Case File.X-3 ビター・ドリーム

その後ユウリは、竜也達には“取材”と偽り、黒羽省吾との逢瀬を重ねた
無論自分がタイムレンジャーであることなどは伏せてあり、デート中にロンダーズが現れ、無理矢理な言い訳で中止になったことも何度かあるが、彼はそれでも問い詰めるようなことはしなかった
そして会う回数を重ねれば重ねるほど、ユウリの黒羽に対する感情は強くなってくる
ユウリはもはや調査依頼など忘れ、ただ黒羽に会うことのみを楽しみにしていた
黒羽はユウリに特に詮索しない代わりに、たびたびタイムレンジャーとロンダーズの情報を聞いてくる
自分がタイムレンジャーだということは教えるわけにはいかなかったが、“調査依頼の結果”として、できる限りのことを教えた
恋人に対し、秘密を作っている―その事実がまた、ユウリの心に奇妙な興奮を抱かせていた

「おい、見ろよこれ!」
竜也が、新聞紙を広げて言う
「この人…!」
シオンが横から覗きこむ
新聞の見出しには
『会社の資金横領!女社長逮捕』
とある
さらに、逮捕されたのがあの美河響子であったことが記述されている
「やっぱり何か怪しいと思ったんだよ、あの人。なあ、ユウリ」
ユウリの机に目をやる
しかし
「うん…」
ユウリは心ここにあらずと言った風で、生返事を返す
「ユウリ?」
「あ、ゴメン!…何?」
呼びかける声にハッとして、返す
「だから、依頼人の美河響子、横領で逮捕されたって…」
ユウリも記事を見る
依頼人が逮捕されたことは、本来なら大問題であるのだが、ユウリの心はどこか晴れやかだった
(やっぱり彼女の被害妄想だったようね…)
頭にあるのは、それ以上に彼への疑惑がなくなった嬉しさであった
「私、これから調査だから」
そう言って、オフィスを出ていく

ユウリと黒羽は、いつもの喫茶店で対面して座っていた
黒羽の前にはコーヒー、ユウリの前にはレモンティーとチョコレートケーキが置かれている
「ユウリさん、少し質問があります」
改まった態度で、真面目な面持ちを向けて来る
「何かしら?」
ケーキを口に運び、飲み込むとそれに応じる
「ロンダーズファミリーのことです」
「…」
真剣な口調で、黒羽は続ける
「僕も彼らの事を独自調査してしたのですが、行き詰ってしまいましてね。そこでユウリさん、貴女の調査員としての見解が聞きたい」
まっすぐに見据え
「彼らは悪なのでしょうか?」
「もしかしたら、彼らはただの愉快犯だけではなく30世紀の支配体制がもつ構造的な不公正や理不尽―」
「そういうものに抗議し、覆そうとしているレジスタンス的側面もあるのではないかと考えましてね」
以前のユウリなら、馬鹿げた質問だ、と切り捨てただろう
しかし、この男の言葉に、どこか考えさせられるところがある
(これまで、こんなことは考えたことなかったけど、公平に考えれば、確かにその通りね)
黒羽の言葉を、心の中で肯定する
脳裏に浮かぶのは、あの黒の戦士で―
「ロンダーズは、悪よ」
断言する
「市民にも大きな被害が出ているわ。彼らはすぐに裁かれるべきよ」
ハッキリとした自分の考えを伝える
「ただ―」
そこで、少し言い淀み
「ただ?」
「ロンダーズファミリーの中には、同情すべき動機や、擁護すべき境遇の者も少なくないと、私は思うわ

以前ならば決して言わない、ロンダーズの肩を持つような発言
「そういう者を救うために、タイムレンジャーはいるのかもしれないわね」
そう結論付ける
「そうですか。ありがとうございます」
黒羽はにこやかに笑うと、その話を打ち切った
ユウリの心は、不思議と晴れやかだった


それから数日後
「…!」
タイムピンクは、あの漆黒の戦士と向き合っていた
「はぁ!」
距離を詰め、ダブルベクターで斬りかかる
対し、敵も大太刀で応戦する
しかし、
(―見える)
その太刀筋を、ユウリは的確に身切り、捌いていく
(体が軽い…)
前回よりも鋭くなった動作で、敵を翻弄する
剣戟を繰り返しながら、ユウリの心は、前回戦った時以上の高揚感に浸っていた
そして
「はっ!」
敵の一瞬の隙をつき、両の刃を交差させるように切り裂く
「…!」
その刃は、漆黒の戦士の胸部を、確実に抉った
黒い破片が舞い散る
(やった―)
初めてダメージを与えた
その事実に、更なる闘志がわき起こる
「はああああああああああ!」
さらなる連撃を与えようと剣を振り上げる
その時
「―え?」
敵の姿が消失した
まるで最初からそこにいなかったように、影も形もなく
「逃げた…?」
高揚感から一転、その胸には喪失感が残った


「ユウリさん、これを読んだことありますか?」
黒羽はカバンから一冊の文庫本を取り出した
表紙には、女性と男性が対になるように描かれている
タイトルは『ロミオとジュリエット』
「いいえ、ないわ」
知識としては知っている
30世紀でもウィリアム・シェイクスピアの名は広く知られており、中でもこの作品は最も知名度が高い
敵対し合う一族の男女が愛し合ってしまい、悲劇的な結末を迎えるというものだ
恋愛に疎かったユウリには、あまり興味がわかず、教養として知っていても読む気にはならなかった
「これ、僕が最も好きな作品なんです。よろしければ、読んでみてください」
黒羽は本をユウリに差し出す
「ありがとう、読んでおくわ」
受け取った本をカバンにしまう

別れ際に、例の公園で
「今度また一緒に出かけましょう」
「そうね」
そう言って、背を向けようとする
その時
「ユウリさん!」
「は―」
呼ばれ、返事をしようとした口は、しかし言葉を紡ぐことはなかった
「ん―」
黒羽が唇を、ユウリの唇を塞いだのだから
一瞬の静寂の後、顔が離れる
ユウリは、呆然とするしかない
「…すみません」
身を下げると申し訳なさそうな顔をして、背を向ける
その背に向け
「待って!」
今度はユウリが呼び止め
「はい?」
振り向いた男の唇に、自身の唇を当てた
触れるだけのキス
わずか数秒で離れ、
ユウリは自分の顔が真っ赤になっていることを自覚しながら
「お返しよ」
いたずらっぽく笑うと、背を向けて走り去った


自室に戻り、ユウリはベッドに身を倒した
「ん…」
先程のキスの感覚を思い出す
彼の柔らかな唇
ほんのりと香る匂い
「…っ!」
身体中が熱を持つのが伝わってくる
もはや寝ても覚めても、黒羽のことが頭から離れない
重症だ、と自分でも思う
しかし、これが心のどこかで憧れていた“恋愛”というものなのかと思うと、胸が心地よい暖かさで満たされる
ふと、彼からもらった本のことを思い出し、カバンから取り出す
―ロミオとジュリエット
ペラペラと文庫本のページをめくる
最初は、流し目で読んでいたが
「…」
徐々にその物語に心を奪われていった


「本、読んでいただけましたか?」
4日後、喫茶店で黒羽はユウリに感想を聞いた
「素晴らしかったわ。ちょっと…泣いちゃったくらいよ」
少し恥ずかしげに言うユウリに、黒羽は笑い
「気に入ってもらえてよかったです」
その時、
ビービーと、音が鳴る
カバンに入れたクロノチェンジャーがユウリにのみ聞こえるように音を発していた
「ちょっと、ごめんなさい」
カバンをもち、女子トイレに向かった

「シオン?」
クロノチェンジャーの通信をオンにする
『ユウリさん、ロンダーズです!竜也さんとアヤセさんが戦ってます!中央通りに来てください!』
「え…でも今…」
歯切れ悪く応じる
まさかデート中だと言うわけにはいかない
本当ならすぐにでも出動すべきなのだが、今ユウリの心は、彼と離れたくないという気持ちでいっぱいだった
『どうしたんですか!?』
「あの…調査中なの!」
そう言うと、
『何言ってるんですか!?ロンダーズが現れたんですよ!?』
通信の向こうで、普段は温厚なシオンが怒ったように言う
「でも…」
『とにかく、僕とドモンさんも向っているので、すぐに来てください!』
通信が切れる

「あの…」
「お仕事ですか?」
席に戻ったユウリの曇った表情を見て、黒羽が察したように言う
「…」
「構いませんよ。そういう仕事優先での交際…ということでしたからね」
というものの、少し寂しそうな笑みを浮かべている
「…!」
その顔を見て、ユウリは
「大丈夫よ」
「はい?」
キョトンとする黒羽に向け言った
「仕事は仲間がやってくれるから…今日はずっと一緒にいましょう」
それまでどんなことよりも優先してきたタイムレンジャーとしての任務を、放棄したのだ


翌日、トゥモローリサーチ
「あ~、酷い目にあったぜ。手柄は滝沢のヤツに取られるしよぉ」
「まあ、逮捕できたからよかったじゃないですか。直人さんだって人々を守ることが使命なんですし」
ぼやくドモンをシオンが宥める
「しかしユウリのやつ、どうして来なかったんだ?」
タイムレンジャーがロンダーズ囚人を圧縮冷凍するのに使うボルテックバズーカは、5人でつの運用が必須条件だ
対して、タイムファイヤーのDVディフェンダーは、単体で圧縮冷凍が可能だ
ユウリの不在で苦戦を強いられる4人をしり目に、タイムファイヤーはロンダーズ囚人を倒し、回収していった
その時、ガチャリとドアが開き
「おはよう」
ユウリが顔を出した

そのままデスクに着き、作業を始めようとするユウリに
「ユウリ、昨日どうして来なかったんだよ?」
竜也が問い詰める
「取材が立て込んでて、離れられなかったのよ」
「おかしいだろ!ロンダーズより取材が優先かよ!?」
ドモンが怒気を込めた声で言う
それに対し、ユウリも声を張り上げ
「そんなの私の勝手でしょ!?」
「勝手なワケあるか!俺達5人でタイムレンジャーだろ!?」
竜也も食い下がる
シオンは、3人の様子にオロオロするばかりだ
そこで、今まで黙っていたアヤセが
「あの黒羽ってヤツと会ってたんじゃないのか?」
その指摘に、ピクリと動きが止まる
それはつまり、無言の肯定を示しているようなものだ
「あの依頼ってもう終わったんじゃないのか?」
依頼人である美河響子の逮捕により、契約は無効となった
それにより、2千万円も返すことになってしまい、竜也達は激しく落胆していたのだ
「なあユウリ、お前、あれ以来ちょっとおかしいぞ」
「そもそも、どうしてヤツはユウリと会おうとするんだ?」
「ロンダーズと関わってたりするんじゃないのか?」
仲間たちの言葉に、ついにユウリは
「いい加減にして!そんなのあり得ないわ!」
感情を爆発させた
「じゃあどうして―」
「とにかくほっといて!これは私の問題よ!」
そう言うと、部屋を飛び出していく

残された4人の間に、沈黙が残る
今のユウリの言動はどう考えても異常だ
家族の仇であった殺し屋・マッドブラストを前にしても冷静さを失わなかったユウリが、情に流されて任務をおろそかにするなどありえないことだ
「くそ!」
吐き捨てるようにドモンが言った


その夜、ユウリはホテルの一室にいた
竜也達と喧嘩のような形で飛び出し、帰るわけにもいかずここにいる
「ユウリさん…」
そこに、黒羽が顔を出す
ユウリの横に腰かけると、彼は
「何かあったのですか?」
すると、ユウリは
「…っ!」
黒羽の胸に、顔を埋めた
そのまま、肩を震わせ、声を押し殺し、しかししゃくりを上げながら、涙を流した

10分程泣き、涙が止まる
「…顔を上げてください」
優しい声に、しかし首を横に振り
「泣き顔、見られたくないから…」
くぐもった声でそう言う
対し、黒羽は
「ユウリさん、貴女は強い人だ」
語りかける
「僕は貴女の力になることはできないかもしれない。貴女を守ることはできないかもしれない」
言葉が紡がれていく
「それでも…僕には弱さを見せてほしい。貴女の、恋人として」
その言葉に、ユウリは
「…」
ゆっくりと、顔を上げた
家族を失って以降、誰にも見せたことのない泣き顔
それを、目の前の男に見せる
間違いなく酷い顔になっているだろう
しかし、黒羽は
「…綺麗ですよ」
そう言うと、ユウリの身体をゆっくりとベッドに押し倒し、顔を近づける
「…」
ユウリも応じるように、目を閉じ
「ん…」
2人の唇が重なる
先日の触れるだけのそれとは違い、粘膜をこすりあい、貪るように口を動かす
「あん…んむぅ…」
黒羽が顔を離すと、ユウリはトロンとした瞳で彼を見る
答えるように、黒羽はユウリのブラウスに手をかけ、ボタンを外していく
ユウリは無抵抗で、それを受け入れた

間もなく、下着も外され、ユウリは生まれたままの姿となる
黒羽の右手が、やや小ぶりな胸を包む
「あぁん…」
扇情的な声をあげ、快感を露わにする
そして、
「来て…」
「…はい」
2人は身体を重ねた


それから1週間後
タイムレンジャーは、ロンダーズ囚人と交戦していた
「今よ!アヤセ、ドモン!」
タイムピンクが、ブルーとイエローに指示を出す
「おう!」
「任せろ!」
2人は敵の周囲を滑空・旋回しながらダブルベクターで連撃を与える
「「ベクターアラウンド!」」
「ぐああああああああああ!」
ロンダーズ囚人が、苦しむ
「シオン、行くわよ!」
「はい!」
その言葉にグリーンが応じ
「ボルスナイパー!」
「ボルパルサー!」
2人のボルウェポンによる射撃が炸裂する
「ぐがあああああああああああ!」
さらに
「竜也!」
「ベクターインパルス!」
レッドが、ツインベクターをビートアップさせ、空中から振り下ろす
「たあああああああああああ!」
「がはあっ!」
動きの止まったロンダーズ囚人に対し、5人はレッドを中心に並び
「ビルドアップ!」
その掛け声と共に、5つのボルウェポンを合体させ、ボルテックバズーカが完成する
「ターゲット!」
「ロックオン!」
ロンダーズ囚人を、銃口が捉える
「プレスリフレイザー!」
その言葉を合図に、引き金を引く
銃口から零下270度の加圧超低温光弾が射出され、直撃する
「ぐわあああああああああああ!」
断末魔の叫びと共に、圧縮冷凍が完了される
圧縮冷凍された囚人を回収し、カプセルに入れる
「やったな、ユウリ!」
「そうね」
変身を解き、5人が集まる

あれから、ユウリは竜也達に前回出動できなかったことを謝罪し、竜也達もまた言いすぎたことを詫びた
それ以降、ユウリは冷静な判断力を取り戻し、スタンドプレーに走ることもなくなった
業務態度も元に戻り、また、以前のような戦いに対する満たされなさもなくなっていた
(彼のおかげかしらね…)
心の中に、激しく愛し合った男の顔が浮かぶ

仕事を終え、部屋に戻ると本を手に取る
―ロミオとジュリエット
もう何度読んだかわからないが、それほどまでに夢中になっていた
そして、再び最初のページを開く
その甘酸っぱくもほろ苦い物語に、ユウリの心は耽溺していく―


「これは…?」
いつもの喫茶店
目の前に置かれたワンホールもあるケーキに、ユウリは困惑する
「交際1カ月記念のお祝いですよ」
その真ん中に、蝋燭が一本立っている
「そう言うところに、女の子は惹かれるのかしらね?」
「そうなのですか?」
口にした冗談に対し、逆に返され
「…そうね。大好きよ」
半ば呆れ、半ば照れながら感謝と愛情の意を示す
「では、火を消してください」
言われるがまま、真ん中に立った蝋燭の火に、ふぅ、と息を吹きかける

もはや黒羽はユウリにとってなくてはならない存在となっていた
必要以上のことは語らないが、こちらを楽しませる話術
話を親身になって聞き、励ましてくれる優しさ
悩みや迷いを抱え込みがちなユウリにとってまさしく彼は心の支えだと言えた

ケーキを2人で食べ終わると、黒羽は席を立ち
「すみません、急用が入ったもので。後日埋め合わせはします」
「いいのよ、気を遣わなくて。私達…その…」
未だその言葉を、彼の前で口にすることはできない
「恋人、ですからね」
黒羽は笑うと、カバンからあるものを取り出し、ユウリに手渡した
何十枚ものレポート用紙だ
「…これは?」
疑問するユウリに
「私が書いた論文です。採点していただければ嬉しいのですが…」
「わかったわ」
ユウリはにっこりと笑い、去って行く彼を見送った

「…」
レポート用紙に目を落とす
表題は
『ロンダーズ・ファミリーと未来の体制』
「…!」
ページをめくる

内容は、大まかに次のようなものだった
・ロンダーズの行動目的
・30世紀の支配体制
・タイムレンジャーの存在理由
それらは全て推論のはずだが、ユウリの知る30世紀に合致している
その洞察力の高さに驚嘆せざるをえない
そして、最後に
『ロンダーズは必ずしも悪ではなく、30世紀の支配体制により日陰に追いやられ凶行に及ぶことを余儀なくされた被害者的側面もあるのではないだろうか』
と結論付けられている
ふと、ユウリは以前の黒羽の言葉を思い出す
『彼らは悪なのでしょうか?』
『もしかしたら、彼らはただの愉快犯だけではなく30世紀の支配体制がもつ構造的な不公正や理不尽―』
『そういうものに抗議し、覆そうとしているレジスタンス的側面もあるのではないかと考えましてね』
何故そこまでロンダーズにこだわるのか
そこには何か理由があるのか
思案に沈んでいたその時―
ドゴォォォォォン…!!
店内にいても聞こえる、凄まじい爆音が響きわたった
ユウリは、急いで店を飛び出す

店外に出ると、遠くから煙が立っているのが見える
その方向は
「あれって…!」
ミレニアム・コーポレーション―黒羽の会社のオフィスがある
距離的にみても、間違いない
(まさか…!)
身体中に悪寒が走り、いてもたってもいられなくなったユウリは、爆発の方向へ一心不乱に駆け出した