Case File.X-6 微笑みのロミオ


トゥモローリサーチには、1人の来客と4人がテーブルを囲んでいる
「直人、どうしたんだよ一体?」
問う竜也の声は、憔悴したように上ずっている
滝沢直人は、懐から一枚の写真を取り出すと、机の上に置いた
4人がそれを覗きこむ
「これって…!」
赤く強い光により、顔までははっきりと確認できないが、2つの人影が確認できる
「セントラルシティータワー爆破の犯人とみられる人物だ」
滝沢は無愛想にそう言う
3日前に起こった大事件により、東京は今も混乱状態にある
ニュースでは、犯人の詳細は不明とされていたが
「シティガーディアンズの隊員が何人か目撃している。確定情報とみて間違いない」
「…」
4人は言葉を失う
何故なら、写っているのは、数日前に失踪した、仲間の一人なのだから
「こんなの…何かの間違いだろ!」
苦し紛れに竜也が言う
しかし滝沢はそれに答えず、席を立ち
「わかっていると思うが、あの女はロンダーズに与した時間保護法違反の犯罪者だ」
ドアを開けると
「逮捕の邪魔をするのなら、お前達でも容赦はしない」


「あはぁぁぁぁん…!」
ユウリは、もう幾度目になるかわからない黒羽との性交を重ねていた
連日テレビでは、自分が起こした爆破事件の報道でいっぱいだ
「見てください、ユウリさん。僕たちの未来を照らす灯火ですよ

燃え盛るビルの映像が映る
ユウリは、胸が高鳴るのを感じる
「素敵…」
黒羽は、ユウリの乳首をつまみ、
「ひんっ!」
「ユウリ、そろそろ貴女の元仲間達を抹殺しようと思うのですが…」
その言葉に、ユウリは
「そうね…私たちの未来に…彼らは不要だわ」
まるで何も感じていないように、同意する


次にドルネロから下された任務は、とある銀行からの現金の強奪
黒羽は、金庫を襲撃に向かい
そして、ユウリは
「ぐはっ!」
4人の戦士たちと対峙していた
軽やかな動きで、ロンダーズの技術で作られた双剣を振り回す
対し、かつての仲間である4人は手を出せない
地に伏せた4人を
「…ふふっ」
微笑を浮かべながら見降ろす
「ユウリ…!」
地を這いながら、タイムレッドがすがるような声を言う
「元に…戻ってくれ…」
その言葉に、ユウリは嘲笑し
「それは無理ね」
冷たく言い放つ
「私は、あの人と一緒に未来を変えると決めたの」
恍惚として
「あなた達にはわからないでしょうね。彼の、崇高な理想を…」
剣を振り上げる
「さよなら…」
振り下ろそうとした、その時
バキュゥゥン…という音
「うっ!」
ピンクのスーツの胸部から火花が上がり、身体が大きく吹き飛ぶ
「…っ!?」
その場にいる5人が攻撃の方向を見る
現れたのは
「直人…」
DVディフェンダーを構えたタイムファイヤーがゆっくりと近寄る
「…」
後ずさるユウリに向け、更に引き金を引こうとする
その時
「待て、直人!」
「直人さん、やめてください!」
4人が、何とか立ち上がり、タイムファイヤーに掴みかかる
「どけ!」
隙が生まれるその隙に
「…っ!」
状況を不利と見たユウリは、その場から駆け出した
「待て!」

倉庫から逃げ出し、距離を取ったユウリは
「…くっ!」
忌々しげに舌打ちすると、1本の剣を地面に叩きつけた
―タイムレンジャーの抹殺に失敗した
その事実に、怒りが湧いてくる
しかし
(ああ、あなた…)
愛しい彼のことを考えると、その怒りも沈んでくる
その時、ある事実に気付く
(誰もいない…?)
そこには、自分が率いていたゼニットも
同行していたリラも
黒羽の姿さえもない
その時
ピリリリと、クロノチェンジャーに通信が入る
「あなた…!?今どこに―」
通話口の向こうから、その声は、ユウリの言葉を遮り
『失敗しましたね?』
その声は、どこか愉快気であると同時に、冷徹さを含んでいる
「つ…次は必ず成功させるわ!だから早く―」
援護を求めようとする声を
『ダメなんですよ、ユウリさん』
「…!?」
困惑するユウリに
『僕の作る未来に、ミスは許されません。計画は絶対なんです』
「そんな…」
続けて
『貴女はもう不要なんですよ』
切り捨てるような言い方に
「嘘…」
呆然自失となる
自分達は誰よりも深く愛し合い、お互いを必要としたはずだった
それなのに、告げられているのはまるで自分を捨て駒とするような言葉だ
「そんな…お願い!何でもするわ!だから…」
必死で助けを求める
それに対し
『そうですね…なら新しい指令を与えます。それをクリアできたら、貴女を永遠に愛してあげますよ』
その言葉に、心がパァ…と明るくなる
「な、何?何なのぉ…?」
次の言葉が待ちきれない

ユウリは、そこに指令を実行すべく佇んでいた
待っていれば、じきに標的は現れる
カタン、と音がする
「あはっ…」
笑みがこぼれる
目の前にいるのは、タイムレッドと似た意匠のスーツの男
タイムファイヤー―滝沢直人
与えられた指令はこの男の処分だ
メンバーの欠けたタイムレンジャーよりも危険度が高いと判断した結果だと、黒羽は言った
「見ぃ~つけたぁ」
嬉しそうに、幸せそうに、ユウリは笑った
この男を殺せば、ずっと彼は自分を愛してくれる
もう、恐れるものは何もない
だから、ユウリは
「あっはははははっはは!」
狂ったように笑い叫び
「死ねええええええええええええええええええええ!!」
標的に向け、剣を向けた―
タイムファイヤーが、手にしたDVディフェンダーを、ソードモードにする


離れた地点から、黒羽とリラはその様子を高精度な双眼鏡で見ていた
「なかなかお芝居が上手なのね」
リラは、隣に立つ黒羽に、笑みを送った
「学生時代は演劇部に所属していましたから。それに…」
黒羽は懐から、ピンク色の液体が入った小瓶を取り出し
「貴女の協力のおかげでもあるんですよ」
貼られたラベルには“KILLER QUEEN”という文字
「しかし、この香水の力は素晴らしいですね」

KILLER QUEEN-それは、30世紀に開発された香水の一種である
この小瓶に入った液体は、その原液である
それは、蜂などの昆虫が持つ、異性を引き付けるフェロモンを分析し、人間にも効果を及ぼすように開発されたものだ
原液の中毒性は極めて高く、そのまま市場に出回ることはない
しかし、リラはこれを極秘裏に入手していたのだ

「どうだったかしら?あの女との“恋愛”は」
問うリラに
「楽しかったですよ。なかなか可愛らしい方でしたし」
口の端が歪む
「まあ、あそこまでウブな女性は、私も初めて会いましたが」
ロンダーズと出会った時、黒羽はドルネロに心酔し、協力すると決めた
その後、彼らを妨害するタイムレンジャー―そのリーダー格であるタイムピンクの正体を知り、興味を覚えた
凛々しく気高く美しいその姿は、彼の歪んだ加虐心を煽るには十分なもので
(この女を、情婦に落してみたい)
決意した黒羽は、まず美河響子という女を操り、ユウリが自分に接触するよう仕組んだ
その時使ったKILLER QUEENの効果で、彼女は自分に対し好ましい感情を持っただろう
その後、パワードスーツを身に纏い、彼女と戦った際も、彼女は戦いの中で興奮を覚えたはずだ
あとは何度か面会を重ね、親交を深めることで、彼女の好意は恋心へと変わっていく
簡単な話だった

「けど、その気になれば一度であの女を落とすこともできたのでしょう?」
リラの言うとおり、KILLER QUEENを直接体内に摂取させるなどすれば、会ったその日に彼女は堕ちたはずだ
しかし
「それは無粋というものですよ」
黒羽は笑って
「僕は“彼女が望むかたちで”彼女を僕のモノにしたかったのですから」
彼女のような恋愛経験のない女性が憧れるのは大体ドラマのような、黒羽に言わせれば“安っぽい”展開だ
だから、適当にシェイクスピアの作品を彼女に読ませ、その展開をなぞるような筋書きで、黒羽は誠実で実直な男を演じた
それにより彼女はジュリエットに自分を重ね合わせ、黒羽への愛情がさらに大きくなった
(あそこまで、あの作品に彼女が没入するとは思いませんでしたが)
彼女がジュリエットの台詞を口にしたときは、笑いを堪えるので大変だった

つまり、この一連の出来事は、ユウリの感情を含めすべて、黒羽が仕組んだ1つの脚本のようなものなのだ
ユウリは、彼に“植えつけられた”恋心を、自分の本心だと感じ、色欲に身を沈めた
最後までその事実を知ることがなかったのは、果たして幸運と言えるのだろうか

「帰りましょう。ドルネロ様に報告をせねば…」
「そうね、だけどあの女、本当に回収しなくていいの?」
今頃、タイムファイヤーにより圧縮冷凍されているだろう
「構いません。飽きた玩具は捨てる主義ですので」
そういって、歩き出す
「ウフフ、そう」
黒羽は満足気に笑い
「愛した男のために仲間を裏切り、最後にはその男にも裏切られ、かつての仲間に倒される―悲劇の女捜査官には最高の結末でしょう」
懐から出した写真を放り投げる
凛とした表情を浮かべたユウリの写されたそれが、風に舞い、どこかへと飛んで行った


西暦3001年、男は絶望の中にいた
間もなくこのGゾードが暴走し、この世界は終わりを迎える
この事実を知っているのは自分だけで、他の人間は、いつもと同じように、日常を生きている
過去への干渉は、意味をなさなかった
結果として、滝沢直人は自身の身代わりとなるかたちで死を迎え、タイムレンジャーはメンバーの1人を失いながらもロンダーズ囚人を全て逮捕することに成功した
しかし、それでもリュウヤの死は変わることはなく
彼が新たに見た未来に、今この世界は向かおうとしている
もはや止める術はない
消滅の時刻まで、後1時間しかない

リュウヤは刑務所の圧縮冷凍された囚人が保管されている倉庫から、1つのカプセルを取り出した
中には、桃色のクロノスーツを身に纏った、美しい女性
その女は自分が部下として過去に送り込んだ、タイムレンジャーの1人だ
しかし、ロンダーズに与した人間の罠に落ち、タイムファイヤーにより圧縮冷凍され、今、ここにある
リュウヤは、それを解凍装置の中に入れ
“解凍”のスイッチを押す

数分後
「あはぁ…あなた…だぁれ?」
その女に、かつての凛とした面影はない
「俺は…リュウヤだ」
トロンとした目で、こちらを見て、淫靡な声で言う
「りゅうや…私のこと、愛してる…?」

ユウリは、全てを捨てて愛した男に裏切られたショックと、圧縮冷凍による身体的ダメージ、そして1000年もの間意識を保ったまま暗闇で過ごすという精神的ショックにより、自分が何者であるということさえ、覚えていなかった
かつての凛然とした女捜査官の姿はなく、今はただ一つ残された“異性を愛し、愛されたい”という本能に従うだけの情婦でしかない

リュウヤは、この女に対し、以前から劣情を抱いていた
美しく、毅然で、有能―この生意気な女を、いつか自分の手で落としてみたい
しかし、すでに目の前の彼女は“壊れている”
その事実を噛みしめ、しかし
「あぁん…!」
その身体を押し倒し、唇を奪う
さらに手にした特殊合金製のナイフで、クロノスーツの股間の部分を破る
「愛しているぞ、ユウリ」
「私も、愛してるわ…あはぁぁぁぁぁん!」
嬌声に、男根がいきり立つ
そして2人は、身体を重ねた

「あはぁん!あぁん!」
いつしか、リュウヤの心に死への恐怖はなくなっていた
この女を壊したという男に、羨望と嫉妬を持つ
しかし、今は
「あぁぁぁん!そうよ!イカせてぇ!」
肉欲に溺れ、自分を求めるユウリに、ひたすらに劣情をぶつけた
時計を見る
消滅の時間まで、あと1分―