甘くて、いいモノ


「あんた…!

「よく来たわね」
宇佐見ヨーコの前に現れたのは、一人の女
現在、ヒロムとリュウジはメタロイドと
マサトとJは、メガゾードと戦っている
警護任務中、対象者を避難させたヨーコが加勢に向かおうとしている最中、この女に遭遇した
長身で豊満な肉体とそれをひけらかすような、露出の多い衣装
妖艶な美貌をもつその女が、しかしデータで構成された存在でしかないことを、ヨーコは知っている
「この間のお礼をしなきゃと思って」
感情の見えない平坦な口調で、女は言う
「望むところよ」
対し、ヨーコも毅然とした表情で、言い返す
目の前の敵―エスケイプが極めて高い戦闘能力を有しているのは承知の上だ
しかし、前回の戦い、すなわち結婚式場での戦闘で、ヨーコはこの相手を退けている
―負けるわけにはいかない
『ヨーコちゃん、何かあったのか!?』
リュウジからの通信が入る
「リュウさんゴメン、ちょっと遅れる!」
言葉少なにそう返すと
『…わかった!』
リュウジも事態を察したようで、通信が切れる
―瞬間
ズガアアアアアアアァン…という爆音と共に、エスケイプがもつ白と黒の二丁拳銃・ゴグとマゴグが火を吹く
「…はっ!」
それを素早い身のこなしで回避すると、ヨーコもカメラ偽装型のビームガン・イチガンバスターを構え―
「―っ!」
「…フフ」
両者は、至近距離でお互いの銃を突きつけ合った
「…」
「…」
そのまま、しばし膠着状態が続く
迂闊に動こうとすれば、引き金が引かれる
ヨーコはそれを理解しているし、エスケイプも同じだろう
そして
「はあっ!」
沈黙を破ったのはヨーコの方だった
エスケイプが動くより速く、その胸を蹴り上げる
「フフッ」
対し、エスケイプは攻撃が当たるより先に身を後ろへ下げ、距離を取る
「はあああああああああああ!」
ヨーコは素早い動きで距離を詰め、更にキックの連撃を繰り出す
鍛え抜かれた肢体から繰り出されるヨーコの蹴りは、常人ならば視認することすらままならない
しかし、
「アハハハハハッ」
踊るような動きで、エスケイプはそれを全て見切り回避している
そして、再び身を後方へ下げると
「アナタ、思ったよりいいモノじゃないわね」
「何ワケわかんないこと言ってんの!?」
すぐにでもヒロム達の加勢に向かわなければという焦りもあり、ヨーコは苛立ちを隠せずに言った
「あんまりガッカリさせないで」
その挑発に、ヨーコは
「このっ!」
渾身の力を込め、右足の蹴りを放つ
しかし
「っ!?」
エスケイプは何事もないように、ヨーコの足首を掴み、攻撃を防いだ
さらに、エスケイプは濡れた舌を突き出すと、ヨーコの太ももをペロリ、と舐めあげた
「ひっ…!」
その感触に全身が総毛立つような感覚に包まれ、思わず怯えの声が表出する
続けて
「きゃあっ!」
そのまま、身体が持ち上げられ、凄まじい勢いで投げ飛ばされる
「うぐっ!」
かろうじて受け身を取ったが、地面に身体が叩きつけられた衝撃と痛みが走る
「うっ…」
敵は、未だに悠然とした態度を崩さず、こちらに向かってくる
「どうしたの?これでお終い?」
「まだまだっ!」
立ち上がると左手首を胸の前にかざし、モーフィンブレスを起動させる
<It's morphin time!>
身体が光に包まれ、一瞬の後に、ヨーコの身体は黄色いレザー制の戦闘服に包まれる
「レッツ・モーフィン!」
その発声とともに、頭部にウサギを模したヘルメットとゴーグルが装着される
「イエローバスター!」
そう名乗ると、手に双眼鏡から変形した剣・ソウガンブレードを構える
「悪いけどすぐに終わらせる!」
「フフ…おいで」
エスケイプも挑発するように笑うと、ゴグとマゴグを構える
「はあぁっ!」
「ふんっ!」
2人持つ刃が激しく火花を散らし、ぶつかり合う
バスタースーツによって引き上げられた身体能力は常人の15倍にもなる
それにより、人ならざる身を持つエスケイプとも互角に渡り合うことができる
そして、
「たあっ!」
イエローバスターの一振りが、白の拳銃・マゴグを弾き飛ばした
(いける―!)
蹴りと斬撃を織り交ぜた攻撃で、イエローバスターが有利になっている
「はあっ!えいっ!」
この好機を見逃すまいと、さらに激しい攻撃を繰り出し
柄に着いたスイッチを押す
<It's time for buster!>
刀身にエネトロンが満ち、黄色い光を放つ
「…っ!」
余裕を崩さなかった敵の顔に、綻びが生まれる
「やああああああああああっ!」
そのまま、強烈な斬撃を振り下ろす
「くっ!」
エスケイプも黒の拳銃・ゴグを構え、それをぶつける
ガキィィィィィィン…!
刃と刃がぶつかる甲高い金属音が響き渡り、2人の間に激しい衝撃が生まれ―
「…!!」
エスケイプの身体が後方に大きく吹き飛び、壁に激突した

「これで終わりよ!」
追撃をかけようとソウガンブレードを構え、走り出す
その瞬間
「あっ…!」
突如、体から力が抜ける感覚に襲われる
「充電…が…」
地面に崩れ落ちる
(こんな時に―!)
エネトロンを使った攻撃は、それだけ消耗も激しくなる
作戦開始前にチョコレートバーで摂取したエネルギーはすでにヨーコの身体から尽きてしまったのだ
胸中に大きな憔悴が生まれる
一対一のこの状況でエネルギーが切れるのは、完全に無防備になる
(早くしないと…)
しかし、エスケイプにも相応のダメージを与えたのでしばらくは動けないはずだ
ならば、一刻も早くエネルギーを補充して追撃しなければならない
ヘルメットを取り、ベルトのバックルからアルミ製の小袋を取り出す
中には小さなチョコレートがいくつか入っている
袋を開けようとする
―その時
「っ!?」
小袋を持った右手に、重さと痛みが同時に走る
何者かが自分の腕を踏みつけている
その感覚に驚き、上を見る
そこにいたのは
「この時を待っていたわ」
涼しげな笑みを浮かべた女―数十秒前に吹き飛ばしたはずの、エスケイプだ
「なん…で…?」
疑問を浮かべる
エネトロンが充填され、強化された刃は、メタロイドを戦闘不能に追いやる程の威力がある
直撃の感触は確かにあった
では、どうして敵は目の前に、何ともないというふうに立っているのか
「残念だったわね

ヨーコが手に持ったアルミの小袋を奪い取ると、エスケイプは嘲るように言った
「私のお芝居、上手かったかしら?

そう言うと、おもむろに袋を開封した

エスケイプは、前回の戦闘におけるイエローバスターの攻撃動作を徹底的に調べた上で今回の戦いに臨んでいる
敵の動きは完全に解析済みだ
それでもなお、彼女はゴーバスターズが自身の予想を上回ってきたことを踏まえ、より“愉しい”戦いになることを期待していた
しかし、案の定目の前の相手は前回と何ら変わらない、進歩のない戦い方をするばかりだ
だから、この小娘と互角の戦いを文字通り“演じる”ことで、調子に乗らせてエネルギー切れを誘う―
そうすることによって、より大きい屈辱感を与えるというかたちで愉しむことにしたのだった
「アナタ、全然いいモノじゃないのね」
失望してそう言うと、足元に転がっているイエローバスターのヘルメットを蹴とばした
エネルギーが切れたこの敵は、立つことさえままならず、地に這うことしかできない
もはや“脅威”などではない、ただエスケイプを愉しませるための“玩具”でしかなかった
「返して…」
苦しそうな声でそう言うヨーコに、エスケイプの心は高揚感に包まれた
もはや敗北は確定しているのに、往生際悪く自分を睨みつける―その身の程知らずな姿が、たまらなく愉快だった
「フフフ…」
笑うと、エスケイプは小袋から丸いチョコレートを一つ取り出し、自らの口に放り込んだ
(そういえば―)
たびたびエンターがピザやケーキなどを口にしていたのを思い出す
所詮データの集合体である自分や彼に、本来食事など必要ない
何故そのような無駄な事をするのか、かねてから疑問に思っていたが
「これは“甘い”っていうのね」
砂糖とカカオが溶けていくこの感覚―動けない敵を見下ろしながら口にするチョコレートは、確かに美味だと思えて、エンターの行動が少しだけわかった気がする
次に、エスケイプはかがみこむと、ヨーコの頬に両手を当てて、持ち上げた
「何…するのよっ!」
無駄な抵抗を試みる少女の姿が、さらにエスケイプの加虐心を満たしていく
少し広めの額には、脂汗が滲んでいる
エスケイプは舌を伸ばし、少女の額に顔を近づけ
「ちょっと…やめて!」
少女の表情には、“怯え”の感情が見える
エスケイプはその言葉に構うことなく
「ひっ…」
額の汗を、ペロリと舐め取った
「こっちは“しょっぱい”のね」
塩分と老廃物と土埃が混じったソレは、チョコレートと違い、全く美味しくなんかない
しかし
「…やめてぇっ!」
嫌悪感と恐怖感に支配され、泣きそうになりながら叫ぶ哀れな少女の表情は、チョコレートなんかよりも、エスケイプを興奮させるものだ
そして、ヨーコの顔をもっていた手を離すと、再び小袋を手にし、中からチョコレートを取り出し
「欲しい?」
そう尋ねた

敵の行動に、ヨーコは顔を歪める
額に残る舌の感覚に吐き気さえ催しそうになるが、それに耐えて必死でエスケイプを睨んでいる
質問の意図はわかる
自分を辱めるためのこの問いに、答える必要などはない
しかし
「答えて」
白の拳銃、マゴクが突きつけられる
答えを強要され、ヨーコは
「欲しい…わよ」
歯切れ悪く言った
正直に言えば、いらないと突っぱねてしまいたかった
この状態で敵に施しを受けることなど、プライドの高いヨーコには、とても耐えられるものではない
しかし、それが愚策であることはヨーコにもわかっている
だから屈辱に耐え、そう答えた
「フフフ、いい子」
エスケイプはサディスティックな笑みを浮かべると、チョコレートをつまんだ指をヨーコの眼前に差し出した
「あーん」
幼児にご飯を食べさせるような口ぶりに、激しい屈辱感や怒りが湧き上がる
しかし、この状況を打破する可能性がある以上、耐えるしかない
「あ…ん…」
ヨーコは小さく口を開けると、エスケイプの手に顔を近づけ、チョコレートを食べようとする
しかし
「フフフ…」
「っ!?」
エスケイプは手を引っ込めると、チョコレートを自分の口に放り込んだ
口の端を吊り上げ、あざ笑うように自分を見下ろす敵に、遂に
「ふざけないで!」
ヨーコの抑えていた感情が爆発した
「ヘンタイ!悪趣味女!」
怒りのままに放たれる罵詈雑言も、しかしエスケイプを喜ばせるものでしかない
それがわかっていても、怒りを抑えることはできなかった
「死んじゃえ!この―んんっ!?」
その言葉は、最後まで紡がれることはなかった
何故なら、ヨーコの唇を―
―データで構成された残虐なる女のソレが塞いでいたのだから
「んー!?んー!んー!」
何が起こったのかを理解し、必死で振り払おうとするが、その行為は全く意味をなさない
そして、次の瞬間
「っ…!」
口内に、生温かく甘ったるい液体が流れ込んでくるのを感じた
それが何か考えるまでもない
エスケイプの口内で溶けたチョコレートが、口移しというかたちで送られているのだ
あれほど求めた甘味が、倒すべき敵の体液と共に身体の中に入ってくる
そのまましばらくすると、エスケイプは唇を離し、笑った
「美味しかった?」
その言葉に
「絶対…許さない!」
ヨーコは立ち上がり、マスクを拾い上げ、怒りの眼差しで敵を睨んだ
「よくも…!」
まだ恋さえしたことのないヨーコの無垢なる唇は、目の前のサディストにより蹂躙された
対し、エスケイプは
「あら、ファーストキスがチョコレート味なんて、随分ロマンチックじゃない?」
神経を逆なでするような挑発を返し、エスケイプは身体を強化形態へと変化させる
「…うるさい!」
チョコレートを摂取したことで、体力は回復した
マスクを装着し直し、パワーアップツール・GBカスタムバイザーを取り出す
それを、モーフィンブレスの側面に装着し
<Set! Are you ready?>
ボタンを押し、バイザーが起動される
<Powered custom! It's morphin time!>
その音声と共に、イエローバスターの身体をデータの光が包みこむ
「パワードモーフィン!」
データが実体化し、脚部、腕部、胸部にアーマーが装着される
「イエローバスター・パワードカスタム!」
名乗ると同時、猛スピードで接近し、怒涛の蹴り技を放つ
「えいっ!たあっ!」
「はっ!ふんっ!」
エスケイプも応戦し、しばし、互角の格闘戦を演じ―

「くっ!」
(今だ―)
ほんの一瞬、攻撃をさばききれなかったエスケイプの隙を、ヨーコは見逃さない
「たあ!」
「ぐうっ!?」
敵の胸部に、蹴りを放った
エスケイプはその一撃に、思わずバランスを崩す
「ほらっ!」
ヨーコは続けて蹴りを浴びせ、その反動で宙へと舞い上がり
自身のパワードカスタムの固有能力で、宙に足場を形成し
「行くよ!」
さらに空高くジャンプし、右足にエネトロンを集中させる
「ラピッドキィーーーーーーーーーーーック!!」
―狙うのは胸部
前回の戦闘でも、この技でエネトロンを撃退した
確実に仕留める
その確信を持ち、怒りと共に超高速で急降下する
「はああああああああああああああああ!」
突き出された右足が、敵の胸を直撃する
(よし!)
確かな感触を得る
いくら装甲を強化しようと、この一撃を防ぐことは不可能だ
直撃の反動を使い後方に宙返りし、着地する
「かっ…はっ…!」
エスケイプはもがき苦しんでいる
「これがアタシの実力よ!」
勝利を確信し、そう告げる
「く…ぐああああああああああああああああああああああああああ!」
その叫び声と共に、エスケイプは爆散した

「ふう…」
ヨーコは敵を撃破したことを確認する
(危なかったぁ…)
そこで、ほっと一息をついた
今の戦闘では事実として、相手の油断がなければ勝てなかっただろう
しかし、そんなことよりエスケイプほどの強敵を倒したことへの歓びの方が大きい
「アタシを甘く見ないでよ」
勝ち誇り、その場から去ろうとする
(早く加勢にいかなきゃ―)
今だ戦闘中のヒロム達に加勢に行かなければならない
急ごう、と駆け出そうとした
その時―
(え?)
バイザーが、敵の存在を認識していることに気付く
しかも、この反応は―
「まさか!」
ヨーコが動きを取ろうとするより先に
「きゃああああああああああああああああああああっ!」
銃弾の雨が、炸裂し―
その身体が大きく吹き飛び、柱に激突した
「あぁ…う…」
受け身を取ることもままならず、地面に崩れ落ちる
そして、その方向を見る
今倒したはずの、女がいる方向を―
「どうして…」
エスケイプはヨーコに近づくと、その首を掴み、壁面に叩きつける
「あ…ぐ…」
苦しみにもがくヨーコに向け、エスケイプは
「残念。ダミーなの」
こともなげにそう言った
(そんな―)
「一度喰らった攻撃に対策を立てない私だと思う?」
いくら精巧に作られたものとはいえ、データの残骸で作られたダミーなど、見抜くことは容易なはずだ
「『甘く見ないで』…ですって?無理な話だわ

それを頭に血が上ったために確認を怠り、このような事態を招く結果となった
だが今は
(何とかしないと…)
現状の打開策を考えるのが先だ
「だって、チョコレートみたいに甘いんだもの」
しかし、敵の手をほどくことさえできず、されるがままになるほかない
「アナタ、本当にいいモノじゃないのね…」
心底失望したような声で、エスケイプが言った
「うる…さい…!」
弱みを見せるわけにはいかないと、虚勢を張ることが今のヨーコにできる、唯一の抵抗だった
しかし、それも
「これでお終い」
エスケイプの掌から電流が流され
「うあああああああああああああああああああああああああああ!」
スーツが凄まじい火花を上げ、焦げを作っていく
同時に、ヨーコの意識も闇に沈んだ

「…つまんない」
手を離し、地面に崩れ落ちたイエローバスターの背に、エスケイプは腰を下ろした
「もっといいモノと戦いたいな…」
こんな期待外れのまがい物じゃなくて、もっと自分を喜ばせてくれる“本当の”いいモノと―
思い出すのは、ブルーバスターとの戦いだ
あれ以上の興奮を、エスケイプは感じたことはない
「コレ、どうしよう?」
尻の下でのびている少女など、もはや彼女にとってはどうでもいい存在だ
処分してしまおうかと、両手に拳銃を構える
しかし
「やーめた」
それを元に戻すと、立ち上がり、イエローバスターの身体を抱え上げる
この少女を上手く利用すれば、きっとブルーバスターは更なる怒りに身を委ねるだろう
(きっと、最高にいいモノになるわ―)
来るべき“その瞬間”に想いを馳せ、基地へと帰還した

メタロイドを撃破したヒロムとリュウジはヨーコが消息を絶った地点に急行した
「ヨーコ、どこだ!?」
辺りを呼び掛けるヒロムの言葉に、答える声はない
そこで、“あるもの”が落ちているの見つけ、抱え上げる
「これって…」
「どうした!?」
リュウジが駆け寄る
「…っ」
かける言葉を失う
ヒロムの持ったそれは、ウサギを模したデザインの黄色いヘルメット
すなわち、イエローバスターのものだ
さらに、おかしな点が一つある
バイザーの部分に、ベッタリとしたキスマークが残っているのだ―


「ん…」
目が覚める
眠っていたようだが、身体はズシリと重たく、疲労は回復しない
ぼんやりとした視界の光景が、徐々にハッキリとしていく
「おはよう」
その声に、意識が現実に引き戻される
「…エスケイプ!」
敵意を込めた目で、目の前に立つ女の顔を睨む
そう、自分は敗北した
敗北し―捕えられたらしい
窓のない、照明だけがある空間で、ヨーコとエスケイプは二人きりだった
(身体が…動かない…!)
ヨーコの身体はバスタースーツを身に纏ったまま、直立不動の姿勢を取っている
どれだけ頑張っても、指一本動かせない
「アナタのバスタースーツにウイルスプログラムを送信させてもらったわ。今、その服は戦闘服じゃなくって、拘束具」
「…」
その言葉に、改めて敗北の事実を思い知らされ、悔しさに唇を噛むしかない
「…イイ顔」
エスケイプは、ヨーコの顎をクイ、と持ち上げほほ笑む
「この、ド変態」
蔑みの目で罵るが、エスケイプは笑うだけだ
「それとね」
エスケイプはヨーコの周りをグルグルと歩き、芝居がかった口調で
「アナタの身体にもウイルスを送信しておいたの」
「は?」
下らないハッタリだと確信する
「…バカバカしい」
吐き捨てるように言う
自分の身体にはワクチンプログラムが備わっている
だからこそ、ゴーバスターズに選ばれたのだ
それを突破することなど、どんなウイルスでも不可能なはずだ
ここでヨーコを怯えさせるのだけが目的の、このサディスティトらしい企みだ、と
「嘘だと思う?」
「…答えるまでもないでしょ」
呆れて言い放つ
「そう。それじゃあ…」
エスケイプはタブレットに指を走らせる
瞬間、
「えっ!?」
バスタースーツが解除された
突然のことにヨーコの身体は対応できず、倒れる
「…っ!」
立ち上がり、身体の具合を確認する
拘束具が解かれ、身体は全て自分の意思で動く
だから
「はあああああああっ!」
エスケイプの顔面に、思い切りキックを放った
しかし
「!?」
鋭い蹴りを放ったヨーコの脚は、エスケイプの鼻の先で止まった
「どうして…!?」
先程と同様に、身体が全く動かない
蹴り上げたままの姿勢で、ヨーコの身体は完全に硬直してしまったのだ
「だから言ったでしょ?」
エスケイプが笑う
「ワクチンプログラムは破壊こそできなかったけど、小さな穴くらいは見つけたわ」
タブレットを操作すると、ヨーコの脚は下がり、元に戻る
「まだ信じられない?じゃあ…」
呆然とするヨーコに、エスケイプはタブレットの画面を見せつけた
「命令よ」
そこに映っている言葉は
『ウサギのモノマネ』
「…っ!」
直後、ヨーコの両手が勝手に頭上で、まるで子供がするような“ウサギの耳”を形づくる
「い、いやぁっ!」
さらに膝を曲げると、ピョンピョンと、ヨーコの身体は飛びはね始めた
「ウフフフ、上手よ」
「やだ!止めて!」
泣きそうな顔で叫ぶが、身体はそれに反する動きをし、間抜けさと滑稽さを増している
「もっと笑顔で楽しくやりなさい」
「っ!?」
その指示の通り、表情が勝手に笑いを作る
そして
「あは…あはははっ…あははははははははは」
口から、笑い声が溢れだす
(やだ…こんなのやだぁ!)
喋ることも泣くことも許されず、ヨーコは笑顔で、愉しそうな笑い声を上げながら、ウサギのモノマネを続けた

数時間後、ヨーコはぐったりと床に倒れていた
「あ…あぁ…」
うわ言のように呻くことしかできない
エスケイプがしゃがみ込み、“あるもの”を見せる
それは、一枚のカードだ
(何をする気…?)
疑問を口に出す気力さえ起きないヨーコに、エスケイプは微笑み
「このカードにね、人間の自我をデータにして閉じ込められるの」
「…」
その言葉を聞いて何をするつもりなのかなど考えるまでもない
「コレ、アナタのために作った特別製よ」
黄色く、ウサギのマークがプリントされたそれをエスケイプは見せびらかすように振った
「やめて…」
絞り出すような声で、ヨーコは懇願した
「ん、何?」
大げさな仕草で、エスケイプは聞き直す
「たすけて…」
もはやプライドも打ち砕かれたヨーコは、遂にその言葉を口にした
対し、エスケイプは満足気に笑って
「ダーメ」


「ヨーコ!?」
「ヨーコちゃん…どうして!?」
ヨーコ不在の中、現れたバグラーの大群との交戦中の4人の前に現れたのは、見紛うこともない、イエローバスターの姿だった
しかし、異常な点は
緩やかな動作で構えられた銃口は、自分達に向けられている
「桜田ヒロム、岩崎リュウジ、陣マサト、ビート・J・スタッグ…以上攻撃対象4体、エスケイプ様の命により、抹殺を開始します」
抑揚のない機械のような声で、信じられない言葉を口にした


椅子に腰を下ろしながら、エスケイプはタブレットを満足気に見つめていた
映っているのは、4人のゴーバスターズと戦うイエローバスターの姿だ
宇佐見ヨーコの自我を奪い、忠実な操り人形にするのは、もはや簡単な作業であった
命令通りに動かないメタロイドなどより、よっぽど優秀で便利だし、可愛らしい
操ったイエローバスターを残る4人にぶつけ、彼らの―特にブルーバスターの怒りを高める
「…イイ作戦」
もはや心身状況を確かめる必要などはない
ブルーバスターこと岩崎リュウジの怒りのボルテージが、かつてない程に高まっているのは明白である
「でも、まだ足りない」
エスケイプは、右手に持ったカードを眺めた
黄色いウサギのマークが描かれたソレには、データ化したヨーコの人格が封じ込められている
「…フフフ」
愉快そうに笑うと、カードをプラプラと振ってみる
きっと、次に彼と戦う時は、今までとは比べ物にならないほど、愉しいものになるだろう
「もっともーっといいモノになってもらわないと。ね、ウサギちゃん♪」
物言わぬカードに口づけをすると、今度は胸の谷間から、カラフルな包み紙にくるまれた丸い物体を取り出す
包み紙を外すと、真っ赤なキャンディが露わになる
それを口の中に放り、
「…美味しい」
―“甘い”ってこんなに“いいモノ”だったんだ
エスケイプは、そのことを教えてくれた少女に、満面の笑みを浮かべることで感謝の気持ちを表した