わたしの望むもの

 ゆっくりと、私の身体が蝕まれていく。
 わたしの身体は、すこしずつわたしのものではなくなっていく。
 わたしの身体を這い回る手。
 腕を、肩を、胸を、お腹を、足を。
 それはわたしの手だ。


「出動!!」
 チーフの言葉はいつも凛々しい。
 彼の言葉に、わたしたちは飛び出していく。
 弾むように、しかし地に足のついた足取りで。
「わたしたちは、プロですから」
 言わなくてもみんな分かってる。
 それでも、わたしは小さくつぶやいた。


 つめたく冷えた空気は、その奥から流れてくるようだった。
 アクセルスーツの耐久性は相当なもののはずだけれど、
その冷気はスーツを通しても伝わってきた。
 わたしの身体は冷え、つま先や指先は硬くこわばる。
「チーフ、チーフ」
 先を進むブルーの声はまだ元気だ。
「なんだ?」
「このまま進んでもいいんですかね?
さっきの分かれ道、逆だったんじゃないですか?」
「アクセルラーはこちらのルートを示していたが…
後でもう一方のルートも調べておこう」
 ブラックとイエローとはもうひとつ前の分岐で別れた。
 どちらにもプレシャス反応が感知されたからだが、
プレシャスがこんな近くに二つもあるものだろうか?
 そうは思ったが、今は目の前のことを処理すべき時だ。
「牧野先生、聞こえますか」
「明石君、どうしました?」
「少し冷えるのですが、何か変わったことはありませんか?」
「いえ、特にこちらでは。
しかしアクセルスーツの機動性には少し手を入れましたので、
それが影響しているのかもしれません。
戻り次第、早速調整しなければ」
 キーボードをたたく音が、チーフのスピーカーを通しても聞こえてくる。
「先ほどプレシャス反応が二つあったのですが、それについては?」
「プレシャス反応が二つ? それは変ですねぇ」
「また連絡します」
 わたしたちは、ブルーの気配がなくなったことに気付いていなかった。


 わたしの左の手が、わたしの胸元にゆっくりと触れる。
 ときおりわたしが自分で触れるのより、
 ずっと優しく、ずっと細やかに、ときに力強く、
 そしてずっと心地よく。
 わたしにも、こんなふうに人を魅することができるのかな?
 チーフの視線が、暖かくなまめかしくわたしにまとわりつく。
 わたしはそのまま、アクセルスーツの胸元を破り捨てた。


 ブルーが磔にされていた。
 手首と足首と腰が十字架に鎖で固定されている。
 アクセルスーツならすぐに解けそうな鎖なのに。
「オマエハナニヲノゾム?」
 サバイバスターを構え、チーフと背中合わせに周囲を確認する。
 何も見えない。さっきと同じ洞窟があるだけだ。
「お前は誰だ?」
 チーフの怒鳴り声が空虚に響く。
「オマエハナニヲノゾム?」
「何も望まない!何を望めというんだ!」
「オマエハナニヲノゾム?」


 わたしの右の手は、わたしの大切なところに伸びていく。
 足から股間にかけて、アクセルスーツはもうびりびりに破れ、
露わになった股間を手がまさぐる。
 人差し指と薬指がわたしの淫らな唇をひろげ、
中指が震えながらその部分を刺激し続ける。
 帯びたぬめりがまとわりつき、指の振動でぴち、ぴちと鳴る。
「オマエはナニヲノゾム?」
「はなしてぇ。わたしたちをぉ、はなしてぇ…」
 答える間もなく、わたしはもっと強く、わたしを愛し始めた。
 チーフはいつか、わたしをこんな風に愛してくれるかな?
 自分の身体が熱くなっていることに気付いたけれど、
気付いただけでそんなことはもうどうでもいい。


 唐突に伸びてきた硬い触手がわたしの左足をすくった。
 よろけてわたしはチーフにもたれかかり、
サバイバスターが手からこぼれた。
 立ち上がろうとしても両足は冷えて硬くこわばり、
わたしはそのときになって初めて自分の置かれた状況を知った。
「ピンク!」
 背中を振り返ったチーフの手からもサバイバスターをはじき飛ばすと、
触手はチーフとわたしをまとめて突き倒した。
 倒れたチーフに触手がからみつき、十字架に縛り付けられる。
「放せ!放せ!」
 チーフは腕を振り回したけど、ガチャガチャと空しい音が響く。
 その音ですら、少しずつ軽くなっていくのがはっきり分かった。
 鎖は大したものじゃないんだ。
 わたしたちの力が急速に失われている。
 わたしはもう、立ち上がれない。


「オマエハナニヲノゾム?」
 言葉にすると同じ言葉だけど、
それは全く違う響きを持ってわたしに届いた。
 チーフはわたしの何を見てるの?
 チーフはこんなわたしに幻滅してるよね…。
 わたしの両手は、わたしを犯し続ける。
 左手は年齢のわりに幼い胸の突起をつまみ、
 右手は大切なところの中まで探り始める。
 チーフ、見てるよぉ…。恥ずかしい…。
 もう声も出ない。ただ思うだけ。
「オマエハナニヲノゾム?」
 声はわたしに聞き続ける。わたしはそれに答えられない。


 動かないはずのわたしの左手がすっと中空に浮いた。
 でも、わたしは自分ではもう動けない。
 右手は全く動かないのに、左手はすべるように移動すると
わたしの頭からヘルメットを引き剥がした。
 冷たい空気が鼻腔に一気に流れ込んできて、頭がくらっと揺れた。
 べっとりと甘い香りが漂ってきて、わたしの手はわたしの身体をなで始めた。
 凍り付いていた体中の血が流れ始めたような、そんな感触だった。


「オマエハナニヲノゾム?」
 もう何度目だろう。何も望むものなんてないのに。
 何度もわたしは絶頂を迎えた。
 わたしの秘所ははしたないおつゆで満たされている。
 何度も何度もチーフに見られながら、
わたしは女性として見られることを喜びながら絶頂を迎えた。
「オマエハナニヲノゾム?」
 そして、わたしは聞かれてやっと知った。
 わたしは、さくらは何を望んでいるのか。
「わたしはあかしさんがほしいの」
「わたしにさとるさんをちょうだい」
 彼を縛っていた触手がほどけて、わたしの上に覆いかぶさってくる。
 わたしは指で、口唇で、ささやきで、胸で、股間で、
それこそすべてで彼を求め、彼を愛した。
 彼の大切なところを引っ張り出してひとつになる。
 わたしの細い指では満たされなかったところが埋まっていく。
 とても熱いほとばしりがわたしの身体の奥に広がっていく。
 わたしはさとるさんがほしいの。
 もうなにものぞむものなんてない。