- 真夏の夜の悪い夢 前編(桃井あきら視点) -

「?…ここは一体どこなの?…何でわたしはこんなところにいるのかしら…?」
なぜ、今わたしはこの場所にいるのか?-。そんな当たり前と思えたことすらも分からないまま、わたしは今、この霧深い森の中をさまよっている。
わたしの名前は桃井あきら。そして異次元からの侵略者、ベーダー一族と戦っているデンジマンの女戦士、デンジピンクでもあるわ。
今、わたしはこの霧深い森の中をさまよっている。わずか数メートル先も見渡せないような濃い霧、陽の光もほとんど当たらないような暗い森の中を不安げに歩いている。
そんな暗闇の中をさまよっていたんですもの。わたしがいつも好んで身に付けていた、ピンクのツーピース-。半そでのピンクの上着に同じ色のミニスカートという派手な格好が、普段より余計目立つ結果になってしまっていたわ。
シャリ、シャリ…パキンッ。
しかも辺りの暗闇からは何も見えないどころか、わずかな物音すらも聞こえないの。聞こえてくる音といえば、わたしが一歩一歩踏み出すたびに履いていた白いロングブーツが踏みしめていた枯葉やまれに踏みしめる小枝の折れるような音ばかり。
いくら戦士といってもわたしも年頃の女の子。正直、この何とも言えない辺りの不気味な雰囲気に、ややおじけづいている所もあったのかもしれないわ。
だから、わたしは不安げに視線を泳がせ、必死にキョロキョロと周囲を見渡していたの。少しでも心の不安感をまぎらわすために。そして何か少しでも周囲の状況の『手掛かり』を掴むために。
…ドォォオン!
!!
「えっ、何!?…今の音は何かしら?…あっちの方からだわ」
その時よ。わたしが突然何かが爆発するような轟音を耳にしたのは。
これはただごとじゃないわ!-。そう思ったわたしはその轟音が聞こえてきた方角へ一目散に駆け出していた。
そしてしばらくその方角へ駆けていくと……何者かの声が聞こえてきたの。
「フフフフッ、ついに追い詰めたぞ…我らベーダーに協力できないというのであれば死んでもらおうか、フフフフッ」
ベーダー!?何でこんなところにベーダーが?-。そう!そこから聞こえてきた声はわたしたちデンジマンの宿敵、ベーダー一族のものだったのよ。
それも誰かがベーダーに襲われているの!?だったら早く助けなきゃ!
でもここからじゃヤツらが何をしているのか、一体誰を襲っているのか全然分からないわ。もう少し近寄らないと-。もっと詳しく状況を知るためにわたしはヤツらとの距離をもっと詰めることにした。ヤツらに気づかれないように慎重に、ソロリソロリと歩を進めながら…。
その甲斐あってわたしはその声の主が誰であるのかすぐに分かったわ。そしてそこにいたのはとんでもない大物だったのよ!
ヘドラー将軍!?何でヤツがこんな場所に!?-。そう!驚くべきことにわたしの視界に入ってきた人物は、ベーダー一族の大幹部ヘドラー将軍だったわ。
そのヘドラー将軍はそこで誰かを追い詰めているみたいね。一本の大木に背中から寄りかかっている男の人を。
それにその男の人の周りには数体のダストラーもいる。男の人へジリジリとにじり寄っていく武装したダストラーたち。
そしてヘドラーが追い詰めている男の人は40歳くらいの漆黒のスーツを身に付けた紳士風の人だったわ。やや長身でキチンとなでつけたヘアスタイルに黒いサングラスをかけていた、やや怪しげな雰囲気を漂わせていた男。
何であの人はベーダーに襲われているのかしら?それにヘドラー将軍自らが手を下そうとしているなんて一体どういうことなの!?
その理由はわたしには皆目見当がつかなかった。確かにあの男の人もちょっと怪しい雰囲気を感じるところはあるわ。
でもそれだけでヘドラー自らが出てきて手を下す必要があるわけなんてないもの。それだけあの男の人はヤツらにとって重大な『何か』を握っているというの?
でも…今はそんなことは大きな問題じゃないわね。あの人がベーダーに襲われているのなら助けなきゃ!-。いくつか疑問に思うことは確かにあったわ。
それでも人々がベーダーに襲われているところを見過ごすわけにはいかない!デンジピンクの名にかけて!-。そう思うとわたしの体は自然とヤツらの方へ向かっていたわ。
「待ちなさい!…そこまでよ、ヘドラー」
そんな掛け声と共にベーダーの一段の前へ勢いよく飛び出したわたし。そしてわたしはすぐさま構えを取りヘドラー将軍を睨み付ける。
「ムッ…誰だ!?…お、おまえは、桃井あきら!」
フフッ…どうやらわたしが近くにいたことに驚いているようね。でも、わたしがここにいたことがあなたたちの運のツキ!わたしたちデンジマンがいる限り、おまえたちベーダーの好きなようにはさせないわ!
「ヘドラー!その人から離れなさいっ」
「おのれ桃井あきら、貴様もまとめて葬り去ってくれるわ」
「…そう簡単にはいかせないわ。いくわよ…デンジスパーク!!」
目の前のヘドラーに向かって威勢よくタンカを切るわたし。そしてわたしはすぐさまデンジピンクへの変身ポーズをとる!
ビィィィィン!
すると淡い桃色の光に包まれたわたしの体はあっという間に変っていたわ。ピンクのフルフェイスのマスクを被り、同じ色のデンジスーツを身にまとった戦士デンジピンクに!
「ムゥゥ、こしゃくな!…ダストラーたちよ、その女にかかれ、かかれい!」
変身したわたしを見てヘドラーはすかさず周りに居たダストラーたちへわたしに襲い掛かるように号令をかけてきたわ。
その号令に合わせるようにわたしへ一斉に襲い掛かってくる数体のダストラーたち。
「いくわよ…掛かってらっしゃい!」
そう叫ぶと、わたしは腰の右側のホルスターに収まっていたデンジスティックを抜き、ダストラーの集団へ猛然と切りかかっていく。
「えいっ!やあっ!とおっ!…」
わたしは襲い掛かってくるダストラーたちを手にしていたデンジスティックでバッサバッサと切り捨てていったわ。でも当たり前よね。ダストラーなんかにデンジピンクであるわたしが負けるわけないもの!
そして抵抗らしい抵抗をすることもできず次々と地面に転がされていくダストラーたち。わたしに切り捨てられて地面に転がされていたダストラーたちはあっという間に灰となって消えてしまったわ。
フフッ♪…だから言ったじゃない!雑兵のダストラーなんかにわたしが負けるもんですか!
ダストラーたちを軽々と蹴散らし、わたしはそう得意げに心の中で呟いていたわ。
「むぅぅ…おのれ、いまいましいデンジピンクめ、こうなればオレ様みずから貴様を葬り去ってくれるわ」
「ヘドラー、今日こそおまえを倒してみせるわ、覚悟しなさい」
でも『そんな高揚感』に浸れるのはほんの一瞬であることもわたしは理解しているつもり。だってまだここには大物中の大物、ベーダーの大幹部が残っているのだから。
「フン、デンジマンで最も非力な貴様独りで何ができる…返り討ちにしてくれるわ」
そしてヘドラーは武器である剣を抜き、続いてそう言ってわたしを挑発してきたわ。
そうね。確かにわたしはデンジマンの5人の中では一番非力だわ。総合的な戦闘能力も一番劣っていると思う。
でもデンジマンの一因として『正義と平和』を愛する心では他のみんなに劣っていると思ったことは一度もないわ!
「いくわよっ、ヘドラー!」
それに目の前にベーダーがいる限りわたしは戦う!例えそれがどんなに強敵でもよ!デンジマンの戦士、デンジピンクの誇りにかけて!-。わたしは右手にデンジスティックを手にし、ヘドラーへ猛然と突っ込んでいった。
キン、キン、キン…
わたしの手にしていたデンジスティックとヘドラーの手にしていた剣-。お互いの獲物が弾き合う金属音が辺りにこだまする!
確かにヘドラーは強敵よ。コイツの言う通り、わたし一人の力ではとても手に負えない相手なのかもしれないわ。
でも幸いなことに今は剣と剣の勝負。わたしの得意な剣技なら、非力なわたしにも勝機があるかもしれない-。だけど、そのわたしの見通しは相当甘かったのかもしれないわね。
ガッ!
やがてわたしたちは、互いの両手に持つ剣と剣が重なってつばぜり合いのような状態になったわ。つまりは、互いの獲物を通じての力比べの様相を呈するようになってしまったの。
はたから見れば、それは互角の攻防に見えたのかもしれない。でもこの体勢は明らかにわたしに分が悪いわ。
なぜならさっきもヘドラーが言っていた通り、わたしには絶対的にパワーが足りない。当然、わたしとヘドラーの間には埋めがたいパワーの差があるわ。
そしてその埋めがたいパワーの差はこういうつばぜり合いのような『力比べ』の場面で、よりハッキリと現れてしまうもの。残酷なほどにね。
一見、互角の攻防に見えていたわたしとヘドラーによる剣のつばぜり合い。でも、その内実はそうではなかったわ。
だってわたしにはヘドラーの剣を押さえつけることで精一杯だったんですもの。つまりわたしには全然余裕がなかった。この体勢から反撃を試みることなんて、とても考えられなかったわ。
でも、その時のヘドラーには明らかに余裕があった。それはヤツの表情を見ればすぐに分かったわ。そんなヘドラーが、力比べに集中して余裕が全然ないわたしのスキを衝くことなどたやすいことだったのでしょうね。
どぼっぉ!!
ぐっ!?-。やがてわたしのスキを見つけてきたヘドラーは、わたしの腹部へ強烈な蹴りを入れてきたわ!ヘドラーの蹴りがめり込み、身体が『くの字』に折れ曲がりうずくまるわたし。
でもこれだけでヘドラーの攻撃が終わるわけなんかもちろんない。続けざまにわたしは顔面に強烈な一撃をもらってしまう。
「あああうっ……ああんっ…ぐ、ぐぅ」
顔面に強烈な一撃をもらい、数メートル後方へ吹っ飛ばされあお向けにダウンさせられるわたし。
ぐぅぅ…-。左手で蹴られた腹部をおさえ、わたしは懸命に立ち上がろうとしていた。
こ、このままじゃマズイわ…は、早く体勢を整えなきゃ-。その時のわたしにはそのことしか頭に無かった。
早く体勢を立て直さなければこのままヘドラーの攻撃を食らい続けてしまうわ-。でもそんな想いが強すぎてわたしは一瞬ヘドラーの姿を見失ってしまった。そして結果的にはそのことでわたしは更なるヘドラーの波状攻撃を浴び続けることになってしまうの。
「はああっ!!」
わたしがあお向けの体勢から何とか起き上がろうとしているより早く、ヘドラーの巨体が宙を舞っていた。そしてその巨体はあお向けに倒れていたわたしの体目掛けて一目散に襲い掛かってきたわ!
「!…き、きゃああああぁぁぁ!?」
ヘドラーの巨体がまるでフライングボディープレスのように、あお向けに倒れているわたし目掛けて覆いかぶさってきているのがスローモーションのようにその時のわたしには見えていた。
でも同時にその時のわたしは体がまったく動かなかったの。まるで『金縛り』にでもあったかのように。
だからその時のわたしにできたことといえば悲鳴を上げることくらいだった。自分へ迫ってくる『恐怖』という現実から少しでも逃れるように。
「ああんっ」
だがそれも一瞬の気休めに過ぎない。いや、気休めにもならなかったのかもしれないわね。わたしの華奢な体は倍以上はありそうなヘドラーの巨体全体に押しつぶされてしまう。
グリグリ、グリグリ、グリグリ…
そのうえヘドラーは腹を支点にしてその巨体全体でわたしの体を地面に押し付けてきたわ。く、苦し…お、重…い…-。ヘドラーの重量級の巨体。わたしだって早くそれから逃れたい一身だった。
「あうっ…ううっ…ああっ!」
でも倍以上の巨体に押しつぶされわたしにはなす術がないのも事実だったの。この時のわたしには苦しげにうめき声を上げることぐらいしかできなかった。己のパワーの無さを思い知らされながら。
「グフフッ、どうだピンクよ…だがまだ終わらんぞ」
だけど、その時のヘドラーからわたしに対する攻撃の手をゆるめるつもりなんてこれっぽっちも感じられなかった。
でもそんなの当然よね。今のわたしはヘドラーの怒涛の攻撃の前にKO寸前なんですもの。ヘドラーほどの実力者がこんな好奇を見逃してくれるわけがないわ。
ガシィ、ガシィ。
う、ううぅ…つ、次は何を…-。もはやヘドラーにされるがままのわたし。今のわたしには次に自分がどういう攻撃をされるかを予測することさえ難しい状態だった。
それでもこの時腰に何かが巻きついていることだけは分かったわ。それにどうやらヘドラーに抱きかかえられているということも。
「きゃあ、ああっ、きゃあぁ、あああっ、ぎゃあああぁぁぁ」
だけどこの時のわたしにはヘドラーの次の攻撃を予測する必要なんてなかったのかもしれない。だって予測する以前に攻撃の嵐に巻き込まれてしまうのだから。
わたしの華奢な身体をギリギリと絞め上げてくるヘドラー。どうやらわたしはヘドラーの腕の中でベアハッグにされてしまっているみたいね。
「フフフフッ、どうだデンジピンクよ…このまま目障りな貴様を絞め殺してくれるわ、グフフフッ」
みしっ、みしっ…バァンバァン…
ヘドラーの腕に絞め上げられ、わたしの全身の骨がきしむ音が聞こえる。と同時にわたしが身に付けていた桃色のデンジスーツから悲鳴を上げるように火花が。
マ、マズイわ……こ、このままじゃ-。ヘドラーのような自分より体格もパワーも上回る相手に絞め技を食らってしまうことはわたしにとって致命傷に近いものがあったわ。
その理由は二つ。一つはわたしの得意な戦い方は身軽なフットワークを活かしたヒット&アウェイ先方。接近戦での力比べのような戦いになってしまうと、わたしにはどうしても分が悪い。
そしてもう一つ。それはパワーと体格の差がある相手に捕まって絞め技で攻められてしまったら、その絞め技からの脱出は非常に困難であるということ。ヘドラーにベアハッグで絞め上げられている今のわたしが、まさにそんな状況だったわ。
あぁ…く、苦し……も、もう…ダメ…-。苦しい状況に追い込まれ、わたしの中に弱気の虫が顔を覗かせてくる。
……はっ!?い、いけない!-。だけど今のわたしはただの女の子ではないのよ。デンジマンの戦士デンジピンクなのよ!
確かに今のわたしはヘドラーに相当追い詰められていたわ。でもわたしにも地球の平和を守るデンジマンの一員として、そして戦士としての意地というものがあるのよ!
だから…こ、このまま……む、むざむざやられるわけにはいかない!!-。窮鼠猫を噛む。この時わたしが取った次の行動はまさにそんな言葉がピッタリ当てはまるようなものだったわ。
「デンジサンダー!!」
ヘドラーに絞め上げられ絶体絶命の危機にあったわたしは、この時自爆覚悟でデンジサンダーを繰り出していたのよ。
デンジサンダーは通常、わたしの得意な合気道の投げ技と組み合わせて使う技。だから、このケースのように密着した相手に使ったことはこれまでなかったわ。
それはやっぱり相手と共にわたし自身もダメージを負う可能性が高いと思っていたから。何よりも自分の攻撃で自滅することが怖かった。だからわたしは今まで、デンジサンダーをこういう使い方では使ってこなかったわ。
でもこの時のわたしは、もうとにかく無我夢中だった。何とかしてヘドラーの絞め技から逃れるために。
ただ、そのわたしの無我夢中の行動派、ヘドラーにとってももちろん予想がつかないもの。いえわたし以上に不意をつかれたに違いないわ!
「う、うおおおぉぉぉ!」
デンジサンダーによる強烈な衝撃がヘドラーを直撃する!不意をつかれた格好のヘドラーはまともな防御体勢を取ることもできず、後方へ数メートル吹っ飛び背中からダウンする!
はぁ、はぁ……や、やったわ…-。ヘドラーの絞め技から脱出し、そのうえヤツに会心の一撃を食らわすことに成功したわたし。
しかも偶然とはいえ、デンジサンダーを利用した新しい技まで編み出すことに成功したのかもしれない-。ヘドラーに敗北寸前まで追い詰められていたこの時のわたしにとって、そのことでどれだけ勇気付けられたことか!
「はぁ…はぁ…ど、どう?まだ…まだ勝負はこれからよ」
まだ…まだわたしは戦える!戦えるわ!-。はたから観れば、わたしのその言葉が虚勢であることは誰の目にも明らかだった。
でも目の前にいる敵が引かない以上、ここで自分が弱腰になるわけにはいかない!-。そんな思いが、ボロボロに傷ついていたわたしを必死に奮い立たせていた。
でも次の瞬間に『敵』の口から出てきた言葉にはさすがに耳を疑ったわ。
「ムゥゥ…まぁいい、今日のところはこのくらいにしといてやる…さらばだ、デンジピンク」
そう言ったかと思うとヘドラーは突然目の前から姿を消してしまったの。
もちろん、わたしにはこの時ヘドラーが何で退いたのかその意図がまるで分からなかったわ。
だってそうでしょう?追い詰められたわたしから不意の一撃を食らったとはいえ、誰がどう見てもヘドラーの優勢は明らかだったし、わたしはパッと見ただけでも相当消耗していることは誰の目にも分かるような状態だった。
そんな状況だったのだから、当然ヘドラーがこの場から退くような理由なんて見当たらなかったわ。少なくともわたしには。
でもとにかくヘドラーはわたしの目の前からいなくなった。何はともあれわたしは強敵を目の前から退けることに成功したのよ!
「た、たす…かった?…でもあいつはまだ十分やれたはず…なのにどうして?…う…あ…」
ガクッ…はぁ、はぁ。
だけどわたしがそのヘドラーから相当ダメージを負わされていたということには変りはなかった。むしろ、この時のわたしは目の前から強敵がいなくなったことでそれまで保っていた緊張感が一気にゆるんでしまったの。
それまでの戦いでかなり消耗していたわたしは、その場に膝をつき肩で息をしている。そしてついに…
ビィィイン
かなりのダメージを負っていたわたしは、ついにデンジピンクへの変身も維持することができず、変身前の生身の姿に戻ってしまったわ。もしここにまだ『敵』の姿があったら相当あせっていたでしょうね。
でもヘドラーがこの場から去った今、ここにベーダーの姿はないわ。いるのはわたしが必死の思いで助けた『紳士』が一人いるだけ-。そのことが、傷ついていたこの時のわたしにとってせめてもの救いだった。
「ふぅ、助かった…おい、あんた大丈夫か?」
やがてわたしたちの戦いから逃れていたその『紳士』がわたしの様子を心配してわたしの下に駆け寄ってきたわ。
でもよかった……どうやらこの人も無事だったらしいわね。見た感じ大きなケガもしていないみたいだし-。元気そうに駆け寄ってくる紳士の姿を見て、わたしはそう心底安心した。
「え、ええ…それよりあなたこそケガはないですか?」
「ああ、オレの方は追われていただけで特に外傷はない…それよりこんなところにいるのは危険だ、この森の出口はオレが分かってる、さあ行こう」
ええ、そうですね……うっ!?-。紳士の意見に同意してその場に立ち上がろうとしていたわたし。
だけど、この時のわたしは立ち上がれなかった。足に力が入らなくて再び膝から崩れ落ちてしまったの。
くっ……こ、こんなにヘドラーに痛めつけられていたなんて…-。そのことはわたしに改めて残酷な現実を突きつけてくるわ。いくらデンジマンといってもデンジピンクは所詮非力で弱い女、と。
もしかしたらベーダーのヤツらからもそう思われているのかもしれないわね-。そんなネガティブな思いが、わたしから自ら立ち上がる気力をさらに削いでいく。
「おい、大丈夫か?…しょうがない…オレがおぶっていってやろう」
だから、そんなわたしを見かねた紳士がそう言葉をかけてきたのはある意味当然だったのかもしれない。
「えっ?…い、いいです、だいじょう…きゃっ!?」
だけどさすがにそれはわたしにもためらいがあったわ。確かにこの時のわたしはすぐ立ち上がることはできなかったけど、わざわざおぶってもらうような体の状態でもなかった。
それにこの紳士をわたしはまだ全面的に信用しているわけではなかったわ。だってこんなところでベーダーに負われていたなんてどう考えてもあやしいもの。
だからそんな男に身を任せるなんて-。でもそのわたしの思いは目の前の紳士には関係なかった。
わたしが遠慮の言葉を口にする暇もなく、その紳士はわたしの体を背中にしょいこんでしまった。本当に有無を言わさずに。
「さあ、行こう」
そして、背中にわたしを背負った紳士がそう言って歩き出すのに幾ばくも時間はかからなかったわ。
ちょっと!何て強引なの、この人!-。でもその想いとは裏腹に、この時のわたしは男の背中におぶさったまま何も抵抗することができなかったの。
それはさっきのヘドラーとの戦いでのダメージのせいで、抵抗する体力も気力も奪われていたからなのかもしれない-。紳士の背中の上でわたしはそう思っていた。いや、むしろそう思うことしかできなかった。
悔しいけど今のわたしが満身創痍なのは隠しようのない事実でもあったわ。だからわたしはこの紳士の『なすがまま』に身を任せるしかなかったのよ。情けないけどね…。
確かに今は仕方ないわ……この人のお言葉に甘えて体力の回復に努めましょう-。激しい戦いの緊張感からようやく解き放たれたことが、わたしにそう思わせたのかもしれない。
だけどそのことが『大きな過ち』であったと気づくのにそう時間はかからなかったわ。後悔の念と共にね。

……その後、わたしを背中におぶさりながら紳士は森の中を数十分間歩き続けていた。
だけど出口につく様子なんて一向になかった。それどころか何だかさっきから同じような場所をグルグル歩き回っているような感じさえしていたわ。
いくら何でも絶対におかしい。…それにこの人やっぱり-。わたしもこの紳士を初めて見た時から少しあやしいところはあると思っていた。でもそれは決して確信めいたものではなかったわ。
それにダメージを相当負っていたわたしが、何よりも体力の回復を優先させたいという想いがあったことも事実だった。でもそれは戦士にあるまじき『心の隙』を生む結果になってしまっていたのよ。
「ちょっと!…あなた本当にこの森の出口を知ってるの?ねぇ、」
もはやわたしに『今は体力の回復を…』なんて悠長なことを言っていられる余裕はなかった。いてもたってもいられなくなったわたしは、背中の上から必死に紳士を問い詰めていたわ。
「…もうちょっとだ…もう少し我慢していてくれ」
だけどその問い詰められている紳士は、そんなわたしにはおかまいなく淡々と歩き続けている。
何なのこの強引さは?…もしかしてこの人本当に出口を知っているの?だからこんなに自信満々に歩き続けているの?-。様々な思いが交錯する中、わたしの目にこれまでの『疑問』を一気に吹き飛ばすような光景が飛び込んできたのよ!
あれは?…さっきの場所?じ、じゃあわたしたちは本当にずっと同じ場所をぐるぐる回っているの?-。それはわたしがさっきヘドラーと戦っていた場所だった。忘れもしないわ!ヘドラーとの力の差をまざまざと見せ付けられた場所。
そしてそれにも関わらずヘドラーの不可解な退却によって結果的にわたしが助けられた場所。でもそれは戦士としては屈辱でもあったわ。敵に塩を送られて命を助けられたようなものなんですもの。
そんな自分にとって忘れがたい、忌まわしき場所をわたしが忘れるわけがない!-。同時にわたしは革新したわ。この男はウソをついていると。
この男は森の出口なんか知らない。でもじゃあ何でこんな口からでまかせを言っているの?-。その理由はわたしには分からなかった。
でもわたしの頭の中では最大級の警報がけたたましく鳴り響いていたわ。もしかしたらヘドラーに追い詰められていた時以上に、この時のわたしは身の危険を本能で感じていたのかもしれない。
「ねぇ、さっきから同じ場所をぐるぐる回ってない。あなた本当は出口なんか知らないんじゃないの?…なら降ろして、ねぇ?」
「…」
わたしはさっきよりも強く男に問い詰めたわ。でも男もわたしの心境の変化に気づいたからなのか、だんまりを決め込んでいた。
だけどそれはわたしへの答えに窮していたから何も言えなかったというような感じにはとても見えなかったわ。まるでわたしの存在を無視するかのように男は黙々と歩き続けていたんですもの。
「ねぇ?降ろして、ねぇってば?」
だからってわたしも手をこまねいているわけにはいかないわ。このままこの男におぶされていたらどこに連れていかれるか分かったものじゃないもの。
それにこの男の素性がハッキリしない以上……はっ!?-。そこまで考えてわたしの脳裏にふと嫌な予感がよぎったの。
まさか!?あの時一緒にいたベーダーと何か関係…あ…る…?-。そこでわたしの意識はとだえてしまったの。何故か吸い込まれるような心地よい疲労感とともに…。
-続く-