侍戦士シンケンレッド
   第二幕「乙女様達秘密乃御遊戯」

≪1≫
どれほど真夏の太陽が活気づいていたとしても、午後7時も間近に控えれば既に昼間の活気はこの町から消え失せる。
そんな頃、薫は「白石」と表札のかかったマンションの一室を訪れていた。
外廊下から数回戸を叩いてみると、しばらくの間を置いてから部屋のドアが開いた。
「んん? あっ、お姫様……」
ドアを開けたのは、当然のことながら白石茉子。
艶のあるストレートの黒髪。色白で、ほっそりとした……モデルと見紛うほどの体形。
わずかに赤く染まった頬と額に滲んだ汗が、薫の瞳にはいささか官能的に映った。
――な、どうしたというのだ……?
今、目の前にいる茉子は、薫にとって背筋にぞくりと鋭い感覚が走るほど……美しかった。
「突然訪れて、すまない」
薫は唐突に謝罪の言葉を口にした。
このまま無言で彼女と見つめあっていては、ゴウフヤシに卑猥な言葉をぶつけられた時以上に「おかしく」なってしまう。
――そんなの……私は御免こうむる。
「ねえ、どうしたの? そんなに怖い顔しちゃって……」
すうっ、と音もなく薫に顔を寄せて問いかける茉子。
上品で控えめな香水の匂いが、存分に薫の嗅覚に入り込む。
「き、聞いてくれ、事態は一刻を争うのだ。ドウコクを封印して半年余り……外道衆が今また復活し、この街で何か企んでいたようだ。どうやら、その外道衆はお前を――――」
「あ、あのさ……お姫様」
「やはり、心当たりがあったか」

「いや……とりあえず、中入ったら? その……そんな格好でそこにいられても……」

茉子は、口元に微笑を浮かべながら薫を指差した。
純白の、古めかしい日本式の装束――。
この、近代的なマンションの外廊下とは、あまりにも不釣合いだった。
「あっ……」
「ね?」
「……すまん」
「あはは。お姫様は、いつでもきちんとしてなくちゃ……ってことなのかな?」
職業柄なのか、それとも茉子の持つ性質からなのか、どちらにせよ彼女の口調はどこか子供を宥めるような優しい口調だった。
「……失礼する」
丁寧に一礼をして、薫はマンションの一室へと足を踏み入れたのだった。

≪2≫
薫は居間に案内された。
「そこでゆっくりしてて。今コーヒー入れるから……。あ、コーヒーより煎茶のほうがいいかな? うん、ちょっと待っててね」
彼女は茉子の言葉通り、楕円形のテーブルの前に用意されたイスの前に腰を下ろした。
「…………」
志葉家の屋敷で生まれ育った薫にとって、近代的なマンションの一室でくつろぐのは始めての経験だった。
無意識のうちに、彼女の視線は部屋のあちらこちらへ移ってしまう。
テレビにクローゼット、本棚、フローリングの床……
「ん?」
……フローリングの床に無造作に置かれた、一枚の小さな布きれが目に入る。
――なんだこれは?
ふと疑問に思った薫は、特に警戒することもなくその布を手に取って広げてみた。
「……!」
それが何なのか、薫はすぐに理解した。そして……赤面した。
光沢がまぶしい紫色の生地。丁寧に施された、まるで満開の桜を思わせる桃色の刺繍。そして、その独特の形状。
それはいわゆるティーバックと呼ばれるパンティだった。
「…………」
薫が先日書店で読みふけった「いかがわしい本」には何度も何度もこのティーバックの文字が使われていた。
まだ成人を迎えていないであろう、少女たちの体験談――ウチのカレシってすっごいドSで、いっつもプレイになるとティーバックをお尻に食い込ませてグイグイグイグイ……生地が擦れてお尻が痛いんだけど、それが気持ちよかったりして(笑)――等々。
ティーバックという下着の存在さえ知らなかった薫は、その日屋敷に帰ってすぐさま家臣の丹波にその意味を問いかけた……そして、自分の行動を激しく後悔した。
日頃から喧しい丹波はその質問を受けると、赤面しつつ薫を責めたてた。――志葉家は日本の伝統を重んじる由緒正しき家計! 18代目当主を務めた姫のお言葉とも思えませぬ。一体、どこで、そんないかがわしい単語を!?――といった具合だ。
その後、書店に行って若年層向けのファッション雑誌を目に通し、ようやく「ティーバック」が下着の一種であることを知り、薫の疑問は解消した。
……しかし、彼女はまたも新たな驚きを覚えた。
それが今、彼女が手にしているこのティーバックの形状だ。
――こ、これでは、下半身が丸見えじゃないか。しかも……ここを引っ張るなんて……
非常識だ。破廉恥だ。淫乱だ。
1○年間、志葉家の当主を務めていた彼女は即座にこの衣類を心中で罵倒する。
――彼女は……いつも、こんなモノを着けているのか。侍だというのに……保育士を目指しているというのに……
心中でつぶやいて、薫は茉子に対する自分の意見が丹波のように固く古臭い文句になっていることに気づく。
「……」
薫は思う。彼女はあくまで「侍」の家系に生まれ、「侍」としての教育を受けてきただけの女性……シンケンジャーとして一年間という長い戦いを乗り越えた「現在」ならなおさら、私生活でどのように振舞おうと勝手なはず。
「……」
志葉家・18代目当主としての立場を全うすべき自分とは、違う。
自分に出来ないことが、彼女には出来る。
そう……例えば、こんないやらしい下着を身につけることも。
「ああっ……!」
薫は全身が火照る……否、熱く燃え上がるほどの嫉妬と興奮を覚えた。
そして、衝動的にそのティーバックを自分の顔面に押し付けた。
――く、臭い……!
恐らくまだ洗濯をしていないのだろう。
汗臭い。生臭い。そして、ほんの少しだけ……香水臭い。
それなのに……薫は貪るように紫色のティーバックを鼻に押し付ける。

――……う、羨ましいっ

今の薫の行動の理由を一言で説明するなら……そう、それは憧れ。
行過ぎた憧れが、まだ成人も迎えていない彼女にこんな……変態的な行動を取らせてしまったのだ。
もう、彼女は自分で自分が止められない。
貪るようにティーバックの匂いを嗅いでいる自分の姿を、茉子に見られていることに気づかないほどに……。

≪3≫
「お姫様、お茶が入りましたよぉ」
やけに明るい茉子の声が背後から届き、薫は我に帰った。
貪るように鼻に押し付けていたティーバックをその場にぽいっと投げ捨て、所在無さげに部屋を見渡し始めた。
――今日の自分はおかしい。なぜ今日に限って、こんな破廉恥なマネを……?
茉子はわざわざ薫の対面に立つと、屈託の無い笑顔を浮かべて煎茶を差し出してきた。
「あ、ああ……」
そしてゆっくりと身を屈め、薫が今さっき投げ捨てたティーバックを手に取った。
当然のように茉子は右手にティーバックを握ったまま、その場に正座した。
「…………」
己の真向かいに座る茉子が、真っ直ぐな視線で見つめてくる。
そして、
「お姫様はあんまり見ないかもだけど……今日テレビの占いでね、お友達を家に招くとイイことがあるって言ってたんだよね」
「そ、そうか……」
「それで、お姫様が来る前、さっきまで一人の男の子が来てたんだ。でも……その子、ちょっとおかしくてさ」
「おかしい?」
「おかしいっていうか……まだ子供のクセに、どうしよもない変態なんだぁ」
「……っ!」
変態、という言葉に薫は思わず口に近づけた煎茶を噴出すところだった。
「あたしのパンツとかブラ盗もうとするし、あたしのこと盗撮とかしてたし、あたしに恥ずかしいポーズしてみろとか言うし……ああ、ちょーキモいとか思ったんだけど少しだけ楽しくて、<イイこと>ってこれのことだったのかなぁ、なんて……」
「ま、まぁ、価値観は人それぞれだ」
ありきたりな言葉を薫が返すと、茉子はすっくと立ち上がった。
長身な茉子は薫を見下ろし、口元にささやかな笑みを浮かべ、
「あのさ、さっきのことなんだけど……あたしのパンツの匂い、嗅いでたよね?」
「えっ?!」
冷静に考えれば、茉子がその事実を知っているのは当然のことだろう。だが、他人のあんなにも破廉恥な行為を目にしながらも平静を装い、しかも本人にその事実を確認する。
白石茉子……どこか落ち着いた印象を持つ彼女は、しかしその裏の顔は一体……?
「あたし、女の子の趣味は無かったんだけど……でも、お姫様ならいいかな」
「私なら、いい……?」
「でも、まずはちゃんと謝ってもらわなきゃ。悪いことしたらゴメンなさいって言う……保育園に通う子たちだって知ってることよ?」
「…………」
言えるわけが無い。
ついさっき自分が何を考えて、何をしていたのか……なんて。
「ほら、ちゃんとその可愛いお口を使って言いなさい、<志葉薫>ちゃん」
「わ、私は……」
言えるわけが無い。
「さっき……」
言いたくない。
「あなたの……ティーバックの匂いを嗅いでいました……」
恥ずかしいっ。
「どうしてそんなことをしたの? 薫ちゃんは、女の子が好きなの?」
「違います……この前、初めて破廉恥な本を読んだらティーバックを穿いた少女たちの写真があって……興味があって……」
恥ずかしいのに、つい口が動いてしまう。
「あははっ。それじゃあ、薫ちゃんはティーバックを穿いてみたかったのかな?」
「…………はい」
「薫ちゃんは志葉家の元・当主で丈瑠のママで、まだ1○歳なのに、そんなエッチな気持ちを持ってるなんて、いけない娘ですねぇ」
「ごめん……なさいっ」
その一言を待ち望んでいたのだろう、茉子は「あははは」と無邪気な……否、だからこその邪な響のある笑い声を上げ、
「よく言えまちまたね~♪ 薫ちゃん、いい娘でちゅよぉ」
頭を下げた薫に対し、幼子をあやすようにその頭を撫でた。
「それじゃあ……<イイこと>始めちゃおっかな? ね、薫ちゃん」
「……」
こくり。薫は、発作的に首を縦に振った。
そして、二人は……。

≪4≫
必要最低限の照明さえ消えた、真っ暗な夜の一室に薫と茉子の声が響く。
「え? なに? やっぱ恥ずかしい?」
「そ、その……いきなり裸体に着けるのは……ちょっと」
この部屋は施錠されているから外に声が漏れることはない。それなのに、薫はつい小声になってしまう。
「てゆーか、穿く以外ティーバックに使い道なんてないんだけど? ああっ、でもお姫様はさっき、私のティーバックの匂いを……ふふふ」
「や、やめろっ。言うな……言わないで、くれ」
「んーでもなぁ、服の上にティーバック穿くなんておかしいし……」
「…………」
「あっ! そうだそうだ!」
「なんだ?」
「これよ、これこれ。これを使うのっ」
茉子は、<あるモノ>を手にして薫に見せつけた。
「ば、バカなっ」
「嫌なの? じゃ、やめる?」
「……す、する。いや、したいっ」
その、すがるような声は恐らく薫の本音。
「よしっ。それじゃあ……」
彼女の本音を受け止め、茉子は頷く。
そして、二人は……
『一筆奏上っ!』
……<あるモノ>=ショドウフォンを使い、変身を遂げた。
ほんの一瞬の真紅と桃色の閃光。
その後、二人は火の侍シンケンレッドと天の侍シンケンピンクへと生まれ変わった。
だが、それはあくまで外見上の話……。
二人は……否、少なくとも薫はそれ以上の変化をその肉体に感じていた。
「んんっ……」
変身の瞬間、彼女は自分が裸体になったかのような錯覚に陥る。
そしてその肉体に、無理矢理あの真紅の装束がぴたりと張り付いて、体の自由を奪う。
一糸纏わぬ裸体に、つるつるとしたタイツを身につけるような……そんな感覚。

――気持ち、いい……。

変身を遂げた二人は超人化した五感を有するため、例え暗くとも視界は良好。
志葉薫……シンケンレッドは、自分の目の前に立っているシンケンピンクに視線を向ける。
すらりとした長身に、小ぶりながらも形の良い胸。
それが桃色のスーツを着用したことで、より一層強調される。
……美しく、官能的な姿だった。
「ほら、お姫様ぁ、これ……穿いてごらん」
「……」
シンケンピンクは、その純白の手に握られた紫色のティーバックを差し出してきた。
「……」
薫はそれを受け取る。
「ティーバック……茉子が着けてたティーバック……」
薫は不慣れな手つきでティーバックを広げ、足に通した。
するするする……真っ黒いタイツのような太ももを越え、ついにティーバックは薫の……シンケンレッドのデリケートゾーンに達した。
真っ赤なミニスカート越しの、黒いタイツ地。
そこに、本来あるべきはずのないモノ……紫色のティーバックが自己主張していた。
「ほら……自分でめくって、ちゃんと見せてごらん」
まるで呪詛のように響く、茉子の言葉。
薫は躊躇うことなく、スカートの裾を両手で持ち上げた。
凛々しいシンケンレッドが、自らの手でスカートを持ち上げて妖艶なパンティを露出させている……シンケンピンク=茉子の目にはそう映っているのだろう。
――恥ずかしいっ!
恥ずかしい……恥ずかしくて、死んでしまいそうだ。
それなのに……嬉しい? 楽しい? 否……そんな安直な言葉では表現できないほど、薫の体は、心は躍っていた。
「恥ずかしい格好ね……お姫様」
「……はい」
「何がしたい? あたしに、何をして欲しい?」
「…………」
考える必要などなかった。
薫は、既に自分の中に芽生えた欲望を抑えきれなくなっていたのだから。
「気持ちよく……なりたい。私を……イジめて……ください」
吐息のように、ささやかな言葉。それを吐き出して、薫は深々と頭を下げた。
志葉家18代目当主という位も、侍としての品格も、全てが今の彼女にはどうでもいいことだった。
それ故に、彼女は家臣であったはずの白石茉子に頭を下げたのだ。
シンケンピンクは「ふふっ」と含みの持った笑い声を上げると、彼女の背後に周る。
そして、その純白の……この世を守るはずの、その掌を薫のヒップに押し付けた。
「ああっ……!」
薫はただただ声をあげることしか出来ない。
シンケンピンクに身を委ね、ただただ性的な快楽を求める喘ぎを繰り返すだけ。
「ふふふっ」
シンケンピンクは、薫のヒップを撫でるように揉み続けている……
「可愛いお尻ね……ホント<女の子>って感じ」
「……んんっ」
と、シンケンピンクは唐突に薫=シンケンレッドのスカートの裾を豪快に持ち上げた。
「い、いやんっ!」
……まるで、衣類が引きちぎれるかのような勢いで。
「あらあら、可愛いお尻にこーんなエッチなティーバックなんか穿いちゃってぇ」
「ごっ…ごめんっ・なさいっ……」
「謝ったってダメよ。お姫様は、こーゆーことがしたかったんでしょ? ほら、どうなの? 家臣の……しかも女の子にスカートめくられて、ティーバック姿を見られる気分は?」
「は……恥ずかしいっ」
「恥ずかしい? だったら抵抗しなさいよ。あなた、あたしより強いんじゃないの? ほら、ほらほら!」
そう怒号を吐きつつ、シンケンピンクはティーバックと黒タイツに包まれた薫のヒップを執拗に責め続けた。
「ああっ……恥ずかしいけどっ……もっと……もっとっ・してくださいぃっ」
「ホント、淫乱なのね!」
あきれ返るような台詞の後、シンケンピンクは薫の尻を強く強くひっぱたいた。
ぺちんっ。ぺちんっ。
その肉の踊る音がするたび、薫は「あんっ」「いやんっ」と喘ぎを漏らす。
「この変態っ! もっと鳴きなさいっ! これはお仕置きなのよっ!」
幾度となく繰り返される「お仕置き」……。恐らくシンケンレッドとしてのスーツ越しの生尻は、赤くはれ上がっていることだろう。
……と。
「ふんっ」
シンケンピンクは手の動きを止めると、腰にぶら下げた真剣丸を抜刀。逆手に持ち直した。
そして……
「あっ……ああああああっ!!!」
……真剣丸の柄の部分、その先端を薫のヒップの中心へと押し付けた。
ヒップの中心――即ちア○ルにずぶずぶと入り込んでいく異物。
体内に、何かが侵入していくこの悪寒。背徳の念。
普段ならば「負」の感情であるはずのこの気持ちが、今の薫にとっては快感に他ならなかった。
「ほら、まだまだお仕置きは始まったばかりなのよ? 心配しないでも大丈夫……薫ちゃん、<これ>よりもっと気持ちイイこと、あたしがいっぱい教えてあげる……」
「いっ……いいっ! いいっ! もっと教えて……くだ、さい」
――二人の乙女の営みは、まだまだ終わりの兆しさえ見せることは無かった。

≪5≫
とある高層ビルの屋上。
夜風に吹かれつつも、雄々しい純白の鎧に包まれた騎士が一人「白石」家があるマンションの方角を見つめていた……。
「ふふふふっ♪ ……外道衆ゴウフヤシ。死んでもなお、人の<欲>を増徴させる彼の働きは実に充分なものだったわ。あの二人、随分と堕落したものじゃない?」
「でも、やっぱりまだ気が進みません。シンケンジャーのお二人を、あんな風に変えてしまうなんて」
「何言ってるの? 私たちの世界を救うたびは、まだ始まったばかりなのよ? しっかりしなきゃ……ねぇ、分かってるでしょ?」
「はい。じゃあ、そろそろ行きましょう…………次の世界へ」

そう呟くと、純白の騎士は刹那のうちに姿を消した。
まるで、最初からこの世界に存在しなかったかのように――――。

                                   終