Case File.X-5 悲劇のジュリエット


「ウフフ、いらっしゃいお嬢ちゃん♪」
ロンダー刑務所の中心部
そのテラスで、リラは上機嫌だった
無理もない
今まで何度も煮え湯を飲まされてきた小生意気な女捜査官が、目の前で屈辱的な姿で拘束されているのだから
「何か言ったらどう?」
女の顎をクイ、と持ち上げ顔を覗き込む
「…」
しかし、女は無表情でリラを睨みつけるのみだ
「…ムカつく女!」
忌々しげに言うと、吸っていたキセルの煙を、口から吐き出す
「…けほっけほっ!」
奇妙なまでに甘ったるいその香りに、女の顔が歪む
「ウフフフ、いい顔」
それに満足したのか、椅子に座り、食事を始めた

ユウリは、ドン・ドルネロの前に連行された
「へへ、家族の仇を前に何もできないってのはどんな気分だ?」
その言葉に
「―このっ!」
抑えていた怒りが爆発し、ドルネロに詰め寄る
しかし
「きゃあああああああああああ!」
全身に痛みが走る
拘束具としてつけられた首輪が、高圧電流を放ったのだ
そのまま、崩れ落ちるユウリに、ドルネロは
「気の強い女は好きだが、もうちょっとしおらしくした方が身のためだぜ」
「…っ!」
嘲笑混じりにそう言われ、悔しさがこみ上げるが、どうすることもできない

ドルネロとの謁見を終え、廊下に出されたユウリを、黒羽が出迎える
「ユウリさんの監視係は僕が担当することになりました。困ったことがあれば何でも言って下さい」
「うん…」
力無く俯くユウリに
「では、部屋まで案内します」
そう言って歩き出す
ユウリもその後に続く

「これは…」
案内された部屋に入り、ユウリは驚きに目を見開いた
そこは、刑務所の独房というイメージからは程遠い、まるで一流ホテルのスイートルームのような広く華やかな部屋であった
「監視カメラの類は外してありますので、自由にしていてください」
その後、黒羽は部屋の設備について説明すると
「おっと、忘れていました」
指をパチンと鳴らすと
ユウリの両手首を拘束していた手錠が外れる
それにより、手錠の能力で固定されていたクロノ粒子が弾け、クロノスーツから、グレーの地にピンク色のラインが入ったインナースーツ姿へと戻る
ドルネロによりつけられた首輪は取れないが、幾分か身体が楽に感じられた
「では次は…」
説明を続ける黒羽を尻目に、ユウリはベッドに倒れこんだ
精神と肉体を蝕んでいた疲労感が、彼女を眠りに誘う
うつ伏せのまま、ユウリの意識はフェードアウトした

「…!」
黒羽は、ユウリが眠ってしまったことに気付き、ベッドに近寄る
そして
「よっと」
いわゆる“お姫様だっこ”で彼女を持ち上げると、布団をめくり、彼女を寝かせる
そこに、布団をかぶせて
「おやすみなさい、僕のジュリエット」
唇にキスをして、明りを消して部屋を出た


「…ん」
目が覚める
まだ体にだるさがのこるが、柔らかいベッドのおかげか、気力は取り戻した
ガチャ、とドアが開く
「おはようございます。目が覚めましたか」
黒羽が入ってくる
「え、ええ」
動揺を抑え、対応する
「…」
昨日死力を尽くして戦った相手だとは思えないほど、朗らかな笑顔
黒羽は
「お風呂、入りましょうか」
と提案し
「へ?」
口から間抜けな声がこぼれた

部屋と同じくらいある広さの浴場でユウリは身体をすっぽり映すくらいの大きさの鏡の前に、裸のまま立っていた
真っ黒な首輪だけがつけられている自分の姿は屈辱的で、どこか淫靡な雰囲気を放っている、と思う
洗顔と洗髪はすでに済ませてある
なぜこんなことをしているのかというと
黒羽がユウリの身体を洗いたい、と申し出たのである
はじめは顔を真っ赤にして拒絶したユウリだが
少し残念そうな彼の顔と、虜囚であるという、自分の置かれた環境を鑑みると、断るわけにもいかなかった
そういえば、彼が自分に何か要求してきたのは初めてのことではないだろうか
今まで、自分ばかり彼に甘えていたような気がしていたので、それが少し嬉しく感じられる
その時
「お待たせしました」
腰にタオルを巻いて、タオルと石鹸をもった黒羽がやってきた

黒羽は、鏡の前に立つユウリの背後に回ると
「身体はどこから洗いますか?」
「え?あの…」
突然の問いに、困惑するが、小さな声で
「…ぃから」
「はい?」
聞き直す彼に、顔を真っ赤にして
「ひ、左のおっぱいからよ!」
声を張り上げる
それを聞いて、黒羽は
「そうですか、では」
石鹸の泡だったタオルで、ユウリの左の乳房をこすった
「んん…!」
思わず声が出る
タオルのざらざらした感触と、彼の手で握られる圧力
その2つが、不思議な感覚を乳房へと与える
「大丈夫ですか?」
「…ええ、へ、平気だから…続けて」
その言葉通り、黒羽はユウリの乳房から腹部をタオルで擦る

「腋を見せてもらえますか」
「はい…」
言われるがままユウリは両手を後頭部で組み、腋を開く
鏡に映る自分の姿は、凄まじく滑稽なものであったが
(きもちぃ…)
身体を洗われる快感を前には、些細なことであった

上半身をくまなく洗うと、今度は足の先からふくらはぎ、太股、双臀と言う順で、下半身が擦りつけられる
そして、黒羽の手が脚の付け根に伸びたとき
「…ひっ!」
ピクリと、身体が動く
しかし、黒羽は手を止めず
「大丈夫。じっとしていて下さい」
ユウリの股間へと手を伸ばす

下半身も洗い終わり、全身を覆っていた泡が、熱めのシャワーで流されていく
スッキリとした気持ちよさが身体を包む

広い浴槽で、ユウリは黒羽に背後から抱き締められる形で使っていた
腰には彼の“ソレ”が当たっており、気が気ではない
思い出されるのは、あのホテルでの一夜だ
激しく身体を重ね、愛を交わした
それを考えると、顔が熱を持ち、湯の中に沈んでしまいそうになる
その時
「ユウリさん」
「ひゃい!?」
突然耳元でささやかれ、素っ頓狂な声を上げてしまう
黒羽は真面目な口調で
「昨日言ったこと、覚えていますか?」
「…!」
全身が強張る
彼は昨日、戦闘の前に、己の理想を語った
それを否定したユウリだったが、結果として戦いに敗れ、こうして虜囚となっている
「僕に協力してはもらえませんか?」
その問いに、答えることができない
この男の考えは理解が及ばないワケではないが、ユウリの価値観からは大きく外れている
しかし、とも思う
戦いに敗れたのなら潔く、彼に従うべきなのではないかと
だから
「もう少し…考えさせて」
そう言うと、浴槽に身を沈めた

風呂から出ると、替えの下着とバスローブが置かれている
その気遣いを恥ずかしく思いながらも、それらを身につける
「このあと少し、話をしませんか?」
黒羽が言った時
グウウウウウウウ…と、大きな音が鳴った
お腹を抑えて恥じるユウリに黒羽は笑って
「その前にご飯にしましょうか」

はこばれてきた朝食は、トーストとハムエッグにコーヒーというオーソドックスなものである
それに加えて
「これもどうぞ」
彼がもってきた皿には、いつものチョコレートケーキが乗っていた

市販で売っているそれとは違う、鼻腔をくすぐる香ばしいトーストと、口の中でとろけるような味わいのハムエッグを、ユウリはすぐに平らげた
そして、フォークでケーキを切り、口へと運ぶ
その時、
「ユウリさん」
深刻そうな声で、黒羽が言った
「ドルネロから与えられた猶予は3日間です。その間にロンダーズに加わると言う意思を示さない場合…」
一息吸うと
「貴女の処刑を実行する、だそうです」
「…」
沈黙が流れる
しばらくして
「…ロンダーズに与するくらいなら、死んだ方がマシよ」
その言葉に、黒羽は悲痛な顔を浮かべ
「…どうして貴女は、自分のことばかり―」
「え?」
予想外の言葉に、少し驚く
「少しは僕の気持ちも考えてください!僕は貴女に死んでほしくないんです!」
珍しく、声を荒げる
「ユウリさん、僕はいずれドルネロを倒し、新たなロンダーズ・ファミリーを率いて未来を変える!その時貴女に傍にいてほしいんだ!」
(ああ―)
ユウリは嬉しく思う
ようやく、彼の本心が見えたような気がしたから
しかし、ユウリは
「私は…タイムレンジャーだから」
そう言うと
「…っ!」
やりきれないような表情で、彼は部屋を出ていった

「…」
大きなベッドに身を沈めながら、ユウリはもの思いに耽っていた
皆心配しているだろうか
そう言えば、と、この前彼らと喧嘩になったことを思い出す
考えてみれば全て自分に非があるし、リーダーという立場に相応しくない戦いをしていた
皆は笑って許してくれたが、やはり申し訳なく感じる
「…ごめん」
誰にとなく、そう呟く
もう二度と、会うことのないであろう仲間を想い、目頭が熱くなる

続いて脳裏に浮かぶのは、家族のことだ
ドルネロの差し金で命を奪われた父、母、そして幼い妹―
その仇を討つべく、インターシティ警察となり、時間保護局でタイムレンジャーとなった
しかし、自分はこうして捕えられ、3日後にはそれを達成することなく死を迎えるであろう
悔しさと悲しさが胸を覆う
その時
『お姉ちゃん』
夢でも見ているのだろうか
聞こえてくるのは、今でも覚えている妹の声だ
顔を上げた先に、ぼんやりとした3つの人影がある
『ユウリ』
「お父さん…」
父が、柔和な笑みを浮かべ
『仇討ちなんかしなくてもいいんだ』
「…え?」
さらには
『そうよ。わたし達は、あなたが生きて、幸せになってくれればそれでいいの』
「お母さん…」
母が、優しく微笑む
続けて
『お姉ちゃん、幸せになって…』
その言葉を残し、3人の姿は消失した
「待って!」
手を伸ばすが、その先には誰もいない

一人残されたユウリの心に去来する感情は―
(死にたく、ないな…)

「…さん、ユウリさん」
その声に、ハッとする
黒羽が自分の顔を覗きこんでいる
眠ってしまっていたのか
昨日の疲れが未だ残っていることを実感する
「…泣いていたのですか?」
「え…」
鏡を見ると、目元が赤くなっている
黒羽は、それ以上は聞こうとせず
「夕飯を持ってきました。食べ終わったら、呼んでください」
そう言って、部屋を出ようとする彼の服の裾を掴み
「…?」
「あの…しよ…」
小さく呟く
「はい…?」
通じていないようなので
「だから…せっくす、しよ」
顔を上気させ、上目遣いで言う
対し、黒羽は
「…はい」
ほほ笑むと、優しく、ユウリのバスローブに手をかけた

「はぁぁぁん…!」
恥丘を愛撫され嬌声をあげる
それが済むと
「ん…ちゅぅ…」
いきり立った彼のソレを舐めまわし、咥える

そして
「入れて…」
欲情を煽るような声で、彼を求める
「…はい」
彼のソレが、ユウリのソコへ挿入される
「…あっ」
痛みと快感が同時に押し寄せ、顔が強張る
「行きますよ…!」
彼が腰を激しく動かし、ユウリの双臀に当たる
そのまま
「…っ!」
黒羽の動きが止まったと同時、熱いソレが、ユウリの中に入って来て
「うはぁあああああああああああああああああん!」
激しい喘ぎ声とともに、ユウリは絶頂に達した

「はぁ…はぁ…んっ」
余韻に浸るユウリの唇に、黒羽の唇が覆いかぶさり
2人は、貪るようにキスをする
「はぁ…あむっ…あぁん…」
唇が離れると、唾液が糸のように伸びる
「はぁ…好きっ…あなたが…大好き」
うわ言のように言うユウリに
「僕も愛していますよ」
その言葉を受け
(ああ―)
夢で母親が言ったことを思い出し
(私、幸せ…)

昨日と同じように、黒羽と共に風呂に入り、夕食を済ませた
そして
「おやすみなさい、ユウリさん」
ドアが閉まる
ユウリは、まだ熱を持った身体を、ベッドに傾け
「…」
やがて、それが醒めると、意識は沈んでゆく―


次の日、朝も昼も、黒羽は姿を見せなかった

その次の日もまた、彼が現れることもなく、夜を迎えた
(明日…ね)
処刑の日は、明朝の午前9時だ
(最後に…会いたかったな…)
気分が沈む
その時
「ユウリさん!」
勢いよくドアが開き、黒羽が飛び込んでくる
「こっちへ!」
しかし、ユウリが反応するより先に、腕を掴むと、部屋を飛び出した

「ちょっと…?」
彼に引っ張られ、しばし走った先にあったのは、ロンダー刑務所の裏にある、荒廃した庭のような場所だ
訝しげな表情のユウリに
「あれを見てください」
黒羽はある方向を指さす
そこにあったのは、半径50センチメートルほどの、小さな穴だ
「ここを抜けていけば、街へ出ることができます」
「え…」
黒羽は言う
「昨日と今日で掘ったので、会いに行けませんでしたが」
申し訳なさそうに笑うと、
「…行って下さい」
そう指示する
対し、ユウリは
「あなたも一緒に―」
「ダメです!」
黒羽はその言葉を遮り
「僕はこれからけじめをつけるためにドルネロの下にいきます」
「そんなことをしたら…!」
狼狽するユウリに
「ええ、制裁を喰らうのは間違いないでしょう。もしかすると、死ぬことさえできないような状態になるかもしれない」
「そんな…」
黒羽は続ける
「でも、それでも貴女には生きていてほしい。例え世界を変えられなくても、貴女が生きているのなら、それでいい」
そう言って、ユウリに背を向ける
「さようなら」
黒羽が一歩を踏み出した、その時―
「『ねえロミオ、あなたはどうしてロミオなの?』」
彼からもらった、あの戯曲文学の台詞を口にする
ピタリと、黒羽が足を止める
「『私はキャピュレットの娘、あなたはモンタギューの息子。どうして私達は出逢ってしまったの?どうして…愛し合ってしまったの…?』」
黒羽は、振り向くこともなく
「僕は…後悔していません」
そう言い残すと、再び歩を進め―
「待って!」
ユウリは走り、その背中を抱きしめた
「ユウリさん…?」
困惑する彼に
「私は、もうあなたに敗れているわ」
思い返すのは、あの時の戦い
「でも、あなたは私にトドメを刺さなかった」
武器とマスクは破壊されたが、ユウリの身体が傷を負うことはなく―
「この命は、あなたに与えられた命よ」
黒羽は、自分の身体が傷つくことを承知で、それを実行し
「だから、私の命は、あなたのもの」
その事実は、ユウリの精神に敗北を刻み込んだ
「私の身体も私の心も、全てあなたのためにあるのよ」

「貴女は―」
呆然とつぶやくその背に
「黒羽省吾―私はあなたに尽くします。あなたの、望むがままに…」
胸にたまった想いを、全て打ち明けた
「ロンダーズに、加わると…?」
そう問う、彼に
「それがあなたの望みなら―」
決意を込めて
「私は、仇も使命も、全て捨てるわ」
自分の心が、堕落していくのを感じながら
しかしユウリの心は、歓喜で満ちていた
―これで、あの2人のように、引き裂かれることは、決してない
最愛の彼と、添い遂げることができるのだから


ロンダー刑務所の中心部
そこで、ユウリはドルネロを前に、跪いていた
「じゃあ、ロンダーズに入るってことで、いいんだな?」
ドルネロが確認する
「はい、ドルネロ様。あなたに忠誠を誓います」
しかし、その声には、まるで感情が見られない
「もし裏切るようなことがあったら、その首輪が爆発するぞ」
「構いません」
機械が話しているようであった
「ならいい。黒羽、監視役は引き続きテメエに任せるぜ」
ドルネロは黒羽に目をやる
「はい、勿論です」
黒羽は、ユウリの横に立つと
「行きましょう。早速指令です」
言うと、ユウリは立ち上がり、恍惚とした笑みを見せ
「はい、あなた…」
立ち去るその背に続いた


その日、トゥモローリサーチは沈鬱した空気に包まれていた
粉々に砕けたダブルベクターと、真っ二つに割れたタイムピンクのマスクの他には、何も見つかっていない
その時、
「おい…これ…」
点けていたテレビを、ドモンが呆然と眺めている
3人もそれを見る
「そんな…」
「嘘だろ…」
ニュースで流されたのは、銀行襲撃の瞬間を治めた監視カメラの映像で
大量のゼニットに囲まれている、2つの人影
一つは、あの黒いパワードスーツの男
そしてもう一つは
「ユウリ…」
ボディラインを強調するような桃色のスーツに身を包み、しかしその美麗なる表情は、はっきりと見える
それは間違いなく、姿を消したユウリのものであった


ユウリは、クロノスーツを纏い、とある建物の屋上に立っていた
リラにより改造されたそれは、以前のものより圧迫感が高まり、息苦しさを感じる
しかし、その痛みに興奮を覚えるのもまた事実だった
「ユウリさん、これを」
隣に立つ黒羽が、それを手渡す
「押してください」
円筒に、ボタンが一つ着いている
そのボタンをユウリは、何のためらいもなく
「…」
押した
その瞬間、
ドゴオオオオオオオオオオオ…
凄まじい爆音と共に、目の前にある高層ビル―“セントラルシティタワー”が、崩れ落ちた

ロンダーズファミリーに莫大な金と共に、届いた依頼
それは東京の中心にある“セントラルシティタワー”への爆破テロを頼むものだった

「はぁん…」
ユウリは恍惚として、爆炎を上げながら倒壊するビルを見ていた
何万もの命が、失われていく
それを見て
(あなた達の死は、無駄にはならないわ)
死にゆく者たちへ、哀悼の意を表す
(だって―)
隣にいる男と、ほほ笑みを交わす
(私たちの作る未来に、必要な犠牲なのだから…)