星獣戦隊ギンガマン外伝 ≪女宇宙海賊シェリンダ≫
  第一章「操舵士の誇り」

バルバン……
それは数多くの星々を荒らし、その星の命を宝石に変える邪悪な宇宙海賊である。
今、バルバンは地球に狙いを定め、聖なる獣の力を宿す5色の戦士、星獣戦隊ギンガマンと激しい死闘を繰り広げていた。

≪1≫
1998年、2月。
「やろうどもッ! 壊して、殺して、奪いまくれッ!」
ドスの効いた低い声が、辺りに響きわたる。
『ヤァトットォォ!!』
それが合図となり、これまで人類が遭遇したことのない化け物が町中に跋扈、無差別な破壊と略奪を始めた。
「はあっ、はあ……!」
少年は走っていた。
たまたま飼い犬の「わかな」を散歩に連れてきたその時に、宇宙海賊バルバンの襲撃に遭遇してしまったのだ。
「ぎゃあああっ!!」
至るところから、罪なき人々の断末魔の悲鳴が聞こえた。
戦争を知らない少年にとって、それは始めて感じる命の危険だった。
「大丈夫。大丈夫だから!」
体の弱いメス犬のわかなを慰めながら、少年は走り続けた。
わかなは2か月前、自分の子供を死産してしまった。
これ以上、わかなを悲しませるわけには行かない。
気の弱い自分にとって、わかなは唯一のトモダチだから……。
「はあ、はあ」
少年はわかなを抱き抱え、路地を右に曲がった……
「このシェリンダに刃向かうなど、バカなヤツ……」
……そこには、体格の良い男性警官の死体が転がっていた。そして、真っ赤な鮮血を浴び、悠然とたたずむ銀髪の女性の姿も。
その右手に握られた剣の刃先は血で汚れてもなお、凶悪に輝いている。
――この人、何をしているんだろう?
小学生の彼でも美人だと分かる鋭い顔立ち。テレビで見たキャンペーンガールのような水着を身につけた彼女に、不思議な感情を抱く。
「なんだ小僧?」
「あ、あのっ……早く逃げないと……」
「ワンッワンワンワンっ!!」
少年の声を遮るように、わかなが警戒したかのように吼える。
すると、彼女の表情はあきらかに不機嫌なものへ変わり、
「うるさい獣だっ」
その言葉を言い終えぬうちに、剣の切っ先をわかなに向け、
「あっ……」
何の躊躇いもなく切り捨てた。
「小僧、次は貴様だ」
わかなの亡骸から溢れ出た鮮血を全身に浴び、少年は……
「う、うわあああああっ!!!」
……失神した。
彼が目を覚ましたとき、5色の戦士がバルバンを撃退し、町はつかの間の平和を取り戻した。
だが、少年の心にぽっかりと空いた穴が埋まることはなかった。

≪2≫
1998年、秋。
昼下がりののどかな風景が下に広がる、とある高層ビルの屋上に1つの人影があった。
「……」
一見すると、長身の女性のようなそのシルエットは、しかし、その出で立ちには非日常を感じさせる。
貝殻を模した鎧が肩、肘、膝を覆い、純白のマントは絶えずビル風になびいている。
装甲と同じく貝殻の如きブラジャーと腰飾り・・
そして、銀白のパンティは際どいハイレッグで、その豊満なボディラインと相まってあまりに官能的な姿。
そして、注目すべきは彼女の顔立ちだった。
魔的なアイラインで目つきの鋭さを際だたせ、シルクのように質の良い銀の長髪ははらりはらりと風になびき、
それが彼女の非日常性を強調していた。
「ふんっ」
彼女の名はシェリンダ。
バルバンの操舵士である彼女は、遙か遠くで繰り広げているギンガレッドと魔人の戦いを、その卓越した視力と聴力で観察していた。
「落ちたか。情けないやつだ」
戦いは、魔人の敗北という形で終わった。
シェリンダは遙か遠くで無様に朽ちた魔人を一瞥し、生きた海賊船ダイタニクスへ帰還しようとマントを翻した。
……と、その時。
「一体、どこへ行くつもりだい?」
不気味な女性の声がシェリンダの背後から響く。
「決まっている。船長への報告だ」
振り向くことなく、彼女は答えた。
「アンタはいいねぇ。いつもそうやって高見の見物ができるなんて、いいご身分だこと」
この嫌味で高慢な喋り方……わざわざ確認するまでもない。先刻の魔人が所属する軍団の長、妖帝イリエスである。
「最近、アンタが戦ってるところを拝見していないけど、体の方はなまっちゃいないのかい?」
そう言って、イリエスはシェリンダのマントをめくり上げ、銀白のパンティに包まれた豊満な尻をむにゅりと掴んだ。
「あらまぁ……運動不足のツケが回ったようだねぇ。だらしないお尻だこと」
イリエスは彼女の尻を執拗になで回しつつ、不愉快なしのび笑いを漏らした。
「貴様っ!」
刹那のうちにシェリンダは怒りを覚え、振り向きざまに剣を抜刀した。
刀の切っ先をイリエスの首筋に立てる。
「イリエス、口と手癖の悪さに気をつけろ。私に斬られたくなければなっ!」
「ふふふっ。何百人という星の戦士に靴を舐めさせただけの腕とプライドはあるようだね」
「……」
「あたしはねぇ、アンタのそういうところが気に入らなかったのさ。ずっと昔からねぇ!」
イリエスはシェリンダの剣の切っ先を手で払うと、懐から小瓶を取り出した。
「それは……まさか、堕落のエキス!?」
――堕落のエキス。
それは屈強な戦士から力を奪い取るエキスである。
かつて、ある星の科学者が開発したと言われていたが、宇宙海賊の間では既に空想の存在と言われていた秘薬だ。
「ギンガマンに使うつもりだったけどその前にバルバンから気に入らないアンタを追い出すのが先決と思ってねぇ!」
高笑いを浮かべ、イリエスはその小瓶をシェリンダに投げつけた。
「ぐぅっ! 貴様ァ!」
刹那、シェリンダの周りに深い霧が立ちこめた。その霧が自分の足に、腕に、全身にまとわりついて「何か」を削ぎ落としていくようだ。
「おのれ、イリエスッ! 許さん!!」
憎悪を込めた台詞を仇敵にぶつける。
「あはは。断末魔の叫びにしちゃ合格だよ。もっともアンタを殺しはしない……それ以上の屈辱を味わってもらうつもりさ」
「うっ」
……そして、深い霧の中彼女はより深い眠りについたのだった。

≪3≫
「お夕食なに食べたい~?」
一階から、母親が自分を呼ぶ声が聞こえる。
「なんでもいい」
部屋の勉強机から一歩も動かず、少年は答えた。
「ママ、今日ちょっと用事あって今から出かけるからね。お金を置いとくわよ」
「わかった」
微塵の興味も示さず、少年は机に向かって作業を続けている。
勉強をしているわけではない。否、彼は中学校に入学して半年間に数えるほどしか学校に行っていなかった。
バルバンの襲撃、わかなの死。それが彼の心に負担をかけていたからだ。
「……」
彼は黙々と先日に近所のサーキット場で撮影し、現像したスナップ写真を一枚一枚チェックしていた。
「うん、うん……」
しかし、彼は全く車に興味は無かった。
彼がまめにサーキット場に通い撮影している被写体……それは、一般にはレースクイーンと呼ばれるキャンペーンガールたちだった。
一眼レフを片手に、マニアの大人に負けぬほどの枚数を彼は撮っている。
「よく撮れてる……」
一枚の写真を眺め、彼はぼうっと呟いた。
それはハイレッグなレオタードを身につけた、レースクイーンの股間を接写したものだった。
彼の被写体になるレースクイーンは「長髪・長身」で際どい衣装を身につけた女性に限られている。
「こんな格好して……」
少年は、被写体の女性に憎しみのこもった言葉を投げかける。
「許さない。許さないぞ」
彼は、レースクイーンの存在を「なんとなく印象が似てた」というだけで、わかなを殺した宇宙海賊の女に重ね合わせていたのだ。
だから、これは彼なりの復讐だ。
常にローアングルで、Vゾーンやヒップに接写してレースクイーンを困らせる。
これくらい、わかなを殺された自分の気持ちを考えれば当然の報いだ。
「わかなを生き返らせられないなら……はぁ、せめてっ……僕をぉ……!」
少年は卓上に並んだ、いかがわしいスナップ写真に恍惚の眼差しを向ける。
一枚を手に取り……ズボンのチャックを開け、勃起しているペニスに写真を激しく擦りつける。
「あっ……! ああっ!  あああっ!!」
そして、少年は絶頂を迎えた。
「はあ、はあ……」
快感は得た。
だが、心はまるで満たされない。真に復讐すべき相手は、彼女たちではないことぐらい、少年は分かっていたからだ。
……と、その時。
庭からばたんっ、と大きな物音が聞こえてきた。
「えっ?」
一体、何が起きたのだろう。少年は純粋な好奇心から、一階へ降りた。
そして…………。

≪4≫
――これは今から30分ほど前の出来事。
「んんっ」
体の自由が利かない。
上半身に何かが巻き付いているようで……ひどく不愉快だ。
それにしても……
「……ここは、どこだ?」
至る所から、人間の話し声が聞こえる。
視界を覆う暗黒から逃れるため、シェリンダはかっと目を見開き、辺りの様子を伺った。
「な……にっ?」
場所はとある駅前にほど近い商店街。
時間は太陽の位置から察するに、正午を回ったところだろう。
周りには買い物途中の主婦や子供、学校をサボった中高生などが行き来している。
「ば、バカな!?」
平和な日常を目の当たりにして、シェリンダは疑問に思う。
自分は人間どもに恐怖を与える宇宙海賊の一員だ。
――なぜ恐れない? なぜ泣き叫び、私に命乞いをしない?
「……くっ!」
上半身を動かそうとも、思うように動かない。
イリエスが妖術で生み出した『見えない縄』が、彼女の上半身に巻き付いて自由を奪っているのだ。
――ひとまずダイタニクスに戻らなければ……覚悟しろ、イリエス!
シェリンダは自由に動く両足を使い、無様な姿勢でダイタニクスに向かって歩みを始めた。
「……?」
愚かな人間のことなど意にも介さず、商店街を歩き続けていると、やけに不快ないくつもの視線を感じた。
これまでシェリンダが感じたことのない類の視線。
不審、哀れみ、そして……好奇。
続いて、町を行き交う人々が口にする言葉が彼女の耳に届く。

「なんだよあれぇ?」
「アニメのコスプレってやつ?」
「コスプレってゆーレベルじゃないよ。露出だよ、露・出・狂。それにあの縄……マヂで変態なんじゃん?」
「おれ、あんなの始めて見た~チョ~エロい」
「ねぇママ、あのお姉ちゃんあんな格好して恥ずかしくないの?」
「しっ! ジロジロ見ちゃいけません」

次々に発せられる自分への感想。
それを聞いて、シェリンダは奇妙な気持ちを覚える。
――この格好……そんなにいやらしいものなのか?
常に戦いに身をおく彼女にとって、この姿は宇宙海賊としての誇り、
そして動きやすさといった彼女に適した要素を持っているものだ。それを……
――露出狂? 変態? は、恥ずかしいだと……!?
やけに肌を隠したがるこの星の人間どもに比べれば、自分の衣装は確かに露出が激しい。
――だが、だからといって……
この星の性的倒錯者の「変態な自分を見て」「見られると感じる」なんて感情を抱いたことはない。
「ば、バカな種族だ……!」
極力考えないようにして、淡々と町を歩き続ける。
「あ、あのぉ」
ふと、目の前を歩いていた小太りで肩からカメラをぶら下げた男が声をかけてきた。
「し、写真一枚いいですか……?」
「なに?」
「ど、どこかのお店に勤めてらっしゃるんですか? それかカレシさんとプレイの最中?」
「貴様、何をわけのわからんことを?」
「あ、それとも……あ、あの……」
「……」
「ち、痴女なんですか? あはは、みんなに見られて、僕みたいな変態に声をかけられたかったんですか?」
その歪な顔つき。下卑た喋り方。全てがシェリンダを苛立たせた。
「いい加減にしろっ! 私は宇宙海賊バルバンが操舵士、シェリンダだっ!」
怒りに声を震わせ、剣を抜刀……
「な、しまったっ!?」
……できなかった。
イリエスの術により堅くしばられた縄が彼女の上半身から自由を奪っていたのだ。
「うわあ本格的だなあ。イヤがってるのにムリヤリってシチュが好きなんですね」
ひとりで納得すると、男は脂っぽい手でシェリンダの縄でしばられ、より一層強調された胸元に手を伸ばした。
「や、やめろっ! 汚らわしいぃ!」
暴力で抗うこともできず、ただ声で拒否するだけの愚かしい行為……。
シェリンダの呼びかけも虚しく、男は脂ぎった指先でシェリンダの胸を突いた。
「うわぁ、柔らかいなぁ。淫乱な海賊だなぁ、シェリンダちゃんは」
「うあっ! よせっ!! この豚男ッ!」
何度も何度も拒絶の声を上げる。
胸を揉まれる行為以上に、この男の思うがまま、何1つ抵抗できない自分への苛立ちから、その声は荒々しかった。
「シェリンダちゃんは悪の海賊だから、口が悪いんだね。でも、下のお口はどうなのかなぁ?」
にやりと不気味な笑みを浮かべ、男は身を屈める。
「な、何をっ!?」
「ひひひっ。気持ちイイ?」
シェリンダの銀白のパンティ越しに、彼女の秘部をつぅ……と指でなぞった。
背筋に迸る衝撃。悪寒と呼ぶに相応しい不快さから、シェリンダは絶叫する。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
発作的に、自由に動かせる右膝を男の下あごに目がけ持ち上げる……
「痛いなぁ」
……が、それは徒労に終わった。
「あんまり抵抗すると、無理矢理しちゃうよぉ」
シェリンダの渾身の一撃を受けても、男はわずかに表情を曇らせるのみだった。
――そ、そんなバカな!?
イリエスが妖術で仕込んだこの縄は、単なるカモフラージュだったのだ……。
既に自分には地球の人間……それも、貧弱なオンナ程度の力しか残っていないらしい。
それもこれも「堕落のエキス」の効果だと考えるのが妥当だ。
「い、イリエスゥぅぅ!」
怒りと憎しみに満ちた雄叫びを上げ、シェリンダはくるりと男に背を向けた。
こんな男に構っている暇はない。
一刻も早くダイタニクスへ戻らなければ……。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
そう決意して、シェリンダは上半身が縛られた無様な姿勢のまま走り出した。
「あ、待ってよぉ。まっ、待って下さいよぉ」
遥か後ろからあの豚男の声が聞こえる。
――これ以上、あんな薄気味悪い男の言いなりになってたまるかっ……!
シェリンダは、町を行き交う人々からの好奇と哀れみの視線を存分に浴び、それでも構わず走った。
まるで、狩人に追われるか弱き獲物のように……。
「……」
あの豚男の下品な言葉と人々の視線に耐え、シェリンダは商店街を抜けた。
「はあっ、はあ……」
足が重い。息があがる。
いつもなら超越的な身体能力ですぐさまダイタニクスへ帰還できる。
だが、あの秘薬はシェリンダが思っている以上に彼女の力を奪っていた……。
そんな彼女の瞳に、造りの良い2階立ての一軒家が目に入る。
しかも、不用心に門は開いている。
「ううっ」
シェリンダに、もはや選択の余地も冷静な判断力も残されてはいなかった。
「もう……」
シェリンダはふらつく足で門をくぐり、
「ダメだっ」
庭先へ足を踏み入れた瞬間、ばたんっと大きな音をたて、その場に倒れ込んだ。
完全なる敗北。この上ない屈辱。
最悪な気分だった。
……だが、これから彼女は知ることになる。
自分がこれから、下等な人間に受ける屈辱……否、陵辱に比べれば、力を奪われたことなど他愛もないことを。

つづく