- 痴漢列車 恥辱まみれの白き人魚 中編 -
「みんな、これを見て欲しい」
さやかの“地下鉄での悪夢”から一夜明けた次の日、ここ電撃戦隊秘密基地の休憩室では伊吹長官とチェンジマンの5人が打ち合わせをしていた。
各々コーヒーの入ったティーカップを片手に、脚の短い長方形のテーブルを囲むように置かれたソファーに腰掛け、リラックスした姿勢でくつろいでいる。
そこへテーブルの傍に立っていた伊吹長官が、先程の言葉と共にテーブルの上にA4のプリントを1枚差し出してきたのだ。向かい合うように座っていた剣がその紙を拾い上げ中身に何が書いてあるかを確認する。
「なになに…地下鉄××線で痴漢が数十件発生…」
「…ったく、世の中、とんでもねえヤツがいるもんだな…ゴクッ、ゴクッ」
そう言い手にしていたコーヒーを一気に飲み干す勇馬。
「ホント、まさに女の敵ってヤツね…ねぇ、さやか?」
「…え、ええ…」(地下鉄××線…まさか、ね…)
そのちょうど正面に座りそれを聞いていた麻衣もそれに同調するように言う。さらにその隣に座っていたさやかに同意を求めるがさやかはそれにうわごとのように答えるだけだった。
昨日、同じ地下鉄で同じような“悪夢”を体験していたさやかはそれが頭からもたげていたので、麻衣の言うことにも完全に上の空だった。
もちろん昨日のことは誰にも言ってない、というよりプライドの高い彼女にはあのような辱めを受けたことを言えるはずも無かった。
「??…どうしたの?さやか…上の空で…何か考え事してるみたいだけど…?」
「!…ううん、何でもないの…何でもないわ…」
「??…そう…ならいいんだけど…」
そんなさやかの様子を心配する麻衣。だが、さやかは何でもないように体裁を取り繕う。何か腑に落ちない様子の麻衣も特にそれ以上は踏み込まなかった。
「でもこんなことを何でオレたちに?」
それに向かい合うような位置に座っていた疾風がそんな疑問をティーカップに口づけながら言う。
「うむ…この事件、君達に調査、できれば解決してほしいんだ」
この事件の解明を目の前にいるチェンジマン達に依頼する伊吹。そんな時、今まで全員の言う事を整理するように聞いてるだけで発言らしい発言をしてなかったさやかが、初めて意見らしい事を言う。
「…確かにヒドイ、許せない事件です…でもこれぐらいの事件だったら私達じゃなくて普通の警察でも十分なんじゃ…」
ジョォォォォ…手にしていたコーヒーメーカーのカップを手に、向かいにいた勇馬の空のティーカップへ熱いコーヒーを注ぎながら、さやかが冷静になってそのような分析をする。
このくらいの規模の事件なら私達の出る幕じゃないんじゃないですか?彼女はそんな事を言いたげだったのだろう。
「うむ、さやか君の言いたい事はわかる。ただ、この事件は他に不思議な事が報告されているんだ」
??…そんな伊吹の発言に怪訝そうな表情を浮かべるほかの5人。
「この事件は数十件報告されているんだが、全て××線の○○駅、夜8時発下り列車の先頭車両からの報告なんだ」
!!?…伊吹の口から出たその言葉に驚きの表情を浮かべお互いの顔を見合わせる他の5人。さらに伊吹は話を続ける。
「しかも報告してくるのは全て被害者の女性からで、周りにいた乗客からは何も報告されてない、それどころかその時の現場の様子は誰一人目撃してないようなんだ」
さらに伊吹は続ける。
「またその被害者の女性は全員が全員、途中から記憶がないらしいんだ。そして自分が目覚めた時には必ずロングシートに座らされて、しかも痴漢されて乱れた服は元通りにされてるという報告を受けている」
「…数十件も同じ場所、同じ時間、そして同じような事をされている…動考えても変ですね…」
一通り伊吹の話を聞いた剣がそう感想を述べる。
「でも痴漢されて着ていた服が乱れてないなんてことあるのかぁ?みんな夢でも見てたんじゃねえの?」
「ちょっと、疾風さん、同じような夢を何十人も見るわけないでしょ?それに座ってる乗客に痴漢なんて普通しないわよ」
疾風はあまりこの事件について深刻に受け止めてないようだ。それにすかさず反論する麻衣。
「…さやかもそう思うでしょ?……?ねぇ、さやか、さやか聞いてる?ねぇ」
しかしさやかからは何の反応もない。彼女は難しい顔をして何か考え事をしてるようだ。そんなさやかの身体を両手でゆする麻衣。
「…!…はっ…う、うん。ゴメンなさい…あたしもそう思うわ」
「??…さやか今日は何か変よ…ホントに大丈夫?」
「うん、大丈夫よ麻衣。ちょっとぼーっとしちゃってて…本当に何度もゴメンね」
心配そうに顔を覗き込んでくる麻衣に精一杯の微笑みで応えるさやか。だがその笑顔はどこかひきつっていた。
(長官が話した事件…あたしが昨日受けた痴漢とまったく同じ内容、間違いないわ…もうこんなに被害が広がっているなんて…)
しかしそんなことを考えていたさやかの表情からはだんだんと笑みが消え、すぐに難しい顔に戻ってしまった。
「…まさか…この事件にはゴズマが絡んでるんですか?」
そう伊吹に問いかける剣。
「いや、まだ分からない…ただこの事件は不自然だし、そう思っても不思議じゃない…だから、それも含めてこの事件、君たちに調べて欲しいんだ…そしてできれば君たち5人の手で解決してくれないだろうか?」
一通り説明し終わった伊吹は改めてチェンジマンの5人に対して事件の解明を求める。
「…分かりました。この剣、オレたちであたってみます…なあ、みんな」
そう力強く答える剣の呼びかけに一斉にうなずく他の4人。
「うむ、それではこの件は君達に任せる…そして事件に対してどのようにあたるかは君達の好きにして構わない、頼んだぞ」
そう言い残し、伊吹は事件のレポートの紙をテーブルに置いてその場を去っていった…。
「あ~あ、行っちゃった…ちょっとオレたちに頼りすぎなんじゃないか?…でも襲われてる女の子を助けたらお礼にデートとか誘われたりして、へへへっ」
「…もう、そんなことあるわけないでしょ?疾風さん、もっと真面目に考えてよ!」
「へぇへぇ」
何となくこの事件に対して乗り気ではなさそうな疾風がそんな不順な妄想を抱いていると、すぐに麻衣がそれをたしなめるように言う。
「…でも本当にどうするんだ?まさか5人で地下鉄を軽微するわけにはいかないし…」
ちょっと困ったような顔をして勇馬が言う。皆、黙り込んで考え込んでしまった…その沈黙を破るようにさやかが口を開いた。
「…ねぇ、ちょっといいかしら?…あたしにいい考えがあるの」
そんなさやかに他の4人の視線が集まる。そして皆の注目が集まったところで彼女は自分の考えを披露し始めた。
「…おとり作戦ってのはどうかしら?…これなら大掛かりになる必要もないし…もしおとりにひっかからなくても近くで犯人を見つけることができればすぐに取り押さえる事ができるわ」
「へぇ、さすが元作戦部隊将校だねぇ、さやかちゃん♪」
自分の考えをぽつぽつと語りだすさやか。身を乗り出してそれをはやし立てる疾風。
「なるほど、それはいい考えかもしれないな…だけどそれならわざわざ“おとり”じゃなくて誰か一人同じ列車に乗って軽微すればいいんじゃないのか?」
さやかの案を聞いた剣が少し熟考してそんな疑問を彼女に投げかける。それに対して彼女はすぐにこう切り返した。
「…剣さんの言う事はもっともだと思うわ…だから、あたしが…あたしがおとりになるわ。これなら問題ないでしょ?」
座っていたソファーからスクッと立ち上がり、自身の左手を胸元にあてそんな風に自己主張するさやか。
「へぇ、珍しいな。普段クールなさやかがそんなに強く主張するなんて…」
そんなさやかに驚く勇馬。どうやら他の男性2人も今の彼女の迫力に気圧されているらしい。そんなさやかに唯一麻衣だけが食い下がる。
「確かにいい考えかも知れないけど…でも何でさやか一人がおとりになる必要があるの?危険よ…あたしもおとりになるわ」
立ち上がったさやかの腕に同じように立ってしがみつき、さやかの身を案じ自らもおとりになる事を志願する麻衣。
「ありがと麻衣。でも大丈夫よ、心配しないで。それに一人の方がおとりとして効果が望めるし…だいたいあたしが言い出した作戦なんだからあたしに任せて…危なくなったら必ずすぐにこれでみんなに連絡するから…ね」
そう言うとさやかは、左腕に身につけているチェンジブレスをチラッと見やりにっこり微笑んで麻衣にそんな風に語りかけた。
「分かった、そんなに言うならさやかに任せるよ、他にいい考えもないし…」
剣がこの場をまとめるようにそのように言った。
「ありがとう剣さん…じゃあ、あたしは早速準備に取り掛かるわ」
そう言うとさやかはソファーから立ち上がりその場を離れていった…。
「…それにしてもさやかのヤツ、やけに張り切ってたなぁ…一体どうしたって言うんだ?」
去っていったさやかの後姿を見て勇馬がそんな風に言う。他の男性人も同じように思っていたようだ。
だがそんな中、一人だけ彼女の様子をおかしいと感じていた人物がいた。他ならぬさやかの親友を自認している麻衣である。
(今日のさやかは何かおかしかったわ…どこか上の空だったし…いつも控えめなさやかがやけに自己主張してたことと言い…何か一人で背負い込んでる?)
そう彼女の態度に疑問を感じていた麻衣はある決意をする。
(!そうだ…後でさやかの部屋に行ってみよう…あたし一人でなら話してくれることもあるかも知れない…)
そんな思いを心に秘め麻衣もまたその場を離れていった…。
***********
…その夜、さやかは手提げ袋にとある物をいれて自室へと戻ってきた。
「ふぅ……さてと…」
ベッドの傍まできた彼女は、一息ついて荷物をベッドの上に置く。
そしてさやかは手提げ袋から中に入っていた物をガサガサと取り出す。今回の作戦のため、さやかの依頼で電撃戦隊の特殊開発チームが作り上げた“対痴漢対策用”のアンダースコートとブラである。
見た目は彼女がいつも身につけている白い下着と変わらないが、今回の作戦のためにさやかはこのブラとアンダースコートに“ある仕掛け”をしてもらっていた。
そして彼女はおもむろに自分が身につけている服を全て脱ぎそれをベッドの上に置き始めた。
暗い部屋に彼女の白くまばゆい裸身が露になる…。
(よし…これで…)
そしてさやかは特殊チームに開発してもらっていたアンダースコートを手に取りそれを履く。続いて同じようにブラを手にとって身につけ始める。
彼女の乳房に心地よくフィットしたそれのカップから伸びる生地を持って背中に回す。
(よし、いい感じ…特に違和感はないわ)
背中に腕を回しブラのホックを留めながら彼女は自分が身につけている“試作品”の出来に満足していた。
コンコンコンッ…すると部屋の外からドアをノックするような音が聞こえる。
【…さやか、あたし、麻衣よ…入ってもいい?】
(…麻衣?…今日の任務は全て終わったはずなのに…こんな遅くに一体何の用かしら…?)
扉の向こうで呼びかけてくるのは麻衣だった。さらにじれるように麻衣が続ける。
【さやか、いるんでしょ?…あたし一人だし入ってもいいよね…?】
「!…ちょっ、ちょっと待ってよ…あたし着替えてるんだから」
部屋に強引に入ってこようとする麻衣の行動にあせり、あわてていつもの白いスーツとミニスカートを身につけるさやか。そして着替えが終わった時には麻衣は既に部屋に入ってきていた。
「ふぅ…女同士なんだから別に着替えぐらい覗かれたっていいじゃない?」
「ったく…そういうわけにもいかないでしょ?…ドアを開けた時に誰かが覗いてるかも知れないんだから」
「はぁ…相変わらず几帳面ねぇ」
「麻衣が気にしなさす儀なのよ…その辺もっと気を使ったほうがいいわよ」
相変わらずのさやかの几帳面な一面に肩をすくめてため息をつく麻衣。逆にそのあまりにも気にしなさすぎの性格にあきれるさやか。
常に冷静で何事においてもきちっとする性格のさやか、勝気で男勝り、細かい事はあまり気にしない麻衣。対称的な二人である。
だがそのまるで対称的な彼女たちは、お互いに持ち合わせてない部分に惹かれ合い尊重し合う事で普段からとても仲が良く、それぞれが相手の事を無二の親友であると認め合っていた。
「…それより麻衣、こんなに夜遅くどうしたの?何かあったの?」
「ううん…それより…今日さやか何かおかしかった…さっきはみんなの前だから“何でもない”って顔してたけど…ホントは何か一人でしょいこんでるんじゃないの?」
夜遅く突然訪れてきた麻衣に何かあったの?と問いかけるさやか、それにかぶりを振り、昼間の不自然な態度を問いただす麻衣。
実際さやかは“列車内で受けた恥辱”という心の傷を負っていた。またそれは、今回の痴漢事件に大いに関係があると思われていたことだった。麻衣には何の根拠もなかったが“女のカン”というヤツがさやかのそれを嗅ぎ取ったのだろう。
「えっ!?…ホントに何もないわよ…どうしたの?そんな事で来た訳?」
昼間と同じように相変わらず微笑みを浮かべ軽く否定するさやか。そんなさやかに麻衣も今回は簡単には引き下がらない。
「ホントに何もないの?…さやかあたしに何か隠し事してない?…何か悩んでるなら話してよ…あたしたち親友でしょ、ねぇ?」
さやかの顔を下から覗き込むように彼女へと迫ってくる麻衣。さすがにその迫力にたじろぐさやか。だが彼女もひきつりながらも懸命に笑顔を作り、その場を取り繕うとする。
「ホ、ホントに何もないってばぁ、心配し過ぎよ麻衣…それより麻衣、あたしの胸、ちょっと触って見て…?」
話の方向を反らしたいのか、いきなり右の人差し指で自身の左胸を指差し、そんな事を麻衣に言い出すさやか。
「??…何よいきなり…あんたそんな趣味あったの?」
「!そんなんじゃなくて…いいから…早く」
そんなやりとりの後に、怪訝そうな表情を浮かべながら麻衣はさやかの言われるままに彼女の左胸に自身の右手でポンッと触れる。
その時…ビリビリッ!!
「きゃあぁ!!」
ぺたんっ。強烈な電流がさやかの胸から伝わり、驚いた麻衣は後ろへ吹き飛び尻餅をついてしまう。
「…っ…ちょっ、今の歯何なのよ一体…」
「うふふっ、驚いた?…今のはあたしの着けてるブラから高圧電流を流したのよ、これでスイッチを入れてね…今回の痴漢事件でおとりになるために電撃戦隊の特殊チームに開発してもらったわけ、凄いでしょ♪…うふふ」
「ちょっ、そんなのはどうでもいいんだけど…あたしを殺す気!!!?」
いつの間にか左手に握られていた小型のスイッチのようなものを見やり、悪戯っぽく微笑みを浮かべるさやかに、しりもちをついた状態でわずかに怒気を含んだ声で抗議の声を上げる麻衣。
「うふふっ、ゴメンゴメン…でもアースフォースを浴びた麻衣にそんなに効くのなら効果はバツグンね」
「ちょっ、そういうもんだいじゃないでしょ?…ぅもう」
左手を口元に当て、微かに笑みを浮かべるさやかに“やれやれ”といったような視線を向ける麻衣。
「ね、あたしだって何も考えてないわけじゃないのよ…麻衣があたしの事心配してくれてるのは分かってる、その気持ちとても嬉しかった…でも今回はあたしに任せて…ね?」
そう麻衣に語りかけてくるさやかの瞳はやさしい笑みで見つめてくる中に何か訴えてくるようなものがあった…。
先程までのくだけた感じとは打って変わり、見つめあう二人を張り詰めるような静寂な空間が支配する。
しばらくして…さやかのその訴えてくるような瞳の前に何を言っても無駄だと感じたのか、麻衣は観念したかのように立ち上がる。
「…もう何を言ってもムダのようね…分かったわ、この件についてはもう何も言わないから…」
「ありがと麻衣…えっ??」
そう言うと麻衣がただ黙ってさやかの全身をギュッと抱きしめる…それは彼女からさやかへの無言のメッセージのようでもあった。
「麻…衣…?」
瞳を閉じただたださやかを力強く抱きしめ続けている麻衣。そんな突然の麻衣の行動にとまどうさやか…しばらくして麻衣が法要を解きさやかから離れる。
「じゃあ、あたしはもういくから…頑張ってね、さやか」
タッタッタッ…バタンッ。最後に笑顔と共にそんな言葉を残して麻衣は部屋から去っていった…だが最後に麻衣が見せたその笑顔はどこか寂しげだった。
(ゴメンね、麻衣…でもこの事件は…あの子の事だけは…どうしてもあたしだけの手でケリをつけたいの…)
様々な思いを胸にさやかもまた部屋を出て行った…自分自身の忌まわしい記憶と決別するために…。
-続く-