、口紅歌姫に向ける
「…!?」
それは、ザンギャックの本拠地“ギガントホース”に強制送還させるものだ
「くっ…おのれゴーカイイエロー!次は必ず殺してやるわぁ!」
そう言い残すと、あとかたもなく姿が消えた
インサーンは、
「覚悟しておくことね、ゴーカイイエロー。次に口紅歌姫と戦う時が貴女の最期よ」
自信ありげに言うと
「バッカじゃない?あんなやつにアタシが負けるわけないでしょ?」
変身を解いたルカも挑発を返す
「フフフ、せいぜい首を洗って待ってなさい」
そう言い残し、姿を消した
「…」

「ルカさん!」
「大丈夫!?」
少し遅れて、5人の仲間が駆け寄る
先頭で心配そうな顔を浮かべているのは、アイム・ド・ファミーユとドン・ドッコイヤー(通称:ハカセ)だ
「よゆーよゆー!」
何ともないという風に、ルカは笑顔を見せる
「本当に大丈夫なのか?」
念を押すように、ジョー・ギブケンが尋ねる
「平気だってば!あんな口紅お化けにやられるアタシだと思う?」
「まあ…そうだな」
ジョーもその様子に納得する
「でもルカさん、気をつけた方がいいですよ。あの口紅歌姫は…」
「あー、はいはい」
何やら蘊蓄を言いだした猪狩鎧をスルーし、
「んじゃ、ガレオンに戻るか」
キャプテン・マーベラスの言葉に頷く
と、
「あ、でも戦いで疲れちゃったから、ハカセと鎧、アレよろしくね!」
ルカの指さした先にあるのは、買い込んだ荷物だった
「えぇ~!?」
「そんなぁ!」
嫌がる2人をしり目に、ルカは帰路へ着いた

ザンギャック本拠地・ギガントホース
その作戦司令室
「おのれ…おのれおのれおのれええええええええ!」
ヒステリーな叫びが響く
「許さない…ゴーカイイエロー!」
口紅歌姫二世は、とにかく暴れまわっていた
「落ち着きなさい」
「インサーン様!すぐに、出撃命令を!」
頬の傷以外のダメージを回復した口紅歌姫二世は、上司に命令を求める
「ダメよ」
「何故です!」
「今のお前ではゴーカイイエローには勝てないわ」
「なっ…!?」
インサーンの言葉に絶句する
「では一体どうすれば…!?」
憔悴する口紅歌姫二世に、インサーンは笑い
「ねえ、貴女の祖先が如何にして敗れたか知ってるかしら?」
「は…?」
ポカン、とする口紅歌姫に、
「貴女の祖先はね、ゴーマ一族としてダイレンジャーと戦ったの

「“完璧な作戦”を以ってね」
「でもね、一度ホウオウレンジャーに顔を傷つけられ、怒りに我を忘れて、“作戦”の遂行よりホウオウレンジャーを倒すことを優先したの」
「そして敗れた…絶対に勝てる“作戦”があったにも関わらず、ね…」
「つまり、今の貴女は祖先と同じ過ちをしようとしているのよ」
インサーンの言葉に口紅歌姫は黙りこむ
「貴女はその“作戦”を成功させれば、必ずゴーカイイエローを倒せるわ」
「しかし、ヤツには苦しみを与えて勝たなければ、私の気が済みませぬ!」
不服気な口紅歌姫に、インサーンは、
「フフフ、大丈夫よ。その“作戦”を行えば、ゴーカイイエローに地獄以上の苦しみ、屈辱、絶望を与えられるわ!」
自信満々なその口調に気圧された口紅歌姫は、
「その作戦とは…?」